Coolier - 新生・東方創想話

秋の夜長に一葉の緑玉を

2010/09/26 22:42:47
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「秋の夜長には旨いコーヒーだ」



 なにげなくアリスにこんなことを言った記憶がある。





 本当は秋であろうがなかろうが夜更かしなんて苦手なんだが、

 魔法使いといったら夜は遅くまで起きて本を読んだり研究をしたりするものだ。



 だから私は毎日眠くなる時間になると、眠い目をこすりながら

 苦いコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れて魔法使いらしく過ごす準備をする。



「紅茶でもいいんだが、あの苦味が目を覚ましてくれるんだよな」



 そんなことを言ったら、アイツは「美味しいコーヒーは苦くないのよ!」

 と、目を血走らせて力説した。



 やはりアイツは嫌いだ。分かっちゃいない。





 で、ある日の夜、アリスの家に遊びに行ったら居間のテーブルで

 コーヒーを淹れる準備をしていた。



「そろそろ来る頃だと思ってたわ」



 ニヤリと謎の笑みを浮かべて私を出迎える。気味が悪い。



 だが、その気味の悪さとは裏腹にアリスの動きは非常に洗練されていた。



 硝子の小瓶の蓋を開けてシナモン色の小粒を銅製のスプーンで2杯、

 成熟した女性のようなくびれと、その腰のあたりに手回し車のついたミルに入れる。



 金属と木が不思議と違和感なく融和した造形のそれは、妖怪のくせに

 まるで人間のような生活をするアリスが扱うに相応しい。



 そういえば、形もなんとなく似てるな。羨ましい限りだ。





「もう少しかかりそうだから、座って待っててくれる?」



 少しぼんやりとしていると、アリスが準備をしながら顔だけをこちらに向けて声をかけた。



「おう」



 こちらもアリスにはチラリと眼を向けただけで答え、ちょっと生返事だったかと反省した。



 流れる小川のように淀みのない手元に少し見とれていたのだ。





 普段はここで本を読んだり人形を作ったり裁縫をしたりしているせいか、

 小奇麗ではあるが飾り気も生活感もなく殺風景で小さな茶色のテーブル。



 促されて腰を掛けると、その景色が目まぐるしく変化した。





 白い花柄のレース編みがあしらわれたクロスが引かれ、畑一面にパァッと花が咲いた。



 かと思えば、花に瑞々しさを与える銀の一滴。

 銀の縁取りが施された品の良い白磁のソーサーに揃いのカップと銀のスプーン。

 真っ白な花と調和しながら、ほんの少しの飾り気は景色の可憐さを少しも損なわない。



 そこに角砂糖の入った小瓶とミルクポットが並べられ、可憐な景色の中に

 可愛らしい甘みが添えられる。



 角砂糖とミルクはアリス自身は使わないものだが、それも含めて淀みなく、

 流れるようにそこらのカフェも顔負けの景色が出来上がって行く。





 それがなんだか私の知らない魔法の実験のように見えて、

 これを見届ければ何かの魔法にかかってコーヒーが美味しくなるような気がした。



「じゃあ、もうしばらく掛かるから暇つぶしになにか蘊蓄でも語ってあげようかしら」





 アリスは、そのコーヒー豆をエスメラルダ農園のゲイシャなのだと言った。



 私にはなんのことやらさっぱりだったが、

 宝石の名前の芸者なのだからきっと美しい味なのだろうと思った。



 曰く、この豆は外の世界ではあまりの人気のために競売で法外な値段が付いてしまい、

 とうとうコーヒー好きの手に届かないようなものになって、挙句幻想郷に流れ着いたのだという。





「人気のせいで飲めなくなってしまうなんて、外の人間は馬鹿だな」



 あまりにもあんまりな理由にバカバカしくなって私はそう切り捨てた。



「人気を出すのも、買うのも、コーヒー好きだけではないということよ」



 話しながら、アリスは手回し車を回す。

 淡々とした口調が物悲しさを煽る。





 ゴリゴリとやや耳障りな音を立てながらシナモン色の宝石は砕かれ粒金のようになり、

 ミルの下部に取り付けられた木箱に少しずつ落ちて小さな山になる。



「宝石と同じってことか」



「そうね。本当は宝石じゃなくって、その農園主の娘の名前をエスメラルダというらしいわ」



 木箱を手に取り、小さく息を吹きかけてコーヒー豆の銀皮を取り除く。



「きっと娘のように愛して、美しいコーヒーを育てていたのでしょうね」



 そう言うアリスの手つきも、何かを慈しむようで、



「でもその娘を宝石のように扱われるのは堪えられなかったと思うわ」



 そして少し寂しそうな様子。



「なんでだ?高く買ってもらえたら嬉しいし、評価されたってことだろ?」



 私は尋ねる。さぞや怪訝な顔であったろう。

 少し、商家の家に生まれた自分が出てしまった。心のなかで小さく舌打つ。



「私だったら複雑ね。娘を嫁にやる時、相手は娘を本当に愛してくれる人の方が良いでしょう?」

「ん。そっか。まあ、そうだな……」



 少しの静寂が流れ、窓の外からリンリンと小さな虫の鳴き声が聴こえてくる。

 幻想郷に住む自分が言うのもなんだが、秋の夜は少し幻想的で、感傷的になる。



 そんな気分を遮るかのように、キッチンで火に掛けられている銅製のコーヒーポットがシンシンと鳴き声を上げはじめた。



 今度は上側の蓋が空いた、砂時計を大きくして、砂が流れ落ちる細い部分に木枠が取り付けられたような形の硝子の器を取り出し、毛羽立った布の袋を水から上げ、硬く絞ってそこにかぶせる。



 次から次に新しい道具が登場する。

 本当に魔法の実験のようでなんだか楽しくなってくる。



 私は両手で頬杖をついてその様子を眺めながら、思わず「へぇ」と呟いた。





「幻想郷に流れ着いたのは、もしかしたら農園主がそう望んだのかもしれないわね」



 感傷的になっていたのは私だけではなかったのだろう。

 手を止めず、誰に聞かせるでもなくそんなことを呟く。



 木箱の中身をガラスの器にかぶせた布の袋に移すと、

 シナモン色の粉は宙を舞い空気に触れて、その香りをふわりと漂わせた。



 それは、例えるならば香ばしくて華やかな甘いレモンの香り。

 色と同じで、しかしその色の名前とはまた違った清涼感のある香りが鼻腔をくすぐり、

 私は自分の舌の両脇がその美味を予感してきゅっと引き締まるのを感じた。





 シナモン色の粉を移し終わるとアリスはキッチンに向かった。



 しばらくしてキッチンから聞こえる鳴き声が収まり、ポットを持って戻ってくる。

 ポットを持つ手には可愛らしい赤いチェック柄のミトンをつけていた。



 テーブルの上の瀟洒な統一感と少しズレているそれがまた、この妖怪を人間臭くするんだろうな。

 紅魔館のメイド長の方がよほど人間離れしている。



「意外とロマンチストで可愛らしいとこもあるんだな。もっと現実主義者なのかと思ってたぜ」

「ふふっ。そう考えた方が救いがあるし、人形劇のネタにもなるもの」



 小さく笑って、粉の上にポタポタとお湯を落とし始める。

 粉がお湯を吸ってゆっくりとドーム状に膨らむ。



 ドームの表面で小さな泡が弾けると先程の香りをさらに濃厚にした、

 フルーツチョコレートのような香りが広がった。



「おお、こいつは」

「ね。人気が出るのもわかるでしょ?」



 自慢げにそういう様子は、まるで自分の手柄であるかのよう。

 硝子の器の中に琥珀色の雫が落ち始め、器の中で小さな王冠を描いて次々に弾ける。





「そういえば人形はどうしたんだ。普段は家事も任せてるんじゃないのか?」

「こういうのって、自分の手でやった方が面白くない?今は、この子たちが人形よ」



 そう言って、様々な道具を視線で指さす。



「ふーん」



 私はアリスがどんな顔をしてそう言ったのかが気になり、

 その手元から目を離して顔を見た。





 ――とても楽しそうな顔をしていた。



 きっと私もそうだったに違いない。



「やっぱりお前は妖怪じゃなくて魔法使いなんだな」

「ん。どういうこと?」



「ほら、今も魔法を使ってるだろ。色んな人形を使った、コーヒーを入れるって魔法」

「あら、意外とロマンチストで可愛らしいところもあるじゃない」



「う」



 やっぱりコイツは嫌いだ。コーヒーの温かさが顔に移ったような気がして、

 慌てて、コーヒーを淹れる手元を見るふりをしてその顔を伏せた。



「ふふっ」



 静かに時が流れる。



 ほどなくして入ったコーヒーの味は、香りと同じで、アリスの言うとおり苦くなくて、透き通るように甘くて、爽やかで、少し酸っぱくて、緑玉の名に恥じない味わいだった。



 でも、私にはこの味を残すに至ったコーヒーの物語と余興の人形劇の方が大切なもののように思えた。





「私の勝ちね」

「あん?」







 やっぱり私はコイツが嫌いだ。
初めての方ははじめまして、そうでない方はこんばんは。
結城 衛と申します。

猛暑もすっかり息を潜め、唐突にして秋めいてきました。
みなさま、いかがお過ごしでしょうか。私は病気です。

さて、秋の夜長には眠気覚ましの一杯のコーヒーと、
それにまつわる物語などをと思い投稿させていただきました。

本当は別の作品のために書いた未発表のシーンなのですが、気に入って
しまったので創想話向けに切り出してひとつの作品にしてみました。

ちなみに、エスメラルダ農園のゲイシャはまだ幻想入りしてません。
100g 4000円くらいで買えると思います。ええ、十分法外です。

機会がありましたら是非。

20110408:こっそり誤字修正
結城 衛
http://members2.jcom.home.ne.jp/mamoru.net/index.html
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コメント



0.1610簡易評価
2.80桜田ぴよこ削除
コーヒータイムよいですのぅ……
味の善し悪しなんてわかりませんが、ちょっと飲みたくなりました
11.100名前が無い程度の能力削除
ほのぼの進んでく話にコーヒーがいい味だしてますねぇ。
14.100奇声を発する程度の能力削除
素晴らしいコーヒータイム
コーヒーが飲みたくなって来た…
16.90名前が無い程度の能力削除
良い感じです
22.100名前が無い程度の能力削除
まさかこんな所でゲイシャの名前を見るとは思っていませんでしたw
うちの近くのお店では100g1500円でしたがまだ手が出てません.
秋の夜長のコーヒーはいいものですね.
23.100名前が無い程度の能力削除
コーヒーの香りが漂ってくるかのよう。朝に素敵な話が読めてよかったです
25.100名前が無い程度の能力削除
珈琲時間や
26.100名前が無い程度の能力削除
いいコーヒータイムでした
28.80名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気
34.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。
35.90名前が無い程度の能力削除
>>「でもその娘を宝石のように扱われるのは堪えられなかったと思うわ。」
>>「私だったら複雑ね。娘を嫁にやる時、相手は娘を本当に愛してくれる人の方が良いでしょう?」

このアリスのセリフにずしんとやられました。
コーヒーって、飲んでなくなっちゃうものだからこそ大切な誰かをもてなせるものでもある。
それが飲まれもせずに財産になってしまうと、確かにすごく悲しい。
コーヒーと会話と魔法。
みんな、なくなっちゃうけどどこかに素敵な時間として残るものなのかも。
36.90名前が無い程度の能力削除
良いコーヒーだから人気が出たのに、いつのまにか人気そのもの目当てで人が買い求める
出来れば買った後からでもそれを好きになって欲しいなぁ
41.100オオガイ削除
素敵なお話でした。感謝。
本当に愛してくれる人が一人でもいたら、それはとても仕合わせな事なんでしょうね。
アリスの元に辿り着いたこのコーヒーは、こんなにも愛されてきっと凄く嬉しかったと思います。
43.100名前が無い程度の能力削除
あったかコーヒーとても美味しかったです
46.80とーなす削除
短い話ですが、印象的で良かったです。
特にカメラの引き、ラストの部分の余韻の残し方が素敵。
47.無評価結城 衛削除
みなさま。

こんな短くてヤマもオチもない作品ですが、コメント頂きまして本当にありがとうございます。
これからもみなさまの言葉を励みに頑張っていこうと思います。


さて、追加のあとがきのような形になってしまいますが、
この作品を読んで、どんなものを感じ取っていただけたでしょう。


コーヒーの温かさ、甘酸っぱさ、二人の間の温度感、魔法使いとしての在り方……
短いながらも、いろんなものをモチーフとして文章の中に込めさせて頂きました。

36さんのコメントには涙が出ました。
そうですよね。一刻のものだからこそ、それを大切にして、
一刻にものに心を込めたという事実で持て成すことができるんですよね。

そういう一刻のものから得た感動を、文章にしてみなさまに伝えていけたら。
と思います。まだまだ、力不足ではありますが。

以上、短いですが、重ねてありがとうございました。
53.100名前が無い程度の能力削除
エスメラルダのティピカ、スプレモ(生豆)なら1kg1000円くらいとお手頃
高いから買った事がないブルーマウンテンは、香りはいいけど味はいまいちらしい…
コピルアックは100g(生豆)で3万くらいするからこわい

珈琲は準備工程の作業とか雰囲気が楽しいような心地良いような、そんな感じ
そんな気分に浸れて満足
54.100名前が無い程度の能力削除
コーヒーをオシャレに飲む話としたら、ステキです