私の朝は早い。
朝日が昇る頃には既に覚醒している。
普通なら妖怪である私が朝に起きるというのも変な話だが、これは仕方ないのだ。
なぜなら、私の現在の名前は博麗文。
博麗霊夢の妻なのだから。
***
主婦の一日はとっても大変だ。
まず、霊夢さんが起きるまでに朝食を用意しておく。
これは、日が昇ると同時に始める。
霊夢さんの起床時間を考慮してのことだ。
日が昇って少しすると、霊夢さんの寝室の障子が開いた。
振り返るとそこには眠たげに瞳を擦る天使の姿があった。
寝巻が大きいのか首元が少しはだけ、その白い肌が見えている。
至福だ。
私はこの瞬間のために生きてきたようにさえ思える。
思わず懐のカメラに手がいきそうになるが、カメラを持っていないことを思い出す。
私は今はもうほとんどカメラを扱わない。
ネタを探す時間を家事に費やすようになったためだ。
事実上の新聞記者引退である。
新聞を書こうにも霊夢さんとの同居日記になるだけだし、主婦だし。
そんな理由ですっぱり止められた。
「文おはよ」
「おはようございます霊夢さん。朝食出来てますよ」
「わかったわ。……顔、洗ってくる」
高めの透き通った声が返事した。
ああ、至福。
だが、そんな幸せ満点な私にも悩みはある。
「文、私の分はあるか~?」
「……ええ、もちろん。もちろん、ありますよ、魔理沙さん」
ギリギリと思わず奥歯に力が入る。
私の視線の先には悩みの元凶が笑っていた。
黒い帽子に黒いスカート、全身が黒を基調とした服装。
箒は持っていないが、それ以外はほぼいつもと同じ。
そう、霧雨魔理沙(さん)だ。
結婚の後、いつの間にか居ついていた。
三食昼寝付きという豪勢な待遇で。
もとからよく神社にいたが、現在ではもはや寄生虫レベル、いや色的にG○kiburiレベルか。
そして彼女は誰よりも霊夢さんと一緒にいる。
誰よりも。
この私よりも。
一緒にいるくらいまだいい。
だが私には許せないことがある。
それは今、彼女が霊夢さんの寝室から出てきたこと、だ。
「なんだよ」
「いえ」
思わず睨みつけてしまった。
私は魔理沙さんから目をそらす。
霊夢さんの寝室には妻である私ですら入れない。
何重にも結界が張ってあるのだ。
それを魔理沙さんは霊夢さんの寝室に毎晩一緒に入っていく。
毎晩である。
なぜだろうか。
私はひとつの仮説を立てている。
考えづらいが、これしかない。
「一人で寝るのが怖いなんて霊夢さん、なんと可愛いのでしょう」
思わず呟いてしまった。
そう、きっと霊夢さんは一人で寝れないタイプなのだ。
恐らくこの仮説は当たっている。
なにしろ半月考えた末に出した練りこまれた説なのだ。
だが、そんな素晴らしい仮説にもひとつ疑問が残る。
魔理沙さんに限定する理由がわからない。
まったく不可解だ。
もしや魔理沙さんも一人で寝れないタイプなのだろうか。
それなら森の引き籠りや紅魔館の引き籠りに相手をしてもらえばいいのに。
「文ぁ、お茶頼む。緑茶な」
「……はい。了解しました」
そこで私の思考は中断された。
召使いでもないのになぜか命令される私。
最近ではこの図式が当たり前になっている。
超縦社会だった山での生活もこんなことはなかったのに。
なんだか悲しくなってきた。
台所に行ってお湯を沸かす。
なんで私が魔理沙さんのお茶を入れているのだろう。
そう思うと、だんだん腹が立ってくる。
これは、一度ギャフンと言わせなければならない。
私は棚の奥に大事に閉まってあるお茶の缶をひとつ取りだす。
中は緑の茶葉と、粉が詰まっていた。
この粉、名をシアン化カリウム(通称:青酸カリ)という。
①美味しい茶葉に混ぜる。
②その茶葉でお茶を作る。
③飲ませる。
④ゆっくり待つ。
⑤血ヘドを吐く。
ね、簡単でしょ?
これが以前、八雲紫に貰った『奥様用お手軽暗殺術』に載っていた方法だ。
現物はスキマ経由で秘密裏に手に入れた。
これを飲ませれば、魔理沙さんはギャフンと言わせられる(閻魔様に)。
そして私は霊夢さんと、魔理沙さんは地獄の鬼とラブラブになれるはずだ。
これぞ誰も困らないハッピーな方法。って八雲紫が言ってた。
私は魔理沙さんにばれないよう慎重にフタを空ける。
女子供なら100mg程度が致死量だったはずだ。
「……」
面倒なので手で掴めるだけ掴んだ。
そしてお湯の入ったヤカンに入れる。
あやや~、溶けきらない。まぁいいか。
「おーい、まだかぁ?」
溶けていない青酸カリで湯呑みの半分が埋まったそれを見つめていると、居間から声がした。
魔理沙さん、その可愛い声を出せるのもあと数分です。
私は怪しまれない様出来るだけポーカーフェイスを保ったままお茶を持っていく。
「どうした、ニヤニヤして」
「いえ、いえいえ?元からです、元からですよぉ」
内心ひやりとした。
さすがは霊夢さんと共に異変を解決してきた魔女。
私の完璧な偽装を見破りかけるとは。
「そんなことよりどうぞ、飲んでください!美味しいですよ」
「あ、うん」
しかしそこは所詮人間の小娘だ。
今は私の華麗で強引な話術によって毒入り緑茶を飲もうとしている。
ふふっ、まだ笑うな……しかし……っ。
「あっ、魔理沙それよこしなさい」
一瞬なにが起こったのか分からなかった。
その後の状況から察するに、多分、横から霊夢さんが魔理沙さんのお茶を奪ったのだと思われる。
ゴクゴク喉を鳴らしてメディスン系緑茶を飲む霊夢さん。
「ぷっは、やっぱり朝イチはお茶ね」
なにかのCMに使えそうなセリフと太陽のような笑顔を振りまき、霊夢さんは湯呑みをちゃぶ台に置いた。
その口からはほのかに香ばしいアーモンド臭が。
「れれれ霊夢さん! 大丈夫ですか!?」
え?と小首を傾げる霊夢さんは意外にも普通だ。
特に毒にやられた様子はない。
ちゃぶ台に置かれた湯呑みを見ると殆ど飲んである。
お茶を飲んだのは間違いない。
なんということか。
どうやら彼女は既に毒など効かない体を手にしているようだ。
今まで、一体どんな修羅の道を歩んできたのだろうか。素敵すぎる。
「どうした文」
「いえなんでもありません」
魔理沙さんが私の方を不審げに見つめてきた。
本当なら彼女は今頃、アーモンド臭を振りまきながら小町さんと遊んでいただろうに。
次のチャンスを待つべきだろうか。
いや、でも待て。
魔理沙さんに毒なんか効くのか。
なんだか毒キノコとかで耐性作ってそうだ。
(……暗殺はやめておこうかな)
「それより私のお茶もう一回淹れて来てくれ」
「ああはい。かしこまりました」
やるせない気持ちになったが、私は仕方なくコップを持ち台所へ向かった。
青酸カリまみれの湯呑みを洗おうとしたが、ふと思いとどまる。
これ、霊夢さんが飲んだ残りなんだよね。
「……」
私はばれない様すばやくお茶の残りを飲みほした。
幻想郷最速の名に恥じないスピードだった。
うん、美味しい。
さすが霊夢さんの(飲んだ)お茶だ。
体が軽くなるようだ。
そして私は血ヘドを吐いた。
***
「なぜ青酸カリなんて持っていたのかは聞きません」
「はい」
「しかし」
「はい」
「二度と青酸カリの一気飲みなんて真似はしないこと」
「……はい」
蓬莱人や博麗の巫女でなければ死ぬこともあるのよ、と永遠亭の薬師はため息をついた。
永遠亭の一室で私は薬師に説教を受けていた。
あの後意識を失った私を見つけた二人が発見し、ここに運んでくれたらしい。
薬師の適切な処置によりなんとか私は意識を回復したわけだ。
「分かれば構いません。もう体は回復したはずなので、帰ってもよいですよ」
「ご迷惑をおかけしました」
私は深くお辞儀をして部屋を出た。
部屋の外は永遠に思えるほど長い廊下だ。
何度か来たことがあるが、未だに目眩を覚えるほどの距離。
おそらく長さのみを考えるならば紅魔館のそれより長いだろう。
歩きながら結婚祝いに河童からもらった腕時計を見る。
時計の針は1時6分を指していた。
博麗家では12時頃に昼食を取る。
霊夢さんはきっとお腹をすかして待っているに違いない。
お腹がすき過ぎて目が潤んでいる霊夢さんを想像する。
……これは、歩いている場合じゃない。
私はお尻のポケットから天狗の扇を取りだした。
そして勢いよく一振りする。
その瞬間、無風だった廊下に空気を切り裂く爆音が響く。
私の作りだした天狗風は恐ろしい勢いで永遠亭の廊下を渡り、私を超スピードで運んで行く。
風が私の髪をなびかせる。
壁を軋ませる。
床板をめくる。
窓を破壊する。
そこらへんの兎を吹っ飛ばす。
室内で起こした風にしては上出来だ。
この風速ならば数分で神社に着くことが出来るだろう。
永遠亭の倒壊音を背に、私は神社へ急いだ。
***
神社(ルビ:マイホーム)に帰った私は涙した。
なんと、霊夢さんが昼食を作っておいてくれたのだ。
私のために。多分。
家庭的な霊夢さんも可愛いな。
どうみても私の分のおかずを食べてる魔理沙さんがいなければ抱きついていたな。
私はただいま、と一言言って居間に座る。
美味しそうな焼き魚の香りが鼻腔をくすぐった。
そういえば、朝から私は何も口にしていない。
「あれ、もう大丈夫なの?」
「ええ、これでも妖怪ですから!」
「ああ、文。お前の分はもうないぜ」
「……」
霊夢さんは健気に心配してくれていたようだ。お箸とお茶碗は離さないけど。
あと白黒、お前は後で裏庭にこい。
そんなことより、霊夢さんに心配かけるわけにはいかないと思った。
私はさりげない『もう元気ですよ』アピールとして空気椅子で昼食に挑むことにする。
元気ならば普通これくらいできちゃうはずだもの。
まず胡坐を組む。
そしてお尻などは地面につけず片足のつま先のみで全体重を支える。
これが天狗式の空気椅子だ。
とりあえずその状態で茶碗と箸を取る。
ご飯を盛り、ほぼ食べつくされたちゃぶ台の皿たちを見つめる。
私はかろうじて残っていた焼き魚をひとつ食べた。
「いや~、この焼き魚美味しいです霊夢さん」
「それは私が焼いたんだ、うまいだろ?」
「炭かゴミを食べたほうがマシですね」
華麗に魔理沙さんと会話しつつ、余裕ですよアピール。
だが、さすがの私でも殆ど正座状態の空気椅子(正確には空気座布団)はこたえる。
ものすごく脚が痛い。
でも霊夢さんが見てくれれば勝ち、それまで我慢だ。
霊夢さん、よろしければ魔理沙さんの方じゃなくてこっち見て。
だが霊夢さんは全く見ない。
見る素振りすらない。
あっ、霊夢さんのうなじ綺麗。
あと白黒、何見てる。これは見世物じゃない。
いつ見てくれるかと霊夢さんを見ていると、柔らかそうなほっぺにご飯粒をつけているのに気付いた。
(しめた……!)
私は心の中でガッツポーズをした。
なぜなら私にはひとつ夢がある。
それは、ほっぺについたご飯粒をパクってしてあげること。
運命か神の戯れか、私は今その夢を叶えられる状況に立った。
私は霊夢さんのほっぺに手を伸ばそうとする。
しかし、ちょっと思いとどまった。
(どういう台詞で切り出せばいいんだろう)
さすがに無言で顔に手を近づけるわけにはいかない。
それにこのようなシチュエーションには台詞回しが大切だ。
台詞によって後の状況が120度は変わる。
『もう霊夢ったら、お茶目さん』
これはさすがに馴れ馴れしいか。それにスキマ臭がする。
『霊夢さん、ちょっと顔を寄せてくれませんか?』
……これだと変な眼で見られるかもしれない。
『霊夢さん、動かないで!』
蚊でもいたのか。
やはりいつものような感じがやはり一番自然だろうか。
いつもの私。
『あやややや、霊夢さん頬にご飯粒が』
これかな?うん、いいかもしれない。
これでいこう。
さあ、あやややややって。
「あやy「あっ霊夢、ほっぺにご飯粒ついてるぜ」
あばばばばば。
***
夕方。
私は縁側前の掃除をしていた。
基本的に掃除は霊夢さんがやるが、縁側周りは洗濯物のついでに私がしている。
しかしこの箒は使いづらい。
魔理沙さんの箒を貸してもらいたいくらいだ。
この前頼んでみたのだが「もってない」と言われた。
そんなわけあるか、と思いながらも確かに見つからないので仕方なく現状維持である。
一体どこに隠してあるのだろう。
あの帽子が怪しそうだ。
そんなことを考えながら、使いづらい箒での掃除を終えて洗濯物を取り込む作業に変わる。
風通しのいいところなので風がよく吹く。
だいぶ日が短くなってきているし、日が沈んでくると妖怪でも寒い。
食器や洗濯物は昼にまとめて洗わないといけないな。
そんなことを考える。
どこかでカラスの鳴き声がした。
本来ならこの時間帯から元気になる私だが、今は一日の疲れで肩が痛い。
しかし愚痴は言っていられない。
今のうちに洗濯物を取り込んで、その後すぐに夕食の支度をしなければならないのだ。
まだゆっくりするのは早い。
そいうえば今まで気にしてなかったけど、洗濯物の中に魔理沙さんの服があるのはなぜだろう。
当たり前のようになっているが、家の者でもないのにいいのか。
そのうち普通に住人の一人になってそうだ。
魔理沙さん専用の部屋とか出来たらどうしよう。
こういう乗っ取りまがいはMY茶碗などの専用の物から始まる。
なので他人専用の物を作らないことがよい。って八雲紫が言ってた。気がする。
(よし、絶対にMY茶碗は作らせないでおこう)
私はひとり決意をして、魔理沙さんの服を畳む。
そしていつも通り霊夢さんの部屋にある魔理沙さんの衣装用タンスへ運び、取りこみを終えた。
次はお吸い物を作りに台所へ向かう。
食事を作っている時特有の、空虚な時間が出来た。
この時間における呆けこそ冬場の火事の元なのだろう。
この前も森で火事があったと主婦仲間(主に知り合いのカラス)に聞いた。
我が家も気をつけねば。
一瞬が命取りになったりするのだ、火からめを離してはいけない。
……でも、見てるだけは暇だ。
仕方ないので一日を振り返る。
今日も主婦の仕事は大変だった。
例えば青酸カリを飲んだり、片足空気椅子をしたり。
そして、やはり魔理沙さんの方が霊夢さんと一緒にいる時間が長い気がすると思った。
妻は私なのになぁ。
「魔理沙さんって霊夢さんのなんなんだろ」
「そりゃ愛人だろ」
「うわぁっ!」
いつの間にか魔理沙さんが背後に立っていた。
普段存在感があるだけに、考え事をしていると逆に全く気付かない。
「今、なんと?」
「私は霊夢の愛人だぜ」
「愛人よ」
にへらっと魔理沙さんは笑う。
いつのまにか霊夢さんまでいた。
あ・い・じ・ん。
恋人と文字の雰囲気は似ているが全然違うあの愛人。
そっか、愛人なら仕方ない。
「って、んなわけないでしょう」
突っ込んでみたが、二人ともお吸い物に夢中で聞いていない。
この人たちは。
「仮にそうだとして愛人より正妻のほうが無下に扱われるってどうなんですか!」
「いや、正しいぜ」
魔理沙さんはお吸い物を啜りながら言った。
どこから正しいなんて言葉が出たんだろう。
この人の思考は魔法より不思議だ。
「よく考えてみろ。普通は愛人の方が大切にされるだろう。創作物でも現実でも」
「いや、そうですが」
「それとも何か?お前の周りでは妻より愛人が無下な扱いを受けるのか」
「そんなことはないですけど」
「だろ?そして私と霊夢はラブラブだ」
「ええ、まあ」
「なら私が愛人である状況のなにが間違いなんだ。何も間違っちゃいない」
「た、確かに」
「そう、わかってるじゃないか文。この状況は正しいんだよ」
「まぁ、そうなんですかねー……?」
そう言われればそんな気がしてきた。
私が間違っていたのか。
じっと真剣な瞳で私を見つめる魔理沙さん。
こんな真剣な眼差しをしている人が間違ったことを言っている気がしない。
窓の外で三匹の妖精もうんうんと頷いている。
妖精すら納得できる理論ならば正しいような気がする。
「つまり私は霊夢の愛人だ、わかったか!」
「は、はい!」
思考のどこかに違和感を感じながら私は返事をした。
その違和感を探るつもりはない。
わかると泣いちゃう気がするので。
***
夕食も魔理沙さんが一緒だった。いつも通りだ。
食後には三人でお酒を飲んだ。
霊夢さんすらベロンベロンになるくらいキツイお酒だった。
笑い上戸になった霊夢さんは最高に可愛いんだよな。
そして夕食の片づけの後、二人はやはりいつも通り寝室に向かった。
あの二人はかなり早い時刻から布団に入るのだ。
早寝はいいことである。
私はというと、月を眺めてゆっくりしていた。
今日も今日とて色々あった。
きっと明日も色々あるんだろうな。
この時間帯は、思わずそんなことを考えてしまう。
この時間が私はわりと好きだ。
ただ、一日の疲れを癒すには至らない。
小さなため息が出る。
静かになるとどこからか、キシキシと足音が聞こえてきた。
「文~いるかしら?」
霊夢さんの声がする。
もう床に就いたのではなかったかと思いながら私は立ち上がった。
「はい、ここにいますよ」
廊下に出ると霊夢さんが何も羽織らない寝巻のまま突っ立っていた。
腕にお茶のヤカンと湯呑みを抱いている。
湯たんぽのつもりだろうか。
今度本物を人里で買ってきてあげよう、不憫すぎる。
「どうしました?」
「喋りに来ただけよ」
そう言って霊夢さんは私の部屋に入ってくる。
どうしたんだろう。
深夜、とまではいかないが夜は遅い。
そんな時間に部屋に来るなんて初めてだ。
このような時間に会うと、なんだか普段と違って顔を見るのに抵抗がでる。
横目でちらりと見ると、彼女は寒かったらしく窓を閉めていた。
もう人間には夜が寒い季節なのだろう。
「あの、魔理沙さんは?」
なにかを切り出さなければ会話が始まらないと思い、浮かんだ言葉をそのまま言った。
「え?もう寝かしつけたわよ。だから来れたんじゃない」
そう言って彼女は私の布団にダイブする。
ヤカンはいつの間にか机に置かれていた。
ふぅ、とため息をつく彼女の顔はまだお酒がまわっているのだろう、ほんのり赤い。
「寝かしつけたって……子供ですか魔理沙さんは」
彼女のよくわからない言い回しに突っ込んでみる。
なんでもいいから喋らないと間が持たない気がするのだ。
すると彼女はニヤリと口の端を上げた。
「そうよ。最近知ったんだけどあいつ、他人の家じゃ一人で寝れないんだってさ。だからいつも寝るまで付き添ってるの」
なんと。
これは特ダネだ。
【号外】普通の魔法使いの意外な一面!!
思わずそんなタイトルが思い浮かんだ。
記事にしたら売れそうだ、一部に十部ほど。
霊夢さんは耐えきれないといった風にくすくすと楽しそうに笑って布団に顔をうずめた。
そして脚をバタバタさせる。
自分の言葉にこんなに笑うとは、やはり相当お酒に酔っているらしい。
というか、ちょっと待て。
「ならわざわざ神社で寝なくても……」
魔理沙さんはどんだけ神社が好きなんだ。
それとも霊夢さんを一人占めするつもりなのか。
思わず魔理沙さんの寝ているであろう方向に覇王色の覇気を飛ばしそうになる。
だが霊夢さんが、知らないの?と言って布団から顔を上げたためそちらに目を向けた。
「あいつの家、全焼して立て直してるとこなのよ」
全焼、魔理沙さんらしい豪快な響きの言葉である。
そういえば、森で火事があったと聞いたことを思い出す。
あれは魔理沙さんの家だったのか。
たしかに、あの散らかって燃えやすそうな家なら全焼しかねない。
「パチュリーにもアリスにも部屋貸しを断られたらしくてね、仕方なく泊めてるのよ」
「なるほど」
「着替え以外、箒も燃えたって言うし」
ああ、確かに箒を持っていないと言っていた。
あれは嘘じゃなかったのか。
しかし箒が燃えるくらいの緊急事態で着替えを確保する余裕ははさすがだと思う。
でもその余裕があるなら火を消せばいいのに。
「あなた知らないで世話してたの?言わなかったけど」
「変な扱いは霊夢さんに嫌われるかな、と。愛人ですし……」
彼女は少し目を開いて、驚いた表情を作る。
霊夢さんはまた脚をバタつかせてくすくす笑った。
どうしたのだろうか。
酔っ払いの沸点はいまいち分からない。
「バカねいつのも軽口よ、あんなの」
そう言って彼女は笑い続ける。
どうやら、愛人の部分がツボだったらしい。
割と真面目な顔で言ってしまったため、ここまで笑われると恥ずかしくなる。
それにあれは軽口だったのか。
確かに、なんだかおかしな理論だった。
彼女は布団の上でひとしきり笑った後、むくりと起き上った。
机に置かれたヤカンに手をかけ、湯呑みにお茶を入れる。
お茶はまだ温かいらしく、湯気が出ていた。
彼女は構わずグイッと湯呑みを傾けた。
その飲み方はお酒を飲むときと一緒で、見ていてすごく気持ちがいい。
これも彼女が幻想郷の住人に愛される一因かもしれない。
飲み干すと中身を注ぎ足し始めた。
笑って喉が渇いたのだろうか。
「ま、そんなことより」
そう言って彼女はヤカンを机に戻す。
「いつもの家事に加えて、あのバカの世話」
きゅっと、湯呑みを手渡される。
私の手と、彼女の手が触れた。
湯気のせいだろうか、私の顔が熱くなる。
お酒のせいだろう、霊夢さんの顔が赤い。
「ありがとね」
彼女は透き通るような声で笑った。
とてつもなく可愛い笑顔だ。
思わず持っていないカメラのシャッターを押しそうになる。
彼女の寝巻は大きいらしく首元が少しはだけ、その白い肌が見えている。
私は片手でそれを直してしてあげる。
至福だ。そう思った。
私はこの瞬間のために生きていたようにさえ思えた。
いや、きっとそうなのだ。
「お礼なんかいりませんよ。だって私は、」
だって私は、
「霊夢さんの妻です」
霊夢さんの妻なのだから。
私は手渡されたお茶を飲んだ。
温かい。
そして美味しい。
さすが霊夢さんの淹れたお茶だ。
体が軽くなるようだった。
「……」
そして私は血ヘドを吐いた。
またか。
「ちょ、文!? 嘘、やっぱりあの変な粉の入ったのだとダメだったのかしら……しっかり文っ!」
揺らぐ意識の中で霊夢さんの天使のような声が聞きこえる。
あれ、あそこに見えるのは小町さん?
なぜか笑っていらっしゃる。
そうだ、聞き上手な彼女に聞いてもらおう。
主婦の一日はとっても大変だということを。
特に、博麗霊夢の妻は。
おわり
面白かったです
面白かったですよー
でも愛があれば飲めるの
面白かった!
なんちゃってww
文が苦労人だと笑えるなぁww
でもちゃあんと最後にフォローに来た霊夢も……なぁ。と思ったら、なぁwww