※元ネタ曲あり
※タグ見れば分かると思いますが、鈴仙と小傘です。他のキャラは出てきません
――傘、入れたげよっか?
そう言って彼女が声を掛けてきた時のことは今でも鮮明に思い出せる。その時、予想外の大雪に抗う術を持っていなかった私は、その申し出を躊躇うことなく受け取った。その時彼女はオッドアイを驚いたように見開き、それを見て変だなと思った。
変なデザインの傘だから断られると思っていた、と彼女は言った。確かに変なデザインだとは思う。べっとりと塗られたような紫は毒々しさを思うし、目玉と舌に関しては完全に罰ゲームのそれだ。だが、それよりも大雪から逃れることができるのがその時の私にとっては魅力的だった。それに、彼女の好意を無下にすることはできなかった。
自分より幾分か背の低い彼女から傘を受け取り、二人の上に差す。初対面の人と相合傘というのは恥ずかしいものもあるし、何より人見知りな私には本来苦痛なはずだった。それを感じなかったのは、彼女の人柄のなせる業だろう。
「私、小傘だよ。多々良小傘。貴方は?」
「鈴仙・優曇華院・イナバ。長いから鈴仙って呼んで、小傘」
「分かった、鈴仙」
簡単な自己紹介を済ませて、雪に足跡を刻んだ。小傘と通る帰り道は楽しかった。永遠亭まで送ってもらい、一人で帰すのは危ないからとお茶を出して、思わず話し込んでしまって、気がついたら夜になっていて結局小傘は泊まっていくことになった。
あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。帰り道に見た花も、お茶請けに出したお菓子も、晩御飯のメニューも、因幡てゐの差金で風呂場に小傘が驚かせに来たことも、二人で入った布団の温もりも。
――じゃあね、鈴仙。覚えてたら、また会おう。
貴方が去り際にこぼした言葉も。ちゃんと、覚えてる。
雨が降っていた。
人里に薬を売りに来ていた私はすっかり顔馴染みとなった甘味処で雨宿りをしていた。それは本来、私には必要のないものである。人間ならともかく、妖怪は少し濡れたぐらいでは風邪を引かない。しかも今降っている雨は人間も傘を差すのを躊躇うような小雨だ。雨が止むのを待つより、走って帰るほうが絶対に早いし、そうするべきだと思う。
それでも私は待つことを選んだ。雨が止むのを、ではない。
「鈴仙、いる?」
甘味処の入り口から、弾んだ声で私の名を呼ぶ。あの雪の日以来、傘が必要になった時に自然と小傘を待つようになった自分がいた。小傘は晴れの日にもよく人里にいるが、雨や雪が降るとわざわざ人里にやってくるらしかった。
皿に残っていた二本の団子のうち、一本を小傘に差し出すと、もう一本の団子を食べながら勘定を済ませる。表では団子に舌鼓を打つ小傘がいて、あの日そうしたように小傘から傘を受け取り、二人の上に差す。
自分より小さい歩幅に合わせて人里を歩いた。見慣れた景色が、いつもと変わらない速度で過ぎ去り、やがて公園の前にさしかかった。そこもいつもの速度で通り過ぎようとして、私の隣から足音が消えた。
そう広くない公園に一つだけ設置されたゴミ箱。歩みを止めた小傘の視線はそこから外れなかった。傘の中を飛び出し、一直線に走りだす。私はそれを慌てて追いかけた。
ゴミ箱の中にあったのは幾つか小さな塵と、折れた傘だった。今日はそう風も強くないので、何かに引っ掛けたのだろう。小傘はそれを無言で眺めていた。その表情を見ようとしても、透き通るような水色で覆い隠されていた。
小傘はゴミ箱に手をかけ、じっとそれを見つめていた。暫くして意を決したようにゴミ箱に背を向けるとごめん、と一言だけ言ってから歩き出す。別に謝らなくてもいい、と返した。
小傘は俯いていて、やはりその表情を見ることはできなかった。でもいつも彼女が見せる太陽のような笑顔とは違うのだろうとは、見なくてもわかった。
「私さ、忘れ傘なんだよね」
それは彼女から何度から聞かされていたことだ。初めて聞いたのは雪の日の布団の中のことで、その時私は小傘が人間だと思っていたから大層驚いた。そのことを今再び語った小傘の真意はわからない。でも、聞かなければならないのだと思った。
淡々とした、その声の調子にあの時の情景がフラッシュバックした。それまでの笑顔を隠すように振り返りながら放った台詞が。刹那見えた、その顔に差した影とともに。
「あの傘を見てさ、思い出したよね。私は捨てられた……要らなくなって、忘れられた傘だってことを。あの傘はきっと昔の私なんだって思ったら……なんか無性に寂しくなってさ」
小傘の目は、何を見ているんだろう。過去を思い出しているんだろうかとも思ったが、傘だったときのことはほとんど覚えていないと言っていた。私のように過去を悔いることすらできない彼女は、いったい何を思うのだろう。
「この姿になって、色んな人と出会ったよ。紅白の巫女や、黒白の魔法使い、山の神社の風祝。寺子屋の子たちとはいっぱい遊ぶし、墓地に来る人は驚いてくれる。甘味処のおばちゃんのところへ行けば団子が貰える。それに、鈴仙とも出会った」
「…………うん」
「みんな、忘れちゃうのかな。私が居たところに誰かが座って、それでも不自由なく回っていくのかな」
そんなことはない、と言いたかった。小傘の言うことを全部全部否定して、笑い飛ばしてやりたかった。けれど、何かが重くのしかかったようで、口を開くことができなかった。手は伸ばせば届くのに。それもできなくて、自分の体を自分で動かせなくなったみたいで、でも足だけは彼女と同じ歩幅で足跡を刻んでいた。
それはつまり、全てが自分の意志で動いているということで。情けなくて涙が出そうになった。
違うのに。本当に泣きたいのは、私じゃないはずなのに。
「………………なんて、そんなこと言っても、しょうがないよね」
それなのに、小傘は暗くなった雰囲気を振り払うかのようにあははと笑った。小傘がいつも見せる、周りの人も笑顔にさせてしまう笑顔。その笑顔にいつものような輝きはなかったが、それを悟らせてはいけないのだと私も笑った。うまく笑えているだろうか。
雨はもう上がっていた。それでも私は傘を差したままにした。人里の喧騒から、世界を区切りたかった。
いつも元気に笑っている、その姿が印象的だった。けれど、この傘で区切った世界では弱さを見せてくれてもいいのだと思った。でもやっぱり、それを口にすることはできなくて、沈黙が生まれた。
竹林の前まで沈黙は続いた。鈴仙はそこで小傘をお茶に誘った。最初は渋っていた小傘だったが、自分でも珍しいと思うほど強引な誘いに、とうとう頭を縦に振った。
永遠亭に戻って、お茶を出して軽い会話を交わした。
「あ、この団子おいしい」
「そう? まあ、団子は作り慣れてるからねー」
「これ、鈴仙一人で作ったの?」
「……本当は一人じゃないはずだけど、結局いつも一人で作ってるね」
そこだけ切り取ってみるといつもと変わらなかった。小傘が笑って、それにつられて私も笑った。
捨てられた傘について、私が何か言うことはなかった。小傘が何も言わなかったから、触れないほうがいいんだと思い込んだ。
――卑怯な言い訳だ。分かっている。いつもそうだった。痛みを知るのが怖くて、目を逸らして、逃げて逃げて逃げるのだ。何かを失って後悔して、与えられた何かに目を向ける余裕はなくて、自分は可哀想なのだと都合よく考えて、また逃げている。
いつか閻魔に受けた説教を思い出す。自分はもう、『自分勝手すぎる』なんて言葉では足りないくらい、自分勝手だった。
やがてお茶も切れたので、彼女を送っていく事にした。竹林を抜ける間、また奇妙な沈黙だけがあった。
竹林を抜けると、いつの間にか顔を出していた太陽が西に沈もうとしていた。顔を覆い隠すように傘を差していた小傘が数歩前に出て、こちらへ振り返る。逆光で表情はよく見えない。
「じゃあね、鈴仙」
それだけ言って小傘は身を翻す。その時見えた夕日に照らされた横顔には、深い影が差しているようだった。
胸の奥底がざわついていくのを感じた。このまま小傘と別れてはダメだと直感した。そうすればもう二度と会えなくなる気がして、気がついたら私は走りだして小傘を後ろから抱きしめていた。驚いた小傘が傘を落とし、傘はくるくると回っていた。
「鈴仙? どうしたの?」
小傘が首だけでこちらを向いた。燃えるような赤と空のように澄んだ青がこちらを見つめていた。
驚いたのは小傘だけでなく、私自身も同じだった。むしろ、私のほうが驚いていたのかもしれない。勝手に体が動いたので、このあとどうするか、考えているはずがなかった。
私はいったい、どうしたいんだろう? 何を言いたいんだろう? 何が見たいんだろう? わからない。
「まっ、またね!」
「………………ふぇっ?」
――小傘にどうして貰いたいんだろう? それなら答えは出ている。笑っていて欲しい。でも、笑えないのなら弱さを見せて欲しい。頼りにして欲しい。頼りになんか、ならないけれど。
「ほら! 最初に会った時に小傘言ってたじゃん! 『覚えてたらまた会おう』って。私は小傘のこと覚えてるから。忘れたりしないから。だから、またねって」
鈴仙は必死に言葉を紡いだ。頬の赤みは夕陽が誤魔化してくれると信じて。わけも分からず言葉を絞り出したが、そのおかげで自分の気持ちにも気づくことができた。それは小傘と離れたくないという、至極当たり前のことだったが、そんなことにも気づけないほど、バカだった。
「な、何言ってるの鈴仙!? そんな……そんなの」
小傘はそれを聞くと慌てて顔を前に向けた。その時、小傘の腕に回した手に雨が落ちたような気がしたが、もう空には雲ひとつなかった。
「あ、当たり前じゃん! 私と鈴仙はずっと友達なんだし! なにわかりきったこと言ってんの!」
最早やけだと吐き捨てたような小傘の台詞に、また頬が熱くなっていくのを感じた。小傘の耳が赤く染まっているのは、夕陽のせいだろうか。
これ以上抱きついていると頬の熱に気付かれそうだったので、小傘を離した。自由になった小傘がゆっくりと傘を拾い上げ、もう一度こちらへ体を向ける。
「じゃあね、鈴仙。――――また会おう!」
そう言って小傘は再び身を翻した。その時夕陽に照らされた笑顔には影はなく、夕陽にも負けない輝きだけがあった。
※タグ見れば分かると思いますが、鈴仙と小傘です。他のキャラは出てきません
――傘、入れたげよっか?
そう言って彼女が声を掛けてきた時のことは今でも鮮明に思い出せる。その時、予想外の大雪に抗う術を持っていなかった私は、その申し出を躊躇うことなく受け取った。その時彼女はオッドアイを驚いたように見開き、それを見て変だなと思った。
変なデザインの傘だから断られると思っていた、と彼女は言った。確かに変なデザインだとは思う。べっとりと塗られたような紫は毒々しさを思うし、目玉と舌に関しては完全に罰ゲームのそれだ。だが、それよりも大雪から逃れることができるのがその時の私にとっては魅力的だった。それに、彼女の好意を無下にすることはできなかった。
自分より幾分か背の低い彼女から傘を受け取り、二人の上に差す。初対面の人と相合傘というのは恥ずかしいものもあるし、何より人見知りな私には本来苦痛なはずだった。それを感じなかったのは、彼女の人柄のなせる業だろう。
「私、小傘だよ。多々良小傘。貴方は?」
「鈴仙・優曇華院・イナバ。長いから鈴仙って呼んで、小傘」
「分かった、鈴仙」
簡単な自己紹介を済ませて、雪に足跡を刻んだ。小傘と通る帰り道は楽しかった。永遠亭まで送ってもらい、一人で帰すのは危ないからとお茶を出して、思わず話し込んでしまって、気がついたら夜になっていて結局小傘は泊まっていくことになった。
あの日のことは今でも鮮明に思い出せる。帰り道に見た花も、お茶請けに出したお菓子も、晩御飯のメニューも、因幡てゐの差金で風呂場に小傘が驚かせに来たことも、二人で入った布団の温もりも。
――じゃあね、鈴仙。覚えてたら、また会おう。
貴方が去り際にこぼした言葉も。ちゃんと、覚えてる。
雨が降っていた。
人里に薬を売りに来ていた私はすっかり顔馴染みとなった甘味処で雨宿りをしていた。それは本来、私には必要のないものである。人間ならともかく、妖怪は少し濡れたぐらいでは風邪を引かない。しかも今降っている雨は人間も傘を差すのを躊躇うような小雨だ。雨が止むのを待つより、走って帰るほうが絶対に早いし、そうするべきだと思う。
それでも私は待つことを選んだ。雨が止むのを、ではない。
「鈴仙、いる?」
甘味処の入り口から、弾んだ声で私の名を呼ぶ。あの雪の日以来、傘が必要になった時に自然と小傘を待つようになった自分がいた。小傘は晴れの日にもよく人里にいるが、雨や雪が降るとわざわざ人里にやってくるらしかった。
皿に残っていた二本の団子のうち、一本を小傘に差し出すと、もう一本の団子を食べながら勘定を済ませる。表では団子に舌鼓を打つ小傘がいて、あの日そうしたように小傘から傘を受け取り、二人の上に差す。
自分より小さい歩幅に合わせて人里を歩いた。見慣れた景色が、いつもと変わらない速度で過ぎ去り、やがて公園の前にさしかかった。そこもいつもの速度で通り過ぎようとして、私の隣から足音が消えた。
そう広くない公園に一つだけ設置されたゴミ箱。歩みを止めた小傘の視線はそこから外れなかった。傘の中を飛び出し、一直線に走りだす。私はそれを慌てて追いかけた。
ゴミ箱の中にあったのは幾つか小さな塵と、折れた傘だった。今日はそう風も強くないので、何かに引っ掛けたのだろう。小傘はそれを無言で眺めていた。その表情を見ようとしても、透き通るような水色で覆い隠されていた。
小傘はゴミ箱に手をかけ、じっとそれを見つめていた。暫くして意を決したようにゴミ箱に背を向けるとごめん、と一言だけ言ってから歩き出す。別に謝らなくてもいい、と返した。
小傘は俯いていて、やはりその表情を見ることはできなかった。でもいつも彼女が見せる太陽のような笑顔とは違うのだろうとは、見なくてもわかった。
「私さ、忘れ傘なんだよね」
それは彼女から何度から聞かされていたことだ。初めて聞いたのは雪の日の布団の中のことで、その時私は小傘が人間だと思っていたから大層驚いた。そのことを今再び語った小傘の真意はわからない。でも、聞かなければならないのだと思った。
淡々とした、その声の調子にあの時の情景がフラッシュバックした。それまでの笑顔を隠すように振り返りながら放った台詞が。刹那見えた、その顔に差した影とともに。
「あの傘を見てさ、思い出したよね。私は捨てられた……要らなくなって、忘れられた傘だってことを。あの傘はきっと昔の私なんだって思ったら……なんか無性に寂しくなってさ」
小傘の目は、何を見ているんだろう。過去を思い出しているんだろうかとも思ったが、傘だったときのことはほとんど覚えていないと言っていた。私のように過去を悔いることすらできない彼女は、いったい何を思うのだろう。
「この姿になって、色んな人と出会ったよ。紅白の巫女や、黒白の魔法使い、山の神社の風祝。寺子屋の子たちとはいっぱい遊ぶし、墓地に来る人は驚いてくれる。甘味処のおばちゃんのところへ行けば団子が貰える。それに、鈴仙とも出会った」
「…………うん」
「みんな、忘れちゃうのかな。私が居たところに誰かが座って、それでも不自由なく回っていくのかな」
そんなことはない、と言いたかった。小傘の言うことを全部全部否定して、笑い飛ばしてやりたかった。けれど、何かが重くのしかかったようで、口を開くことができなかった。手は伸ばせば届くのに。それもできなくて、自分の体を自分で動かせなくなったみたいで、でも足だけは彼女と同じ歩幅で足跡を刻んでいた。
それはつまり、全てが自分の意志で動いているということで。情けなくて涙が出そうになった。
違うのに。本当に泣きたいのは、私じゃないはずなのに。
「………………なんて、そんなこと言っても、しょうがないよね」
それなのに、小傘は暗くなった雰囲気を振り払うかのようにあははと笑った。小傘がいつも見せる、周りの人も笑顔にさせてしまう笑顔。その笑顔にいつものような輝きはなかったが、それを悟らせてはいけないのだと私も笑った。うまく笑えているだろうか。
雨はもう上がっていた。それでも私は傘を差したままにした。人里の喧騒から、世界を区切りたかった。
いつも元気に笑っている、その姿が印象的だった。けれど、この傘で区切った世界では弱さを見せてくれてもいいのだと思った。でもやっぱり、それを口にすることはできなくて、沈黙が生まれた。
竹林の前まで沈黙は続いた。鈴仙はそこで小傘をお茶に誘った。最初は渋っていた小傘だったが、自分でも珍しいと思うほど強引な誘いに、とうとう頭を縦に振った。
永遠亭に戻って、お茶を出して軽い会話を交わした。
「あ、この団子おいしい」
「そう? まあ、団子は作り慣れてるからねー」
「これ、鈴仙一人で作ったの?」
「……本当は一人じゃないはずだけど、結局いつも一人で作ってるね」
そこだけ切り取ってみるといつもと変わらなかった。小傘が笑って、それにつられて私も笑った。
捨てられた傘について、私が何か言うことはなかった。小傘が何も言わなかったから、触れないほうがいいんだと思い込んだ。
――卑怯な言い訳だ。分かっている。いつもそうだった。痛みを知るのが怖くて、目を逸らして、逃げて逃げて逃げるのだ。何かを失って後悔して、与えられた何かに目を向ける余裕はなくて、自分は可哀想なのだと都合よく考えて、また逃げている。
いつか閻魔に受けた説教を思い出す。自分はもう、『自分勝手すぎる』なんて言葉では足りないくらい、自分勝手だった。
やがてお茶も切れたので、彼女を送っていく事にした。竹林を抜ける間、また奇妙な沈黙だけがあった。
竹林を抜けると、いつの間にか顔を出していた太陽が西に沈もうとしていた。顔を覆い隠すように傘を差していた小傘が数歩前に出て、こちらへ振り返る。逆光で表情はよく見えない。
「じゃあね、鈴仙」
それだけ言って小傘は身を翻す。その時見えた夕日に照らされた横顔には、深い影が差しているようだった。
胸の奥底がざわついていくのを感じた。このまま小傘と別れてはダメだと直感した。そうすればもう二度と会えなくなる気がして、気がついたら私は走りだして小傘を後ろから抱きしめていた。驚いた小傘が傘を落とし、傘はくるくると回っていた。
「鈴仙? どうしたの?」
小傘が首だけでこちらを向いた。燃えるような赤と空のように澄んだ青がこちらを見つめていた。
驚いたのは小傘だけでなく、私自身も同じだった。むしろ、私のほうが驚いていたのかもしれない。勝手に体が動いたので、このあとどうするか、考えているはずがなかった。
私はいったい、どうしたいんだろう? 何を言いたいんだろう? 何が見たいんだろう? わからない。
「まっ、またね!」
「………………ふぇっ?」
――小傘にどうして貰いたいんだろう? それなら答えは出ている。笑っていて欲しい。でも、笑えないのなら弱さを見せて欲しい。頼りにして欲しい。頼りになんか、ならないけれど。
「ほら! 最初に会った時に小傘言ってたじゃん! 『覚えてたらまた会おう』って。私は小傘のこと覚えてるから。忘れたりしないから。だから、またねって」
鈴仙は必死に言葉を紡いだ。頬の赤みは夕陽が誤魔化してくれると信じて。わけも分からず言葉を絞り出したが、そのおかげで自分の気持ちにも気づくことができた。それは小傘と離れたくないという、至極当たり前のことだったが、そんなことにも気づけないほど、バカだった。
「な、何言ってるの鈴仙!? そんな……そんなの」
小傘はそれを聞くと慌てて顔を前に向けた。その時、小傘の腕に回した手に雨が落ちたような気がしたが、もう空には雲ひとつなかった。
「あ、当たり前じゃん! 私と鈴仙はずっと友達なんだし! なにわかりきったこと言ってんの!」
最早やけだと吐き捨てたような小傘の台詞に、また頬が熱くなっていくのを感じた。小傘の耳が赤く染まっているのは、夕陽のせいだろうか。
これ以上抱きついていると頬の熱に気付かれそうだったので、小傘を離した。自由になった小傘がゆっくりと傘を拾い上げ、もう一度こちらへ体を向ける。
「じゃあね、鈴仙。――――また会おう!」
そう言って小傘は再び身を翻した。その時夕陽に照らされた笑顔には影はなく、夕陽にも負けない輝きだけがあった。
曲については知りませんでしたが、のめり込むように読んじゃいました。
小傘と優曇華のそれぞれの弱さが優しくかみ合ってて好きです