「あっ」
小箱を嬉しそうに抱きかかえた魔理沙はアリスを見るなり、タタッと逃げるように駆け出してしまった。
なんだったのだろうか。
人里は霧雨道具店。魔理沙はこの店から出てきた。
しかし、奇妙な話だった。魔理沙はその実家、霧雨道具店とは絶縁状態にあるハズだ。一体何があってニコニコ顔で出てきたのか。
まあ、どうでもよい事だ。アリスもこの店に用事がある。人形制作用の生地やパーツ、その他もろもろを求めに来たのだ。
「それにしても…」
一体なんだと言うのだろうか、この子ども達の行列、長蛇の列は。
「わぁい」
子どもがはしゃいで魔理沙が持っていたものと同じものを高らかに掲げていた。そのパッケージから見るに、中身が人型ロボットの玩具であろう。
それも気になったが、どうにも魔理沙が買っていったというのが気になる。アリスは列に並ぶ事にした。
「ごめんね、ガンダムもシャアザクも売り切れちゃったんだ。量産型しかないけれど…」
「じゃあそれで」
□□□
「ふうむ…」
箱をあけ、説明書を読む。
ニッパーを手に取り、丁寧にパーツをランナーから切り離していく。しかし…。
「んー?良く見ると、この説明書、間違ってるじゃないの」
このまま作成すると、色の塗り分けに支障を来たしてしまう。色塗り後に後から組み立てる方法が必要になる。更に、接着後の合わせ目をやすりで消す必要も感じた。
さて、こうなると簡単に見えてなかなか難しい。どう組み立ててどこで色塗りをすれば良いか―
アリスは一から頭の中で設計図を作る事にした。
「144分の1スケール、という事は、あまりに滑らか過ぎると違和感が出てしまう、か…」
数種類のラッカー塗料の瓶を用意し、つや消し剤を塗料皿に数滴垂らす。
「それでいて、マットになり過ぎず。金属の重厚感を出したいところ」
塗料を攪拌し、慎重に色味を吟味していく。
とりあえず形だけは出来たザクを眺めて、アリスはまず溜め息をついた。
「関節がガッチガチ。足首にひねりがないせいで接地性も悪い」
少々の改造が必要と判断したアリスは、手持ちの球体間接人形用のパーツを仕込む事にする。首、肩、腕、腰、膝には二重関節。足首も切り分けて二箇所。随所に設けられた関節で随分ポーズは決まるようになった。両足を肩幅に開き、胸を張って立っているだけでも様になる。
だが、ポーズが決まれば決まるほど、細かい部分が目に付くようになっていった。
「のっぺりし過ぎているわね…」
パッケージを参考に、ケガキで線を入れ、エナメル塗料を流し込む。
「これじゃ新品の玩具だわ」
筆に塗料を付けて、乾かしてからそれを擦り付けて立体感を出していく。
「ロボットで関節部分の色味が均一なのは不自然かしら」
銀色を僅かに乗せていく事で駆動部のリアリティを表現。
「目はどうするか…」
画竜点睛、アリスの設計図は最後の段、眼を入れるのみとなった。だが、まさか蛍光色で丸を塗って満足する彼女ではない。
精巧にインタリオアイを作り始めた。それもロボットなのだから発光させると尚良いであろうという事で、つい先日に押入れにしまったばかりのクリスマスセットを広げる。
目的はクリスマスイルミネーションの飾りに使ったライト。導線を短く切りそろえ、ボタン電池を胴体に仕込む。
凝り始めたら止まらない。凝り性に完全主義がそれに輪をかける。彼女の製作は深夜まで続いた。
だが、仕上がりはその苦労に見合った、実に満足のゆくものであった。アリスのベッドサイドテーブルにはモノアイを炎の様に灯し、今まさにヒートホークを振り下ろさんとする勇壮な姿のザクが立っていた。
「なかなか可愛いわね、貴方」
布団に潜り込みながら、ザクに語りかけるアリス。
「おやすみ、ザク」
アリスがザクを優しく撫でるそのしぐさに反応するように、ザクのモノアイもまた優しく消えていった。
□□□
翌日、人里の広場。
『毒塗りの剣を食らうが良い、この毒こそがお前の宝石なのだ!』
『母の後を追え、王よ!』
アリス・マーガトロイドの人形劇はクライマックスを迎えていた。生命を吹き込まれかのように生き生きと立ち回る人形達。
アリスは無表情。だが腹話術を駆使する彼女のその目。これが爛々と輝き、この物語に魂を込めていくのであった。
『天が君の罪を赦す事を願う。…私も、すぐに君の後を追う』
『ああ、殿下!』
瞳を閉じたアリスの頬を一筋の涙が伝う。感極まり、次の台詞に詰まりそうになるアリス。その背中が細く震える。
今回も最高の演技、最高の舞台となった。
だが、惜しむらくはそれに共感するものが全く居ない事であった。子どもが数名、何がなんだかわからないとばかりに、ぼさっと突っ立っているだけであった。寒々としたこの空気がアリスの心を醒ましていく。
「…クソガキらしいわ。この劇の価値をクソほども理解していない」
忌々しくアリスはそう吐き捨て、人形達をキャリーバックにしまい、さっさと広場を後にした。
「ん…?」
ガラガラと乱暴にキャリーを引っ張るアリスの先に子ども達の人だかりが出来ていた。彼らは皆、一様に電気屋の店頭の販促テレビに釘付けとなっていた。
「成ってない。劇は観ずにレーザーディスクは観るか。子どもがこれだから、幻想郷の明日が暗い」
ちっ、と舌打ちをし、邪魔だ邪魔だと、どかどか人ごみをかき分けていく。
だがその先にはまたしても魔理沙。魔理沙はこちらに気づく様子もない。その瞳は虹のように輝いていた。何がそんなに彼女を、彼女達を夢中にさせるのか。
一度気になってしまっては引き返す手段はない。アリスは苦々しく思いながらも皆と視線を同にする。
『モビルスーツの性能の違いが、戦力の決定的差ではない事を教えてやる』
滑らかなアニメーションと声優の演技力。カットインを取り入れた斬新な演出。まさか自分が買った、魔理沙が買ったあのプラモデルがこうも動こうとは。
それは真紅、というよりもピンク色のザクが、トリコロールカラーの方に肉薄する。そして…
「がっ…!」
思わず声を漏らすアリス。そのシーンはアリスに衝撃を与えた。脳内に電流を流されたような衝撃。同時に衝動、そしてインスピレーション。
急がねば。急がなければ、チャンスもこの閃きも、モチベーションもどんどん失われていってしまう。
アリスは考えるよりも早く霧雨道具店へと駆け込んだ。
「ごめんね、もう量産型ムサイしか残ってないんだ」
「…いらない」
遅かった。船だった。人型ですらない。そんな船は命蓮寺の連中にでもくれてやれば良い。店先ではお目当てのプラモデルが手に入らなかったであろう子供たちが泣いている。
「うぐぅ。私も泣くのか。こんなガキどもとこの私が、同列同等だと言うのか」
違う。許しかけた涙腺の緩みを、キッと引き締める。
彼女は余裕と優越感を常に持っている。ならばその余裕と優越感はどこから来ているか。
―自分は、高等な存在である― 選ばれた真の魔法使い。洗練された都会派の魔法使い。その自負と自信を裏付ける圧倒的な魔力。
だから凡庸な人間では辿り付けない場所にも余裕で立ち入る事ができる。アリスには辿り着ける。あの場所であれば、まだ望みがある。
何かと自分につっかかってくる、あの小癪な人間の魔法使いの入り浸っている場所であるのが、実に小癪だが。
「ごめんね、シャアザクは売り切れちゃったんだ」
かくしてアリスの読みは当った。ガンダムとザクさえいれば良い。
シャア専用ザクは大方、レミリアあたりがあの紅色を気に入って買占めでもしたのであろう。なるほどそれで魔理沙は香霖堂ではなく実家に行っていたのか。
「紅、ねえ…」
フッ、とアリスは頬を歪ませた。色は問題ではない。七色の魔法使いの前では、元が何色であろうが、下地をこしらえれば何色にもできる。
ツノなんぞは言うに及ばず。その器用さを以ってすれば、指に刺さるほど先端がツンツンのものを何本でも生やせる。
「ガンダムを一機、ザクをあるだけ」
「ありがとう。プレゼント用かな?包むかい?」
「仕事用よ。包装は結構」
裕福。これもまたアリスを魔理沙や他の子ども達を大きく引き離す要因であった。やや過保護気味な保護者に恵まれた彼女の元には、魔界からの仕送りがまた今月もたんまりと振り込まれているのだ。
家に帰ってすぐに作業台に向かう。ピンチクリップに虫眼鏡を挟み、目を細めて覗き込む。
アリスが用意したものは、ガンプラ。そして魔法の糸。これこそが彼女の最大の武器。これを通じてアリスの意思と感情は人形と一体となる。この糸を毛細血管のように、ガンプラの指の一本一本にまで張り巡らせるのだ。
「そしてここからがポイント…」
鋸でザクのスカート部を切り分けてゆく。脚部の可動域を広げるために。あの時観たあのワンシーンを再現するために。
日が暮れても明けても、アリスの作業は遂に休憩を知る事はなかった。
□□□
人、人、人。そして歓声の渦。広場は熱狂に包まれていた。アリスの人形劇が始まっていた。ガンプラによる『機動戦士ガンダム』の再現。
スコープ越しにライフルを構えるガンダム。ライフルから放たれる閃光。
精密にも、スペルカード用の弾幕発射装置を仕込まれていたものだ。
『ドゥシューン』
そして腹話術、擬音の再現も完璧であった。
量産型ザクが被弾し、舞台を降りる。
アリスの指が閃く。ガンダムへの距離を詰めるシャアザク。
両の手のから伸びた無数の糸が宙を舞い、ガンプラ達がそれに呼応する。渾身のシャアザクキックがガンダムに決まる。
この劇的なシーンの再現に成功したその瞬間。観衆の拍手と喝采によってアリスの求めたものは満たされた。
アリスが求めたもの、それは演劇であれ、アニメであれ、そこに一つのドラマがあったから。彼女が人形遣いとして万感の思いを込めて演じた、最高のプラモデルによる最高の人形劇であった。
□□□
興奮冷めやらぬアリスの人形劇。
ただ一人、青ざめた顔で魔理沙だけが呆然とその光景を見ていた。
広場は夕焼けに紅く染められていた。劇は終わった。アリスも帰った。子ども達も帰っている。彼女も帰らなければならない。だがその足取りは重い。
とぼとぼと岐路に着き、錆付いたドアを開けた。
「くやしいよう」
何が悔しくてぼろぼろと涙をこぼしているのか、魔理沙自身にもわからなかった。上手に作れなったからか、それともアリスとの決定的な差を見せ付けられたからなのか。
ただ、シャアザクキックを無理に再現しようとしてぼっきりと腰が折れてしまったシャアザクの残骸、そして爪切りと接着剤だけが、テーブルの上に転がっていた。
小箱を嬉しそうに抱きかかえた魔理沙はアリスを見るなり、タタッと逃げるように駆け出してしまった。
なんだったのだろうか。
人里は霧雨道具店。魔理沙はこの店から出てきた。
しかし、奇妙な話だった。魔理沙はその実家、霧雨道具店とは絶縁状態にあるハズだ。一体何があってニコニコ顔で出てきたのか。
まあ、どうでもよい事だ。アリスもこの店に用事がある。人形制作用の生地やパーツ、その他もろもろを求めに来たのだ。
「それにしても…」
一体なんだと言うのだろうか、この子ども達の行列、長蛇の列は。
「わぁい」
子どもがはしゃいで魔理沙が持っていたものと同じものを高らかに掲げていた。そのパッケージから見るに、中身が人型ロボットの玩具であろう。
それも気になったが、どうにも魔理沙が買っていったというのが気になる。アリスは列に並ぶ事にした。
「ごめんね、ガンダムもシャアザクも売り切れちゃったんだ。量産型しかないけれど…」
「じゃあそれで」
□□□
「ふうむ…」
箱をあけ、説明書を読む。
ニッパーを手に取り、丁寧にパーツをランナーから切り離していく。しかし…。
「んー?良く見ると、この説明書、間違ってるじゃないの」
このまま作成すると、色の塗り分けに支障を来たしてしまう。色塗り後に後から組み立てる方法が必要になる。更に、接着後の合わせ目をやすりで消す必要も感じた。
さて、こうなると簡単に見えてなかなか難しい。どう組み立ててどこで色塗りをすれば良いか―
アリスは一から頭の中で設計図を作る事にした。
「144分の1スケール、という事は、あまりに滑らか過ぎると違和感が出てしまう、か…」
数種類のラッカー塗料の瓶を用意し、つや消し剤を塗料皿に数滴垂らす。
「それでいて、マットになり過ぎず。金属の重厚感を出したいところ」
塗料を攪拌し、慎重に色味を吟味していく。
とりあえず形だけは出来たザクを眺めて、アリスはまず溜め息をついた。
「関節がガッチガチ。足首にひねりがないせいで接地性も悪い」
少々の改造が必要と判断したアリスは、手持ちの球体間接人形用のパーツを仕込む事にする。首、肩、腕、腰、膝には二重関節。足首も切り分けて二箇所。随所に設けられた関節で随分ポーズは決まるようになった。両足を肩幅に開き、胸を張って立っているだけでも様になる。
だが、ポーズが決まれば決まるほど、細かい部分が目に付くようになっていった。
「のっぺりし過ぎているわね…」
パッケージを参考に、ケガキで線を入れ、エナメル塗料を流し込む。
「これじゃ新品の玩具だわ」
筆に塗料を付けて、乾かしてからそれを擦り付けて立体感を出していく。
「ロボットで関節部分の色味が均一なのは不自然かしら」
銀色を僅かに乗せていく事で駆動部のリアリティを表現。
「目はどうするか…」
画竜点睛、アリスの設計図は最後の段、眼を入れるのみとなった。だが、まさか蛍光色で丸を塗って満足する彼女ではない。
精巧にインタリオアイを作り始めた。それもロボットなのだから発光させると尚良いであろうという事で、つい先日に押入れにしまったばかりのクリスマスセットを広げる。
目的はクリスマスイルミネーションの飾りに使ったライト。導線を短く切りそろえ、ボタン電池を胴体に仕込む。
凝り始めたら止まらない。凝り性に完全主義がそれに輪をかける。彼女の製作は深夜まで続いた。
だが、仕上がりはその苦労に見合った、実に満足のゆくものであった。アリスのベッドサイドテーブルにはモノアイを炎の様に灯し、今まさにヒートホークを振り下ろさんとする勇壮な姿のザクが立っていた。
「なかなか可愛いわね、貴方」
布団に潜り込みながら、ザクに語りかけるアリス。
「おやすみ、ザク」
アリスがザクを優しく撫でるそのしぐさに反応するように、ザクのモノアイもまた優しく消えていった。
□□□
翌日、人里の広場。
『毒塗りの剣を食らうが良い、この毒こそがお前の宝石なのだ!』
『母の後を追え、王よ!』
アリス・マーガトロイドの人形劇はクライマックスを迎えていた。生命を吹き込まれかのように生き生きと立ち回る人形達。
アリスは無表情。だが腹話術を駆使する彼女のその目。これが爛々と輝き、この物語に魂を込めていくのであった。
『天が君の罪を赦す事を願う。…私も、すぐに君の後を追う』
『ああ、殿下!』
瞳を閉じたアリスの頬を一筋の涙が伝う。感極まり、次の台詞に詰まりそうになるアリス。その背中が細く震える。
今回も最高の演技、最高の舞台となった。
だが、惜しむらくはそれに共感するものが全く居ない事であった。子どもが数名、何がなんだかわからないとばかりに、ぼさっと突っ立っているだけであった。寒々としたこの空気がアリスの心を醒ましていく。
「…クソガキらしいわ。この劇の価値をクソほども理解していない」
忌々しくアリスはそう吐き捨て、人形達をキャリーバックにしまい、さっさと広場を後にした。
「ん…?」
ガラガラと乱暴にキャリーを引っ張るアリスの先に子ども達の人だかりが出来ていた。彼らは皆、一様に電気屋の店頭の販促テレビに釘付けとなっていた。
「成ってない。劇は観ずにレーザーディスクは観るか。子どもがこれだから、幻想郷の明日が暗い」
ちっ、と舌打ちをし、邪魔だ邪魔だと、どかどか人ごみをかき分けていく。
だがその先にはまたしても魔理沙。魔理沙はこちらに気づく様子もない。その瞳は虹のように輝いていた。何がそんなに彼女を、彼女達を夢中にさせるのか。
一度気になってしまっては引き返す手段はない。アリスは苦々しく思いながらも皆と視線を同にする。
『モビルスーツの性能の違いが、戦力の決定的差ではない事を教えてやる』
滑らかなアニメーションと声優の演技力。カットインを取り入れた斬新な演出。まさか自分が買った、魔理沙が買ったあのプラモデルがこうも動こうとは。
それは真紅、というよりもピンク色のザクが、トリコロールカラーの方に肉薄する。そして…
「がっ…!」
思わず声を漏らすアリス。そのシーンはアリスに衝撃を与えた。脳内に電流を流されたような衝撃。同時に衝動、そしてインスピレーション。
急がねば。急がなければ、チャンスもこの閃きも、モチベーションもどんどん失われていってしまう。
アリスは考えるよりも早く霧雨道具店へと駆け込んだ。
「ごめんね、もう量産型ムサイしか残ってないんだ」
「…いらない」
遅かった。船だった。人型ですらない。そんな船は命蓮寺の連中にでもくれてやれば良い。店先ではお目当てのプラモデルが手に入らなかったであろう子供たちが泣いている。
「うぐぅ。私も泣くのか。こんなガキどもとこの私が、同列同等だと言うのか」
違う。許しかけた涙腺の緩みを、キッと引き締める。
彼女は余裕と優越感を常に持っている。ならばその余裕と優越感はどこから来ているか。
―自分は、高等な存在である― 選ばれた真の魔法使い。洗練された都会派の魔法使い。その自負と自信を裏付ける圧倒的な魔力。
だから凡庸な人間では辿り付けない場所にも余裕で立ち入る事ができる。アリスには辿り着ける。あの場所であれば、まだ望みがある。
何かと自分につっかかってくる、あの小癪な人間の魔法使いの入り浸っている場所であるのが、実に小癪だが。
「ごめんね、シャアザクは売り切れちゃったんだ」
かくしてアリスの読みは当った。ガンダムとザクさえいれば良い。
シャア専用ザクは大方、レミリアあたりがあの紅色を気に入って買占めでもしたのであろう。なるほどそれで魔理沙は香霖堂ではなく実家に行っていたのか。
「紅、ねえ…」
フッ、とアリスは頬を歪ませた。色は問題ではない。七色の魔法使いの前では、元が何色であろうが、下地をこしらえれば何色にもできる。
ツノなんぞは言うに及ばず。その器用さを以ってすれば、指に刺さるほど先端がツンツンのものを何本でも生やせる。
「ガンダムを一機、ザクをあるだけ」
「ありがとう。プレゼント用かな?包むかい?」
「仕事用よ。包装は結構」
裕福。これもまたアリスを魔理沙や他の子ども達を大きく引き離す要因であった。やや過保護気味な保護者に恵まれた彼女の元には、魔界からの仕送りがまた今月もたんまりと振り込まれているのだ。
家に帰ってすぐに作業台に向かう。ピンチクリップに虫眼鏡を挟み、目を細めて覗き込む。
アリスが用意したものは、ガンプラ。そして魔法の糸。これこそが彼女の最大の武器。これを通じてアリスの意思と感情は人形と一体となる。この糸を毛細血管のように、ガンプラの指の一本一本にまで張り巡らせるのだ。
「そしてここからがポイント…」
鋸でザクのスカート部を切り分けてゆく。脚部の可動域を広げるために。あの時観たあのワンシーンを再現するために。
日が暮れても明けても、アリスの作業は遂に休憩を知る事はなかった。
□□□
人、人、人。そして歓声の渦。広場は熱狂に包まれていた。アリスの人形劇が始まっていた。ガンプラによる『機動戦士ガンダム』の再現。
スコープ越しにライフルを構えるガンダム。ライフルから放たれる閃光。
精密にも、スペルカード用の弾幕発射装置を仕込まれていたものだ。
『ドゥシューン』
そして腹話術、擬音の再現も完璧であった。
量産型ザクが被弾し、舞台を降りる。
アリスの指が閃く。ガンダムへの距離を詰めるシャアザク。
両の手のから伸びた無数の糸が宙を舞い、ガンプラ達がそれに呼応する。渾身のシャアザクキックがガンダムに決まる。
この劇的なシーンの再現に成功したその瞬間。観衆の拍手と喝采によってアリスの求めたものは満たされた。
アリスが求めたもの、それは演劇であれ、アニメであれ、そこに一つのドラマがあったから。彼女が人形遣いとして万感の思いを込めて演じた、最高のプラモデルによる最高の人形劇であった。
□□□
興奮冷めやらぬアリスの人形劇。
ただ一人、青ざめた顔で魔理沙だけが呆然とその光景を見ていた。
広場は夕焼けに紅く染められていた。劇は終わった。アリスも帰った。子ども達も帰っている。彼女も帰らなければならない。だがその足取りは重い。
とぼとぼと岐路に着き、錆付いたドアを開けた。
「くやしいよう」
何が悔しくてぼろぼろと涙をこぼしているのか、魔理沙自身にもわからなかった。上手に作れなったからか、それともアリスとの決定的な差を見せ付けられたからなのか。
ただ、シャアザクキックを無理に再現しようとしてぼっきりと腰が折れてしまったシャアザクの残骸、そして爪切りと接着剤だけが、テーブルの上に転がっていた。
それなのに突然ぶつ切りで終わってしまって勿体ないしキャラの独自設定もあまり必然性を感じられない、読者の想像に頼らずに既に有るもので話を膨らませる努力を
あと設定解説はザクキックの所以外は不要、この長さの短編なら人物描写は極力本編内で行うべき
テンポ良くサクサク読めて面白かったよー
アリスの才覚と研鑽に嫉妬心と敗北感を覚えたであろう
魔理沙が可愛いです
立体造形となると無駄にこだわってしまうアリスさんの職人根性に感激でした。