Coolier - 新生・東方創想話

徹底追跡! 蟲姫の謎に、狸が迫る!

2012/02/19 22:16:21
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 美学などという、大仰なものを振りかざすつもりは、マミゾウには無い。
 ただ、生き様があるだけだ。彼女なりの、曲げられぬ思いがある。妥協できない一線というものがある。
 数多の人間を化かしてきた。
 数多の妖怪を化かしてきた。
 時には失敗もあったが、手を抜いたことなど一度も無い。
 別に、必ずしも敵意があってのことでは無い。事実マミゾウは、人間や妖怪を助けたこともある。さすがに化かした数には届かぬだろうが、それでも数えきれないほどには助けてきた。
 矛盾などしていない。
 難しい話ではない。
 マミゾウは、生き様を曲げたことなど一度も無い、ただそれだけのこと。
 だから、そう。
 これはそんな化け狸と、幻想郷の蟲たちの。
 それぞれの、在るがままの生き様の話だ。



 /1



 朝の陽ざしの暖かさを頬に感じながら、二ッ岩マミゾウはベッドの中で、布団にくるまってじっとしていた。
 こんな林の中の家でも、太陽の暖かさはちゃんと届くものらしい。その暖かさを、マミゾウは存分に享受していた。

「うぅん。極楽極楽……♪」

 間違いなく布団の中である。別に、極上の温泉に浸かっているわけではない。
 だがマミゾウは、それに勝るとも劣らない至福のひと時を過ごしていた。
 現在、暦は春。桜の花はとうに散り、本格的に新緑が自然を覆い始める季節。
 だがそれでも、まだまだ朝方は冷え込むのだ。もうちょっと布団から出ずにじっとしていたいという衝動は、いかんともしがたいものがある。慣れないベッドには少しだけ違和感を感じるが、寝苦しくなるほどでも無い。
 春眠暁を覚えず――昔の人は上手いことを言ったものじゃのう。
 などと、自分の実年齢など棚の上に放り投げて、マミゾウは布団の暖かさを堪能する。

「それに、普段ならこんなにお寝坊はできんしのう。ちょっとくらいのんびりしても、バチは当たるまいて」

 とまあ、天津神の罰など恐れたことも無いくせに、よく言ったものである。
 そう、天の神など怖くは無い。そんなものより、響子のよく響く大声の挨拶のほうが、マミゾウの安眠にとってはよほど脅威と言える。命蓮寺の朝は早いのだ、おちおち寝坊もしていられない。
 だが、この布団の中までは、響子の声は届かない。
 当然だ。ここは、命蓮寺ではない。

「それに、くふふ……こうも可愛らしい寝顔を見せられては、飽きずに見ていたいと思うのも、しょうがあるまいて」

 そう。布団が暖かいのは、マミゾウの体温だけによるものではない。
 もう一つ、布団の中には体温があった。
 マミゾウの間近で、まだ目を覚ますことなく、穏やかに眠り続ける少女。
 少女が目を覚まさないのをいいことに、マミゾウは少女をじっくりと観察した。
 普段は少年のような服装をしているし、改めて見てみても化粧っ気も無く 髪も短く切りそろえられている。
 しかし、よくよく見れば、確かに少女であることがよくわかる。
 血色の良い肌はいかにも瑞々しそうであり、もし触れてみたなら極上の柔らかさと温もりを堪能できるだろう。寝顔をよく見れば、まつ毛が少し長く、頬はふっくらとして赤く色づいており、ぷくりとふくらんだ唇はこれまた柔らかそうな薄紅色をしている。やや中性的ながらも整った顔だちは、まだまだ幼さを残しており、眠っているとさらにその幼さが際立って見える。
 少女じゃのう、とマミゾウは納得し。
 いや、美少女じゃのう、とマミゾウは思い直す。

「惜しむらくは、本人の言動がちと子どもっぽいことか……おっと」

 と、勝手な独り言をつぶやいていると、その少女がようやく動き出した。
 うぅん、とまだ眠そうな声を上げて、ぴくぴくと目蓋を動かし、ゆっくりと目を開ける。
 少女から見たら、起きたらいきなり目の前に、マミゾウの顔が飛び込んでくることになる。
 最初、同じ布団の中なので近すぎて焦点が合わなかったのだろう。まだ眠そうな目をこすりながら、何度かまばたき。
 もう一度、改めて見る。
 何も変わらぬマミゾウの顔が、そこにある。

「ふぇ?」
「おはよう。今日は良い天気じゃぞ」

 少女の気の抜けた声に、マミゾウが挨拶を返す。少女に、その挨拶が届いたかどうか。

「ふぇ、え、え、え、えええええええぇぇーーーー!?」

 ようやく、本当に目が覚めたらしい。大慌てで距離を取ろうとして、慌てすぎてベッドから転がり落ちる。どっすんごろごろ。だがそれでも足りないとばかりに、少女は転がりながら遠ざかり、部屋の壁に背中をつけてようやく動きを止めた。
 マミゾウのほうを見る。
 そこでようやく、マミゾウも体を起こした。布団にくるまったまま、もぞり、とベッドの上に座る格好になる。

「朝から騒がしいのう。おぬし、起き抜けに奇声を上げる趣味があるのか。女の子としてそれはよろしくないのう」
「え、だ、だ、だってだって……! なんで!?」
「なんで、とは?」
「なんで、マミゾウが家にいるの!? そんな、伝説の大妖怪が、なんで私の家に、同じ布団に!?」

 どうやら、少女には身に覚えが無いらしい。

「なんで、とはご挨拶じゃのう、リグルよ。本当に憶えておらんのか?」
「え、え、え?」
「おぬしをここまで運んだのは儂じゃ。おぬし、昨日はずいぶん飲んでおったからのう。酒に慣れておらなんだのか?」
「え、いや。そんなことはない……けど」

 マミゾウの説明を受けて、ようやく少女――リグル・ナイトバグも落ち着いてきたらしい。ううん、と唸って、昨日寝る前のことを思い出そうとする。本当に、昨晩の記憶が飛んでいるらしい。

「宴会ではしゃぐのはわかるが、度を越して飲むのは感心せんな。酒は飲めども飲まれるな。呑兵衛の多い幻想郷では基本中の基本じゃろうて」
「あ、はい、ごめんなさい……ああそうだ、私、宴会に行ったんだ、ええとそれで……」
「儂に謝る筋合いは無い。自分で気をつけろ、という話じゃ」
「でも、ここまで運んでくれたのはマミゾウでしょ? 迷惑だったんじゃ……」
「なに、それは構わんさ。物のついでじゃったからな」
「え、ついで?」

 ここまで話して、ようやくリグルも気づいたらしい。
 今の説明は、リグルの記憶が飛んでいる理由にはなっていても、マミゾウがここにいる理由にはなっていない。

「え、じゃあマミゾウはなんでここにいるの?」
「うむ、それじゃ」

 昨晩にも話したのだが、覚えていないのでは仕方無い。
 マミゾウは、もう一度説明した。

「今日から、おぬしの家に厄介になろうと思ってな」
「…………はい?」
「うむ。事の起こりは、昨日の宴会のことじゃ。おぬしと初めて会った、あの宴会じゃ……」



 /



 昨日の宴会の趣旨は、マミゾウの歓迎会という名目だった。
 とは言え、それがもはやただの口実に過ぎないことは、マミゾウ自身もよくわかっていた。幻想郷に来てからというもの、既にマミゾウが宴会に参加するのは4回目になる。それぞれの口実の内訳は、マミゾウの歓迎会、神子を始めとした大祀廟の面々の歓迎会、桜が散りごろなので今年最後の花見、といった具合である。今年最後の花見などと、ほとんど散り終わった桜を見るものなどほとんどいなかったではないか。ただ口実をつけて酒を飲み、騒ぎたいだけであった。
 ちなみにマミゾウの歓迎会だけで数えれば二回目である。どういうことか、と主催の魔理沙に一応は聞いてみたところ、「前の宴会は命蓮寺の連中の歓迎会だっただろ。今回は博麗神社で、幻想郷をあげての宴会だぜ」とのことだった。その命蓮寺での内輪でやるはずだった最初の宴会に、大人数を連れて押しかけてきたのは他ならぬ魔理沙である。
 ともあれ、マミゾウとて大妖怪である。宴会を嫌おうはずも無い。それに、マミゾウはマミゾウで、宴会に参加したい別の理由があった。

「友達百人できるかな、ってところじゃな」

 別に友達が少なくて寂しい、などと言いたいわけではない。
 そうではなくマミゾウは元々、人と妖怪、妖怪と妖怪の縁を大事に思う妖怪なのだった。
 それゆえ、幻想郷に来てから日が浅いマミゾウにとって、他の人妖と触れ合える機会を作ってもらえるのは有難かった。宴会はその最たるもの、まだ見ぬ妖怪と知り合う好機である。
 これは、個人主義の多い妖怪にしては珍しい考え方である。まして、マミゾウは大妖怪。変わり者の多い妖怪の中でも、また方向性の違う変わり者と言えた。

「そんなわけで宴会が始まったわけじゃ」

 幻想郷の面々にとっては見慣れた光景でも、マミゾウの目からはいまだ物珍しく見える光景が繰り広げられる。
 何しろ、子供のような妖精から大妖怪まで、鬼も天人も神様も関係なく、幻想上の面々がわんさと集まり、飲めや歌えの大騒ぎである。しかも宴会の場所は、よりにもよって神社である。
 マミゾウとて、外の世界で妖怪の宴会に参加したことが無いわけではない。狸妖怪の集会にも何度も参加した。だが、幻想郷の宴会は、色々な意味で比べものにならない。

「やはり華があるというのは良いものでな。儂も、ついついはしゃいでしまったわ」

 こういう時こそ、マミゾウの能力は役に立つ。
 化けさせる程度の能力は、宴会芸には持って来いなのだ。
 しかも、名目上はマミゾウの歓迎会である。マミゾウ本人がやる気なら、宴会に参加している連中も、そらやれすぐやれとはしゃぎだす。
 マミゾウは、変化の力を惜しみなく披露した。
 あっという間に、神社を犬猫が埋め尽くす。そんじょそこらの犬と猫ではない。種類も実に様々で、ドーベルマンからチャウチャウまで、三毛猫からシャム猫まで、実に多種多様であった。
「うわあ可愛い」「なんだこれすげぇ」「多すぎでしょ狭いわ」などなど、勝手な感想が口々に飛び交う。そうなればやはりマミゾウも悪い気はしない、さらにサービス精神を発揮する。
 犬が、それぞれ姿を変えた。ウサギ、猿、ペンギン、キリン。
 猫が、それぞれ姿を変えた。虎、ニワトリ、ヤギ、そして狸。
 その後も次から次へと変化術は披露された。次から次へと、動物を別の動物へと変化させた。特に年若い人妖には好評で、特に陽気な妖精たちは、大型の動物の背中に飛び乗ったり、小型の動物を抱きかかえたりと、大はしゃぎだった。
 そんな年若い妖怪の中に。
 リグル・ナイトバグもいたのだ。

「おぬしが憶えておらんでもな。儂はよく憶えておる」

 妖怪としてはまだまだ幼いリグルから見れば、マミゾウは遥か格上の妖怪だ。それでも恐れず近づいてきたのは、幼いゆえの無防備であり、また、幻想郷ゆえの垣根の無さでもある。
 マミゾウとて、それで機嫌を損ねるほど狭量では無い。逆に、面倒見が良い狸である。
 マミゾウは語る。
 その時のリグルは、尊敬と憧れの目で自分を見ていた、と。
 大妖怪の力量を信じて疑わない、純粋無垢な目をしていた、と。
 だから。
 マミゾウにとってそれは、痛恨の一撃となった。

「ああ、おぬしは言った。確かに、こう言ったんじゃ」

 リグル・ナイトバグ曰く。
「お願い、マミゾウ。今度は蟲に化けさせてみせてよ」
 それに答えて、二ッ岩マミゾウ曰く。
「ほっほっほ、お安い御用じゃ」
 マミゾウは気前良く頷いた。リグルの目の前に動物たちを集め、様々な蟲に変化させて見せたのだ。
 そしてマミゾウは敗北した。



 /



「というわけで、儂はおぬしの家に厄介になることになったのじゃ」
「どういうこと!?」

 話についていけず、リグルが目を丸くする。リグルには、なぜそれがマミゾウの敗北になるのかわからないのだろう。
 はっきり答えを言うしかないか、とマミゾウは嘆息する。自分の敗北を解説するのは、とても情けない気分になるものだ。相手が、自分に尊敬の目を向けていればなおさらである。

「つまり、儂の変化は……きっと、何かが足りんかったんじゃろう」
「え……?」
「確かに、蟲に化けさせる変化は、普段はあまり使わぬ。しかし、それでも儂は腕に覚えがあった。だから、おぬしの前で蝶や蛍、他にもいろいろな蟲への変化をやって見せたのじゃ」

 リグルには悪気は無かった。少なくとも、マミゾウはそれを誰よりもわかっている。
 ただ、自分よりも格上の妖怪の力を見られると、ただそれを期待していただけだろう。自分の眷属への変化を見て、もっと楽しみたかっただけだっただろう。
 そして――マミゾウの変化で出現した蟲を見て。
 リグルは。

「まあ、なんじゃな。おぬしは喜んでくれたよ」
「うん、たぶん喜んだと思う……けど」
「憶えておらんのじゃな? 無理も無いがの、あれだけ飲んで騒いでおればな」
「ご、ごめんなさい」
「儂に謝る筋合いではないな。次からは自分で、飲む量には気を使うことじゃ」

 そう。憶えていないという、そのこともまた屈辱である。
 あの時リグルは、真っ先にお礼を言った。「ありがとう、マミゾウ」と。
 その顔には、心からの感謝と、幾ばくかの喜びがあった。
 その感謝は、嘘では無い。その喜びは、嘘では無い。
 それでも、マミゾウは思ってしまった。
 違う。
 こうではない。
 本当にマミゾウの変化が、上手くいっていたなら。
 この幼い蟲の妖怪を、本当に喜ばせることができたなら。
 この子の反応は、こうではなかったはずだと―― 

「……まあ、憶えておらんならそれで良い。ともかく、儂は納得行かなかった」
「ふうん?」

 その時のリグルの具体的な反応については、マミゾウは、あえて語らなかった。
 リグルは悪くないのだ。ただ素直に、礼儀正しく、マミゾウと宴会を楽しんでいただけである。
 憶えていないというなら、それでいい。蒸し返して責めるつもりなど毛頭無いし、変に気に病まれて謝られても困るだけだ。マミゾウが望むのは、そんなことではない。

「おぬしが喜んでいたのは確かじゃよ。おぬしは素直な性質であるし、言葉にも態度にも嘘は無かった」
「そりゃあ、マミゾウみたいな大妖怪に嘘ついたって、すぐ見抜かれるだろうし。それに嘘をつく理由も無いと思うんだけど」
「まあのう。だからこれは、儂個人のこだわりに過ぎん……儂が納得行かなかった、言ってしまうと、それだけじゃ」

 ああ情けない、とマミゾウは思う。自分はいつから、ここまで思い上がっていたのかと。
 思えば、大昔はほんの小さな、ただの子狸に過ぎなかった。大自然の中で生き延び、他の化け狸と触れ合ううちに、自然に変化の力を身に着けた。
 変化の力も、最初はなかなか様にならなかったものだ。人間を化かそうとしてもすぐに見破られた、それが悔しかったからムキになって練習を繰り返した。
 人間に化けるために人間を観察し、犬に化けるために犬を観察し、猫に化けるために猫を観察した。その他、様々な動物たちを観察し、その生き様の何たるかを、学んできたつもりだった。
 化かせぬものなど無い、いつしかそう思うようになっていた。
 自分の変化はもはや敵無しである、半ば本気でそう思っていた。
 だから。
 今回の敗北は、そんな傲慢な自分への戒めでもあった。

「だから、おぬしの家に厄介になることになった、というわけじゃ」
「はい飛んだ、また話が飛んだ! 何がどうして、変化の能力が私の家に泊まることに繋がるの?」

 知れたことよ、とマミゾウは不敵に笑う。
 一人前の妖怪たるもの、こうと決めてしまえば強くあらねばならない。マミゾウにとっては、それは当たり前のことだった。

「蟲の統率者たるおぬしのところで、蟲のことを見せてほしい、教えてほしいと言っておるのじゃ。眷属について知りたいなら、その長の元に身を寄せるのが一番手っ取り早いからのう」
「わ、私の意思は!?」
「別に断ってもいいさ。じゃが儂は諦めんぞ? 何度でもおぬしのところに通いつめ、何としても首を縦に振らせてみせよう」
「地味に脅迫じゃないのそれ!? なんでマミゾウみたいな大妖怪にストーカーまがいのことをされなきゃならないの!?」

 リグルが慌てふためくのも無理は無い。本来であればリグルとマミゾウは、比べることさえおこがましいほど、妖怪としての格差が歴然としている。
 そんなマミゾウと一緒に寝食を共にするとなると、リグルにしてみれば、かしこまってしまって気が安まる暇も無くなってしまうだろう。

「……そんなに嫌か?」
「え?」

 だがマミゾウはすでに、リグルの性格をだいたい把握してしまっている。
 伊達に化かし慣れているわけではない。観察眼には自信があるのだ。

「うむ。正直……そこまで嫌がられるとは、思っとらなんだからな。ちょっとばかし、そう、しょっく、というやつかも知れん」
「あ、いや、その、別にマミゾウが嫌いってわけじゃなくて」
「いや……儂も、ちょっと調子に乗っておったな。おぬしみたいなピチピチの若い子にとって、儂みたいなおばあちゃん妖怪は邪魔なだけ、考えてみれば当たり前じゃ……ぐす、わかっておったはずなんじゃがな」
「そ、そんなこと無いよ! マミゾウだって女の子だよ! 私なんかよりずっと美人だし!」

 そら見たことか。ちょっと引いてみたら、あっさり態度を軟化させた。
 蟲の王と聞いているのだが、その割には性格は気弱で、優しすぎるように思える。ある意味、これほど化かし甲斐の無い相手もいない。

「うう、儂はやっぱり少女の輪の中に入っちゃいかんのかのう? 寺の隅っこで、じめじめと茶をすすってるのが似合っておるのかのう……?」
「だ、大丈夫だよ、まだまだ現役! マミゾウは私と同じ少女だよ!」
「本当か? 儂は、おぬしと一緒におってもいいんじゃな?」
「当たり前じゃない、同じ妖怪なんだもの! 一緒にいるのは当たり前だよ!」
「そうか。なら今日から、次の宴会の日までよろしく頼むぞ?」
「お安い御用よ! 私の家でいいなら、喜んで貸してあげる、わ……?」

 ここまで来て、ようやくリグルも、自分とマミゾウの会話が何かおかしいことに気が付いたらしい。
 だがもう遅い。とっくに、マミゾウのペースで話は進んでしまっているのである。

「いやぁ、良かった良かった、一安心じゃ。実際、断られたらちょっと面倒くさいな、と思っておったところだったんじゃ」
「え、え? 私、今、あれ?」
「さすが蟲の王じゃな、話がわかる。うむうむ、やはり眷属の長たるもの、こうでなくてはのう。見上げた器の大きさじゃ」
「そ、そう? えへへ、いやぁそれほどでも」
「よし、そうと決まれば朝飯にするか。せっかくじゃ、今朝は儂が作ってやろう。台所を借りるぞ?」
「あ、うん、それじゃあお願いしようかな。あ、エプロンは台所の隅っこに吊るしてあるからー」

 了解じゃー、と言い残し、マミゾウは台所に向かった。「あれ、なんでこうなったんだっけ?」と首を傾げるリグルを待たせて、朝食を作りに取りかかる。
 さて、紆余曲折あったものの、ちょっとした新生活の幕開けである。
 快く迎え入れてくれた家主のために、ここは一つ、美味しい朝食を作ってあげよう。基本的にマミゾウは、受けた恩義には厚く報いる性格なのだった。



 /2



 ――皆よ、時は来た。これより、約束されし聖戦へと羽ばたこう
 敵は傍若無人、悪逆非道の妖怪退治屋、紅白の巫女。
 度重なる暴虐によって、被害を受けた妖怪、妖精は星の数さえ上回る、
 おのれにっくき人間め、もはやその所業、看過は出来ぬ。
 我ら、選ばれし七人の勇者によって、ついに大願は果たされるのだ。
 進め! 敵の戦力は甚大なれど、付け入る隙はいくらでもある!
 作戦成功の暁には、皆で奪ったお茶菓子を山分けしようではないか――!



「ええい、揃いも揃ってちょこまかと、いい加減にしなさい! 霊符「夢想封印 散」!!」

 ぎゃああああああーーーー!!
 博麗神社の境内に、妖怪たちの悲鳴が響く。



 /



「負けたー!」
「惜しかったのに、あと数センチの差だったのにー!」
「お茶菓子欲しかったー! 悔しい―!」

 負け犬どもの遠吠えが、森の中でよく響く。
 ここは博麗神社の裏手にある森、幻想郷と外の世界の境界としての機能を持った森である。
 人にとっても妖精や妖怪にとっても居心地が良さそうな森の中に、七人が――正確には、姿が見えにくくなっているマミゾウを含めての八人が集まっていた。

「はぁ、はぁ……ち、ちょっと休憩させて……」
「何よリグル、あのくらいで情けない」
「みんなが逃げるための囮になってやったってのに、その言いぐさは無いじゃない……」

 その七人の輪の中で、リグルはへたり込んでいた。
 最後まで神社に残り、霊夢の弾幕を引き付けていたのはリグルだった。
 もっとも、別にリグルが志願したわけではない。単に、一人だけ逃げ遅れただけである。

「ほっほっほ。良い、実に良いのう。やはり妖怪というのは、人間に悪戯をしてなんぼじゃな」

 と、一人満足につぶやく声が、リグルの耳元に届く。こっそり、リグルがその耳元に視線を向けた。周りには聞こえないよう、小声で返事を返す。

「な、なんか嬉しそうだね、マミゾウ」
「当然じゃ。妖怪は人間にちょっかいをかけてなんぼじゃからな。幻想郷であってもそれは変わらぬようで、嬉しい限りじゃ」
「当然だと思うなら、なんで嬉しいと思うのさ」
「いやいや、寺におる連中はちと、良い子が過ぎるのが多くてのう。大人になるのも結構じゃが、やはり妖怪の本分は忘れてはならんでな」

 とマミゾウは答えたが、実を言うと、そこまで命蓮寺の面々が良い子ばかりというわけではない。ただ、毘沙門天の本尊を務める星と、僧侶としての代表である白蓮、この二人が寺の面々をよく統率しているため、そういう印象が強くなるだけである。事実、響子や小傘といった跳ねっ返り気質な妖怪は、今でも頻繁に墓場や山などに赴き、人間にちょっかいを出していたりする。
 ともあれ、とマミゾウは思う。幻想郷の妖怪のほとんどは、やはりその本分を見失ってはいないらしい。順繰りに、ここにいる妖怪たちの顔を見比べてみた。

「でも今日は本当に、いいところまで行ったわ! この調子で行けば、巫女があたいたちの軍門に下る日も、そう遠くは無いと見たわね!」

 負けてなお気勢を上げる、一番幼く見える彼女が、一番負けん気が強そうだ。
 最強を自称する氷の妖精、チルノ。

「もうちょっとだったのになー、おなか減ったー。代わりに何か食べに行こうよー」

 しきりに空腹を訴える、彼女はマイペースな性格に見える。
 捉えどころの無さそうな闇の妖怪、ルーミア。

「あいたたた、弾幕しこたま食らっちゃったわ……ちょっと最近あの巫女、本気度が上がってない?」

 服装や髪、爪の色などは女の子らしく見えるが、悪戯好きそうな目は、そこらの悪ガキと変わらない。
 綺麗な声の夜雀、ミスティア・ローレライ。

「ミスティアもリグルも鈍いのよ。駄目だと思ったらすぐ逃げる、悪戯の鉄則じゃない」

 見た目には子供っぽいくせに、偉そうにしたがる癖がある。そのくせ、子どもっぽさではチルノと良い勝負であろう。
 なぜか狐の匂いがする化け猫、橙。

「み、みんなあんまり無茶しちゃ駄目だよ。霊夢さん、本気で怒らせると怖いんだから」

 リグルと比較してもさらに弱気そうな物腰で、それでも健気に友達の心配をする少女。
 悪戯好きの妖精の中では数少ない良識派、大妖精。
 そして、もう一人。

「やれやれ、また失敗か。そろそろ自分の作戦能力に自信が無くなってきたね」

 そう呟いた少女は、台詞ほどには落ち込んでいるようには見えない。
 おそらく、この悪戯をゲームのようなものと割り切り、勝利も敗北も等しく結果の一つとして楽しんでいるのだろう。
 口調や表情からは、理知的な気性が垣間見える。背格好はリグルよりも少し小柄なくらいなのに、その物腰から、ここにいる子供たちの中では一番の年上に見えた。

「どうもあの巫女、何も考えていないように見えて、順応能力がデタラメに高いと見える」
「何よネズミ、順応能力って」

 賢しげに解説を始めた少女に、橙が噛みついた。

「私の作戦が読まれているってことさ。最初のうちは上手くいっていた。毎回作戦は変えている。なのに作戦が通じにくくなっている……私のクセや、作戦の方向性、傾向なんかを、あの巫女は覚えてしまったんじゃないかな。おそらく、本能で」
「ふん、えっらそうに。あんたの作戦がワンパターンだったってだけじゃん」
「事実、失敗しているのだから反論はできないね……それはそうと、橙、そろそろその呼び方をやめてほしいんだけどね」
「ネズミはネズミでしょ」
「もちろんネズミはネズミさ。けれど、君の呼び方にはネズミを馬鹿にする響きがある。
 愛称で呼ぶのは結構だが、馬鹿にするのは良くない。いいかい、忘れているようならもう一度教えてあげよう。私の名前は――」

 と、二人が慣れた様子の口げんかに発展しようとしたところに。

「しかし意外じゃな、ナズーリンよ。おぬしがこういった子供たちと、一緒になって遊んでおるとはな」
「うひゃあぁあ!?」

 ナズーリンの耳元で、マミゾウが声をかけた。
 いったい何事かと、橙たちはナズーリンを怪訝な目で見る。リグル以外のみんなには、まだマミゾウの姿が見えていないのだ。事情を知っているリグルだけが、やれやれ、と言った風に苦笑していた。

「ほっほっほ、驚きすぎじゃ。ほれ、儂はここじゃよ」
「ま、マミゾウかい? いったいどこに……あ、え? ま、マミゾウ……で、間違いない、のか?」
「おお、案外早く見つかったのう。おぬしもリグルと同じで、小さいものを見つけるのが得意な口じゃな」

 ナズーリンが見ているのは、ちょうどナズーリンの肩の上あたりだった。マミゾウが、リグルの肩からそちらに飛び乗っていたのだ。

「え? なになに、何かいるの?」
「んー? よく見ると、なんかちっこいのがいるわよー?」

 そこに何かがいる、とみんなも察したらしい。ナズーリンのところに寄り、肩のあたりに視線を集める。
 そう、マミゾウは別に、姿を消しているわけではない。

「おや、みんなにも見つかってしもうたか。うむ、そっちの猫は初めて見るが、他の子たちは昨日ぶりじゃな」
「あー、昨日の狸妖怪だー」
「何これちっこーい!」
「ち、ちょっとかわいいかも……」

 変化の術で、マミゾウは自分の体を小さく縮めていた。今のマミゾウは、リグルの肩からナズーリンの肩へと飛び移り、ちょこんと肩の上に乗っている。
 その大きさは、指先でつまめる程度……ちょうど、ゲンジボタル程度の大きさである。
 体の大きさを変える術は、実は他の変化よりも数段難しかったりする。マミゾウが蟲への変化を苦手としている理由の一端もそこにあるのだが、別にそれを言い訳にするつもりは無い。

「ああ、やっと見えたわ! 誰かと思ったら、昨日の!」
「うむ。みんな大好きマミゾウさんじゃ!」
「なんか下手っぴな蟲を出してた、狸の親分じゃん!」
「ぐぶふぅ!?」
「ち、チルノーーーー!?」

 あまりにもド直球なチルノの発言に、さしものマミゾウも、どてっ腹を撃ち抜かれた気分になった。
 周りでマミゾウを見ていたみんなも、さすがに慌て始める。今は小さくなってはいるが、マミゾウは大妖怪には違いないのだ。

「他の動物とかはすごかったけどねー。蟲を出した途端、ああ何だこんなもんかって感じになっちゃったのが惜しかったなー」
「ぐほっ」
「あれならリグルが出す蟲のほうがよっぽど本物っぽい感じじゃない。リグルのは弾幕だから光ってるけど」
「ぐはっ」
「あたい、あれ見た瞬間に、ああ違うなってわかったもん! リグルだって、そう思ったわよね! あ、リグルは酔いつぶれて昨日のこと覚えてないんだっけ?」
「ぐふぉふっ」
「うんうん、やっぱり蟲ならリグルが一番に決まって……あれ、どったの親分?」

 子供は時に、とてつもない勢いで核心を突く。
 もはやマミゾウは、気分的に残機ゼロの有様だった。

「き、気にしないでマミゾウ! 子供、相手は妖精なんだから!」
「ふ、ふふ……やはり、見る人が見ればわかるもんなんじゃな……リグルよ、儂はもう、生まれ変わって子狸からやり直したい気分じゃよ……」
「死ぬ気満々!? ちょっと、ほらチルノ早く謝って!」
「なんでよ、あたい悪くないよ! 本当のこと言っただけじゃない!」
「ぐふっ」
「チルノーーーー!?」

 やんややんやと、騒ぎは続く。
 その後、リグルやナズーリン、大妖精らがマミゾウを慰めて、落ち着かせて。
 マミゾウが復活するのには、10分ほどの時間がかかった。



 /



「蟲の気持ちを知るために蟲サイズに? 変なの。そんなことしたって蟲の考えなんてわかるわけないじゃん」
「いやいや、これが案外馬鹿にならんでのう」

 結局、チルノの態度はそのままだった。元よりマミゾウも、子供に馴れ馴れしくされて怒るような考えは持っていない。
 他のみんなも、興味津々といった様子で、ミニサイズになったマミゾウを覗き込んでいた。

「でも、私もチルノに賛成かな。小さくなれるのはすごいのかも知れないけど、リグルみたいに蟲の声が聞こえるようになるわけじゃないでしょ?」
「うむ。じゃがな、ミスティアよ。蟲と同じ目線に立てば、蟲が何を考え、どういう風に動くかというのは、だいたいわかってくるものなのじゃ」
「そんなもんかなー」
「ところでじゃな、儂もちと、聞きたいことがある」

 と、マミゾウはさっきから気になっていたネズミの少女に視線を向けた。ぎくり、とナズーリンが少しだけ、視線をそらしたように見えた。

「ナズーリンは、みんなとはよく遊んでおるのか?」
「うん、前に混ざりたそうな目で遠くから見てたことがあったからね、あたいが誘ってやったのよ!」
「嘘だ!」

 と反論したのは、もちろんナズーリンである。


「嘘じゃないわよ、うらやましそうに見てたじゃない!」
「ちがっ、あれは単に、君たちが騒がしくしていたから! それを、チルノが強引に引っ張っていったんじゃないか!」
「そんなことないわよ、結局その日、ずっと一緒に遊んだじゃん!」
「むっ、いや、それは君たちがいかにも危なっかしそうだったからだな! だ、大体私は、最初はあの巫女が、もっと容赦が無くて怖いものだと思ってたから、君たちが命知らずの馬鹿者の集団にしか見えなかったんだ!」
「その後も、結局約束通りに集合するくせに! なんでそんなこと言うのさ!」
「い、いやだって、約束したのに来ないのもおかしいだろう! みんなで約束すると、なんだか断りづらいし!」

 どうやら聞いていると、ナズーリンがこうしてみんなと遊び始めたのは、白蓮の封印が解かれてすぐのことらしい。
 その頃はまだ、霊夢らとは白蓮の封印を解いた際に知り合っただけの関係のはずだ。ナズーリンの言い分も、あながち間違いではないだろう。

「で、どっちが本当なんじゃ?」

 他のみんなにも聞いてみることにした。

「チルノの言うことが本当よ。あのネズミが見てたのは、私も気づいてたもん。私は仲間に入れるのは反対だったけど、チルノが連れてきたのなら反対もできないし、それに、ネズミもなんか嬉しそうだったから、仲間外れにするのもかわいそうだったし」
「ええと、ナズーリンちゃんの言うことも本当ですよ。ナズーリンちゃん、すごく面倒見がいいから」

 橙の遠慮会釈の無い指摘に、大妖精が補足した。

「なるほどのう。つまりナズーリンもまんざらではなかった、ということじゃな」
「そこ! こっちが反論しないからって、好き放題言ってくれるじゃないか!」
「いやいや、照れるな照れるな。おぬしは寺の中でも、えーと何といったかな、そう、くーる気取り、というやつじゃったからな。こうして童心に返る機会があるなら何よりじゃ」
「気取りとは何だ、私はいつでも冷静沈着だ!」

 という台詞を、ムキになって大声で言っているのだから世話は無い。やれやれ、とその場にいる面々が……チルノやルーミア、大妖精までが、みんなで顔を見合わせたり、肩をすくめたりして苦笑していた。

「ええい、私のことはどうでもいいんだ! マミゾウ、君がリグルのところにいるなんて聞いていないぞ!」
「何? 伝言を頼んでおいたはずじゃぞ?」
「私はぬえから、『マミゾウならどこか泊まりにいったよ、どこだったか忘れたけど』という、よくわからない説明を聞いただけだ!」
「……そりゃすまんかった。頼むにしても、相手を選ぶべきじゃったな」

 ちなみに昨日の宴会には、命蓮寺の面々も全員が参加していた。確かに、よりによって小傘と並んで大雑把なぬえに頼むことも無かった。目の前のナズーリンに伝えておくのが、一番確実だっただろう。

「で、マミゾウは、蟲を見るためにわざわざ小さくなってるのよね?」
「そうじゃよ?」

 今度はルーミアが、話を元に戻した。

「でも、蟲なんて今いないけど?」
「それじゃ!」
「どれ?」
「なんで蟲はいなくなったんじゃ? おぬしらが、悪戯のために動き始めてからじゃ」

 マミゾウは観察眼には自信を持っている。小さな蟲と言えど、見える場所にいれば見つけられる自信があるし、見えなくてもある程度は気配を探ることはできる。わざわざ蟲と同じくらいに小さくなった今ならなおさらである。
 朝、リグルと一緒に家を出る時は確かにいた。わざわざリグルの近くに寄ってきて、挨拶のようなことをする蟲もいた――マミゾウにはまだよくわからないが、まあ挨拶だろうと見当はついた。
 友達みんなで集合した時もいた。遠巻きではあったが、消えてはいなかった。
 そして、ナズーリンの立案した作戦を、七人揃って開始した時――この時、ふつっと、蟲の気配が途絶えたのだ。

「え? そんなの当たり前じゃない、蟲がいたら邪魔になるでしょ!」

 何の迷いも無く、チルノが答えた。この氷精は、何を言う時でもまっすぐである。

「邪魔? 邪魔とは何じゃ?」
「邪魔は邪魔よ、あたいたちが遊ぶのに、邪魔になるじゃん!」
「む……ああ、そうか。リグルが、蟲を遠ざけたんじゃな?」

 考えてみれば当たり前である、とマミゾウは一人合点する。リグルが命令すれば、蟲は邪魔にならないように遠ざけることができる。
 だが、リグルは首を振った。

「違うよ、私が命令しなくても、蟲がちゃんと自分たちで避けてくれるの」
「……なんと」
「え、私、そんなに変なこと言った?」
「言ったとも。普通蟲は、人が外で遊んでいたところで、わざわざ避けていったりせんじゃろ」

 人に限ったことではない。蟲は、他の生き物から逃げるような本能は持っていないはずだ。
 あるとすれば、蟲が嫌いな香りを発する、ごく一部の植物くらいではなかっただろうか。

「でもマミゾウ、避けないと蟲たちが危ないわよ? 私たち、普通に弾幕撃ったりしてるんだし」
「む……確かに」

 ミスティアの言葉にマミゾウも頷く。考えてみれば弾幕というのは、周囲に被害を出す可能性が大きい。
 もちろん、遊びの弾幕ごっこの範囲でやっていて、ちゃんと広い場所で遊んでいれば、そこまで大きな被害も出ないだろう。だが、小さな蟲たちにしてみれば、どうだろうか。

「ふむ、つまり……蟲たちは、危険を察して避難しとるのか。おぬしたちのような力のある者たちがいつ、弾幕や能力を使うかわからないから、巻き込まれないように、というわけか……
 それも、おぬしらが活動的になったことを察して、避難しとるわけじゃな。いつも避けて通っているというわけでもない、と」

 面白い、とマミゾウは思った。これでは、そう、まるで蟲たちが――

「のう、リグルや」
「ん?」
「蟲たちは、そういったことを、自分で考えて行動しとるのじゃな?」
「そうだよ?」

 さも当然と、何気なくリグルは答えた。
 面白い面白い、とマミゾウは何度も頷く。
 外の世界では、昆虫はそこまではっきりした意識を持たない、というのが通常の考え方である。昆虫のような小さな生物になると、脳がごく単純な機能しか持たなくなる。
 ゆえに、昆虫は本能と、本能に近い無意識によって動く。この場合の無意識は、同種の昆虫と共有する共通無意識を多く含む。昆虫に限らず、生き物には大なり小なりの共通無意識が存在するが、特に昆虫はそれに依るところが大きい。ゆえに、昆虫は集団で生息、行動することが多い。
 マミゾウも、そこまで昆虫に詳しいわけではないが――マミゾウ自身も、それに近い考え方を持っていた。大昔に見た蟲の妖怪たちの在り方や、外の世界でずっと見てきた蟲の様子などから、そういうものなのだと思っていたのだ。
 幻想郷の蟲は、そういう単純な生き物ではない。それが、よくわかった。
 一寸の虫にも五分の魂。
 それはどうやら、言葉通りの意味であるらしい。

「なるほどのう、儂もまだまだ青い。外の世界の常識を、引きずっておったとはな」

 マミゾウは妖怪である。外の世界でも、人間たちからは見えぬ場所では、他の妖怪と接して生きていた。
 だがそれでも、生きている世界の環境、常識というものは侮れない。マミゾウは知らずのうちに、外の世界の人間たちの考え方に影響されていたらしい。
 あるいは、昨晩の宴会で蟲への変化が上手くいかなかったのも、それが理由の一つだったのかも知れない。幻想郷の蟲がどういった生き物かを知らないまま、外の世界の蟲を再現しようとすれば、違和感が出るのも当然であろう。

「どうしたんだい、マミゾウ。何やらずいぶん機嫌が良さそうだが」
「うむ。幻想郷の蟲がどういう生き物なのか、だんだんわかってきたからのう」

 寺でのナズーリンは今のところ、マミゾウとはそれほど親しくはない。だが、今は特に抵抗も無く話しかけてくる。
 マミゾウが小さくなっていることも関係しているかも知れない。ミニサイズな分、愛嬌があるように見えるのだろう。
 それに、今はマミゾウがみんなの中心になって話している。ナズーリンもそれを察しているのかも知れない。

「ところでおぬしら、これからどうするんじゃ?」
「悪戯が終わったら、次の場所に遊びに行くのよ! どこに行くかは決めてない!」
「よし、ならばついでじゃ、儂におぬしらの遊び場を案内してくれんか。儂はまだ幻想郷に詳しくないからな、いろいろ教えてくれると嬉しいぞい」
「お安い御用よ! いいよね、みんな!」

 チルノの威勢の良い返事に、みんなが嬉しそうに頷く。
 他のみんなにしても、狸の大親分と一緒に遊ぶということに、興味が無いわけではないのだろう。
 八人は意気揚々と、神社の森を後にした。



 /3



 それから、八人は色々な場所に足を運んだ。
 香霖堂、紅魔館、妖怪の山、そして人里。
 香霖堂では、変わり者の店主との風変わりな会話を楽しんだ。蟲についての話題を向けると、役に立つのかどうか極めて怪しい薀蓄を語ってくれた。

「今度また、ぜひ遊びに来てくれ。君のような話がわかる妖怪はなかなかいない、また外の世界のことを教えてほしいね。それと、商品の強奪はお断りだが、買い物なら大歓迎だよ」
「なんとなくじゃが、おぬしは商売人に向いていない気がするのう。まあそれも美徳か……遊びに来るのは考えておいてやるわ、今度は上手い酒でも用意しておけ」

 紅魔館では、門番を冷やかすだけのはずが、なぜか紅魔館の大広間まで案内された。どうやら、当主のレミリアが気まぐれを起こしたらしく、話をしたい、とのことだった。
 吸血鬼レミリア・スカーレットは気さくで話がわかる少女だったが、1対7の弾幕ごっこで徹底的に勝ってしまうあたり、大人げが無いこともよくわかった。

「あんたも参加すれば良かったのに。別に私は、八人がかりでかかってきても、卑怯だとは思わないわよ?」
「ほっほっほ、次の宴会まではなるべく、このサイズで過ごそうと決めておるからのう。また今度、誘ってくれると嬉しいぞい」

 妖怪の山では、橙が住んでいるマヨヒガや、チルノの遊び場である大蝦蟇の池に案内された。マヨヒガは、さながら猫の里といった様子だった。橙が今日こそはと猫たちに言うことを聞かせようとして、やっぱり失敗していた。チルノが今日こそはと大蝦蟇に挑み、本格的に飲み込まれかけてみんなに助けてもらった。

「おぬしら、いつもこんな風なのか……」
「うー……マミゾウ、部下に言うこと聞かせるコツとか無いのー……?」
「大蝦蟇は卑怯なのよ、池の中のどこにいるかわからないくせに、探そうとするといきなり出てくるんだから! いっつも不意打ちばっかりなのよ!」

 最後に人里に向かった。みんながひいきにしている駄菓子屋や、特にミスティアがお世話になっているという商店街、みんなでたまに冷やかしに行く寺子屋など、みんなのお気に入りの場所をいくつも回った。

「あなたのような大妖怪がついていてくれるなら安心だろうが……なるべくなら、人里では大人しくするよう、子供たちに言ってもらえると助かる。私からもそう言っているのだが、なかなか妖怪、妖精の性分というのは抑えきれないものらしくてな」
「おぬしはなかなか頭が固そうじゃな、だから教師が務まるんじゃろうが……その通り、性分は無理に抑えるものではない。ならば、ほど良い悪戯の加減を覚えるのが一番というものじゃ。人里の人間とて、そういった悪戯を許容する心の広さを前提に生活しておろう、それは幻想郷の人間の美徳というものじゃ」

 面白い話をたくさん知っているという稗田家の娘にも会いに行った。マミゾウも長く生きてはいるものの、稗田の阿礼乙女と会うのはこれが初めてであった。話してみると、年齢に不相応なほどに頭が回る、なかなか面白い娘であった。また後日、化け狸についての話を聞かせるという約束をして別れた。こういう子こそ化かし甲斐のある子だ、と思ったことは、もちろん黙っておいた。

「外の世界のことも面白そうですが、やはり化け狸のことのほうが私にとっては興味深い。化け狐とどう違うか、なんていう見方も面白そうですね」
「ほう……そうか、やはり幻想郷にも狐はおるか。阿求よ、後日ここに来る時は、その幻想郷縁起、なる書物を読ませていただくとしよう。なかなか面白いことが書いてありそうじゃ」

 そうして、遊びながら案内されていれば、やがて日が暮れる。
 日によっては、これで解散ということもあるらしいが、今日はミスティアが、屋台へと招待してくれた。
 招待とは言うが、ちゃんとお代はいただく、と前置きするあたりがしっかりしている。どうやら駄菓子屋の時と同じように、マミゾウのおごりでみんなが飲み食いしてくれるのを期待してのことらしい。
 先の道具屋の店主よりもよほど商売人として板についているな、と感心しながら、ミスティアの屋台で夕食を取ることにした。



 /



「うぅむ、これは正直、侮っておったことを詫びねばならん。ここまでの味を楽しめるとは、思ってもおらなんだわい」
「えへへ、お陰様で人間にも妖怪にも好評よ。さ、じゃんじゃん食べていってね」

 屋台はそこそこ大きいはずなのだが、さすがに六人も座るとなると、席もほとんど埋まってしまう。
 みんなで並んで遠慮なく注文し、ミスティアはそれに答えて、大張り切りで料理を出していた。
 八目鰻屋、という一風変わったこの屋台。だが、出てくるのは何も八目鰻だけではないらしい。鳥肉だけは全く扱っていないが、それ以外はそれなりに充実したメニューが楽しめる。

「マミゾウ、そのサイズでも結構食べるね……どこに入ってるの?」
「ほっほっほ、変化の術に物理法則なんぞ通用するわけないじゃろう。飲み食いの量は、いつもとまったく変わらんよ」

 蟲のサイズで次々と料理に食らいつくマミゾウは、見ようによってはかわいいかも知れない。だが、それで他のみんなと変わらない量を食べているのだから、ちょっと異様でもあった。

「ところでリグルよ、ちょっと気になったことがあったんじゃ。さっき思い出したんじゃが」
「え、何?」
「あれじゃ、最初にチルノが言っておった話じゃ。リグルが出す蟲、というやつじゃな」
「ん?」
「リグルが操る蟲、ならわかる。それがおぬしの能力じゃからな。じゃが……事実、先の紅魔館での弾幕ごっこで、おぬしは蟲を出しておった。
 どこからともなく、じゃ。そしてそれを弾幕に使っておった……あれは、おぬしが蟲を呼び出す力も持っている、ということか?」

 マミゾウがリグルの弾幕を見たのは、先の紅魔館での、レミリアとの弾幕ごっこが初めてである。霊夢への悪戯に興じていた時は、茶菓子を狙って突撃する役目だったため、弾幕は使っていなかった。
 確かに、リグルは蟲の弾幕を使っていた。
 あの時、マミゾウは確かに見た。リグルが自分の力で、自分の周りに突然、光る蟲の弾幕を出現させたのを、だ。

「あれは……本物の蟲じゃあ、なかったのか?」

 観察眼には自信がある。そのマミゾウの目から見てさえ、本物の蟲にしか見えなかった。
 だから、リグルには蟲をどこにでも召喚できる能力があるのか、と考えていた。自分の眷属を瞬時に出現させ、弾幕として使えるように妖力を分け与えて、使役する力。
 なるほど、一応は、それで説明はつく。
 だが、そうすると。

「そうすると今度は、最初にチルノが言っていたことが引っかかるんじゃ。あの時、チルノは」
「あたいがどうしたってー?」

 途中でチルノが割り込んできたので、マミゾウはそちらにも話を振った。

「チルノ、おぬしは確かに言っておったじゃろう。儂の変化させた蟲より、リグルが出す蟲のほうが」
「うん、本物っぽいよ。マミゾウも見たでしょ?」
「本物……ではないのか? 蟲そのものではない、と?」
「違うよ」

 実にあっけなく言ってくれた。
 確認するように、マミゾウはリグルへと視線を向ける。

「えーと、説明が難しいんだけど……私は、知ってる蟲ならだいたいそのままの姿で、自分の力として操ることができるの」
「ほう……? ちょっと詳しく教えてくれんか?」

 マミゾウの興味から、リグルが自分のことについて話す流れになった。
 他のみんなも自然に、リグルの話に耳を傾ける。特に、ナズーリンは仲間に加わってから日が浅いため、リグルの能力についてはあまりよく知らなかったのだろう。身を乗り出して、興味深そうに聞きに回る。
 リグルは少し恥ずかしそうに、自分の能力について話し始めた。

「うまく言えないんだけど……私はこれを、蟲の記憶、って呼んでる」

 こういうことを改めて説明するのは初めてだったのだろう。リグルは、やや拙いながらもゆっくりと、自分で自分のことを確かめるように説明した。
 そのリグルの説明をまとめると、次のようになる。
 リグルは、自分が触れ合い、声を聞き、出会ってきた全ての蟲たちを――その姿かたちから鳴き声、動きや習性に至るまでの全てを、リグル自身の存在に、刻み付けるように記憶している。
 これは、リグルが頭で憶えているということではない。言うなれば、精神――妖怪としての存在そのものが、自然と記憶するのだという。
 だから、リグルがその記憶を思いさえすれば、その蟲はリグルの力で再現される。理論上は、どんな蟲であっても、妖力によって生成することが可能ということになる。

「まあ、私以外の蟲の妖怪とかを、弾幕みたいに使うのはさすがに無理だけどね」
「なるほどのう」

 そろそろマミゾウにもわかってきた。この、リグル・ナイトバグという妖怪についてだ。
 本来、眷属を従える長というのは、もっと強くあるはずだ。
 たとえば、先の妖怪の山で、橙が猫を従えるのに手こずっていた。これは、橙が化け猫として、まだまだ未熟なためだ(この場合、式神としての能力は、ほとんどは主人の能力が根源にあるため、別のものと考える)。
 その逆を挙げるなら、ナズーリンが顕著な例だろう。彼女は実に上手く、鼠を操ってみせる。これは、ナズーリンが妖怪ネズミとして、充分に長じているためである。
 これは、橙よりもナズーリンのほうが強い、と言っているわけではない。単純に二人が戦った場合を考えるなら、むしろ橙のほうが強いだろう。橙には式神としての力もあるし、妖獣としての力も戦闘向きである。それに対し、ナズーリンの能力はどちらかというと支援向きである。
 だから、それを単純に比較することは相応しくない。
 これはもっと根源的な、妖怪や妖獣としての成長の話だ。
 そして、その意味でリグルを見た場合、リグルはまだまだ未熟な妖怪だ。マミゾウはそう見ている。

「おぬしは本当に、蟲の王として生きておるんじゃな……」

 だからリグルの能力は、蟲の妖怪としての成長とは、また別の次元にある。
 おそらくはリグル・ナイトバグという存在そのものが、蟲全体の中で見て、極めて重要なのだ。
 どうしてこんな妖怪が生まれたのか、マミゾウにはわからない。
 だがそれでも、リグルという少女がどういう妖怪かは、一緒にいればよくわかる。
 リグルが、他の蟲たちを、どう思っているか。
 そして、蟲たちが、そんなリグルをどう思っているか――

「のう、リグルよ。もうちょっと、おぬしの蟲の記憶とやらを、見せてくれんか?」
「え? でも、私は別に、記憶を全部見せたりはできないけど」
「そこまでやれとは言っておらんよ。ただ、酒の肴に、おぬしの出す蟲を見てみたいだけじゃ」

 マミゾウの頼みに、他のみんなも賛同した。やんややんやとリグルを囃し立て、場を盛り上げる。
 リグルは照れくさそうにしつつ、自分に勢いをつけるためか、グラスに残っていた酒を一気にあおった。立ち上がり、五人が座る席から距離を取る。

「じゃあ、こういうのはちょっと苦手だけど……」

 控え目なリグルの挨拶の後、リグルの周囲に、一つ、二つと光が灯り始める。
 少しずつ時間をかけて生まれる光の蟲。それは、あるいは蛍であり、あるいは蝶であり、カマキリであり、バッタであり、カブトムシ、トンボ、クワガタ、蜂、その他色々な蟲であったりした。
 どうやらリグルは、こういった酒の席で蟲を呼び出すのは初めてのことではないらしい。色とりどりの燐光を放つ蟲は、見た目からの抵抗が薄い蟲がほとんどだった。
 リグルの蟲の弾幕を肴に、酒と食事が進む。
 そうしているうちに、ミスティアの歌声も聞こえ始めた。普段のミスティアが歌う、激しい歌とは少し趣きが違う、静かで綺麗な、夜のバラード。
 綺麗な歌声と綺麗な光に包まれて、リグルが、幸せそうに微笑んだ。
 その時――
 マミゾウには、光の蟲たちもまた、幸せそうに笑っているように見えた。
 おそらく、気のせいなどではないと、そう思った。



 /



 ささやかな宴会も、やがて終わりの時が来た。
 ほろ酔いになったみんなは、明日もまた遊ぶことを約束して、気分良くそれぞれの家路についた。
 リグルとマミゾウもまた、月と星の明かりに照らされた夜道をたどり、リグルの家へと帰る。
 一日が、終わろうとしていた。



 /4



「ほっほっほ、今日は楽しかったのう。命蓮寺で日がな一日のんびり過ごすのも良いが、こうして一日中を遊びに徹するのもまた格別じゃな」
「そういえば、マミゾウって寺ではずっとのんびりしてるだけなの?」
「今はまだな。今後、また金貸しをやるか、他の狸の面倒を見てやるか、それとも幻想郷中の妖怪たちの面倒を見てやるか……まあ、寺に帰ってから、またのんびり考えてみるわい」

 夜も更け、あたりはとっぷりと暗くなっている。晴れた夜空には月と星が輝いているが、そのきらめきも林の中まではなかなか届かない。
 リグルの家は、妖怪の山から少し離れた雑木林の中にあった。
 家、と言っても小ぢんまりとした小屋のような家だが、一人で暮らすには充分な広さと言える。

「それじゃ、私はそろそろ寝るけど……マミゾウはどうするの?」
「儂はもうちょっと起きていようかの。こうして、林のざわめきを聞きながら酒をたしなむのも乙なものじゃ」
「そう……寝る時は、その大きさのまま寝るの?」
「そうせんと、おぬしが寝苦しいじゃろ? 儂は元の大きさでも構わんが」
「あ、やっぱり同じベッドで寝るんだ……その大きさのままでお願いします」

 リグルの家にはベッドは一つしかない。マミゾウも布団の中で寝ようとするなら、同衾せざるを得ない。

「それじゃ、おやすみ……」
「ああ、おやすみ」

 ベッドに入ってすぐ、穏やかな寝息が聞こえてきた。
 静まった夜の中、マミゾウはじっと、窓の外の暗がりに目を凝らし、耳を澄ませる。
 リグルは、眠った。
 すうすうと、気持ちよさそうな寝息がマミゾウの耳にも届いている。
 だから、リグルは蟲を操ってはいない。それは確かなことだ。
 だから、今、マミゾウが確かめるものは――リグルの意思によるものではない。

「……やはり来たか」

 夜の雑木林の暗がりから、かすかな音と気配が聞こえる。
 ほんのわずかな、今にも消えてしまいそうなほどの儚い声が――とても、たくさん、聞こえる。
 窓から見える範囲だけではない。おそらくは四方八方からだ。
 取り囲まれていることが、マミゾウにはわかった――だが。

「そう。こやつらには、敵意は無い」

 暗がりに潜む、小さな存在の群れ。
 それは、日の光の中で見れば、相当におぞましいものだったかも知れない。
 だが、彼らは、暗闇のなかでひっそりと、ここに集まる。
 まるで、決して迷惑をかけてはならぬ、と示し合わせているかのように。
 そして――

「昨日のあれは、酔いが見せた幻覚などでは無かったようじゃのう――」

 そう。マミゾウは昨日の夜も、これを見ていた。
 リグルを家に連れてきて、ベッドに横たえた時だった――今と同じように、蟲たちが集まってきたのだ。
 その時は、蟲たちの考えがわからなかった。危害を加える気は無いようには見えたものの、どういう意図があったのか、まるで読めなかった。
 だが――こうしてリグルとの時間を過ごし、蟲と同じ視点で物事を見て、ようやく、マミゾウにもわかってきた。

「感謝、か」

 それは、太古の時代、人が自然そのものに向けたのにも似た、純朴な想い。
 祈りとも願いともつかぬ、とても原始的な想い。
 この蟲たちは、リグルに、感謝を向けている。
 誰に頼まれるでもなく。
 誰に見せるつもりも無く。
 ただ、自分たちがそうしたいから、リグルに感謝の想いを向けるのだ。

「……あぁ――」

 マミゾウは思い出す。それは、今は遠く離れた、故郷のこと。
 北の海に囲まれた島の中、広いとは言えない山でのこと。人間の目からは隠れながら、それでも人間に寄り添って生きていた自分たちのことだ。
 マミゾウもまた、化け狸の長老として、他の化け狸からは慕われていた。島の中のみならず、北国の一帯で化け狸を支配下に置き、マミゾウ自身も頻繁に島から本州へと渡り、年若い狸たちの面倒を見てやった。狸のみならず、周辺の妖怪にも、強い影響力を持っていた。
 自然、リグルと自分を比べて考える。
 リグルと蟲の関係は、自分とは全く違うものだ。
 だが、形は違えど――根っこにある想いは、変わらないのかも知れない。
 目の前で繰り広げられる光景には、もはや、疑う余地は無い。

「……いやはや、まったく……もう言葉も無いわ」

 リグルに向けられた蟲たちの感謝を思いながら、マミゾウは、リグルへと視線を向けた。
 あどけない寝顔だけがそこにある。こうして見ると、ただの幼子にしか見えない。
 だが、マミゾウはもう間違えない。
 幻想郷の蟲たち、そして、その蟲の王、リグル・ナイトバグ。
 その関係が、どういうものなのか――今日一日をかけて、ようやくマミゾウは理解したのだ。
 その理解を噛み締めて、マミゾウは酒を舐める。
 少し苦いが、胸の奥底によく沁みる。
 とても良い酒だ、とマミゾウは思った。



 /6



 そうしているうちに、一週間ほどが過ぎた。
 リグルとの生活は、とても楽しかった。
 毎日が楽しく、騒がしかった。時にはリグルたちが悪戯が失敗して痛い目に合うこともあったが、それも含めて、充実した日々だった。
 少し惜しいと、マミゾウは思った。
 こうして蟲の大きさで共に過ごしていると、蟲の視点に立つことはできる。それはつまり、リグルたちの視点には立てないということでもあった。
 次に遊ぶ時は、リグルたちと同じ、小さな子供の姿に化けるのも良いかも知れない。
 そんな風に思っているうちに、あっという間に、日にちは過ぎて行った。

 そして、当たり前のように、次の宴会がやってきたのだ。



 /



 宴会はいつも通り、大いに盛り上がっていた。
 酒に料理に歌に踊りにと、皆が思い思いに楽しんでいる。
 ひたすらに飲む少女がいれば、皆と談笑しながら楽しく飲む少女もいる。追加の酒や料理を用意するのに忙しい少女もいれば、その酒や料理に手を伸ばし、味を比べて楽しむ少女もいる。ほとんど取っ組み合いに近い口喧嘩を始める少女たちもいれば、陽気な演奏で割り込んでうやむやにしてしまう少女もいる。
 いつもの博麗神社の境内で、遠慮をする者など一人もいない。てんでバラバラにはしゃいでいるのに、喧噪の一体感は高まるばかりだ。
 そんな、大盛り上がりの中で。
 騒ぎのほとんど真ん中で、マミゾウが声を上げた。

「リグルよ、前に屋台で見せた、あれをやってみてくれんか?」

 わざわざ目立つように大声で言われて、リグルは早々に逃げ場を失った。元々、咄嗟の判断が苦手な性質でもある。
 観念したように立ち上がり、マミゾウの近く、宴会の輪の中心にまで歩み寄る。
 控えめにぺこりとお辞儀をして。

「それじゃあ、始めるよ」

 やっぱり控えめな挨拶をしてから、光を繰り出した。
 ただの光であれば、誰も何とも思わないだろう。幻想郷では、弾幕はさして珍しくは無い。
 だが、その光が、蟲の形を象っていればどうだろう。
 ほう、と周囲から感心の声が漏れる。リグルの蟲の記憶を、間近で見るのが初めてな人妖もいたのだろう。
 ぽつ、ぽつ、と光が増える。淡い燐光に包まれた蟲たちが、リグルの周囲を囲み、ゆったりと回り始める。
 それはまるで、プラネタリウムのようで。
 星の光のように、蟲たちはそれぞれゆったりと巡り、リグルをあらゆる角度から彩る。
 そうして、光を少しずつ増やしているうちに――
 ふと、リグルは、自分の隣に誰かが歩み寄ってくるのに気付いた。

「え……?」

 リグルは咄嗟に、どう反応すれば良いかわからなくなった。
 リグルに歩み寄ってくるその少女は、リグルと同じ背格好をしていた。 
 リグルと同じように触角を生やし、リグルと同じ服装に身を包み、リグルと同じ顔をしていた。
 そして、その少女はリグルと同じように、周囲を蟲の光に囲まれていた。
 それは、リグルの姿に他ならなくて。

「ほれ、そんなに驚くでない」
「あ……ま、マミゾウ?」
「他に誰がおるというんじゃ。まあ、リグルに化けられる狸は他にもおるかも知れんが……こうして、蟲たちまで再現できる狸は、儂しかおらんじゃろう」
「そ、そっか。このために私と一緒にいたんだから、そりゃそうだよね」
「わかったらさっさと続きをせんか。蟲たちの動きが止まっておるぞ」

 マミゾウに諭され、リグルは自分のペースを取り戻した。次々と、蟲の光を増やしていく。
 すると隣の、リグルの姿をしたマミゾウも、同じように蟲の光を増やしていく。
 双子のようにも見える二人の少女の共演に、周囲の人妖たちも、だんだん期待を高めていった。大騒ぎしていた連中も、二人の光の舞台に気づいたらしく、徐々に注目を集め始める。
 ふと思い立って、リグルがマミゾウへと手を伸ばした。
 最初からわかっていたかのように、マミゾウも、リグルへと手を伸ばした。
 手と手を、つなぎ合う。
 二人が、一繋がりになる。
 そうすると、蟲たちの動きが変わる。
 リグルだけを囲んでいた蟲、マミゾウだけを囲んでいた蟲が、二人を取り囲むように、輪になって回り始めた。

「すごい……」

 我知らず、リグルは呟いていた。徐々に、マミゾウの蟲と、リグルの蟲が合流し、繋がり、同じ輪を回り始めたのだ。
 もはやリグルから見ても、自分の操っている蟲と、マミゾウの操っている蟲の区別がつかない。
 もう、マミゾウの能力が変化かどうかさえ、疑わしいほどだった。リグルと同じ、蟲の妖怪だと言われても納得してしまえそうだった。
 それだけマミゾウが、蟲のことをわかってくれた、ということでもあった。

「あ……あは、あはは」

 どんどんリグルは愉快になっていった。酒の勢いというのもあっただろう。
 マミゾウのもう片方の手も繋ぎ、蟲と一緒に回りだす。
 リグルに化けているマミゾウが、ほんの少し驚いたような顔を見せたが、すぐにリグルの動きに合わせてきた。
 光の蟲の輪の中で、蟲の少女たちの、即興のダンスが始まる。
 ただくるくると、ゆっくり回るだけの子供じみたダンスが、今のリグルには、とても心地よく思える。
 次第に、周囲の宴会の輪もそれに合わせ始めた。手拍子をするもの、口笛を吹くもの、果ては騒霊の演奏までついてくる。
 そして、宴会が盛り上がるにつれて――蟲の数も、どんどん数を増やしていった。

「あはは、あはははははは!」

 光がリグルたちのみならず、宴会の輪の中にまで広がっていく。
 それでも中心にいるのはリグルとマミゾウだ。リグルは、もう楽しくて仕方が無かった。
 まるで神社中が――いや、幻想郷中が、光で満ちているようだ。
 自分の大好きな蟲たちが、自分と同じように、踊っているようだった。
 こんなにも楽しい気分になるのは、とても久しぶりのことだった。ましてや、宴会の中でこういう気分になるのは、もしかしたら初めてだったかも知れない。
 リグルは、マミゾウに感謝した。
 そして、蟲たちに感謝した。
 それだけではなく、幻想郷の全てに、感謝したい気分だった。
 この気持ちをどうすれば表すことができるのか、リグルにはわからなかった。踊りは続き、さらに蟲は増える。光の群れに囲まれて、それでも辛抱できずに――

「ららら、ららららら……♪」

 ついに、リグルは歌いだした。
 ――すると。

「ぶふっ!」
「ら?」
「ぷっ。うははっ! も、もう限界じゃ、あはははははははは!!」

 こらえ切れず、ついにマミゾウが、笑い出してしまった。

「ちょっ! せっかくいい気分だったのに、マミゾウ! 笑うなんてひどいじゃない!」
「い、いや済まん済まん、いやしかし歌いだすとは……ははははは!」
「も、もーう! そんなこと言って、馬鹿にして!」
「いや、馬鹿にするつもりは無かったんじゃ、じゃがな? こう、こみ上げるものを抑えきれなかったというか……! ゆ、許せ許せ、あはははは!」
「ま、まだ笑って……もう!」

 ちょっと怒ってみせるリグルだったが、さっきまでの良い気分は、そのまま続いていた。
 マミゾウにつられるように、リグルもまた笑い出したくなる。それは、マミゾウの言うとおり、マミゾウが馬鹿にしているわけではなく、ただ陽気に笑っているだけだったからだろう。

「あっははは、いやいや、儂もまだ未熟じゃのう。まだまだリグルのことを、よくわかっとらんかったわ……いやまさか、歌を歌うとは」
「だ、だって歌いたい気分だったんだもん! だったら歌うでしょ!」
「それはその通りじゃ。歌いたいなら歌えば良い! ほれ歌え、儂も歌うぞ!」
「え……ほ、本当に?」
「見ろ、周りのやつらだって歌いだしておるわ! 遠慮するでない!」

 マミゾウの言うとおりだった。リグルの興奮が周囲に伝わったように、みんなが光の中で、思い思いに盛り上がり始めていた。
 歌っている者もいれば、踊り始める者もいる。手拍子はいくつも重なり、騒霊の演奏と一緒になって、宴会の空気をさらに盛り上げていた。
 喧噪の中心に、リグルとマミゾウがいた。二人はまだ、手をつなぎ、くるくるとダンスを踊っている。

「そ、それじゃ……歌うね」
「うむ。せーの、で行くぞ」
「せーの! らーらーらら、らーらー♪」
「ららら、ららららら……♪ ははは、楽しい、楽しいのう!」

 光の蟲たちは、まるで天から降りてきた星々のようで。
 周りで騒ぎ立てる少女たちは、まるで、蟲たちの到来を祝福してくれているようで。
 そしてリグルとマミゾウは今、それら全ての中心にいた。
 踊りながら、二人は歌う。歌いながら、二人は笑う。
 あまりにも幸せすぎて、リグルは、不思議な気分になった。

「ららららら、ららら♪ ねえ、ねえマミゾウ!」
「らら、ららららら♪ なんじゃ、リグル!」
「これ、夢じゃないよね!? 私、ちゃんと起きてるよね!」
「何をぬかしておる、現実じゃ、当たり前じゃろう! 後で忘れとったら、今度こそ承知せんぞ!」
「うん! ねえ、ねえマミゾウ!」
「今度は何じゃ!」
「ありがとう!」

 このありがとうは。
 きっと、前の宴会の時に言ったのとは、違うありがとうなんだと。
 前の宴会のことを覚えていない、リグルでさえ、そう感じた。

「っ……ははっ! 礼を言うにはまだ早いわ! ここからまだまだ、盛り上げるんじゃからな!」
「うん! もっと歌おう、もっと踊ろうよ! 蟲たちと――みんなと一緒に!」

 宴は続く。夜はまだまだ始まったばかり。
 この、どこまでも楽しい馬鹿騒ぎは、まだまだ終わる気配を見せない。
 リグルとマミゾウが、さらに大声で歌いだした。つられて周りの連中も、どんどん盛り上がっていく。
 いつまでも続けばいいと、リグルは思った。



 /8



 楽しかった宴も、いつかは終わりを迎える。

「いやいや、自分でもびっくりじゃ。まさか、ここまで上手くいくとはのう!」
「うん! マミゾウ、今日は本当にありがとうね!」
「はっはっは、それ言うの何回目じゃろうな」
「あはは、いいじゃない、何回でも言いたいんだもん!」

 宴会は終わろうとしていたが、二人はまだ、余韻に浸っていた。
 飲む酒の量は少しずつだが、それでも酔いは十分に回っていた。そもそも、二人で踊って歌っていた時から、とっくにテンションは最高潮だったのだ。
 今日は本当に、最高の一日だった。
 マミゾウもリグルも、心から、そう思っていた。



 それだけ浮かれきっていたからだろう。
 近づく人影に、気付かなかった。



「あらあら、随分楽しそうじゃない」
「おうとも! おぬしも楽しんでおるか!」

 おそらくは初対面の相手だったが、マミゾウは臆せず返事をした。人見知りとは無縁な口である。
 リグルも遅れて、その人物に気付いた。

「あ、幽香! どう、幽香も楽しんでる!?」
「あらあら、二人して同じことを聞くのね。本当に仲がいいんだから」
「うん、私たち仲良し……って、あれ? ゆ、幽香?」
「何かしら、リグル?」

 その時――マミゾウは、完全に酔っぱらっていたため、気付けなかった。
 リグルが、どうして、口ごもったのかを。
 幽香がリグルに向けた、視線の意味について……結局、最後まで気付けないままだったのだ。

「んん〜? おぬし、幽香というのか! 飲んでおるか?」
「ええ。でも、もうお酒は結構なの、充分飲みすぎたくらいだから」
「そうかそうか。よしよし、宴会は楽しまねばのう!」
「ええ。ところで、さっきの蟲、凄かったわね」
「ん? うむ、うむうむ! 儂の変化も、リグルの蟲も凄かったじゃろう!」
「ええ、そうね。あなたなら、何を頼んでも、きっと大丈夫よね!」

 ああ、酔っ払ったままのマミゾウは気付かない。
 これが、マミゾウ宴会芸地獄のロードの、その始まりにしか過ぎなかったということに。

「ねえ、マミゾウ。蟲への変化ができたなら、次は私に挑戦してみないかしら。
 私が操る、花や、植物への変化だって……当然できるわよね?」
「もちろんじゃ、儂にどどんと任せておけい!」

 実に頼り甲斐のある声で、マミゾウは頷いたのだった。

ルーミア「闇にも化けられるの? 私が操る闇ってどんななのか、私にも教えてよ!」
リリカ「だったら音にも化けられるでしょ、私の演奏について来れる?」
にとり「私の発明品に化けることもできるのかい? 私の傑作の数々を見せてあげるよ!」
一輪「う、雲山に化けるのも、マミゾウなら当然できるわよね?」

化けられぬものなどあんまり無いと言える日が来る、その日まで――
マミゾウの挑戦は終わらない!
ご愛読、ありがとうございました!(打ち切りエンド)



(オリキャラが出ても大丈夫だよって方は、もう一つの転と結も読んであげてください。
 ちなみに時系列は、番号順になっております)


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コメント



0.460簡易評価
2.100奇声を発する程度の能力削除
とても素敵で読んでいて楽しいお話でした
3.100久々削除
素敵な話でした。
輝く虫達の姿が目の前に浮かぶようでした。
いやー、リグル&マミゾウという珍しいカップリングもさることながら、
リグルの新たな可能性を垣間見ることが出来ました。
こんな可愛いリグル作品を読んだのは初めてです。

そして頑張れマミゾウ! 変化の道は長く険しいぞ!(笑)
5.90コチドリ削除
読んでいて安心できるお話のつくり。
必要な文章が必要な表現で必要なタイミングに配置されている印象。
それが淀みなく続いて一本の作品として成立している。
こなれていて過不足がない、と言えばいいのかな。

ムジナの王の変化に抱く矜持や、蟲愛づる姫君の持つカリスマ、ではないな、うーん、なんと表現すればいいんだろう、
神秘性? ある種の畏れ? みたいなものがとても伝わってきました。
一番好きなシーンは、やっぱリグル邸に蟲々大集合のくだりかな。
おそらくそこには俺の天敵であるところのGやカマドウマも居るのだろうけど、
どうしたって嫌悪感は抱けない。逆に愛しささえ覚えてしまう美しいシーンでありました。

そう、この物語の蟲達は美しいんだ。
ミスティアの屋台でのシーン然り、ラストの宴会シーン然り。
で、ちょっとそこで思ってしまうんだな、美しくない側面はどうなんだろうと。
だから幽香が登場した時は結構ドキッとしました。花愛ずる彼女にとって同胞を食い荒らす蟲はどんな存在なんだろうと。
まあ、この作品においてはそんなことを言及すべきではないだろうし、実際そうなってはいないんだけど、
なんかちょっとそんな益体もないことを考えたのでした。

あとはそうだな。
七人の小さな侍+親分の冒険譚をもっと読みたいな、とか、
一輪はん、雲山を増やしてどないすんでっか? などと、蛇足ではありますが思った事を付け加えて感想を終えたいと思います。
うん、面白い物語をありがとうございました。
8.100名前が正体不明である程度の能力削除
次。
9.100愚迂多良童子削除
リグルがすごく不思議なキャラクターに思えました。
カリスマ性のある能力なのに、その実、性格は至って普通で気位の高さが微塵も見えない。
いずれは一勢力を担う長となるのか・・・そのときが楽しみですね。
10.100名前が無い程度の能力削除
久々に良いものを読んだ
11.90楽郷 陸削除
マミゾウとリグルの交流もよかったけど、ナズのキャラもよかったです。
「蟲を操る程度の能力」の解釈も面白かったです。
15.無評価削除
皆さんありがとうございます。コメント返しです。
>奇声を発する程度の能力さん
非常に光栄です。幻想郷は、素敵な光景でいっぱいだと思います。

>久々さん
リグルは可愛いよ! 蟲たちの輝きやリグルの可愛さが伝わったなら、とても嬉しいです。

>コチドリさん
そこまで言っていただくと、嬉しいやら恥ずかしいやらw
そうですね、蟲の美しさが前面に出ていたので、今作では、蟲の恐ろしさなどは書けませんでした。これは今後の課題としたいところです。
そして前回に続き、誤字指摘ありがとうございます。早速修正しました。

>名前が正体不明である程度の能力さん
まとめてお読みいただき、ありがとうございます。

>愚迂多良童子さん
リグルの魅力が伝わったなら幸いです。とは言いつつ、まだまだリグルの魅力を伝えきれていない気もしますので、今後も魅力的なリグルを書いていきたいと思います。

>10さん
次もそう言っていただけるよう、頑張りたいと思います。

>楽郷 陸さん
ナズーリンと橙の話も、機会があれば書いてみたいです。