一日も早い『幻想の再婚』の成就を願う多くの輩(ともがら)に捧ぐ――――
『○月×日 晴天 九日月
今日はとても奇妙な人物に会った。
黄昏時、何ともなしに外を歩いていると、その女性が立っていた。
どんな人物かは覚えていない。外見よりもまず、彼女が抱えている匣に目がいった。
彼女は笑みを浮かべながら夕焼けを見つめ、時々誰もいないのにぶつぶつと何かを呟いている。
どうやら匣に向かって話し掛けているらしい。
見られているのに気づいたのか、彼女はこちらをむいた。
「ほう」
匣の中から、鈴を転がすような声がした。
「気づかれましたか」
女性はそう云うと、へらへらと笑いかけてきた。
「誰にも云わないで下さい」
そう云って、彼女は匣の蓋を取り、中身を見せた。
中には綺麗な娘が入っていた。
匣にぴっちりと入った娘は、腕も脚も胴も無く、胸像のようだった。
多分人形なのだろう。
すると、娘はにっこりと笑い、
「ほう」
先ほどと同じ、鈴を転がすような声で、そう云った。
嗚呼、生きている。
何故か、酷く女性が羨ましくなってしまった。』
「バラバラ殺人事件だぁ?こんなへんぴな所で?」
私は驚きの声をあげ、傍らに座って本を読む博麗霊夢の方を見た。
「聞いたかよ霊夢!この幻想郷に遂に、異変ならぬ事件が発生したぜ!」
「ふうん……それって本当なの?ガセネタつかまされたんじゃあ驚き損よ」
霊夢が顔も上げずに疑問の声をあげると、話の出所――射命丸文自信たっぷりに答えた。
「そりゃ本当ですよ。文々。新聞はガセネタなんて書きませんよ。私自身にしたって生まれてこの方嘘と坊主の髷は結ったことはありません」
「半月くらい前に夜雀の屋台で集団食中毒が起きたって号外はどうなのよ。あれは思いっきり嘘だったじゃない」
その騒動は私も知っている。私が知る限りでは、あれは食中毒ではなく食べ過ぎによる腹痛、しかも集団などではなく大食い主人に付き合わされた、哀れな半霊庭師一人だったはずだ。
そう云うと、あれは嘘じゃなくって拡大解釈って云うんですよ魔理沙さんと、パパラッチ天狗は悪びれもせずに言い切り、そこで真顔になった。
「でも、今回は嘘でもガセでも誇張でもありません。本当に人間の右腕が一本、箱に入って見つかったんですよ」
「箱に入ってたのか?」
「はい、現場で見せてもらいましたが、あれは竹で出来た箱でしたね。と云っても残骸ですよ。発見された時には箱はすでに壊れてて、中の腕が飛び出てたんです」
厭な光景である。その光景を想像したのか、霊夢は顔を顰めた云った。
「それで・・・・・・何でそんなことを私たちに、しかも朝食を食べた直後に話すのよ」
文と霊夢、そして私――霧雨魔理沙がいるのは、霊夢の仕事場兼住居の博麗神社である。
この神社は幻想郷の様々な人間、妖怪、亡霊、神様が暇つぶしと宴会のために度々やってきては大騒ぎするので、里の人間には人外魔境の場所と認識されてしまい、参拝者が殆どいなくなってしまったらしい。そのせいか、霊夢はお賽銭を入れない来客には決して愛想良くはしない。私が今朝この神社に文字通り『飛び込んで』いった時もそうだった。その時は偶然朝食の直前で、私は偶然朝食を抜かしていたのだが、その事実を告げると霊夢はまるで親戚全部が死に絶えでもしたような仏頂面を浮かべたのだった。
それでもご馳走はしてくれたのだし、いつも誰が突然遊びに来ても、文句を云いながら出涸らし茶くらいは出してくれる。結構懐が深い人物である。
そして食後、霊夢が珍しく本を読みだし私は何をするでもなく呆けていたら、本日二人目の客が速報だ号外だと騒ぎながらまたもや『飛び込んで』来たのだった。
「そりゃあ、事件だ何だって云ったら、やっぱり霊夢さんですよ。ここは一つ、ちょちょいと解決して」
「断るわ」
「なんで即決なんですかあ!霊無さんは腐ってもひもじくっても異変の解決屋さんですよね?だったら今こそ出番なんですよ!」
「バラバラ死体みたいなグロテスクな物、見たいとも思わないし、あんたの新聞の記事に協力するようなこともしたくないわ」
霊夢はまた仏頂面をして本からやっと顔をあげ、文の顔を睨んだ。途端に文は取り繕うような笑みを浮かべて弁解した。
「あややや、べ、別に記事のためとかじゃないですよ……」
「あんたのことだから、この辺りでは珍しい猟奇事件を追及するために私達二人を焚きつけて、金魚の糞よろしくついてきて、あわよくば特ダネを引っ掴もうと考えているんでしょうけどね、ブン屋の陰謀なんて顔を見ただけで判るわよ」
顔を見たのはたった今だった気がするのだが。
しかしどうやらその通りらしく、文は引きつった笑みを強張らせている。
「どうやら図星みたいね。第一私が解決するのは妖怪や何かが起こす『異変』であって、人間の間で起きる『事件』なんて専門外よ。そんなのは里の人間や慧音に任せなさい」
「霊夢、お前って何か里の人間に厳しいな……」
「当然よ。異変解決してやってもだあれもお礼してこないし、お賽銭も増えないし、こっちもボランティア精神でやってる訳じゃないのよ。向こうがこっちと繋がりを持とうとしないんだから、こっちだって過度に向こうのことに口出しはしないのよ」
思うに、霊夢が客人をちゃんともてなすのは、そう云った思いに起因しているのかもしれない。自分と同じ種族である人間と交わることが余り出来ないから、何だかんだと纏わりついてくる妖怪らに茶を振舞う。要するに寂しいのだろう。
最も、本人に聞いてみたことは無い。私はそんな無謀なことはしたくない。
「うーん……でもこの事件、その妖怪とかが関わっている可能性もあるんですよね」
「何だ、じゃあやっぱりその腕はどこぞの妖怪の食べ残しか何かじゃないのか?」
「や、実は……その右腕と入れ物らしき箱は、紅魔館の縄張りの内側で発見されたんですよ。普通の人間ならそんな所に入り込むはずがないですよね?」
「紅魔館……?確かにそれは奇妙な話ね」
紅魔館に限らず、強力な妖怪が縄張りとする所に人間が簡単に入るはずが無い。そんなことするのは余程の馬鹿か、狂人か、自殺志願者だ。
「でしょう?もしかするとその辺のルーミアやリグルとかの仕業かもしれないんですよ?だったら」
「だったら尚更干渉は出来ないんじゃないか?妖怪が人を襲うのはここじゃあ自然の摂理なんだぜ?」
「あやややややや……云われてみたらそうでした……」
そう、この幻想郷では妖怪が人を捕食するのは罪にはならない。妖怪と人間が共生していくには、それぐらいの覚悟がいるのだ。だからもしこの腕の持ち主が妖怪に襲われたなら、それは『事件』とは呼ばれないし、新聞記事にもならないだろう。
「ううん、でも妖怪がわざわざ箱に腕を残しといたりしますか?弁当か何かですかね?霊夢さんどう思いますか?」
どうしても霊夢を巻き込みたいらしい文が彼女に聞いてみたが、霊夢は顎に手をあて、深く考え込んでいた。
「竹の箱……紅魔館……腕……」
まさかあいつ……とつぶやくと、霊夢は突然文に聞いた。
「この事件のこと、あんた以外に誰が知ってるの?」
「え?私の他には……確か第一発見者がチルノで、騒ぎを聞きつけた美鈴さんも来ましたから、紅魔館の人達も知っていますよ」
「そう……腕の他に、脚や胴や首は出てないの?」
「聞いてないですね。でも今ごろ、紅魔館の周辺は大騒ぎですよ。他の部位が無いか探してみるって美鈴さんが云ってましたから」
「おい、どうしたんだよ霊夢、まさか自分から首突っ込むんじゃないだろうな?」
私が慌てて聞くと、霊夢は私を見て、あああんたがいたか、などと云ってきた。
「じゃあ魔理沙、あんた文と一緒に現場に行ってきて頂戴。もしかしたら、また別の部位が出てくるかもしれないわ」
「ち、ちょっと待てよ。私は別にかまわないけどさ、なんでお前は動かないんだよ?」
「仕方ないでしょ?私には用事があるの」
そう云うと、霊夢は今の今まで読んでいた本を手に取った。
「この本、慧音から借りてるのよ。あんたと違ってちゃんと返さなきゃいけないのよ」
「ってかそれ、本というより画集じゃん!そんなじっくり読むものかよ?」
霊夢が今読んでいるその本、もとい画集は、その昔外の世界で描かれた妖怪の画集らしい。絵なのだから文書と違ってすぐ読めそうなものなのだが。
「別にかまわないでしょ?あんたみたいに借りたらそのままなんてあくどいことはするつもりは無いけど、これ、中々奥深ーい画集なのよ。じっくり読めば読むほど面白いことが判ってくるのよ」
「む……まあその気持ち、解らなくもないけどな……」
本を読めば読んだ分だけ脳髄が満たされるような気分。それは私も善く解る。だから私は本が好きだし、読書の邪魔をされたくない気持ちも解る。
「解ってくれた?それに私さっきも云ったけど、バラバラ死体なんて見たくも無いわ。だから変りに見て、私に教えてね」
「んー……まあいいか。朝食も食わせてもらった訳だし」
行ってきますかね、と云って立ち上がると、文も満面の笑みで立ち上がった。
「そう、それでこそ異変解決のお二人ですよ!さあ、幻想郷史上稀にみる凶悪バラバラ殺人事件、見事解決させて見せましょう!」
「全く、まだ殺人って決まった訳じゃないでしょうが……」
そんな霊夢の呟きを背に、私と文は博麗神社を出発した。
そのときの私は、バラバラ死体を気味悪がる訳でもなく、発見された右腕の持ち主を哀れむでもなく、ただ純粋な好奇心から事件の中身を、正体を、本質を知りたがっていたのだった。
その『本質』が、薄ぼんやりとした、捉えどころの無い、そして見てはならない『妖怪』なのだと思い知るのは、もっと後になってからだった。
こうして私達は、幻想郷連続バラバラ死体遺棄事件――後に『蓬莱の匣事件』と呼ばれる――に、深入りする羽目になった。
『○月×日 晴天 九日月
今日はとても奇妙な人物に会った。
黄昏時、何ともなしに外を歩いていると、その女性が立っていた。
どんな人物かは覚えていない。外見よりもまず、彼女が抱えている匣に目がいった。
彼女は笑みを浮かべながら夕焼けを見つめ、時々誰もいないのにぶつぶつと何かを呟いている。
どうやら匣に向かって話し掛けているらしい。
見られているのに気づいたのか、彼女はこちらをむいた。
「ほう」
匣の中から、鈴を転がすような声がした。
「気づかれましたか」
女性はそう云うと、へらへらと笑いかけてきた。
「誰にも云わないで下さい」
そう云って、彼女は匣の蓋を取り、中身を見せた。
中には綺麗な娘が入っていた。
匣にぴっちりと入った娘は、腕も脚も胴も無く、胸像のようだった。
多分人形なのだろう。
すると、娘はにっこりと笑い、
「ほう」
先ほどと同じ、鈴を転がすような声で、そう云った。
嗚呼、生きている。
何故か、酷く女性が羨ましくなってしまった。』
「バラバラ殺人事件だぁ?こんなへんぴな所で?」
私は驚きの声をあげ、傍らに座って本を読む博麗霊夢の方を見た。
「聞いたかよ霊夢!この幻想郷に遂に、異変ならぬ事件が発生したぜ!」
「ふうん……それって本当なの?ガセネタつかまされたんじゃあ驚き損よ」
霊夢が顔も上げずに疑問の声をあげると、話の出所――射命丸文自信たっぷりに答えた。
「そりゃ本当ですよ。文々。新聞はガセネタなんて書きませんよ。私自身にしたって生まれてこの方嘘と坊主の髷は結ったことはありません」
「半月くらい前に夜雀の屋台で集団食中毒が起きたって号外はどうなのよ。あれは思いっきり嘘だったじゃない」
その騒動は私も知っている。私が知る限りでは、あれは食中毒ではなく食べ過ぎによる腹痛、しかも集団などではなく大食い主人に付き合わされた、哀れな半霊庭師一人だったはずだ。
そう云うと、あれは嘘じゃなくって拡大解釈って云うんですよ魔理沙さんと、パパラッチ天狗は悪びれもせずに言い切り、そこで真顔になった。
「でも、今回は嘘でもガセでも誇張でもありません。本当に人間の右腕が一本、箱に入って見つかったんですよ」
「箱に入ってたのか?」
「はい、現場で見せてもらいましたが、あれは竹で出来た箱でしたね。と云っても残骸ですよ。発見された時には箱はすでに壊れてて、中の腕が飛び出てたんです」
厭な光景である。その光景を想像したのか、霊夢は顔を顰めた云った。
「それで・・・・・・何でそんなことを私たちに、しかも朝食を食べた直後に話すのよ」
文と霊夢、そして私――霧雨魔理沙がいるのは、霊夢の仕事場兼住居の博麗神社である。
この神社は幻想郷の様々な人間、妖怪、亡霊、神様が暇つぶしと宴会のために度々やってきては大騒ぎするので、里の人間には人外魔境の場所と認識されてしまい、参拝者が殆どいなくなってしまったらしい。そのせいか、霊夢はお賽銭を入れない来客には決して愛想良くはしない。私が今朝この神社に文字通り『飛び込んで』いった時もそうだった。その時は偶然朝食の直前で、私は偶然朝食を抜かしていたのだが、その事実を告げると霊夢はまるで親戚全部が死に絶えでもしたような仏頂面を浮かべたのだった。
それでもご馳走はしてくれたのだし、いつも誰が突然遊びに来ても、文句を云いながら出涸らし茶くらいは出してくれる。結構懐が深い人物である。
そして食後、霊夢が珍しく本を読みだし私は何をするでもなく呆けていたら、本日二人目の客が速報だ号外だと騒ぎながらまたもや『飛び込んで』来たのだった。
「そりゃあ、事件だ何だって云ったら、やっぱり霊夢さんですよ。ここは一つ、ちょちょいと解決して」
「断るわ」
「なんで即決なんですかあ!霊無さんは腐ってもひもじくっても異変の解決屋さんですよね?だったら今こそ出番なんですよ!」
「バラバラ死体みたいなグロテスクな物、見たいとも思わないし、あんたの新聞の記事に協力するようなこともしたくないわ」
霊夢はまた仏頂面をして本からやっと顔をあげ、文の顔を睨んだ。途端に文は取り繕うような笑みを浮かべて弁解した。
「あややや、べ、別に記事のためとかじゃないですよ……」
「あんたのことだから、この辺りでは珍しい猟奇事件を追及するために私達二人を焚きつけて、金魚の糞よろしくついてきて、あわよくば特ダネを引っ掴もうと考えているんでしょうけどね、ブン屋の陰謀なんて顔を見ただけで判るわよ」
顔を見たのはたった今だった気がするのだが。
しかしどうやらその通りらしく、文は引きつった笑みを強張らせている。
「どうやら図星みたいね。第一私が解決するのは妖怪や何かが起こす『異変』であって、人間の間で起きる『事件』なんて専門外よ。そんなのは里の人間や慧音に任せなさい」
「霊夢、お前って何か里の人間に厳しいな……」
「当然よ。異変解決してやってもだあれもお礼してこないし、お賽銭も増えないし、こっちもボランティア精神でやってる訳じゃないのよ。向こうがこっちと繋がりを持とうとしないんだから、こっちだって過度に向こうのことに口出しはしないのよ」
思うに、霊夢が客人をちゃんともてなすのは、そう云った思いに起因しているのかもしれない。自分と同じ種族である人間と交わることが余り出来ないから、何だかんだと纏わりついてくる妖怪らに茶を振舞う。要するに寂しいのだろう。
最も、本人に聞いてみたことは無い。私はそんな無謀なことはしたくない。
「うーん……でもこの事件、その妖怪とかが関わっている可能性もあるんですよね」
「何だ、じゃあやっぱりその腕はどこぞの妖怪の食べ残しか何かじゃないのか?」
「や、実は……その右腕と入れ物らしき箱は、紅魔館の縄張りの内側で発見されたんですよ。普通の人間ならそんな所に入り込むはずがないですよね?」
「紅魔館……?確かにそれは奇妙な話ね」
紅魔館に限らず、強力な妖怪が縄張りとする所に人間が簡単に入るはずが無い。そんなことするのは余程の馬鹿か、狂人か、自殺志願者だ。
「でしょう?もしかするとその辺のルーミアやリグルとかの仕業かもしれないんですよ?だったら」
「だったら尚更干渉は出来ないんじゃないか?妖怪が人を襲うのはここじゃあ自然の摂理なんだぜ?」
「あやややややや……云われてみたらそうでした……」
そう、この幻想郷では妖怪が人を捕食するのは罪にはならない。妖怪と人間が共生していくには、それぐらいの覚悟がいるのだ。だからもしこの腕の持ち主が妖怪に襲われたなら、それは『事件』とは呼ばれないし、新聞記事にもならないだろう。
「ううん、でも妖怪がわざわざ箱に腕を残しといたりしますか?弁当か何かですかね?霊夢さんどう思いますか?」
どうしても霊夢を巻き込みたいらしい文が彼女に聞いてみたが、霊夢は顎に手をあて、深く考え込んでいた。
「竹の箱……紅魔館……腕……」
まさかあいつ……とつぶやくと、霊夢は突然文に聞いた。
「この事件のこと、あんた以外に誰が知ってるの?」
「え?私の他には……確か第一発見者がチルノで、騒ぎを聞きつけた美鈴さんも来ましたから、紅魔館の人達も知っていますよ」
「そう……腕の他に、脚や胴や首は出てないの?」
「聞いてないですね。でも今ごろ、紅魔館の周辺は大騒ぎですよ。他の部位が無いか探してみるって美鈴さんが云ってましたから」
「おい、どうしたんだよ霊夢、まさか自分から首突っ込むんじゃないだろうな?」
私が慌てて聞くと、霊夢は私を見て、あああんたがいたか、などと云ってきた。
「じゃあ魔理沙、あんた文と一緒に現場に行ってきて頂戴。もしかしたら、また別の部位が出てくるかもしれないわ」
「ち、ちょっと待てよ。私は別にかまわないけどさ、なんでお前は動かないんだよ?」
「仕方ないでしょ?私には用事があるの」
そう云うと、霊夢は今の今まで読んでいた本を手に取った。
「この本、慧音から借りてるのよ。あんたと違ってちゃんと返さなきゃいけないのよ」
「ってかそれ、本というより画集じゃん!そんなじっくり読むものかよ?」
霊夢が今読んでいるその本、もとい画集は、その昔外の世界で描かれた妖怪の画集らしい。絵なのだから文書と違ってすぐ読めそうなものなのだが。
「別にかまわないでしょ?あんたみたいに借りたらそのままなんてあくどいことはするつもりは無いけど、これ、中々奥深ーい画集なのよ。じっくり読めば読むほど面白いことが判ってくるのよ」
「む……まあその気持ち、解らなくもないけどな……」
本を読めば読んだ分だけ脳髄が満たされるような気分。それは私も善く解る。だから私は本が好きだし、読書の邪魔をされたくない気持ちも解る。
「解ってくれた?それに私さっきも云ったけど、バラバラ死体なんて見たくも無いわ。だから変りに見て、私に教えてね」
「んー……まあいいか。朝食も食わせてもらった訳だし」
行ってきますかね、と云って立ち上がると、文も満面の笑みで立ち上がった。
「そう、それでこそ異変解決のお二人ですよ!さあ、幻想郷史上稀にみる凶悪バラバラ殺人事件、見事解決させて見せましょう!」
「全く、まだ殺人って決まった訳じゃないでしょうが……」
そんな霊夢の呟きを背に、私と文は博麗神社を出発した。
そのときの私は、バラバラ死体を気味悪がる訳でもなく、発見された右腕の持ち主を哀れむでもなく、ただ純粋な好奇心から事件の中身を、正体を、本質を知りたがっていたのだった。
その『本質』が、薄ぼんやりとした、捉えどころの無い、そして見てはならない『妖怪』なのだと思い知るのは、もっと後になってからだった。
こうして私達は、幻想郷連続バラバラ死体遺棄事件――後に『蓬莱の匣事件』と呼ばれる――に、深入りする羽目になった。
続き読みたいです。完結前なのでこの点数でご勘弁を。