「カランコロンカラン。やあやあ我は秦こころなるぞ。こんばんはお邪魔します」
「はいこんばんは」
発売日を楽しみにしていた本を読み終え、表紙を眺めながら適度に余韻に浸っていると来客を知らせるベルが鳴った。
心の中で舌打ちをし、面倒ながらもドアーまで歩いて行くと、どうにも珍しい顔を見ることが出来た。
小悪魔がオフの今日、早朝の来客にはため息を付かざるを得ないがこういう客なら歓迎する。
「ここが図書館かー。本がいっぱいあるなあ、まるで図書館みたい」
「本がいっぱいあって図書館みたいな名もなき図書館へようこそ。ヴワルは曲名だよ」
こいつはくだんの異変の首謀、面霊気。
異変の際は暴走していたようだが今はもう大人しく、たまに宴会やパーリーで舞を披露している姿を見かけることがある。
あんなことをしてもすぐに馴染んだのは、表情はさておき感情が豊かで、更に人懐っこそうな愛され体質がその理由か。
そういえばレミィのやつも彼女を気に入っているフシがあり、時折彼女の真似をして手足をはためかせていた気がする。
もっとも、彼女はさながら蝶の舞、レミィは超てんてこ舞いなのだが。
「あのね、お邪魔しますよ」
「お邪魔なさい」
「私はこころっていいます」
「さっき聞いたわ。私はパチュリー」
「そうだった。ごめんなさい。おめんなさい」
「おめんが慌しいわね」
「こういうものなんです」
「こういうものなら仕方がない。不快ではないから」
「よかった。それでお願いがあってきたんだけど」
「何でしょう」
「貴女を連れ去りに来たの」
「あらラフメイカーね、懐かしい」
「来てくれます?」
「や。あなたにようはないの」
「やかー。それはないぜー」
私は動かない大図書館なのでそれは叶わない。
それがどんなに愛くるしくて人懐っこい妖怪のお願いでも例外はない。
似合う理由があれば別だけれども、少なくとも彼女はそれを端折ったので、私は絶対にここからは動かないのだ。
なぜなら私は動かない大図書館。
動かない大図書館が動いてしまえば動く大図書館になってしまう。
それはけして、私ではない。
「駄目、駄目か。どうしよっかな。どうしよっかな。どうしよっかなの舞を踊っていいです?」
「本を読むから、静かにね」
「あ、こりゃ申し訳ない。ごめんね」
「いいよ。素直に謝れるあなたは素直なのね」
「そこが長所と皆様から言われております」
「自分で言うかこやつめ。こちょこちょこちょ」
「あははふひひやめてやめてひひひ」
無表情で笑う彼女はそれはそれは不気味だったけど、しかし自画自賛する通り素直でいい子だ。
ひねくれている人間よりも、素直な妖怪の方が大変好感を持てる。
私は騒がしいのは嫌いだけど、賑やかなのは嫌いじゃない。
この子は賑やかで可愛らしい。
まあもっと賑やかで可愛いのは、無能でぽんこつな吸血鬼だってことは経験上知ってるんだけど。
「何を読んでいるのです?」
「恋愛小説です」
「そういうのも読むんですね。もっぱら魔導書などかと思っていました」
「私は雑食なの」
「本を食べるの?」
「本を食べるの」
「面白い?」
「面白い」
「どれくらい?」
「私みたいなのでも、ひと夏のアヴァンチュールを経験したいなと思わせるほどに」
「アヴァンチュール! ひええ」
何を想像したのか、赤くなった顔を照れたお面で隠し、頭を捻る彼女の周りには幾つもの面がうろうろと飛び交っている。
しばらくするとぴたりと面が落ち着いた。
「ところでアヴァンチュールってなんです?」
「ずこー」
「古典的な反応をするんですね」
「紅魔郷キャラだから」
「そういうものですか」
「そういうものです」
面が上下に揺れる。
あれは彼女の表情だから、今の彼女の困惑を表しているのであろうか。
アヴァンチュールというのはね、と私が話すと彼女の面は激しく反応した。
「ひと夏の恋の事よ。荒ぶる乙女が冒険したくなる季節というのが夏なのよ。暑い季節が心を熱くさせるの」
「私が熱くなるのです?」
「そう、心が火照る」
「そしてこころがホテルで心が火照る?」
「そういうことね」
「ヒュー、アヴァンチュール! 大人っぽいですわー」
こころは顔を真赤にしながら手足をバタつかせている。
かわいい。
「そういえばここは涼しいですね。心の熱さも夏の残暑も全く気にならない」
「そうざんしょ」
「魔女ってのは面白いんだなあ!」
「こほん。これはウンディーネさんとシルフちゃんの合わせ技よ。冷たい水と柔らかな風で冷風機を作ってるの」
「よくわからないけどすごい! あ、その話を聞いて思い出しました」
彼女はそう言うと、非常にはしたないスカートのぽっけから藁半紙のようなものを取り出した。
書いていることを指差し確認して数度頷いた。
「あのね、パチュリーさんに聞きたいことがあるんです。いい?」
「いいよ」
「ありがとう。それでね」
「魔理沙に何を頼まれたの?」
「ええっ! なんで魔理沙に頼まれたって分かったの?! あ、大飛出大飛出」
彼女は大飛出の面を無造作に頭に付け、もう一度面を食らったように大げさに驚いて面を貼り付けた。
彼女が取り出したあの紙は魔理沙が研究のメモに使うやすっちい紙と同じものだ。
更にあいつはどうにも書きなぐる癖があるので、裏まで滲んだ墨がそれは魔理沙だという証拠にもなっている。
「私はなんでも知っているのよ。魔女だから」
「魔女ってすごい!」
「褒めてもチョコチップクッキーといちごジャムと紅茶しか出ないわよ。それで?」
「今夜第一回チキチキ流しそうめん大会~ぽろりもあるよ~が有るんだけど、一緒に来ませんか?」
「ほう」
面霊気、こころから出た提案は、中々に魅力的なものだった。
何を隠そう、私はそうめんが嫌いではない。嫌いではないどころか、むしろ流しそうめんは大好物にあたる。
レミィのわがままで、何度か流しそうめんの経験があるが、あれは中々に心を躍らせる。
残暑で湿った土が残る地の上、夏が終える事を告げに来た秋風に髪をなびかせて、ほんのりと汗をかく。
その中で氷の浮いた冷たいつゆに、流されることにより更に冷たさを増したそうめんにつけて。
ちゅるりん。
うむ、うまい。
うまくないわけない。
「実は来るはずの河童がこないだの雨で増水した川に川流れしちゃって来れなくなったの」
「話が読めてきたわ」
「さすがは魔女! 頭が早いんだなあ」
「回転の話?」
流しそうめんには「流し水」が必要だ。
専用の機械などあればよいが、もっとも効率が良いのは確かに河童のような水に強いものが管理することだ。
しかしその河童が来れなくなった。
さて困った、どうするか。
そこで祭や宴会の中心に必ず居る魔理沙が唐突に声を上げる。
『お、そうだ。水を扱えるのは何も河童だけではない。私の知り合いに水どころか火や土、木と金と月まで操れるやつが居る。こいつは日も操れるのに陰湿なのがネックだが……おっと。ともかく実力は本物だ。そいつを連れてこよう』
と、そういう具合だろう。そこでこころがお使いにきたと。
「それでね、みんなで困ってるときにいつも祭や宴会の中心に必ず居る魔理沙が唐突に『お、そうだ。水を扱えるのは何も河童だけではない。私の知り合いに水どころか火や土、木と金と月まで操れるやつが居る。こいつは日も操れるのに陰湿なのがネックだが……おっと。ともかく実力は本物だ。そいつを連れてこよう』って言ったの」
「ビンゴすぎて逆に怖い」
「だから来てほしいんです。今晩は来てくれるかな?」
「や」
「やかー」
彼女は両手を垂らして残念そうな面を頭にひっつけた。
しかしなるほど、たしかにウンディーネさんの産んだミネラルたっぷりの水と共に流れるそうめんはそれはもうキンキンに冷えてやがり、最高のはずだ。
この残暑で火照った体を中から涼しくしてくれて、この図書館に引きこもることによってホコリまみれになった私の体内を洗浄してくれるだろう。
きっと宴会だから酒もあるはずだ。
程よく酔っ払った所にそうめんをちゅるりん。
やなわけない。
「そうめんが嫌いなのです?」
「そうめんは好きなのです」
「流しそうめんが嫌いなのです?」
「流しそうめんも好きなのです」
「なのに?」
「なのに」
「や?」
「や」
「やかー」
なにもそうめんの魅力は味と冷たさだけではない。涼と癒の他に、ちょっぴり刺激を加えてくれるピンクのそうめん。
特段美味しかったりするものではないが、あれが手元に舞い込んでくるとささやかに嬉しくなる。
四つ葉のクローバーを見つけた時のそれと同じ感動を持つピンクのそうめんが手元に流れてきた時、私の枯れきった乙女心は少しだけ潤いを取り戻すのだ。
手元にピンクの麺が舞い込んできたことを想像すると……ごくり。
舞い込んできたピンクのこころの頭を一度撫ぜてやった。
「なんでしょうか、頭になにかついていた?」
「なんでもないよ。頭にお面がついていた」
「私はよく頭を撫でられます」
「撫でたくなるような頭をしているからね」
「撫でたくなるような頭をしているんです」
「自分で言うかこやつめ。わしゃわしゃー」
「んあー!」
ちなみにこれは余談だが、なんと世にはピンク色のそうめんだけを束にしたものもあるらしい。(さっきヤフーニュースで見た)
それはなんとも粋ではない。
やはりピンクのそうめんはちょこっとあって、ささやかな幸運を噛みしめられる程度の方が良い。
そのピンクのそうめんを見つけやすくするためには河童の濁った水よりも清冽なウンディーネさん産が向いているだろう。
更に私は今日で図書館に引きこもり十三日目。
そろそろ外でリフレッシュしたいと思っていたのだ。
優秀なものは優秀なほど休憩を上手くとる。
それが流しそうめん大会だって? 最高じゃないか。
しかし、しかしだ。
私は魔女である。
私はひねくれている魔女である。
言われてホイホイついていくほど私は軽くない。
何しろ、先程断ったのだ。
一度言ったことを簡単に曲げるなど、魔女の私のプライドから考えて、首を縦にふるなんてのは簡単ではない。
「もしかして、忙しいから来れないの?」
「まあ暇ではないわね。特に忙しくもなくないような気もしなくもないけど(そんなことなくもなくない)」
「よよよ、じゃあしょうがないね。おいとまします」
「あら、意外にあっさり引くのね」
「別の人に当たってみます。もう一人そうめんを流せそうな人がいるって魔理沙に聞いたの」
「私と河童以外に幻想郷で水を操れる者……ちょっと時間をちょうだい」
「ちょっと時間をあげます」
求聞史紀と求聞口授をぱらぱらと眺める。ふむ。
ついでにグリウサも。うむ。
「……ふう、わからないわね。よければ誰か教えてくれるかしら。後学のために」
「水鬼鬼神長さんっていう」
「ちょちょちょちょ」
水鬼鬼神長、水鬼鬼神長だって?
あの東方茨歌仙十二話に登場した水鬼鬼神長?
なんて危ないやつを紹介するんだ、魔理沙のやつ。
邪仙や死神だって一目置く水鬼鬼神長にこんな可愛い子をよこすなんて最悪さらわれて薄い本みたいな目に合わされるに決まって……
……いやまて、だからこそ、か。
なるほど。読めたぞ、魔理沙の考えが。
「ちなみに魔理沙から水鬼鬼神長ってどんな人って聞いてる?」
「水遊びが大好きなお茶目なおじちゃん」
「むきゅう」
そう、魔理沙はそもそも水鬼鬼神長のところへ行かせる気なんてさらさらなく、そんな危ないやつの所へこころを行かせられない! と私が考えるだろうと魔理沙は考えたのだろう。
つまり、可愛い可愛いこころのために私が動くと期待した、そういうことだ。
だから魔理沙自身が来るのではなく、ひねくれた私にだって好かれる可能性のある『人懐っこい』こころにお使いをさせた。
全く、なんて頭の回るひねくれた人間だ。
「おなかすいたなー。早く流しそうめん食べたいなー。楽しみだなー。楽しそう。楽しそうめん、なんちゃってー。パチュリーさんも食べたいよね?」
「まあ」
「じゃあいこ?」
「や」
「やかー」
……なんて純粋で(阿呆っぽくて)可愛らしい妖怪。
それに比べて魔理沙は性根が腐っている。
あいつは今頃「パチュリーはなんだかんだ人がいいから来るに決まってる。こころをよこして正解だったな、うしし、うしし、うし……うし……」なんて笑いながら焼き鳥を頬張ってるに違いない。
しかし、そうは問屋がウロボロス。
ここで安易に引き受けてほいほい参加してしまったら『魔理沙の術中にハマって来た魔女』として私は指をさされて笑われるに違いない。
流しそうめん大会には参加したいが、それだけは避けなくてはいけない。
「こころ」
「こころです」
「水鬼鬼神長のところへ行くのはやめなさい。そいつは危険だから」
「あいわかりました。でも、そしたらどうしよう? 流せない流しそうめんなんて悲しそうめんになっちゃいます。しくしく。あ、この今流れている私の涙で流せますかね」
「流せません」
「流せませんかー」
「じゃあパチュリーさんが必要です」
「そうね」
「や?」
「や」
「やかー」
しかしここで魔女のこだわりでこころの願いを異なるのも、それはそれで気が引ける。
彼女は無能扱いされ、流しそうめん大会はメインディッシュを失い場も盛り下がりそして私はそうめんを食べられない。
ウィンウィンならぬルーズルーズの結果だ。
こんなものは楽しくないし美しくない。
「ねえこころ」
「あいこころ」
「さっきも言った通り、私はのっぴきならない理由で流しそうめん大会に出れないのだけど」
「はて、そんな理由言ってったっけ」
「ともかく、私が外に出て、流しそうめん大会に参加したくなるような魅力的な事を言ってちょうだいな。そうしたら私の心も動くかもしれない」
「なるほど、そういうものなのですね。こころが心を動かせばいいと」
「でもここで一つ条件がある」
「なんでしょう」
「その理由はさっきのじゃダメなのよ。貴方は自分の可愛さを武器に水鬼鬼神長のところへ行くという脅し文句で私を動かそうとしたけれど、それではダメ。もっとわかりやすくて単純明快、かつ他の人が見てわかる理由を考えてくれたら私が動かないでもない」
「言いたいことはなんとなくわかったけど、私はそんな武器使ってました?」
「使わされていたのよ」
汚い人間の手によって、ね。
こころは最初は首を捻っていたが、細かいことは気にしない主義なのか、しばらくすると今度は別の方向に首を捻り始めた。
きっと私を流しそうめん大会に誘う文句を考えているのだろう。
「いい案を楽しみにしてるわ」
「うん、絶対パチュリーさんを落としてみせるよ」
こころの瞳にはしっかりと熱い炎が灯っていた。
さて、たくさん話したら喉が乾いてきた。
「お茶でも淹れるけど飲む?」
「お茶でも淹れるなら飲む」
集中するなら一人のほうが良いだろう。
私は唸りながら面を回しているこころを一瞥して、おだいどこへと向かった。
魔法カップ(中身がずっと冷めないやつ)を魔法おぼん(逆さにしてもこぼれないやつ)に乗せて紅茶をそそぎながら魔法たばこ(ニコチンタールゼロ)に火をつけた。
換気扇のしたで煙をぷかりとあげる。程よい疲労感を持った体に魔法煙が満ちる。普段なかなかこんなに多く喋ることはないのでいい気分だった。
せっかくだし、今日はお客様用の棚の中で一番良さそうな茶葉を使うことにしよう。(リプトンと書いてあるの)
お茶請けにはチョコチップクッキー。
老若男女人妖神魔問わず愛されている嗜好品だ。
たばこの火を消してから一枚ぱきりとやると、少し焦げた匂いととろみのあるしつこい甘さが舌に残った。
甘くない紅茶で流し込んでやると、口の中は汚れた幸せで満ちる。
紅茶にそこらにあったいちごジャムを入れてみる。
甘さとすっぱさ、それが相成り口の中は再び複雑でかき混ぜられた。
混沌には程遠いが、先程読んでいた恋愛小説の主人公の心境くらいは想起させられた。
「やはり、こいぺろさとりん先生の心の描き方は一級品ね。未だに葛藤の余韻が残っている。作品とはドラマなのね」
もう一本たばこに火をつけ、これを吸ったら図書館に戻ろうかな、と考えた。
こころが良い案を思いつく間は、先程の小説のもくじでも読み返そうかな、と考えると中々に心が踊った。
(図書館ではこころが踊ってるだろう)
「こころ、調子はどう? って」
先程と同じ様子で悩んでるこころだったが、なにやらこじらせているようで、その有様は中々に異常だった。
顔は真っ赤になり首を捻りきっており、お面はガイルのウルトラコンボのコマンドみたいにあちこちに飛び回っている。
「ちょっとこころ、大丈夫なの」
「あ、パチュリーさん。なんかフラフラする。ちょっと熱が入っちゃったかな」
「顔が真っ赤よ。お面も難易度ルナティックの弾幕みたいに動き回ってるし、混乱しているの?」
「普段はあまり頭を使わないもので、ええと、知恵熱というやつでしょうか」
厳密には違うけれど、違わないような事を言うこころにクッキーとジャム入り紅茶を流し込んでやった。
「ふう、美味しいです。ありがとうパチュリーさん」
「良いのよ。ごめんね、普段させないことをさせて」
「ううん、私がダメなばっかりに。パチュリーさんは優しいのですね」
「むきゅん」
はて、私が優しいだって。
我儘で傍若無人、人のことを考えず自分の利益のみを追い求める魔女たる魔女。
そんなパチュリー・ノーレッジが優しいだって。
それは聞き捨てならない。
私は魔女故に魔女だからこそ魔女なばかりに性格が悪いのが必至なのだ。
「こころ、お前は少し勘違いをしているようね。私は魔女よ。いつも不機嫌そうに仏頂面で特有の面倒臭さをかもしだしている上に女臭いねちょねちょしたところを惜しみなく噴出している魔女、自分ですら自分の事を理解できない深い不快な心を持つ女なの」
「自分の事をとても言うのですね」
「とても言うのよ。自他ともに認める魔女だから。魔女とはそういうものだから」
「そうですかー。そうは見えないけどなあ」
「ともかくこころ、案は浮かんだの? そろそろ宴会に適した頃合いなんじゃないのかしら」
「あ、そうかもしれぬ」
そうかもしれぬのは困る。
私は流しそうめんを楽しみたいんだから。
こころに説得されなきゃいけないんだから。
ぜひいい案を思いついておくれ。
「案のひとつめ。パチュリーさんはいま機嫌が良いみたいだから、陽気な気分のるんるん散歩のついでに流しそうめん大会の近くにたどり着いた、ってのはどう?」
「うん、良さそうだけどダメね。なぜなら私は普段散歩なんてしないから、とても不自然よ。魔理沙なんかが『そんなこと言ってこころにほだされたんだろ? お?』とか言うに決まってる」
「じゃあふたつめ。パチュリーさんはいま心が満ちているようだからみなにその幸せを分けてあげようと人がいっぱいいる所に行きたかった、ってのは?」
「素敵な案ね。でも私の柄じゃないわ」
「最後のみっつめ。パチュリーさんは今心がトゥンクしているふわふわ状態だから、私が服を脱いで」
「ちょっと待ちなさいこころ。さっきから気になる事を言ってるわね」
「え、なんです? それはともかくみっつめの案は」
「服を脱ぐ時点で聞くまでもないわ。なにかさっきから私の心の内を言い当てているようだけど、なんでわかるの?」
「パチュリーさん、私は感情の専門家。感情を論理的に理解しているのです。だからこうして会話をしているパチュリーさんの感情を読むことなんて簡単なことなんだよ。へへん」
なんとも頼りない胸を張って鼻息をふがふがする彼女は、小躍りしながら私の反応を待っているようだった。
どうにも期待されちゃあと、頭を撫でてやるとやったやったと飛び跳ねる。
こころが飛び跳ねる。
私の心も飛び跳ねる。
「すばらしいわこころ。そういうのは早く言いなさい」
「パチュリサンノカンジョヨメルヨ」
「速く言わなくていいの。早く言うの。まあいい、それで教えて、私の今の感情を」
「自分の感情がわからないのです?」
「私はひねくれているのよ。生まれた頃からひねくれていて、もはや自分を見失ってる悲しき存在<モンスター>なの」
「お、おう」
まあ少し盛ってるけど一応本当の事だ。
感情というのは難しいもので、近ければ近いほどわからなかったりする。
レミィがふざけすぎて妹様を怒らせたり、美鈴が鈍感すぎて咲夜を怒らせるのはその存在があまりに近いからだ。
近いほど存在は大きく見え、全体が見えなくなる。感情とはそういうものだ。
それはもちろん、自分を客観的に見た時にも言える。
「パチュリーさんは今、楽しくて仕方がないようです」
「そうね、こころのおかげで中々に普段使わない脳を使っている気がするわ。あと流しそうめんが楽しみだし」
「あと満足もしている。心が満ちているようですね」
「満足、なにかしら。……ああ、こいぺろさとりん先生の小説を読み終わったからかしら。素晴らしいハッピーエンドだったわね」
「そして最後に、心がどきどきしてる。うーん、遊びたいお年頃? 思春期迎えてますー?」
「……ふうん」
そんなお年頃などとうに去ってしまったと思うけど。
心がどきどきしている、か。こころがいるからだろうか。
悩んでいるとこころが頭の上にLED電球を浮かべた。
「あ、ひょっとしてパチュリーさん。アヴァンチュールがしたいのでは」
「え?」
「『ひと夏の恋』です。その相手を見つけに流しそうめん大会に行くのはどうでしょう」
小説を読んで影響されて恋をしたくなったと。
私はそんな乙女ではないと思っているのだが。
乙女、乙女。
そういえばピンクのそうめんは乙女心を潤わせる、なんて先程地の文で述べてみたが、ピンクのこころで潤ってしまったのだろうか。
『ひと夏の恋』、か。
「あ、なるほど」
「今放送禁止用語言いませんでした?」
「こころ、あなたを使えばいいのね」
「私を使うって下ネタじゃないです? どういうことでしょうか」
「アヴァンチュールよ。もっと私といちゃいちゃしなさい」
「ふえ?」
ということで方針は決まった。
アベックの様にこころの腕にしがみついて魔力を溜める。
「ど、どきり。急にどうしたの?」
「そこらに散らばってるお面、体にひっつけときなさい」
こころは残った片手で頭上のお面を抱え込み、ぎゅっと目をつむった。
素直で可愛らしい。やはりこころは『アヴァンチュールの相手に適している』。
うん、この子のためならウンディーネさんの力を使うのも悪くない。
そう思いながら私はルーラを唱えた。
◇◆◇◆
「やっぱり来てくれたかパチュリー! 私の思った通り……ん、二人でたんこぶつけてどうしたんだ?」
「魔理沙、室内でルーラを使うと頭をぶつけるのよ。あと『やっぱり』ではないわ。私はアヴァンチュールを楽しみに来たの。ねえこころ」
「なにがなにやら。混乱しすぎてわけもわからず自分をこうげきしそうです」
「あー? まあなんだ、適当にやれよ。メインの流しそうめんは準備できてるぜ。もうすぐしたら頼むな。それまで飲んでろよ」
魔理沙から盃を受け取る。
こころは面をくるくると回していていたので、そこらに落ちてたキーの実を食べさせた。
「は、正気に戻った」
「こころ、お酒飲むでしょ?」
「こころ、お酒飲むだす」
適当にほっぽられてる徳利を見つけてこころと自分の盃になみなみ注いだ。
小さく盃をぶつけて乾杯。私はこころの隣に腰を落ち着けた。
首を傾けると、ちょうどこころの肩に頭が乗った。
落ち着くし、いい匂いがする。
「むきゅう」
「あ、あのう、こんなにくっつくものなんです?」
「こんなにくっつくものなんです」
「ちょっと近すぎるような。ぐびり」
「お、飲める口ね。ほれ」
「私の口は飲むためにありますので」
こころの盃に再び並々と液体を注いだ。
「あと飲まないとちょっとこっ恥ずかしすぎますわー」
「こんなにくっつかれるのは嫌?」
「いえ、嫌ではないのですが、パチュリーさん。なぜ私にくっつくのでしょうか。理由がわからないの」
「だからアヴァンチュールよ。私はあの小説に感化されたからこの宴会に参加することにした。けして魔理沙のせいではない。それを見せつけないと」
「アヴァンチュールってひと夏の恋のことです?」
「そう。あなたがそのお相手よ」
「なんと! 私今ひょっとして告白されたー?」
「ひと夏限りだけどね」
「うーん、これはやり捨てされた時の表情」
「なにもやってないけど」
こころの盃にみたび液体を注いでやると、こころはやはり一気に飲み干した。
「ところで、なんで私なんです? 可愛いから?」
「可愛いから。あと、もう一つ。あなたの愛され体質のせいよ」
「愛され体質ってなんです?」
「ふふ、それはね」
初めて出会った癖に私の心にここまで入り込むなんて、彼女はやはり人懐っこい。
だからそんな『人懐っこい』彼女というのは、『ひと夏の恋』をやるのに丁度いい。
ただそれだけだ。
ひゅう、と声を上げて風が吹いた。
見上げてみると、少しだけ黄色がかった木の葉が私達に手を振っていた。
さあさあ鳴いて、仄かに秋の香りを醸し出す。
それは夏の終りを告げているようで、なるほど今は燃え上がっているこの恋も、いずれ冷めるのだなと冷静に感じてしまうほどエモーショナルであった。
そう、先程少しだけ吹いた冷たい風は、けして私の寒い寒いダジャレのせいではなく夏の終わりを告げるものなのだ。
季節は過ぎ去るもの、恋は冷めるもの。それは仕方のない自然の摂理だ。私はいずれ、一人で冷たい風を受けとめなくてはいけない。
でも、今だけは。今だけはこの隣にある腕を抱きしめることができる。
隣で熱く燃えているこころの体温を感じれば、夏の終わりや冷たい風など怖くない。
「こうするとあたたかいわね。残暑で暑いと思ったけど、夜は少し寒いくらい」
「こうするとあたたかいですね。少し恥ずかしいですが」
「そろそろ出番かしら」
「そろそろ出番かもしれないですね」
魔理沙がこちらに歩いてくる。
私達の様子を見てぎょっとしながら「ぎょっ」と言った。
「ぎょっ。お、な、なんだよお前ら。そんな仲良かったのか? 人前でいちゃこらひっついて、はしたないぞ! 嫁入り前の乙女だろうに!」
「魔理沙、これはアヴァンチュール。言ったでしょう、今日はこころと燃え上がるために来たの。流しそうめんはあくまでおまけ」
「なんだって? おいこころ、どういうことだよ。お前、なんて言ってパチュリーを誘ったんだ?」
「うーん」
こころは見上げ、今日の出来事を思い出しているようだ。
しばらく考えていると、ぴんと来たようで「ああ」と声を上げて魔理沙に告げる。
「『貴女を連れ去りに来たの』、かな?」
その時の魔理沙の顔はあまりにも愉快で爽快で。
酒の肴になったのは言うまでもない。
『なつについて』
おわり
私もこんな話が書けたらなって憧れます
すばらしくすばらしい
そんな子に絆されるパチュリーさんもなんだかんだ良い人だし乙女だしでつらい。
ひとしきり言葉遊びを重ねてからの満を持して的な「ひとなつこい」に膝を打ちました。誰が上手いこと言えと。
可愛くて夏らしく甘酸っぱい話でした。
何とかしてそうめんを食べに行きたいパチュリーがよかったです
最終的な結論がそれでいいのかと思いました
アヴァンチュールでした
特に「ねえこころ」「あいこころ」「こころ、お酒飲むだす」好き。
「パチュリサンノカンジョヨメルヨ」のとこは思わず吹き出しました。
キレのあるメタ発言も笑いを誘います。「ヴワルは曲名だよ」好き。こういう拾われにくい原作設定をネタにしてるの好きです。
もうとにかくこころちゃんが素直で可愛いですね。どうしよっかなの舞ずっと眺めていたい。されるがままにこちょばされたりわしゃわしゃされたりするこころちゃん可愛い。
ふんだんにある言葉遊びもとても好きです。楽しそうめん悲しそうめん。
そして最後の「ひとなつこい」に見事にやられました。
素晴らしい作品でした! ちょくちょく差し込まれたレミパチュも好き
アヴァンチュールいいですね
ちょっと文章と流れの古い感じが作品に合っていると思いました