紀元前6500万年
「ヒャッホウ! ティラノサウルスの孵化シーン激写ッ!!」
意気揚々とシャッターを切る娘、名をハタテェといった。
「これで今大会の優勝は私のものね」
ホクホク顔でその場を立ち去ろうとするハタテェの背後、超高速で何かが飛来した。
「甘っ───」
飛来したそれは何か言葉を発しようとし、地面にめり込んだ。
「……ぶはっ!!」
しばらく犬神家をしていたそれは、やっとのことで頭を引き抜くと鼻息荒く叫ぶ。
「甘いですねハタテェ!!」
びしぃっと指を向けてきた娘はハタテェと似た格好をした見た目10代くらいの女の子だった。 名はアヤァ。
「誰かと思えば……でたわね捏造記者」
「しゃーらっぷ!!」
タップダンスを踊りながらアヤァは懐からおもむろに石器を取り出した。
「その程度で大会優勝宣言とは片腹痛いですねっ」
その石器は彼女達が使うカメラァという道具である。
箱状の石に突起が付いており、これを構えながら対象に向かって突起(シャッタァーという)を押すことでその映像を頭の中に鮮明に記憶することができる。 アヤァのものは大きめだが性能がよく、連射がきかないが、ハタテェのものは連射ができるが性能がいまひとつである。 という脳内設定があるただの石である。
「私はオオグンタマの貴重な産卵シーンをゲットしましたYO!!」
「なっ……」
野生のオオグンタマの貴重な産卵シーン。
ヒョギフ・ダイ・トーリョの産卵シーンに次ぐ貴重な産卵シーンである。
「か……勝てないっ……」
膝が笑い、戦慄が全身を駆け巡る。
もう少しで失神しそうになるところを、気力でカバーする。
「み……認めないわよ、アヤァ、確かにあんたの被写体がいいのは認めてるけど、そればっかりは信じられないわね」
「……ふふ」
必死に言い返そうとするハタテェを見ると、アヤァはまるで予想済みだといった様子でほくそ笑んだ。
「ならば見に来てみるといいですよ、ええ」
「も、もちろんよ」
言うや否や、二人は大地を飛び立つ。
見渡す限りの高原。 空にプテラノドン。
そこには人一人がめり込んだ後の穴のだけが残った。
ティラノサウルスの卵があった場所だった。
───────────
「さぁ、目ん玉かっぽじってよく見ることね!!」
「こ、これはっ!!」
連れられた先はとある洞窟。
そこには所狭しと壁画が描かれており、確かにオオグンタマの姿も確認することができた。
彼女達はカメラァで収めた脳内イメージをこうして壁画にする。
現代で学者達を唸らせている洞窟壁画の7割以上は彼女達の子孫によるものなのだ。
「な、なんてこと……」
決して人前で産卵することのないというオオグンタマの貴重な産卵シーン、この壁画はそれを見ないと到底描けないだろう。
それほどまでに完成度が高く、精密に描かれていた。
「さ、これでわかりましたか? 所詮普段引きこもって楽ばっかやってた者とは違うんですよ」
「うー……」
天狗よろしく鼻高々といった様子で勝ち誇っているアヤァ。
そんなアヤァに対し、涙目になりつつもハタテェは言った。
「これはまだシンブゥンにしてないのよね……」
「ん? ええ、今から掘るところですが」
シンブゥン、それは彼女達のライフワーク。
適当な石版を見繕い、文字を彫る。
描いた壁画と記事である石版を合わせてシンブゥンと言い、その大会が彼女達天狗の間で行われているのだ。
アヤァ291世が作ったシンブゥン記事である石版が、あのロゼッタストーンであることはあまりにも有名である。
「この被写体、私が貰い受けたっ!! 先に記事にして私のものにしてやるわ」
「なっ……」
アヤァは叫ぶ。
「そ、そんなことが許されるわけないでしょう! 恥を知りなさいこの三文記者!!」
「私はっ!! どうしても貴女を超えないといけないのよ……その為には鬼にだってなるわ」
「鬼になるんですか」
「やっぱ鬼はヤだわ」
「……どうしても、盗作すると言うのですね?」
これが最期の忠告だと言うように、アヤァは問う。
それに対するハタテェはもちろんといった風に目で頷いた。
「殺してでも うばいとる」
「よかろう、ならば料理バトルだ」
───────────
透き通るような青い空。
青空教室ならぬ青空調理スペースでの料理バトルが今、幕を開けた。
道具は全て自作、火起こし機や鍋などは全て自ら調達しなければならないハードなバトル。
審査員は中立的な立場である彼女達の友人、イヌバ・尻・モミィが選ばれたぁ!!
「帰っていいですか?」
ステゴザウルス狩りをしていたモミィは突然一筋の風に誘拐された。
余りの速さに途中で気を失い、起こされてから今に到る。
「途中退場、ダメ、絶対」
「観念しなさい」
モミィは思った。 確かに私は腹が減っている、だからこそ狩りをしていた。
しかし、だからといってこの二人の作る得体の知れないものを食べるのは違うんじゃないかと。
『逆』じゃあないか? どうして、ここから無事に帰れるのなら、『下痢腹かかえて公衆トイレ捜しているほうがズッと幸せ』って願わなくっちゃならないんだ……? ちがうんじゃあないか?
と。
モミィのそんな思いを他所に、勝負は開始された。(司会・進行はモミィでお伝えいたします)
「うぉぉぉぉぉ!!」
「おおっとこれはぁ! アヤァさん速い、超速い動きで飛び回り始めたぞぉ」
(食材は渡しませんよっ!!)
アヤァは高速で飛び回るとまずは卵を集めだした。
恐竜が盗まれたと気付くこともできないほどの速度で、次々に集められる卵。
あまりの速さで集めるため、運ぶ途中でいくつかの卵が風圧に耐え切れず爆散した。
「いい気味だわ、卵だけに」
対するハタテェ、こちらは森から出てくると何やら大量の植物を持っていた。
「時代は健康ブーム、天狗の間では野菜が大人気よ!!」
「や、私は肉大好きですけど」
「…………」
「…………」
「大人気よ!!」
物凄い勢いで野菜を大地に植え、ハタテェは飛び去った。
───────────
「「できた!!」」
ほぼ同時に声を上げる二人。
結局あれから3時間かかった料理バトルもようやく終わりの時が近づいてきた。
既にモミィの腹の虫は臨界点突破しており、虫の息である。 虫だけに。
(ふむ……アヤァさんの食材は卵に恐竜のロース肉、それに味付けの木の実の類ですか……対するハタテェさんはキノコ類を中心に穀物のようなものが見えますね)
たとえ死に掛けてもそこは根性で冷静な分析をする。
ただでさえ面倒臭いこの茶番、中途半端なことをしてやり直しなどになれば目も当てられない。
「ではお二人さん、料理の名前と共にこちらへどうぞ」
モミィの言葉により、二人は料理の乗った葉っぱを持ってくる。 この時代に皿なんてない。
「私特性、野菜サラダですよ!!」
「プテラノドンの丸焼きっ!!」
「なんでやあああああああああ!!」
おかしいやろ、ちゃうやろ、なんで野菜サラダやねん、お前野菜とかないやんけと、卵はどうしたねん、盗まれた恐竜さん可愛そうやん、割れた卵さん可愛そうやん?
特に紫リボン、おま、何やねんそれ、プテラノドンの丸焼きとかふざけてンのかと、おまそれ、料理ちゃうやろと。
関西がない時代なのに思わず関西弁になってしまうモミィ、しかしその思考とは裏腹に、彼女の手と口は既に動いていた。
悲しきかな、生存本能としての食欲はツッコミを超越した。
「こ……これは!!」
この時モミィに、電流走る。
「洗礼された味わいだが癖がなく、食べやすい。 しかし決して平凡ではなく、いや、むしろ深みさえある……これは一体…………ハッ」
にや、とアヤァは口を吊り上げた。
「そう、卵」
「卵!! そう、卵だ、これは生卵をドレッシングとして使っている、そしてトリケラトプスのロース、これが中に埋まっているとは意外や意外、前菜で軽く野菜を食した後、さっぱりした口の中にこの脂身がたまらなく美味い!!」
瞬く間に完食したモミィを確認し、アヤァは勝ち誇る。
「さぁどうですか、ハタテェ、まだやりますか?」
「…………った」
「……た?」
「勝ったわ! この勝負、私の勝ちね!!」
「なにを馬鹿な……」
「んぁぁぁ!!」
発せられる奇声、二人が振り返るとモミィはトリケラトプスに噛り付いていた。
「審査だからと一応食べてみましたが、ここ、これはぁ!!」
一心不乱に齧り付くモミィ、その姿は明らかに己を見失っており、その頭には食べるということしか埋まっていなかった。
「ティラノサウルスにも劣るとも勝らない歯ごたえながら、硬すぎず、かつ味がすごい!! 噛めば噛むほど味が変わり、その全てが最上級、これは一体……」
「野菜よ」
「やさ……そ、そうか!!」
「ど、どういうことなの……」
「アヤァさん、食べてみてください」
「こ、これは!!」
「そう、野菜」
ハタテェは語り出した。
「私はそれをハーブと命名したわ、くせがあるけど肉の嫌な匂いを抜いてくれ、柔らかくもする。 そして肉に詰めたキノコと穀物が触感を際立たせる」
「お肉と野菜の協奏曲やー!!」
叫ぶモミィはやがて丸焼きも完食し、その場に倒れこんだ。
「もう食べられましぇん……」
「ほら、ベタな寝言みたいなこと言ってないで」
「審査を言いなさいよ」
モミィは悩む。 いや、正確には悩むフリをした。
数分間それは続いただろうか。 彼女は腕を組み閉じていた目を開けると、言った。
「勝者は───────」
───────────
あれからどれくらいの時が過ぎただろうか。
相変わらず外は寒く、出ることは叶わない。
ハタテェは一人、洞窟で震えていた。
「懐かしい思い出ね……」
気が遠くなるほどの昔、三人で遊んでいた頃の最期の記憶。
あの時、モミィが宣言しようとしたその瞬間、空は燃え、轟音が響き、大地が震えた。
ただ事ではないことは誰の目にみても明らかで、しかし事態を把握する前に襲ってきた衝撃波に私達は飲まれた。
気が付くとこの洞窟にいた。
外は白くて冷たい粉で覆われており、恐竜が全て死んでいた。
最初こそ寒さを我慢して飛び回ってみたが、結局二人は見つからなかった。
白い粉のせいで地形が大きくかわっており、どこがどこだかもわからないのだ。
「アヤァ……モミィ……」
ハタテェは一人、洞窟に壁画を描く。
カメラァで撮影した記憶を頼りに、二人を描く。
「会いたい……」
罵られてもいい、もう一度彼女、アヤァに自分の作品を見てもらいたかった。
そしていつものように言って欲しかった、下手糞、と。
隕石衝突の犠牲になったのだ
あと椛のフルネームが酷すぎる!!
きみょうでおもしろく、そしてせつない…。
あと誤字報告
見た目10台くらいの
↓
見た目10代くらいの
……ホント、どうして、こう、なっ……(涙
修正完了でござる
多謝
もし当時の本人たちだとしたら、天狗少女たち長生きすぎだろw
かなすわもびっくりだよ。
また再会えて、よかったね。(解釈違ってたら寸摩損)