「……………ふぁ」
霧の掛かった淡い朝。こんな時間から元気に鳴いている鳥達の声で、私は目を覚ました。
「………朝、か。随分早く起きてしまったわね」
自分の種族を考えると、我ながら何を言っているんだと思う台詞を零して、私はベッドから身体を起こす。
我が名はレミリア・スカーレット。
この忘却の地、幻想郷で『紅魔館』と言う屋敷の当主をしている吸血鬼だ。ここ最近は夜昼逆転してるけど、吸血鬼だ。
化け物が夜しか動かないなんて常識に囚われてはいかんぞ、諸君。
「うう、寒………流石にネグリジェだけじゃ厳しい季節になってきたわねぇ」
ベッドから降りて、直に感じる肌寒さに少しだけ身震い。
別に風邪なんてひく筈も無いが、寒さを感じては快適な眠りを堪能することが出来ない。早めに対策を練らなくては。
「お早うございます、お嬢様」
「ええ、お早う」
気が付けば、私の傍には銀髪のメイドが静かに佇んでいた。こいつが神出鬼没なのはいつもの事なんで、気にせず顔を洗う。
手を差し出せば、ふわふわのタオルを私の手に置いてくれた。うん、完璧。
十六夜 咲夜………我が紅魔館メイドの長を勤めていると同時に、私の専属メイド。
私の望む事を言わずとも理解する、自慢のメイドだ。
どれ、こいつがどれだけ有能か早速証明してみるか。
「ねえ、咲夜。貴女に問うけど」
「はい」
「私の冬用の寝巻きは、何が似合うと思う?」
* * *
「クマさんパジャマか………ふむ」
これは予想外だった。夏場は妙に艶っぽい寝巻きだったからてっきりバスローブとか言うと思ったが、
成程………いつの間に聞いたのか知らないけど私の言葉から機能性を重視したか。
しかも私がクマさんのぬいぐるみを持っている事を考慮してデザインまで指定するとは流石ね、咲夜。
「お早う、メイド共」
「きゃうっ!?」
咲夜の有能ぶりを再確認して、私は最寄のメイドの尻を撫でる。
なかなか張りがあるじゃないか。
「お、お嬢様………お早うございます」
「うむ。ところでお前達フランを知らない?部屋に居なかったんだが」
「フランお嬢様ですか?私達は存じませんが………」
うーん?こんな朝っぱらから何処をほっつき歩いてるんだあの娘は。
まあ大体見当はつくけど。
「よろしければ私達がお探しに………」
「いーよ、いーよ。それよか先に食事の準備でもしといて頂戴」
場所は変わって、ヴワル大図書館。
あの娘が自室以外で時間を過ごす場所といったら、大体屋敷の正門かここだ。
確か今日の夜勤担当はフランがお目当ての相手じゃなかったから、ここで間違いないだろう。
「お早う小悪魔」
「ひふっ!?」
やたらめったら広い図書館で、どうにか見つけた小悪魔の尻を引っ掴む。
うーむ………やはり妖精とは違うな。何がとは言わないが、色々と。
「お嬢様!?いつの間に此処へっ!?」
「ちょっと前から。当主の来訪に気付かないとはちょーっと職務怠慢じゃないかしら?」
ニヤニヤと嗤う私に頭の蝙蝠耳をヘタリと曲げる小悪魔。
まあ、探知結界とかが感知しないレベルで気配断って通過して入ってきてるから気付かなくて当然なんだけどね。
何でそんなことするって?分かるでしょう?
「そんなことより小悪魔、貴女フランを知らふぐっ!!?」
「お姉様ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
私が認知するよりも速く、それでいて鋭く放たれたロケットアタックで身体が『く』の字に曲がって吹き飛ぶ。
辛うじて両足で無理矢理ブレーキを掛けて、私は我が最愛の妹を受止める事に成功した。
………うわ。床が摩擦熱で焦げてる。
「お姉様、お早う~♪」
「お早う、フラン。今日は貴女も早起きなのね?」
無邪気に笑う妹の頭を撫でながら、軽く抱擁。そこらの妖怪ならば直撃と同時に全身粉砕骨折モノの体当たりに
関しては不問にしておく。昔の癇癪に比べればなんてこたあないさ。
「寒かったから起きちゃって………皆が起きるまでここで本を書いてたの。
あ、ちゃんとひざ掛けして、暖かくしてたよ?」
「ん。よろしい」
しっかりと姉の言いつけを守る妹の頭を、もう一度撫でてやる。いや本当、丸くなったわねぇこの娘。
「そういえばフラン、本を書いてるって言ったけど………どこまで出来たの?」
「今追い込みに入ってるわ………早ければ明後日にでも仕上がるでしょうね」
ゆらりと現れたのは、眠たげに目を擦る紫の魔女。我が親友、パチュリー・ノーレッジだ。
あの様子を見ると、わざわざ早起きしてフランのお手伝いでもしてくれたのかしら?
後で咲夜に普段飲んでるのよりもちょっと高級なワインでも振舞うように言っておこう。
「ご苦労様、パチェ」
「本当にね。ま、誰よりも早くフランの本が読めるなら安い代償よ」
「身体に支障が出ない程度にしときなさいよ?」
相変わらずの本への執着ぶりに苦笑して、パチェの肩を軽く叩く。
因みにさっきから話題にしている『本』の事だが、我が妹フランドールは小説を書くことを趣味としている。
地下に閉じ込められている間、暇潰しに本を読み始めたのがきっかけだったとか。生まれた頃からずっと続けて
いるもんだから、独学ながらあの娘の描くお話は深みがあって面白いのが多い。
今では『月刊 スカーレット』なんて文庫を作って紅魔館の収入の一部を担っているとか、なんとか。
付け加えると、挿絵は私とパチェが担当している。尤も、私は所謂“もえ”関係は得意じゃ
無いんで出番が少ないけど。
ところで“もえ”ってなんぞや?
「ところでお姉様、私に何か御用?」
「うん?ああ、フランにと言うよりここに居る連中全員にだけど………
そろそろ朝食の時間だから呼びに、ね」
本来なら咲夜がこなす仕事だが、普段の奴の忙しさを考えて今回は私がひと肌脱いでやった。
有能な従者の負担を和らげるのも当主としての勤めだ。
「なんと、お嬢様自ら」
「珍しい事もあったものね。明日はグングニルの雨かしら?」
だと言うのに、こいつらの反応ときたらコレだ。
ふんだ、どうせらしくねぇデスよ。
内心拗ねながら、私はじゃれつくフランをお姫様抱っこしながら食堂へと向かうのだった。
* * *
「美鈴ワッショーイ」
「あひゃぁんっ!?」
屋敷の者共全員と食事を済ませ、食後の紅茶を愉しんで暫くしたお昼頃。私は日傘を差して
今日もぼけっとしている門番の尻をスパーンと叩く。
『ギャイィン!!!』と言う柔らかいお肉とは到底思えない硬い音と感触を残して、飛び起きる門番。
………チィッ、またか。
「ちょっと美鈴、あんたまた“硬く”なったでしょ!好い加減その癖直しなさい」
「そう言われましても………」
どうしたものやらと言った表情で、お尻を撫でながら立ち上がるないすぼでぇな紅い女。
こいつ……名を紅 美鈴と言うのだが、こいつの能力である『気を使う程度の能力』の一つに“硬氣孔”と言う技術がある。
“硬氣孔”と言うのは、まあ簡単な話身体を物凄く硬くするもので美鈴程の使い手になると周囲の殺気に反応して身体が
無意識レベルで瞬時に発動させるらしい。ウチの門番が頑丈な要因の一つであり、大変頼もしいのだが……どーしてか
私のスキンシップを攻撃と誤認して毎回硬くなりやがる困った技能だ。しかも気配遮断(A+)を以ってしても反応する
ハイレベルっぷり。有能過ぎるのも考え物だな。
「と言うか、何故お嬢様は毎回私のお尻だけ全力で叩くんですか?
他の娘にはもうちょっとソフトなのに……」
「そりゃあウチの屋敷でアンタの尻が一番弾力あって叩き甲斐があるからに
決まってるでしょう?スタイルが良すぎるアンタが悪い」
「なんと横暴な………仕える人間違えたかなぁ」
当主を目の前に失礼な物言いだが、苦笑している様を見ると本心ではないので「なにおー」と軽いリアクションで返す。
何事も寛大に受止めてくれるお前のそんなトコが大好きだぞ、美鈴。
「………あれ?お嬢様、今日はお出掛けにならないのですか?いつもなら
私のお尻叩いた後にすぐに行きますのに」
「あー、うん。本当なら霊夢んとこ行くつもりだったけど、念の為電話したら」
『今、早苗来てるからやめといた方がいいよ?』
「………って、鬼が言ってたからやめといた」
「………お嬢様がアポをお取りになった事実と、空気を読んで
自重した事実にダブルの驚きを感じてるんですが、私」
うん、まあそう思うわよね普段の私見てると。
でもね、美鈴?日頃自分の仕える神様とやらの為に肩肘張ってるあの緑巫女が博麗神社の縁側で霊夢と並んで
お茶飲んでほわほわしてる表情見てると邪魔しちゃいけないなーって私でも思っちゃうのよ。いくら夜の王と
呼ばれている私でもあの間に割って入れる程無神経でも自己中心的でもないのよ?
つーか、仮にそんな真似しようもんならどんな報復がくるかわかったもんじゃない。
私のどこか悟った表情から何かを読んでくれたか、「………でも、正しい判断だったと思います」と
言って微笑んでくれた。咲夜同様、お前も本当に有能だ。
「………それで、時間が空いてしまったお嬢様はどうするおつもりです?」
「………知ってるクセに」
ニヤリと嗤って、お互いに距離を取る私と美鈴。
咲夜がここに属するよりずっと前からやっている、美鈴との組み手。思いっきり手加減してるし、日中では
動きが鈍いとか私がかなりハンデをつけているけど、彼女にとっても私にとっても楽しい時間。
「現在の戦績は、497勝2敗で私のぶっちぎり勝利ね」
「記念すべき500戦目の勝利は、私が飾らせて貰います」
「大きく出たわねー。よし、私に勝ったら咲夜の頭を撫でる権利を授けよう」
「普段からやってあげてますんで、もうワンランク上のものを」
「マジでか」
流石は私達の美鈴さん。私の知らぬ場所でそんなことしてたのか。
「んー、じゃあ勝ってから決めよう。うん」
「承知いたしました――――――――――――――――では!」
気を全開にした美鈴の拳と、美鈴に頭を撫でられて「うー」とか言ってる咲夜を幻視した雑念
入りまくりの私の拳が青空の下でぶつかった。
* * *
「くあー………マジ痛い」
時間は跳んで夜。四時間にも及ぶ大決闘の末勝利した私は吸血鬼専用の特製泡風呂の中で余韻に浸りながら
戦いと言う名の運動の疲れを癒していた。
「いやあ、美鈴の奴また腕上げてたわ。日中で本調子では無いとは言え
私とあそこまで渡り合うとは………そろそろ日傘片手に戦うのは厳しいかしらねぇ」
「彼女を過小評価していないとは思うけど、
油断が過ぎるわよレミィ………ほら、腕見せて」
実は骨にヒビが入ってた右腕を差し出すと、パチェが治癒魔法を施してくれた。ほっといても治るのに、
パチェも心配性だな。
うん?パチェも一緒に泡風呂入ってますが何か?現在進行形で裸の付き合いですが何か?ぱふぱふ。
「んんー………今日も一日、中々に充実してたなぁ」
軽く背伸びして、パチェに背中を預ける。上機嫌な私を見て、パチェもクスリと笑っている。
「………楽しそうね」
「実際、愉しんでいるよ」
「昔よりも?」
「…………ああ」
過去を思い出して、お互いにちょっとノスタルジックに浸る。彼女の語る昔とは、
そりゃもう本当に昔の話。
魔女狩りに教会の修道騎士達による異端殲滅、そしてこの地で起こした吸血鬼異変。
葬った命は数知れず。命を弄び、鮮血の雨にこの身を何度も塗らした。
弱者を虐げ、踏み潰すあの圧倒的な優越感は今でも覚えてるし、私自身もそれが大好きだ。
だけど………
「今はこうやって貴女と、そして皆とのんびり暮らしてる方が………良いかな」
「私もよ」
昔と比べれば随分とまあ腑抜けた私の思想に、パチェはもう一度笑って答えてくれた。
こんな良い友人と従者に囲まれている限り、私の余生は退屈の無い心地良いものになるだろう。
「さーて、明日は何をしようかな」
電話がちょっと気になったけど、地霊殿のあれで納得しておいた。
あと「ヴワルじゃねーぞ」って誰かが言う方に咲夜さんの頭を撫でる権利を賭けておくー。
ときに、「氣功」じゃないか?違ったら申し訳ない
ほどよいカリスマおぜうさまが素敵
でも一言だけ
ヴワルじゃねーぞ
こっちだって信じてる。
ヴワルは曲名というだけらしいですよ。
自分も最近知りましたが……Orz
いい!この紅魔館凄く素敵!ぜひ続くべき
それぞれの場面での会話や雰囲気など面白いお話でした。
無闇に周囲を見下さず、むしろ愛を以って家族や仲間にふれていくおぜうさまが実に麗しいです。
貴方の描く幻想郷をもっともっと読んでみたい、と思ってしまう逸品でした。
……咲夜さんは本気で泣いちゃうからだと思います!!
良い……良い。
お嬢様の冬パジャマはムベンべの着ぐるみがいいと思いますよ!!
あと……美鈴のお尻自重www
詳細希望
他の紅魔館キャラの描き方も良かったです!
(お嬢様にとって)穏やかな日々が明日からも続きそうですね