冬の縁側はとても寒い。冷たい朝の風が容赦なく吹き付けるたびに体温が下がっていく。
それでも私は博麗神社の縁側で、勝手に入れたあったかいお茶を飲みつつ、戸棚に隠して
あったせんべいをかじるのだ。せんべいはちょっとしけっておそまつな味だけど、お茶受
けになるなら十分に美味しく感じられる。
「これで膝に猫がいれば完璧なんだけどなあ。お燐を呼んでこようかしら」
「また勝手にくつろいでる、妹妖怪め」
霊夢がお茶を乗せたお盆を持って現れた。眉がぴくぴくつり上がっている。
「しかもおせんべいまで引っ張り出して。ここは私の家なのよ」
「ちゃんと淹れていいか聞いたわよ。貴方は寝てたから返事が聞けなかったけど。だいじ
ょうぶ、今度代わりのおみやげ持ってくるから」
「あらそう。だったら許したげる。その代わり、ちゃんと美味しいものを持ってきてよ
ね」
霊夢はやや上機嫌になって、私の横に座布団を敷いて座った。そして白い湯気が昇るお
茶に息を吹きかけて飲みながら、美味しくないせんべいをつまんだ。
私の湯のみから昇る湯気が少なくなる頃には、風はすっかり止んでしまった。薄い雲に
覆われていた太陽が顔をのぞかせる。明るさが増した途端、光が雪に反射して私の目をく
らませた。同じように光にびっくりしたのか、枝にとまっていた小鳥が雪を落としながら
羽ばたいていき、木の下からこちらを見ていた狸が雪に驚いて逃げていった。
最近は神社でごろごろとくつろぐのがお気に入りとなっている。ここはお茶とせんべい、
あとはこたつくらいしかないけど、なぜかいつまでも居座っていたくなるような気分にな
ってしまう。縁側の魔力というやつだろうか。理由は分からないけど、動きたくないから
動かないだけだ。
「あんた、今日はいつまでいるつもり?」
「今日はずっと貴方を観察することに決定しているの」
いつもは追い出されてるけど、今日こそは一日中神社で過ごすと決めている。お天気だ
って絶好の日向ぼっこ日和。逃す手はない。
「羨ましいくらい暇人ね」
「貴方とあんまり変わらないような気がするけどなあ」
「黙らっしゃい」
霊夢は残りわずかになった私の湯のみをひったくり、自分のお茶の残りを一飲みしてし
まうと、お盆に乗せて持って行ってしまった。まだまだ粘るつもりだったのに。もったい
ない。
素晴らしい暇つぶしのお供を奪い去られた私は、霊夢が座っていた座布団を奪って自分
の座布団にくっつけた。そしてごろんと横になった。目の前の賽銭箱にはうっすらと雪化
粧が施されている。最近誰も触った形跡が見られない。本当に儲かってない神社だなあ。
「こら、そこで横にならない。参拝客の邪魔よ」
「いたっ」
箒の柄で叩かれてしまった。ごつん、と嫌な音が聞こえてから、じわじわと鈍痛が広が
っていく。本当にこの巫女は容赦がない。妖怪だけど、私の頭だって頑丈じゃないんだか
ら、あんまり叩かないでほしい。乙女はもっとデリケートに扱うべきだ。
「どうせ誰も来ないよ。ここ一週間くらい見てたけど、参拝客らしき人間は誰も来なかっ
たわ。魔法使いと緑の巫女が遊びに来たくらいじゃない」
「あんたみたいな妖怪がいるから来ないの」
「ちゃんと部屋のこたつの中から見てました。私に気づく人なんているわけないもん。普
通に寂れてるのよ、貴方の神社は」
「……そういうことにしといたげる。はい」
負け惜しみを言いつつ、巫女は二本目の箒を目の前に突き出した。
「今日から年末の大掃除の日なの。ということだから、あんたの今日の予定は、私にしば
かれて退散するか、自分から退散するか、掃除を手伝うかのどれかよ」
「えー」
お客さんに掃除を手伝わせる巫女なんて聞いたことがない。
「えー、じゃない。最近はあんたが入り浸ってるせいでお茶とお菓子がめきめき減ってく
んだから、それくらい手伝ってもばちは当たらないわよ。働かざる者食うべからず」
ほれ、となおも霊夢は箒を突き出す。正直言うと乗り気じゃない。誰かに言われて何か
をするのはあんまり好きじゃないから。
「んー……」
でも、このままごろごろし続けるよりは楽しいかもしれない。
「仕方ないなあ」
立ち上がって箒を受け取った。箒は私の体ほどもあり、両手じゃないと支えるのも一苦
労だった。
「もっと小さいサイズがあればいいんだけどね。生憎、外用はこの二本しかないの」
「これくらい大丈夫よ……っとと」
力任せに振り回そうとしてよろけてしまう。そんな私を見て霊夢は笑いをこらえ───
てなかった。こんにゃろう。
「それじゃ、まずは参道の雪を一緒に掃きましょうか。それから……そうね、汚れるとい
けないから、あとで着替えを出してあげましょう」
そして、霊夢は完全に上機嫌になって参道に向かったのだった。軒下に置いた靴を履い
て後を追う。霊夢の背中はとても嬉しそうに見えた。よっぽどの人手不足だったに違いな
い。かわいそうに。
***
ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。
乾いた箒と湿った雪がこすれて心地よい音色を奏でる。だんだんと強くなってきた朝の
日差しと相まって、容赦なく私の瞼を落としにかかる。眠気で階段から落ちないように大
きく背を伸ばすと、勢いあまって真後ろからすっ転びそうになってしまった。もちろん、
浮遊したから何事もなかったけど。
昨晩の間に降り積もった雪は、あまり深くはなく、普通に箒で掃ける程度のものだった。
私は霊夢がざっと掃いた後に残った雪をかきだす仕事を与えられていた。霊夢に比べたら
ずいぶん力のいらない作業である。それでも私ほどもある箒を動かすのは一苦労で、すで
に腕の筋肉が痛い痛いと悲鳴をあげていた。私は、弾幕は得意でも運動はあまり得意な方
ではない。案外か弱い妖怪なのだ。おかげで作業はちっとも進まない。
一方の霊夢は、すいすいと箒を動かしながら、どんどん雪をかきだしていく。私が一段
掃き終える頃には、霊夢は五段も下に降りていた。しかも積もった雪の九割はかきだして
いた。
「霊夢の脳味噌には何が詰まってるのかしら」
「脳味噌が詰まってるに決まってるじゃない」
頭上から霊夢の声が聞こえた。霊夢はわざわざ階段を上らない。というか、階段を使う
のはたぶん飛べない人間くらいなものだと思う。そう考えると、飛べない人間がやってこ
ない階段を掃除するのがとても無駄に思えてきてしまった。
「あら。葉っぱが残ってるわよ」
二段上にこびりついた落ち葉を目ざとく見つけられてしまった。霊夢が箒を動かすと、
葉っぱは綺麗に消え去っていた。手品みたいだ。
「だって、掃いても掃いても取れないんだもの」
「あーゆーのは逆に力入れないほうが早く掃けるものよ」
「そんな知恵は知らないわ」
「ま、無理しなくていいわよ。あんたのやりかたで、自分のペースでやりなさい。私も下
から手伝ってあげるから。挟みうちにしましょ」
霊夢が飛び去った後の階段に箒をかける。体の力を抜いて……ささっと。
「……霊夢の嘘つき」
しつこくこびりついたままの葉っぱを見て、大きな溜息がでた。息は白い霧となって外
に飛び出していった。
「……はぁ~」
口から火炎やら吹雪やらを吐き出しているみたいで楽しい。今日はよく冷え込んでるな
あ。
「はぁ~……ふぅ~……」
「肺を動かしてる暇があったら手を動かしなさい」
「肺呼吸の生き物に、それは無理な要求ね」
「つべこべ言うな」
「はぁい」
結局、霊夢はさらに階段の三分の二ほどを掃いてしまい、私の掃き残しまで綺麗に片づ
けてしまった。私の仕事量は、参道をちょっとと、掃き残しのある階段を三分の一ほど。
本当は霊夢一人でやったほうが早いんじゃないだろうか。本当に私が手伝う意味がある
のだろうか。霊夢に聞くと、
「んなこたないわよ。いないよかまし。ほら、へばってないで、まだまだこき使うわよ」
なんて酷いこと言われた。間違ってないから何にも言えないところが辛い。ああ、早く
誰か代わってくれないかなあ。
「───なんて考えてると思うけど、人数増えるだけだからね」
「何で分かるのさ!?」
「妖怪なんてどいつもこいつも考えることおんなじだもん。分からいでか」
この私が心を読まれるってのはどうしたもんだろう。顔にも絶対出してないのに。博麗
の巫女の勘、恐るべし。
自分の存在意義ががくっと下がってしまったように思えて、私の気分は落ちに落ち込ん
でしまった。
もっとも、落ち込む暇なんてないくらいに、その後の作業は忙しかったんだけども。
***
「ういー、疲れたぁ」
本当に霊夢は容赦がない。参道の雪掃きから始めて、衣類や布団類の洗濯。屋根裏や梁
の上なんかに溜まったほこり取り、家具や壁に溜まった汚れのふき取り。慣れない掃除に
手間取りながら、くたくたになるまで動きに動いて、ようやく居間のお掃除が終えたとこ
ろでお昼になってから休憩時間となった。
弾幕勝負なんかよりもずっとずっと疲れてしまった。冷たい水でしぼった雑巾を持ちっ
ぱなしだったから、すっかり手がかじかんでしまったし、箒よりもずっと重い竹の枝を持
ったから腕も痛い。飛べるんだから、わざわざ地上から高い場所をやらなくてもいいのに。
それに、ほこりっぽい場所を掃除していたせいで、体中が汚れだらけになってしまった。
霊夢から借りた、腋の出ていない巫女服がなければ、私の服はぼろぼろになっていたに違
いない。これでも半年前に建て替えたばかりなので、例年より汚れが少ないのだから恐ろ
しい。前の神社の屋根裏なんて考えたくもない。カマドウマがびょんびょん飛び跳ねてい
そうだ。
霊夢は今、鼻歌を歌いながら台所でお昼ごはんを作っている。包丁の軽やかなリズムが
疲れた体に眠気を誘って、香ばしいお味噌のにおいがお腹をきゅうと鳴らせる。並べられ
るごちそうをあれこれと考えながら、私は食卓に座って今か今かと待ち続けた。霊夢の料
理は割と好みだ。地霊殿の刺激的な味付けも好きだけど、霊夢の味付けはとてもシンプル
でくせがない。すいすい箸が進んでしまう。
「できたわよー。こっちきて手伝って」
「またぁ?」
今日はいつもに増して覚(さとり)使いが荒すぎるような気が。
「いっぱい動いたからお腹すいたでしょ。だからちょっと多めに作ったの。早く来ないと
あんたのぶんを減らすわよ」
「あ、いく、いくってば!」
慌てて台所に行くと、霊夢はおひつにご飯をよそおっていた。
「先に手を洗いなさい。洗ったら、あのお鍋を持っていってもらうからね。鍋つかみはこ
こにあるから使いなさい」
霊夢が指さす先には、少し大きめの両手鍋がかまどに置いてあった。いかにも重そうで、
少し私の手にはあまりそうだった。とりあえず言われたとおりに手を洗う。真冬の流水は
雪の中にみたいに冷たくて、こびりついていた頑固な汚れを洗い終える頃には、指先から
手のひらまで、芯からすっかり冷え切ってしまった。温かい息を何度も吹きかけるけど、
かじかんだ手は思い通りに動いてくれない。
「軟弱ねえ」
そんな私の手を霊夢の手が覆った。不思議なことに、霊夢も同じように手を洗ったはず
なのに、私の息よりもずっとあったかい。氷の手はすぐに元通りになってしまった。どう
いう体の構造をしているんだろう。本当に人間だろうか?
「さ、それじゃあよろしくね。落としたら今日のお昼は寂しくなるわよ」
霊夢は手を離すと、二つのお膳の上に、皿やら茶碗やら、おひつやらを素早く全部乗せ
てさっさと先に行ってしまった。私も両手鍋を持って、霊夢の後に続いた。蓋の隙間から
微かに匂う味噌の香りにくらくらしつつ、前と下を確認しながら食卓まで行くと、お膳が
もう並べられていた。両手鍋を食卓の中央に置くと、さっそく霊夢が鍋の蓋を開いた。大
量の湯気が立ち昇り、お味噌の香りがいっそう強くなる。
「うわぁ……」
鍋の中身は野菜がたっぷり入った豚汁だった。普段なら特別声を上げるほどでもないけ
ど、疲れているせいか、とても美味しそうに見える。霊夢がご飯と豚汁をよそおって、よ
うやくいただけるようになった。霊夢が席に着くまでの瞬間ですら待ち遠しい。
「では、いただきます」
「いただきます!」
献立には特に目立った部分はない。ご飯と豚汁、川魚の干物にお漬け物、そしていつも
のお茶。それでも、今の私には豪華な装飾がほどこされた満漢全席のように見えてしまう
のだからたまらない。いつもの倍の速度でご飯と豚汁をかきこんでいった。
「───っっ!!」
「もう。もっと落ち着いて食べなさいよ」
一気に口に入れすぎて喉が詰まってしまった私の背中を、霊夢は優しく叩いた。苦しさ
で喘ぎながら気合いで飲みこんでから、空になったお茶碗とお椀を差し出した。
「おかわり!」
「はいはい」
お腹が空きすぎて、ただ『美味しい』としか思えなかった。それはそれでいいのだけど、
なんだかもったいない気持ちになる。今度はじっくりと味わいながらいただくことにしよ
う。
「労働の後のご飯は格別でしょ」
「うん。疲れるからあんまり動きたくないけど、この美味しさはくせになっちゃいそうだ
わ」
「やっぱり、あんたもお嬢様体質だったか。いい気味よ」
なんて霊夢は笑っていたけど、正直どうして笑われているのかよく分からない。
「あんたも家の掃除は従者任せのクチでしょ」
「どうなんだろ。少なくともお姉ちゃん一人がやってるわけじゃないからそうなんだけ
ど」
「はっきりしないわね。もしかして、あんた年末の大掃除サボってる?」
「サボってないわ。あんまり家にいないだけよ。帰ったらたいてい掃除終わってるし」
「贅沢者め」
「霊夢もお掃除のプロを雇えばいいじゃない」
「やだ。めんどい」
自分で掃除するほうがよっぽどめんどくさいと思うけど。
「そういう押し売りがあったら考えてもいいけど。それに、最近は手伝ってもらう奴もけ
っこういるし」
私のように脅されたんだろうなあ、きっと。どれだけ犠牲になったんだろう。
「たとえばどんな奴?」
「知ってどうするの」
「べつに。知的好奇心」
「まいっか。えーと……萃香はゴミ萃めしてくれて助かるし、なんだかんだ小言いいなが
ら早苗も手際良かったわね。咲夜に手伝ってもらった時は早く終わりすぎて暇な日が増え
て助かったけど、魔理沙が来た日は死ぬかと思ったわ。あいつ散らかすだけで逆に汚して
くんだもの。魔理沙には二度と頼まない」
うんうんと頷きながら、他にも半霊や兎に手伝わせた……もとい、手伝ってくれた時の
話をしてくれた。だいたい私と同じように動かしているらしい。
「本当にむかつくのはレミリアや幽々子の奴らよ。あいつら私がどれだけ言ってもてんで
動かずに従者任せだもの。掃除の邪魔だし見てるこっちはむかむかしてくるし。妖夢の奴
なんて最後ちょっと泣いてたくらいだったのに」
「霊夢は本当に容赦がなさすぎるわ」
「いいのいいの。その分報酬はきっちり出してるから。お酒とか」
そのお酒はきっと従者とやらにはいきとどかないんだろう。哀れ。
「しまったなあ。私もペット連れてきて、縁側でのんびりしてればよかったわ」
「だったら今食べてる美味しい美味しいご飯は味わえなかったわね」
「あ、それはそれで嫌ね。どっちもどっちかなあ」
会話をしていたら、ご飯がすっかり空になってしまった。私は無言でそっと差し出した。
いつもふらふらしてるけど、私だってこれくらいの世間の常識くらい持っているのだ。
「居候じゃないんだから。っていうか、あんたも十分遠慮ないわよ。ま、午後もしっかり
動くから、しっかり食べときなさいよ。途中でお腹空かないようにね」
「えー!?お昼食べたらお昼寝の時間なのに!明日にしましょうよ」
「だーめ。そうやってずるずる引きずってると大晦日に間に合わないんだから。そのため
にこんな早い日から大掃除してるんじゃない」
「ボイコットしようかなあ」
「服は置いてきなさいよ」
「それは困るわ」
私の服はちょっと汚かったので、霊夢に頼んで洗濯してもらったばかり。抜け出そうに
も抜け出せない。仕方がない、今日はとことん疲れて、夜になったらうんと眠ろう。ぐっ
すり眠れなかったら詐欺で訴えてやるんだから。
それにしても、今日の霊夢は本当にごきげんだなあ。どれだけ楽しようと考えているん
だろう。
***
幻想郷歴第うんたら季、師走。地霊殿在住の古明地こいしさん(覚)が博麗神社で謎の
過労死を遂げた───。
なんて記事が書けそうなくらい、午後も動きっぱなしだった。現在、廊下と縁側のぞう
きんがけを終えて、居間にある箪笥の中に入っていた小物を引っ張り出しながら汚れを落
としていた。
霊夢は用事があると言って外に出ていったまま帰ってこない。きっとサボりに違いない。
私の知らない場所でこたつの中に入りながら、みかんをほおばってるに違いない。証拠は
ないけどそう決めた。
「私もサボりたいなあ……」
と言いつつも、骨董品のお皿を拭く手は止まらなかった。「よし休もう」「さあお昼寝
だ」と思っても、「あとちょっと」「もう一個」と、なかなか踏ん切りがつかない。溜ま
っていた汚れが私の手で綺麗さっぱり取れてぴかぴかになると、なぜか誇らしい気持ちに
なってしまう。私はそれが爽快でたまらなかった。引っ張り出しては拭き、拭いては引っ
張りだす。ようやく全部引っ張り出してから、汚れが溜まっている箪笥を隅々まで綺麗に
拭きとった。これでやっと最後の仕上げ、居間の床掃除に移れる。散らかった小物をしま
って、霊夢が帰ってくるだけだ。ところどころ黒ずんだ雑巾を絞りながら、今か今かと霊
夢の帰りを待つ。
「およよ?」
雑巾を絞る手が止まる。周囲には部屋いっぱいに散乱した小物の群れ。はて、この小物
たちはどんなふうにしまっていたのだろうか。さっぱり見当付きませんよ、古明地こい
しさん。
「霊夢が戻ってこないとどうにもならないなあ」
霊夢のことだから、結局は適当に放り込むと思うけど、勝手にしまったら後で何を言わ
れるか分からない。このあとの予定も聞いていない。では、暇だから時間を潰そうじゃあ
りませんか。
「何か面白そうなものないかな……」
散乱した小物の中に、頑丈な紙で作られた表紙の本を発見した。さっそく中を覗いてみ
ると、それは昔の写真を収めたアルバムだった。日付が書いてある。ちょうど今年の元旦
あたり。見たことない妖怪たちや、見たことある人間たちが、酒を飲んで騒いでいるだけ
の写真だった。
立ったまま食い入るように眺める。写真の中の霊夢は、不機嫌そうに後片付けをしてい
たり、鬼にのしかかられて叫んでいたり、魔理沙と一緒に上機嫌な顔でお酒を呑んでたり、
妖怪同士の喧嘩に怒ってたり、壊れた鳥居に向かって半泣きになっていたりと、とても表
情豊かに写っていた。その一枚一枚を見て、私は霊夢がどんなふうに、何を言っているの
か想像して、ちょっと笑った。最近は一緒に過ごすことも多いので、簡単に想像できてし
まう。なんとまあ、どれを見ても楽しそうな霊夢ばっかりだこと。もうちょっとしたら、
私やおくうたちもこの中に入っているに違いない。
「あ。お姉ちゃんはいないかな」
心が読めてしまうから、きっとここには来ないだろう。なにせ地底でも一番の嫌われ者
なのだから。残念だ。来年は地霊殿のみんなで博麗神社へ初もうでに行ってみようと思っ
たのに。主のお姉ちゃんは地霊殿の顔なんだから、なんとかして引っ張っていきたいもの
だけれども。
「どう?そっちは終わっ───って、あんた、なーに勝手に見てるのよ」
「ひゃっ!?ぁうわ!?」
突然、霊夢が部屋に顔を出して小さく叫んだ。写真に集中していた私は、背後から沸い
た声にすっかり驚いてしまい、汚いバケツに片足を突っ込んでしまった。そのままバラン
スを崩してしまう。
「わわわ!?」
後ろに手をつこうとして、アルバムを持ったままと気づいてふと思いとどまる。空中を
もがいた私は、アルバムを胸に抱きかかえたまま、固く目を瞑って衝撃に備えた。
「───っ!」
びしゃりと音が鳴る。バケツの水がひっくり返った音だ。その水たまりの中へ、私は真
後ろから豪快に突っ込んでいく。まったくもって、今日はついてないことばかりのような
気がする。
ばしゃんと何かが飛び込む音の直後、私は何者かに頭を抱きかかえられたまま、お尻だ
けをしたたかに打ちつけたのだった。お尻だけを。
「……あらら?」
予想したよりもずっと軽い衝撃。恐る恐る目を開ける。
「もう、びっくりさせないでよ……あーあ、こりゃひどいわ」
霊夢は腕に抱えた私を起こしてから、胸に収まったままのアルバムを抜き取って机に置
いた。とたんに袴から冷たい水がしみこんできて、思わず身を震わせてしまう。
激しい転倒だったが、何かが壊れた様子はない。ほっとした直後、とんでもないことを
してしまったのだと気づいた。ぴかぴかにした小物は汚水にさらされてまた汚れてしまい、
畳にこぼれた水が広がりながらしみこんでいった。掃除する前よりも汚してしまうなんて。
霊夢はバケツを立て直して、着ていた服を水たまりの中へ脱ぎ捨ててから、大量のタオ
ルを床に放って汚い水を吸わせた。そして、私にバスタオルを放り投げて、自身もまたバ
スタオルを頭からかぶった。黒い髪の先からぽたぽたと滴が垂れる。私よりも汚水に浸か
って濡れているのを見て、ようやく自分をかばってくれたのだと気付いた。
「ほら、あんたは廊下に出て体を拭いておきなさい。こっちは適当にやっといてあげるか
ら」
私がひっくりかえしたのに、霊夢一人に任せるなんて、いくらなんでも気が引けてしま
う。でも、私が手を出すより霊夢に任せたほうが早く済む。私の出る幕なんてない。
「一応聞いとくけど、あんた火ぃ焚ける?」
霊夢は汚水につかってしまった小物を拭きながら、手際良く机の上にどかしていった。
「ううん」
「じゃあ隣の部屋の箪笥の引き出しから私の着替えを持ってきて。下から二段目よ」
少しでも何かしたくて、急ぎ足で取りに行った。隣の部屋は寝室になっている。物の少
ない部屋なので、目的の箪笥はすぐに分かった。引出しを開けると、寝巻きがきれいにた
たまれてしまわれていた。思ったより几帳面だ。私なんて服はいつもくしゃくしゃなのに。
部屋に戻って、足もとの小物を踏まないようにして手渡すと、寒い寒いと呟きながら素
早く着替えてしまった。顔に出してなかったけど、やっぱり我慢していたみたいだ。
霊夢が片づけをしている間、私はただ顔色ばかりをうかがっていた。でも霊夢は後ろを
向いたまま無言で手を動かしているばかりで何も分からない。時間がとても長く感じられ
る。一秒でも早く終わって、何か言って欲しかった。そうしたら踏ん切りがついてさっさ
と帰れるのに。もう私の洗濯物も乾いてるだろうし。
心が読めたらどれだけ楽だろうか。一瞬だけ考えてから、あんまりにも怖くてすぐに考
えるのをやめた。
「よっし」
あらかた片付けてしまった霊夢は、やおら立ち上がって、ぱん、と手を鳴らした。いき
なり手を叩くものだからびっくりしてしまう。
「今日はもうおしまいにしましょ」
振り向いた霊夢は、やっぱりいつもどおりの霊夢だった。
「お風呂を焚くわよ。あんたも手伝いな。薪を運ぶならできるでしょ」
と言い残してさっさと部屋を出て行ってしまった。私はただ立ちすくむしかできない。
てっきり、なんてことしてくれるのよ、なんてお怒りの言葉をかけられるものばかりと思
っていたから。
「ほら、早く来なさい。風邪ひきたいの?」
玄関からかかってきた声に、慌てて後を追った。
***
風呂場に入ると、一面に湯気が立ち込めていた。通気窓から入ってくる冷気と、湯船か
ら昇る熱気が入り混じっている。肌寒い空気が肌に当たって、少し鳥肌が立っていた。一
糸もまとわない恰好だからすぐにでも湯船に浸かりたかったけど、霊夢に固く止められて
いた。やがて霊夢も風呂場に入った。
「ほら、ここに座る」
用意された椅子に座ると、いきなり熱々のお湯を頭からかけられた。一瞬で鳥肌がひっ
こんでしまった。目に水が入る前に固く目を閉じる。霊夢も自分にお湯をかけて、体を温
めた。
「シャンプーハットは?」
「んなもんあるかい。っていうか、あんたの髪って思ったよりごわごわね。けっこう痛ん
でるわよ」
「ちゃんと洗ってるわよ。こうやって」
わしわしと頭をかくと、霊夢はため息をついた。
「もっと丁寧に洗いなさい。髪は女の命なんだから」
何度も頭にお湯をかけてから、シャンプーを泡立てて私の髪になじませていった。肩ま
で伸びているやや長い髪に手櫛をかけながら、手の腹で頭をマッサージしていく。指が髪
の毛を撫でるたびに、心地よい気持ちよさが駆け抜ける。目を閉じているせいで、指の動
きの一つ一つが敏感に感じ取れてしまう。
「すごいクセっ毛。こーなったらとことん洗うわよ」
頭に何度もお湯をかけてシャンプーを洗い流すと、今度はぬるぬるした液体を髪全体に
塗っていった。そして、髪を巻いてまとめると、お湯で湿らせたタオルを巻きつけた。
「なにこれ?」
「トリートメント。そのままお風呂に入ってなさい。今度は私が洗うから」
霊夢は素早い手つきで髪を洗い始めた。動きは早くても、丹念に、そして丁寧に洗って
いた。いつまでも眺めていても寒いだけなので、言われたとおりにお風呂に入ることにし
た。そっとお湯に触れてみる。やっぱり少し熱いけど、最近は温泉の高い温度に慣れてい
るので、たいした問題じゃない。
お湯を体に何度かかけてから湯船につかる。体全体にお湯の熱さが染み込んでいく。特
に今日は冷たい水に触ったりして体が冷えていたし、体も疲れてるので、いつも以上に気
持ちがいい。直前に入れた柚子の香りが漂う中、体操座りをしながら霊夢の様子を眺めて
いた。
霊夢はまだシャンプーで洗っていた。髪が長いから時間がかかっているようだ。
ふと、私は思いついた。少しでもさきほどの失態に報いたかったから。
「私も洗うの手伝おっか?」
「もう終わるからいいわよ」
あっけなく撃沈。情けないよ、私。しかも、湯船に沈みそうなところを、さらに霊夢に
注意されてしまった。
霊夢はトリートメントではなくリンスで洗って、髪をまとめてから私の横に座った。ト
リートメントは知らなくてもリンスは知っている。
「ひぃー、生き返るわぁー」
かさが増して顔まで来てしまったので、体操座りから正座に姿勢を変えた。
「トリートメントはしなくていいの?」
「昨日やったばっかりだもん。それに、毎回あんなもんに頼らなくても、私の髪は普通だ
から別にいいの。今日は汚れたから洗っただけ。髪なんてそんなに洗わなくてもいいのよ。
洗いすぎたら逆に禿げちゃうわ」
「あ……」
そっか。また私のせいなんだ。ああ、本当に失敗しちゃったんだなあ。
「霊夢」
「ん?」
「今日は、その、ごめんなさい」
「は?」
霊夢はぽかんとして私を見た。おかしいな。普通に謝ったつもりなんだけど。
「なにが?」
「なにがって、ほら、さっき、お水をこぼしちゃったじゃない。それに、私のせいで髪の
毛汚れちゃったし……って、なんで笑うのよ!」
失礼なことに、霊夢はくすくすと笑っていた。いや、私が腹を立てるのもおかしい話だ
けど、謝ってるのに笑うなんてひどいと思う。
「いや、ごめんごめん。今日のあんたってば、ちっとも妖怪らしくないからさ。おかしく
って」
「むぅ。霊夢の言う妖怪らしさって何よ」
「たとえば、あんたと同じような妹吸血鬼が、一緒に掃除したいって言うから手伝わせた
ら、『ゴミっていらない物のことでしょ?』とか言ってお賽銭箱を木っ端微塵にするとか
ね」
すごい。的を得すぎてる。
「ま、たかがあんな事故に怒るほど小さくないわよ、私」
「怒ってないの?」
「怒ってない怒ってない。それともなぁに?早く掃除を切り上げたかったからわざとこぼ
したとか?だったら今すぐ全力で払ってあげるけど」
「してない、してない」
「それじゃあ私が怒る理由がないわね。慣れてないあんたを一人にした時点でこっちが失
敗したようなもんだし。悪いと思う気持ちがあるだけでも十分すぎるわ。ま、次から気を
つけな」
「うん」
そっか。怒ってたら、お風呂に入れるどころか普通に追い出されてるのか。霊夢なら容
赦なく実行するだろう。箒の柄で人の頭を遠慮なしにどつく巫女なのだから。
「ところで、さっき霊夢はどこで何をしていたの?」
「あれ?妹紅と慧音が来てね、里の人間を初もうでに連れていきたいって言うから、その
相談をしてたの。最近は毎年恒例になってきてるから助かるわ。相変わらず数は少ないけ
どね」
「へぇ。こんな妖怪だらけの神社に来る物好きがいるんだ」
「あんたのような奴がいるから寄り付かないって言ってるでしょ。せめて初詣の時期くら
いはお賽銭箱をひっくり返して中身を取り出したいわ」
「いつも少ないから蓋を開けるだけでいいものね」
「言うな」
いつの間にか、私もいつものペースに戻っていた。不思議だ。ついさっきまで逃げ出し
たいくらいだったのに、今ではずっとここにいたいと思うほどになっている自分がいる。
どうしようもなく嬉しいのだけど。なんだろう、この気持ち。
ああ、どうしよう。本格的にここに住み込んで、霊夢に二人目のお姉ちゃんになっても
らおうかなあ。
「って、さすがに無理か」
「?」
人間ならいざ知らず、私は妖怪だ。そのうち追い出されるに決まっている。
「なに考えてるか知らないけど、変なこと考えたらはっ倒すわよ」
こんな調子だもの。たまに遊びに行く程度でいいや。
「さて、そろそろあんたの髪を流しましょうか」
「うん」
熱い風呂に長くいたせいで、体はすっかり火照っていた。霊夢と過ごしているといつも
時間を忘れてしまう。
ふと、私はまたもや思いついてしまった。今度は罪悪感からじゃなくて、私がやりたい
から言うのだ。
「ねえ霊夢。髪を洗い終わったら、貴方の背中を流してもいい?」
「お。いいね。お願いするわ」
あっけなく霊夢は頷いた。私は心の中でガッツポーズをとった。あんまりにも嬉しかっ
たので、髪を洗っている間中ずっと笑顔でいたら、また霊夢に怪しがられてしまった。だ
って仕方ないじゃないか。頬が緩むのが止まらないんだから。
***
散らかった居間の後片付けをして、夜ごはんを食べたら、すっかり夜になってしまった。
夜ごはんも質素なものだったけど、やっぱり大変美味しいもので、またまたご飯を三杯お
かわりしてしまったほどだ。美味しい物も食べたし、髪だってすっかりつやつやになった。
やることもやったし、あとは寝るだけ。
……寝るだけなんだけれども。
「替えのお布団ないの?」
「っていうか泊まる気だったんかい」
容赦ない霊夢の突っ込みは大変手厳しいものだった。ベッドが無いのは仕方ないけど、
替えの布団くらい用意してないのか、この巫女は。布団が汚れてしまったらどうやって寝
るのだろうか。
「あんた家あるんでしょ。もう服も乾いてるんだから、さっさと帰りな」
「こんな夜に女の子を追い出すなんて、霊夢は冷たすぎるわ」
「女の子の前に、あんた妖怪でしょうが」
「髪は女の命って言ってたじゃない。ほら、霊夢だって妖怪である前に女の子だって認め
てる。私は言ったわよ。今日は一日中巫女を観察する予定だって」
「だったら、せめて用意くらいするか、前もってちゃんと伝えておきなさいよ、もう。こ
たつ布団なら用意できたのに。まだ乾いてないわよ、あれ。床で寝るなら構わないけど、
後で文句言ったら怒るからね」
「なにを言ってるのよ。お布団が一枚あれば二人くらい寝られるわ。霊夢が私を入れてく
れればいいのよ」
「……布団、一人用なんだけど」
「私のベッドだってシングルだけど、よくペットと一緒に寝るわよ?大丈夫。私、枕がな
くても眠れるから」
「あんたの都合は聞いてない。私の都合を言ってるの。狭くなっちゃうでしょうが」
「寝相悪いの?」
「のびのび寝たいだけ!」
ああだこうだと押し問答が繰り返される。でも、粘り強い説得を続けたら、渋々ながら
も霊夢は折れてくれたのだった。本当に嫌だったら問答無用で追い出されてるだろうから、
大丈夫だと思ったら案の定。なんだかんだで霊夢は優しいと思う。
二人で布団を敷いて、温かいお茶で一息ついてから、ようやく寝る時間になった。霊夢
が戸締りをしている間に、先に布団の中にもぐりこんでおく。寝る場所を借りるのだから、
せめて温めてあげようという私の心意気だ。ああ、なんて優しいんだろう、私ってば。
冷たかった布団が体温によって温まってくる。丹念に髪を洗ってもらったせいか、いつ
もより寝やすいように感じた。ばねがないぶん、下はベッドより固いけど、上にかかって
いる毛布と羽毛布団が気持ち良くてあまり気にならない。相変わらず、冬の布団は気持ち
がいい。それに今日はいろいろあってうんと疲れた。すぐに睡魔がやってきて、眠れ眠れ
と私に囁いていく。
「真ん中で寝るな」
「ぐええ」
半分寝ていた私の腹を、霊夢は容赦なく踏みつけた。人の気も知らないで酷いもんだ。
おかげですっかり目が覚めてしまったじゃないか。
「ほら、寄った寄った」
横にずれると、霊夢は枕もとに行灯を置いて、すかさず入りこんできた。
「ぬくいわー」
「温めておきました」
「えらい。褒めてつかわす」
でも踏んだことを謝ってはくれないのね。
「あんた、明日はどうするの?まだいるの?どっか行くの?」
「まだいるよ」
「よしよし。それじゃあ明日も張り切って頑張ってもらいましょうか」
「まだ掃除終わってないの?」
「あたりまえじゃない。何のために“大”掃除って言ってると思ってるのよ。一年の汚れ
を落とす大事な作業よ。このペースだったら、最低でも三日四日はかけないと終わらない
わ」
「一気に疲れてきたわ……」
「あんた、こっちにいるのは許すけど、年末くらいは向こうの掃除も手伝ってやりなよ」
「気が乗らないなあ。ここにいれば勝手に終わってるんだもん」
「だめよ。大掃除ってのは、ただ綺麗にするだけじゃなくて、歴史ある伝統行事なんだか
ら。もともとはすす払いって言ってね……まあ、細かいことはあんたのお姉さんに聞くと
いいわ。今から説明するのもめんどいし」
「へー」
「みんなあたり前にやってるから言わないだろうけど、家族みんなでやるのがお決まりな
のよ」
もし私が霊夢の家族になれば、これから毎年こうやってこき使われるんだろうなあ。疲
れそうだけど、とてもとても楽しいに違いない。
今年から地霊殿の掃除も手伝おう。霊夢とはまだ家族じゃないけど、お姉ちゃんたちと
は昔から家族なんだから。霊夢と掃除して楽しかったんだから、きっと向こうでの掃除も
楽しいだろう。
「ああそうそう。言っとくけど、大掃除終わったら、何日かちょっと休んでから、また神
事やら、しめ縄の用意やら、おせちやらの用意でもっと忙しくなるからね。はっきり言っ
て今日の掃除の比じゃないわよ。もちろん、ここにいたいなら手伝ってもらうけど。今日
一日であんたの能力は把握したから、がんがん使うわよ」
「終わったらすぐに実家に帰らせていただきます」
「うん、帰れ帰れ」
笑顔で霊夢は言うけど、帰ってほしくないように聞こえるのは気のせいだろうか?
「霊夢はいてほしいのかいてほしくないのか、はっきりしないわね」
「どっちでもいいのよ。いれば楽だし、いなければいつもどおりだから」
なるほど。私もうらやむ暢気っぷり。見習いたい。
ふと、霊夢があくびをした。つられて私もあくびをしてしまう。私の睡魔さんもそろそ
ろ復活してきたころだ。
「そろそろ寝るわ。明日もよろしくね」
「うん。おやすみ、霊夢」
「おやすみなさい」
行灯の火が吹き消される。漆黒に近い暗闇の中、障子から入る微かな月の光だけが私た
ちを照らしていた。目を閉じると、すぐ近くで霊夢の吐息が聞こえてくる。
背中が少し寒い。一人用の布団に二人も入っているのだから寒くないはずがない。寒さ
から逃げるように霊夢のそばまで寄って、少しでも温まれるように抱きついた。霊夢もま
た私に体を向けて寄り添ってきた。やっぱり霊夢も寒いらしい。ほのかに漂う柚子の香り
が少しだけ眠りを邪魔したけど、霊夢自身の匂いのせいだろうか、ぜんぜん気にならなか
った。
どうしてだろうか。ペットと寝る時は湯たんぽ代わりにしか感じなかったのに、霊夢と
寝ると、あの子らとはぜんぜん違う温かさがあるのは。とても懐かしい温かさ。確かに私
は経験しているのだけど、睡魔が邪魔してうまく思い出せない。
まあいいや。明日起きて、気が向いたら思い出そう。たぶん朝ごはんを食べる頃には忘
れるだろうけど。今日はいろいろありすぎて疲れた。
「明日も誰か来るといいわねえ」
最高に心地よい温かさに包まれながら眠りに落ちる直前に、そんな霊夢の言葉が聞こえ
たのだった。
それでも私は博麗神社の縁側で、勝手に入れたあったかいお茶を飲みつつ、戸棚に隠して
あったせんべいをかじるのだ。せんべいはちょっとしけっておそまつな味だけど、お茶受
けになるなら十分に美味しく感じられる。
「これで膝に猫がいれば完璧なんだけどなあ。お燐を呼んでこようかしら」
「また勝手にくつろいでる、妹妖怪め」
霊夢がお茶を乗せたお盆を持って現れた。眉がぴくぴくつり上がっている。
「しかもおせんべいまで引っ張り出して。ここは私の家なのよ」
「ちゃんと淹れていいか聞いたわよ。貴方は寝てたから返事が聞けなかったけど。だいじ
ょうぶ、今度代わりのおみやげ持ってくるから」
「あらそう。だったら許したげる。その代わり、ちゃんと美味しいものを持ってきてよ
ね」
霊夢はやや上機嫌になって、私の横に座布団を敷いて座った。そして白い湯気が昇るお
茶に息を吹きかけて飲みながら、美味しくないせんべいをつまんだ。
私の湯のみから昇る湯気が少なくなる頃には、風はすっかり止んでしまった。薄い雲に
覆われていた太陽が顔をのぞかせる。明るさが増した途端、光が雪に反射して私の目をく
らませた。同じように光にびっくりしたのか、枝にとまっていた小鳥が雪を落としながら
羽ばたいていき、木の下からこちらを見ていた狸が雪に驚いて逃げていった。
最近は神社でごろごろとくつろぐのがお気に入りとなっている。ここはお茶とせんべい、
あとはこたつくらいしかないけど、なぜかいつまでも居座っていたくなるような気分にな
ってしまう。縁側の魔力というやつだろうか。理由は分からないけど、動きたくないから
動かないだけだ。
「あんた、今日はいつまでいるつもり?」
「今日はずっと貴方を観察することに決定しているの」
いつもは追い出されてるけど、今日こそは一日中神社で過ごすと決めている。お天気だ
って絶好の日向ぼっこ日和。逃す手はない。
「羨ましいくらい暇人ね」
「貴方とあんまり変わらないような気がするけどなあ」
「黙らっしゃい」
霊夢は残りわずかになった私の湯のみをひったくり、自分のお茶の残りを一飲みしてし
まうと、お盆に乗せて持って行ってしまった。まだまだ粘るつもりだったのに。もったい
ない。
素晴らしい暇つぶしのお供を奪い去られた私は、霊夢が座っていた座布団を奪って自分
の座布団にくっつけた。そしてごろんと横になった。目の前の賽銭箱にはうっすらと雪化
粧が施されている。最近誰も触った形跡が見られない。本当に儲かってない神社だなあ。
「こら、そこで横にならない。参拝客の邪魔よ」
「いたっ」
箒の柄で叩かれてしまった。ごつん、と嫌な音が聞こえてから、じわじわと鈍痛が広が
っていく。本当にこの巫女は容赦がない。妖怪だけど、私の頭だって頑丈じゃないんだか
ら、あんまり叩かないでほしい。乙女はもっとデリケートに扱うべきだ。
「どうせ誰も来ないよ。ここ一週間くらい見てたけど、参拝客らしき人間は誰も来なかっ
たわ。魔法使いと緑の巫女が遊びに来たくらいじゃない」
「あんたみたいな妖怪がいるから来ないの」
「ちゃんと部屋のこたつの中から見てました。私に気づく人なんているわけないもん。普
通に寂れてるのよ、貴方の神社は」
「……そういうことにしといたげる。はい」
負け惜しみを言いつつ、巫女は二本目の箒を目の前に突き出した。
「今日から年末の大掃除の日なの。ということだから、あんたの今日の予定は、私にしば
かれて退散するか、自分から退散するか、掃除を手伝うかのどれかよ」
「えー」
お客さんに掃除を手伝わせる巫女なんて聞いたことがない。
「えー、じゃない。最近はあんたが入り浸ってるせいでお茶とお菓子がめきめき減ってく
んだから、それくらい手伝ってもばちは当たらないわよ。働かざる者食うべからず」
ほれ、となおも霊夢は箒を突き出す。正直言うと乗り気じゃない。誰かに言われて何か
をするのはあんまり好きじゃないから。
「んー……」
でも、このままごろごろし続けるよりは楽しいかもしれない。
「仕方ないなあ」
立ち上がって箒を受け取った。箒は私の体ほどもあり、両手じゃないと支えるのも一苦
労だった。
「もっと小さいサイズがあればいいんだけどね。生憎、外用はこの二本しかないの」
「これくらい大丈夫よ……っとと」
力任せに振り回そうとしてよろけてしまう。そんな私を見て霊夢は笑いをこらえ───
てなかった。こんにゃろう。
「それじゃ、まずは参道の雪を一緒に掃きましょうか。それから……そうね、汚れるとい
けないから、あとで着替えを出してあげましょう」
そして、霊夢は完全に上機嫌になって参道に向かったのだった。軒下に置いた靴を履い
て後を追う。霊夢の背中はとても嬉しそうに見えた。よっぽどの人手不足だったに違いな
い。かわいそうに。
***
ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。
乾いた箒と湿った雪がこすれて心地よい音色を奏でる。だんだんと強くなってきた朝の
日差しと相まって、容赦なく私の瞼を落としにかかる。眠気で階段から落ちないように大
きく背を伸ばすと、勢いあまって真後ろからすっ転びそうになってしまった。もちろん、
浮遊したから何事もなかったけど。
昨晩の間に降り積もった雪は、あまり深くはなく、普通に箒で掃ける程度のものだった。
私は霊夢がざっと掃いた後に残った雪をかきだす仕事を与えられていた。霊夢に比べたら
ずいぶん力のいらない作業である。それでも私ほどもある箒を動かすのは一苦労で、すで
に腕の筋肉が痛い痛いと悲鳴をあげていた。私は、弾幕は得意でも運動はあまり得意な方
ではない。案外か弱い妖怪なのだ。おかげで作業はちっとも進まない。
一方の霊夢は、すいすいと箒を動かしながら、どんどん雪をかきだしていく。私が一段
掃き終える頃には、霊夢は五段も下に降りていた。しかも積もった雪の九割はかきだして
いた。
「霊夢の脳味噌には何が詰まってるのかしら」
「脳味噌が詰まってるに決まってるじゃない」
頭上から霊夢の声が聞こえた。霊夢はわざわざ階段を上らない。というか、階段を使う
のはたぶん飛べない人間くらいなものだと思う。そう考えると、飛べない人間がやってこ
ない階段を掃除するのがとても無駄に思えてきてしまった。
「あら。葉っぱが残ってるわよ」
二段上にこびりついた落ち葉を目ざとく見つけられてしまった。霊夢が箒を動かすと、
葉っぱは綺麗に消え去っていた。手品みたいだ。
「だって、掃いても掃いても取れないんだもの」
「あーゆーのは逆に力入れないほうが早く掃けるものよ」
「そんな知恵は知らないわ」
「ま、無理しなくていいわよ。あんたのやりかたで、自分のペースでやりなさい。私も下
から手伝ってあげるから。挟みうちにしましょ」
霊夢が飛び去った後の階段に箒をかける。体の力を抜いて……ささっと。
「……霊夢の嘘つき」
しつこくこびりついたままの葉っぱを見て、大きな溜息がでた。息は白い霧となって外
に飛び出していった。
「……はぁ~」
口から火炎やら吹雪やらを吐き出しているみたいで楽しい。今日はよく冷え込んでるな
あ。
「はぁ~……ふぅ~……」
「肺を動かしてる暇があったら手を動かしなさい」
「肺呼吸の生き物に、それは無理な要求ね」
「つべこべ言うな」
「はぁい」
結局、霊夢はさらに階段の三分の二ほどを掃いてしまい、私の掃き残しまで綺麗に片づ
けてしまった。私の仕事量は、参道をちょっとと、掃き残しのある階段を三分の一ほど。
本当は霊夢一人でやったほうが早いんじゃないだろうか。本当に私が手伝う意味がある
のだろうか。霊夢に聞くと、
「んなこたないわよ。いないよかまし。ほら、へばってないで、まだまだこき使うわよ」
なんて酷いこと言われた。間違ってないから何にも言えないところが辛い。ああ、早く
誰か代わってくれないかなあ。
「───なんて考えてると思うけど、人数増えるだけだからね」
「何で分かるのさ!?」
「妖怪なんてどいつもこいつも考えることおんなじだもん。分からいでか」
この私が心を読まれるってのはどうしたもんだろう。顔にも絶対出してないのに。博麗
の巫女の勘、恐るべし。
自分の存在意義ががくっと下がってしまったように思えて、私の気分は落ちに落ち込ん
でしまった。
もっとも、落ち込む暇なんてないくらいに、その後の作業は忙しかったんだけども。
***
「ういー、疲れたぁ」
本当に霊夢は容赦がない。参道の雪掃きから始めて、衣類や布団類の洗濯。屋根裏や梁
の上なんかに溜まったほこり取り、家具や壁に溜まった汚れのふき取り。慣れない掃除に
手間取りながら、くたくたになるまで動きに動いて、ようやく居間のお掃除が終えたとこ
ろでお昼になってから休憩時間となった。
弾幕勝負なんかよりもずっとずっと疲れてしまった。冷たい水でしぼった雑巾を持ちっ
ぱなしだったから、すっかり手がかじかんでしまったし、箒よりもずっと重い竹の枝を持
ったから腕も痛い。飛べるんだから、わざわざ地上から高い場所をやらなくてもいいのに。
それに、ほこりっぽい場所を掃除していたせいで、体中が汚れだらけになってしまった。
霊夢から借りた、腋の出ていない巫女服がなければ、私の服はぼろぼろになっていたに違
いない。これでも半年前に建て替えたばかりなので、例年より汚れが少ないのだから恐ろ
しい。前の神社の屋根裏なんて考えたくもない。カマドウマがびょんびょん飛び跳ねてい
そうだ。
霊夢は今、鼻歌を歌いながら台所でお昼ごはんを作っている。包丁の軽やかなリズムが
疲れた体に眠気を誘って、香ばしいお味噌のにおいがお腹をきゅうと鳴らせる。並べられ
るごちそうをあれこれと考えながら、私は食卓に座って今か今かと待ち続けた。霊夢の料
理は割と好みだ。地霊殿の刺激的な味付けも好きだけど、霊夢の味付けはとてもシンプル
でくせがない。すいすい箸が進んでしまう。
「できたわよー。こっちきて手伝って」
「またぁ?」
今日はいつもに増して覚(さとり)使いが荒すぎるような気が。
「いっぱい動いたからお腹すいたでしょ。だからちょっと多めに作ったの。早く来ないと
あんたのぶんを減らすわよ」
「あ、いく、いくってば!」
慌てて台所に行くと、霊夢はおひつにご飯をよそおっていた。
「先に手を洗いなさい。洗ったら、あのお鍋を持っていってもらうからね。鍋つかみはこ
こにあるから使いなさい」
霊夢が指さす先には、少し大きめの両手鍋がかまどに置いてあった。いかにも重そうで、
少し私の手にはあまりそうだった。とりあえず言われたとおりに手を洗う。真冬の流水は
雪の中にみたいに冷たくて、こびりついていた頑固な汚れを洗い終える頃には、指先から
手のひらまで、芯からすっかり冷え切ってしまった。温かい息を何度も吹きかけるけど、
かじかんだ手は思い通りに動いてくれない。
「軟弱ねえ」
そんな私の手を霊夢の手が覆った。不思議なことに、霊夢も同じように手を洗ったはず
なのに、私の息よりもずっとあったかい。氷の手はすぐに元通りになってしまった。どう
いう体の構造をしているんだろう。本当に人間だろうか?
「さ、それじゃあよろしくね。落としたら今日のお昼は寂しくなるわよ」
霊夢は手を離すと、二つのお膳の上に、皿やら茶碗やら、おひつやらを素早く全部乗せ
てさっさと先に行ってしまった。私も両手鍋を持って、霊夢の後に続いた。蓋の隙間から
微かに匂う味噌の香りにくらくらしつつ、前と下を確認しながら食卓まで行くと、お膳が
もう並べられていた。両手鍋を食卓の中央に置くと、さっそく霊夢が鍋の蓋を開いた。大
量の湯気が立ち昇り、お味噌の香りがいっそう強くなる。
「うわぁ……」
鍋の中身は野菜がたっぷり入った豚汁だった。普段なら特別声を上げるほどでもないけ
ど、疲れているせいか、とても美味しそうに見える。霊夢がご飯と豚汁をよそおって、よ
うやくいただけるようになった。霊夢が席に着くまでの瞬間ですら待ち遠しい。
「では、いただきます」
「いただきます!」
献立には特に目立った部分はない。ご飯と豚汁、川魚の干物にお漬け物、そしていつも
のお茶。それでも、今の私には豪華な装飾がほどこされた満漢全席のように見えてしまう
のだからたまらない。いつもの倍の速度でご飯と豚汁をかきこんでいった。
「───っっ!!」
「もう。もっと落ち着いて食べなさいよ」
一気に口に入れすぎて喉が詰まってしまった私の背中を、霊夢は優しく叩いた。苦しさ
で喘ぎながら気合いで飲みこんでから、空になったお茶碗とお椀を差し出した。
「おかわり!」
「はいはい」
お腹が空きすぎて、ただ『美味しい』としか思えなかった。それはそれでいいのだけど、
なんだかもったいない気持ちになる。今度はじっくりと味わいながらいただくことにしよ
う。
「労働の後のご飯は格別でしょ」
「うん。疲れるからあんまり動きたくないけど、この美味しさはくせになっちゃいそうだ
わ」
「やっぱり、あんたもお嬢様体質だったか。いい気味よ」
なんて霊夢は笑っていたけど、正直どうして笑われているのかよく分からない。
「あんたも家の掃除は従者任せのクチでしょ」
「どうなんだろ。少なくともお姉ちゃん一人がやってるわけじゃないからそうなんだけ
ど」
「はっきりしないわね。もしかして、あんた年末の大掃除サボってる?」
「サボってないわ。あんまり家にいないだけよ。帰ったらたいてい掃除終わってるし」
「贅沢者め」
「霊夢もお掃除のプロを雇えばいいじゃない」
「やだ。めんどい」
自分で掃除するほうがよっぽどめんどくさいと思うけど。
「そういう押し売りがあったら考えてもいいけど。それに、最近は手伝ってもらう奴もけ
っこういるし」
私のように脅されたんだろうなあ、きっと。どれだけ犠牲になったんだろう。
「たとえばどんな奴?」
「知ってどうするの」
「べつに。知的好奇心」
「まいっか。えーと……萃香はゴミ萃めしてくれて助かるし、なんだかんだ小言いいなが
ら早苗も手際良かったわね。咲夜に手伝ってもらった時は早く終わりすぎて暇な日が増え
て助かったけど、魔理沙が来た日は死ぬかと思ったわ。あいつ散らかすだけで逆に汚して
くんだもの。魔理沙には二度と頼まない」
うんうんと頷きながら、他にも半霊や兎に手伝わせた……もとい、手伝ってくれた時の
話をしてくれた。だいたい私と同じように動かしているらしい。
「本当にむかつくのはレミリアや幽々子の奴らよ。あいつら私がどれだけ言ってもてんで
動かずに従者任せだもの。掃除の邪魔だし見てるこっちはむかむかしてくるし。妖夢の奴
なんて最後ちょっと泣いてたくらいだったのに」
「霊夢は本当に容赦がなさすぎるわ」
「いいのいいの。その分報酬はきっちり出してるから。お酒とか」
そのお酒はきっと従者とやらにはいきとどかないんだろう。哀れ。
「しまったなあ。私もペット連れてきて、縁側でのんびりしてればよかったわ」
「だったら今食べてる美味しい美味しいご飯は味わえなかったわね」
「あ、それはそれで嫌ね。どっちもどっちかなあ」
会話をしていたら、ご飯がすっかり空になってしまった。私は無言でそっと差し出した。
いつもふらふらしてるけど、私だってこれくらいの世間の常識くらい持っているのだ。
「居候じゃないんだから。っていうか、あんたも十分遠慮ないわよ。ま、午後もしっかり
動くから、しっかり食べときなさいよ。途中でお腹空かないようにね」
「えー!?お昼食べたらお昼寝の時間なのに!明日にしましょうよ」
「だーめ。そうやってずるずる引きずってると大晦日に間に合わないんだから。そのため
にこんな早い日から大掃除してるんじゃない」
「ボイコットしようかなあ」
「服は置いてきなさいよ」
「それは困るわ」
私の服はちょっと汚かったので、霊夢に頼んで洗濯してもらったばかり。抜け出そうに
も抜け出せない。仕方がない、今日はとことん疲れて、夜になったらうんと眠ろう。ぐっ
すり眠れなかったら詐欺で訴えてやるんだから。
それにしても、今日の霊夢は本当にごきげんだなあ。どれだけ楽しようと考えているん
だろう。
***
幻想郷歴第うんたら季、師走。地霊殿在住の古明地こいしさん(覚)が博麗神社で謎の
過労死を遂げた───。
なんて記事が書けそうなくらい、午後も動きっぱなしだった。現在、廊下と縁側のぞう
きんがけを終えて、居間にある箪笥の中に入っていた小物を引っ張り出しながら汚れを落
としていた。
霊夢は用事があると言って外に出ていったまま帰ってこない。きっとサボりに違いない。
私の知らない場所でこたつの中に入りながら、みかんをほおばってるに違いない。証拠は
ないけどそう決めた。
「私もサボりたいなあ……」
と言いつつも、骨董品のお皿を拭く手は止まらなかった。「よし休もう」「さあお昼寝
だ」と思っても、「あとちょっと」「もう一個」と、なかなか踏ん切りがつかない。溜ま
っていた汚れが私の手で綺麗さっぱり取れてぴかぴかになると、なぜか誇らしい気持ちに
なってしまう。私はそれが爽快でたまらなかった。引っ張り出しては拭き、拭いては引っ
張りだす。ようやく全部引っ張り出してから、汚れが溜まっている箪笥を隅々まで綺麗に
拭きとった。これでやっと最後の仕上げ、居間の床掃除に移れる。散らかった小物をしま
って、霊夢が帰ってくるだけだ。ところどころ黒ずんだ雑巾を絞りながら、今か今かと霊
夢の帰りを待つ。
「およよ?」
雑巾を絞る手が止まる。周囲には部屋いっぱいに散乱した小物の群れ。はて、この小物
たちはどんなふうにしまっていたのだろうか。さっぱり見当付きませんよ、古明地こい
しさん。
「霊夢が戻ってこないとどうにもならないなあ」
霊夢のことだから、結局は適当に放り込むと思うけど、勝手にしまったら後で何を言わ
れるか分からない。このあとの予定も聞いていない。では、暇だから時間を潰そうじゃあ
りませんか。
「何か面白そうなものないかな……」
散乱した小物の中に、頑丈な紙で作られた表紙の本を発見した。さっそく中を覗いてみ
ると、それは昔の写真を収めたアルバムだった。日付が書いてある。ちょうど今年の元旦
あたり。見たことない妖怪たちや、見たことある人間たちが、酒を飲んで騒いでいるだけ
の写真だった。
立ったまま食い入るように眺める。写真の中の霊夢は、不機嫌そうに後片付けをしてい
たり、鬼にのしかかられて叫んでいたり、魔理沙と一緒に上機嫌な顔でお酒を呑んでたり、
妖怪同士の喧嘩に怒ってたり、壊れた鳥居に向かって半泣きになっていたりと、とても表
情豊かに写っていた。その一枚一枚を見て、私は霊夢がどんなふうに、何を言っているの
か想像して、ちょっと笑った。最近は一緒に過ごすことも多いので、簡単に想像できてし
まう。なんとまあ、どれを見ても楽しそうな霊夢ばっかりだこと。もうちょっとしたら、
私やおくうたちもこの中に入っているに違いない。
「あ。お姉ちゃんはいないかな」
心が読めてしまうから、きっとここには来ないだろう。なにせ地底でも一番の嫌われ者
なのだから。残念だ。来年は地霊殿のみんなで博麗神社へ初もうでに行ってみようと思っ
たのに。主のお姉ちゃんは地霊殿の顔なんだから、なんとかして引っ張っていきたいもの
だけれども。
「どう?そっちは終わっ───って、あんた、なーに勝手に見てるのよ」
「ひゃっ!?ぁうわ!?」
突然、霊夢が部屋に顔を出して小さく叫んだ。写真に集中していた私は、背後から沸い
た声にすっかり驚いてしまい、汚いバケツに片足を突っ込んでしまった。そのままバラン
スを崩してしまう。
「わわわ!?」
後ろに手をつこうとして、アルバムを持ったままと気づいてふと思いとどまる。空中を
もがいた私は、アルバムを胸に抱きかかえたまま、固く目を瞑って衝撃に備えた。
「───っ!」
びしゃりと音が鳴る。バケツの水がひっくり返った音だ。その水たまりの中へ、私は真
後ろから豪快に突っ込んでいく。まったくもって、今日はついてないことばかりのような
気がする。
ばしゃんと何かが飛び込む音の直後、私は何者かに頭を抱きかかえられたまま、お尻だ
けをしたたかに打ちつけたのだった。お尻だけを。
「……あらら?」
予想したよりもずっと軽い衝撃。恐る恐る目を開ける。
「もう、びっくりさせないでよ……あーあ、こりゃひどいわ」
霊夢は腕に抱えた私を起こしてから、胸に収まったままのアルバムを抜き取って机に置
いた。とたんに袴から冷たい水がしみこんできて、思わず身を震わせてしまう。
激しい転倒だったが、何かが壊れた様子はない。ほっとした直後、とんでもないことを
してしまったのだと気づいた。ぴかぴかにした小物は汚水にさらされてまた汚れてしまい、
畳にこぼれた水が広がりながらしみこんでいった。掃除する前よりも汚してしまうなんて。
霊夢はバケツを立て直して、着ていた服を水たまりの中へ脱ぎ捨ててから、大量のタオ
ルを床に放って汚い水を吸わせた。そして、私にバスタオルを放り投げて、自身もまたバ
スタオルを頭からかぶった。黒い髪の先からぽたぽたと滴が垂れる。私よりも汚水に浸か
って濡れているのを見て、ようやく自分をかばってくれたのだと気付いた。
「ほら、あんたは廊下に出て体を拭いておきなさい。こっちは適当にやっといてあげるか
ら」
私がひっくりかえしたのに、霊夢一人に任せるなんて、いくらなんでも気が引けてしま
う。でも、私が手を出すより霊夢に任せたほうが早く済む。私の出る幕なんてない。
「一応聞いとくけど、あんた火ぃ焚ける?」
霊夢は汚水につかってしまった小物を拭きながら、手際良く机の上にどかしていった。
「ううん」
「じゃあ隣の部屋の箪笥の引き出しから私の着替えを持ってきて。下から二段目よ」
少しでも何かしたくて、急ぎ足で取りに行った。隣の部屋は寝室になっている。物の少
ない部屋なので、目的の箪笥はすぐに分かった。引出しを開けると、寝巻きがきれいにた
たまれてしまわれていた。思ったより几帳面だ。私なんて服はいつもくしゃくしゃなのに。
部屋に戻って、足もとの小物を踏まないようにして手渡すと、寒い寒いと呟きながら素
早く着替えてしまった。顔に出してなかったけど、やっぱり我慢していたみたいだ。
霊夢が片づけをしている間、私はただ顔色ばかりをうかがっていた。でも霊夢は後ろを
向いたまま無言で手を動かしているばかりで何も分からない。時間がとても長く感じられ
る。一秒でも早く終わって、何か言って欲しかった。そうしたら踏ん切りがついてさっさ
と帰れるのに。もう私の洗濯物も乾いてるだろうし。
心が読めたらどれだけ楽だろうか。一瞬だけ考えてから、あんまりにも怖くてすぐに考
えるのをやめた。
「よっし」
あらかた片付けてしまった霊夢は、やおら立ち上がって、ぱん、と手を鳴らした。いき
なり手を叩くものだからびっくりしてしまう。
「今日はもうおしまいにしましょ」
振り向いた霊夢は、やっぱりいつもどおりの霊夢だった。
「お風呂を焚くわよ。あんたも手伝いな。薪を運ぶならできるでしょ」
と言い残してさっさと部屋を出て行ってしまった。私はただ立ちすくむしかできない。
てっきり、なんてことしてくれるのよ、なんてお怒りの言葉をかけられるものばかりと思
っていたから。
「ほら、早く来なさい。風邪ひきたいの?」
玄関からかかってきた声に、慌てて後を追った。
***
風呂場に入ると、一面に湯気が立ち込めていた。通気窓から入ってくる冷気と、湯船か
ら昇る熱気が入り混じっている。肌寒い空気が肌に当たって、少し鳥肌が立っていた。一
糸もまとわない恰好だからすぐにでも湯船に浸かりたかったけど、霊夢に固く止められて
いた。やがて霊夢も風呂場に入った。
「ほら、ここに座る」
用意された椅子に座ると、いきなり熱々のお湯を頭からかけられた。一瞬で鳥肌がひっ
こんでしまった。目に水が入る前に固く目を閉じる。霊夢も自分にお湯をかけて、体を温
めた。
「シャンプーハットは?」
「んなもんあるかい。っていうか、あんたの髪って思ったよりごわごわね。けっこう痛ん
でるわよ」
「ちゃんと洗ってるわよ。こうやって」
わしわしと頭をかくと、霊夢はため息をついた。
「もっと丁寧に洗いなさい。髪は女の命なんだから」
何度も頭にお湯をかけてから、シャンプーを泡立てて私の髪になじませていった。肩ま
で伸びているやや長い髪に手櫛をかけながら、手の腹で頭をマッサージしていく。指が髪
の毛を撫でるたびに、心地よい気持ちよさが駆け抜ける。目を閉じているせいで、指の動
きの一つ一つが敏感に感じ取れてしまう。
「すごいクセっ毛。こーなったらとことん洗うわよ」
頭に何度もお湯をかけてシャンプーを洗い流すと、今度はぬるぬるした液体を髪全体に
塗っていった。そして、髪を巻いてまとめると、お湯で湿らせたタオルを巻きつけた。
「なにこれ?」
「トリートメント。そのままお風呂に入ってなさい。今度は私が洗うから」
霊夢は素早い手つきで髪を洗い始めた。動きは早くても、丹念に、そして丁寧に洗って
いた。いつまでも眺めていても寒いだけなので、言われたとおりにお風呂に入ることにし
た。そっとお湯に触れてみる。やっぱり少し熱いけど、最近は温泉の高い温度に慣れてい
るので、たいした問題じゃない。
お湯を体に何度かかけてから湯船につかる。体全体にお湯の熱さが染み込んでいく。特
に今日は冷たい水に触ったりして体が冷えていたし、体も疲れてるので、いつも以上に気
持ちがいい。直前に入れた柚子の香りが漂う中、体操座りをしながら霊夢の様子を眺めて
いた。
霊夢はまだシャンプーで洗っていた。髪が長いから時間がかかっているようだ。
ふと、私は思いついた。少しでもさきほどの失態に報いたかったから。
「私も洗うの手伝おっか?」
「もう終わるからいいわよ」
あっけなく撃沈。情けないよ、私。しかも、湯船に沈みそうなところを、さらに霊夢に
注意されてしまった。
霊夢はトリートメントではなくリンスで洗って、髪をまとめてから私の横に座った。ト
リートメントは知らなくてもリンスは知っている。
「ひぃー、生き返るわぁー」
かさが増して顔まで来てしまったので、体操座りから正座に姿勢を変えた。
「トリートメントはしなくていいの?」
「昨日やったばっかりだもん。それに、毎回あんなもんに頼らなくても、私の髪は普通だ
から別にいいの。今日は汚れたから洗っただけ。髪なんてそんなに洗わなくてもいいのよ。
洗いすぎたら逆に禿げちゃうわ」
「あ……」
そっか。また私のせいなんだ。ああ、本当に失敗しちゃったんだなあ。
「霊夢」
「ん?」
「今日は、その、ごめんなさい」
「は?」
霊夢はぽかんとして私を見た。おかしいな。普通に謝ったつもりなんだけど。
「なにが?」
「なにがって、ほら、さっき、お水をこぼしちゃったじゃない。それに、私のせいで髪の
毛汚れちゃったし……って、なんで笑うのよ!」
失礼なことに、霊夢はくすくすと笑っていた。いや、私が腹を立てるのもおかしい話だ
けど、謝ってるのに笑うなんてひどいと思う。
「いや、ごめんごめん。今日のあんたってば、ちっとも妖怪らしくないからさ。おかしく
って」
「むぅ。霊夢の言う妖怪らしさって何よ」
「たとえば、あんたと同じような妹吸血鬼が、一緒に掃除したいって言うから手伝わせた
ら、『ゴミっていらない物のことでしょ?』とか言ってお賽銭箱を木っ端微塵にするとか
ね」
すごい。的を得すぎてる。
「ま、たかがあんな事故に怒るほど小さくないわよ、私」
「怒ってないの?」
「怒ってない怒ってない。それともなぁに?早く掃除を切り上げたかったからわざとこぼ
したとか?だったら今すぐ全力で払ってあげるけど」
「してない、してない」
「それじゃあ私が怒る理由がないわね。慣れてないあんたを一人にした時点でこっちが失
敗したようなもんだし。悪いと思う気持ちがあるだけでも十分すぎるわ。ま、次から気を
つけな」
「うん」
そっか。怒ってたら、お風呂に入れるどころか普通に追い出されてるのか。霊夢なら容
赦なく実行するだろう。箒の柄で人の頭を遠慮なしにどつく巫女なのだから。
「ところで、さっき霊夢はどこで何をしていたの?」
「あれ?妹紅と慧音が来てね、里の人間を初もうでに連れていきたいって言うから、その
相談をしてたの。最近は毎年恒例になってきてるから助かるわ。相変わらず数は少ないけ
どね」
「へぇ。こんな妖怪だらけの神社に来る物好きがいるんだ」
「あんたのような奴がいるから寄り付かないって言ってるでしょ。せめて初詣の時期くら
いはお賽銭箱をひっくり返して中身を取り出したいわ」
「いつも少ないから蓋を開けるだけでいいものね」
「言うな」
いつの間にか、私もいつものペースに戻っていた。不思議だ。ついさっきまで逃げ出し
たいくらいだったのに、今ではずっとここにいたいと思うほどになっている自分がいる。
どうしようもなく嬉しいのだけど。なんだろう、この気持ち。
ああ、どうしよう。本格的にここに住み込んで、霊夢に二人目のお姉ちゃんになっても
らおうかなあ。
「って、さすがに無理か」
「?」
人間ならいざ知らず、私は妖怪だ。そのうち追い出されるに決まっている。
「なに考えてるか知らないけど、変なこと考えたらはっ倒すわよ」
こんな調子だもの。たまに遊びに行く程度でいいや。
「さて、そろそろあんたの髪を流しましょうか」
「うん」
熱い風呂に長くいたせいで、体はすっかり火照っていた。霊夢と過ごしているといつも
時間を忘れてしまう。
ふと、私はまたもや思いついてしまった。今度は罪悪感からじゃなくて、私がやりたい
から言うのだ。
「ねえ霊夢。髪を洗い終わったら、貴方の背中を流してもいい?」
「お。いいね。お願いするわ」
あっけなく霊夢は頷いた。私は心の中でガッツポーズをとった。あんまりにも嬉しかっ
たので、髪を洗っている間中ずっと笑顔でいたら、また霊夢に怪しがられてしまった。だ
って仕方ないじゃないか。頬が緩むのが止まらないんだから。
***
散らかった居間の後片付けをして、夜ごはんを食べたら、すっかり夜になってしまった。
夜ごはんも質素なものだったけど、やっぱり大変美味しいもので、またまたご飯を三杯お
かわりしてしまったほどだ。美味しい物も食べたし、髪だってすっかりつやつやになった。
やることもやったし、あとは寝るだけ。
……寝るだけなんだけれども。
「替えのお布団ないの?」
「っていうか泊まる気だったんかい」
容赦ない霊夢の突っ込みは大変手厳しいものだった。ベッドが無いのは仕方ないけど、
替えの布団くらい用意してないのか、この巫女は。布団が汚れてしまったらどうやって寝
るのだろうか。
「あんた家あるんでしょ。もう服も乾いてるんだから、さっさと帰りな」
「こんな夜に女の子を追い出すなんて、霊夢は冷たすぎるわ」
「女の子の前に、あんた妖怪でしょうが」
「髪は女の命って言ってたじゃない。ほら、霊夢だって妖怪である前に女の子だって認め
てる。私は言ったわよ。今日は一日中巫女を観察する予定だって」
「だったら、せめて用意くらいするか、前もってちゃんと伝えておきなさいよ、もう。こ
たつ布団なら用意できたのに。まだ乾いてないわよ、あれ。床で寝るなら構わないけど、
後で文句言ったら怒るからね」
「なにを言ってるのよ。お布団が一枚あれば二人くらい寝られるわ。霊夢が私を入れてく
れればいいのよ」
「……布団、一人用なんだけど」
「私のベッドだってシングルだけど、よくペットと一緒に寝るわよ?大丈夫。私、枕がな
くても眠れるから」
「あんたの都合は聞いてない。私の都合を言ってるの。狭くなっちゃうでしょうが」
「寝相悪いの?」
「のびのび寝たいだけ!」
ああだこうだと押し問答が繰り返される。でも、粘り強い説得を続けたら、渋々ながら
も霊夢は折れてくれたのだった。本当に嫌だったら問答無用で追い出されてるだろうから、
大丈夫だと思ったら案の定。なんだかんだで霊夢は優しいと思う。
二人で布団を敷いて、温かいお茶で一息ついてから、ようやく寝る時間になった。霊夢
が戸締りをしている間に、先に布団の中にもぐりこんでおく。寝る場所を借りるのだから、
せめて温めてあげようという私の心意気だ。ああ、なんて優しいんだろう、私ってば。
冷たかった布団が体温によって温まってくる。丹念に髪を洗ってもらったせいか、いつ
もより寝やすいように感じた。ばねがないぶん、下はベッドより固いけど、上にかかって
いる毛布と羽毛布団が気持ち良くてあまり気にならない。相変わらず、冬の布団は気持ち
がいい。それに今日はいろいろあってうんと疲れた。すぐに睡魔がやってきて、眠れ眠れ
と私に囁いていく。
「真ん中で寝るな」
「ぐええ」
半分寝ていた私の腹を、霊夢は容赦なく踏みつけた。人の気も知らないで酷いもんだ。
おかげですっかり目が覚めてしまったじゃないか。
「ほら、寄った寄った」
横にずれると、霊夢は枕もとに行灯を置いて、すかさず入りこんできた。
「ぬくいわー」
「温めておきました」
「えらい。褒めてつかわす」
でも踏んだことを謝ってはくれないのね。
「あんた、明日はどうするの?まだいるの?どっか行くの?」
「まだいるよ」
「よしよし。それじゃあ明日も張り切って頑張ってもらいましょうか」
「まだ掃除終わってないの?」
「あたりまえじゃない。何のために“大”掃除って言ってると思ってるのよ。一年の汚れ
を落とす大事な作業よ。このペースだったら、最低でも三日四日はかけないと終わらない
わ」
「一気に疲れてきたわ……」
「あんた、こっちにいるのは許すけど、年末くらいは向こうの掃除も手伝ってやりなよ」
「気が乗らないなあ。ここにいれば勝手に終わってるんだもん」
「だめよ。大掃除ってのは、ただ綺麗にするだけじゃなくて、歴史ある伝統行事なんだか
ら。もともとはすす払いって言ってね……まあ、細かいことはあんたのお姉さんに聞くと
いいわ。今から説明するのもめんどいし」
「へー」
「みんなあたり前にやってるから言わないだろうけど、家族みんなでやるのがお決まりな
のよ」
もし私が霊夢の家族になれば、これから毎年こうやってこき使われるんだろうなあ。疲
れそうだけど、とてもとても楽しいに違いない。
今年から地霊殿の掃除も手伝おう。霊夢とはまだ家族じゃないけど、お姉ちゃんたちと
は昔から家族なんだから。霊夢と掃除して楽しかったんだから、きっと向こうでの掃除も
楽しいだろう。
「ああそうそう。言っとくけど、大掃除終わったら、何日かちょっと休んでから、また神
事やら、しめ縄の用意やら、おせちやらの用意でもっと忙しくなるからね。はっきり言っ
て今日の掃除の比じゃないわよ。もちろん、ここにいたいなら手伝ってもらうけど。今日
一日であんたの能力は把握したから、がんがん使うわよ」
「終わったらすぐに実家に帰らせていただきます」
「うん、帰れ帰れ」
笑顔で霊夢は言うけど、帰ってほしくないように聞こえるのは気のせいだろうか?
「霊夢はいてほしいのかいてほしくないのか、はっきりしないわね」
「どっちでもいいのよ。いれば楽だし、いなければいつもどおりだから」
なるほど。私もうらやむ暢気っぷり。見習いたい。
ふと、霊夢があくびをした。つられて私もあくびをしてしまう。私の睡魔さんもそろそ
ろ復活してきたころだ。
「そろそろ寝るわ。明日もよろしくね」
「うん。おやすみ、霊夢」
「おやすみなさい」
行灯の火が吹き消される。漆黒に近い暗闇の中、障子から入る微かな月の光だけが私た
ちを照らしていた。目を閉じると、すぐ近くで霊夢の吐息が聞こえてくる。
背中が少し寒い。一人用の布団に二人も入っているのだから寒くないはずがない。寒さ
から逃げるように霊夢のそばまで寄って、少しでも温まれるように抱きついた。霊夢もま
た私に体を向けて寄り添ってきた。やっぱり霊夢も寒いらしい。ほのかに漂う柚子の香り
が少しだけ眠りを邪魔したけど、霊夢自身の匂いのせいだろうか、ぜんぜん気にならなか
った。
どうしてだろうか。ペットと寝る時は湯たんぽ代わりにしか感じなかったのに、霊夢と
寝ると、あの子らとはぜんぜん違う温かさがあるのは。とても懐かしい温かさ。確かに私
は経験しているのだけど、睡魔が邪魔してうまく思い出せない。
まあいいや。明日起きて、気が向いたら思い出そう。たぶん朝ごはんを食べる頃には忘
れるだろうけど。今日はいろいろありすぎて疲れた。
「明日も誰か来るといいわねえ」
最高に心地よい温かさに包まれながら眠りに落ちる直前に、そんな霊夢の言葉が聞こえ
たのだった。
あと苦労性
というかほのぼとしてて、とても好きです。
こんな日常って良いですよね。
とても和む。
和みました。
れ、霊夢お姉ちゃ~ん
何故か妖怪に好かれる博麗霊夢? こんな霊夢ならそりゃ好くさ。
暢気で面倒くさがりで、でも誰かが居ると嬉しくて。 だって楽だもの……本当に?
理想の霊夢像を見事書ききられた作者様に最大級の賞賛と感謝をば。
こういうのを探してました
こいしが可愛いし、霊夢も面倒見がいいしで良い雰囲気でした。
心の暖まるお話をありがとうございます。
なんか、本当にある師走の一コマといった感じですねえ。