・この作品は他の『ゆかてん幻想郷』(ジェネ)タグの作品と繋がっております。時系列的には一番最初のお話です。
・同タグの作品と一緒にお読みになられればよりお楽しみいただけると思います。
「はーい、今から新入りの天子が一発芸やるぞー!」
「えっ?」
博麗神社二度目の再建から数日後、博麗神社にて開かれた宴会に初めて参加し、上機嫌であった天子は突然名前を呼ばれて、声の主である魔理沙の方へと振り向いた。
説明も無いままに、魔理沙は賽銭箱の前へ天子を引っ張り出す。
「ちょっ、いきなり何よそれ!」
「さあ前に出ろ、こういう場じゃ最初のインパクトが大事だぞー」
「だから待ってよ! 聞いてないって、そんなネタ持ってないわよ!」
「じゃあ頑張れよー!」
「どこ行くのよ!? 置いてかないで、待ってって!」
話を聞かずに魔理沙は天子を置き去りにすると、観客達の横にまで下がってしまった。
いきなり連れ出された天子は、物見高い人妖の視線を受け怖気づく。
「え……えぇーと」
だが迷っている時間はない、早く何か芸をしなければ場がしらけてしまう。
必死になにかネタを探す、地震? 駄目だ力をちらつかせるだけで芸じゃない。
絶壁? 自虐ネタなんてやりたくはない。
なにかないか、なにか……。
「あっ!」
思いついた……! 一瞬の閃き、この場を抜ける光明……!!
すぐさま天子は要石を作り上げて。
「た、タケノコ!」
場が沈んだ。
「はいはい、ぱちぱち」
「ちくしょーーー!!!」
魔理沙が哀れむように拍手を送ってきたが、こんな空気ではむなしいだけであった。
天子に目を向けていた観客達も、今ので芸が終わりだとわかるやいなや、再び酒を呷り始める。
「って言うかいきなり芸やれなんて、無茶振りもいいとこでしょ!?」
「いやいや、それに対応してこその幻想郷の弾幕少女だ。お前も地震起こして、揺れない震源地ー、とかやれば良かったと思うぜ?」
「揺れないってどこの事を言ってるのかしらー。ちょっと上来なさい、ぶちのめす」
「上等だ、この前天界の祭りじゃ負けたが、今日はそうはいかないぜ!」
「あんたら、騒ぐのは良いけど、神社に損害は出たときの覚悟は良いでしょうね」
「楽しいな天子!」
「そうね、友情って素敵ね魔理沙!」
いざ弾幕勝負、と言うところで殺気が籠もった霊夢の声が二人を止めた。
誤魔化すように肩を組み合う天子と魔理沙だが、下を見れば踏んづけ合いをしている足が目に入る。
そんな険悪な雰囲気の二人に、衣玖が止めに入ってきた。
「まぁ魔理沙さん抑えて。総領娘様は数百年雲の上でぼっち状態で、寂しくて壁の染みに話しかける生活が続いてたんですから、仕方ありませんよ」
「衣玖、7割本当だけど、残りの3割が嘘なのはどういうことなのよ。しかも聞こえの悪い言葉を選ぶな」
「そうか、壁の染みに話しかけるなんて相当参ってたんだな……無責任でごめんな天子」
「違うわよ、それ残り3割の嘘のほうよ! そんな嫌過ぎる生活送ってないわよ!!」
そんな事をするようなら、早晩に天人の五衰が出て死ぬぞ。
「それにしても、せっかく新人である天子を皆に紹介しようと思ってやったのに、あんな結果じゃなー」
「そうですね、全く空気の読めないお人だ」
「だからって、今日初めて神社で宴会した人に、いきなりあれはないでしょ。それとさっきから何よ衣玖、あんた私の恨みでもあるの?」
「寧ろない方が不思議なのでは」
「……それもそうね」
天子が起こした異変の際に、衣玖は大地震が起きると勘違いして振り回され、挙句異変を解決しようとした面々にボコボコやられたりした。
それは天子の想定の範囲外の出来事ではあったが、原因である天子を恨むのは当たり前と言えば当たり前か。
……そう言えば、恨みといえばあと一人。
『美しく残酷にこの大地から往ね!』
あの日、明確な怒りを向けてきた妖怪の言葉が、天子の脳裏によぎる。
なんだか、胸が苦しい。
「しかし同じ高いところに住んでる、衣玖は面白い芸したのにな。フィーバーに電撃が加わって、中々にエキセントリックだったぜ」
「って、あれ? 衣玖いつの間にそんなのしたのよ、全然気付かなかったわ」
魔理沙の声に引っ張られた天子は会話に意識を戻した。
今は楽しい宴会の最中だ。胸の内のもやもやは、今は忘れていよう。
「気付かないのは当然ですよ、やったのは前回の宴会の時でしたから」
「あらそうなの、それなら納得……って、ちょっと待ちなさい、何で私を呼ばないのよ」
衣玖が神社に集める人妖と知り合ったのは、天子の異変がきっかけだった筈。
なのに何故衣玖が呼ばれているのに、同時期に知り合った天子がお呼ばれしていないのはどういう事だ。
「その日はまだ総領娘様が、天女を連れて神社を再建している時でしたが、今日は歌の日といって天界から出てこなかったので呼びませんでした」
「あの日に宴会やってたの!? それなら気が向かないからって、ダラダラしてなきゃよかった」
「歌の日じゃなかったのかよ、ってか自分で壊しといてそれか」
魔理沙のツッコミはもっともだが、作り手の気が乗らない状態じゃ、碌な出来にならないだろうから仕方なかったのだ。
なに? 甘えるな? アーアー、キコエナイ。
「まぁ、お前がサボってたのは置いといてだ。話を戻すけどよ、実際何か面白そうな特徴がないと不味いぜ」
「何が不味いのよ、天人だから妖怪が食べたら毒で死ぬわよ」
「そうじゃねーよ、今酒飲んで騒いでるやつらを見てみろ、どいつもこいつも個性が濃いやつらばっかりだ。そんな中に没個性の、影が薄いやつが放り込まれてみろ」
「……あっという間に消え去りそうね」
「だろ?」
と言っても、実は魔理沙はそんな心配はこれっぽっちも心配していない。
天子はこの神社に集まった者達と比べても遜色ない色濃さだ、そんな心配するくらいなら酒でも飲んだほうが建設的だ。
ただ酒の肴に天子をからかってるだけである。そんな事に気付かない天子は、割と本気で心配している様子だが。
「ここでの居場所もなくなるのは嫌ね」
「でさ、お前の特徴はないのか、面白そうなので」
「私の特徴ねぇ……地震起こすとか」
「それ以外で何かないのか」
「天人なのですから、歌や踊りは得意でないのですか?」
「できないことはないけど、周りが散々舞ってたせいであんまりする気が起きないのよね」
「わがままだな」
「やる気がないのに歌ったとしても、それで人を心から楽しませると思う?」
「じゃあ他に何かないのかよ」
「んーと……あっ、将棋とか囲碁強い! 天女相手に負け知らず!」
「天人らしいっちゃ天人らしいが、お前の性格考えると意外だな」
「暇だったからね。一人でやったりしてる内に、気が付いたら強くなってたのよ」
「くっ、目尻が熱くなってきやがったぜ……」
ひたすらに独りで将棋を指し続ける天子、想像しただけで涙腺が刺激される。
「だが幻想郷で将棋とか強くてもな……他にはないのか」
「そうね……あっ、工作とか得意」
「工作ぅ?」
工作が得意な天人なんて聞いたことがない……いや、天子みたいな天人がいること自体が前代未聞であるか。
「何で工作なんだよ」
「ずっと暇だったから、趣味を持とうと思って」
「なるほどな。じゃあどれくらい出来るんだ、趣味でも数百年続けてれば道具ぐらいは作れるか?」
「時間があれば、一人で家作れる程度よ」
「何それ凄い」
本当に職人じゃないか。
そう言えば魔理沙が再建中の博麗神社を見に行ったとき、天子がやたらと天女達にあーだこーが命令を言っていた気がする。
「柱が向きが歪んでる」だとかをうるさく指摘していたが、あれはただのでしゃばりでなかったと言うのか。
「どれだけ暇だったんですか」
「今も小刀と材料持ってきたから、木彫りで適当な物作れるわよ」
「何で宴会に持ってきてんだよ」
「なんとなく」
「まぁ良いか……じゃあ木彫りの熊で」
「わかったわ。それじゃあ私の華麗な刃捌き、とくと見ときなさいよ!」
無駄に威勢良く言い放った天子は、手に持った木材を小刀で削り始めた。
だがその製作スピードの早いこと早いこと、あっと言う間にある程度完成後の形が見えてきた。
確かに、天子の言ったとおりの華麗な刃捌きだ、これには魔理沙も衣玖も驚きの声を上げる。
そのまま魔理沙と衣玖が、形を変えていく木材を眺めること十分程。魔理沙がリクエストした木彫りの熊は完成した。
∩___∩
| ノ ヽ
/ ● ● | クマー
| ( _●_) ミ
彡、 |∪| 、`\
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「……熊かこれ?」
「のような気もしますが……」
「ごめん、よく考えてみれば、私って熊見たことなかったわ」
聞き伝わった熊の姿、天子がその情報を脳内で形にした結果がこれである。
「愛らしくはありますかね」
「不思議と愛着を持てる顔だな」
「じゃあいる?」
「「結構です」」
ぶっちゃけ家に飾るほどの物ではない、誰かに見られたりすれば笑われそうだ。
「特技なんてこれくらいね」
「そうか他……やっぱこれくらいでもういいか、お前は幻想郷でも立派でやっていけるぜ」
「本当!? やった!」
「まぁ、飽きただけなんでしょうが」
「? 衣玖、何か言った?」
「いえ、何でありません」
ともかくこれで話題は一旦終了。
各々が自分のグラスを手に取ると、注がれていた酒をグビッと一気飲み。少し乾いていた喉を酒が潤してくれる。
「ぷはっ! ……それにしても、お前異変起こしてたときと態度が違うくないか」
「そりゃあね、異変のときは猫被ってたし、でも空から下りて宴会してみればこの有様でしょ」
天子がグラスを持った手の人差し指で場を指し示す、その先ではあらゆる人妖が酒を片手に騒ぎに騒ぎまくっている。
その誰もが対面など気にせずに、自分が思うままに話して、自由に行動していて。
宴会という場を、思う存分楽しみ尽くしている。
「あれだけ下品な連中と一緒になってるのに、一人だけ肩肘張ってても楽しくないわ」
「踊る阿呆に見る阿呆」
「同じ阿呆なら踊らにゃ損、ですか」
「そんなところかしらね、元々変に気取るのも柄じゃないし」
「ふぅん、体面ばかり気取った馬鹿って訳じゃないようね」
突然、三人の話に少女の声が割り込んできた。
声がした方を向いてみれば、青みがかった銀髪と蝙蝠のような羽を揺らす幼い容姿の少女が、紅い瞳で天子を射抜いていた。
「こんばんは、あなたが噂の天人ね」
「そうだけど、あなたは?」
「私はレミリア・スカーレット、紅魔館を統べる吸血鬼」
自らの威厳を示すように、レミリアは背中の翼を大きく広げる。
月明かりに照らされるその姿は壮観であるが、その翼で場所をとってしまい、周りの飲んだくれどもにとっては迷惑であった。
「咲夜さんの雇い主だそうですよ」
「あぁ、あのナマズを持ってきた」
「ナマズ? ……異変の時はうちのメイドが世話になったようね、隣良いかしら」
「お好きにどうぞ」
了承を取るとレミリアは天子の傍に腰を下ろし、近くに擦り寄ってくる。
「それで文句を言いに来たとか?」
「まさか、負けたのは咲夜が未熟だったからよ、悪いのも彼女。そんな下らないことをしに来たわけじゃないわ」
「結構言うヤツね、じゃあ何のようなのかしら」
「それはねぇ……あなたちょっと立ち上がってくれる?」
「? 良いけど……」
手に持っていたコップを近くに置くと、天子は立ち上がる。
その天子の体を、レミリアはジロジロと見ながら周囲を回る。
「ふぅーん」
「何なのよ、人の体をジロジロ見て」
「なに、ちょっとした好奇心よ」
そして次にレミリアは天子の後ろに回ると、信じられないような行動に出た。
突然後ろから手を伸ばし、天子の胸を揉んだのだ。
「きゃっ!!?」
「ふむふむ、見た目通りAカップの貧乳か、それもまたよし!」
「ちょっなにす……やっ、胸揉むなー!!」
嫌がる天子の体を押さえつけて、隠微な手つきで体をまさぐるレミリア。
胸を、尻を、思うがままに揉みしだく。
「あ、あれは!」
「知ってるのですか、魔理沙さん!?」
「レミリアによる猥褻行為は、新しく宴会に参加した者はみんなやられてる通過儀礼だぜ。あの隙間妖怪すらも激しい攻防の末に一度胸を揉まれてる、これはもう名物と言っても良い。紫を揉んだ後で捕まった時の「悪魔がエロくて何が悪い!」は迷言として語り継がれているんだぜ」
「なんと恐ろしい……いや、私も前回されたんですがね」
「魔理沙も衣玖も、変なこと言ってないで助けっ……ひゃん! 止めてって!」
「ふははは、良いではないか良いではないか!」
止めろと言われてもレミリアの凶行は止まらない、嫌がる天子を後ろから押し倒してない胸を揉みしだく。
周りの者も助けようとしないどころか、自体を察知すると野次馬となり近くに寄って眺めるだけだ。
「諦めな天子、私も一度やられたんだ、さっき言ったとおり通過儀礼だぜ」
「ちょっと、レミリアのやつまたやってるの?」
「やれー、押し倒せー!」
「応援ありがとうギャラリー諸君。ほれほれ、ここか? ここがええんか?」
「ひゃ、やっ! んっ、こ、こんのぉ……」
挙句レミリアを煽るものまで出始めた。
こうなれば自分で何とかするしかない、地面に押さえつけられた体勢で胸を揉まれていた天子は、なんとか傍に置いてあった緋想の剣を手に取ると、無我夢中で地面に突き刺した。
比那名居天子自身が持つ力が、剣を伝って大地に届く。
「むふふ、貧乳を育てるのもまた……んっ? 何だ、地面が揺れ……」
「おっ、おい天子、それは止めた方が」
「総領娘様、ストップ――」
魔理沙と衣玖が今発動しようとしているスペルカードが何なのか察知し、止めようとした次の瞬間。宴会場の一角に山が出来上がった。
-天地「世界を見下ろす遥かなる大地よ」-
天子も野次馬も巻き込んだ捨て身の攻撃、山のように蜂起した大地が周囲にいた者達を全て空高く打ち上げる。次いで辺り一面に大量の弾幕と土ぼこり、それに巻き込まれた者が降り注いだ。
地面に叩きつけられて咳き込む天子であったあが、これによりなんとか一難去った。
だが今の攻撃によって宴会の料理のほとんどは全滅しており。
「天人よ、覚悟は良いか」
天子の傍に、阿修羅のような面をした巫女が、お払い棒と陰陽球を持ってやってきた。
地獄から聞こえてくるかのような声が、紅白の巫女から発せられる。
「で、出来ればお手柔らかにして欲しいなー、なんて……」
「却下」
「即答しないでよ!」
巫女から感じられる殺気は激しさを増すばかり。
手心など一切加える気はなさそうだ。
「問答無用なんて酷いわよ! あの紫って妖怪だって、『投我以桃、報之以李』って一応チャンスを―」
――また浮かび上がってきた。
神社に要石を埋め込んだ自分に、本気の怒りをぶつけてきた妖怪を。
今の巫女の比ではない、あんな剥き出しの感情を、天子は生まれて初めて感じた。
「何ボーっとしてるの、幾ら誤魔化そうとしても許しはしないわよ」
「ククク、残念だったな新参。これに懲りたら、宴会の邪魔になるような騒ぎは、起こさないようにすることだな」
「何言ってるのかしらそこの吸血鬼、原因のあんたもまとめてお仕置きするに決まってるでしょうが」
「えっ!? ……う、うー☆」
「夢想天生」
「誤魔化されないあなたが素敵、ガフッ!」
霊夢の最強のカード夢想天生、威力は落とされた非殺傷仕様でもそれなりの威力はある。
誤魔化そうとして隙だらけだったレミリアは、哀れにも吹っ飛ばされた。
勿論弾幕の半分は、天子へと向かう訳で。
「……えっ!? いきなり弾が目の前――」
ピチューン
* * *
「あー! 嫌な目にもあったけど、楽しかったー!」
「良かったですね、総領娘様」
霊夢に折檻されてから数時間。料理のほとんどは天子のせいで駄目になったが、すぐさま新しいものが用意されて何事もなく続いた。
酒を飲んで料理を摘んで、下らない話に花を咲かせる。
この前天界で行われた少人数での宴会も悪くないが、大人数でワイワイとするのも楽しいものだ。
今は楽しかった宴会の余韻に浸りながら、天子は衣玖と天界の一角を散歩している。
「それにしても、結構酒に強いんですね。てっきりベロンベロンに酔いつぶれると思いましたが」
「んー、それには自分でもびっくり。でも宴会を楽しみたいからって、お酒量を調節してたのが大きいわね」
お陰で今も酔ってはいるが、頭が働くなるほど酷くはない。少しもやが掛かったような感じはするが、その程度である。
だから宴会が終わった今、静かな場所で改めて考えてみる。
魔理沙との会話のとき、少しだけ出た衣玖の話。
「……ねぇ、衣玖」
「何でしょうか、総領娘様」
「えーと、その……い、異変の時のことなんだけどね!」
そこから先を言い出そうとして言葉が詰まる。
でも、言うよりも言わないほうがずっと嫌だ。
だから言おうじゃないか、ずっと使っていなかったこの言葉を。
「め、迷惑かけてごめんなさい!」
本当はもっと早く言うべきだったであろう言葉を、今ようやく天子は口にした。
今までは自分が知らず知らずにとはいえ、衣玖に迷惑を掛けなかったのに気付かなかった。いや、自分の非を認めるのが恥ずかしくて気付かない振りをしていた。
悪いことをしたら謝る、そんな当たり前のことを天子は忘れてしまっていて。けれど今、思い出した。
「……やっと言ってくれましたね」
「言うのが遅くなって点についても、その、ごめん」
「気にしなくても良いですよ。総領娘様のことですから、どれだけ横暴しても謝罪だけはしないんじゃないかと、ちょっと思ってましたから」
「いや、それはそれで気にしたいんだけど」
幾らなんでも衣玖からの評価が落ちすぎじゃなかろうか。
でも仕方ないのかもしれない、迷惑を掛けてきた相手に好意的に思うのは難しいことだと思う。
天子と衣玖の立場が逆ならば、自分はきっとそう簡単には許さないだろう。
やっぱり、衣玖もそうなんだろうか。
「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫ですよ」
「え?」
「人の罪を許すのは、案外簡単なことなんですよ。私が読む空気が悪いのも嫌ですしね」
「あなたが読むのって、その空気だっけ?」
「永江衣玖、空気が読める女」
「自分で言うことじゃないでしょ」
わざとらしく格好を付けて言う衣玖に、天子の緊張もほぐれて笑みが零れ落ちる。
「それにあなたが異変を起こしてから刺激が多くて、結構楽しかったりもしますしね」
「あれ? それってようするに、皆からボコボコにされて楽しい?」
「ここは雲の上ですけど、雷って落ちるんでしょうかね」
「冗談よ冗談、謝るから指を下げて」
とりあえず許してもらえて、胸の内のもやも少し取れた。
けれどもまだ全てが払拭された訳ではない、異変の際には何人もの人に迷惑を掛けた。
その何人かは謝るほどではないだろうし、霊夢なんかは神社が再建されたので、また面倒を起こさなければどうでも良いと言う風だった。
となると考え付く対象は、あの妖怪。
「――八雲紫」
あの時の紫から感じた殺気は、今思い出しても身震いしそうで。意地で戦ったりしたが、よく殺されなかったものだ。
後で萃香に聞いた話では、あの妖怪があそこまで感情をあらわにするのは、とても珍しいことらしかった。
そして彼女が幻想郷を管理し、愛しているとも聞いた。
だからこそ彼女は怒ったのだろう、彼女の愛する幻想郷を傷つけようとした天子を。
なのに、なのに最後にあの妖怪は。
『投我以桃、報之以李。私に桃を持ってくれば、李を持って許しましょう』
そんな天子にそう言い残した。
きっと紫は天子のことを、八つ裂きにしたかったであろう、それなのに感情を抑えて許すと言った。
それが心からそういったのか、幻想郷を保つ為の建前なのか、気まぐれなのかもわからない。
それでも、許すと言った彼女は、本当に凄いと思う。
「……総領娘様は、紫さんに謝りたいんじゃないですか?」
「な!? べ、別にそんなことないわよ! 何であんな若作りのババアっぽいヤツに……」
「ふふ、そうですか。それでは総領娘様、これは独り言ですが」
衣玖は天子に背を向けて一歩遠ざかる。
「八雲紫が住んでる家はほとんどの者がその場所を知らないそうです。ですが八雲紫は九尾の式を持っていて、一緒に住んで家事を一任しているそうです。その式はよく、人里の豆腐屋に油揚げを買いに来るんだとか」
「……随分と長い独り言ね」
「空気を読んだ結果ですよ」
「だから自分で言うことじゃないでしょそれ」
思わず苦笑してツッコミを入れてしまう。
でも実際衣玖は空気を読んでいるだろう、天子の考えを見越してわざわざ紫に関することを調べておいてくれたのだから。
「それじゃ、いい加減帰って寝ようかしら」
「そうですね、天人といえどあまり夜更かしをしては体に毒です」
「もう十分夜更かしな気もするけどね。それじゃ衣玖、その……ね?」
背を向けたままの衣玖、これも空気を読んだからだろうか。
だとすれば、ありがたい心遣いだ。顔を見たままじゃ恥ずかしくって言えないだろう。
そう言えばこの言葉も、使うのは久しぶりだ。
「ありがとね衣玖! じゃあ、おやすみ!」
「えぇ、お休みなさい総領娘様」
そう言うと天子は家へ向かって走り出した。
胸の内は温かくって。天子はこの時初めて、お礼を言うのも、実は嬉しいことなんだと気付いた。
「……さて、どうなるでしょうかね」
天子が遠ざかって行く中、衣玖は小声でポツリと呟いた。
九尾の式のことを教えたは良いが、その式が八雲紫の元まで天子を連れて行くかはわからない。
本当ならば隙間妖怪は、博麗神社によく顔を出すそうなので、そこで待っておいて謝れば確実なのだが。あの天子が周りの目がある中で、素直に謝れるとは思えない。
はたして天子はちゃんと謝れるか、否か。
「……でも、きっと上手くいくでしょう」
けれどなんとなくそう思えた。天子が衣玖にそう思わせた。
彼女は、自分に謝ってくれたのだから。
「なんにせよ私の出番はここまでです、頑張ってくださいね総領娘様」
無事に謝れることを祈り、衣玖は雲の中に身を埋めた。
* * *
翌日の昼過ぎ、人里の豆腐屋のある通りで、周囲の目を引く人影があった。
もはや私物と化した緋想の剣と、お詫びの桃を持った天子である。
しかし妖怪も人里で買い物をする今、変わった人物がいるだけならばあまり気にされない。彼女が目を引くのは、かれこれ一刻は同じ場所に突っ立っているためである。
その間ずっと豆腐屋を凝視していて。豆腐屋の主人は、知らぬうちに恨みでも持たれたのかと、気が気でなかった。
そんなことも気付かずに、天子はじっと目当ての妖怪を待ち続けている。
そこから更に半刻、ひたすら豆腐屋を見つめていた天子の視界に、黄色くて肌触りの良さそうな九尾が入ってきた。
「来た……」
衣玖からは九尾の式としか聞いていないが、九尾と言うだけでそれは十分な特徴だ。目の前の妖獣で間違いないだろう。
唾をゴクリと飲み込む。緊張と不安で中々足が動かない。
はたして紫は自分を許してくれるのか、不安で堪らないのだ。
……いや、違うでしょうが比那名居天子。許す許さないに関係なく、悪いことをしたら謝る。その筈だ。
あの九尾に頼み、八雲紫の元へと連れてってもらい、ちゃんと謝ろう。
そしてその後で、それで。
「友達、なれるかな」
弾幕ごっこで遊んだりして。
ご飯をご馳走になって一緒に食べたり。
肩を並べてお茶でも飲みながら、くだらない話をする。
そう思うと自然に足は歩み始めた。
「ね、ねぇ! そこのあなた!」
「ん? 私に何か御用か?」
相変わらず緊張と不安は抜けないけれど。
「私を! ゆ、紫の家まで連れてって!」
投我以桃、報之以李。愚かな自分にこう言ってくれた妖怪と、友達に。
にしてもあれだ、やっぱり氏の天子はかわいいなぁ
人気投票で毎回迷わず天子に一押しで入れる自分は氏の天子がドストライクですよ
ゆかてんも大好物ですとも
あとそこのセクハラ吸血鬼、俺も混ぜろ
にしても心温まる素晴らしい話だった
ゆかてん!