ある春の日の昼下がり。
その日は朝から薄い雲が一面に広がった吸血鬼日和。
紅魔館の面々は、お屋敷の庭に出て優雅な午後のティータイムと洒落込んでいた。
「ちょっと涼しいけど日差しが弱いから助かるわ」
パチュリー・ノーレッジが温かな湯気を立てる紅茶のカップを両手で包み込むように手に取る。
こんな日は珍しく大図書館の主も表に出てきたりする。
吸血鬼ではない彼女もあまり強い日差しは苦手だった。
その向かい側に座るのはこの紅い館の主、レミリア・スカーレット。
紅茶が熱くて飲めないのか、ふーふーとカップに息を吹きかけている。
その愛らしい様子を見て、後ろに控えている給仕役の十六夜咲夜の頬はだらしなくゆるみきっていた。
(……レミィの紅茶だけ冷めないようになにか細工したわね)
ちなみにパチュリーに出された紅茶は適温だった。
どういう手を使ったのかは不明だが、同じポットから注がれた湯を使っているはずなのに器用な真似をするものである。
あきれ顔で咲夜を一瞥したパチュリーであったが、いつものことなのであえて何も言わなかった。
紅魔館は自他共に認める悪魔の館である。
だが、その庭には一見そのイメージとは不似合いなほど立派で美しい花壇がいくつもあった。
その手入れを一手に引き受けているのは、一人のすらりとした長身の妖怪である。
門番を務める少女、紅美鈴。
彼女は今日も色とりどりの花々が咲き誇る花壇に、楽しげに水やりをしていた。
紅魔館も今では昔ほど来客を拒まなくなり門番の仕事もあまり忙しくないため、
美鈴は花壇の世話に以前より力を入れるようになっていた。
「そのうち肩書きが門番からお庭番になるわね」
鼻歌交じりに水やりをしている美鈴を見物しながらパチュリーが呟く。
お庭番とは庭の手入れをする人という意味ではないが、あえてツッコミを入れる者もいなかった。
(会心のボケだったのに……)
ズズッと紅茶をすすりながら恨めしそうにメイドの咲夜を睨みつけるパチュリー。
だが咲夜はそんな視線にはまったく気づいていない様子で、
茶菓子のスコーンをモフモフと頬張っているレミリアを恍惚とした瞳で眺めているのだった。
――バガーン!!
突如、ティータイムの静寂を破壊する音が屋敷の庭に響き渡る。
屋敷の扉を壊さんばかりの勢いで一人の小さな少女がそこから飛び出してきた。
館に住むもう一人の吸血鬼。
フランドール・スカーレットである。
「……ふふぁん!」
レミリアはまだ口の中のスコーンを飲みこめないでいた。
タタタッ!
軽快な足音をたててフランドールはレミリア達の前……を一気に素通りし、庭へと飛び出していく。
「めーり~ん! ちゅっ」
花壇の前にいた美鈴の首にぴょこんとジャンプして飛びつき、その頬にフランがキスをした。
「えへへー。びっくりした?」
「もうフラン様ったら。あんまり驚いて心臓止まっちゃうかと思いましたよ。だから仕返しです! ちゅっ」
今度は美鈴がフランの小柄な体を引き寄せ、同じように頬にお返しのキスをする。
「うふふ、くすぐったぁい」
――カシャーン!!
レミリアの手からカップが滑り落ち、真っ二つに割れた。
「…………レミィ?」
何事かとパチュリーがレミリアの顔を覗き込む。
そこには先ほどまでのカリスマの欠片も無かった姿とはうってかわり、
わなわなと唇を震わせ、怒りとも悲しみともとれる複雑な表情を浮かべているレミリアがいた。
「…………咲夜」
「はい、お風呂ですね」
そういって屋外にも関わらずレミリアの服に手をかけようとする咲夜。
「なんでよ!」
「え? だってこぼれた紅茶がお体に……」
さっきレミリアが落としたカップから跳ねた紅茶の滴がレミリアを濡らしていた。
ただし靴の先っちょだけである。
(だめだこの従者……早く何とかしないと……)
横でやり取りを聞いていたパチュリーは本気でこの屋敷の今後を心配していた。
「ちがうわよ! あとで私の部屋にメイリンを呼びなさい」
「……あ、はい」
レミリアはそれだけ言って屋敷の中に姿を消した。
「……お嬢様、お呼びですか?」
現れた美鈴は恐る恐るレミリアの部屋に入ってきた。
この部屋はあくまでレミリアのプライベートな個室である。
本人以外でここに入ることがあるのはメイド長の咲夜くらいであり、美鈴が呼ばれる事は珍しい。
「メイリン。さ、さっきの事だけど……」
「へ?」
突然さっきのことといわれても何の事なのか思い当たらず、美鈴は間の抜けた返事を返すことしか出来なかった。
「フランと、ち、ちっ、ちゅーしてたでしょ!」
「えっ……あぁ、そのことですか」
てっきり何か怒られるんじゃないかとビクビクしていた美鈴。
だが、美鈴が見る限りレミリアは怒っているというよりはむしろ何か照れているようにも見える。
「あ、あのねメーリン……わ、私……」
もじもじもじ。
「わたしも……ち……ち……」
「ち?」
レミリアは覚悟を決めたのか、ひとつ大きく息を吸うと叫ぶように言った。
「私もフランとちゅーしたい!!」
レミリアとフランドールは一見仲睦まじい姉妹である。
だが、フランは数百年もの長い歳月レミリアによって地下室に幽閉されていたという事実があり、
屋敷内を自由に歩けるようになったのもまだ最近の事だった。
そのためか、お互いの間にはわずかにだが見えない心の壁がある。
特に姉のレミリアは閉じ込めていた負い目があるからなのか、積極的にフランドールと接するのを避けているような所があった。
だが、今レミリアは……。
「私もフランとちゅーしたい!!」
美鈴とフランのじゃれる様を見たレミリアは、その自然さを正直にうらやましいと思った。
自分もあんな風に自然なスキンシップを妹と取れたら、どんなに素晴らしい事かと。
「え~と……したいならすればいいんじゃないでしょうか?」
だが、それが出来るならレミリアも美鈴をここに呼んでないだろう。
「メイリンにも大体わかるでしょ? 色々あるのよ……。何かこう……コツみたいなのはないのかしら」
「そんな難しい事ですかね?」
この姉妹の間にある小さな心の溝の事は美鈴もよくわかってはいたが、門番という仕事柄なのか本来の性格ゆえなのか、
人妖問わず接する機会の多い美鈴にはあまり縁の無い悩みである。
「うーん……まあ習うより慣れろとも言いますし……」
美鈴は自然な動きで一歩間合いを詰めると、
「お嬢様も大好きですよ。ちゅっ!」
少し腰を屈めてレミリアの頬に軽く口づけた。
さすがのレミリアもとっさの出来事に反応できずに目をパチクリさせていたが、
すぐに我に返ると口づけされた場所を手で押さえて顔を少し赤らめる。
「……くすぐったいわ、めーりん」
「ね、簡単でしょ。伝えたい気持ちを込めてほんの少し行動するだけです」
にっこりと微笑む美鈴。
「今度はお嬢様の番ですよ。私の事どう思ってますか?」
そして今度は自分の頬をレミリアの方に向けてツンツンと指さした。
「え……そんないきなり言われても……」
いまこの部屋には二人だけしかいないというのに、レミリアは辺りをキョロキョロと伺ってみたり、
悪戯を見つかった子供のように、落ち着かなげにずれてもいない帽子を直してみたりしていた。
「私の事お嫌いですか?」
美鈴がさらに腰を低くしてレミリアの顔を上目づかいに覗き込む。
「……花壇のお花奇麗だったわ……ありがとう美鈴……ちゅ」
「ふふっ。よくできました。さあ、妹様にもいっぱい伝えてきてください。素直な気持ちをね」
慣れないウインクをひとつして、美鈴はレミリアの背中をポンと軽く叩いた。
「さあ、妹様のところへ行きましょうか。善は急げですよ」
「……ふふっ、悪魔に言うセリフじゃないわね」
「………………で、咲夜。フランはどこにいるかしら?」
部屋から出て来た二人は、レミリアの部屋の扉に聴診器をあてていた咲夜にフランの行方を尋ねた。
「ご自分の部屋に戻られているかと思いますが」
「そう。ありがとう」
そして妹の部屋へと続く階段をレミリアはゆっくりと降りて行った。
その背中に美鈴が手を振る。
「……咲夜さんは行っちゃだめですよ」
「え? なぜ?」
「めーりーん!」
今日も美鈴は花壇の手入れ。
そして今日も飛び出してきたフランドールはそのまま美鈴の背中におぶさった。
「めーりん、お姉さまに何かしたでしょ?」
「別にたいしたことは……。レミリア様と何かいいことでもありましたか?」
「ないしょっ……ちゅっちゅっ」
「もう、フラン様ったら。くすぐったいですよぅ」
その日は朝から薄い雲が一面に広がった吸血鬼日和。
紅魔館の面々は、お屋敷の庭に出て優雅な午後のティータイムと洒落込んでいた。
「ちょっと涼しいけど日差しが弱いから助かるわ」
パチュリー・ノーレッジが温かな湯気を立てる紅茶のカップを両手で包み込むように手に取る。
こんな日は珍しく大図書館の主も表に出てきたりする。
吸血鬼ではない彼女もあまり強い日差しは苦手だった。
その向かい側に座るのはこの紅い館の主、レミリア・スカーレット。
紅茶が熱くて飲めないのか、ふーふーとカップに息を吹きかけている。
その愛らしい様子を見て、後ろに控えている給仕役の十六夜咲夜の頬はだらしなくゆるみきっていた。
(……レミィの紅茶だけ冷めないようになにか細工したわね)
ちなみにパチュリーに出された紅茶は適温だった。
どういう手を使ったのかは不明だが、同じポットから注がれた湯を使っているはずなのに器用な真似をするものである。
あきれ顔で咲夜を一瞥したパチュリーであったが、いつものことなのであえて何も言わなかった。
紅魔館は自他共に認める悪魔の館である。
だが、その庭には一見そのイメージとは不似合いなほど立派で美しい花壇がいくつもあった。
その手入れを一手に引き受けているのは、一人のすらりとした長身の妖怪である。
門番を務める少女、紅美鈴。
彼女は今日も色とりどりの花々が咲き誇る花壇に、楽しげに水やりをしていた。
紅魔館も今では昔ほど来客を拒まなくなり門番の仕事もあまり忙しくないため、
美鈴は花壇の世話に以前より力を入れるようになっていた。
「そのうち肩書きが門番からお庭番になるわね」
鼻歌交じりに水やりをしている美鈴を見物しながらパチュリーが呟く。
お庭番とは庭の手入れをする人という意味ではないが、あえてツッコミを入れる者もいなかった。
(会心のボケだったのに……)
ズズッと紅茶をすすりながら恨めしそうにメイドの咲夜を睨みつけるパチュリー。
だが咲夜はそんな視線にはまったく気づいていない様子で、
茶菓子のスコーンをモフモフと頬張っているレミリアを恍惚とした瞳で眺めているのだった。
――バガーン!!
突如、ティータイムの静寂を破壊する音が屋敷の庭に響き渡る。
屋敷の扉を壊さんばかりの勢いで一人の小さな少女がそこから飛び出してきた。
館に住むもう一人の吸血鬼。
フランドール・スカーレットである。
「……ふふぁん!」
レミリアはまだ口の中のスコーンを飲みこめないでいた。
タタタッ!
軽快な足音をたててフランドールはレミリア達の前……を一気に素通りし、庭へと飛び出していく。
「めーり~ん! ちゅっ」
花壇の前にいた美鈴の首にぴょこんとジャンプして飛びつき、その頬にフランがキスをした。
「えへへー。びっくりした?」
「もうフラン様ったら。あんまり驚いて心臓止まっちゃうかと思いましたよ。だから仕返しです! ちゅっ」
今度は美鈴がフランの小柄な体を引き寄せ、同じように頬にお返しのキスをする。
「うふふ、くすぐったぁい」
――カシャーン!!
レミリアの手からカップが滑り落ち、真っ二つに割れた。
「…………レミィ?」
何事かとパチュリーがレミリアの顔を覗き込む。
そこには先ほどまでのカリスマの欠片も無かった姿とはうってかわり、
わなわなと唇を震わせ、怒りとも悲しみともとれる複雑な表情を浮かべているレミリアがいた。
「…………咲夜」
「はい、お風呂ですね」
そういって屋外にも関わらずレミリアの服に手をかけようとする咲夜。
「なんでよ!」
「え? だってこぼれた紅茶がお体に……」
さっきレミリアが落としたカップから跳ねた紅茶の滴がレミリアを濡らしていた。
ただし靴の先っちょだけである。
(だめだこの従者……早く何とかしないと……)
横でやり取りを聞いていたパチュリーは本気でこの屋敷の今後を心配していた。
「ちがうわよ! あとで私の部屋にメイリンを呼びなさい」
「……あ、はい」
レミリアはそれだけ言って屋敷の中に姿を消した。
「……お嬢様、お呼びですか?」
現れた美鈴は恐る恐るレミリアの部屋に入ってきた。
この部屋はあくまでレミリアのプライベートな個室である。
本人以外でここに入ることがあるのはメイド長の咲夜くらいであり、美鈴が呼ばれる事は珍しい。
「メイリン。さ、さっきの事だけど……」
「へ?」
突然さっきのことといわれても何の事なのか思い当たらず、美鈴は間の抜けた返事を返すことしか出来なかった。
「フランと、ち、ちっ、ちゅーしてたでしょ!」
「えっ……あぁ、そのことですか」
てっきり何か怒られるんじゃないかとビクビクしていた美鈴。
だが、美鈴が見る限りレミリアは怒っているというよりはむしろ何か照れているようにも見える。
「あ、あのねメーリン……わ、私……」
もじもじもじ。
「わたしも……ち……ち……」
「ち?」
レミリアは覚悟を決めたのか、ひとつ大きく息を吸うと叫ぶように言った。
「私もフランとちゅーしたい!!」
レミリアとフランドールは一見仲睦まじい姉妹である。
だが、フランは数百年もの長い歳月レミリアによって地下室に幽閉されていたという事実があり、
屋敷内を自由に歩けるようになったのもまだ最近の事だった。
そのためか、お互いの間にはわずかにだが見えない心の壁がある。
特に姉のレミリアは閉じ込めていた負い目があるからなのか、積極的にフランドールと接するのを避けているような所があった。
だが、今レミリアは……。
「私もフランとちゅーしたい!!」
美鈴とフランのじゃれる様を見たレミリアは、その自然さを正直にうらやましいと思った。
自分もあんな風に自然なスキンシップを妹と取れたら、どんなに素晴らしい事かと。
「え~と……したいならすればいいんじゃないでしょうか?」
だが、それが出来るならレミリアも美鈴をここに呼んでないだろう。
「メイリンにも大体わかるでしょ? 色々あるのよ……。何かこう……コツみたいなのはないのかしら」
「そんな難しい事ですかね?」
この姉妹の間にある小さな心の溝の事は美鈴もよくわかってはいたが、門番という仕事柄なのか本来の性格ゆえなのか、
人妖問わず接する機会の多い美鈴にはあまり縁の無い悩みである。
「うーん……まあ習うより慣れろとも言いますし……」
美鈴は自然な動きで一歩間合いを詰めると、
「お嬢様も大好きですよ。ちゅっ!」
少し腰を屈めてレミリアの頬に軽く口づけた。
さすがのレミリアもとっさの出来事に反応できずに目をパチクリさせていたが、
すぐに我に返ると口づけされた場所を手で押さえて顔を少し赤らめる。
「……くすぐったいわ、めーりん」
「ね、簡単でしょ。伝えたい気持ちを込めてほんの少し行動するだけです」
にっこりと微笑む美鈴。
「今度はお嬢様の番ですよ。私の事どう思ってますか?」
そして今度は自分の頬をレミリアの方に向けてツンツンと指さした。
「え……そんないきなり言われても……」
いまこの部屋には二人だけしかいないというのに、レミリアは辺りをキョロキョロと伺ってみたり、
悪戯を見つかった子供のように、落ち着かなげにずれてもいない帽子を直してみたりしていた。
「私の事お嫌いですか?」
美鈴がさらに腰を低くしてレミリアの顔を上目づかいに覗き込む。
「……花壇のお花奇麗だったわ……ありがとう美鈴……ちゅ」
「ふふっ。よくできました。さあ、妹様にもいっぱい伝えてきてください。素直な気持ちをね」
慣れないウインクをひとつして、美鈴はレミリアの背中をポンと軽く叩いた。
「さあ、妹様のところへ行きましょうか。善は急げですよ」
「……ふふっ、悪魔に言うセリフじゃないわね」
「………………で、咲夜。フランはどこにいるかしら?」
部屋から出て来た二人は、レミリアの部屋の扉に聴診器をあてていた咲夜にフランの行方を尋ねた。
「ご自分の部屋に戻られているかと思いますが」
「そう。ありがとう」
そして妹の部屋へと続く階段をレミリアはゆっくりと降りて行った。
その背中に美鈴が手を振る。
「……咲夜さんは行っちゃだめですよ」
「え? なぜ?」
「めーりーん!」
今日も美鈴は花壇の手入れ。
そして今日も飛び出してきたフランドールはそのまま美鈴の背中におぶさった。
「めーりん、お姉さまに何かしたでしょ?」
「別にたいしたことは……。レミリア様と何かいいことでもありましたか?」
「ないしょっ……ちゅっちゅっ」
「もう、フラン様ったら。くすぐったいですよぅ」
皆かわいいなぁ
かわゆい
しかし咲夜だけがダメダメという小説も珍しいw
>38
カリスマの無いお嬢様にハァハァしてる咲夜さんの漫画とかが大好きなものでw