秋も深まる今日この頃。
本日も爽やかな朝を迎えた永遠亭では、早くから朝餉の準備などを行う喧噪があちらこちらから聞こえてきていた。
そんなお屋敷の一室。やや奥まったところにある部屋の中には、気持ちよさそうに寝息を立てるウサミミ少女が一人。
その少女――鈴仙は、何か良い夢でも見ているのか、ムニャムニャとなにやら小さく呟きながら、口元をほんのりと綻ばせている。
そんな微睡みを続けることしばらく、やがて部屋の外から、トタトタと軽く響く足音が近づいてきた。
そして部屋の前で止まると、障子をそっと開けて部屋の中の様子をうかがう。
そこから覗く顔は、鈴仙とはまた違うふさふさもちもちのウサミミを持つ少女、因幡 てゐだ。
てゐは部屋の中を見て鈴仙がまだ寝ているのを確認すると、口元に手を当ててニンマリとした笑みを浮かべる。
そして、抜き足差し足……部屋の中に入って障子を静かに閉める。
鈴仙は気付くこともなく、スースーと相変わらず寝息を立てている。
更に、足音を立てないように鈴仙に近づいていくてゐ。
枕元まで行くと、そっと鈴仙の顔を覗き込む。まだまだ起きる気配はないようだ。
そんな様子を見て、再びクシシと小さな笑みを浮かべると、てゐはワンピースの中から小さな小瓶を取り出す。
蓋を取り、小瓶を鈴仙の鼻先に近づけて逆さにし、一振り、二振り……。
「ふ……ふわ……ふわぁぁぁぁぁっっっくしょん!!!」
穏やかな朝の始まりを告げるには些かふさわしくないくしゃみの音が、部屋中に響き渡る。
「な、何っ!? ハックシュッ!! 熱っ! 鼻が熱っ! クシュンッ!」
手足をバタバタさせながら飛び起きる鈴仙。そして其処に――
「れいせ~~~ん、あっさだよーーーっ」
助走を付けたてゐが飛びついてくる。
押し倒されて、再び布団の中に逆戻りする鈴仙。
「ふみゃっ! 身体いたっ! 鼻あつっ! いったい何なのよぉ!」
クラクラする頭を振って起こしてみると、胸元にてゐが抱きついて居るのが見えた。
「……てゐ。あんたの仕業ねぇぇぇ!」
「ウフフフフ、もう起きる時間なのに、鈴仙がグースカ寝ているのが悪いんだもーん」
悪びれない顔で、ニコニコと笑みを返すてゐ。
「それにしたって、起こし方ってものがあるでしょうが! 今度やったら、お尻百回ペンだからねっ。百回ペンッ」
てゐの両頬を掴んでムニッと引っ張りながら、プンスカと怒る鈴仙。
「ふふーんだ。やられる前に逃げるもーん。鈴仙なんかに捕まらないんだから」
むふーと鼻息を吐いて、得意げな顔で言い返すてゐ。
「全くもう……」
「それより、鈴仙の身体暖かいね。お布団の中にいたからかな?」
てゐが鈴仙の胸に頬を擦り付ける。
「てゐの身体は随分冷えてるわね。長い間外にいたんじゃないの?」
てゐの背中を手でさすりながら訊く鈴仙。
「日課の朝の体操してたからねー。だからじゃないかな」
鈴仙の胸の上で顔を弾ませながら答えるてゐ。
「元気ねぇ……。冬も間近になって、朝方は大分冷え込むって言うのに」
「それが健康の秘訣だよ。鈴仙もやればいいのに」
「遠慮しておくわ。寒い朝にぬくぬくの布団にくるまって微睡む気持ちよさは、何物にも代え難いのよ」
「鈴仙のねぼすけ~」
「何とでも言いなさい」
そう言った後、ブルッと身体を震わせる鈴仙。
「ううっ、てゐの所為で大分身体が冷えちゃったわ……。もう少し布団の中で暖まろっと」
てゐを身体の上に載せたまま、布団を掛け直す。
「人肌って結構温いのよね。良い感じ」
てゐの身体を抱きしめて、ホニャッと表情を弛める鈴仙。
「私はちょっと苦しいんだけどなー」
「我慢しなさい。人を変な方法で叩き起こした罰よ」
そう言いながら、ムギュッとてゐを抱く力を強める。
「むー、むー」
ペチペチ
てゐが首を振る度に、もちっとした耳が鈴仙の顔を叩く。
「あたっ。ちょっとてゐ、大人しくしていなさいよ」
「ていっ、ていっ、されるがままの私じゃないよーだ」
フサフサとした毛が鼻先をかすめるので、くすぐったいやらムズムズするやら……。
「もう、分かった分かった。五分、後五分で起きるから、大人しくしててちょうだい」
「絶対だよ?」
「ハイハイ。あんまり遅くなると私も師匠に怒られちゃうから、きちんと起きるわよ」
小さくため息をつきながら、てゐの身体を抱き直す鈴仙。
そのままボーっとして時を過ごす。
「今日の朝ご飯は何かしらね~」
頭に浮かぶままに、そんな事を口に出してみる。
「来るときに台所を覗いてきたけど、なんかキノコがあったよ」
布団からちょこんと顔を出して教えてくれるてゐ。
「キノコかぁ……。何だろう。シメジかな? マイタケかな? もしかして松茸だったりして……」
ジュルリ……
「鈴仙、よだれよだれ!」
「おっといけない……」
慌てて袖で拭う。ちょっと乙女にはあるまじき姿だった。
まあ、古来から言われるように、食欲の秋。それは此処永遠亭でも例外ではないのである。
そして旬の物をあれこれと夢想している内に時間は経ち、そろそろ起きないとマズイ時刻になっている。
「よしっと、起きますか」
てゐの身体を抱きかかえながら、勢いを付けて身体を起こす鈴仙。
暖かい布団と別れるのは名残惜しいが、思い切りよく起きるのが肝心だ。
「う~、さむさむ。起き抜けのこの瞬間が辛いのよねぇ」
そう呟きながら、背中を丸めて箪笥へと向かう。
解放されたてゐはと言えば、寒気に身体を慣れさせるためか、ピョンピョンと飛び跳ねながら部屋の中をグルグルと回っている。
「あ、そうだ鈴仙~」
そして、ふと思い出したようにして近づいてくると、鈴仙の後ろに立ち、屈伸をしながら話しかけてくるてゐ。
「そう言えば、お願いしたいことがあったんだけど……」
「ん、なに?」
実は永琳のお手製だったりする人参柄パジャマのボタンを外しながら、てゐの声に相槌を打つ鈴仙。
「鈴仙が履いてる毛糸のパンツ、私にも作ってよ」
ピタッと鈴仙の手が止まった。
そして背を向けたまま、絞り出すような声を口から出す。
「…………何で……知ってるの?」
誰にも話してない、乙女の秘密なのである。
しかも、今履いてると言うことまで……。
「だって、昨日鈴仙がお風呂に入っているときに見たもん、脱衣所で。脱いだ物と一緒に置いてあったでしょ」
しまった……うっかりしていた。タオルの下にでも隠して置くんだった……!
などと悔やんでも後の祭り。
ゆっくりと振り返ると、ニンマリと微笑んでいるてゐの顔が目に入る。
「うぅ……」
「あれって、見たところ手編みでしょ? 暖かそうだし、良いなぁ~と思って」
足下にしゃがんだ姿勢で、顔を見上げてくるてゐ。
「確かにそうだけど、はぅ……よりにもよっててゐに知られるなんて……」
「いいじゃん別に~」
と言いつつ、鈴仙のパジャマのズボンに手をかけ――
「ていっ」
事もあろうか、ズバッと引き下ろした。
「ひゃぁっっっっ!!」
「あ、なんだ。寝ているときには履いてないんだ」
「さ、さむっ! スースーするっ!」
……別に、ぱんつはいてないとかそう言うことではなくて、てゐが言っているのは毛糸のパンツのことである。
「……っ! てゐっ、あなたねぇっ!」
足をモジモジと摺り合わせながら、手を振り上げて怒る鈴仙。
そんな様子を気にすることもなく、ケラケラと笑い声をあげているてゐ。
良くも悪くもお馴染みの光景であった。
「えいっ、ヒンヤリ攻撃っ」
鈴仙の内股に、良い具合に冷えた手を押し当てるてゐ。
「ひぅっ、ちょっとやめてよ、てゐ!」
悶える鈴仙。
そんな感じで賑やかに着替えは進んでいく。
ネクタイを締めてブレザーを着込み、これだけは季節に関係ないいつものミニスカートをはいた鈴仙は、箪笥の中のある物に手を触れ、ピタリと動きを止める。
……別に良いか、どうせてゐにはバレて居るんだし……。
そんな諦めの気持ちと共に取り出したのは、お手製の毛糸のパンツ。
見栄と寒さを天秤に掛ければ、寒さが勝つ今日この頃である。
密かに良く出来たと思っているウサギのワンポイントを施した毛糸のパンツに、背後でニヤニヤしているてゐの気配を感じながら足を通す。
ほっこり。暖かい。
「やっぱりいいな~、暖かそうで。モコモコだし」
そう言いながら、鈴仙のスカートの中に手を突っ込んでお尻を撫で回すてゐ。
「ナチュラルに人のお尻を触りまくるんじゃないの!」
「だって、鈴仙のスカート短くて手を入れ易いんだもん」
まあ、二人にとってはいつものスキンシップである。
とは言え、いつまでもお尻を触られているというのは気恥ずかしい。
感心したように、ウムムと唸るてゐの手をペシリと叩くと、鏡を見ながら身だしなみをチェック。
そして自慢の髪をフサリと掻き上げると、てゐの方に向き直る。
「さて、そろそろ行きましょうか。朝ご飯に遅れちゃうしね」
「は~い」
てゐも立ち上がって服の裾を直す。
そして二人並んで歩き出すのだった。
「もう最近は、大分寒くなってきたねぇ」
鈴仙と手を繋ぎながら、てゐが庭を眺めて言う。
「そうねぇ。もう少ししたら、雪が降ってもおかしくないかも」
繋いでない方の手にハァッと息を吐きかけながら、てゐに同意する鈴仙。
「季節の変わり目だからねぇ。体調崩さないように気を付けないと」
てゐが、両手でぶら下がるように鈴仙の手にしがみつく。
「そこら辺は大丈夫よ。しっかりとしているから。医者の不養生じゃないけど、私たちが病気になったりしたら情けないもの」
てゐに引っ張られるように身体を傾けながら、歩く鈴仙。
「毛糸のパンツも履いてるしね」
ツンツンと、てゐが鈴仙のスカートを突っつく。
「もう……それはいいってば」
そんな、とりとめもない話をしながら歩く二人。
やがて大広間への入り口が見えてきた。
「さて、ご飯ご飯っ。一日の始まりにはしっかりと食べないとね」
ポンポンとお腹を撫で、楽しそうな笑みを浮かべる鈴仙。
「鈴仙って、意外と食い意地が張ってるよね」
「むっ、失礼な……。けど、この時期は色々と食べ物が美味しい季節なんだし、ある意味仕方がないじゃない?」
「そんな事言ってると太るよ~」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて、てゐが見上げてくる。
「う……大丈夫よ。……タブン」
後半をモゴモゴと口の中で呟く鈴仙。全体的に引き締まっている鈴仙の身体であるが、最近はちょっとだけ二の腕のプニプニ感が気になったりもする今日この頃。
乙女の悩みは単純なようで複雑なのである。
「そ、それにいざとなったら、師匠に痩せ薬を作ってもらうとか……」
「うわっ、不健康な痩せ方」
「あ、あくまで最終手段よ……うん」
そんな会話を交わしながら、
スカートのホックが閉めにくくなったりもしてないし、まだ全然大丈夫よね。へ、平気平気……。
などと考えている鈴仙なのであった。
大広間の戸を開けると、フワッと暖かな空気が身体を包む。
そして同時に、部屋の中の食欲を誘う良い匂いが胃を刺激する。
広間の中ではあちこちで火鉢が焚かれ、ホンワリと心地よい温度になっている。
配膳係のイナバ達が行き交う中広間を見回すと、もう大体の食事の準備は出来ているようだ。
上座の方にある自分達の席へ向かう鈴仙とてゐ。
輝夜と永琳はまだ来ていないようだ。
そう言えば、師匠が最近寒くなって姫様の寝起きが悪くなったって言っていたっけなぁ……。
などと思い返しながら、座布団に座る。
目の前の膳には、ホカホカの白いご飯。そして小松菜の和え物や里芋の煮物。
更に、マイタケの味噌汁や肉厚の椎茸を焼いたもの、旬の川魚など盛り沢山だ。
「ん~、美味しそう」
コクンと唾を飲み込む鈴仙。
お腹がキューッと小さく鳴った。
「ムグムグ……やっぱり旬の物は美味しいねぇ。栄養もたっぷりだし」
「あ、コラッ、てゐ。つまみ食いするんじゃないの! まだいただきますしてないでしょ」
ちゃっかり料理を摘んで笑みを浮かべているてゐ。
「鈴仙もコッソリ食べちゃいなよ。出来立てが美味しいんだし」
「もう……もうすぐ師匠達も来るだろうから、もう少し待ちなさいってば」
更に手を伸ばすてゐの手をペシリと軽く叩きながら、姿勢を正す鈴仙。
ちなみに永遠亭では、みんな揃っていただきますと言うようなことはしていない。
人数が多いので、全員配り終わる頃には最初の方の料理が冷めてしまうと言うこともあるし、輝夜もその辺りは五月蠅くないので、先に来た者からドンドン食べ始めて良いことになっている。
まあ、輝夜が余り時間に縛られず気楽に食べたいと言うこともあるだろうが。
とは言え、鈴仙からしてみれば自分達が師匠や主よりも先に食べているというのもなんだか落ち着かないものがあるので、なるべく四人揃うまでは食べないで待っていることにしている。
とは言うものの、美味しそうな朝食を前にずっと待っているのもちょっぴり辛いものがある。
師匠と姫様、まだかなぁ……。
そう思いながら、入り口の方に顔を向ける。
すると、輝夜と永琳が丁度部屋に入ってくるところだった。
「あ、おはようございます。姫様、師匠」
そう言って、ペコリと頭を下げる。
コッソリまたつまみ食いをしていたてゐも、「おはよ~」と軽い調子で挨拶をする。
「おはよう。うどんげ、てゐ」
たおやかに挨拶を返す永琳。
「ん~、おはよ……」
そして、眠そうに目を擦りながら言う輝夜。
「ほら姫。もう少しシャキッと……」
ため息をつく永琳。
「だって、まだ眠いんだもの……」
ふわぁっと、小さなあくびをする輝夜。そしてまたクシュクシュと目を擦る。
「うどんげとてゐも待って居るんですから、もう少し早く起きていただけると有り難いんですけどね」
永琳が困ったような顔で、頬に手を当てる。
「だから、先に食べていても良いって言っているのに……」
そう言いながら、近くの火鉢に手をかざす輝夜。
「あはは……。でも、やっぱりみんなで食べた方が美味しいと思いますし」
輝夜と永琳の席の座布団を整えながら、苦笑いを浮かべる鈴仙。
「ま、それもそうだけどね」
揉みほぐすように手を暖めていた輝夜は、よしっと言いながら背筋を伸ばして、大きく深呼吸を一つ。
そして長く艶やかな髪を翻しながら向き直ると、優雅な笑みを浮かべた。
先ほどまでの眠そうな様子は欠片もない。そしてしとやかな仕草で膳の前に座ると、皆の顔を見回して涼やかに言う。
「それでは、いただきましょうか」
この辺りの切り替えは流石姫様だなぁと思う鈴仙。
すでに纏う空気が違う。
今の輝夜は、誰が見ても深窓の姫君と言った雰囲気だ。
「フフ……てゐも待ちきれないようですしね」
てゐの方を見ながら、クスリと微笑む永琳。
「むぐ……」
コソコソとつまみ食いを続けていたてゐが、慌てて誤魔化すようにあさっての方を見る。
「もうてゐってば、やめなさいって言ったのに……」
鈴仙がてゐの頭をコツンと突っつく。
てゐが摘んでいたのがさりげなく鈴仙の分の料理だったのに輝夜も永琳も気付いていたが、あえて何も言わずに微笑んで流す。
まあ、いつもの微笑ましい光景だ。
皆が揃ったところで、いただきますと唱和して、それぞれが箸を伸ばす。
「あれ……こんなに少なかったっけ……?」
鈴仙が首を傾げているが、てゐは知らんぷりだ。
旬の食材をたっぷり使った朝食は、空腹なのを抜きにしてもドンドンと箸が進むほど美味しいものばかり。
「鈴仙~、お醤油取って」
「はいはい」
てゐに醤油入れを手渡す。
「あんまりかけすぎちゃダメよ」
「私がそんな健康に悪い事するわけないじゃん」
フフンと鼻歌を歌いながら、醤油を垂らすてゐ。
「やっぱりこの季節は、心なしか食べ物がより美味しく感じられるわね」
楚々と箸を運びながら、ニコニコと笑みを浮かべる輝夜。
「栄養価も高いですしね」
コクンと口に入れた茸を飲み込み、同意する永琳。
和気藹々とした食事風景だ。
「イナバ~。其処のお塩を取ってちょうだい」
届かない位置にある塩に手を伸ばしてピコピコと振る輝夜に、はいどうぞと返事をしながら、塩の入った小さな壺を取って渡す鈴仙。
「ん、ありがと、ってあれ? お塩もう入ってないわね、これ」
覗いてみれば、竹で作られた匙の他は其処の方に僅かな塩が残っているだけだった。
「あれ、補充し忘れたのかな……。ちょっと貰ってきますね」
輝夜達に声をかけて、厨房へと向かう鈴仙。
そして暫しの後、戻ってくる。
だが、その表情はなにやら困った様子だ。
「お塩、丁度切らしちゃっているみたいです……。何でも、仕入れ係の子がうっかりしていたみたいで……」
「あらあら……。それは困ったわね」
頬に手を当てて、考え込むような様子を見せる永琳。
「まあ、別にお塩とかかけなくても美味しいし、今日の所は別に良いわよ」
輝夜が魚を摘みながら、大らかに言う。
「そうですねぇ……。姫、少々お待ちくださいな」
永琳はそう言うと立ち上がり、塩の壺を持って静かに広間を出ていく。
「なにかしらね?」
コクンと首を傾げる輝夜に、鈴仙も分からないと首を振る。
しばらく待つと、出ていったときと同じように静かに永琳が戻ってきた。
「姫、どうぞ」
壺の中を見れば、其処には真っ白な塩がたっぷりと入っている。
「あら、流石永琳ね。用意が良いわ~」
にっこり微笑む輝夜。永琳も微笑んで軽く会釈する。
そして塩を振りかけ、ハムッと料理を一口。
「ん~、これ、いつもの塩と違うわよね? なんだか、普段の物よりしょっぱいような……」
首を傾げながら、もう一口食べる輝夜。
鈴仙も同じように塩を振りかけて食べてみる。
「はい、塩が切れていると言うことでしたので……」
ゆったりとした笑みを浮かべながら、答える永琳。
確かにいつもと感じが違うなぁと思いながら、師匠の言葉に耳を傾ける。
「研究室から塩化ナトリウムを持ってきました」
ブホッと輝夜と鈴仙が綺麗に唱和した。
「え、塩化ナトリウムって、いったい何持ってきてるのよ! 永琳っ」
口元を拭きつつ、睨む輝夜。
「あら、塩化ナトリウムというのは、塩のことですよ」
などと、微笑みながら宣う永琳。
「そ、それは知っていますけど……、流石に化学物質名で言われるのはちょっと……。それに、研究室から持ってきたというのも……」
ケホケホと小さく咳き込みながら、涙目混じりで言う鈴仙。
「大丈夫よ。生成したばかりで実験には使ってない綺麗な物だから。特殊な精製法を使って純度を99.98%まで高めた特製のお塩です」
ニッコリ。なんだか得意そうな永琳だった。
「う~、そうは言われてもねぇ……」
輝夜が壺の中の塩を竹匙でかき回しながら、複雑な表情で言う。
「それに、普段姫が召し上がってらっしゃるお塩も、私のお手製ですよ」
「えぇっ!?」
衝撃の事実である。
「そうだったんですか!? 私はてっきりみんなと同じ物かと……」
鈴仙も知らなかったようで、驚いた顔で永琳の顔を見ている。
「私は知っていたけどね~」
ムフフンと得意げな顔をしながら、さりげなく口を挟むてゐ。
「何で知っているのよ……」
「私がお師匠様に提案したんだもん。天然物のお塩も良いけど、塩分の取りすぎがちょっと心配だからね~。それで、美味しくって更に塩分控えめのお塩って言うのが出来ないかなーって」
ググッとてゐが小さな胸を張る。
「まあ、そんな訳でして作ってみたのがいつものお塩です。塩化ナトリウムを半分にして、代わりに塩化カリウムを加えてみました。これにより、塩分を従来の半分にすることに成功。更に、カリウムの苦みを押さえる為にγ‐PGAを加え味にまろやかさを――」
「ハイハイ、ストップ! 要するにすごいお塩な訳ね。よぉく分かったわ」
指をピッと立て説明を始める永琳を、輝夜が口に手を当てて押しとどめる。
そして、師匠はすごいな~と言うような尊敬の眼差しで見つめている鈴仙を横目で見ながら、やれやれと座り直す。
「ま、何でも良いけどね。美味しいものが食べられるのなら」
意外と適当な輝夜であった。
そしてまた、パクパクと朝食を食べ始める輝夜。旬の食材の旨味に再び顔がほころび始める。
師匠と話す鈴仙の隣では、てゐがコッソリとまた鈴仙のおかずを摘んでいたりするのだが、それもまた微笑ましい光景である。
晩秋の最中、そんなこんなで過ぎていく朝食の時なのであった。
「師匠~、薬品庫の整理終わりました」
鈴仙が、調合をする永琳の背に声をかける。
「ご苦労様、うどんげ。足りなくなっている材料とかは有ったかしら?」
「解熱の薬草が少なくなっているみたいです。後は、整腸のものとか……」
「そう、分かったわ。早めに採りに行かないといけないわね。痛み止めの方はどうだったかしら?」
「それは大丈夫みたいです。しばらくは足りるかと」
それを聞いた永琳は、フム……と呟いて口元に拳を当てる。
「てゐ」
そして、近くで薬草を擦り潰しているてゐに声をかける。
「明日辺り、解熱と……そうね、咳止めの薬草を採ってきてくれないかしら」
「え~、私一人で?」
なんだか嫌そうな顔をするてゐ。普段は、鈴仙と二人で採集に行くことが多い。
「部下のイナバ達を使っても良いわ。もうすぐ風邪が流行る季節だから、多めにね」
「まあ、それなら良いけど」
「きちんとあなたも着いていくのよ? イナバ達だけだと正しい薬草がどれか分かりにくいでしょうから」
などと釘を刺すのも忘れない。
永遠亭の薬草畑には、様々な植物が生えている。中には、鎮痛に使う阿片やその他附子(トリカブト)などの他の用途で使うと危険なものもあるので、永琳本人か鈴仙、てゐなどの知識が有る者が一緒に行くのが決まりとなっている。
もっとも危険な薬草は一般のものとは別になっているし、場所も限られた者しか知らないのだが。
一応念のため、である。
永遠亭では一般的な薬剤も勿論使うが、漢方や生薬を使うことも多い。薬草を栽培して自給自足できるというのも大きいが、患者からしてみれば生薬などの方が何となく効きそう、副作用などもないと言うイメージがあるらしい。
病も気からと言うが、治すのにも本人の気持ちというのが大事なのである。
そんな訳で、里に配る薬などは漢方や生薬などが主なのであるが、作る永琳の技術が高いので一般のものよりも良く効くと評判である。
「なら、今度の置き薬の補充には風邪のお薬をいくつか多めに持っていった方が良いですね。師匠の薬は良く効きますから、沢山売れると思いますよ」
鈴仙が、カチャカチャと調合容器を並べながら言う。
「ふふ……そうだと良いけれど。まあ、風邪など引かないのが一番良いのだけれどね」
微笑みながら、応える永琳。
「今調合しているのは……傷薬ですね。そう言えばそろそろ残りが少なくなっていましたっけ」
「そうだよ~。スリスリスリ……っと、はい出来上がり」
横から答えるてゐ。そして擦り潰した薬草を永琳に手渡す。
「置き薬用のものはまだ有るのだけど、診療で使う分のがね。先週は怪我人が多かったから」
渡された薬草を手元のものと混ぜ合わせながら、話す永琳。
置き薬として里に配るものは、長期間保存が利くが効き目が少し低い。診療で使うものは効き目が高いが余り保存には適していない。とそれぞれ違っていたりする。
そんな訳で、診療用のものはこまめに調合しないといけないのだ。
「私も手伝いますね。何をすればいいですか?」
「それならこっちをお願いするわ。私は無くなっていたお塩を作るから」
永琳が今まで立っていた場所を鈴仙に譲る。
「ああ、あの特製の……ですか。あれには驚きましたけど、改めて思い返してみれば、今まで使っていたのってなんだか優しい感じの味だった気も……」
「うふふ、味と健康を両立させた特製ですから。同じしょっぱさを感じるものとして塩化カリウムを使ったのがポイントね。塩味=塩分ではないのよ」
微笑みながら鈴仙に教える永琳。
そして、いくつかの薬品を手にして、精製器具へと向かう。
部屋の片隅に置かれた火鉢と、その上に乗せられた薬缶がシューシューと蒸気を吹く中、調合を続ける三人。
時折会話を交わしながら、穏やかな時が過ぎていく。
そんな時間を過ごしながら、ふと気が付けばもうお昼近く。
永琳が肩を揉みながら、二人に声をかける。
「そろそろ休みましょう。あなた達も疲れたでしょう?」
「え……と、それ程でもないですけど……」
「私は疲れた~」
てゐがペタンと腰を下ろす。
そんな様子を見た永琳。クスリと笑うと、食品用の戸棚から瓶を取り出す。
中身は、永琳特製健康野菜とフルーツのミックスジュースだ。
そのジュースを、いつもコップ代わりにしているビーカーに注いで、二人に渡す。
最初はビーカーで飲むのは流石に抵抗があったものだが、今ではすっかり慣れてしまっている。
このビーカーと言い、時々フラスコでコーヒーやお茶を作ったりしている事と言い、天才と呼ばれる人は何処か人とずれているものなんだなぁと思う二人である。
「残りの調合は薬草を採ってきてからね。今日の所はもう作っておく物もあまりないし、二人とも午後は好きにして良いわ」
柔らかな笑みを浮かべながら告げる永琳。午後は自身の研究や家事などに当てるつもりなのだろう。
さて、そんな訳で暇になってしまった鈴仙とてゐ。研究室を出て廊下を歩きながら、のんびりと会話を交わす。
「鈴仙はこれからどうするの?」
「そうねぇ……。師匠からの宿題が少し残ってるし、それを片づけようかしら?」
「えー、そんなのつまらないよ。遊ぼうよ」
てゐが、鈴仙のスカートを引っ張ってねだる。
「早く知識をいっぱい付けて、少しでも師匠の役に立つようになりたいのよ。まだまだ勉強しなきゃいけないことは沢山有るんだから」
「もう、鈴仙ってば真面目っ子なんだから~」
「てゐだって、兎達のリーダーなんだから、少しはそれらしく仕事したらどう?」
「リーダーはゆっくりどっしりと構えているのが仕事なのよ。それぞれが役割分担してきちんと動いているし、小さい子達はまだ仕事がないから遊んでいればいいしで、私がやることなんて無いもん」
悪戯っぽく笑って、クルリと鈴仙の周りを一回り。
そんな様子を見ながら鈴仙は苦笑すると、ため息をついて手を後ろで組む。
「まあ、診療とか姫様のお世話とかで一番忙しいのが師匠というのがなんともねぇ。ちょっとでも負担を減らしてあげたいんだけど」
庭に面した廊下に出たところで、空を見上げる。
今日も秋晴れの良い天気だった。
庭に目を向けてみれば、数人の小さなイナバ達が鞠を使って遊んでいる。
きゃっきゃという笑い声と共に、手鞠歌が聞こえてくるのが何とも微笑ましい。
「子供は風の子と言うけど、元気ねぇ」
思わず笑みも浮かぶ平和な光景だった。
「あれ? あそこにいるのは姫様だ」
てゐの言葉に廊下の向こうへと目を向けると、イナバ達から少し離れた縁側に輝夜が座って何かをしていた。
そして鈴仙達に気が付くと、チョイチョイト手招きをして二人を呼ぶ。
「姫様、何をしてるんですか?」
「盆栽よ、盆栽。久しぶりに弄ってみようと思ってね」
なるほど。見れば確かに台の上にこぢんまりとした植木が乗っかっている。
「やっぱり盆栽は奥が深いわね~。なかなか極められないわ。今も、この枝をどうしようか悩んでいるところなのだけど……」
鋏を持ちながら腕を組んで、う~んと唸っている輝夜。
「ねえ、あなた達はどう思うかしら?」
急に顔を上げて、こちらに訊いてくる。
「え? ど、どうと言われましても……」
正直鈴仙にとっては、盆栽と言われても小さな木をチョコチョコと切ったりするもの、程度のイメージしかないので、何処をどうすれば良くなるかなどと訊かれても分からない。
「こっちを切って此処をこう揃えればより自然っぽくなると思うよ」
その時、てゐがひょこっと脇から顔を出して、盆栽を指さしながら言う。
「あら、なかなか良いセンスしているわね。フム……それも有りかしらね」
そう言うと輝夜は、てゐが指さした枝をパチンと切って、少し遠目から眺める。
「うん、良いじゃない。そっちのイナバはなかなか盆栽のことが分かっているみたいね」
満足そうに頷くと、こちらを向いて笑顔を見せる輝夜。
「これでも割と長生きしているからね~。それに盆栽はのーみその活性化にも繋がって健康にも良いんだよ」
ムフーと鼻息を漏らしながら、胸を張るてゐ。
そして、鈴仙を置いてけぼりにして盆栽談義に花を咲かせ始める二人。
う~ん、分からない……。私ももう少し歳を取れば盆栽のなんたるかが解るようになるのかしら……。
そう思いつつ盆栽を眺め、さっきとどう違いがあるのかと頭を悩ませる鈴仙である。
――と、その時
「あっ!」
少し離れた所から、何か慌てたような声が聞こえてきた。
次の瞬間、横から飛んできた鞠が、台の上に乗っていた盆栽に当たる。
カシャンッ
落ちて割れる盆栽。
「あら……」
輝夜が、キョトンとしたような声を漏らした。
鞠が飛んできた方に目を向ければ、小さなイナバ達が固まって、呆然とした顔でこちらを見ている。
どうやら、鞠遊びの際に受けるのに失敗してこちらへ鞠を飛ばしてしまったようだ。
見る見るうちにイナバ達の目に涙が溜まっていく。
――怒られる。
そう思って、泣き始めるイナバ達。
「貴方達、ちょっとこっちへいらっしゃい」
輝夜が静かな声で、イナバ達を呼んだ。
ビクッとイナバ達の身体が震える。
そして、怖ず怖ずとこちらへやって来る。
「あの、姫様。あの子達もまだ小さいですし、余りきついことは……」
鈴仙の言葉にも応えることなく、ジッと座してイナバ達を待つ輝夜。
「あ、あの、ひめざまごめんなざい……グスッ……」
そして目の前まで来ると、一人のイナバが前に出て鼻を啜りながら謝り始める。
恐らくこの子が鞠を飛ばしてしまったのだろう。
そして輝夜は、そのイナバに向かって手を出すと――
――ポンと頭の上に置いた。
「鞠遊びをするときは、もう少し周りに気を付けないといけないわよ」
ホワリと表情を弛めて、やれやれと言った顔で声をかける輝夜。
涙をためた目でキョトンと見上げてくる幼いイナバ。
「ほら、こんな事で泣かないの。別に怒っていないわよ。鉢は割れたけど、枝は折れていないようだし植え替えれば大丈夫。だから泣きやみなさい。これあげるから」
そう言うと輝夜は、袖の中から真っ赤に熟れた柿を取り出してイナバに手渡す。
「わぁ……」
綻ぶイナバの顔。
「皆の分もあるから、手を洗って私の部屋に来なさい。遊んで疲れたでしょうし、お腹も空いているでしょう?」
輝夜が言うと、それぞれイナバ達が笑顔を浮かべて駆けだしていく。
そんな後ろ姿を見ながら、クスクスと笑みを漏らす輝夜。
「ふぅ……」
そんな一連の光景を見ていた鈴仙が、大きく息を吐く。
「あら、何?」
輝夜がなんだか悪戯っぽい笑みで、こちらを見上げる。
「え、いや、良かったなぁ……と」
「私が叱るんじゃないかって思った? さっきも言ったけど、この位じゃ別に怒らないわよ。ただ、あの子達が泣き出してしまったから。呼んできちんと私が怒っていないって伝えなくてはいけないと思って」
「そうだったんですか……」
そうよと返事をして、よいしょと輝夜が立ち上がる。
「貴方達、悪いけどこの盆栽を適当な鉢に植え替えて置いてくれないかしら。それが終わったら、貴方達も私の部屋に来なさい」
そう言い残すと、優雅な足取りで廊下を歩いていく。
「姫様って結構小さい子に甘いよね」
てゐが、鈴仙の腰に抱きつきながら言う。
「まあ、子供好き……なのかな?」
あはは、と何とも言えない笑みを浮かべて頷く鈴仙だった。
輝夜は、あまり物事に執着というものを見せることが少ない。
自らが永遠に朽ちぬ身体を持っているからなのか、周りのものはいずれ壊れてしまうもの、と割り切っている面がある。
とは言え、全く物を惜しまないと言うわけでもないのだが、起こってしまった事よりかはこれから起きる事――過去より未来を大事に思っているのは確かだった。
過去のことを引きずらないと言うのは、永い時を生きる輝夜の智慧なのかもしれない。
二人は庭に降りると割れた鉢の欠片を片づけ、土を掃いて、新しい鉢に植木を植え替える。
少々ゆがんでしまった形を全体的に整えてやると、何とか元通りだと思える見た目に仕上げることが出来た。
「さて、姫様に呼ばれていることだし私達も行きましょうか」
手を洗った後、磨かれた廊下を輝夜の部屋に向かってテクテクと歩く。
「失礼します。姫様」
「しつれいしまーす」
声をかけた後、部屋の戸を開けると、中では輝夜と小さなイナバ達が中央辺りに置かれた火鉢の周りに集まって賑やかに談笑していた。
「あら、来たわね」
膝の上にチョコンとイナバを乗せた輝夜が、二人の姿を見て笑みを浮かべる。
「貴方達にもあげるわ。はい」
柿を差し出してきた。
見れば、此処に居るイナバ達全員大事そうに柿を持っている。
「あ、ありがとうございますです」
「おー、美味しそう」
貰った柿をクルクルと回して確かめながら笑顔を浮かべるてゐ。
「八年前に植えた柿が今年ようやく生ったのよ。なかなか良い感じに育ってくれたわ」
ニコニコと輝夜はご満悦だ。
「へぇ、それじゃこれ姫様の柿なんですね」
感心したように柿を見る鈴仙。それとなく高貴な柿に思えてこなくもない。
「ひめさまー、おもちまだ?」
輝夜の膝の上に乗ったイナバが、そんな事を訊いてくる。
「あら、ごめんなさいね。それじゃ焼きましょうか」
輝夜はそう言うと、金網を取り出し火鉢に乗せる。
「お餅、ですか?」
「そうよー。秋の味覚とはちょっと違うけど、まあ、食べたいときに食べたいものを食べるのが一番よね。食欲の秋って言うし」
食欲の秋って言えば、何処ぞの豊穣と紅葉の神様が人里で栗やら芋やらを配っていたなぁなんて事を思い出す鈴仙。
「貴方達も食べて行きなさい。もうお昼だし、偶にはこんな風に食事をとるのも良いでしょう?」
網の上に餅を並べながら輝夜が言う。
ふと見てみれば、文机の上にお皿と醤油やらきな粉やらあんこの乗ったお盆が用意してあった。
いつの間に持ってきたんだろう……。
鈴仙達が植木を片づけている間に用意したのだろうが、それにしても準備が良かった。
「お~、膨らんできた」
いつの間にかてゐが火鉢の横に陣取って餅の焼ける様子を眺めている。
「てゐったら、もう……」
苦笑しつつ、鈴仙も相伴することにする。
程良く焼けたものからそれぞれのお皿へ。ちゃっかりてゐが一番最初に焼けた餅を自分のものにしていたりもしたが、イナバ達は目を輝かせて膨らむ餅を見ている。
各々餅が行き渡ったところで、いただきますと挨拶をして食べ始める。
それぞれ、きな粉やあんこなど思い思いに好きなものを付けて食べているようだ。
「やわらかーい」
「のびる~」
イナバ達もとても楽しそうだ。
てゐは海苔を巻いて、箸を使わず手掴みのまま醤油で食べていた。
鈴仙も少し迷った後、きな粉を付けて食べてみる。
「わ。美味しいですね、このお餅」
「でしょう? この間の例月祭でついたお餅を私の力で保存していたのよ。だからほとんどつきたてと同じよ」
ニッコリ。輝夜が得意げに微笑む。
「ひめさまおかわり~」
「おかわり~」
イナバ達がお皿を差し出す。
「はいはい。貴方達、急いで食べてお餅を喉に詰まらせないようにしなさいよ」
口元に付いていたあんこを指で拭ってあげながら、笑う輝夜。
「ひめさまのおもち、やわらかくておいしいからすき~」
それに応えて、ニパッと笑うイナバ達。
「あらあら、嬉しいことを言ってくれるわね。でも、貴方達のほっぺたも柔らかくってお餅みたいよ。そのまま食べちゃおうかしら?」
輝夜がムニムニとほっぺたを摘みながら言うと、きゃっきゃと声を上げて笑うイナバ達。
う~ん、こういう和やかな光景って良いなぁ。
餅の美味しさと微笑ましさに思わず緩む頬を押さえながら、穏やかな時間を過ごす鈴仙だった。
ちなみに、てゐがさっさと一人で餅を焼いてパクパクと口に詰め込んでいたのは、余談。
「みんな沢山食べたわね~」
餅を食べ終わり、お腹を撫でながら輝夜が皆を見回して言う。
「そうですね~。ちょっと食べ過ぎちゃったかも」
「満腹満腹」
フゥッと息を吐く鈴仙と、満足そうなてゐ。
ふと見ると、お腹が膨れて眠くなったのか、イナバ達がショボショボと目を擦りながらあくびをしている。
「ん~、そうねぇ。どうせだからこのままお昼寝にしちゃいましょうか」
フフッと笑みを漏らして、輝夜が言う。
「そっちのイナバ二人も付き合いなさい」
そして鈴仙とてゐを見る。
「えっと、私は午後は師匠の宿題を……」
「はいはい、そんなのは後々。大人しく午睡を貪りなさい」
鈴仙の言葉に耳を貸さず、腕を持って自分の方へと引っ張る輝夜。
「うーん、良いのかなぁ」
「良いの良いの。あなたはちょっと真面目すぎるのよ」
言われるままに、ペタンと畳に横になる。
「食べた後すぐ横になるのはあんまり健康に良くないんだけどね~」
そう言いつつも、てゐも昼寝に付き合うことにしたようだ。
輝夜にピタッとくっついて眠るイナバ達。なんだか暖かそうだ。
それを見たてゐが、鈴仙の上に乗っかってくる。
「ん、何?」
「鈴仙布団~」
そんな事を言いながら、胸元に頬を擦り付けるてゐ。
「こうした方が暖かいでしょ」
「私はちょっと苦しいんだけど……」
「気にしない気にしない」
やれやれとため息をつく鈴仙。
しばらく時が経つと、いくつもの寝息が部屋の中に流れ始める。
やがて永琳がやってきて、部屋の中の様子を見ると、クスッと笑みを浮かべて静かに部屋の戸を閉める。
世はおしなべて事も無し。
そんな、永遠亭の一日。
――後日の余談。
「うどんげが履いている毛糸のパンツ、私も作ってみたのだけど、意外と暖かいわね」
「私も永琳に頼んで作ってもらったわ」
ニッコリと笑ってそんな事を鈴仙に告げる永琳と輝夜。
「てゐ~~~っ! 喋ったわねーーーっ!」
「ウサ~~~~」
その後、永遠亭で毛糸のパンツが流行ったとか流行らなかったとか……。
編み物は永琳より姫様の方が得意なイメージあるな、なんか。
てゐの耳をもちもちしたい? 今ならたったの20万円でてゐの耳を触れる権利書が手に入るウサ。
なんてことはない日常なのかもしれないけれど
皆が楽しく笑って過ごしていて、それがとても面白かったです。
鈴仙とてゐのスキンシップなども楽しそうだねという感じで
笑みを浮かべながら読んでいました。
面白いお話でした。
ただ1つ言いたい。
イナバ代わってくれぇ!
こういう空気を作り出すのは非常に難しいと思います。作者様は凄いですね。
そして最初から最後までとても綺麗でした。ほんわかさせていただきました。
良い作品をありがとうございます。
姫様のカリスマがハンパないですね!
beautiful
和ませて頂きました
他の面々もとっても良かったです。