この作品は作品集48にある『ちび巫女霊夢 ~紅魔郷~』,『ちび巫女霊夢 ~紅魔郷EX~』の続編にあたります。
ですが、この作品単体でも楽しめます。
朝日を浴びて、雪が煌めく。
幻想郷の端に位置する博麗神社。社の縁側に霊夢はたたずみ、雪の舞う空を見上げている。その表情は暗く沈んでいた。
「いつまで続くの、この冬は……」
誰に尋ねるわけでもなく呟いた声はかすかな苛立ちを含んでいた。
この年の幻想郷はいまだに長い冬の中にあった。月日は五月――春が訪れる気配は一向になかった。
「早く春になってくれないと困るのに……ん?」
ふと霊夢は、雪の中に薄桃色のかけらがいくつか舞っているを見つけ手を伸ばす。かけらは誘われるように霊夢の手のひらへと落ちてきた。
「桜の花びら? 違う、これは春のかけらだ」
手にした数枚のかけらを握りしめると、少し寒さが和らいだ。
「誰かが春を奪ってるのね。許さない……ずっと待ってるのに」
霊夢は室内へと戻ると針と御札、陰陽玉を準備し防寒用に手袋をはめ、雪の舞い散る空へと飛び立っていった。
雪の舞い散る中を飛んでいた霊夢は突然の寒波に身振るいをさせた。
「ううっ、なんか急に寒くなってきた」
震える霊夢の前を桜の花びらが落ちていった。
「春のかけら! まてーっ」
寒さを和らげる為に花びらを追いかけ降下していく。
「つかまえた!」
花びらを手に取ると、身体がほんのりと暖かくなる。花びらを懐に入れながら周囲を見渡すと、辺り一面すべて氷に覆われている。遠くには紅い館がうっすらと見えた。
「あれって紅魔館だよね、ということはここってもしかして湖?」
場所を理解した霊夢の脳裏に一年前の紅霧異変の記憶がよみがえった。同時に冷気を操る氷精の姿が思い浮かぶ。
「ということは、この寒さは……」
「ああーーーっお前はー!!」
突然の背後からの声に振り返ると、そこには氷の羽を生やした少女――氷精チルノが霊夢を指差して氷原に立っていた。
「なまいきなガキッ!!」
「ガキじゃないわよ。私は博麗霊夢よ、このバカ!」
「だれがバカだ、アタイはチルノよ。最強なんだから」
胸を反らすチルノの姿を見て、霊夢はやっぱりバカだと頭の中で呟いた。
「一応聞くけど、あんた……なわけないわよね。そんな考えが思い浮かぶわけないしね」
「はあ? なにがよ? 言いかけてやめるなんて気になるじゃないの」
眉をひそめ、霊夢を見詰める。
「この長い冬のことよ」
「長い冬? いいよねこの長さ、おかげてレティと長く遊べて楽しいわね」
「どうしたのチルノ?」
嬉しそうに声を弾ませるチルノの後ろから白い服に身を包んだ女性が現れた。
「あ、レティ。あんな奴友達じゃないよ、なまいきなガキだよ」
「ガキじゃなくて、博麗霊夢! 名前くらいちゃんと憶えなさいよ。えっと、こんにちは」
霊夢はペコリと女性におじぎする。
「こんにちは、博麗のかわいい巫女さん。私は冬の妖怪レティ・ホワイトロックよ」
ニコリと微笑みながら、レティは挨拶した。霊夢はその言葉に身を強張らせると、レティを見据えた。
「あらあら、私何か失礼をしたかしら?」
レティも笑みを浮かべたまま霊夢を見詰め返した。
「あなたなの、春を奪ったのは?」
「さあ、どうでしょう。ウフフフフ……」
「もしそうなら、冬を終わらせます。もう春ですから」
御札を取り出し身構える。
「そんなのこのアタイが許さないわ。レティとはもっと遊ぶんだから」
チルノがレティと霊夢の間に割って入ってくると、スペルカードを構えた。
「チルノ……」
レティの表情が曇った。
「くらいなさい、アタイの必殺技! 氷符『アイシクルフォール』(イージー)」
チルノの左右にいくつもの氷柱が現れ霊夢へと襲いかかる。
「うわっととと、いきなり何よ。この冬とレティさんが何の関係があるのよ!」
霊夢は氷柱を避けながら尋ねた。
「レティは、レティは……レティはね、冬しかいられないのよ! だから、せっかく長くなった冬を終わらせるなんて、アタイが絶対に許さないんだから!!」
「っ!?」
その言葉に霊夢は戸惑いの表情を浮かべ、空へと飛びあがった。
「逃がすか」
その後を追いかけチルノも空へと飛び上がった。
霧雨魔理沙は久々に博麗神社へと向かって飛んでいた。
「ふうー、こないだまでかなり吹雪いてたからなあ。神社の雪かきしないと大変だろう。それに、長いこと一人だと寂しいだろうしな」
笑みを浮かべながら、魔理沙は眼下に見えた博麗神社へと降りていった。
「おーい霊夢ー、久々に遊びに来たぜ」
玄関の戸を開けホウキを立て掛けると、中へと上がってく。しかし、いくら待っても返事が返ってこない事に首をかしげた。
「おーい、霊夢? いないのか?」
居間へと入った魔理沙は、炬燵の上に書き置きを見つけた。
「ん? なんだこれは。えーと……『はるをとりかえしにいってきます れいむ』はあっ!? 取り返すってどういうことだよ」
書き置きを手にした魔理沙はひらりと桜の花びらが落ちるのを目にし、それを拾い上げた。
「花びら? にしては変だな、不思議な力を感じる。それに温かいぜ……ってもしかして、これを見つけたから霊夢は……いや、でも、こんなの手がかりにもならないぞ。それなのに飛び出していったのかあいつは?」
首をかしげる魔理沙の視界にカレンダーが映った。その瞬間、魔理沙は飛びかかるようにカレンダーへと駆け寄った。そして、一週間ほど先の日に丸印を見つけた。
「そうか、もうすぐ靈夢の命日じゃないか。あそこは冬は雪でほとんど埋まっちまうから……くそっ、私としたことが、うっかりしてたぜ!」
魔理沙は花びらをポケットに入れると、玄関へと走った。そして、ホウキに乗ると、空へと飛び上がっていった。
「無茶するなよ、霊夢!」
「この、ちょこまかちょこまかと、避けないで当たりなさいよ!」
チルノが声を荒げながら、霊夢を睨んだ。
「さっさとあんたを倒して、レティと遊ぶんだから!」
レティが冬の間しか存在できない妖怪だと知り、とまどう霊夢だったが、だんだんとチルノの行動に苛立ちを覚える。そして……怒りが限界を超えた。
「あーもうっ! 少しはかわいそうだって思ったけど、なんか、逆にムカついてきたわ!」
霊夢は、チルノを睨み返すと、飛んでくる氷柱を避けながら、チルノへと突っ込んでいく。
「ワガママ言うなっ!」
チルノの真っ正面へと来ると、御札を投げつけた。
「ふごっ!」
御札は巨大化し、チルノの顔を覆うように張りつく。突如視界を奪われたチルノは地上へと落下していく。
「チルノ!」
落ちてくるチルノをレティはとっさに受け止めた。
「ふぐぐぐぐぐっ……ぷはぁっ!」
チルノは、顔に張り付いていた博麗アミュレットを剥がし、深呼吸をした。
「次の冬が来れば、また会えるんだからいいじゃないの」
ゆっくりと降りてきた霊夢がチルノへと近寄っていく。
「なんだと! 何も知らないのに簡単に言うな!」
チルノはレティの腕から降りると、霊夢に詰め寄る。
「確かに私はあなたたちの事は知らないわよ。でもねあなたは次の冬まで我慢できないの? それともあなたの友達はレティさんだけなの? 前に会った大きな妖精さんはなんなのよ?」
「うっ……それは……」
霊夢の言葉に、チルノは口をつぐみ俯いた。
「それに、どれだけ会いたくても二度と会えない事に比べたら、大したことじゃないでしょう。どうせあなたにはわからないでしょうけどね!」
涙を潤ませながら吐き捨てるように喋ると、霊夢は背を向け飛び去っていった。
「あっ……」
チルノは呼び止めようとしたが、言葉が思い浮かばず、手を中途半端に上げたまま固まった。
「チルノ……」
レティは優しく声をかけながら立ち尽くすチルノを抱きしめた。
「レティ、あたい……」
「わかってるわ。でも、大丈夫よ。今度会った時に謝ればいいわよ」
「許してくれるかな」
「大丈夫よ。あの子もちゃんとわかってくれるはずだから。だからね、チルノ……私の分も謝っておいてね」
「え!? うん……わかったよレティ」
レティの言葉にチルノは別れが近いことを知る。引き留めたい衝動に駆られるが、グッとこらえて一度深呼吸するとレティへと向き直る。
「そのかわり、今日はいっぱい遊んでよね」
「ええ、もちろんよ」
二人は笑みを浮かべ、身を寄せ互いの存在を感じあった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
その二人の世界を切り裂くように、黒い影が目の前へと急降下してきた。
紅魔館の一室、レミリアは椅子に腰かけたまま、机の傍らに置いてある鈴を鳴らした。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
音もなく咲夜が現れる。
「お茶をお願い。あと、何か軽いものもね」
「はい」
一礼をすると、机の上にティーセットとクッキーが現れる。
「お待たせいたしました、どうぞお嬢様」
「ありがとう」
出された紅茶の香りを楽しみ一口飲む。
「ところで咲夜」
「なんでございましょうか?」
「そろそろお花見がしたいわ……だから、春を探してきてちょうだいな」
「春をですか?」
レミリアの命令に咲夜はキョトンとした表情をし聞き返した。
「ええ、そうよ。それに、これ以上冬が長引くとこの館の貯えが尽きるでしょう。だからあなたには春を探してきてほしいのよ。フフフ……大丈夫よ、今日一日しっかり探せば見つかると思うわ」
レミリアは笑みを浮かべて咲夜を見つめた。
「わかりました、お嬢様。それでは……」
「ああ、待って」
退出しようとする咲夜を呼び止め、レミリアは席を立った。そして、クローゼットの引き出しからマフラーを取り出し、咲夜へ近寄っていく。
「外は寒いわ。暖かくしていきなさい」
手にしたマフラーを咲夜の首へと巻き微笑んだ。
「お嬢様……ありがとうございます。この咲夜、必ずやお嬢様のご期待に添えるように全力を尽くします」
「お願いね。でも、あんまり遅くなっちゃダメよ」
「はい、お嬢様。それでは、行ってまいります」
頭を下げると、次の瞬間には咲夜の姿は消えていた。
「出てきたのはいいけれど、春の手がかりなんてどこに行けば……」
館の外へと出てきた咲夜は、腕組みしながら行き先を考える。
「あれ、咲夜さんおでかけですか?」
門の端に立っていた美鈴が、咲夜に気付き声をかけた。
「ええ、お嬢様の言いつけで、春を探しに行ってくるわね」
「この雪の中をですか、寒いですよ? あ、そうだ咲夜さん……これを持っていってください」
懐から小さな袋を取り出し、咲夜へと手渡す。袋を受け取った咲夜をほんのりと暖かい空気が包み込む。不思議に思い袋を開けると、中には数枚の桜の花びらが入っていた。
「これは……桜の花びら?」
「ええ、そうなんですけども。その花びらを持ってると不思議と暖かいんですよ。だから、門番隊の中でも大人気なんです」
「あら、そうなの。でも、この花びらは何処で手に入れたの?」
「警備についてたりすると、時々空から落ちてくるんですよ。今では非番の隊員が何人か周囲に探しに行くほどですよ。まあ、なかなか見つからないんですけどね」
「そう、空から」
咲夜は思案するように口元に手をあてた。
「咲夜さん、どうかしました?」
「いえ、大したことじゃないわ。それよりも美鈴、これを渡したらあなたが寒くなるんじゃ」
「あははは、私は大丈夫ですよ。それがなくても、気を操ればこのくらいの寒さならへっちゃらですから」
笑顔で答える。よく見れば美鈴の服装は寒空の下だというのに、いつもと同じ緑色の中華服一枚だった。
「意外と便利なのね気の力って。それじゃあ、これはありがたく貰って行くわね」
咲夜が袋をポケットへと入れ、飛び立とうとした瞬間だった。ドーーーン! という大きな音がし、湖の方角で雪煙があがった。
「なにかしら?」
眉をひそめながら煙へと目を向ける。
「うーん……なんか人影が三つ見えますね」
美鈴が遠くを眺める仕草をしながら言った。
「本当にわかるの?」
「まあ、ギリギリ見える程度ですね。さすがに誰かまではわかりませんけど」
「そう、それじゃあ出かけるついでに私が様子を見てくるわ。あなたはしっかりと番をしていなさいね」
「はい、咲夜さんもお気をつけて」
敬礼する美鈴に見送られながら、咲夜は湖へと飛び立っていった。
湖にぶ厚く張った氷にヒビを入れながら、魔理沙は着地する。そして、すぐさまレティとチルノに向き直り尋ねた。
「おいお前たち、ここら辺で小さな巫女を見なかったか?」
突然の出来事にしばらく立ち尽くしていたレティとチルノだったが、我に返るとチルノが声を荒げた。
「いきなりなんなのよアンタは!」
「ん? お前はいつぞやの氷精じゃないか。お前に聞いても意味が無さそうだな、そっちのあんたは何か知らないか?」
抗議の声を無視し、チルノを押しのけレティへと魔理沙は尋ねた。
押しのけられたチルノはバランスを崩し尻もちをついた。
「チルノ、大丈夫? あなたなんてことするのよ」
「ああ、悪かったな。それより霊夢を……小さな巫女を見かけなかったか? ちょっと急いでるんだ」
「さあねぇ、霊夢ちゃんがどこ行ったかなんて知らないわね。まあ仮に知っていたとしても、あなたみたいな礼儀知らずに答える気はないわ」
自分の都合を押しつける魔理沙の態度に、レティは怒りをあらわにした。周囲の温度が下がり、うっすらと霧が立ち込める。
「おっとっと、穏やかじゃないな。まあいいさ、霊夢のことを知っているみたいだな。どうやっても教えてもらうぜ」
間合いを取ると、ホウキにまたがり空へと浮かび上がった。
「レティ……」
「少し待っててねチルノ」
心配そうに見つめるチルノに微笑むと、魔理沙を追いかけ飛び上がっていった。
「少しは相手の事も考えた方がいいわよ、あなたは強引すぎるわ」
空高くまで来ると、レティは周囲に霧を生み出す。さらに周囲の温度を下げ氷を作り出すと、それに妖気を込め魔理沙へと放った。
「ご忠告ありがたいが、今は急いでるんでね。さっさと霊夢の事を教えてほしいぜ!」
飛んでくる氷を軽やかに避けながらマジックミサイルを撃ち出す。しかし、霧に触れると四散した。
「無駄よ。その程度の弾じゃ、この霧は貫けないわよ」
左右へと揺れながら、霧を広げ氷を撃ち出す。立ち込める霧は深くなり、レティの姿が隠れていった。
「ちっ、ならこうだぜ。マジックナパーム!」
マジックミサイル数発分の魔力を凝縮し放った。大きく長細い魔力弾が霧を貫き飛んでいく。
「おっとっとっ……うふふふ、なかなかの威力だけど。見当違いの方向に撃っても意味ないわよ」
「このっ!」
声のする方向にマジックナパームを撃つが、弾は霧を貫き飛んでいくだけだった。
「ほらほら、こっちよ。魔法使いさん」
「調子に、乗るなぁ!」
広がる霧全体に向けて、マジックナパームを次々と撃ちこんでいく。しかし、一発も手ごたえはなかった。
「そんなに、無駄撃ちしたら疲れちゃうわよ。まあ、頭に血が上った状態じゃ仕方ないわよね」
「なにっ!?」
魔理沙は背後から声に驚きながら振り返ると、笑みを浮かべるレティがいた。だが、その笑みは優しさなど含んでおらず、威圧するような雰囲気を漂わせている。
「これで少し頭を冷やしなさいな……寒符『リンガリングコールド』」
スペルカード宣言と共にレティの周囲に暴風のような寒波が吹き荒れ氷の粒を生み出していく。そして、彼女の顔から笑みが消えると、冷たい風が氷をはらんだ塊となって魔理沙へと襲いかかった。
「おおっと……うおおおおっ!」
迫る寒風の塊をギリギリで避け反撃しようとした魔理沙は、塊が通り過ぎた際にまき起こった風により、体勢を崩しかけた。そこへ、さらに塊が襲いかかってくる。すぐさま体勢を立て直しながら、塊を避けた。
「なんて、威力だ。けどな、パワーなら負けないぜ!」
再び飛んでくる塊とレティを直線状に捉えると、マジックナパームを放った。魔力弾と寒風の塊がぶつかり合うと爆発が起きて霧が発生し、魔理沙の視界を遮った。
「っ!!」
とっさに身体を傾けその場から離れる。同時に寒風の塊が先程まで魔理沙の居た場所を通り過ぎていった。
「ふう~危なかったぜ」
「なかなかいい勘してるわね。でも、次はどうかしらね?」
レティが言い終るとともに、寒波がさらに強くなり、次々と寒風の塊が放たれる。
「くそっ、連射速度はあっちの方が上か……こうなったら仕方がない。もったいないがここは一気に吹き飛ばしてやるか」
魔理沙はポケットに手を入れミニ八卦炉を握りしめた。
「いくぜ、私の必殺技! 恋符……」
「やめなさい」
涼やかな声が聞こえると同時にレティと魔理沙の動きが止まり、弾幕も消え去る。二人は突然の声に従って止まったのではない、二人を取り囲む無数の鋭いナイフを目にし動きを止めたのだ。
「咲夜、邪魔するなよ」
頭上に現れた咲夜に対し魔理沙は少し苛立った声をかける。
「嫌よ。よく見なさいな、あなたの射線上にうちのお屋敷があるのよ。被害が出るのを見過ごすわけにはいかないの」
「ぐっ、でもさぁ私は……」
「そうねぇ、これ以上は続ける必要もないでしょうから、私の負けでいいわよ。それに、チルノが今にも飛びかかってきそうな顔で見てるしね」
レティは軽く溜息をつくと、視線を落とす。氷原の上に立ったチルノが歯痒そうにこちらを見上げていた。
「おい、何勝手に1人で納得してるんだよ。私はこんな終わりかたなんか認めないぜ」
「霊夢ちゃんの行先はよくわからないけど、春を探してたみたいね」
レティは少し大きめの声で魔理沙の言葉を遮ると、とある方向を指差した。
「あっちのほうは、冬の力が弱まってるわ。まあ、私にわかるのはそれくらいね。さて、どうするのかしら、魔法使いさん?」
にこりと微笑みながら魔理沙を見つめた。
「…………ありがとうだぜ。悪かったな、つっかかって」
魔理沙はぶっきらぼうに言うと、レティの指さした方向へと飛び去っていった。
「あ、ちょっと待ちなさいよ」
咲夜は周囲のナイフを消すと、魔理沙の後を追いかけていった。
「ふう、冬の終わりに面白い人たちに会えたわね。次の冬が楽しみだわ」
遠ざかっていく二人を見つめながらレティは次の冬を思い浮かべていた。
「ちょっと魔理沙待ちなさい。説明してもらうわよ、何があったのか」
「あんたには関係ないことだぜ」
魔理沙は前を向いたまま冷たくあしらう。
「何かがなければあんな所で暴れたりはしないでしょう。まあ大方霊夢ちゃん関連だと思うけどね、あなたあの子の事となるとずいぶんと熱くなるし」
「ほっといてくれ。というか、なんで付いてくるんだよ? 屋敷はこっちじゃないぜ」
「お嬢様の命令で春を探しに行くのよ、つまり霊夢ちゃんと目的は一緒なわけ。理解できたかしら?」
「ああ、そういうことか……レミリアめ運命を見たな。今日霊夢が飛び出していくのがわかったんだな」
「ふふふ、そうかもしれないわね。それで、なんで霊夢ちゃんは急に春を探しに行ったのかしら? 知ってるんでしょう理由を」
「ああ……仕方ない教えてやるから霊夢を探すの手伝ってもらうぜ」
「もちろん。霊夢ちゃんが怪我したらお嬢様が大慌てだもの」
レミリアの慌てふためく姿を想像し、咲夜は笑みを浮かべた。
「もうすぐ霊夢の母親の命日なんだよ。でもな、母親の墓は神社から少し離れた山深い所にあって、冬になると雪でほとんど埋まってしまうんだ。命日の日にはいつも墓参りに行ってるからな、春が来ないのをずいぶんと不安に思ってたみたいだぜ」
魔理沙は靈夢の姿を思い浮かべながら、空を見上げた。
「なるほどね。でも、霊夢ちゃんはどうやって春が来ないのが異変だって気付いたのかしら」
「桜の花びらだよ。書き置きと一緒に不思議な力のある桜の花びらが置いてあったんだ」
「あら、美鈴にもらった桜の花びらはやっぱりこの異常気象と関係あったのね」
「なんだ、あんたのところの門番も見つけてたのか?」
「ええ、時々空から降ってくるって言ってたわ」
「空からか、ということはここよりもっと上空に原因があるってことか?」
「そうかもしれないわね…………魔理沙、危ないっ!!」
空を見上げかけた咲夜は、前方から迫ってくる大玉に気付き魔理沙を突き飛ばした。同時に自分もその反動を利用し反対方向へと大玉を避けた。
「うおっとっとっとっ……危なかったぜ。いったい誰だよ、不意打ちなんて卑怯な真似をするのは……」
「ほんとうね……」
「久しぶりね、会いたかったわよ!」
大玉の過ぎ去った方向をを見つめていた二人に、威勢のいい声がかけられた。
逃げ去るように飛び立った霊夢はいつの間にか不思議な場所に迷い込んでいた。周りにあった雪が一切なくなり、気温も暖かくなっていた。
「ここどこだろう。全然違うところに来た感じがする……ん?」
周囲を見渡しながら飛んでいると一軒の屋敷が目についた。
「誰かいるかもしれない、行ってみようっと」
警戒しながら屋敷へと降りていった。
「うわーすごい立派なお屋敷……」
屋敷の入口に立った霊夢は、目の前に佇む屋敷を見上げ感嘆の声を上げる。そして、玄関を離れ裏側へと回っていく。庭には鶏や兎が放し飼いにされていた。鹿威しの備え付けられた池には立派な鯉が優雅に泳いでおり、カコーンという鹿威しの音に混じって遠くからは牛や豚の鳴き声、馬のいななきが聞こえてきた。
「うーん……変ね、動物はいっぱいいるのに人の気配がしない」
ゆっくりと屋敷の周りを歩いていくと、庭に向かって開け放たれた一室が目に入った。
「あっ……」
部屋の中をみた霊夢は驚きの声をあげて立ち止まった。居間だと思われる部屋の中にはちゃぶ台が置かれており、その上にはできたての湯気を上げるご飯に味噌汁、焼き魚といった朝食が一人分用意されていた。茶碗の大きさから見て子供用の量だとわかる。
「…………ゴクッ」
霊夢は並べられた朝食を見詰め生唾を飲み込む。すると、お腹からきゅ~~~っと音がし、慌てて両手で押さえた。自分が朝食を抜いていたことを思い出し顔を赤くする。恥ずかしそうに周囲に顔を向けるがやはり人の気配は無く、また誰かが出てくることもなかった。
「もしかして、ここってマヨヒガ?」
物心の付き始めたころに教えられた事を思い出した、マヨヒガという不思議なお屋敷の話。しかし、教えてくれたのは母だったか、それに近い人だったかあやふやだった。それでも、何故か話の内容はしっかりと覚えていた。そして、今自分のいる場所は教えられたマヨヒガとの特徴がそっくりだった。
「お邪魔します」
霊夢は草履をそろえて脱ぐと、ちゃぶ台の前に正座した。
「いただきます」
両手を合わせあと、霊夢は箸を手にし朝食へと伸ばした。ご飯もみそ汁もとてもおしいかった。同時になぜかおふくろの味のように懐かしさを感じさせる味だった。
「おいしい……こんなにおいしいのいつ以来だっけ……」
知らず知らず瞳に涙を溜めながら、食事を続けた。
「ごちそうさまでした」
用意された朝食をすべて食べ終えた霊夢は箸を置き再び手を合わせた。
コトリと部屋の隅で音がし、霊夢はとっさに身構え音のした方へと振り向いた。
「扇子? どっかから落ちたのかな」
畳の上に落ちていた扇子を手に取り広げた。紫色をした雅な扇子だった。
「きれい……そう言えば何か小物を持ってくと幸運が訪れるってお話だったよね。これ、貰っていこうっと」
扇子をたたむと握りしめ、霊夢は居間を後にし庭に出た。
「怪しいやつめ! ここで何をしている!」
飛び立とうとした霊夢は、ビクリと体を震わせると、声のしたほうへと顔を向けた。そこには、黒い猫の耳と二本の尻尾を生やした少女が霊夢を睨むようにして立っていた。
「化け猫? あなたはここの住人? だったらここから出る方法を教えてほしいんだけど」
霊夢は少女に向き直り訪ねた。
「……ああっ! その扇子は紫様の物。このドロボーめ、それを返せ!」
化け猫の少女――橙は、霊夢の手にしていた扇子を目にすると、爪を尖らせ、威嚇するように睨みつけた。
「あ、ごめんなさい。返すから出口を教えてくれないかな?」
「そう言って逃げるつもりでしょう。そうはいかないんだから!」
橙が爪をふるうといくつもの弾がうまれ霊夢へと襲いかかる。
「うわわわわっ、ちょっとまってよ!」
後ろへと飛び退くと、扇子を懐にしまいこみ、霊夢は空へと飛びあがった。
「話ぐらい聞いてくれてもいいじゃない」
「うるさい、ドロボーの言うことなんか聞くか!」
橙は地面を蹴って飛び上がると、体を丸め回転しながら霊夢へと接近する。
「くらえ、仙符『鳳凰展翅』」
霊夢のそばまで来ると体を広げスペルカードを発動させた。波紋が広がるように楔形の弾幕が放たれる。向かってくる弾の数は多くはないが、連続して襲ってくるので霊夢は避けるのに意識を集中させていた。
「わっとと、よっ、ほっ……ここはいったん距離をとったほうがいいかな」
広がっていく弾幕に合わせて霊夢は橙から距離をとっていった。そして、橙と対峙しようとして先ほどまでの位置に彼女がいないことに気付いた。
「あれ……っ!!」
嫌な予感がした霊夢は、弾幕の隙間をぬって前へと全力で移動した。同時に、霊夢の髪の毛をかすめるようにして黒い影が上空から急降下してくる。さらに、霊夢は途中で何度も角度を変えながら、上空へと急上昇する。その後を追いかけるように黒い影も追いかけてくる。しかし、霊夢はその黒い影の急襲を紙一重で避けていった。
「なかなかやるじゃないの、ドロボーのくせに」
霊夢から少し離れた所に黒い影が止まる。よく見るとそれは橙だった。
「勘がいいって、ママにも褒められたからね」
余裕よ、とでも言うような笑みを浮かべる霊夢。だが、内心は冷や汗ものだった。少しでも気付くのが遅ければ、自分は化け猫の爪の餌食になっていたのだから無理もない。
「これでも余裕でいられるかしら? 童符『護法天童乱舞』」
空を縦横無尽に移動しながら橙は弾幕をばら撒いていく。
「そんなの動きを止めればいいのよ!」
霊夢はお札を数枚取り出し放つ。札は橙を追尾するように追いかけていくが、橙はそれ以上の速さで動きまわり全く追いつけない。やがて、お札は霊力を失いヒラヒラと落ちていった。
「ほらほら、こっちだよ~」
挑発するように時折止まると、霊夢に向かって手を叩いた。
「このー、馬鹿にしてー!」
橙が立ち止まった瞬間に合わせるように針を放つが、針が届くよりも前に橙はその場から移動していくため、一向に当たらなかった。
「まったく、なんて速さなのよ……これじゃあ当たりもしない、撃つだけ無駄ね。でも、なんとかしないとこっちがやられちゃう」
自分に向かってくる弾を避けながら霊夢は考えを巡らせた。
橙は高速移動をしながら弾をばら撒いているが、弾は無作為に放たれているので霊夢に向かってくる弾の数が少ないのが救いだった。
「速すぎてお札も追いつけないし、止まった時に針で狙っても避けられる。う~~~ん……」
「スキあり!」
橙が回転しながら霊夢へと向かってくる。
「うわわわっ!」
慌てて体をひねりながら橙の突進を避ける。服の袖をかすめるように橙が通り過ぎて行った時、お札が一枚こぼれ橙に張り付いた。だが力の発動されていないお札は、回転によってすぐに剥がれ落ちた。
「そうか、狙うんじゃなくて、むこうが当たりに来るようにすればいいんだ!」
霊夢は閃いた瞬間、その場からさらに上空へと飛び去って行った。その後を橙も追いかけていく。
「やっぱり追いかけてきたわね。これでもくらいなさい、夢想封印・散!」
霊夢は移動しながら体内に貯めていた霊気を放出する。霊気はいくつかの塊となって周囲へと飛んでいくとかき消えた。
「あははははっ、逃げながら放つから失敗してるわ。さあ、これでトドメよ!」
橙は動きの止まった霊夢へと接近していく。
「あなたの負けよ!」
パンッ!
霊夢が手を叩くと同時に周囲で霊気が急激に高まり爆発を起こした。
「にぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」
爆発の直撃を受けた橙は悲鳴をあげながら落下していく。しばらくしてバシャーンという音と共に水柱があがった。
「ちょっと威力が大きすぎたかな、でも妖怪だから死んだりしないよね。それより、追いかけてこないうちに先に進もうっと」
霊夢はマヨヒガに背を向けるとその場から去って行った。
「うにゃ~~っ、冷たいよう、寒いよう」
池に落ちた橙は、大慌てで飛び出すと両腕で自分の体を抱きしめながら丸まり震えた。
「橙!? びしょ濡れじゃないか! いったい何があったんだ?」
そこへ、一人の女性が姿を現し橙の姿を見るなり駆け寄った。
「ら、藍しゃま~、ごめんなさい、ごめんなさい……変な巫女服来た女の子に、紫様の扇子を盗まれてしまいました。橙は、橙は、任された留守番も出来ないダメな子です~~~。うああああああああああっん!」
橙は駆け寄った女性――藍の姿を見るなり、大声をあげて泣き出した。
「あーよしよしよし、橙はダメな子じゃないさ。かわいそうに水に落ちたせいで式が剥がれてしまったな。まあいい、それよりそのままだと風邪をひいてしまう。すぐにお風呂に入りなさい」
「藍様、はい……」
藍は橙の頭を撫でると抱き上げ屋敷の中へと入り、そのまま風呂場へと向かった。
「橙、一人でも入れるな?」
「はい、大丈夫です」
「よし、なら私は着替えを持ってくるよ」
脱衣所に橙を下ろすと、藍は居間へと引き返した。
「むっ? これは……」
居間に来た藍はちゃぶ台の上に置かれた食器を目にし、眉をひそめた。
「これは、一体誰が用意したんだ。まさか、侵入者が? いやそれだとこの食器が出ているのがおかしい」
藍は子供用の茶碗を手に取り模様を見た。
「いつも橙が使っているのとは違う。これは全部使わないから戸棚の奥にしまってあった来客用のやつだ。仮に侵入者が自ら食事を用意したとしても、わざわざ戸棚の奥から食器を出すなんて考えられないな」
思案していた藍は、橙が紫の扇子が盗まれたと言っていたことを思い出した。
「まさかな、紫様はまだ眠っておられるはずだ……」
そう呟き、屋敷の奥にある主の寝室の方へと視線を向けた。
藍の主である紫は冬になると長い眠りにつく、その眠りは深く途中で起きることなどまずない。
「数年前は冬でも起きておられたが、最近はその反動でもあるかのように眠りが長い。だから起きておられるはずがない。しかし、紫様の持ち物はすべてあちらにあるはず……いや、橙の見間違えだろう。それにしてもどこのどいつか知らないが、よくも私の橙を酷い目にあわせてくれたな。絶対にゆるさんからな」
藍はそれ以上の詮索をやめ、強引に思考を切り替えた。そしてタンスから橙の着替えを取り出すと脱衣所へと歩いて行った。己の後ろに生えた九本の狐の尻尾を揺らしながら。
八雲藍。彼女は九尾の狐にして、このマヨヒガの主の式神である。
「あの頃からあんまり姿が変わってないわね、魔法使いになったのかしら霧雨魔理沙?」
傍らに人形を浮かばせた少女が、魔理沙と咲夜の前に立ちふさがった。
「いやいや、私はただの人間。普通の魔法使いだぜ。ただ三年ほど時間をすっ飛ばしてるけどな」
「あら、あなた時間も操れたの? 時間操作は私の専売特許だと思ってたわ」
片眉をあげながらジロリと目線を向ける咲夜に魔理沙は人差し指を立てて左右に振った。
「ちっちっちっちっ……5,6年程前だったかな、師匠と一緒に異空間に行ってたんだよ。そこから帰ってきたら数ヶ月だと思ったら3年たってたんだよ。靈夢が随分と大人になって……あーーーっ!」
懐かしく昔の事を話していた魔理沙は突如叫ぶと対峙する少女を指さした。
「お前、アリスか? そうだろう?」
「ええ、そうよ。思い出してくれたようね。まあ、改めて自己紹介をさせてもらうわね。私は人形遣いのアリス・マーガトロイド、魔法の森に住む魔法使いよ」
アリスはスカートの裾をつまみ、うやうやしく頭を下げた。
「へえ、魔法使いになったのか……って魔法の森だって!? 私の断りもなく住み着くなよ!」
「なんで、あなたの許可なんか取らなきゃならないのよ。誰のものでもないから好きな所に住めばいい、って古道具屋の主人に聞いたから自由にさせてもらったわ」
頭をあげたアリスは、乱れた髪を正しながら魔理沙を見下すように笑みを浮かべた。
「なっ、香霖の奴め。勝手なことを……ていうか私とあいつだけの森だったのに、あのニブチンが~~~」
魔理沙は眉を吊り上げながらブツブツと呟く。
「なに、ブツブツ言ってるのよ。まあいいわ。いい場所も見つけて身辺整理も出来たから、挨拶に行こうと思ってたの。でも、あなたの家に行ったら留守じゃない。神社に行っても靈夢もいないし、この寒空の中探し回ったわよ」
「引っ越しの挨拶ねえ、引っ越しソバでも御馳走してくれるのか?」
魔理沙はニヤリと口元に笑みを浮かべ、アリスと対峙した。
「そんなわけないでしょう、私がこっちに来た目的の一つはあなた達へリベンジすることなの。だから、ソバじゃなくて私と人形たちのステキな弾幕をプレゼントしてあげる。遠慮なく受け取ってね」
アリスの周囲に何体もの人形が現れる。
「そんな挨拶とプレゼントは遠慮したいな」
「そうはいかないわよ。あなたとは昔のことも含めてお世話になったからね、特別に少し本気を出してあげるわ!」
「はっ、遠慮せず全力でかかってきな!」
魔理沙とアリスは互いに魔力を高めながら距離をとった。
「………………どうやら私には関係ない事みたいね。邪魔するといけないから、先に行かせてもらうわね」
成り行きを見守っていた咲夜は、軽い溜息をつくと、その場から離れ上空へと上がっていった。
「おいおい咲夜、何一人先に進もうとしてるんだよ」
「だったら早く追いかけてくるのね、じゃあね」
声をかける魔理沙に手を振り咲夜は空の彼方へと消えていった。
「へん、だったらすぐに追いついてやるぜ。そういうわけだアリス、久々の再開だが早めに終わらせてもらうぜ」
魔理沙は帽子のつばを掴みアリスを見据えた。
「あらあら、さっきの大玉の挨拶すら気付かなかったのに随分と威勢がいいわね」
「はっ、不意打ちするような奴に負けるはずがないぜ」
「はあっ……あの大玉のカラクリも見抜けないなんて、何で私はそんな奴に負けたまかしら」
額に手を当て、アリスは深い溜息をついた。
「なんだよ、そのカラクリって?」
「こういうことよ」
アリスは大玉を作り出すとゆっくりと魔理沙のへと放った。大玉は魔理沙の目の前で止まると漂っていた。
「触ってみなさい、痛くないから」
「本当かよ……」
魔理沙は半信半疑ながらも、大玉へと手を伸ばした。手は大玉の中へと抵抗無く、というより通り抜けるように入っていった。そして、内側にある二周りほど小さな魔力の塊に触れた。
「なんだこりゃ、見かけほど実体は大きくないな」
「その通りよ。さっきのはそれよりさらに実体は小さかったから当たっても通り抜けてくから、避ける必要なんてなかったのよ」
そう言って、浮かんでいた大玉を消し去った。
「そうは言うけどな、あんなの急に飛んできてもわかるかけないじゃないか」
「それなりに魔法の修行をしてればわかるものなんだけれど……あなた本当に修行してたのかしら?」
「言ってくれるぜ。そこまで馬鹿にされちゃあ、さすがの私も黙っちゃいないぜ。アリス、覚悟はいいな?」
魔理沙は距離をとると魔力を高めていった。
「ふふふ、七色の人形遣いアリス・マーガトロイドの弾幕人形劇場開演よ。お代はあなた自身ね」
アリスは冷たい笑みを浮かべると、周囲へと色とりどりの弾幕をばら撒いた。
「そんなお題なんて、踏み倒してやるぜ」
迫ってくる弾幕の隙間をぬい、マジックミサイルを放つ。アリスは軽やかにミサイルを避けるとスペルカードを取り出した。
「まずは第一幕よ。操符『乙女文楽』」
カード宣言と共に大玉が魔理沙へと打ち出された。
「なんだ、さっきの奴じゃないか。そんなの一発だけ打ち出しても意味ないぜ」
「どうかしらね」
大玉はしばらく進むと弾け中から数体の人形が飛び出した。人形たちは広がると魔理沙へと弾幕をばらまいた。
「はっ、スロー過ぎて欠伸がでるな」
茶化す魔理沙も気にも留めずにアリスは指先に結んだ魔法の人形操作線を操る。人形たちがほのかに輝くと、レーザーが放たれた。
「なにっ!?」
驚きながらも咄嗟に身体を傾け、レーザーと眼前に迫った弾幕を避けていった。
「こんのぉ~っ、くらえ!」
アリスへと戻っていく人形めがけて弾を撃ち出す。しかし、アリスのばらまいた弾幕によってそれはすべて撃ち落とされた。
再び、大玉が放たれ、はじけると共に人形たちが飛び出し攻撃を仕掛けてきた。魔理沙は弾幕を避けながら弾を撃ち出すが、防御用の弾幕に阻まれアリスには届かなかった。
「あらあら威勢がいい割には避けてばかりね。所詮は人間、魔法使いとは知識も魔力も雲泥の差ね。まあ……黒白の二色じゃあ、その力は私の二割八分六厘にも満たないわね」
厭味たっぷりの口調で喋りながら大玉を放つ。
「はっ、ちょっとばかし優勢だからって調子に乗るなよ。ていうかな……人間だからって見下すんじゃねえ。お前も元は人間だろうが!」
魔理沙は怒声をあげると、ホウキを強く握り、魔力を注いだ。そして、人形たちの撃ち出す弾幕から、素早く離脱しアリスの側面へと移動する。溜めておいた魔力を放出しマジックナパームを放った。
「速いっ! でもね、それぐらい計算済みよ!」
人形を引き戻しながらマジックナパームへと弾幕を放ち撃ち落とそうとする。だが、ナパームは弾幕を物ともせずにアリスへと向かってきた。
「なっ……」
威力に驚きながらも、下がりながら避ける。
「なかなかの威力だけど、連射が出来なきゃ意味ないわね。それに、速度も遅いわ」
驚きを隠すように言うと、大玉を放った。
「手加減したに決まってるだろ。一応は知り合いなんだぜ」
再び高速移動で旋回するように移動する。
「その余裕が命取りなのよ!」
大玉から飛び出した人形たちは、先ほどより広範囲に広がり弾幕をばら撒くと、魔理沙に向けてレーザーを放った。
「うおっとっとっとっと……」
急制動をかけ、体をひねりながら人形の攻撃を回避する。そこへ、アリスが先程より多くの弾幕をばらまき、人形を引き戻すとすかさず大玉を撃ち出した。
その一連の動作は寸分の狂いもなく、流れるような動作で繰り返された。
「へへへっ……なら見せてやるぜ、私の弾幕のパワーをなっ!」
広がった人形たちの攻撃を最小限の動きで回避すると、マジックナパームを数発アリスへと放つ。アリスは回避しながら、より魔力を込めた弾幕をぶつける。弾同士がぶつかり合い爆発し、煙で二人の視界が塞がれた。
「目くらまし!?」
煙から遠ざかりながら、アリスは人形を引き戻す。そこへ、煙を突き破り数本のレーザーが現れ次々と人形を貫いていった。
「なっ…………」
一瞬の出来事に言葉を無くし呆然とする。
「どうだ、マジックナパームとストリームレーザーの合わせ技だぜ」
晴れていく煙の向こうから、魔理沙が自信満々に言った。
「やるじゃない、スペルブレイクよ」
気を取り直すと、再びカードを取り出した。
「ところで、ひとつ聞きたいんだけど、いいかしら?」
「ん、なんだ?」
「何で私が元人間だってわかったの?」
アリスは真面目な顔で聞いた。
「前に魅魔様から聞いたんだよ。魔界で戦った少女は人間で、私より魔力の扱いが上手くても量も多いってな。だから、私はそいつより強くなってやるって、言ってやったぜ」
アリスを指差し魔理沙は笑みを浮かべた。
「そう…………そうか、あの頃の私より強くなるねえ……」
苦笑を浮かべながらアリスは手にしていたカードを懐に戻し、違うカードを取り出した。
「何だかんだで、私はまだあなた達の事を見くびってたみたいね。オルレアンでは力不足……次はこのスペル、さあ魔理沙、勝負よ!」
アリスは少し楽しそうな表情をしながらカードを掲げた。
「白符『白亜の露西亜人形』!」
アリスは魔力で周囲に白い霧を作り出しながら、露西亜人形達を周囲へと放った。
人形達は霧の中に姿を隠しながら魔理沙に近づくと、弾幕を放ちながら姿を現した。
「うおおっ、このっ!」
人形の奇襲を避けながら魔理沙は反撃を放つが、その時には人形は霧の中へと隠れながらその場から移動していた。
「くそっ、白い姿だから霧に紛れられたら、正確な位置がわからないぜ」
人形達は霧の中に姿を隠しながら、弾幕を放つときだけ現われ、すぐに姿を隠す。魔理沙は集中しながらその攻撃を避けていった。
「どう魔理沙? いつまでも避けていられるとは思わないことね。それっ!」
アリスはさらに人形を放ち、弾幕の密度を増していった。
霊夢が雲を突き抜けると、今まで暖かかった春の陽気がなくなり、冬の冷たい空気があたりを支配していた。
「マヨヒガを抜けたみたいね。なんとか戻ってこれたみたい……ん?」
周囲を見渡すと、桜の花びらが地上付近よりも多く舞っていた。
「雲の上に春のかけら? もしかして、目的地は近いのかな?」
「…………る……よ~……」
「ん?」
どこからともなく、声が聞こえた。霊夢は周囲を見渡しながら進んでいくと、先程よりハッキリと声が聞こえた。
「はる……よ~」
霊夢の前方に白い服装をした少女が、翼を大きく広げながら桜の花びらを追いかけながら舞っていた。
「はるですよ~……」
「あれは……リリー・ホワイトだ。うーん、なんだか近寄らない方が良さそうな雰囲気を放ってるなー」
遠目にもリリー・ホワイトがはしゃいでいる様子がわかった。霊夢は、気づかれない様にゆっくりと、遠ざかっていった。
「霊夢ちゃん、み~つけた~」
リリー・ホワイトに集中していた霊夢を背後から人影が現れ抱きしめた。
「ひゃあ!」
悲鳴をあげながら、拘束を振りほどき振り返った。
「さ、咲夜ねーちゃん!」
そこには、十六夜咲夜が笑みを浮かべながら浮かんでいた。
「どうしてここに咲夜ねーちゃんが……」
「はるですよ~~!」
先程よりハッキリかつ大きく聞こえたリリー・ホワイトの声に、再び霊夢が振り返ると、リリーがこちらへと近付いてきていた。
「うわわわ、まずい。咲夜ねーちゃん、こっち! 逃げるよ!」
「え? ちょっと、霊夢ちゃん!?」
霊夢は咲夜の手を掴むと、落下するように雲の下へと降下していった。
「霊夢ちゃん、ストップ! ストップ!」
引っ張られていた咲夜は雲の下まで降りてきたところで止まり、霊夢を引っ張った。
「いきなり急降下するなんてどうしたのよ?」
「ごめんなさい。でも、危険だったの。あのままいたら、リリー・ホワイトに見つかってたから……」
「リリー・ホワイトって春告精の? どうして危険なの、あれはただ春を告げるだけの妖精でしょう」
「いつもならね。でも今年は冬が長いから、リリーもやっとで春を見つけて大はしゃぎしてる。だから周りが見えなくなってるから」
「襲われるっていうの? それはちょっと心配しすぎなんじゃ……それに、襲ってきたら倒せばいいんじゃないかしら」
「ダメだよ!」
霊夢は咲夜に詰め寄ると声をあげた。
「リリーは春を告げるだけの静かでやさしい子なんだよ。ただ、冬が長引いてて不満がたまってるだけなんだよ。それに、もし戦って怪我をさせたら春になった時に飛びまわれないじゃない……だから」
「わかったわ。それじゃあ、そっとしておきましょう。あ、でも……魔理沙にも教えないとマズイわね。あの子を置いてきたから、追いかけてくるとき邪魔する奴は問答無用で倒しそうな気がするわ」
「それじゃあ、魔理沙ねーちゃんにも伝えに行かなきゃ!」
「そうね、行きましょうか」
咲夜は霊夢の手を取ると魔理沙の元へと向かっていった。
「ふふふっ、そろそろ避けるのも辛くなってきたんじゃないかしら?」
アリスは少し離れた所から人形を操りながら問いかけた。
「へっ、まだまだだぜ。ていうか、啖呵をきった割には攻撃がぬるいぜ」
弾幕がかすり服の所々が破けているが、魔理沙の表情は余裕があった。
「なんですって! 手も足も出ないくせして、よくそんなことが言えるわね」
「手も足も出ないんじゃなくて、出さないんだよ。けど、そろそろ見せてやるぜ。私のスペルをな」
一枚のスペルカードをポケットから取り出した。
「いくぜ、これが私の魔法だ! 魔府『スターダストレヴァリエ』!!」
カードを掲げると、大小の星型をした弾幕が周囲に放たれた。弾幕は、霧を吹き飛ばし人形を次々と撃ち落としていった。
「そんな………………」
「スペルブレイクだぜ、アリス」
呆然と佇むアリスに、魔理沙は不敵な笑みを向ける。
「さっといい、その前といい、お前の弾幕は臆病だぜ。自分は一番奥にいて、人形達に攻撃を任せてる。確かに魔力の操り方や、弾幕の張り方は器用で計算されている。でもな、その分攻撃性が足らないんだよ……これなら、昔のがむしゃらに向かってきた時の方が強かったぜ。まったく、久々の戦いに期待したのに、期待はずれもいいところだぜ。臆病風にでも吹かれたのか?」
魔理沙は少し馬鹿にした口調で言い放った。
「うるさい……うるさい、うるさい……うるさいのよ! 私がどんな気持ちで修行してきたか、どんな気持ちで魔法使いになったかも知らないくせに、言いたい放題言うんじゃないわよ」
アリスは、憤怒の形相で魔理沙を睨んだ。その傍らに二体の人形が現れ、心配するようにアリスに寄り添った。
「この、上海人形と蓬莱人形はほかの子たちとは違うわよ。この子たちを使ってあなたを倒すわ!」
アリスの魔力が大きく膨れ上がり身体の周囲からオーラのように溢れ出てくる。
「へぇ、やっと本当の本気を出す気になったか。そうでなくちゃな」
(しっかし、この魔力はやばいな……私より高くないか?)
心の中で毒づきながら魔理沙はホウキを握りしめた。
「魔理沙ねーちゃーーーん!!」
対峙する二人の間に割り込むように霊夢が飛んできて、魔理沙へと抱きついた。
「おおっと!?」
「だ、誰?」
いきなりの闖入者に二人は驚き戸惑う。
「こら霊夢、いきなり飛びついてきたら危ないだろう」
魔理沙は霊夢の腋の下に手を入れて、自分の目線まで持ってくると注意した。
「ちょっとあなた、邪魔しないで頂戴。どこの誰だか知らないけど、弾幕戦闘中に割り込んでくるなんて非常識よ。まったく、親の顔が見てみたいわね」
溜息を吐きながらアリスが言い放つと、魔理沙は顔をしかめながら睨み返した。
「アリス! 子供相手にそういう言い方はないだろう、八つ当たりはよせ。霊夢だって悪気があってやったわけじゃないんだから……な?」
「ん……邪魔してごめんなさいお姉さん」
魔理沙に促されるように、霊夢はアリスへと向きなおり頭を下げた。
「確かにちょっと強く言いすぎたわね。ごめんなさいね、ええと…………」
アリスは謝ってから、ふと気付いた。魔理沙はこの巫女の姿をした少女の事をなんて呼んでいたのかを。
「ねえ、魔理沙。あなたさっき、その子のこと靈夢って呼ばなかった?」
「いいや、言ってないぜ。こいつは靈夢じゃなくて、霊夢だからな」
「あの……もしかしてお姉さん、靈夢ママのお友達ですか?」
遠慮がちに霊夢が尋ねる。
「靈夢ママ? ど、どういうことよそれは!?」
「えっと……はじめまして、私は博麗靈夢の娘で博麗霊夢と言います。どうぞよろしくおねがいします」
霊夢が姿勢を正し一礼すると、アリスは額を押さえながら俯いた。その顔は驚きの表情に染まっていた。
(靈夢の娘? そんな……いえ、ありえないわけじゃないわ。でも、なんで……なんで娘だけが一人でこんなところにいるの?)
「っ……誰!?」
背後に気配を感じて振り返ると、そこには咲夜が浮かんでいた。
「あなたはさっきの……」
「どうも、驚かせてしまったみたいね」
咲夜は悪びれもせずに呟いた。
「あーアリス。その……」
「魔理沙!」
遠慮がちに口を開きかけた魔理沙を黙らせるようにアリスは叫んだ。
「靈夢は、靈夢はどうしたのよ。どこにいるのよ!」
まるで悲鳴を上げるような金切り声で魔理沙へと詰め寄った。
「そ、それは……」
「靈夢ママは私を産んだあとしばらくして亡くなりました」
「う、そ……あの靈夢が死んだ? お義母さんにも勝ったあの靈夢が……」
アリスは顔面蒼白になりながら項垂れ、ブツブツと呟いた。
「アリスごめん。その黙ってたのは悪かったけど、知ったらショックを受けるかと思って……」
「悪いけど、一人にしてくれないかしら」
そう言うと、アリスは雲を指差した。
「この雲を抜けた先から春のかけらが漏れ出してるわ。あなたたちの目的はそれでしょう? 早く行ってちょうだい」
「よくわかったな……ありがとうアリス。そうだ、春になったら一緒に墓参りに行こうぜ」
「考えておくわ……」
「ああ……じゃあな。いこうぜ二人とも」
魔理沙は霊夢と咲夜を促し、アリスの指差した方向へと飛び去っていった。
「…………うっ、うっ、うああああああああああああっ!!」
三人が飛び去ったあと、アリスは堰を切ったように泣き出した。それを慰めるように上海人形と蓬莱人形が寄り添っていた。
「あれか? アリスの言ってたのは」
リリー・ホワイトの居る場所を避けてアリスの指差した方向へと来た三人は、巨大な扉の前へと辿り着いた。
「結界が張ってあるね、すごい強力な」
「解くことはできないけれど、入ることはできるでしょう。春のかけらが流れ出てる薄い所を弄れば……」
「あなたたちはお呼ばれされてないんだから、入ってはだめよ」
扉の前で佇む三人に声がかけられる。
「誰だ? あんたらは」
顔を向けるとそこにはそれぞれ黒色、白色、赤色の服を着た三人の少女が浮かんでおり、その傍らには羽根の生えた楽器が漂っていた。
「あら、こんなところにチンドン屋かしら」
「うーん、おしいな~少しハズレねー」
「いや、姉さん。全然おしくないから」
白い服の少女に赤い服の少女が突っ込みを入れる。
「なら、漫才トリオか? その楽器でどんな笑いをとるんだ?」
「いやいや……私たちは騒霊楽団プリズムリバー三姉妹。私は長女の騒霊ヴァイオリニスト、ルナサ・プリズムリバー」
黒い服の少女が一歩前に出て、一礼をする。
「騒霊トランペッター、メルラン・プリズムリバー!」
白い服の少女が元気よくポーズを取る。
「騒霊キーボーディスト、リリカ・プリズムリバー。よろしくね」
赤い服の少女が手を振る。
「はじめまして、博麗の巫女の博麗霊夢です」
「普通の魔法使い、霧雨魔理沙さんだぜ」
「紅魔館メイド長、十六夜咲夜ですわ」
霊夢が挨拶をすると、魔理沙と咲夜もそれにならった。
「ご丁寧にどうも……さて、私たちはこれからお花見の宴会に呼ばれているのです」
「そこで、演奏をすることになってるのよ~」
「けど、演奏にはリハーサルが必要なのよ」
三姉妹はそう言うと、演奏をするために広がり隊形をとった。
「さあ、騒霊楽団のリハーサルライブのはじまりだ」
ルナサが低い声をさらに低くして呟いた。
「はっ、ちょうど三対三。団体弾幕戦といこうか!」
「プリズムリバー楽団の噂は聞いたことがあるけど、実際に聞いたことはないから、少し楽しみだわ」
「うー、戦うなら容赦しないからね」
三人はそれぞれ距離をとって構えをとった。
「「「騒符『ライブポルターガイスト』」」」
三姉妹が一斉に叫ぶと、傍らの楽器が鳴り出す。すると、音符の形をした弾幕が溢れ出す。広がった音符弾幕は弾け、大量の弾幕となって三人へと向かっていった。
「んっ!」
霊夢は弾の隙間を掻い潜り針や御札を放つ。
「このっ!」
魔理沙はマジックミサイルで自分に向かってくる弾を相殺しながら、イリュージョンレーザーで応戦する。
「…………」
咲夜は避けることに専念しているのか、攻撃せずに弾をじっくりと見極めていた。
「あらあらー、なかなかやるわねー」
「かもね。こんなところまでくるんだもの」
「なら、次の曲にいこうか。楽器のならしも終わったことだしね」
ルナサの言葉にメルランとリリカは頷いた。
「「「騒葬『スティジャンリバーサイド』」」」
スペル宣言と共に、ルナサが後方へとさがり先程以上に大量の弾幕をばら撒く。
ルナサとリリカは前方ですれ違うように左右移動を繰り返しながら、楽器を演奏する。二人の楽器から放たれる音に触れた弾幕が、方向をかえて三人へと襲いかかった。
「うおおおっ、なんだこの弾はっ!」
魔理沙は回避した方向へと向かってきた弾幕を紙一重で避け続けた。
「魔理沙ねーちゃん! このっ 夢符『二重結界』!!」
霊夢は懐から結界用の御札を取り出し自分の周囲へと放った。札は霊夢を囲むように広がり結界で包み込んだ。そして、弾幕を防ぎながら魔理沙の前へと躍り出た。
「大丈夫? 魔理沙ねーちゃん」
「助かったぜ霊夢、ありがとうな」
ギリギリで避けていた魔理沙は深呼吸しながら態勢を立て直した。
「いきなり向きを変えてくるなんてな。音に込められた力が方向を捻じ曲げてるみたいだな。姉妹で音楽やってるだけあってコンビネーションもいい、即席の私らとは違うな」
「あら、随分と弱気ね。いつも前向きなのがあなたの取柄でしょう? それに、まだ負けてないわよ私たちは」
いつのまにかやってきていた咲夜が、ナイフを両手に握りながら言った。
「咲夜……ああ、そうだな。まだ負けたわけじゃない。とはいえ、こっからどうやってひっくり返す?」
「大丈夫よ、彼女たちは音楽と弾幕を掛け合わせてる。それが強みであり、また弱点になりうるのよ」
「魔理沙ねーちゃん、咲夜ねーちゃん。もう結界が持ちそうにないよ!」
必死に結界を維持していた霊夢が悲鳴を上げる。
「わかったわ。魔理沙、結界が解けると同時にあいつらに向ってスペルを放ちなさい。私がそれに乗じて懐に入り込んで陣形を崩すわ」
「そこで一気にたたみかけるんだな、わかったぜ。霊夢、私が合図するまで何とか結界を維持してくれ。できるな?」
「わかった。これくらいなら一分くらいはまだもつよ」
「一分あれば充分だぜ」
「言っておくけど、マスタースパークは駄目よ。私が無事で済まないから」
気合いを込めて言う魔理沙に咲夜は釘を刺した。
「わかってるって」
魔力を練りながら魔理沙は微笑んだ。
「姉さんたち、このまま一気に畳みかけちゃおうよ。あいつらが固まってる今がチャンスだよ」
「でもー、あの小さい子の結界が結構頑丈そうよ~。今も防いでるし」
「ふむ、なら私たちの最高の音楽を聞かせてやろうじゃないか」
三姉妹は等間隔に広がると、妖力を高め楽器へと注ぎこんだ。
「「「大合葬『霊車コンチェルトグロッソ怪』!!!」」」
楽器が一際大きく鳴り響き、三姉妹の中心から周囲へと暴風のように弾幕が放たれる。その弾幕は発生点を中心に回りながら演奏する三姉妹の放つ音に触れると向きをかえ霊夢たちへと襲いかかった。
「うわっ! ごめん、もうもたなっ……キャッ!」
押し寄せる弾幕によって結界が破壊され、霊夢は衝撃で弾き飛ばされた。
「霊夢!? くっそう、魔符『ミルキーウェイ』いっけぇ!」
魔理沙は溜めている途中だった魔力をカードへと注ぎこみスペルを発動させた。大小様々な大きさの星形をした弾幕が、迫る弾幕を打ち消しながらプリズムリバー三姉妹へと向かっていく。咲夜は星と星の間を縫って、弾幕発生点へと近寄っていく。しかし、チャージ不足の魔理沙のスペルは途中で勢いを失い相殺されていった。
「ふっ!」
短く息を吐きながら、咲夜はスピードを上げさらに前進していく。
「まだまだ」
「テンポアップ」
「するからね」
三姉妹が呟くと音楽のテンポが速くなり、合わせるように弾幕の量が増え速さも増した。咲夜は両手のナイフで弾幕を切り裂きながら進んでいく。だが捌き切れずに、弾が服をかすめていく。
「1,2,3……1,2,3…………今っ!」
数えるように呟いていた咲夜は、叫ぶと同時に飛び出した。
「なっ! 死ぬ気か、咲夜!?」
「咲夜ねーちゃん!」
魔理沙と霊夢が、驚きの声を上げる。その場にいた誰もが被弾すると思っていた。しかし、咲夜がくるりと身をひるがえすと弾幕が通り抜けていった。咲夜はそのまま、踊るように回ったり、ステップを踏みながら進んでいく。
「なにっ……」
「うわおっ!」
「うっそ!」
その光景に三姉妹は驚愕の声をあげ、霊夢と魔理沙は声を失った。
咲夜は、そのまま発生点へと近付くとスペルカードを取り出した。
「幻符『インディスクリミネイト』」
宣言と共に、周囲へと大量のナイフがばら撒かれる。咲夜の動きに見とれていた三姉妹は反応が遅れ、ナイフの直撃を受け怯む。
「今だ!」
リズムがずれ、弾幕の勢いが弱まったのを見た魔理沙は、猛スピードで接近するとスペルカードを取り出した。
「くらえ、私の新技! 恋符『ノンディレクショナルレーザー』」
魔理沙から三本の光線が放たれながら回転していく。
「「「きゃああああああああああっ!!!」」」
三姉妹は追撃を受け、落下していった。
「あの、大丈夫ですか?」
落下していったプリズムリバーたちを結界を張って受け止めた霊夢は心配そうに尋ねた。
「いたたたっ、いやはや完敗だよ」
ルナサが服の汚れを払いながら近寄ってくる。
「ほんとねー、まさかあんな風に弾を避けられるなんて思わなかったわー」
「うー、くやしいなぁ」
その後をメルランとリリカが追いかけてきた。
「いい音楽でしたわ。だからこそうまく踊ることができたのですけど」
「あれには私も驚いたぜ」
咲夜と魔理沙が霊夢の元へとやってくるを見るとルナサは姿勢を正した。
「ところで、君たちはあの扉の先へ行くのかい?」
「うん。春を取り戻しにいかないとね」
「けど、どうやってあの結界を解く? それとも咲夜の言うように緩くなってる所から入り込むのか?」
「そんなことしなくても、上を乗り越えていけば入れる。現に私たちもそうやって出入りしてるしね」
魔理沙の問いかけに答えながら、ルナサは傍に浮いていたヴァイオリンを手に取り弦を弾く。
「調率が少しずれたみたいだ、やり直さないといけないな」
そう言うと、霊夢へと視線を向けた。
「さて、私たちはこれから音合わせをやり直さなきゃいけない。だから君たち、悪いけど少し遅れると伝えに行ってくれないか、あの扉の向こう白玉楼まで……」
「え? あ、はいわかりました、伝えに行きますね。それじゃあ、失礼します」
霊夢は一礼すると扉へと向かって飛んでいく。その後を魔理沙と咲夜も追いかけていった。
「姉さん、行かせて大丈夫なの?」
「なあに心配ないさ、博麗の巫女なんだから。それに、私もそろそろ冬が明けてくれないと、気が滅入り過ぎて仕方がない」
「姉さんが滅入ってるのは年中じゃないの? まあ私も冬はノリがいまいちになるのよねー」
「姉さんたち、私から見たらどっちもどっちだよ」
「違いない……ははははははっ」
「あら珍しい、姉さんが笑うなんて。これは明日は桜吹雪が舞うのかしらね、フフフフフ……」
プリズムリバー三姉妹はしばらくの間、笑い合うのだった。
冥界に存在する白玉楼。その広さ二百由旬にもなるという庭は満開の桜の木々により、一面薄桃色に染め上げられてた。
「うわぁ……きれい」
その光景に霊夢は見惚れた。
「ほんとうにここだけ春満開だな」
「空は一面桜吹雪で視界が悪いわね。まったく、こんなにも春を集めるなんて一体何を考えてるのかわからないけど、きつーいお仕置きが必要のようね」
「ああ、まったくだぜ。よし、いくか。って言っても、このまま進んでも丸わかりで危険だから下に降りるしかないか」
「木々の間を縫って行けば幽霊にも見つからずにすみそうね」
「そうだな……霊夢? おい霊夢、いくぞ」
「あっ、ごめん魔理沙ねーちゃん。ちょっとぼーっとしちゃった」
「ようやく見つけた春だもんな。けど、まだ終わりじゃないぜ」
「うん、そうだね。この春を幻想郷に返さなきゃね」
霊夢たちは互いに頷き合うと、地面へと降りていき、木々の間を縫うように進んでいった。
しばらく進むと、屋敷のような建物が桜吹雪に見え隠れするようになった。
「あそこに、今回の首謀者がいるのかしらね」
「そうじゃないのか、あんたの所のお嬢様も館の奥でふんぞり返ってたんだろ?」
からかうような魔理沙の言葉に咲夜はピクリと片眉を震わせた。
「否定はしないわ。でもね魔理沙、次は無いわよ?」
「なるべく覚えておくぜ。それより……お客さんみたいだぜ」
魔理沙の見つめる先には、二本の刀を手にした少女が佇んており、その傍に寄り添うように幽霊が一匹浮かんでいた。
「止まれ! 私は白玉楼の庭師、魂魄妖夢!」
手にした刀の切っ先を霊夢たちへと突き付けながら妖夢は叫んだ。
「幽霊たちが騒がしいと思ったら生きた人間が入り込んでいたのね。一体何をしに来たのか知らないが、あなたたちの集めてきた春をこちらに渡してもらうぞ!」
妖夢は腰を落として構えると、両手にした刀を一閃した。すると、斬られた空間に弾幕が生み出され霊夢たちに襲いかかった。
「おおっと、いきなりだな!」
「まったくね」
「ひゃっ!」
魔理沙と咲夜は霊夢を守るように前へ出ると、それぞれ弾幕を撃ち出し相殺していった。
「やれやれ、ここの門番さんはこっちの言い分も聞かずに攻撃してくる危ない奴なんだな」
「黙れ侵入者。生きた人間がここに来る時点で不審な事この上ないに決まっている。大人しくこの楼観剣のサビとなりなさい!」
妖夢は聞く耳をもたない様子で、楼観剣を振り上げる。
魔理沙が身構えるよりも早く、咲夜が踏み出しながらナイフを数本投げつける。
飛んでくるナイフを逆の手に持った短めの刀――白楼剣で弾き落とした。
「魔理沙、あなたたちは先に行きなさい! ここは私が引き受けてあげるわ!」
咲夜は少し大振りのナイフを手にし、妖夢へと斬りかかりながら叫ぶ。
「くっ!」
妖夢は振り上げていた楼観剣で受け止めながら咲夜を睨みつけた。
「咲夜!?」
「咲夜ねーちゃん!」
「あなたたちより刃物相手の戦いは慣れてるわ、いいから早く行きなさい! そのかわり絶対に春を取り戻すのよ」
「……ああ、わかったぜ。いくぞ霊夢、しっかりつかまってろ」
「う、うん。咲夜ねーちゃん気をつけてね」
「逃がすか! この先には行かせない!」
咲夜を押し返すと、飛び立とうとする魔理沙へと斬りかかった。
「させない!時符『パーフェクトスクウェア』」
スペルカードを発動させ自分の周囲一帯を、魔理沙たちの手前まで時を止める。
「さあ、早く!」
「飛ばすぜ!」
魔理沙は霊夢を抱えると、一気に加速し最高速で遠ざかっていった。それを見届けた咲夜は動きの止まった妖夢の前へと立ちふさがり、時を再び動かした。
「――なにっ!?」
目の前に佇む咲夜に妖夢は驚き戸惑った。
「自己紹介がまだだったわね。私は紅魔館のメイド長を務める十六夜咲夜と申します。以後よろしくお願いいたしますわ!」
うやうやしく一礼すると、大量のナイフを取り出し妖夢へと投げつけながら斬りかかった。
「面妖な技を使う! だが……餓王剣『餓鬼十王の報い』」
妖夢が刀を構えると咲夜へと突進しながら刀を振りぬく。
二人が交差し、通り抜けるとナイフはすべて地面に落され、咲夜の手にしたナイフは根元から切断されていた。
「浅かったか。だが、次はこうはいかない」
「そうね、次は無いわよ」
咲夜がそう言うと妖夢の服の端にいくつもの切れ目が入る。
「くらいなさい 幻符『インディスクリミネイト』」
周囲一帯にナイフをばら撒くと同時に地面を蹴り、両手に握ったククリナイフで斬りかかった。
「正面からの攻撃なんか!」
飛んでくるナイフを白楼剣で弾きながら、楼観剣を咲夜へと振り下ろす。しかし、楼観剣は空を斬り、咲夜の姿はそこにはなかった。
咄嗟に右後方からの殺気を感じ、体をひねりながら楼観剣を振りぬく。
ギィン! と金属の合わさる音ともに火花が散る。
咲夜がククリナイフを交差させて楼観剣を受け止めていた。
追撃と白楼剣を突き出すが、再び空を斬る。
「ちょこまかと……獄神剣『業風神閃斬』」
スペル宣言と共に側にいた幽霊――半人半霊の妖夢の半身である半霊――が渦を巻くように周囲へと大玉を放つ。妖夢は構えをとると、一歩を踏み出す。瞬間、妖夢の姿が消え周囲でいくつもの金属音が響き、大玉が細切れにされ大量の弾幕となって散らばっていった。
「きゃあ!」
悲鳴と共に咲夜が地面へと投げ出される。
「とどめだ!」
姿を現した妖夢が楼観剣を咲夜へと振り下ろす。
ククリナイフを交差させ受け止めるが、粉々に砕け散る。
「っ!?」
驚愕の顔に染まる咲夜へと楼観剣が迫っていった。
最大速度で飛び続ける魔理沙の前に屋敷が姿を現した。
「屋敷が見えたぜ」
スピードを徐々に落とし、屋敷前で止まった。
「……静かだな。誰もいないのか、それとも息をひそめてるのか」
「うーーん……ん!?」
屋敷を眺めていた霊夢はゾワリと背筋に悪寒を感じ背後へと振り返った。
「魔理沙ねーちゃん。だぶんこの先にいるよ」
「ん? 屋敷じゃないのか」
霊夢の指差す方向を見ると、満開の桜の花が一ヶ所だけ盛り上がっている部分が遠くに見えた。
「あの盛り上がってる所か?」
「うん、たぶんそうだよ」
「わかった、なら行ってみるか。しっかりつかまってろよ」
ホウキにまたがると再び加速すると霊夢の指差した方向へと向かっていった。
猛スピードで進む魔理沙たちの前に幽霊の大群が漂っていた。
「なんだよあれは、ちょっと迂回するからしっかりつかまってるんだぜ」
魔理沙は身を屈めると、地面スレスレを最高速のまま進んでいく。それに気づいた幽霊たちが、一斉に魔理沙へと襲いかかる。
「くっそ、気づかれたか。けど振り切ってやればいいだけだぜ」
速度を落とすことなく突き進むが、追いかけてくる幽霊はその数をさらに増やし続けており、最初に遭遇した時の倍の数へと膨れ上がっていた。
「…………霊夢、よく聞け」
「なに、魔理沙ねーちゃん」
「ここは私が引き受けて、幽霊たちを足止めする。だから霊夢は一足先に行くんだ、いいな?」
「え、そんなの……」
「このまま進んでも、あの幽霊たちがついてきたら私たちは挟み撃ちにあうことになる。だからここで抑える必要があるんだ。心配するな、あんな群れ数か多いだけで大したことはないぜ。心配するな、すぐに後から追いかけるからさ。わかったな?」
「…………」
霊夢は複雑な顔で魔理沙を見詰めた。
「そんな顔するな。私を誰だと思ってるんだ、靈夢と共に数々の異変を解決してきた魔理沙ねーちゃんだぜ」
「うん、わかった。先に行くね、でも必ず追いついてね」
「ああ、もちろんだぜ。じゃあ霊夢、私が合図したら飛んで行くんだいいな?」
「うん」
魔理沙は姿勢を戻しながら、桜の木の上へと浮上する。後ろを振り返ると幽霊の群れは巨大な蠢く壁と化していた。
「随分と集まったもんだぜ」
魔理沙は懐からスペルカードとミニ八卦炉を取り出す。
「恋符『マスタースパーク』」
宣言と共にミニ八卦炉が輝き、極大なレーザーを放出した。
発射の反動でホウキはさらに加速していく。
「今だ! 行け、霊夢!」
魔理沙の合図と共に霊夢は飛び出すと、一直線に盛り上がった桜の元へと飛んでいった。
「へへ、どうだ私の必殺は……」
マスタースパークの直撃を受けた幽霊の群れにポッカリと穴が開いていたが、徐々に埋まっていった。
「まあ、これから嫌というほど味あわせてやる…………霊夢、後はまかせたぜ」
魔理沙は手持ちのスペルカードをすべて取り出し握りしめると、幽霊の群れへと向かっていった。
「時符『プライベートスクウェア』!!」
斬られる直前でスペルを発動させ妖夢の動きを止めると、その場から飛び退いた。
「危なかったわ……」
「そうか、面妖な技と思っていたが時を止めていたのか」
「それがなに? わかったところで対策なんて取れないでしょう」
妖夢へと大量のナイフを投げつける。
「ふん、この楼観剣に斬れぬものなど少ししかないことを教えてやる!」
白楼剣を鞘に収め、楼観剣を両手で握り構える。地を蹴り、ナイフを弾きながら咲夜へと突進する。
「くっ……時符『プライベートスクウェア』」
「修羅剣『現世妄執』!」
咲夜が再びスペルを発動させると同時に、妖夢もスペルを発動させた。
楼観剣を上段に構えると、妖力を込め力いっぱい振り下ろし、咲夜の発動させた空間と衝突する。
妖夢の動きが止まった瞬間を狙っていた咲夜は大振りのナイフを手にして斬りかかる。だが、楼観剣はプライベートスクウェアを切り裂きながら咲夜へと襲いかかった。
「なっ……!!」
想定外の出来事に驚愕しながらも、体をひねり左手に持ったナイフで受け止める。
「はぁっ!」
妖夢が気合いを込めると、楼観剣はナイフを粉砕し、咲夜の左腕を斬りつけた。
「あうっ!」
妖夢は振り下ろした力を利用し身体を一回転させながら、咲夜の喉元へと向けて鋭い突きを放った。
(――お嬢様!)
避け切れない。
腕を斬られ体勢を崩していた咲夜は、死を覚悟した。その瞬間、脳裏にレミリアの笑顔が浮かぶ。
そして楼観剣が咲夜の首に巻かれたマフラーへと触れた瞬間だった。
――『レッドマジック』
マフラーから紅い光が溢れ出し、妖夢を飲み込んだ。
「うわああぁぁぁっ!」
妖夢は身体から煙をあげながら、地面を転げ回った。
「レミリアお嬢様……」
ボロボロになったマフラーを咲夜が手に取ると、自分の役目は終わったとでも言うようにマフラーは塵となって消えた。
「十六夜咲夜、必ずお嬢様のご期待に応えます!」
咲夜の瞳が紅く変わる。
「まさか、そんなところに奥の手を隠しているなんてね。だが、二度は無いぞ」
身体にいくつもの火傷を負いながら妖夢は立ち上がる。
「人神剣『俗諦常住』――」
「させるか」
妖夢が構えをとり、スペルを発動させようとした瞬間、咲夜が肉迫し左肩へナイフを突き刺した。
「ああっ!」
「さっきのおかえしよ。そして、終わりにしましょうか!」
銀製の大型ナイフを手に妖夢へと斬りかかる。
「まだまだぁ!」
妖夢は咲夜を蹴りつけて間合いを取ると、肩に刺さったナイフを抜き取り白楼剣を手にした。
「いつまでもお前の相手はしてられない! お嬢様の邪魔はさせないぞ!」
咲夜を睨みつけながらスペルカードを取り出す。
「あなたとわたし……どちらの想いが強いか、決着をつけましょうか!」
咲夜も睨み返しながらスペルカードを取り出した。
「天神剣『三魂七魄』!」
「幻符『殺人ドール』!」
妖夢の周囲に大小様々な弾が、咲夜の周囲に大量のナイフが現れる。
「「はあああああああっ!!!」」
二人が同時に地を蹴ると、ナイフと弾も一斉に動きだし、衝突し土煙を上げた。
やがて、煙が晴れていき、妖夢と咲夜は肉薄したまま佇んでいた。
「……っぐ、あっ」
咲夜がうめき声をあげる。鳩尾に深々と白楼剣の柄がめり込んでいた。
そして、崩れるように倒れ伏した。
「ふっ、刃の殺気は気付けても、不殺の一撃には気が回らなかったみたいね」
妖夢は刀を納め、一歩を踏み出すとそのまま倒れ伏した。
その背中には大量のナイフが突き刺さっていた。
霊夢は後ろを振り返ることなく真っ直ぐ突き進んだ。すると、盛り上がっていた桜の花の正体が見えてきた。それは、とてつもなく大きな桜の木だった。
「すごい大きい木……」
木の下までやってきた霊夢は見上げながら近づいていった。
「この木はね、西行妖っていうお化け桜なのよ」
突然の声に立ち止まり身構える。よく見ると、木の根元に着物を着た少女が立っていた。
「この桜の木の下には何者かが眠っていてね。西行妖が満開になると目覚めるらしいの」
「あなたは……」
ゆっくりと少女が振り返り微笑んだ。
「はじめまして、博麗の小さな巫女さん。私は白玉楼の主、西行寺幽々子よ」
「…………っ」
視線を合わせた霊夢は息を呑んだ。幽々子は優しげな笑みを浮かべていたが、その瞳の奥底に深く暗い死の気配を感じ取ったからだ。
「というわけで春を返すわけにはいかないのよ。だから、あなたの持ってる春を置いて帰ってくれないかしら……」
「封印なんてものは、解いちゃいけないから封印なんです。それに、そんな危険なことのために春を独り占めにするなんて許しません。春は返してもらいます」
御札と針を取り出し身構えると、袖から陰陽玉も姿を出し傍らに浮かんだ。
「そう仕方がないわね、桜の下で眠るといいわ、紅白の小さな蝶」
幽々子はゆっくりと音もなく浮かび上がる。
「亡我郷……」
ポツリと呟き右の手のひらをあげると、そこから大量の弾幕が放たれ、左右から霊夢へと襲いかかった。
霊夢は飛び上がると、迫る弾幕をよく見た。
左右からの弾幕は密度に差があり、霊夢は薄い方へと避けようとした。だが、良くない気配を感じ密度の濃い方へと飛び込んだ。同時に、密度の薄い弾幕を数本の桃色の光線が薙ぎ払った。
あのまま飛び込んでいればあっけなく光線に飲み込まれていたことを思うと、霊夢は身震いし気合いを入れなおした。
「あらあら、よくわかったわね。でも、どこまでもつかしらね」
再び左右から弾幕を放つと、霊夢は弾幕を引きつけてから密度の濃い方の隙間へと潜り込み、針を放つ。
幽々子は扇を取り出し左手に持ち開くと、針を受け止めた。
「っ……このっ!」
霊夢は針と共に御札を放つ。
幽々子は同じように扇をひるがえし針を受け止める。その隙に御札が舞い幽々子の右手へと張り付くと破裂した。
「まあっ、おもしろいわね……」
少し驚いた口調でつぶやくと、右手にも扇子を手にし開いた。
「ここは冥界、生きるものが滅んで行き着く場所。生者必滅は世の理……」
舞を始めると、どこからともなく無数の蝶があらわれ、飛び立つように広がっていく。あわせて大玉の弾幕も渦巻き状に広がっていった。
霊夢は大玉の軌道に気を配りながら、向かってくる蝶を避けていく。
「いつまでも続くものではないわ。生者と死者、すでに大きなハンデをあなたは背負っているのだから」
幽々子の声にも耳を貸さず、大玉と蝶を避けていく。そして、数本の針を御札で束ねると、陰陽玉で挟んだ。
「エクスターミネーション。いけ!」
霊気を込めると、巨大な針が陰陽玉の間から飛び出し、大玉や蝶を貫通しながら幽々子へと向かっていく。
直撃コースだと思われていたが、幽々子はひらりと身体を回転させ巨大針を避けた。
「なら、これなら!」
今度は二本放つ、先程と同じように巨大針は飛んでいくが、幽々子は難なく一本目を避ける。
「今だ、解!」
霊夢が叫ぶと、二本の巨大針が元の数本の針へと戻る。
「!?」
驚く幽々子へと一斉に針が降り注ぎ、お札が貼りついて破裂した。
「さすがは、博麗の巫女ね……油断したわ」
煙の中から姿を現した幽々子は笑みを消し、霊夢をじっと見つめた。
「死になさいな……」
ゾッとするほど冷たい声で呟くと、一匹の大きな蝶を生み出し飛ばす。
「この蝶があなたの命を摘み取るわ」
周囲に弾幕をばら撒きながら、その瞳はじっと霊夢を捉えていた。
「さっきの攻撃も、あんまり効果がなかった……やっぱり幽霊だからかな」
嵐のごとく降り注ぐ弾幕を避けながら考えていた霊夢は、背後に悪寒を感じ、咄嗟に弾幕の隙間を縫いながらそこから飛び退く。
先程までいた場所を巨大蝶が通り過ぎていった。
蝶はしばらくすると折り返し、霊夢へと向かってくる。
「このっ!」
針と御札を巨大蝶へと放つが、触れた瞬間、黒く濁り塵となった。
「えっ!?」
効かなかった事に驚き、霊夢の動きが一瞬止まる。その隙は致命的だった、目の前に巨大蝶が迫り周囲には弾幕が飛び交い避ける隙間がなかった。
「に、二重結界!」
懐から大量の御札を取り出し、結界を張ると巨大蝶がぶつかり放電する。
「こんのおおおおっ!」
左手で結界を支えながら右手で印をきる。結界を張る時に散らかった御札が輝くと、互いにくっつき合い幽々子へと殺到すると爆発した。
弾幕が止まり、巨大蝶が消えさる。
「がんばるわねぇ……」
幽々子が両手から大量の蝶を生み出すと、霊夢の結界へと群がる。
蝶は結界を徐々に侵食していく。
「結界が……もしかしてこの蝶は」
霊夢は結界をその場に固定し、離れると手を叩いた。
「爆!」
結界が爆発し蝶を吹き飛ばした。
だが、爆煙を突き破り、大量の蝶が襲来する。霊夢は必死で蝶の群れを避けていくが、完全には避け切れず服をかすめていった。
すると、蝶のかすった部分が黒ずみボロボロと崩れていった。
「この蝶は、死を内包している!?」
「ええそうよ。私は死を操れる……だからあなたを生かすも殺すも私の気分次第よ」
「ふ、ふざけるなぁ!」
幽々子の言葉が頭にきた霊夢は破魔札を取り出し放った。
「封魔陣!」
周囲一帯を結界が包み込み、放電が起こった。
「きゃあああああっ!」
幽々子にいくつもの雷が襲い掛かる。
「あああああああああああっ!」
まるで獣の咆哮のように叫びながら両手を広げると背後に巨大な扇が浮かびあがる。同時に凄まじい霊圧が発せられ、結界を破壊し霊夢をふき飛ばした。
「西行妖の満開の邪魔はさせんぞぉぉぉ!」
低く唸るような声で叫びながら、幽々子は巨大扇から大量の死蝶を生み出し放った。
「くらえ、恋符『ノンディレクショナルレーザー』」
魔理沙から三本のレーザーが放たれ回転しながらわずかに残っていた幽霊を消し去った。
「やっ、やっと片付いたか……」
深い溜息を吐きながら魔理沙は周囲を見渡した。
「まったく、どこにあれだけ潜んでたのやら」
よく見ると魔理沙の服はボロボロであちこち破けていた。とくに右袖は肩口から破れて無くなっており、腕がむき出しだった。
「スペルカードは……もうないか」
あちこちのポケットを探すがカードは入っていなかった。
「まあいい、とにかく霊夢の元へと行かないとな」
魔理沙はホウキを握りなおすと、霊夢の元へと向けて飛んでいく。しかし、疲労の為か速度はそんなに出ていなかった。
倒れた妖夢の背中から半霊が一本一本ゆっくりとナイフを抜き取っていた。抜く度に妖夢からうめき声が漏れるが、目を覚ますことはなかった。
全て抜き終わると、半霊は尻尾のような部分で妖夢の頬をぺちぺちと何度も叩いた。
「…………っ……うっ……はっ!」
意識をとりもどした妖夢は飛び起きるが、背中に激痛が走り声を殺して蹲った。
「だ、大丈夫だ」
ゆっくりと顔をあげ、心配そうに傍を動き回る半霊に呟いた。それから、慎重に立ち上がると、荒く呼吸を繰り返した。
「お嬢様の……幽々子様の元へ行かないと。嫌な予感がする」
おぼつかない足取りで歩き出すが、何度もなんども転びそうになる。
「幽々子様……あっ」
足をもつれさせ転びそうになる。だが何かに腕を引っ張られ、途中で止まった。
「まったく、私より怪我が酷いくせに無茶するわね」
「お前はっ!」
顔を向けると、咲夜が妖夢の手を掴んでいた。
「放せ、お前にかまっている暇はない……幽々子様のところへ行かないと」
「嫌よ」
咲夜は妖夢を引き寄せると、肩を貸した。
「何をしている、情けなんか受ける気は……」
「勘違いしないで」
妖夢の言葉を遮り咲夜はピシャリと言い放った。
「私は自分の役目を果たしに行くの。あと、ついでに霊夢ちゃんが心配だから。でもね、私は場所を知らない。だからあなたを捕虜にして案内させるのよ」
「…………」
「ほら、さっさと案内しなさい、あなたの主の場所へ。霊夢ちゃんはそこにいるはずだもの」
「…………十六夜、咲夜?」
「なによ、魂魄妖夢」
「ありがとう」
咲夜は鼻を鳴らすと顔をそむけた。
そして、二人は互いに支え合いながら飛び立っていった。
凄まじい霊圧にさらされながら霊夢は死蝶から逃げていた。攻撃にと御札や針を放つが、死蝶に阻まれ届かなかった。
「夢想封印なら、この蝶に防がれることはないけど……ひゃっ、ととと、うー一瞬でもスキができればいいのに……」
死蝶の嵐はさらに激しさを増し、霊夢へと襲いかかる。
「このっ」
御札を手に幽々子へと接近する。襲ってくる死蝶に御札を貼り付けて押しのけて道を開いていく。
「こざかしいわあぁぁぁぁっ!」
「きゃああっ!」
幽々子が叫ぶと強烈な霊圧が放たれ、霊夢は押し戻された。
霊夢は体勢を整えると、懐に手を入れて顔を青くした。
「御札がない……」
取り出した手には結界用の破魔札しか握られていなかった。残っている針だけでは、死蝶を防ぎきれない。かといって、結界を張りながら突き進んでも死蝶に阻まれて接近しきれない。
「どうしよう」
不安を漏らし悩む霊夢は警戒が疎かになっている事を忘れていた。
「とどめだぁ!」
「えっ!?」
幽々子の声により、我に帰った霊夢が目にしたのは自分の周囲に隙間なく群がる死蝶の群れだった。
「しねぇい!」
「ぁ…………」
声を出す間もなく死蝶が霊夢を飲み込んだ。
その次の瞬間、飛んでいた死蝶がすべて桜の花びらへと変わり周囲を埋め尽くす。霊夢の懐に入っていた、春のかけらを集めた袋に死蝶が触れ春の力が解放されたのだ。
「な、なにぃ……ぐっ」
その光景に幽々子は驚き苦しみだした。
「二重結界! いけっ」
その隙を逃さず、霊夢はすかさず破魔札を幽々子へと投げる。破魔札は幽々子の周囲へ来ると結界を張り閉じ込めた。
「ぐおおっ、なにいっ!」
すかさず意識を集中させ霊気を高める。
「夢想封印・集! いけっ」
霊夢からいくつもの霊気の塊が放たれ、一斉に幽々子へと向かっていく。
「爆!」
幽々子を閉じ込めていた結界が爆発すると同時に霊気の塊が次々とぶつかっていく。そして、大爆発が起きた。
「やった?」
警戒を解かずに爆煙を見据えていると、その中から幽々子が姿を出し、そのまま西行妖の根元へと落下していった。
「霊夢! 無事か?」
「魔理沙ねーちゃん!」
息を切らせながら走ってきた魔理沙の元へと降りていき抱きついた。
「やったよ、魔理沙ねーちゃん。やっつけたよ」
「そうか、よくやったな。えらいぞ」
魔理沙は微笑みながら霊夢の頭を撫でた。
「ゆ、幽々子様!」
悲鳴のような声に二人が振り向くとそこには咲夜と妖夢が支え合いながら立っていた。
「咲夜ねーちゃんと庭師のおねーさん?」
「なんで二人が仲良くしてるんだ?」
「仲良くじゃないわ。こいつは捕虜よ……」
咲夜が視線をそらしながら言う中、妖夢は咲夜の手を振りほどき西行妖の根元に横たわる幽々子の所へと走っていく。しかし、足を引っ掛けて転んだ。
「幽々子様! 幽々子様!」
それでも、這いずりながら妖夢は幽々子の元へと進んでいった。
「うー、なんだか悪い事をした気がしてきた」
妖夢の姿を見た霊夢は気まずそうに呟いく。
「自業自得ってやつだ。まあ、確かにちょっとあの姿はかわいそうだと思うけどな」
「ふんっ、戦いなんだから仕方ないでしょ。こっちだって、大量のナイフとお嬢様からもらったマフラーを失ったんだから、おあいこよ」
不機嫌そうに言う咲夜を見ながら、魔理沙は心の奥で割に合わないだろうとツッコミをいれた。
――――ウオオオオォォォォォォォォォォッ!!!!――――
どこからともなくうめき声が発せられ周囲に響き渡った。
その場にいた全員が周囲を見渡していると、西行妖が震え出し桜が舞い散る。
――――オオオオオオオオオオオォォォォォォォッ!!!!―――
咆哮のような声がすると西行妖から莫大な妖気が溢れ出した。
「やばっ!」
魔理沙はとっさに霊夢を庇いながら地面に伏せる。咲夜もまた素早く伏せていた。
しかし、溢れ出した妖気は暴風の如く荒れ狂い、魔理沙を吹き飛ばす。
「うおおおっ!?」
「魔理沙!」
咲夜が手を伸ばして捕まえるが、そのまま一緒に飛ばされていき、桜の木にぶつかって動かなくなった。
「魔理沙ねーちゃん! 咲夜ねーちゃん!」
霊夢は地面に針を突き刺し、必死に耐えながら魔理沙たちを見るが、倒れたままで死んでいるようにみえた。
「やだ。やだやだ……死んじゃやだあああああああああああっ!!!!」
霊夢が泣き叫ぶと爆発したように霊気が溢れ出し妖気とぶつかりせめぎ合う。
「うわああああああああああん、あああああああああああん!」
泣き叫び続けるにつれどんどんと霊気が膨れ上がり、妖気を押していった。
「幽々子様……幽々子様……」
どこからともなく呼び声が聞こえ、幽々子は意識を取り戻し眼を開けた。
「ここは……」
なぜ自分は倒れているのかわからなかった。
――ハナヲサカセロ――
「え? 花?」
意識が少しはっきりし、凄まじい妖気を放つ西行妖が目に入る。
「そうだ、西行妖を咲かせないと……」
――ジャマモノハケセ――
「そう、邪魔な奴は消す」
幽々子の瞳が黒く濁っていく。
「幽々子様……幽々子様……目を覚ましてください」
自分を呼ぶ声に顔を向けると、そこには白楼剣を地面に突き立てながら這い寄ってくる妖夢の姿があった。
「よ、妖夢……」
「幽々子様……」
幽々子が手を伸ばすと、応えるように妖夢も手を伸ばしながら這い寄ってくる。
――ソンナヤツホウッテオケ、ハナヲサカセロ―――
その声に幽々子の眉がつり上がる。
「なんですって?」
――ワレヲサカセヨ――
「黙れ……私の中に入ってくるな」
幽々子の瞳から濁りが消えていく。
――ワレノメザメハ、ナンジノゾンダモノダゾ―――
「私はあなたの復活なんて望んでいない。消えなさい!」
意識を取り戻した幽々子が叫びながら立ち上がると、西行妖の妖気が急激に減少し霊気に呑まれていった。
「幽々子……様……」
「妖夢!」
幽々子は意識が薄れていく妖夢に駆け寄ると手を握った。
「馬鹿ねぇ、こんな無茶して……傷が残ったらどうするのよ」
目に涙を浮かべながら、幽々子は妖夢の手を強く握りしめた。
「うわああああああああああん、あああああああん!」
霊夢の泣き声に魔理沙は意識を取り戻した。
「うっ、何が起こってるんだ? おい、咲夜。大丈夫か」
自分の手を掴んでいた咲夜に呼びかけるが答えなかった。よく見るとその顔は血の気を失い蒼白だった。
「ちっ、まずいな……なんとかしないと全員ここに永住しちまうぜ。霊夢! 霊夢! 正気に戻れ、そのままだとお前が死んじまうだろう! 霊夢ーー!」
力の限り叫び呼びかけるが、霊夢には全く届かなかった。
「ちくしょう……だ、誰か……誰か、霊夢を助けてくれよぅ……」
疲労と怪我と酸欠によって魔理沙の意識は朦朧とし始める。そんな中、拳を握りしめ涙ぐみながら魔理沙は助けを求めた。
「大丈夫……まかせなさい、魔理沙」
「え…………」
消えゆく意識の中、魔理沙が声のした方向へ顔を向ける。そこには、長い髪をなびかせなから立つ巫女の姿があった。
「靈夢なのか?」
魔理沙はそのまま意識を失った。
霊夢は悲しみに支配されていた。また大切な人を失うのではないかという想いに我を忘れて泣き叫んでいた。
「うわああああああんあんあん……うあああああああっ!」
暴走し溢れ出す霊気が霊夢のリボンを吹き飛ばす。さらに地面にヒビが入り窪んだ。
「ほらほら泣かないの、いい子、いい子……」
近づいてきた巫女にそっと抱きかかえられた霊夢は、頭を撫でる感触に安らぎを覚え徐々に落ち着きを取り戻していった。
「……ひっく、ぐす、ひぐ……」
「かわいや、いとし子、ねんねしな~……」
やさしく安心する声と包容に霊夢はそのままゆっくりと眠っていく。それにつれ暴風の如く荒れ狂っていた霊気もおさまっていった。
「く~す~……んんっ、ママー」
寝付いた霊夢をゆっくりと地面に下ろすと、もう一度頭を撫でた。
「霊夢、私はいつもあなたの傍にいるからね」
巫女はそう呟くと姿が薄れていき消え去った。後には陰陽玉にしがみ付いて眠る霊夢だけがいた。
西行妖の妖気と霊夢の暴走した霊気の衝突の衝撃により、冥界に集められていた春は散らばり幻想郷へと広がっていった。
意識を取り戻した魔理沙たちは白玉楼の屋敷前に集まっていた。
「そんな身体で大丈夫? ここで一日くらい泊っていってもいいのよ」
「誘いはありがたいが、どうにも冥界に泊まるっていうのが抵抗あるから帰るぜ。幸いにもお迎えも来てるしな」
幽々子の誘いを断りながら振り返ると、そこにはプリズムリバー三姉妹とアリスが立っていた。
「まったく、人間のくせに無茶するわねあなたは……ほら、貸しなさい」
アリスはあきれ顔で魔理沙に近寄ると抱っこしていた霊夢を受け取る。
「博麗神社でいいんでしょ、場所は?」
「ああ、そのかわりゆっくりな、霊夢が起きちまうといけないしな」
「それ以前に、あなたがついてこれなさそうだけどね」
「それじゃあ、お先に失礼するぜ」
「ええ、今度改めてお詫びに行くわね」
魔理沙とアリスはゆっくりと浮かび上がり、幽々子に見送られながら白玉楼を後にした。
「さて、私も行くわね、お嬢様を心配させるといけないから」
「なら、私が付き添うよ。途中で気絶して墜落されてもこまるし、可能なら君の主にも我々騒霊楽団の事をアピールしたいしね」
「お願いするわ。でも、挨拶できるかはわからないわよ」
「かまわないさ。それじゃあメルラン、リリカ、行ってくる」
「はいはい」
「いってらっしゃい」
咲夜はルナサに支えられながら飛び立っていった。
「さて、妖夢の怪我の手当をしないといけないから、手伝ってくれるかしら?」
「いいわよ~」
「お得意様の頼み事だしね」
「ありがとう」
幽々子はメルラン、リリカと共に屋敷の中へと入っていった。
博麗神社への帰り道、眠る霊夢を見ていたアリスは魔理沙へと尋ねた。
「ねえ、中で何があったの? よかったら教えてくれない?」
「んー、まあ色々な私も肝心なところは知らないんだが、最後は靈夢が助けてくれたみたいなんだ……」
「はあ? 靈夢が? あなた彼女は死んだって言ってたじゃないの」
「まあ、意識がほとんど飛んでたからあやふやな記憶なんだけどな、なんとなくそんな気がするんだぜ」
「そう……あなたがそう思うならそうなのかもね。あ、神社が見えてきたわよ」
アリスは微笑むとゆっくりと神社へと降りていった。
春の戻った幻想郷は一気に暖かくなり、積もっていた雪も解け始めていた。
アリスは溶けつつある雪の上を飛び、神社の縁側に降り立つ。そして、中へと上がると布団を引き霊夢を寝かしつけた。
「アリスー、悪いけど後は頼むぜ~」
「なっ、ちょっと待ちなさいよ」
居間のほうからの魔理沙の声にアリスが急いで向かうと、そこには大の字になって寝ている魔理沙がいた。
「…………ああもう、しょうがないわね」
アリスは苦笑し毛布を取りに行きながら、神社に泊まる算段を考えるのだった。
「美鈴、今戻ったわ……」
「わわ、咲夜さん大丈夫ですか」
紅魔館の門前へと降りてきた咲夜は佇んていた美鈴に声をかけた。
「あの、咲夜さん。お嬢様が中でお待ちになってます、すぐに来るようにとのことですが……」
「わかった、すぐに向かうわ」
咲夜は顔を引き締め一人で立つと、ルナサへと顔を向けた。
「悪いけど、お嬢様への謁見はできそうにないわよ」
「そのようだね。それじゃあ、ここで失礼するよ。また今度会おう」
「ええ、また」
ルナサを見送ると、咲夜はレミリアの元へと向かった。
廊下を歩きレミリアの部屋の前へとやってくる。
「お嬢様、咲夜です。ただいま戻りました」
「入りなさい」
少し怒気をはらんだ声に緊張しながら部屋へと入っていった。
「おかえりなさい、咲夜。ちゃんと春を取り戻したようね、よくやったわ」
「ありがとうございます。ですが、私は霊夢ちゃんや魔理沙の手伝いをしただけで、これといって成果を上げたわけでは」
「咲夜、謙遜しないの。あなたは霊夢に協力しただけかもしれない。でも、その協力がなければ春は戻ってこなかったわ。そうでしょう?」
「お嬢様……はい、そうでございます」
咲夜は深々と頭を下げる。
「それはそうと咲夜……」
レミリアの声が低くなり、部屋の温度が下がったように感じた。
咲夜は頭を下げたまま動けなくなる。
「あなたのすべては誰のものかしら?」
「レミリアお嬢様のものです」
「そう、あなたの身も心も命も……そして運命も私のものよ。なのに、これはなにかしら!」
レミリアは咲夜に近寄ると、咲夜の上着を引きちぎり、左腕を掴んだ。
「私の許可なくこんな大きな傷を作るなんて、おしおきが必要ね」
傷口に舌を這わせながら、目を細める。
「お、お嬢様……」
傷口を這う舌の感覚と鈍い痛みに、咲夜は顔を赤らめる。
「一週間……働くことを禁止するわ。一週間後、傷が無くなっていなかったら、あなたを吸血鬼にするからね」
「か、かしこまりました」
「……下がっていいわ」
「はい、失礼します」
胸元を隠しながら咲夜は部屋を出ていった。
「これくらいしないと休みなんて取らないものねあの娘は」
そう呟き、レミリアは笑みを浮かべた。
幻想郷に春が戻って一週間が過ぎた。
その日霊夢は手桶を両手で持ちながら、山道をゆっくり飛んでいた。手桶の中には花束が入っている。
しばらく進むと、木々の合間にひっそりと建てられた墓が姿を見せた。
「ママ、ひさしぶりだね……」
霊夢は手桶を置き墓の前に立つと呟いた。墓には博麗之墓と刻まれている。
「あ、やっぱり今年も来てたみたいだね」
墓の左右にある花を生ける筒、その片方に向日葵が一輪活けてあった。
「誰なのかな、このヒマワリを持ってくるのは」
疑問を口にしながら、霊夢は墓の掃除を始めた。まず近くに湧き出ている石清水で水を汲み、墓にかけるとたわしと雑巾で墓の汚れや苔を落としていった。向日葵の水を入れ替え、空いている方に持ってきた花を活けた。
「よし、きれいになった」
満足そうに頷くと、懐から線香とマッチを取り出し火をつけると墓に供えた。
「ママ、ご先祖様……私はがんばって博麗の勤めをしています。だから安心してください。そして、見守っていてくださいね」
手を合わせしばらく祈ると立ち上がる。
「お供えは、今度魔理沙ねーちゃんたちと来る時に持ってくるね。それじゃあバイバイ」
霊夢は浮き上がると手桶を持ち墓に背を向ける。
神社では魔理沙たちが花見の準備をして待っている。久々の宴会を楽しみにしながら霊夢は墓を後にするのだった。
そんな霊夢ちゃんを助ける咲夜さんと魔理沙もとても良い味をだしてました。
マヨヒガで食事を用意したのはやはり紫様なのでしょうか?
いつも静かに霊夢ちゃんを見守っていたりとか・・・。
最後のお墓に備えられていた向日葵は・・・幽香が置いていったもの・・・なのかな?
どの場面も面白く見事な作品でした。
続き、まってますね。
ちょっと文章力が足りないような感じですが。話自体はよかったですよ
獄神剣やめて獄神剣。
「~人形弾幕劇場開演よ。お題は~」→「お代」ではないかと。
待っていたかいがありました。
やっぱり霊夢ちゃんシリーズは好きです。
この作品を読んで改めて再確認。
妖々夢EX&PH期待してます。あと向日葵。
今までもそうでしたが霊夢ちゃんの微妙な強さがいいアクセントになってます。
EX&Phも期待してます!!