Coolier - 新生・東方創想話

霊夢とくま

2014/09/26 23:34:04
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 …………。
 ねえ、魔理沙。信じるか分からないけどさ。いや、信じなくてもいいんだけど。まあ、どうでもいい話なのよ。どうせ下らない無駄話なの。聞いてくれる?
 あのね。家に熊がいるの。一緒に暮らしてる。もう一週間ほどになるかな。魔理沙知らないでしょ。魔法の研究とかで、詰めてたもんね。魔理沙が来てない間に、うちに住み込んでるの。
 何で出かけてたのかもう思い出せないけど、何かの用事で出かけてて、帰ってきたら、居間に座ってたの。『や。お邪魔してるよ。ちょっと、ここにいさせてもらってもいい?』って。ちょっとってどれくらいか分からなかったけど、変に何か言って暴れられたりしても困るでしょ。家も荒れちゃうし、食べられちゃうかもしれないし。だから、『いいわよ』って私、言ったの。それからずっといるわ。『帰らないの』って聞くたび、『もうちょっと』って言うの。ほんとの話よ。
 ああ、今はいないわ。誰かが来ると、さっと隠れちゃうの。調べてみてもいいわよ。でも、いなかったら、本当の話とは思えないでしょ。だから、信じてくれなくてもいいの。いないでしょ? じゃ、話の続き、聞いてくれる?
 まあ、そういうわけで、一緒に暮らしてたのよ。時々出かけるんだけど、ちょっとしたら帰ってきて、夜になったら庭の隅っこの雑草の生えてる辺りで寝るの。庭に植えてある楓の木に背中を擦り付けてたら、かゆいらしいから掻いてあげたり、一緒に卓袱台に座ってせんべいをかじったりするの。『川に行くけど、行く?』って言われたから、一緒に行ったこともあるわ。身体を突っ込んで、しばらく泳いで涼んでから、川辺に立ってじっと流れを見て、ばっしゃばっしゃ、魚を狩るの。一匹じゃあ必要ないでしょう、ってくらい採って、私に分けてくれたわ。熊はばりばり生でかじったけど、私は生では食べられないから火を起こして、あぶって食べたわ。熊のくせに、火は怖がらないのよ。
 どう。変でしょう。
(それ以上特に話すこともなかったから、それで話を締めくくったら、魔理沙は、変だぜ、という風に、変な顔をしてみせた)




 ああ、魔理沙。ひさしぶりね。
 ああ、あの熊。解決したわよ。あの熊ね、紫だったの。お風呂に入ったあと、お風呂場の扉を開けちゃったのね。そしたら、お風呂上がりで、熊の皮を被りかけてる紫が、『あ、どうも』って。……馬鹿みたいでしょ。騙されてたのよ。でもね、よく考えたら、熊は被り物っぽい顔してたし、顔のところから人の顔が覗いてたのよ。あれ、よく考えたら紫の顔だったな、って。ぼけてるって思った? でもね、その時はずっと、熊そのものだと思ってたのよ。
 ねえ、変な話だと思うけれど。私、あれが紫だったのか熊だったのか、本当に分からないのよ。私がお風呂場に行くまでいたのは熊で、お風呂場にいた紫は偶然そこで熊の被り物を被ろうとしてただけかもしれない。いや、まあ、紫自身白状したし、実際家にいたのはずっと紫なんだけど、私には本当に熊に見えてたの。熊。
 訳の分かんないこと言ってるでしょ? 訳の分かんないことなのよ。普通は変よ。でも、私の頭の中では自然なことで、普通なのか、変なのか、正しいってことがあるのだとしたら、それが私の頭の中なのか、世の中のほうなのか、分からなくなるわ。あれは熊で、紫に言われるまで、私は熊だと思ってた。紫を見つけなかったら、私はずっと熊だと思って、家に居座る限りは一緒に暮らしてたと思う。
 ……熊と一緒に居てもね、別に変じゃないな、って思ってたの。嫌じゃないって思ったし、変なことでもないって思ったの。
 …………。
 紫のことを話しましょうか。紫って、変なやつでしょ。いや、そうじゃなくて。変なやつだけど。熊に化けてうちに居座るなんてさ。でも、そうじゃないの。いま言いたいのはそっちじゃない。
 紫って変でしょ。だって、私に構うくせに、私に手出しの一つもしないのよ。私って、それなりに可愛らしい、娘でしょ。ちょっとくらい手を出してみたって、ばちは当たらないと思うの。可愛らしいもの。手を出さないほうが変だわ。紫みたいな、見るからに欲望に素直そうで、手が早そうなやつ。紫に手を出されないってことは、私に魅力がないってこと? それとも、魅力があるけど、手を出さないのが、世間一般的には普通ってこと?
 ……なによ。言っておくけどね、紫に手を出されたいって思ってるわけじゃないわ。私自身の意思は別として、可愛い子には手を出すのが普通でしょうって言ってるわけ。私は、ぜんっぜん、紫に手を出されたいなんて思ってないわよ。ぜんっっっっぜん。もう一回言った方がいい?
 ぜんっっっっっっっっっぜん、紫に、手を出されたくなんて、ないっ。ぜえ、ぜえ、はあ、はあ。何よ。息なんて上がってないわよ。うるさいわね。
 ま、いいわ。紫は変なやつよ。魅力があるのに手を出さないのは、魅力を分かっていないのと同じ。見る目がないやつなんだわ。
 でも、疑問は浮かぶでしょう? 私、魅力がないのかな、って思っちゃうわけ。そのうち、私って、魅力がない娘なんだ……って思い込んで、暗い娘になって、不幸な一生を送っちゃうわ。紫のせいよ。私がもし暗いやつになったら、紫のせい。紫の見る目のなさのせいで、私、不幸になっちゃうわ。
 なに? 紫が実際にちょっかいをかけてきたら、どうするの、ですって? それは面白いわね。そしたらね、私、言ってあげるの。『見る目のない紫のせいで、私、いちばん可愛い時期を無駄に過ごしちゃったわ。そんな見る目のない紫になんて、なびいてあげない』って。そうしたら紫はどんな顔をするかしら。振られちゃった紫の顔、見てみたいわねえ。誰も見たことない顔よ、きっと……。




 ああ、これ? 熊よ、前にも話したでしょ。ほら、挨拶。『どうも』って言ってるでしょう?『こんにちは』には『こんにちは』。『どうも』には『どうも』よ。ほら。
 魔理沙、ちょうどいいところに来たわね。鮭を採ってきてくれたの。一緒に食べましょう。魔理沙のぶんはないけど、私のを半分あげるわ。ああ、いいのよ。熊は身体が大きいんだからいっぱい食べて。
『こないだの熊は紫だったんじゃないのか』、って?ああ、あれは嘘だったのよ。紫の嘘。本物の熊で、ちょっと出て行ってただけなの。これが本物の熊。
『顔覗いてるけど』ですって? 魔理沙にはそう見えてるかもしれないわね。私にも、実際のところどうなのか、分からないの。私には熊に見えてても、魔理沙には紫の顔が覗いてる着ぐるみの熊かもしれない。……そもそも、熊って、紫の顔がついてる着ぐるみかもしれないわ。全部。山の中に入ったら、いっぱい紫の顔がついた着ぐるみがいるの。たまに顔合わせたり、紫の顔の小熊どうしでくったんくったん遊んでたりするの。
 実際のところ、紫の仕業って言えば何でも収まるのよ。私、近頃思うんだけど、紫って、『現象』そのものだと、私は思えてきたの。何かが起こると、名前がついて、紫がそこにいるの。虹が起これば紫の仕業だし、雨が降れば紫の仕業。本来名前のないところに名前がついて、何者かの意思があると想像する。そもそも、妖怪ってそんなものでしょ。何か足が切れちゃったらカマイタチがいると思う。夜に風の音がしたら天狗という妖怪を思う。……紫はそういうところにいる。本来、意思のないものだけど、偶然そういう現象が考えを持っちゃったもの。
 要するに、紫は全部なのよ。何かが起こることそのもの。私を除いた、世の中の全部。魔理沙、あんただって、本当は魔理沙じゃないのかもしれないわ。魔理沙、あんたは自分が霧雨魔理沙だって証明できる?できないでしょう。あんたがあんただと信じられるのは、あんたの頭の中だけのこと。自分に向かって、自分は霧雨魔理沙だ、と言うことしかできない。自分で自分に証明することしかできない。私だってそうよ。私は本当は博麗霊夢じゃないのかもしれない。私にとって正しいのは、私の頭の中だけのことよ。
 家の中に熊がいる、なんて、普通は信じられないことでしょ。でも、それも正しいことなのよ。あらゆることが起こりえて、受け入れられる。そういうことなの。
 だから、何が起こっても、何も起こってない、ということが言えるのよ。知らなければ、知らないままなの。なんていうのかな。まあ、難しいし、ややこしいし、説明するのが面倒くさい話よ。どうでもいいじゃない。これは熊。紫じゃないの。
 それに、紫じゃないほうがよっぽどいいわ。紫は何でもできるけど、熊には何にもできない。不器用だし、洗濯も料理も掃除もできない。弾幕だって撃てないから、妖怪退治だってできないわ。
 でも、力は強いし、それに何だかおっきいし、何だか見ててふわふわしてるし、優しいわ。なんだか、一緒にいると安心するの。それに、紫みたいに、欲望にまみれてなくて、素直な感じするしね。なんだかね、欲望があると、不安になっちゃうの。
 でも、紫に欲望を見出すのは、自分が欲望を持ってるからかもしれないわ。紫に欲望を見るのは、自分が欲望にまみれた姿をしているから。……かも。
 これも本当かもしれないし、本当じゃないかもしれないわ。
 でも、いいのよ。私はそういう、色恋沙汰みたいなの、あんまり好きじゃないわ。面倒よ。気分次第では身体を重ねたっていいけれど、そこに愛だの恋だの、を持ち出すのは好きじゃない。獣が発情するみたいにするのが、自然でいいわ。
 私は恋人みたいな関係なんていらないの。自分に魅力があるとかないとか、考えるより、こんな風にのんびり、熊とゆっくりしてるのがいいの。ねえ、熊さん?
『……ええ』ほら、熊さんもこう言ってるでしょ。
『嘘だ、タイムラグあったぞ。紫のやつ迷ってるじゃないか』ですって。馬鹿言わないでよ。熊はちょっととろくさいの。それに、私は紫より熊のほうがよっぽど好きだわ。これが紫だったとしても、私は私の見てる熊のほうがいいのよ。
『…………』『やめろよ。見てるこっちのほうが可哀想になってくるだろ。紫のやつ、複雑そうな顔して、泣きそうになってるじゃないか』ですって? 馬鹿言わないで。紫が本当に私のこと好きなら、熊のふりなんてしてないで、紫の素顔で会いに来てくれるはずでしょう。それができないってことは、やっぱり紫なんてへたれのすかぽんよ。へっちょこぺーのふにょふにょぴーよ。田舎にでも引きこもってればいいんだわ。あー、いい気味だわあ。熊さんは好きよお。鮭もくれるし蜂蜜も蜂の子もくれるしー。
『霊夢、お前、悪いやつだな』ですって? そうよ、悪いやつ。女の子は皆悪い子よ。知らなかった?
 
 
 ゆかれいむちゅっちゅ!ゆかれいむちゅっちゅ!ああああああ!

↓翻訳

 幻想郷(という名前でくくられた空間、そこに棲まう妖怪人間その他を総称したもの)が、博麗大結界を大本として生じた現象そのものであるとする。現象が先か、それとも幻想郷を望んだ八雲紫とどちらが先なのかは置いておいて、紫と博麗の血は不可分であり、紫と霊夢が引き離しようのない繋がりで結ばれていることは必須である。(とは言えそこに恋愛要素を持ち込むかどうかは別の問題であり霊夢は紫を手放せるけど紫は霊夢を絶対に手放せないという一方的な関係性の本作には賛否両論分かれるところである)
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コメント



0.1030簡易評価
4.70奇声を発する程度の能力削除
面白かった
7.80ばかのひ削除
なるほど良い試みでとても面白かったです
紫様はあとに引けなくなったのかそれとも霊夢の言う現象なのか
悲しいかとした紫熊さんを想像するとなにか物悲しくなります
11.80絶望を司る程度の能力削除
なんだこれwww
14.100名前が無い程度の能力削除
うん、良かった
18.100赤鬼削除
いじけているような怒っているような霊夢が実に可愛らしいお話でした。

多分このお話に至るまでに、霊夢は自分に魅力がないのかと思い悩むあまり随分ストレスを貯め込んでいたのでしょうね。
そんな彼女の前にバレバレの熊の変装をしていかにもツッコミ待ちという感じの紫が現れたのでとうとうキレてしまった、という経緯が自然と思い浮かびます。
紫の方も「何馬鹿なことやってんのよ」という類の反応を期待していたのに霊夢が気付かない風を貫くものだから
引っ込みつかなくなって熊の振りまでしなくちゃいけなくなって「私何やってるんだろう」と途方に暮れているように思えました。
困っている紫と怒っている霊夢の様子を想像するととても微笑ましいです。

それと同時に、後半遠回しに紫を非難したり熊の方が好きだと言ったりして仕返しをしているかのごとき霊夢の姿は
「熊の被り物をしている紫になら普段言えない本音をぶちまけられる」という構図にも思えます。
紫もそれで涙目になっている辺り結局霊夢のことが好きなのに本心を言えずにおどけているんだな、と思うと
結局これは「素直になれない二人の少女」の話であったのだな、という気がします。

とは言え、今回の一件で二人の関係に何かしらの変化が生じるのだろうか、と思うとそれは疑問です。
恐らくこの霊夢の性格なら勢いで本心をぶちまけてしまったことは「なかったこと」にしたいでしょうし、
この紫も霊夢が「なかったこと」にしたいような態度を取ればそれに乗っかって何もなかったように振る舞うでしょう。
そうして二人の関係はまた元に戻ってその内似たようなことが繰り返されてまた魔理沙が呆れるのかな、という気がします。
そういった「この先」のことも自然と想像させてくれる良作でした。

以上、一言でまとめるとゆかれいむ最高ということですね。
それでは、読ませて頂きありがとうございました。
19.100名前が無い程度の能力削除
俺がゆかれいむに求めるものが完璧に備わっているだと……
最高でしたありがとうございます
22.80名前が無い程度の能力削除
魔理沙が可哀想になってきたwww
29.70名前が無い程度の能力削除
博麗の巫女はいたら安定は増すけど、いなくても別にいい存在じゃなかったか?
32.90名前が無い程度の能力削除
いいゆかれいむでした