昔々、あるところに三匹の子豚……ではなくルナサ、メルラン、リリカのプリズムリバー三姉妹とお母さん聖がいました。
三人は聖の愛情をたっぷり受けて幸せに暮らしていたのですが、ある日深刻な顔をして額を寄せ合っていました。聖と近所の吸血鬼の世間話を偶然耳にして、誰が言うでもなくそうしたのです。
「どうしましょう。聖は私たちを旅に出すつもりらしいわ」
メルランが重々しく口を開きます。
聖は三姉妹を愛していました。それだけに、可愛い子どもには旅をさせてしっかり自立心を持たせようと考えていたのです。
「ふふんっ、いい機会じゃん。追い出されるまでもない、私は広い世界に飛び出して一旗あげてやるんだから!」
リリカがやけくそ気味に叫びました。狡猾な野心家のくせに人一倍甘えん坊なので、旅に出されると聞いて動揺しているのでしょう。
「待って。世界は危険に満ちている。ここは姉妹で力を合わせて生きていくべきだ」
長女らしくルナサが冷静に押しとどめます。
その優等生のような言い方が気に障ったリリカは、うんざりして言い返しました。
「ルナ姉はいつもみんなで、三人で。いい加減、私のサクセスストーリーの邪魔をしないでくれない?」
「邪魔をしているつもりはない。しかし、世界はリリカが思っているほど甘くはないんだぞ。それを理解していない」
「ふん、私が成功するのが怖いんでしょう? ルナ姉は鬱な音楽ばっかりで人気ないもんね!」
「何!? リリカこそ魂の抜けた音ばっかりじゃないか!」
この三姉妹は普段はとても仲が良いのですが、ひとたび音楽のことになると、それぞれ譲れないポリシーがあるので喧嘩になりやすいのです。
「二人ともやめなさいよ!」
ついにメルランが言い争う二人の間に入りました。
「メル姉は黙ってて!」
「浮ついたあなたが口を挟むと余計ややこしくなる!」
「な、言ったわね!?」
躁の気があり楽天的な性格のメルランも今日は違いました。
居心地の良い実家を追い出されると聞いて不安になっていたところに、激しい姉妹喧嘩。彼女は思わずプッツンして禁断の話をしてしまったのです。
「もう知らない! あなたたちはいつまでも喧嘩してればいいわ! でも、一緒にいるのは我慢できない。この話から出るわ!」
「あ、抜け駆けはずるい!」
「私もうんざりだ!」
こうしてプリズムリバー三姉妹は話を出ることにしました。
「うーん、最近の子どもは童話や絵本を読まなくなってねぇ。この業界は不況なのよ」
話を降りた三姉妹はハローワークならぬメルヘンワークに来ていた。しかし、新しい仕事探しは難航している。
「大変な仕事でもかまいませんから、みんなが幸せになる話はありませんか?」
「ふむ。少し硬派だけど、“クリスマス・キャロル”に空きがあるわよ」
「それは小説なのでは?」
「名前を言ってはいけないあの連中がアニメ映画化したおかげで、我々でも扱えるようになったの」
某団体はこの世界においても強大な力を保有しているのだ。
ルナサは深く納得し、それに決定した。
「私は成功して金持ちになる話を希望! 幸せに暮らしました、だけじゃだめだよ」
「その手の募集はすぐ埋まってしまうの」
「あ、良いのが残ってるじゃない。へへ、早い者勝ちだ。これに決めた!」
「それは……ああ、行ってしまったわ」
リリカは係員の制止を聞かずに“花咲かじいさん”を選んでしまった。
「あなたはどれにする?」
最後にメルランが残った。彼女は姉妹たちほど主張が強くない。しいて言えば、
「ほどほどに名を知られている話なら何でもかまわないわよ」
「もっと条件をつけてくれると探しやすいんだけど……“浦島太郎”で募集があるわ。どうかしら?」
「有名どころじゃないですか。それにします!」
思っていたよりも好条件な話にありつき、メルランは飛び上がって喜んだ。
「余りものの“浦島太郎”だから気をつけた方がいいわよ。ま、とりあえずこれで三人とも安心ね」
係員の紫はほっとしたように笑った。
「三人がいない!?」
プリズムリバー三姉妹が話を出て行ったことなど露知らず、山からのこのこ出てきた大きな悪いオオカミならぬ大きな人の良いトラ、寅丸星は文字通りあごがはずれるほど驚いた。
「一緒に仕事をするのが嫌になったと言ってたわ。三人とも困ったちゃんねぇ」
聖も困った顔をしているが、星よりは落ち着いていた。形は違えども、三人を外の世界へ送り出すことができたので満足しているからだろうか。
「彼女たちがいないと話になりません! せっかく重要な役をやれたのに、これじゃあんまりですよう!」
「大急ぎで代役を探してるから、まずは落ち着きなさい。深呼吸、ひっ・ふっ・うー」
「ひっ・ふっ・うー」
「あら、良い香り」
「当たり前です。さっきフリスクを一箱食たべてきたんですからね。家を吹き飛ばすほどの息が獣臭かったら恥ずかしいじゃないですか」
星は当たり前だ、と言わんばかりに答える。聖は笑いをこらえるのに一苦労だった。
ここは強欲な商人エベネーザ・スクルージ、もとい森近霖之助の屋敷です。明日はクリスマスだというのに、この霖之助は金儲けのことばかり考えていました。
ところがその夜、かつての共同経営者で、七年前に亡くなった霧雨の親父さんが亡霊となって現れたのです。亡霊は欲に取り付かれた霖之助の生き方を変えるために、これから三人の精霊が出現すると伝えました。
亡霊の予言は本当でした。
最初に訪問してきた過去のクリスマスの精霊、古明地さとりは霖之助が忘れていた若い頃の記憶をよみがえらせたのです。そして、純朴で夢を持っていた少年時代の過去で彼をねちねちといじめ……いえ、諭したのです。
「はあ、とんでもない夜だ」
「夜はまだ終わらない。さあ、一緒に来て」
「うわっ!?」
次に霖之助の前へ現れたのは現在のクリスマスの精霊、ルナサでした。彼女は霖之助を連れて町へ飛び出しました。向かうのは、霖之助が雀の涙ほどの給料で雇っている書記、早苗の家でした。
「見なさい。早苗の家族は貧しいけれど、明るくて愛に満ちているでしょう」
「ああ……」
ルナサは貧しいながらも、神奈子や諏訪子と共に精一杯クリスマスを祝おうとしている早苗の姿を、まざまざと霖之助に見せつけたのです。彼女自身の演奏による、重くて暗いクラシックメドレーのおまけつきで。
「あなたがいかに……」
「あー、もう僕は駄目なんだ」
「もしもし?」
「どうせ生き方なんか変えられやしないんだ。鬱だ……」
霖之助は道端に倒れて動かなくなりました。ルナサの鬱の音の影響は絶大だったのです。
「あらら。改心するどころか、精神的に死んじゃってるじゃない。私の出番をとらないでよ~」
ルナサが困り果てていると、未来のクリスマスの精霊、西行寺幽々子が登場しました。幽々子は倒れている霖之助の頬をべしべしと叩きました。
「そりゃ、この人を改心させるには一回死ぬくらいの衝撃が必要だけど、これはやりすぎよ。おーい、起きて~」
「あー……うー……」
「ふう。もう無理みたいねぇ」
「ごめんなさい……」
ルナサは物語を台無しにしたということで、話から追い出されてしまいました。
昔々、あるところに妹紅おじいさんと慧音おばあさんが暮らしていました。
この老夫婦は可愛らしい白犬と……
「ちぇっ、犬の役かぁ。話がうまいと思った!」
ではなく、少しがっかりしたリリカと暮らしていました。
「悪いね。これまでやってた椛が“桃太郎”に引き抜かれちゃったんだ」
「まあいいや、宝が見つかったら分け前を頼むよ~」
「もちろんいいけど、鼻は効くの?」
「鼻は人並み。でも、地中から跳ね返ってくる音で、何が埋まってるかだいたい分かるから、任せてちょうだいな」
一旗あげると豪語していただけあって、なかなかポジティブな性格をしています。
妹紅おじいさんを連れて畑へ行き、
「ここ掘れリリカ」
「ほいきた」
あっという間に大判小判がざっくざくの宝箱をみつけてしまいました。
「こりゃすごい。徳川の財宝か武田の財宝か……」
「何でもいいさ。これで大金持ちだ!」
リリカたちは一夜にして百万長者になりました。
妹紅たちは金持ちになっても慎ましく暮らしていましたが、この成功を妬んだ者がいました。隣の永遠亭に住む輝夜です。
輝夜は夫婦が出かけている隙に家へ押し入り、リリカをさらったのです。
「ふふふ、妹紅だけが良い思いをするなんて許せないわ。さあ、私のためにもう一働きしてもらおうかしら」
「ひゃあ、騒霊さらい!」
畑まで連れて行かれたリリカは宝を見つけるよう強制されました。
「あー、この話は犬が殺されるんだったなぁ。すっかり忘れてたよ。何とかしないと……ここ掘れリリカ」
「でかしたわ……猫と烏?」
「地霊殿へようこそ!」
「うにゅー!」
「おむすびを落としてないようだけど、思いっきり歓迎するよー!」
なんと、掘った穴は“おむすびころりん”で有名なねずみの家ならぬ地霊殿につながりました。
「こんなリスクが高い話なんかやってられないよ。逃げるが勝ちさ!」
輝夜が戸惑っているうちに、リリカはすたこらさっさと逃げてしまいました。
「有名な話で主人公。ラッキーだわぁ」
漁師となったメルランは魚を釣るために海へ来ていました。メルランの他には誰もいない浜辺ではゆったりと時間が流れています。
「あら? 誰かいないとまずいんじゃないかしら」
一抹の不安を覚えながらメルランは釣り糸を垂れます。獲物たちは心の乱れを感じ取ったのか、一匹も釣れません。
やがて妖精が数人やって来ましたが、何をするでもなくうろうろしています。メルランは大きくなる不安を隠し、話しかけてみることにしました。
「そこの妖精さん、何をしてるの?」
「あたいが亀をいじめてやろうと思ったら、どこにもいないのよ!」
「ど、どうしましょう?」
段々と雲行きが怪しくなってきました。とりあえずチルノたちはしかっておきました。
「まいったわ。このままだと何も起きないで終わっちゃう」
仕方ないので竜宮城まで自分で泳いでいくことにしました。メルランは騒霊なので溺れる心配はありません。
「おいでませ竜宮城~」
あっけなく着いた竜宮城ではなぜか竜宮の使い、永江衣玖が出迎えてくれました。
やけにげっそりした顔でしたが。
「海亀が見当たらないんですけど」
「申し訳ありません。現在、竜宮城は経営が悪化して火の車でして……情けない話ですが海亀はリストラしました」
「あらまあ」
「海亀だけではありません。多くの家来や魚にやめてもらった上に、乙姫様が夜逃げしたので私が代行を勤めているのです。はあ……空気を読んでもう竜宮城はたたみます。これ以上続けても借金が増えるだけですから」
話を聞いているうちにメルランは昔話の主人公的義憤にかられてきました。何にせよ、彼女を放っておくことは騒霊の名がすたると思ったのです。
竜宮城へ行ったら倒産していた、などという終わり方は後味が悪いですし。
「あの、衣玖さん。私が手伝いますから、あと少しだけ頑張ってみませんか?」
「あらら、もう戻ってきたのね」
無職になったルナサは再びメルヘンワークへ足を向けていた。
「すみません。次はもっと上手にやります」
「私もそう願ってるわ。そうね、あなたの条件に合いそうな話でちょうど“幸福な王子”で募集があるみたい。いかが?」
「ぜひやらせてください」
次こそは絶対に、という決意を持ってルナサはうなずいた。
「実は私も仕事を探しに来たんだけど」
「おやおや、あなたも!」
次に現れたリリカを見て紫は天を仰いだが、すぐに気を取り直して仕事にかかった。全てのキャラクターの幸せが彼女の望みなのだ。
「サクセスストーリーだと……“舌切り雀”の募集があるわ」
「その話ならちゃんと覚えてるよ。もしかして、舌を切られる雀の役じゃないよね?」
「空きがあるのはおばあさん役みたいね」
「懲らしめられる役か。まあ、最後に小さなつづらを選べばいいんでしょ? これでいいや」
リリカは楽天的に答えた。
「これ全員が子豚候補ですか?」
「そうよ。募集をかけたら結構集まったわね。どの三人にする?」
星と聖の前には何人もの人妖が並んでいた。中には怪しい者もいて、
「あれは……」
「ハハッ! ご主人に借りを返すときがきたようだね!」
「彼女は絶対にだめです! 法外なギャラを要求されるに決まってます。早急に帰ってもらってください!」
世界的なネズミっぽいナズーリンは去った。
「あの格好は危ないよ、ナズーリン……」
「かわいそうに。彼女だって頑張っているのですよ」
「でも……聖、あそこの二人を見てください」
星の視線の先では伊吹萃香と星熊勇儀が肩を組んで歌っていた。
「鬼のパンツはいいパンツ~」
「トラのパンツ~」
「つよいぞ~」
「つよいぞ~」
「新しいパンツ作るぞ~」
「作るぞ~」
皮を剥ぐために使うのか、大きなハサミを振り回して二人ともご機嫌だ。
「あらあら、やんちゃねぇ」
「私は素っ裸になりたくないです!」
面接をする前に半数近くが脱落してしまった。
星は気を落ち着かせながら面接を始める。最初の相手は風見幽香だった。
「どうして子豚の役をやろうと思ったんですか?」
「お花畑に飾るトラの剥製が欲しいのよ」
「帰ってください!」
とある町に立派な王子の像が立っていました。もちろんルナサですが。
全身に金箔が塗られ、両目には青いサファイア、手に持ったヴァイオリンには赤いルビーとずいぶんリッチな像でした。
しかし、豪華な姿とは裏腹に、ルナサの心は悲しみが満ちていました。町には不幸な人々がたくさんいたからです。
そんな時、一人の烏天狗がルナサの足元へ降り立ちました。これ幸いにと声をかけてみます。
「そこの烏天狗さん。お願いがあるんですけど、いいですか?」
「手短に頼みますよ。私はこれからネタ探しの旅へ出るんですから」
「一回手伝ってくれるだけでいいんです。ヴァイオリンのルビーをあそこの春告精へ届けてくれませんか?」
青いサファイアの見つめる先には寒そうに震えるリリーホワイトがいました。
「うう……春はまだですかぁ~」
文は肩をすくめて仕方ないですね、と言ってルビーを取り外して運びました。
「すいません。もう一度だけ、今度は両目のサファイアをあの家で震えている秋姉妹へ届けてくれませんか?」
「まあ、記事になりそうだからいいですよ。黄金像の涙ぐましい自己犠牲精神……あんまり売れなさそうだけど」
ルナサの頼みは一回だけのはずでしたが、文は恵まれない人々へ運び続けてくれました。
しかし、ルナサと文の働きにもかかわらず、不幸な人はいっこうに減りません。宝石ならともかく、金箔ではあまりお金にならないからでした。
「最後の金箔になってしまいましたね」
「本当にありがとうございました」
「しかし、町は不幸に支配されたままです」
「ええ。もっと人々のために働きたいのに、私は何もすることができない。悔しいです」
「ルナサさん、私はこれから不当な搾取を行っている町の資本家たちを告発する記事を書こうと思います。あなたが教えてくれた気高き精神は忘れません。ですから、もうゆっくりと休んでいてください」
しぶしぶ貧しい人々のために働いていた文は、いつの間にか正義に燃えるジャーナリストに変身していたのです。文は着ていた上着を、みすぼらしい姿になったルナサにかけると、静かに一礼して飛び去っていきました。
「せめてヴァイオリンでも弾こうかな……ああ、メルランやリリカがいないとだめか」
ルナサ一人だけでは鬱の音にしかなりません。三姉妹が出す音がそろって初めて、素晴らしい音楽となるのです。
鬱の音を嫌っているわけではありませんが、困っている人々を暗い気分に叩き落すようなことは絶対にしたくありませんでした。
「甘いなぁ。一人ではできることに限りがあると気づけなかった……」
「おーい。ばあさん、ばあさーん?」
「はいはい」
昔々、あるところに魔理沙おじいさんとリリカおばあさんが仲良く暮らしていました。
「夜雀を拾ってきたぞ。怪我をしてるみたいなんだ」
「可愛そうに。家でゆっくり怪我を治すといいよ。宝に化けるかもしれないからね~」
助けられた夜雀はリリカにビクビクしながらも、魔理沙おじいさんに可愛がられて順調に回復していきました。
ところが、
「らららっらららら~♪」
この夜雀、かなり音痴だったようです。しかも時間を選ばず歌いまくるので、すぐリリカの堪忍袋の尾が切れてしまいました。
「うっるさーい! 音程がずれまくってる!」
「ぎゃふん!?」
リリカは障子の張り替えに使おうとしていた糊を投げつけました。糊は見事に夜雀の口に命中。喉を詰まらせた夜雀が逃げ出したので、とりあえず一安心です。
「さあさあ、夜雀を探してきてくださいよ、おじいさん」
「自分でいじめておいて何だよ。気味が悪いぜ」
にやにや笑うリリカに送り出され、魔理沙おじいさんは首をかしげながら夜雀探しの旅へ出かけました。
しばらくすると、小さなつづらを持って魔理沙おじいさんが帰ってきました。つづらを開けると金銀財宝がぎっしり入っていました。
「よっしゃ、私の番だ!」
魔理沙おじいさんから道を聞いたリリカは、大急ぎで夜雀の宿へ押しかけて謝罪をしました。それから、夜雀たちのもてなしを受けて、いざつづらを選ぶことになったのですが、
「大きいつづらしか残ってない!?」
「不景気で一組しか用意してなかったのよ」
「なんてこったい。仕方ないなぁ、帰っておじいさんに宝の半分をもらうとしようかな……」
がっかりしたリリカが帰ろうとすると、ミスティアが呼び止めます。
「待って待って。今なら大きいつづらを選んだ方に夜雀ブランドの八目鰻がついてくるわよ」
「いらないいらない」
「人里の商店街の商品券もついて……」
「へぇ」
「特別サービスで夜雀の宿の回数券もプレゼント!」
「なら……大きいつづらをもらおうかな」
「まいど!」
こうしてリリカは大きなつづらとその他もろもろを持って帰ることになりました。実際のところ、もしかしたらつづらの中身は話の通りではないかも、という淡い期待もあります。
「さてと、開けてみようか……うひゃあ!?」
「おどろけー!!」
帰り道でつづらを開けると、案の定中から唐傘お化けが出てきました。
「やった! 驚いてくれた!」
よっぽど嬉しかったのでしょう。小傘は満面の笑みを浮かべながら行ってしまいました。
「やれやれ。分かっているのに大きい方を持ってくるとか、我ながら情けないなぁ」
リリカは驚いた拍子にしりもちをつき、地面に仰向けになってしまいました。両目に熱いものを感じていましたが、ここに慰めてくれる人はいません。
「うう、姉さんたちが恋しいよ……」
竜宮城へ行って衣玖に同情したメルランは、あれから経営の手伝いをしていました。魚たちによるショーを企画してみたり、自分のソロライブをしてみたりと慣れない仕事ながら全力で取り組んでいました。
ですが、ソロライブは大失敗でした。最初の方こそ、メルランの躁の音に観客はノリノリだったのですが、調子に乗って演奏を続けたら観客たちが血を吹いて倒れてしまったのです。躁の音を聴きすぎが原因でした。
ソロライブの一件で竜宮城はますます客足が遠のき、借金は増える一方。衣玖とメルランがいくら頑張っても赤字は解消しません。
ある日、ついに衣玖は決断をしました。今度こそ竜宮城をたたむことにしたのです。
全てを清算した後、二人はもう他人の手に渡った竜宮城の前にいました。
「どうもお世話になりました」
衣玖は礼儀正しく挨拶をしました。
「そんな……まったく役に立てなかったどころか、逆に迷惑をかけてしまったのに」
「竜宮城を高く売ることができたのはメルランが駆け回ってくれたおかげですよ。おかげで借金を帳消しにすることができましたし、私も吹っ切ることができました」
衣玖は力なく笑いましたが、以前のようにげっそりとした顔ではありません。
「経営が悪化してすぐに竜宮城をたたんでいたら、今よりもずっと後悔して、空気を読まない生き方にも気づけなかったと思います。一生懸命頑張る方と仕事ができて勉強になりましたし、楽しかったですよ」
衣玖の話を聞いていると、まだ竜宮城の経営を続けたくなってきたので、メルランは話題を変えることにしました。
「これから衣玖はどうするの?」
「いったん実家へ帰ります。しばらくしたら、また何か始めるかもしれないので、ご迷惑でなければまた一緒にお仕事させてください」
次は姉妹そろって手伝いに行きたい、とメルランはぼんやりとした寂寥の中で思いました。なぜそう思ったかは分かりません。
開けないでくださいね、と言って玉手箱を渡すと、衣玖は海の底へ消えていきました
メルランは衣玖を静かに見送ると、ポツリとつぶやきました。
「姉さんやリリカと一緒にやってたら、もっと上手に経営できて、ライブだって成功してたかも……」
「む」
「あっ」
「あら」
ルナサとリリカは三度目、メルランにとっては二度目のメルヘンワークで三人はばったりと出くわした。
「…………」
三人とも思うところがあるのか、しばらく黙ったままだった。お互いの様子をチラチラと盗み見つつである。
やがて、ルナサが口火を切る。
「考えが甘いと言っておいて恥ずかしいけど、世の中を甘く見ていたのは私の方だったようだ」
間髪入れずにリリカが恥ずかしそうに笑う。
「未熟な私にはやっぱり誰かのサポートが必要みたい。あと……もう少し姉さんたちに甘えたいなー、なんて」
最後にメルランが二人を見て言った。
「私の音の暴走を止めるには三姉妹で演奏しないと駄目だわ。それと冷静に仕事をするにも」
それだけ言うと、三人は再び黙ってしまった。どうも照れ隠しのようだった。
「やっぱり、まだプリズムリバー三姉妹は三人そろってないと駄目みたいだね!」
こうして三人は笑って、お互いの肩を叩き合ったのだった。
「あなたたちにぴったりの話があるのよ」
その様子を静かに見守っていた係員の紫は笑いながら三人に近づき、一枚の書類を見せた。書類には、とあるおとぎ話の詳細が載っていた。
あえて題名を述べる必要があるだろうか。
「何だか暗くなってきた気がします。この世の終わりでしょうか!?」
「夜になっただけよ」
結局、三匹の子豚の代役は見つかりませんでした。
星は途方にくれて、聖は彼女を慰めるようにして、家の前に座っていました。辺りにはすっかり夜のとばりが下りています。
「あの三人がいないせいで何もかも滅茶苦茶です! もうどうしたらいいのか……ぐすん」
「だから夜になっただけでしょう。あーあ、私も転職しようかしら」
「後生ですから、それだけはやめてくださいようっ!」
ぼそっと聖がつぶやくと、星が悲鳴を上げて抱きつきました。
元々、星は気が強かったり大きな悪いトラという表現が似合わないのですが、今日は代役探しに疲れてさらに弱々しくなっているようです。
「あー……今いいかな?」
暗くてよく分からないのですが、どこからか聞いたことのある声がしました。それも一人だけではないようです。
「えへへ、ただいま」
月が全てを照らしました。星と聖の前に、長い旅をしてきたプリズムリバー三姉妹がいたのです。
「まあまあ、おかえりなさい」
聖は抱きつく星を脇に寄せて、三人に笑いかけました。
「色々と迷惑をかけてごめんなさい。これから家を……」
「家なんかどうでもいいいいいっ!」
「ぎゃあっ!?」
急いで家を作ろうとした三人に星が飛びつきました。彼女の大きな手はたくさんの人を抱きしめるためにあったようです。
目や鼻から感情を駄々漏れさせながら、星は三姉妹を抱きしめます。
「ふぇぇぇん! 帰ってきてくれて良かったあああああ!」
「大げさなトラねぇ。そうだ。これ、お土産よ」
「ありがとう……おおっ!?」
「うふふ。変な顔になっちゃったわね」
メルランから渡された玉手箱から白い煙が出てきました。何も知らずにその煙を浴びてしまった星は、顔だけ真っ白になってしまいました。竜宮城が不景気だと、玉手箱の効果も薄くなってしまうようです。
「せ、せっかく感動してたのに。調子に乗った悪い子にはおしおきが必要です! 私の息を食らえっ!」
フリスクの効果が切れた息を吹きつけながら、星は狼藉を働いた騒霊たちを追いかけました。
「そんな獣臭い息に当たるものか!」
「トラなんか怖くないよ!」
「私たち三人がそろっていればね!」
もちろん、笑顔で追いかける星に捕まる三人ではありません。いつの間にか聖も混じり、鬼ごっこ大会になっていました。
その夜は空が白くなるまで笑い声が絶えなかったそうです。
めでたしめでたし
寝る前にお母さんが話してくれた、即興ででたらめな物語に似てる気がします。
みすちーが商売上手やわあ
こういうのは今まで無かった
誤字かと思って二度見して吹いたww秘封ww
ルナサと文の幸福の王子が良かったです。