私の部下の犬走椛はもみじ饅頭が大好きだ。例え哨戒任務の最中であろうと。例え食事を食べ終えた直後であろうと。もみじ饅頭が出されたのならば嬉々としてそれを頬張るほどに。それも1個や2個ではない。5個、10個を平気でぺろりと平らげる。「甘いものは別腹」という言葉は幻想郷にもあるが、椛は見事にそれを体現していると言えよう。
しかし私は椛がもみじ饅頭を食べるというその光景に多少の違和感を覚える。「もみじ」が「もみじ」を食べるというのはシュールというか、見ていて共食いしているような気分になる。
だから私は椛にそう言った。
椛がもみじ饅頭を食べるなんてある意味共食いよね、と。
その日から椛はもみじ饅頭を口にしなくなった。
◇ ◆ ◇
「椛ー、いい加減に部屋から出てきなさい」
私が椛に「共食いみたいね」と言ったその日から、椛はもみじ饅頭を食べなくなった。
それだけならまだしも、一体どれほどの衝撃を受けたのか自分の部屋に引きこもって外に出なくなってしまったのである。当然、哨戒任務もサボっている。
こうなった原因は恐らく私のあの一言にあると思っているので今はまだ大目に見ているが、それも長続きはしないだろう。いずれ大天狗様にばれて椛も私も何らかの罰則を食らうに違いない。部下の不祥事は上司の責任とはいえ、私としては是非とも罰則は避けておきたい。そのためには速やかに椛を部屋から出し、天狗社会へ復帰させねばならない。
いざという時には力にものを言わせるつもりだが、今はまだ平和的解決を試みるとしよう。
とりあえず、まずは椛を部屋から出さなくては。
「椛、とにかく部屋から出てきなさい」
「嫌ですっ」
即答だった。
椛がここまで強固に拒否の姿勢を見せるのも珍しい。部屋から出たくないという、いささかどころかかなり情けない理由ではあるが。
「もみじ饅頭もたくさんあるわよ」
「いりません。私はもうもみじ饅頭は食べないんですっ」
「私が食べちゃうわよ? 全部」
「どうぞお好きに。私は食べませんから」
……なかなかに強情である。しかし私は清く正しい射命丸。こんなところで挫けるわけにはいかないのである。
そこで私は少々姑息な手に出ることにした。
「ふーん、そう。じゃあ食べるわね。いただきまーす」
「…………」
もちろん私はもみじ饅頭など食べていない。と言うかそもそももみじ饅頭なんて用意していない。それもこれも椛を部屋の外へ出すための方便だ。
「もぐもぐ。あーおいしい。もう1個食べようかしら」
「…………」
今すぐにでも部屋を飛び出してもみじ饅頭を食べたいという衝動を懸命にこらえているのだろう。部屋の中から「はぁ……はぁ……」という息づかいが聞こえてくる。
よし。あともう一押し。
「うっ……ぐぅ!?」
「!!」
「喉に……詰まっ……」
ドサッ……と。
私は脇に抱えていた「椛マル秘アルバム」を床に落とした。
当然私はもみじ饅頭など食べていないので喉に詰まらせるわけがないし、詰まらせていないのならば倒れる道理がない。
しかし椛は部屋に引きこもっているため、視覚で外の情報を取り入れることができない。聴覚のみが外の情報を取り入れる唯一の手段だ。
だからそこを利用すれば――
「文様! 大丈夫ですか!?」
こんな具合で出てくる、というわけだ。
そしてその一瞬の好機を私が見逃すはずがない。
「確保ぉー!」
「え? えっ!? えぇぇぇぇ!?」
まぁそんな感じで。
若干強引ではあるが椛を部屋から出すことには成功した。
◇ ◆ ◇
「――いい? これ以上あなたが任務をさぼると私の責任になってしまうのよ?」
「はい、すいません……」
「今日はもういいから、明日からちゃんと任務に戻ること。いいわね?」
「はい……」
椛は俯きながら力なく頷いた。きつく言い過ぎたのかもしれない。ちょっと自己嫌悪。
「でも……」
「ん?」
「もみじ饅頭だけは、絶対食べませんから」
「…………」
目を涙で潤ませながら、椛はそう言った。
ここまで来ると呆れるよりも先に疑問に思う。なぜそこまで、もみじ饅頭にこだわるのだろうか。
「だ、だって、私、今まで何とも思わずにあの子たちを食べてたんですよ? 1個や2個じゃ飽きたらず、何十個も!」
「あー……」
やっぱり「共食い」を気にしていたのか。私には理解できない感覚だ。……いや、私の焼き鳥に対する気持ちに近いのかもしれない。
と言うかこの子はもみじ饅頭のことを「あの子たち」と呼ぶのか。軽く引いた。
「だから私考えてたんです」
「……何を?」
「償いの方法をです」
ごめんやっぱり理解できない。私も時々運命のイタズラで鶏肉を口にしてしまうことがあるが、申し訳なく思っても償いをするとまでは思わない。普通誰でもそうだろう。
でもまぁ、一体どんな風に償うのか多少の興味はあったので、私は「どうするの?」と聞いてみた。
「私がもみじ饅頭になります!」
…………。
今度こそ本当に呆れた。と言うか引いた。どん引きだ。
一体どんな思考回路を辿ればそのような結論にたどり着くというのか。一度永遠亭の医者に診せた方がいいのかもしれない。
そんなことを思ったが、しかし尋ねたのは私の方からだったので「そ、そう」と答えておいた。愛想笑いと苦笑いが混ざってしまうのは仕方のないことだと思う。
「で? どうやってもみじ饅頭になるの?」
「え?」
「え?」
いや、そんな「何も考えてませんでした」みたいな表情で返されても。
「……こ、こうするんです!」
言うが早いか、椛は床に座ると膝を抱えて丸くなった。重心がずれたのかそのままコテンと横に倒れてしまうが、それでも椛は起き上がらない。
「どうですか!? 私丸くなってますか!? おまんじゅうっぽくなってますか!?」
「…………」
どうしよう。真剣に椛を医者に診せたくなってきた。
いや、可愛いんだけど。
可愛いんだけど!
涙目で微妙なドヤ顔で、少し頬を赤らめながらこっちを見上げてる椛がすごく可愛いんだけど!
――それでも私が本当に好きな表情はそんな表情ではない。
私が本当に好きなのは。
大好きなもみじ饅頭を頬張って、満面の笑みを浮かべている椛の表情なのだ。
はぁ、と嘆息する。
そして私はまだ床で丸まっている椛の顔をこっちに向けると、その頬を指でつまんでぐいぐいと引っ張った。
おお、伸びる伸びる。
「うん、この頬の柔らかさだけはもみじ饅頭に似てるかもね」
「あやひゃま、いふぁいでふ」
「椛」
「ふぁい」
その表情をまた見るために、私は椛に語りかける。
「私はね、あなたが幸せそうにもみじ饅頭を食べるのを見るのが好きなのよ」
「…………」
「だから、私のために食べてくれない?」
ぱっ、と。
そこで指を離した。
「……私、たくさん食べますよ?」
「知ってるわよ」
「1個や2個じゃ済みませんよ? 何十個と食べますよ?」
「えぇ」
「それでもいいんですか?」
「もちろんよ」
ばっさばっさという音がした。見ると椛の尻尾がちぎれんばかりに左右に揺れ動いている。
「さぁ、思い直したなら私の部屋にあるもみじ饅頭食べちゃいなさい。あなたが休んでたから他の天狗からお見舞いとしてたくさんもらったのよ、もみじ饅頭」
「本当ですか? やったぁ!」
喜んでいられるのも今の内。
なぜなら私の部屋には比喩でなくもみじ饅頭が山になっているのだ。さすがの椛とてあれを全部食べきるのには数日かかるだろう。
私の部屋に入ったときの椛が驚く姿を想像し、私は独り、秘かに微笑むのだった。
しかし私は椛がもみじ饅頭を食べるというその光景に多少の違和感を覚える。「もみじ」が「もみじ」を食べるというのはシュールというか、見ていて共食いしているような気分になる。
だから私は椛にそう言った。
椛がもみじ饅頭を食べるなんてある意味共食いよね、と。
その日から椛はもみじ饅頭を口にしなくなった。
◇ ◆ ◇
「椛ー、いい加減に部屋から出てきなさい」
私が椛に「共食いみたいね」と言ったその日から、椛はもみじ饅頭を食べなくなった。
それだけならまだしも、一体どれほどの衝撃を受けたのか自分の部屋に引きこもって外に出なくなってしまったのである。当然、哨戒任務もサボっている。
こうなった原因は恐らく私のあの一言にあると思っているので今はまだ大目に見ているが、それも長続きはしないだろう。いずれ大天狗様にばれて椛も私も何らかの罰則を食らうに違いない。部下の不祥事は上司の責任とはいえ、私としては是非とも罰則は避けておきたい。そのためには速やかに椛を部屋から出し、天狗社会へ復帰させねばならない。
いざという時には力にものを言わせるつもりだが、今はまだ平和的解決を試みるとしよう。
とりあえず、まずは椛を部屋から出さなくては。
「椛、とにかく部屋から出てきなさい」
「嫌ですっ」
即答だった。
椛がここまで強固に拒否の姿勢を見せるのも珍しい。部屋から出たくないという、いささかどころかかなり情けない理由ではあるが。
「もみじ饅頭もたくさんあるわよ」
「いりません。私はもうもみじ饅頭は食べないんですっ」
「私が食べちゃうわよ? 全部」
「どうぞお好きに。私は食べませんから」
……なかなかに強情である。しかし私は清く正しい射命丸。こんなところで挫けるわけにはいかないのである。
そこで私は少々姑息な手に出ることにした。
「ふーん、そう。じゃあ食べるわね。いただきまーす」
「…………」
もちろん私はもみじ饅頭など食べていない。と言うかそもそももみじ饅頭なんて用意していない。それもこれも椛を部屋の外へ出すための方便だ。
「もぐもぐ。あーおいしい。もう1個食べようかしら」
「…………」
今すぐにでも部屋を飛び出してもみじ饅頭を食べたいという衝動を懸命にこらえているのだろう。部屋の中から「はぁ……はぁ……」という息づかいが聞こえてくる。
よし。あともう一押し。
「うっ……ぐぅ!?」
「!!」
「喉に……詰まっ……」
ドサッ……と。
私は脇に抱えていた「椛マル秘アルバム」を床に落とした。
当然私はもみじ饅頭など食べていないので喉に詰まらせるわけがないし、詰まらせていないのならば倒れる道理がない。
しかし椛は部屋に引きこもっているため、視覚で外の情報を取り入れることができない。聴覚のみが外の情報を取り入れる唯一の手段だ。
だからそこを利用すれば――
「文様! 大丈夫ですか!?」
こんな具合で出てくる、というわけだ。
そしてその一瞬の好機を私が見逃すはずがない。
「確保ぉー!」
「え? えっ!? えぇぇぇぇ!?」
まぁそんな感じで。
若干強引ではあるが椛を部屋から出すことには成功した。
◇ ◆ ◇
「――いい? これ以上あなたが任務をさぼると私の責任になってしまうのよ?」
「はい、すいません……」
「今日はもういいから、明日からちゃんと任務に戻ること。いいわね?」
「はい……」
椛は俯きながら力なく頷いた。きつく言い過ぎたのかもしれない。ちょっと自己嫌悪。
「でも……」
「ん?」
「もみじ饅頭だけは、絶対食べませんから」
「…………」
目を涙で潤ませながら、椛はそう言った。
ここまで来ると呆れるよりも先に疑問に思う。なぜそこまで、もみじ饅頭にこだわるのだろうか。
「だ、だって、私、今まで何とも思わずにあの子たちを食べてたんですよ? 1個や2個じゃ飽きたらず、何十個も!」
「あー……」
やっぱり「共食い」を気にしていたのか。私には理解できない感覚だ。……いや、私の焼き鳥に対する気持ちに近いのかもしれない。
と言うかこの子はもみじ饅頭のことを「あの子たち」と呼ぶのか。軽く引いた。
「だから私考えてたんです」
「……何を?」
「償いの方法をです」
ごめんやっぱり理解できない。私も時々運命のイタズラで鶏肉を口にしてしまうことがあるが、申し訳なく思っても償いをするとまでは思わない。普通誰でもそうだろう。
でもまぁ、一体どんな風に償うのか多少の興味はあったので、私は「どうするの?」と聞いてみた。
「私がもみじ饅頭になります!」
…………。
今度こそ本当に呆れた。と言うか引いた。どん引きだ。
一体どんな思考回路を辿ればそのような結論にたどり着くというのか。一度永遠亭の医者に診せた方がいいのかもしれない。
そんなことを思ったが、しかし尋ねたのは私の方からだったので「そ、そう」と答えておいた。愛想笑いと苦笑いが混ざってしまうのは仕方のないことだと思う。
「で? どうやってもみじ饅頭になるの?」
「え?」
「え?」
いや、そんな「何も考えてませんでした」みたいな表情で返されても。
「……こ、こうするんです!」
言うが早いか、椛は床に座ると膝を抱えて丸くなった。重心がずれたのかそのままコテンと横に倒れてしまうが、それでも椛は起き上がらない。
「どうですか!? 私丸くなってますか!? おまんじゅうっぽくなってますか!?」
「…………」
どうしよう。真剣に椛を医者に診せたくなってきた。
いや、可愛いんだけど。
可愛いんだけど!
涙目で微妙なドヤ顔で、少し頬を赤らめながらこっちを見上げてる椛がすごく可愛いんだけど!
――それでも私が本当に好きな表情はそんな表情ではない。
私が本当に好きなのは。
大好きなもみじ饅頭を頬張って、満面の笑みを浮かべている椛の表情なのだ。
はぁ、と嘆息する。
そして私はまだ床で丸まっている椛の顔をこっちに向けると、その頬を指でつまんでぐいぐいと引っ張った。
おお、伸びる伸びる。
「うん、この頬の柔らかさだけはもみじ饅頭に似てるかもね」
「あやひゃま、いふぁいでふ」
「椛」
「ふぁい」
その表情をまた見るために、私は椛に語りかける。
「私はね、あなたが幸せそうにもみじ饅頭を食べるのを見るのが好きなのよ」
「…………」
「だから、私のために食べてくれない?」
ぱっ、と。
そこで指を離した。
「……私、たくさん食べますよ?」
「知ってるわよ」
「1個や2個じゃ済みませんよ? 何十個と食べますよ?」
「えぇ」
「それでもいいんですか?」
「もちろんよ」
ばっさばっさという音がした。見ると椛の尻尾がちぎれんばかりに左右に揺れ動いている。
「さぁ、思い直したなら私の部屋にあるもみじ饅頭食べちゃいなさい。あなたが休んでたから他の天狗からお見舞いとしてたくさんもらったのよ、もみじ饅頭」
「本当ですか? やったぁ!」
喜んでいられるのも今の内。
なぜなら私の部屋には比喩でなくもみじ饅頭が山になっているのだ。さすがの椛とてあれを全部食べきるのには数日かかるだろう。
私の部屋に入ったときの椛が驚く姿を想像し、私は独り、秘かに微笑むのだった。
とりあえず同じ材料で大判焼きとかたい焼きの型で作ればいいんじゃね?
なんか読んでたら喉が渇いてきたのでお茶絞ってください。
何かもみじ饅頭を大福か何かと勘違いしてませんか?
この椛ならゆゆさまとフードファイト出来そうw
いやぁ、アホの子可愛い! でもさりげなく文もダメな人だww