Coolier - 新生・東方創想話

ポイズン

2010/09/05 06:08:47
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※もしアリスとメディが幼い頃に会っていたらというifのお話です。原作至上主義の方にはお薦めできません。ご注意ください。


























 昔。
 私が創り出されて、自我を持って間もないほどに、昔。
 私を創り出した人に、私はこう問うた。

「どうしてお花畑の外に出てはいけないの?」

 私を創り出した人は言った。
 出る必要がないからだと、そう言った。
 外にある物は醜く、外にある者は汚いのだと、そう教えられた。

「そうなんだ」

 幼かった私はそれを信じさせられ、その後、外の世界から隔絶された空間で生きることを強いられた。
 今でも出ようとは思わない。
 しかし、外にあるものが醜く汚いモノばかりではないと知っている。
 ――それを教えてくれた、小さな人形遣いがいたからだ。


======================
 これは、小さなスイートポイズン“メディスン・メランコリー”と、七色の人形使い“アリス・マーガトロイド”が共に過ごした数日間の記録。
 二人の少女の、決して語られることのない出逢いの話。
======================












 ○月×日(青)
 
 いつも通りお花畑で遊んでいると、妙な女の子を見つけてしまった。
 可愛らしい二体の人形を抱えた金髪の女の子は、鈴蘭の咲き誇るお花畑を満面の笑みで走り回っている。
女の子は澄み渡る青空の下、ただ走り回って一人で笑い転げている。

……アホの子がいる。

 一人で走り回って何が面白いのだろうか。さっぱり理解できない。
 とりあえずいつものように見つからないようにと、木陰に隠れるように座った。
 今までも何度か人間が迷い込んだことがあるが、大抵はお花畑の魅力に気付かないような幼稚なガキだから、こうして隠れている内にいなくなる。

……どうせいつもと同じただの人間だろうし。

「あれ?こんなところで何してるの?」

 隠れた瞬間見つかった。
 おかしい。さっきまでは確かにかなり遠くで遊んでいたはずなのに。
 目を離した隙に走り寄っていたのだろうか。
 無表情のままこうなった原因を考えていると、女の子は私の動揺に気付いたのか、バツが悪そうに苦笑して頭を掻き、それから私の方へと手を伸ばしてきた。

「あはは。また知らない人形に話しかけちゃった。――応えてくれるわけないのにね」
「……っ」

 腋の下に手を差し込まれ、身体を持ちあげられた。
 どうやら女の子は私が人形だと思い込んでいるらしい。

……事実人形ではあるんだけど。

 ここまで移動したのを見て追って来たわけではないようだ。
 とりあえずの所は一安心、と言いたいのだが。

「……くひっ」
「……笑った?」

 いけない。つい声が漏れた。
 表情こそ動かさないでいるものの、腋に手を差し込まれている状態はかなりくすぐったい。
 しかし、これはいち人形としても、いち妖怪としてもかなりの屈辱だ。
 見知らぬ女の子にいきなり持ちあげられ、身体の至るところを観察されているのだから。

「すっごく良く出来てる~!上海や蓬莱とは大違い!」

 女の子は自分が抱えていた人形を私の隣に並べ、精度を比べているようだ。
 上海・蓬莱と呼ばれた二体の人形は女の子が作ったものなのか、人形というよりはぬいぐるみのような出来だ。
 だが、隣にあることで、解ってしまう。

……大切にされてるね。君達は。

 相当大切にされているのだろう。
触れずとも人形達が女の子を大切に思う気持ちが伝わってくる。
 今若干ブルー入ってるのも伝わってくるが、考えるまでもなく女の子の一言が原因だろう。ドンマイ。

「――服の下はどうなってるんだろ?」
「………………?」

 徐に私の服の裾を掴んだ女の子は今果たして何と言いやがられたのでしょうか。
 一瞬理解が追いつかなかったが、次の瞬間にはスカートを捲られていて、

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 捲られた私は叫んでいた。




「ごめんなさい……」

 気付けば女の子が私の目の前で頭を下げていた。
 怒りで我を忘れて怒鳴りつけたらしい。

「ひっく……えぐっ……もう、しません……」

 女の子は正直引くくらいにボロ泣きしてしまっている。
 どれだけ怒ったんだろうか、私は。

「えっと……まぁ反省したならいいよ。勘違いだったわけだし、黙ってた私も悪かったわけだし……」

 勘違いに気付いた上で黙っていた私が10:0くらいで全面的に悪いような気もするが、なんだか反省してくれているのでうやむやにしておくことにした。

「……ぐすん。あの……」
「なに?」
「ひっ!」

 「ひっ!」ってなんだ。
 私が何をしたと言うのだろうか。何か不愉快だ。
 というよりも、

「えっと……その……あの……」

 先程までとは打って変ったような態度だ。
 走り回っていた時も、私を(動かない)人形だと信じ込んでいた時も屈託のない笑顔を見せていたのに、急に表情が曇り、手元でもじもじしながらこちらと絶対に目を合わせない。
 怒られたことがそこまでショックだったのだろうか。
 私がそんな心配をしている中、女の子は涙ぐんだ目のまま、再びこちらに頭を下げた。

「ホントに人形だと思って……ごめんなさい」
「もういいよ。――別に間違っているわけじゃないし」
「……え?」
「私、人形だから」

 私が住んでいる場所も、私が喋るということもバレてしまったのだ。
 今さら隠しても仕方がない。
 それに、知ったところでこの女の子がここに来ることはないだろう。これだけビビっているなら尚更だ。

「あなた……人形なの……!?」

 女の子はいきなり立ち上がり、私の肩を掴んだ。
 ものすごい力だ。目も爛々と輝いている。
 キャラ変更が激しい子だなぁと思う余裕があってほしくはなかったが、女の子の力が異常すぎて振りほどけないために、仕方なくそういった思考にまで至る。
顔が近い。鼻息が荒い。なんか怖い。

「……だ、だったら何?私を怪しい魔法使いとかのところへ連れてって実験材料にする?でもね、貴方には悪いけどここからは出られないよ。何故なら私の毒の力――」
「……すごい!!」

 脅しをかけようとした矢先、女の子は私の手を強引に握ってぶんぶんと握手をしてから、手を繋いだままぐるぐると回り始める。

「すごい!すごい!自分で動いて、言葉を喋ってる!」
「わっ!?きゃ……ちょっと!振り回さな……っ!?」

 急に手を離された私は、そのまま鈴蘭のお花畑にダイブした。
 倒れこむ間、私の身体で押しつぶされた幾本もの鈴蘭が折れていくのが解った。

「あ、ごめん……!だいじょう……ぶ?」
「――帰れ」
「……へ?」
「帰れ!!」

 その日、女の子は怒りに満ちた私の顔を見て逃げ出し、そのままお花畑を出て行った。
 これが、私とアリスの出逢いだった。



○月△日(藍)

あの日以来、毎日のようにお花畑に人間が通うようになった。
例の女の子だ。

……今日も来てる。

 お花畑の入り口付近からこちらの様子を伺っている姿がある。
 花柄の服に身を包んだ女の子は鈴蘭に擬態しているつもりなのか、こちらと視線が合いそうになると匍匐前進のように地面に倒れ込み動かなくなる。
 お花を潰したことで私が怒ったのだと理解しているからなのだろうが、土くれで出来た細い道の上で倒れるものだからその度に服が汚れていく。

……やはりアホの子だ。

 そもそも何故あの女の子はここに通っているのだろうか。
 私に興味があるのは解るが、毎日毎日距離を取って眺めているばかりで、一度も声をかけてはこない。
 こちらが心を開くのを待っているとでも言うのだろうか。

「――バカバカしい。誰が人間なんかに」

 怒られた理由を理解しているのなら、詫びを入れに来た可能性もある。
 だが、それならば尚更行動の意味が解らない。
 「引っ込み思案で人見知り」というコミュニケーションを苦手とする人種がいるという話は聞いたことがあるが、もしかしてそれだろうか。
 以前会った時は一時的にそういった性格を垣間見せていたけれど。

……まぁ、なんにしてもどうでもいいことね。

 人間なんて関係ない。
 今までも、そしてこれからも。
 私が人間と関わりを持つことなんて、ない。
 そもそも私は「能力」のせいで人間どころか妖怪にさえ嫌われている。
 あの女の子には最後まで伝えられなかったが、ここに通い続けるならば、その内に風の噂で聞くことになるだろう。
 鈴蘭畑の毒人形の噂を。

……毒人形、か。

 否定はしないし、出来ない。
 どちらも本当のことを言っているのだから。
 しかし、見たこともない他人からもそういった評価を下され、忌避されているという現状に悲しみを覚えている私もいる。

……ホントは友達とか、欲しいのに。

 孤独は毒なんかよりもよっぽど恐ろしい。
 そう思いはしても、私自身がお花畑から出ることは適わず、噂を否定するために人里に行くことも出来ない。
 私を目的としてお花畑に訪れるのは、純粋に実験材料としての自立人形を欲しがっている魔法使いや、何らかの理由で毒を採取しに来る妖怪達だけだ。
 思えば、友好的な相手にあったのは初めてだったかもしれない。

「もしかしたら……友達に……」
「ひょ!」
「――ひょ?」

 妙な声に顔を上げたが、誰もいない。

……気のせい?

 辺りを見回すが、女の子の姿もない。
 帰ったのだろうと思い、視線を落とすと、地面の真ん中に泥だらけの花が咲いていた。

「………………」
「………………」
「一応聞くけど、大丈夫?」
「――頭が、という意味でなら」

 その発想がすでにダメだろう。
 一人で考え事をしている隙に接近してきたのだろう。
 女の子は肩を上下させながら、しかし地面との同化を諦めない。

……目の前で匍匐前進ごっこをされるのは適わないもんね。

「顔を上げて」
「……はい」
「着いてきて」
「へ……?」
「――そんな汚れた服の子とはまともにお話し出来ないから。それとも帰る?」
「う、ううん!行く!行きます!!」

 女の子は泥のついた顔を上げて、元気よく返事をした。
 その顔を見て、私は思わずふき出してしまい、女の子もそれにつられて笑った。



 お花畑の奥にある小さな小屋。
 私が暮らしている家に女の子を案内して、お風呂と洋服を貸してあげた。
 少し小さそうだったけれど、流石に布一枚で家に帰すわけにもいかないので我慢してもらった。

「それで、貴方は――。ええと」
「アリス。私はアリスって言うの」
「アリスは、何をしに来てたの?ここの所ずっとお花畑で貴方の姿を見かけていたんだけど」
「それは……その……」

 アリスは言葉を濁し、しかし、私の顔を見て決心したのか、一つの袋を手渡してきた。
 何の装飾も施されていない茶色の紙袋の中には、何か小さな物がたくさん入っているようだった。

「何?これ」
「お花の種。……この前、倒れて潰しちゃったから」
「――開けても?」
「いいよ。そのために持って来たんだから」

照れくさそうに笑ったアリスを見てから、袋を開く。
 その中には見た事のない植物の種がたくさん入っていた。

「これは……」
「お花の種。――花言葉が好きで選んで来ちゃってどんなお花かは知らないんだけど」
「何て言うお花?」
「えーっと……トリカブト?とかいうの。それと――」

 トリカブト。キンポウゲ科の多年草。
 誰でも知っているような花だ。
 その理由は、強い毒を持っているから。

……わざと、なのか。

 恐らく、ここに通う内に知ったのだろう。
 毒人形には毒の花がお似合いだと、そういうことか。
 一瞬でも心を許そうとした私がバカだった。

「貴方も、……私をそういう目で見ていたの?」
「それがとても素敵で――。え?」
「だったらお望み通り使ってあげる!私の毒の力を!」

 部屋を毒の瘴気で満たしていく。
 普通の人間なら大人でも数分ともたないだろう。

「何これ……!くるしっ……!?」
「あっはっは!どうせ私は毒人形よ!人間なんかと関わりを持とうとしたのも、友達を作れるなんて思いあがったのも分不相応だったのよね!」
「何言って……けほっ!」
「ほら!早く逃げないと毒が体中にまわって死ぬわよ!」

 なんでこんなことを言っているんだろう。
 目の前のアリスも、言っている私も理解出来ていない。
 鍵は玄関も窓も開いたままだ。
それはアリスも知っているし、見えている。
けれど、アリスは動こうとしない。

……出ていかないなら、本当に殺してしまえばいいだけ。

 そう思いながらも、徐々に毒を出す力を弱めている自分がいる。
 アリスに死んで欲しくないと、心のどこかでそう思っている自分がいる。
 初めて友好的に接してくれた人間だから?
 何度もお花畑に通ってまで私にこれを渡そうとしていたから?
 本当は良い子だと、人形達を見て知っていたから?

「――解らない。解らないよ……」

 気付けば、毒を出すことを止めて、アリスを家の外に連れ出していた。
 外はすっかり陽が落ちて、濃紺の空に星の河が流れている。
 私は空を見上げながら、それでも溢れ出る涙を手で拭い、アリスを見る。
 アリスはまだ戸惑いの表情を浮かべていたが、私の顔を見るなり駆け寄ってきて、私の身体を優しく抱きしめた。

「――っ!?ちょ……」
「大丈夫。何も怖くないよ」
「……あ」

 耳元で囁かれた優しい声の主は、私の身体を抱いたまま、ゆっくりと背中を擦ってくれる。

……あったかい。

 アリスの体温が伝わってくる。
 背中を擦られる度に、涙は溢れてくるのだけれど、アリスに抱きしめられてからは徐々に嫌な涙ではなくなっていった。
 悲しさの涙ではなく、嬉しさの涙になっていった。

「――ねぇ」

 しばらくして、私が落ち着いた頃合いを見計らってアリスが口を開いた。
 私はその胸に顔を埋めたまま、唸るように返事を返す。

「んん……」
「あなたの名前は?」
「……なんで教えなきゃいけないの?」
「こっちだけが教えたんじゃフェアじゃないもの。それに……知りたいから」
「?……何を」

 その言葉にアリスは私の背中にまわしていた腕を離して、代わりに私の手を取った。

「私のお友達の名前を、知りたいから。……ダメ?」
「…………ダメ」
「え!?ダメなの!?」
「私達の、でしょ。……上海と蓬莱が寂しがってるよ」

 アリスの背にはこれまた花柄の小さなリュックがあり、そこから二体の人形が顔を出していた。
 私が彼らの意見を代弁してやると、二体の人形は満足して頷いたように見えた。

「……そっか。そうだよね」
「――解った?」
「うん。それじゃあ改めて……私達のお友達。あなたのお名前は?」
「メディスン。私の名前は、メディスンって言うの」

 その日、アリスは家に泊っていき、私達は色々なことを話し合って夜を明かした。
 この日、私とアリスは友達になった。



△月×日(緑)

「メディ!来たよ!」
「見えてたから知ってる。今日も元気ね」
「てへへ、今日は何して遊ぶか考えてたら早く会いたくなっちゃって」
「それは嬉しいけど……ここにばかり来てていいの?他にお友達――」

 続けようとした言葉は、アリスに遮られた。
 アリスは私の口を軽く指で摘んだあと、人差指で私の唇を押した。
 そしてそのまま私に飛びかかり、抱きつきながら押し倒してくる。

「来ないとメディが寂しがるじゃない。ヤンデレちゃんなんだから無理しないの」
「だ、誰がヤンデレちゃんよ!それはアリスでしょ!」
「そ、そんなことないよ?私はほら……ツンデレちゃんだから!」
「それも胸張って言うのはどうかと思うよ……?」
「……だよね」

 しばらくの間二人で笑いあって、緑色の草葉の上に寝転がる。
 鈴蘭達の季節は終わり、夏真っ盛りだ。
 入道雲を遠くに見ながら、私は青空に手を伸ばす。

「なんだか空に手が届きそう」
「……メディ。空、飛んでみたい?」
「急にどうしたの?」
「ん……。なんとなく、ね」
「そうだなぁ……飛べるなら、飛んでみたいかな。鳥見てると気持ち良さそうだし」
「そっか。それもそうだね」
「……?変なアリス」
「いつもはメディが変だからお返しだよ」
「んー?それは聞き捨てならないかな」
「あ!毒はやめ……くるしっ……!」
「出してないよ!」
「あはは」
「バカにしてるとホントに出すからね?毒」
「ごめんなさい」
「あはっ」

 二人で手を繋ぎ、しばらく喋ってそのままお昼寝をした。
 そんなことを繰り返す日々が、何よりも楽しかった。



□月☆日(黄)

 真夜中にアリスが家を訪ねてきた。
 何事かと思ったが当人はやけにご機嫌で、飛び込むように家に上がって来た。

「――お月見?」
「そう。二人でやりましょ」
「いいけど……どうしたの?急に」
「メディと夜にお月見したら楽しいかなぁって。ダメ?」
「良いって言ったでしょ。いつやるの?」
「今日」
「あぁそう。じゃあ準備……今日!?」
「うん」

 満面の笑みで頷くアリスは、手に持った袋を掲げて見せた。
 その中にはお団子があり、良く見れば逆の手には酒瓶を抱えていた。

「……私呑まないからね?」
「解ってる解ってる」
「――絶対だからね?」
「大丈夫大丈夫。さ、行きましょ」

 あぁ絶対に解ってない。
 けれど、こんなに楽しそうなアリスを見たのも久しぶりだったので、私は何も気にせずにお月見へ同行することにしたのだった。



「それでねー。新しい人形を作ってたらねー」
「んー……。ふぇ、何の話……だっけ?」

 案の定呑まされた。
 朦朧とする意識の中、酔ったアリスの会話に何とか対応する。
 昔と違って、最近のアリスは大人びてきたと思っていた。
 背格好もそうだが、昔のように抱きついたりはしないようになっていた。

……お酒は人を変えるなぁ。

 そう思っていたのに、今日のアリスはお酒が入っているからだろうか、幼かった頃に戻ったように甘えてくる。
 今だって私に膝枕をされながら、私の身体に腕を回して抱きついている状態だ。
 アリスがお酒を持ち込んだことは何度もあるが、今日ほどに泥酔したことはない。
 何かあったのだろうか。

「――あのね。メディ」
「ん……。なに?」
「私ね。……魔法使いになろうと思うの」

 一気に酔いが吹き飛んだ。
 アリスは今、なんと言ったのだろうか。
 聞き間違いであれば良いと、そう思う。

「ねぇ、アリス。今、なんて――」

 無意識のうちに聞き返していた。
 けれど、気付けば立ち上がっているアリスは、こちらの目を見ながらはっきりと告げた。

「私は、魔法使いになるよ。メディ」
「――っ!!バカじゃないの!?どうゆうことか解ってるの!?」
「解ってる。元々、夢だったし」
「夢って、だって……」

 人形に囲まれて暮らすのが夢なんだと、いつかアリスは私に話してくれた。
 それは嘘だったのか。
 困惑する私に対し、アリスは寂しげな笑みを浮かべながら手を伸ばす。

「人形に囲まれて暮らすのが私の夢。……でもそれは、今の上海や蓬莱みたいな子じゃないの。私は、貴女みたいな子に囲まれて暮らすのが夢なの」
「――じゃあ私が一緒に暮らしてあげるよ」
「……メディ?」
「私が居ればいいじゃない!私だけじゃ不満!?」
「――満足するわ。きっと」
「なら……!」

 アリスは私の身体を引きよせ、優しく抱きしめる。
 いつかの時と同じアリスの匂いが、私の気持ちを落ち着かせてくれる。

「でも、違うの。私は、貴女を束縛したいわけじゃないから」
「アリス……でも……」
「心配してくれてるんでしょ?メディは優しいから」

 ありがとう、と囁きながらアリスの手は私の頭を撫でている。
 ずるい。きっとこのまま、私は何も言い返せなくなる。
 アリスのことが大好きだから、止めなきゃいけないって解ってるのに。
 きっとアリスはそれを望んでいない。
 止めて欲しくないと思ってるし、その役を私に押しつけたくないとも思ってる。
 それでも、魔法使いになることを私に告げたのは、

「私も、貴女が大好きよ。だからこそ、大好きな友達を裏切るような形で失うのは絶対に嫌だった」

 大切に思ってくれているからこそ、アリスはアリスの決心を私に教えてくれた。
 アリスは、人間であることをやめてでも夢を叶えるために、魔法使いになると決めたのだ。
 応援したい。
 心の底から応援してあげたい。
 アリスの夢が叶うことは私にとっても嬉しいことのはずなのに。

「ごめん……」
「メディ?」
「私は――」

 最後に一度、アリスの身体を強く抱きしめて、それから勢いよく、突き放した。
 よろけて倒れるアリスを見ながら、私は目に涙を溜めたまま告げる。

「貴方が魔法使いに……人形使いの魔法使いになるのなら、私は応援出来ない」
「――うん。ありがとう」
「……っ」

 そう言って微笑んだアリスも、瞳の端に涙を浮かべている。
 アリスも私の言葉を、想いを汲んでくれた。
 私のことを、友達として見てくれた。
 私は、喜びと悲しみを必死で抑えながら、夜の闇に浮かぶ黄色い満月に叫んだ。

「――だから!私は!もう、貴方の友達をやめる!!」
「………………ありがとう」

 溢れ出てくる涙で滲む景色の中で、アリスはゆっくりと立ち上がり、私達のお花畑を去っていく。
 その日を境に、私とアリスは友達ではなくなった。



×月○日(橙)

「夕陽が綺麗ね」
「そうね。――で、なんでいるの?」
「メディが心配で」
「……赤の他人に心配されたくないわ」

 ため息を吐きながら、いつの間にか家の中に居たアリスにお茶を出す。
 美味しい、と言って微笑むアリスは、昔と全く変わらない。
 何カ月もの間、交流が無かったことが嘘のようだ。

「今日は何の用?用が無いなら帰って欲しいんだけど」
「ふふ、冷たいわね。――空が飛びたいって話をしたこと、覚えてる?」
「……?そんなこともあったかもしれないけど、それが何?」
「行こうかと思って」
「だから、どこに?」
「空」
「――は?」

 数分後。

「――すごい……」
「感動した?」
「した!飛ぶのってすごいわ!」

 アリスが知り合いから借り受けたのだという箒に二人で跨り、お花畑の上空を飛んだ。
 興奮する私を見て、アリスも嬉しそうに微笑む。
 橙色の夕陽に照らされたアリスは、久しぶりに見たことも会ってとても綺麗に見えた。

「――メディが喜んでくれたなら良かったわ。箒、借りるの苦労したのよ?」
「……ありがと」
「どういたしまして」
「でも!仲良くしてあげるのは今日だけだから!明日からはまた――」
「はいはい。心配しなくても解ってるわよ」

 本当に解っているのだろうか。
 軽くあしらわれた気がする。
 そもそも、アリスは人間ではなくなることを軽く考えていた節があったし、もしかすると私との関係もなぁなぁのままで済ます気かもしれない。

「ねぇ、アリス」
「なぁに?」
「私と貴方は……もう、敵なのよ?」
「……そうね」

 人形達を人形達のあるべき姿に戻すのが私の使命。
 けれど、アリスは人形達が自立行動することを望み、その為に魔法使いとして日々研究を重ねている。
 これが敵でなくてなんだと言うのか。
 ただでさえ元人間として妖怪と人間の板挟みになっているアリスが、その宿敵たるべき私のような人形と仲良くしているとしれば、アリスはいずれ居場所を無くすだろう。

……それが私のせいだなんて、絶対に嫌。

 あのお月見の晩、私はそれを防ぐためにアリスの友達をやめた。
 けれど、結局こうして会うことを拒めず、内心では飛び上がるほどに喜んでしまっている。
 ダメだなと思うけれど、それでも胸が弾むのは抑えられない。
 きっと私は、これからも――。

「――っ!?」

 不意に箒が激しく揺れた。
 高度がガクンと下がり、気付けば地面が見えている。

……落ちる!?

 咄嗟にアリスの身体を抱きしめて、箒から飛び降りた。
 草葉が多く土の柔らかいところを狙って落ちたため、衝撃のほとんどは彼らが吸収してくれた。

「アリス!?しっかりして!」

 しかし、アリスが目を覚まさない。
 よく見ると肩に鋭く巨大な針が突き刺さっている。
 恐らく妖怪の物だ。
 何故こんなものが、と思うよりも早く、私は取り囲まれていた。

「妖怪……!何の用?私のお花畑は荒らすなってあれほど言ったのに」
「荒ラシタノハ貴様ダロ。敵ト知リナガラ元人間ノ侵入ヲ許可シタ」
「それは……。貴方達には関係ないでしょ!」
「否。貴様ノ行イハ、我ラ妖怪ノ名ヲ貶メル物ダ」

 妖怪達は一斉にアリスに向けて己の武器を構える。

「何を……!止めなさい!」
「コレ以上妖怪ノ誇リヲ汚スノデアレバ、コノ女ハ処分スル」
「待って!待ってよ!今日のは……違うの!たまたまで……!」
「ソノ言葉ヲ信ジロト?何ヲ根拠ニ?」
「う…く…!」

 返す言葉も無い。
 私が今アリスと仲良くしていたことは事実だし、あの日の誓いを聞いていたのは私達だけだ。
 何を言っても、言い訳にしか聞こえないだろう。

……ならば。

 一つの決心をして、私は妖怪達の前に立ちはだかる。

「守ルツモリカ?ヤハリ……」
「違う。――どうせ止めをさすのなら、私がやる」

 妖怪達のリーダー格が下級の妖怪達を抑え、一歩前へ進み出る。

「ナラバ、今ココデ殺セ。我ラノ目ノ前デ」
「……解った」

 妖怪の言葉に頷き、掌に集中して毒を集める。
 間もなく、掌には一滴の毒液が出来あがっていた。
 直接飲めば瞬間的に人を殺められるほどに凝縮された高濃度の毒だ。
 その禍々しさに周りの妖怪達がどよめいている。

「――っ!!」

 その毒を、アリスの口の中に流し込む。
 普通の毒のようにもがき苦しむようなことはないが、アリスの脈と呼吸は徐々に弱くなり、やがて完全に止まった。
 アリスが死んだことを確認し、妖怪達は姿を消す。

「……やっぱり、ダメなんだ」

 私はアリスの身体を抱き起こし、震える声で謝り続けた。
夕陽が落ちてからも、ずっと。



☆月□日(紫)

「アリス。言われた本盗って来たぜー」
「穏やかじゃない言い方ね……。――まぁ御礼は言っとくけど」
「しかし何に使うんだ?こんな本」
「ちょっとね」

 微笑を返すと、魔理沙は不思議そうに首をかしげていた。
 しかし、しばらくすると考えることに飽きたらしく大きく欠伸をしてソファに座り込んでしまった。

「ま、何でも良いんだ。報酬さえ貰えればな」
「そこに置いといたから適当に持っていって良いわよ」
「おー……ってなんだこりゃ。花か?」
「トリカブトよ。魔法使いなら色々使い道あるでしょ」
「私は専らキノコ派なんだが……しかし何でこんな花持ってんだ?森には生えてないだろ」
「昔、とある女の子にその花の種をプレゼントしたのよ」
「――嫌がらせか?」
「違うわよ……。確かにトリカブトは毒を持ってるし、見た目にもすごく綺麗ってことはないけど……。ほら、花言葉ってあるでしょ?」
「あぁ……あるらしいな。興味ないから詳しくは知らないが」

 私はため息を吐き、魔理沙が手に持っている本を奪い取る。
 その中には幾つもの花言葉が並んでおり、そこには当然トリカブトの物もあった。

「トリカブトの花言葉にも、その特性を表すかのごとく、人間嫌いや敵意、復讐なんてものがあるわ。でもね――」

 その中で一つ。
 全く異色を放つ花言葉がある。

「美しい輝き。トリカブトの花言葉にはそんな意味もあるのよ」
「はーん。……つまり、どうゆうことだ?」

 とことん興味なさそうな魔理沙に二度目のため息を吐きながら、私は手元の紫色をした封筒に花の香りがする手紙を入れる。
 宛先は鈴蘭のお花畑。
これが届く日には、きっと昔のように鈴蘭が咲き誇っているだろう。

「私にとって、あの子はそれだけ輝かしく見えたのよ。――夢が現実になってそこにいたんだから、当然よね」

 思いだして小さく笑う。
 初め会った時、あの子が動いて喋ることを私は知った上で追いかけていたのに、わざと知らないふりをしたことを。

……結局恥ずかしくなって喋ってもらうために無茶したのよね。

 その後、物凄い勢いで説教されて幼心に深めのトラウマを貰う羽目になったのも、今となっては良い思い出だ。
 それから友達になったあの子と過ごした日々を、私は一度も忘れたことはない。
 最後に会ったあの日のことも、一生忘れることはないだろう。

「――それで、今度もまた何かの種を送るのか。この本と一緒に」
「そうゆうこと。本を一緒にしておかないとあの子自分じゃ調べないだろうし……自分で書くのはちょっと恥ずかしいから」
「ふーん。それは何て名前の花なんだ?」
「百日草よ。花言葉は――」



○月×日(赤)

 お花畑の奥にある家に小包が届いた。差出人は不明。
 中には小さな本と、紫色をした封筒が入っていた。

……誰からだろう。

 そもそもこんなものが届いたのは初めてのことだ。
 住所なんてほとんど誰も知らないはずなのに。
 私は不思議に思いながらも封筒を開き、手紙を取り出した。
 そこには、短い文章が一つ書いてあるだけだ。

「『たまには読書でもしなさい』……?って言ってもこれ……花言葉全集って……」

 読書と言っていいのだろうか。
 まぁ本には違いないのだが。
 不思議に思いながら、本のページをぱらぱらとめくっていく。

「……?何か挟まって……」

 開いたページの真ん中に小さな袋が貼り付けてあった。
 ページを破かないようにそっと剥がして、袋を開くと、中には植物の種が入っていた。

「これって――」

 開いているページの花の名前に赤く丸印が打ってある。
 百日草。
 赤い花の絵の下には、その花言葉があり、その中の一つにも丸印があった。

「――っ!」

 百日草の花言葉は、『別れた友を思う』。

「あ…ぁ…」

 気付けば涙を流していた。
 あの女の子と最後に別れてから今まで、ずっと我慢してきた涙が堰を切ったように溢れて、止まらない。
 嬉しいのかも、悲しいのかも解らない。
 ただただ、泣き続けた。



 私達にとって最後の日。
あの時、私はアリスに毒を飲ませ、仮死状態にした。
あれしかアリスを無事に帰す方法が見つからなかったからだ。
数時間後、無事に起きたアリスに事情を説明し、そこで誓った。
今後、私的な用件では二度と会わないと。
それ以外のことでも極力接触は避けると誓い、別れた。
それ以来、本当に一度も会うことはなく、季節は廻った。
思いだすことは幾度もあったし、会いたいと思うこともあった。
けれど、我慢した。
これがアリスの為になるのだと信じて、我慢し続けた。

「うっく……ひぐ……アリス……」

 それなのに急にこんな手紙を送ってくるなんて、私は本当に意地の悪い友達を持った。

「バカ……!バカ、バカ……バーカ!」

 泣きながら、鈴蘭のお花畑に飛び出す。
目指すのは初めて出逢ったあの木陰だ。
目印の代わりと言って埋めておいたトリカブトは、まだ花の季節ではない。
けれど、辿り着いた木陰には赤く咲いた花がある。
花言葉全集で見たばかりの花だ。
目を凝らして見れば、それは自然に咲いている花ではない。
誰かが花を埋めたらしい跡と共に、一通の手紙が残っていた。

『百日後、またこの場所で』

 その手紙の横には、小さな人形が置かれていた。
 それは私が着ている服と同じものを着た、小さな私だった。
 良く見ると、手紙には追伸がついている。

『P.S. 友達だと思って大事にしてあげてね』

 その人形からは、懐かしい優しい匂いがした。
 誰が作ったのか、誰が置いていったのかはすぐに解ったけれど、言葉にはしない。
 これからも、胸に秘めた言葉を誰かに打ち明けることはないだろう。
 少なくとも、私達を取り巻く環境が変わるまでは、この想いを外に出すわけにはいかない。
 苦笑を浮かべた私は、あの日と同じように澄んだ空に向けて呟いた。

「――言いたいことも言えない」

 こんな世の中じゃ。
タイトルに戻る⇒おあとがよろしいようで。

この一ネタの為だけに書いてみました。
GTOは漫画もアニメもドラマも面白いですねー。

普通に曜日をつけるのも味気ないので、曜日の代わりに七色を入れて遊んでみました。深い意味はないです。
あと敢えて外しましたが、トリカブトには「騎士道」なんていうイケメンな花言葉もあります。邪険にしないであげてくださいね。
依玖
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コメント



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7.100名前が無い程度の能力削除
創り出した人の部分がもう少し知りたくなるけど、とてもおもしろかったです。
妖怪の中に必殺仕事人がいやがるぜ。
8.70名前が無い程度の能力削除
こういう話も悪くないと思います。
ただ、私にはネタとやらが分かりませんでした。
10.80名前が無い程度の能力削除
素直にいい話でした
妖怪たちが、元人間というだけでわざわざ殺しに来るほど人間を目の敵にするかなと疑問に思ったのでこの点数で