「…さま起き…くださ…」
ゆさゆさと体が揺さぶられる。
その感触は今の私にとっては非常に不愉快なもので、背中を揺する何者かに背中を向けた。
「…ン様、起きて…ださ…」
それでも治まることのない揺れに対し、ついに私の意識が覚醒してしまった。
「フラン様、起きてください。フランさまー?」
「う…うぅん…」
物凄く重い瞼を無理やり押し開け、目に飛び込んでくる光にまた閉じそうになる瞳を無理やり開ける。
「おはよう…咲夜…」
「おはようございます、フラン様。」
体をゆっくり起こし、目をこする。脳は起きたが体は完全に起きていないようだ。
「もう朝食の準備は整ってますよ、皆待ってます。」
「あのね…咲夜。」
「はい?なんでしょうか。」
「抱きつかれると動けないんだけど…」
「あら、これは失礼いたしましたわ。」
最近、というかここのところ朝起きるたびに咲夜が抱きつくようになってしまった。
いや、そうしてしまったというか、そうなってしまったというべきか。
「どうして咲夜は私に毎朝抱きつくの?」
「内緒ですわ。」
このやり取りも毎日の習慣になってしまっているほどだ。
そう…と毎日同じ答えに同じ返事をしてベットから立ち上がる。
そして、
「おはよう、咲夜。」
「おはようございます、フラン様。」
あの地下に幽閉されていた日々はなんだったのか。
巫女や魔法使いと戦って、天狗の取材に付き合って、そんなこんなのうちに私を縛る地下はその機能を失った。
「館の中は出歩き自由、外にも日傘を持てば遊びに行ってよし。」
突然、お姉さまにそんなことを言われたのはもうだいぶ昔の話。
寝泊りするのはまだ地下だが、少なくとも私は縛られる運命から開放された。
ベットから出た私はいつもの服装に着替える。
しまっていた羽をぱっと開きいつも被る帽子を手に持ち地下の部屋を後にした。
「あら、おはよう妹様。今日は早いのね。」
「おはよう、パチェ。」
後ろから頭を撫でられる。その冷たくも温かい手の感触が大好きな私はしばらく撫でられ続ける。
「まだ名前で呼んでくれないの?」
「私が妹様と呼ぶのは区切り、この区切りを断ち切っては私のいる意味が無いわ。」
「…よくわかんない。」
「それでいいのよ。」
ふーん、と返事を返す。
これも何度繰り返したことか。体に染み付いてしまっている。
しばらく撫でられていた手が離れ、パチェを見ると軽く微笑んで、
「さ、行きましょう。皆待ってるわ。」
「うん。」
初めて自分ひとりで博麗神社に行っているのをまだ覚えている。
神社の巫女に発見された途端に弾幕ごっこをしたのを覚えている。
慌てて持っていた日傘を落としてぶっ倒れたことだったが。
「おはよう、フラン。」
「おはよう、お姉さま。」
大きな食堂に入る前に我が姉であるレミリアお姉さまと出会った。
お姉さまは私を見るなりに前からぎゅっと抱きしめる。
「ねぇ、お姉さま。」
「なに?フラン。」
「どうしてお姉さまは毎日出会うたびに抱きついてくるの?」
「それはね、フランだからよ。」
「どういうこと?」
「そのうち、わかるわ。」
へー、と返事をする。
このやり取りは…もちろん毎日繰り返されている。
まるで絵本だ、と私は思う。
何度読んでも何も変わらない、ただ真っ白な本。
中にある文字はただただ書いてあるだけで、それが変化することは私が生きている中でまだ一度も無い。
「さぁ、フラン。行きましょう。」
「うん。」
食堂に入れば、メイド妖精達が忙しく動き回っていたり、いつものメンバーが椅子に座っていたりした。
配膳が終わり、皆席につく。
「それじゃ、頂きましょう。」
お姉さまの一言で朝食が始まる。皆自分勝手に話をしたり、誤ってこぼしたりしていた。
これも、いつものこと。
「フラン、今日も出掛けるの?」
「うん。」
「神社かしら?」
「そうだよ。」
「気をつけて行って来るのよ、今日は晴れているから私達吸血鬼の活動に適していない。」
「わかってるよ。」
「まぁ、大丈夫よね。じゃあ、これ、霊夢に渡しといて。」
そう言ってお姉さまは私に袋を渡す。
「いつものやつ?」
「そうよ、霊夢によろしくね。」
「はーい。」
そう言って日傘を持って玄関を出る。
朝と昼の間の時間、眩しいくらいの嫌な光が私の目に入った。
「いってきま-す。」
「遅くなる前に帰ってきなさいよー。」
お姉さまの声を背に私は日傘を手に持ち歩き出した。
いつもの、こと。
「お出掛けですか?フラン様。」
「そうだよ、ちょっと巫女に会いにね。」
「そうですか、注意してくださいね。一応妖怪には無慈悲な巫女で名が通っているのですから。」
「大丈夫だよ。じゃあ、いってきまーす。あ、寝たらだめだよ?」
「わかってますって、そんな簡単に寝るように見えますか?」
「いつも帰ったら寝てるからそう言ってるんだけど…」
…いつもの、やりとり。
館の門を通り、空に飛び出す。
ゆっくり、ゆったりと風を受けながら空を飛ぶ。
日光は嫌だったが、そよ風は本当に気持ちが良かった。
しばらく空を飛んでいると真っ赤な鳥居が視界の隅に入る。
「よいしょ、っと。」
スピードを緩め着陸。慣れてしまった動作である。
神社に目を向けると箒を持った紅白がこちらを明らかに嫌そうな目を向けてくる。
「なに、また来たの?」
「おはよう、霊夢。」
「残念ね、私のおはようは朝食を食べるまでなの。前にも言ったじゃない。」
「初めて聞いたんだけど。」
神社は、巫女は違った。
私の同じ挨拶に、毎日違う何かを持ってくる。
彼女は違った、毎日彼女が纏う雰囲気が違っていた。
時刻は昼前、私は縁側に座る彼女の横に座っていた。
「これ、お姉さまから。」
「いつも、ご苦労様。お茶にする、それとも紅茶?」
「紅茶なんてあったっけ?」
「阿求から少しもらったのよ、これがまた美味しくてね。」
「じゃあ、紅茶で。」
「はいはい。」
よっ、と声を出して立ち上がる彼女を見届けたあと、私は1人ぼーっとする。
もちろん日光にはあたらないように。
ぼーっとただひたすら、ぼーっとする。私が初めて紅魔館を出て、初めて神社を訪れて、初めて体験したことで、初めて夢中になったこと。
「こら、何暢気に寝てるのよ。」
「いたっ…」
ごん、とお盆に叩かれて意識が戻る、何時の間にか眠りかけていたらしい。
「全く、眠いなら館で寝てればいいのに。」
「だめだよ、咲夜がいるから。」
「あいつもめんどうくさいことするわね。」
横に腰掛けた彼女はお盆を置く。
紅茶と饅頭だった。
「あれ、お土産は?」
「ああ、あれ?しまってあるわ。」
「食べないの?」
恐らくあれは咲夜の作った洋菓子だろう。だったら紅茶と会うはずなのだが。
「あんたさぁ飽きないの?毎日ここに来て毎日同じお土産食べて。私がもしあんただったらこりごりね。あんたが帰ってから1人美味しく頂くわよ。」
「でも、私の分には血が…」
「処分すればよし。」
「…外道巫女。」
「なんかいった?」
「何も?」
饅頭を1つ手に取り口に運ぶ。饅頭の外の柔らかさと噛んだところから広がる餡子の美味しさが実にあっていて、絶品といえる美味しさだった。
そして、紅茶。何故か湯飲みに淹れられそのアンバランスさに思わず笑いそうになるも、隣の彼女の鋭い視線を感じて何とかこらえる。
そして一口。
「……美味しい。」
「そりゃ美味しいわよ。私が淹れたんだから。」
「紅茶のおかげじゃないの?」
「妖怪退治されたい?」
「ごめんなさい。」
びしっとお札をつきつけられ素直に謝る。
こんなところで弾幕ごっこなんて御免だった。
「あんたさぁ…」
「ん?」
饅頭を口に含みながら返事をする。
「あの時に比べると随分変わったわよねぇ…こんなにおとなしそうな猫みたいになって。」
「もともとこうだよ?」
「あの時はもっと激しかったわよ。」
「何が?弾幕?」
「あんた自身が。まぁ弾幕も激しかったけど。知らないけど何かあったのかしらね。」
「………」
紅茶を飲み干した彼女は一息ついて、話題を変える。
「昼はどうするの?食べてく?生憎血はないけれど。」
それに頭を縦に振るだけで答えた。
結局、昼食も一緒に食べて、彼女は昼寝をしだしたので私も寄り添って眠ることにした。
妖怪退治専門の巫女の癖に近くにいると何故か安心して眠りについたのが少し前の話。
夕方、少し寒くなりだしてから私は起きた。彼女は既に起きていたらしく縁側で1人お茶を飲んでいた。
「おはよう…霊夢。」
「おそよう。」
「…なにそれ?」
「遅くなってしまったおはよう。ってこと。最近の流行よ。」
「変なの、聞いたことも無い。」
「そりゃそうよ、今作ったもの。」
「流行って言ってたじゃない。」
「私の中でね。ちなみにたった今、その流行は去ったわ。」
「変な巫女。」
「だったらあんたは変な吸血鬼かしら。こんなところに住み着く鬼はあの馬鹿だけで十分なのに。」
彼女とのやりとりは新鮮そのものだと思った。
何を言っても違う言葉がストレートにまたは変化しながら返ってくる。
彼女の魅力なのだろうか。
「お茶頂戴、霊夢。」
「はい、飲んだらそろそろ帰りなさい。日も弱ってきたしそろそろあの過保護な吸血鬼が心配するでしょう。」
「うん、そうだね…」
少し冷えたお茶を一気に飲み縁側を降りる。そしてくるっと霊夢に向き直る。
「楽しい時間をありがとう、霊夢。」
「良かったらもう二度とこなくてもいいわよ。」
「また来るね。」
「人の話を少しは聞きなさいよ。」
鳥居に向けて歩き出す。弱くなった日光はさほど脅威でもなく、傘は開かなかった。
「ねぇ、霊夢…」
彼女に背を向けたまま話す。聞いてるかもわからないのに。
「もしも霊夢が毎日同じことの繰り返しをしていたらどうする?」
「………」
「毎日起きて、同じ会話、同じ行動、同じ一日。」
「………」
「私は嫌、変えたい。でも変わらない。何をしても変わらない。皆絵本みたい。」
「………」
「気がついたらつらかった、でも日常を変える気はもうしなかった…私も絵本の人みたいになってしまったの。」
「………」
「ねぇ、霊夢。貴方に聞くのはおかしいかもしれないけど、私どうしたらいいの?このまま絵本の世界で過ごさないといけないの?ねぇ、霊夢ってば…」
気がついたら頬を何かが滑り落ちる。生暖かいそれは血かと思ったが生憎そんなものではなく、透明なものでしょっぱいものだった。
「贅沢ね。」
「え…?」
「フラン、あんたは少し贅沢をし過ぎているわ。」
「ど、どうして…?」
恐らく目が真っ赤に腫れているだろう、しかしそんなことはお構いなしに彼女に振り返る。
彼女の目は真っ直ぐに私を捉える。その力強さは人間とは思えないほどで私ですら怯むようなものだった。
「あのね、何勝手に諦めてんのよ、何勝手に幕を閉じようとするのよ、何勝手に涙を流してるのよ。何勝手に自分はやりきったと思っているのよ。
あんたは本当に変えようとしたの?だったら何をしたの?本当に駄目になるまで行動したの?
勝手に自分で線を引いて、勝手にその線で諦める。そんな馬鹿みたいな話があると思う?」
「う……」
「あんたの所がどうなったって私は知らないし、どうでもいい。
無くなるなら勝手に無くなればいい。だけど、あんたは違う。無くなって欲しくなんてないはず。そうでしょ?」
「そ、それは…」
「だったらどうして自分で考えないの?こうやって神社に来て現実逃避?人間にはねそんな暇ないの。
あんたらからしたら人間の命なんて家畜と一緒のようなものだけどね、だからこそ人間は足掻くの。どんな困難にぶちあたろうが、無理とわかっていてもぶつかるの。
…何でかって?明日がないのよ、私を含め人間は。何時死ぬかわからない、病気?事故?天災?人間は妖怪と違って常に死と隣りあわせなの。だから必死になる。
目の前の問題に全力でぶつかる。そして潰れた人間だっていないわけじゃない。」
「………」
「あんたら妖怪はあるでしょう?明日が、無駄に長い明日が。それなのに目の前の事実から逃げ出そうとしている。そんなもの弱い人間と一緒よ。見るに耐えないわ。」
「………」
「ほら、もう暗くなってきたから早く帰りなさい、あの吸血鬼にいろいろ言われると面倒なの。」
「………うん。」
「また、いつでも来なさい。」
「ありがとう霊夢。少しだけわかったかも。」
「講演料は高くつくわよ。」
「いつか、倍にして返すから。」
「…楽しみにしてるわ。」
「じゃあね!霊夢。」
「気をつけて帰るのよー。」
その翌朝。
「…さま起き…くださ…」
ゆさゆさと体が揺さぶられる。
その感触は今の私にとっては非常に不愉快なもので、背中を揺する何者かに背中を向けた。
「…ン様、起きて…ださ…」
それでも治まることのない揺れに対し、ついに私の意識が覚醒してしまった。
「フラン様、起きてください。フランさまー?」
「う…うぅん…」
物凄く重い瞼を無理やり押し開け、目に飛び込んでくる光にまた閉じそうになる瞳を無理やり開ける。
「おはよう…咲夜…」
「おはようございます、フラン様。」
体をゆっくり起こし、目をこする。脳は起きたが体は完全に起きていないようだ。
「もう朝食の準備は整ってますよ、皆待ってます。」
「あのね…咲夜。」
「はい?なんでしょうか。」
「抱きつかれると動けないんだけど…」
「あら、これは失礼いたしましたわ。」
最近、というかここのところ朝起きるたびに咲夜が抱きつくようになってしまった。
いや、そうしてしまったというか、そうなってしまったというべきか。
「どうして咲夜は私に毎朝抱きつくの?」
「内緒ですわ。」
このやり取りも毎日の習慣になってしまっているほどだ。
そう…と毎日同じ答えに同じ返事をしてベットから立ち上がる。
そして、
「おやすみ、咲夜。」
「起きてください、フラン様。」
「いやだー。」
「もう、しょうがないですわね…」
あの地下に幽閉されていた日々はなんだったのか。
巫女や魔法使いと戦って、天狗の取材に付き合って、そんなこんなのうちに私を縛る地下はその機能を失った。
「館の中は出歩き自由、外にも日傘を持てば遊びに行ってよし。」
突然、お姉さまにそんなことを言われたのはもうだいぶ昔の話。
寝泊りするのはまだ地下だが、少なくとも私は縛られる運命から開放された。
やっとベットから出た私はいつもの服装に着替える。
しまっていた羽をぱっと開きいつも被る帽子を手に持ち地下の部屋を後にした。
「あら、おはよう妹様。今日は遅いのね。」
「おはよう、パチェ。」
後ろから頭を撫でられる。その冷たくも温かい手の感触が大好きな私はしばらく撫でられ続ける。
「まだ名前で呼んでくれないの?」
「私が妹様と呼ぶのは区切り、この区切りを断ち切っては私のいる意味が無いわ。」
「…よくわかんない。」
「それでいいのよ。」
ふーん、と返事を返す。
これも何度繰り返したことか。体に染み付いてしまっている。
しばらく撫でられていた手が離れ、パチェを見ると軽く微笑んで、
「さ、行きましょう。皆待ってるわ。」
「名前で呼ばないと行かないよ?」
「妹様?」
「ツーンだ。」
「妹様。」
「…………」
「はぁ………フラン様、行きましょう。」
「うん!」
初めて自分ひとりで博麗神社に行っているのをまだ覚えている。
神社の巫女に発見された途端に弾幕ごっこをしたのを覚えている。
慌てて持っていた日傘を落としてぶっ倒れたことだったが。
「おはよう、フラン。」
「おはよう、お姉さま。」
大きな食堂に入る前に我が姉であるレミリアお姉さまと出会った。
お姉さまは私を見るなりに前からぎゅっと抱きしめる。
「ねぇ、お姉さま。」
「なに?フラン。」
「どうしてお姉さまは毎日出会うたびに抱きついてくるの?」
「それはね、フランだからよ。」
「どういうこと?」
「そのうち、わかるわ。」
へー、と返事をする。
「ねぇ、お姉さま。」
「なに?フラン。」
「大好き。」
「私も大好きよ。」
「…霊夢が。」
「………な!?霊夢は私の物だってば!」
「昨日、実は神社でね、泣かされちゃった…」
「な、どうしてそこで赤い顔を…!フランあんたもしかして…あんなことや、こんなことをされたんじゃ…!」
「少し怖かったけどね、終わってみたらすっきりして気持ちよかったよ?」
「なぁ!?、あの外道巫女!私だけじゃなくフランにまで手を!?」
「私だけ?」
「あ…」
「さくやー、お姉さま霊夢とねー!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!こら、フラン!止まりなさ、止まれーー!!」
あとで霊夢にお礼を言う為に神社に行こう。
そうだ、ついでにお姉さまも連れて、じゃあ咲夜も一緒に。
折角だしお土産の物は私が作ろう。咲夜にでも作り方を聞いて美味しいお菓子を持っていこう。
門番には何か眠気の覚めるものでも持っていこう。
ああ、何と一日が輝くことか!
なかなかないので出会えてうれしいです。
変わらない日々の繰り返しっていうのは確かに怖いものかもしれません。
けど、自分の意思で変えていったフランには、また違った日々が広がっていくのでしょう。
レミリアとフランによる霊夢の取り合いとか見てみたいものですね。
大変なことになりそうw
自分の中で新たな可能性が芽生えた。
幽閉されてたフランにとっては、霊夢達は特別な存在なんだろうなと、思う。
取り合いは確かに見てみたいw
味もー素っ気もーないくらーしにー
終止符をー“撃つ”ためーにー
でもフラレイにすると語感が何だかとっても切ないんですよ
やはり霊夢側が積極的でないと成立しにくいということなのでしょうか
なにはともあれ、2828した