「ハルデスヨー」
その一言で、レティ・ホワイトロックは我に返った。
「はっ」
「ハルデスヨー」
「ハルデスヨー」
その日、レティ・ホワイトロックは山の中腹でかまくらを作っていた。
久しぶりの大雪で、首が埋まるほど雪が積もっていた。大喜びで外へ出かけるも、寒いせいで誰も居なかった。
仕方がないので一人でかまくらを作っていた。そんなある日のことだった。
「ハルデスヨー」
「ハルデスヨー」
ようやく作り終えて、人が何人か入れそうなかまくらの中に、コタツと、みかんと、業務用の柿の種1kgと、コアラのマーチ500グラムと、上手い棒納豆味300本と、ビール30本と、缶チューハイ30本を持ち込んでまったりと過ごしている最中だった。
コタツの中で寝て目を覚ましたら、自分の枕元に誰かが立っていた。
リリーだった。
リリーが二人いた。
白と黒、それぞれの衣装をまとったリリーがにっこり笑っていた。
そしてレティ・ホワイトロックの頬をつんつんとつついていた。
「ハルデスヨー」
「ハルデスヨー」
レティは固まった。寝転がったまま固まった。
ぷにぷにと、とても嬉しそうに自分の頬をつついているリリーホワイトとリリーブラックを見て固まった。
どうしてこいつらがここにいるのだろう。
この吹雪の中どうやって来たというのだろう。
そしてなぜこいつらは、嬉しそうに自分の頬をつついているのだろう。
「ハルデスヨー」
「ハルデスヨー」
まさかだ、まさかである。そんなことがあってたまるか。
いいやでもそれ以外考えられないではないか。悔しいが、それしか考えられない。
……今、何月だっけ。
「ハルデスヨー」
むにゅり。
自分の頬が掴まれる感触がした。もちろん相手はリリーだった。
だんだんと力が強くなり、ぎりぎりと音を立て始めたところでレティ・ホワイトロックは我に返った。
そして気が付いた。外から吹いてくる春の風に。桜の花びらが缶チューハイの入ったグラスに浮かんでいることに。
即ち、春がすぐそこまで迫っていることに。
「ハルデスヨー」
だあん! と大きな音がした。
それはすなわち、レティ・ホワイトロックがリリー・ホワイトをはがす音だった。
「ホワイトローック!! 」
ダッシュでかまくらの中から逃げるレティ・ホワイトロック。
その行動に怒って叫びながら追いかけるリリー×2。
うかつだった。
まさか、かまくらの中でまったり過ごしている間に、季節がめぐっていたとは思ってもみなかった。
とにかく逃げるレティに、ものすごい勢いで追いかけるリリー。
幻想郷に、春一番が吹いた。
「きゃあっ! 」
「あら、春一番ね」
「ちょ、ちょっとなんでアンタは平気なのよれいむ」
「平気じゃないわ、アリスの黒いレースが見えて私の春度は100パーセントよ」
「な、なに言っているのよれいむ、そんな顔近づけてっ」
「言ったでしょ、私の春度は1000パーセントよって」
(まずいっ、まずいぞレティ・ホワイトロック! 季節は春! なんてあったかいんだろうこのままじゃ私溶ける! は、はやく永遠亭の冷凍庫にもぐらなきゃっ! そしてそこのドーナツ食べなきゃっ! )
「そんなに積極的に攻められたら私っ」
「アリス、恥らう必要はないわ、春じゃない」
「い、意味がわからないわれいむっ、だめなものはだめよっ」
「何も駄目なことなんてないわ。春だもの」
「だ、だから意味がわからないって」
(はっ、駄目だ、ついさっきこいつらに馬鹿にされたばかりじゃないか! 気持ち良さそうに頬をつまみあげてあんの妖精! 言いたいこととかまるみえだっつーの! 今が冬だったら徹底的にひねり潰してやるのに! ってそういう場合じゃない、今はそう言う場合じゃないわよ、レティ・ホワイトロック! 今は冬じゃなくて春なんだからっ! )
「アリス、私もう我慢できない」
「だめ、だめよこんなところでっ」
「あなたがいけないのよ。あなたがそんな破廉恥な下着つけてくるから」
「な、なに言っているのよ霊夢! 私は貴女がこれが似合うわよって言ってくれたから、つ、つい……」
「アリス」
「な、なに」
「今の一言で、私の春度は5000パーセントよ」
(考えろ、考えるんだレティ・ホワイトロック! どうやったら50km先の永遠亭までこいつらから逃げられるかをっ! 雪は、雪はどこだっ! 雪さえ食べれば私の体力は回復するのに……っ! どこを見ても桜ばかりじゃないかっ! この桜を見ながら桜餅を……って、そういうこと考えるとまたあの妖精に馬鹿にされるだけよレティ・ホワイトロック! ……じゃなくって、そうじゃなくって! )
「な、なんでそんなに跳ね上がるのよ」
「あなたがわたしのエクスタシーをバーニングさせたのよ、責任は取らせてもらうわ」
「な、なによその意味のわからない単語。い、いくら私が都会派でもそんな言葉知らないわ」
「アリス、いいから私に全てをゆだねて頂戴」
「だ、駄目よれいむ、そんな近付いてこないで」
「アリス、怖くなんかないわ。ほら私の目を見て」
「こ、こんなところでそんなの駄目! 仏様がみてるじゃない!」
~その頃の命蓮寺~
「春ですね、聖」
「そうね、みなみっちゃん」
「……そう呼ばれるのは何だか恥ずかしいんですが」
「むー、みなみっちゃんのけちんぼ」
「わきゃっ、ちょ、ちょっとそれ反則ですから聖!(ああああその二つのメロンが苦しいっ! 苦しすぎるっ! )」
「みなみっちゃんはふわふわしてて抱き心地がいいわぁ」
「幽霊ですから」
「えい、ぐりぐりっ」
「わーちょっと聖ってば! 」
「やっぱりいつ見てもみなみっちゃんは可愛いわね」
「あ…う…いや……、そ、そうだ聖っ! 甲板にあの極悪非道巫女とその連れがいちゃついているんすよ! 」
「あらまぁ、春ねぇ」
「だからとっとと追い出し……え、それだけ? 」
「いいじゃないの、春だもの」
「い、いいんですかっ!? あいつら今にもこの寺の風紀を乱すようなことをやりやがりますよ! 」
「いいのいいの、春だし」
「春だからって全てが許されるわけじゃ……むぎゅっ」
「春は船旅が気持ちいいわねぇ、あったかくって」
「はは……そうですね……(い、いいやもう全てがどうでも)」
仏様はみていなかった。
代わりに。
「ななななにを言っているんですかナズーリン! 」
「いやだから、奴らを止めに行こうって」
「だっ、駄目ですよナズーリンッ! そそそそんな破廉恥な! 」
「止めなきゃまずいから行くだけです。妙な妄想しないで下さい御主人様」
「なななナズーリンッ! 行っちゃだめですよナズーリンッ! いくら後学の為とはいえいいい行っちゃいけませんナズーリンッ! 」
「誰が後学の為だよ! アンタ自分の妄想を肥大させすぎだよ! 」
「え、じゃ、じゃあ何のために」
「止める為だよ! わかるだろそんぐらい! 」
「ああああ駄目っ! そんな風に金髪の子を倒しちゃだめですよ極悪非道巫女っ! 」
「ってオイ御主人! 人が目を離した隙に! 」
「そんなところ触るなんてっ、だだだ大胆すぎるじゃないですかっ! 」
「まじまじと真剣に見てんじゃねーよ!止めろよ御主人! 」
「ああっ、もう見ていられません! でも目を逸らすことができませんナズーリン! 」
「しらねーよ! 」
「はっ、まさかナズーリン、全て後学のためにこれをわざと私に見せt」
「だから誰が後学のためだよ! アンタの妄想だろ! 」
「駄目ですナズーリン!そんな風に攻められたら私抵抗できません! 」
「カミングアウトしなくていいよ! 実践するけど! 」
「え」
「あ」
チーン。
毘沙門天の弟子たちも、別に見てはいなかった。
~その頃の命蓮寺・完~
レティ・ホワイトロックは逃げていた。
リリーホワイトとリリーブラックから、竹林の永遠亭に向かって逃げていた。
「リリー」
「リリー」
(うわああああやってきたああああ!! )
リリーホワイトが毛玉をつかんでレティ・ホワイトロックに投げつけた。
時速180kmで飛んだ毛玉は二つに分裂した。
そのうちのひとつは空飛ぶ寺にぶつかり爆発した。
もうひとつの毛玉をツバメ返ししながら運よく避けたレティは、その光景を目の当たりにして息を呑んだ。
(な、なんという破壊力(バーニング)ッ……! これが108式波動球っ……! )
「チッ!! 」
「チッ!! 」
狙いが外れたのを見て、リリー・ホワイトは舌打ちをした。なんて奴だとレティは思った。
(どうするっ、どうするレティ・ホワイトロック……! 考えろ、考えるんだこの窮地から脱出する方法を! )
でなければ自分はやられてしまう!
そう、1年前の今日、リリーホワイトに連れられてマリアナ海溝の奥深くに埋められたのだ。
あの時は本当に死ぬかと思った……火山が噴火しているわ、おかげで溶かされそうになるわ、空気の読めない深海魚が「あらあら、おいしそうなホワイトロックですわね」とか言ってきやがるわ、「でも総領娘様のほうが美味しそうですけれどね」とか意味不明なことを言ってくるわ、とにかく散々であった。
ちなみに深海魚に腹が立って、半分食べてしまったのはまた別の話である。
ともかく。
このまま引き下がる訳にはいかなかった。なんとかして、なんとかして永遠亭まで行かなくてはいけない。
しかしもう切り札がない。
どうすればいいのだろうかと思案するレティ・ホワイトロック。
しかし、春前線はすぐそこまで迫っていた。荒れ狂う春の風に乗って、リリー・ホワイトがやってきた。
「ハルデスヨー」
(うわああああきたああああああ!!! )
リリーホワイトが鎌を投げた。
「リリー!! 」
「うひゃぁっ!! 」
レティ・ホワイトは必死になってそれをさけた。
危なかった……あと数センチずれていたら首が切れるところであった。
「ぜぇ、ぜぇ……」
リリーホワイトが鎌(スペア)を取り出した。
そしてひゅんひゅん頭上で回したかと思ったら、次の瞬間にレティに攻撃を仕掛けた。
「うぎゃぁ! 」
間一髪で避けるレティ。
しかし、後ろによろけてしまい、バランスを崩してしまう。
(ちっ、ちくしょう……! なんでこんなことに……! )
心の中で焦れば焦るほど、相手の攻撃が早くなってゆく気がする。
一進一退の攻防は、小一時間ほど続いた。その間ずっと、レティは汗をかきっぱなしであった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
しかし、このぽかぽかした陽気にレティ・ホワイトロックは敵うはずもなく。
だらだらと汗をかき続ける様は、まさに体力を消耗している証であった。
じりじりと照りつける太陽に、身も心も溶かされそうであった。
そしてそのうち、リリーホワイトは攻撃する手をやめた。
カラン、と自前の鎌が落ちる音がした。
「はぁ、はぁ、はぁ」
そしてレティ・ホワイトロックに近付く。静かに何も持たず、ほんの少し微笑みながら。
そんな彼女を、レティはただ見ているだけしかできなかった。
ああ、段々と天敵の姿が近くなってゆく。逃げなければ確実に地下一万メートルの奥深くに埋められるというのに。
しかしここから動く体力は、最早残っていなかった。
「レティ・ホワイトロック」
一歩、また一歩、リリー・ホワイトが近付いてくる。
その笑顔はまさに春爛漫の桜のよう。
思わず見とれたくなるような春の笑顔に、自分が溶かされていくのもわからぬまま。
「ハルデスヨ? 」
春一番が吹く。
暖かい風に乗って、桜の花びらが自分の目の前で舞っている。
春の妖精は近付くと、手を伸ばして頬に触れた。
そんなに近くにいることすら気付かずに、レティ・ホワイトロックはただ荒い息を繰返すだけであった。
「ハルナンデスヨ? 」
知っている。
今が春だということはとっくのとうに知っている。
そう、だから冬の置き忘れ物は、もう帰るべき場所に帰らなければいけないことを。もう雪も降っていないし、凍えるような寒さに耐える必要もない。
それを伝える為に、春の妖精はここにいる。だから、用がなくなった私はもう、ここに居ることができないのだ。
「レティ」
春の妖精が、自分の頬に触れる。
にっこりと笑いながら。
最早埋められることを覚悟をしているのに、つられて笑いかけそうになってしまう。
「ホワイトロック」
どうしてだろう、天敵のはずなのに。
彼女の笑顔を見ていると、だんだんと暖かい気持ちになってくる。
ああ、きっとこれが春なんだ。誰しもが待ち望んでいた暖かい季節。だから春は皆に愛される。
そしてそんな春を司るこの妖精は、どんな妖精よりも暖かい。
「――」
リリーホワイトからレティ・ホワイトロックに送るのは、情熱的なキス。
身も心も溶かすようなキス。
まさしく春だった。自分が見たのは春の光景だった。
向こうの舟では、巫女が人形遣いを押し倒している。
反対側では、寺の住職が船長に膝枕をしている。
そして中央では、そんな彼女らを見た毘沙門天の使い達が、M(マジで)K(キスする)5(秒前)だった。
春だ。春がやってきたんだ。もう自分に居場所など無い。
おとなしく、マリアナ海溝の奥深くに閉じこもるべきなのだ。
レティ・ホワイトロックは目を閉じる。
ただ感じるのは、リリーホワイトの暖かさだけ。
「リリー!!! 」
後ろでぎりぎりと歯軋りを立てているリリーブラックの事などすっかり忘れて、レティ・ホワイトロックはリリーホワイトと口付けを交わした。
数秒にも、永遠にも思えたその時間。
冬の氷が解けて、新たな息吹が芽を出すその瞬間。
小鳥がさえずり、花が咲いて、太陽が暖かく照らすその下で。
幸せだった。とても幸せだった。マリアナ海溝に埋められようとも、きっと悔いはないだろう。
「リリー!!! 」
後ろでハンカチをびりびり破いているリリーブラックのことはお構いなしに、レティ・ホワイトロックは幸せに浸った。
そんな彼女を満足そうに見つめるリリーホワイト。顔を彼女から離すと、リリーホワイトはレティ・ホワイトロックに笑いかける。
「……」
「リリー? 」
そして次の瞬間に。
「ハルデスヨー!!! 」
「へぼあぁっ!!!! 」
わき腹にエルボーを食らわして、冬の置き忘れ物を気絶させたのであった。
「あら、どうしたのですかその人。え、何ですって? 冬の置き忘れ物? もう今は春だから? 今すぐマリアナ海溝に行って埋めて来いって? いやだなぁ、私の仕事は天気を伝えるだけですよ。それにこの人、去年私のことを半分たべちゃった人じゃないですか。深海魚だから生き返りましたけれど、あの時は本当に散々だったんですよ、貴女にはわからないでしょうけれど。ええ、復活するのってものすごくエネルギーが要るんですよ。体中がぬるぬるになるし。その話を他の人にすると決まって何故か顔を紅くするし。なんでしょうかね。ぬるぬるって言葉が悪いんですかね。ええ、そんなわけで、他を当たってください。そんな人家に持ち込まれても正直困ります」
「え? 何? 今日のご飯はシチューじゃなくってカレーがいい? そんなわがまま言われても困りますよ。一応ね、きっちりレシピ組んで栄養バランス考えているんですからね。駄目ですよわがまま言っちゃ。大きくなれませんよ。どこがとはあえて言いませんが。……いたっ、あいたたたっ! 何するんですかいきなりやってきて! あーちょっと、この人どうする気ですか! アンタどこに行く気ですか! 困ります、本当に困るんです今月の家賃とか光熱費とか! 竜宮の使いってあんまり儲からないんですよ! 何度も龍に進言しているのに! 待って下さい、ちょっと待って下さい、マリアナ海溝に行く旅行費すらないんですよ私! ちょっとおいそこの春妖精! 待ちなさいそこの春妖精!何が「ハルデスヨー」だよ全然春来ないじゃないのよ! こっちは貧乏すぎて総領娘様にこの変態! と罵られて振られたのよ! え、何? それ貧乏が原因じゃない? うるさい知っているわよ! 私が勝手に総領娘様の(こちらは文々。新聞広告です、毎月一日に刊行しております! )を(皆さんの健康と安心を求める永遠亭薬局は、平日9時より営業を開始しております)したからが原因だって知っているわよ! ちょっと、ちょっと待ちなさいよ春妖精! せめてこっちに春置いて行けやこの春妖精! リリーホワイト! ブラック! こいつをマリアナ海溝まで連れて行けやああああああ!!! 」
――その後、レティ・ホワイトロックを見た者はいなかった。
完。
だが春だ
レティさんはいつか必ず双春告精(ダブル・リリー)に食われる、主に某所的な意味で。
白蓮姉さんと水蜜船長はもっとイチャつかれましても罰は当たらぬ気が致します。
いざ、南無三ターイム。
ねずみの女神(ミューズ)様とごっドジッ娘さんはもうお好きな様にちゅっちゅしやがりまして下さい。
時に優しく変態的に、時に激しく倒錯的に、時に移り変わる色とりどりの四季の様に、それはそれは素敵にちゅっちゅしやがって下さいまし。
あと衣玖さん。
頑張れ。超頑張れ。
霊夢の積極さとアリスの可愛らしさ、リリー二人と追っかけられるレティとか面白かったです。