「お姉……ちゃん?」
こいしがさとりの顔を覗きこんで震える声で呟いた。
さとりは目を瞑っていた。お腹の上で手を組み畳の上に横たわっている。
こいしの問いかけに答える様子は無い。
「お姉ちゃん、嘘でしょ? 起きてよ」
こいしの懇願に、さとりは、応えない。眠った様に目を瞑っている。
こいしが身を震わせた。それは冷たい隙間風が入り込んできたからだろうか。
しんと静まった部屋の中で、四人の息遣いだけが聞こえている。
こいしがもう一度さとりの顔を覗き込んで呟いた。
「どうして?」
その問に答える者が居た。
「犯人はこの中に居ます」
こいしが顔を上げて向かいを見ると、フランが神妙そうな顔で立っている。フランは一度目を閉じ、溜めを作ってから、隣のこころを指差した。
「犯人は貴様だ秦こころ!」
こころが「断崖絶壁に追い込まれた犯人の表情」を付けて後退る。
「どうしてそれが!」
「でもこころ様にはアリバイが」
「そのトリックはもう見破っています」
そうフランが宣言した瞬間、さとりが背後からフランの肩を掴んだ。
「はい、そこまで」
フランが振り返ってそこに立つさとりを見て悲鳴を上げる。
こいしが慌てた様子でフランを抱きしめさとりから引き剥がした。
そしてこころが面を付けてさとりの前に立ちふさがった。
「現世への未練が断ち切れず悪霊となったか。こうなっては致し方ない。冥界へと戻れ」
そう言ってこころがさとりに向かって手をかざし、「はあ!」と叫んだ。手をかざされたさとりが「ぐわー」と苦しげに叫び、布団の上に倒れこむ。それからすぐに起き上がって、また三人に向けて言った。
「はい、じゃあ、今日はもう遅いからお終い!」
三人が「まだ解決編が終わってない」と不満げな声を上げるが、さとりは聞く耳を持たない。
「駄目よ。もう遅いんだから。家の人も心配するでしょう」
さとりの言葉に、フランとこころはあっさりと頷いて、家に帰る事になった。それもそのはずで、メインイベントは明日に控えているのだ。
「明日はみんなで初詣に行くんでしょ? 早く寝ないと起きられないわよ!」
そう、三人は初詣に行く事を約束していた。年の瀬が迫った一週間前の事、こころが正月はいつも沢山の参拝客が押しかけて妹の私もお手伝いを頼まれているから忙しいと自慢していると、フランが初詣とは何かと疑問を呈した。フランは長い事閉じ込められていたので外の事をほとんど知らなかった。それはこいしも同じで、地底に住んでいた為、地上の事は良く分からない。そしてあろう事か、二人から説明を求められたこころもまた人間の行事に興味をもった事が無く、初詣が何か良く知らなかった。姉から初詣は忙しくなると聞いていただけだった。
そんな訳で誰も分からないのなら言って確かめようと、三人は元旦に初詣へ行く約束をした。初詣に行くのは早朝で、今日は絶対に夜更かしが出来ない日なのだ。
そんな訳で解散となり、別れ際にこいしが言った。
「じゃあ、明日は博麗神社の鳥居で待ち合わせね! 三人で妖怪の山の守矢神社に行くからね!」
それを聞いて思わずこころは聞き返した。
「何で? 博麗神社じゃないの?」
「だってそっちは人間の神社でしょ。私達は妖怪なんだから妖怪の神社に行かないと」
別にそれを標榜している訳ではないが、神社の場所や住まう者の性質から、どちらかと言えば博麗神社は人間寄りで、守矢神社は妖怪寄りだ。こころは自分が博麗神社に住んでいるからそこで初詣をするものだと思っていたけれど、そうでない二人からすれば当然守矢神社に行きたがるだろう。
姉から手伝いを頼まれているけれど、目の前の二人を失望させたくないと思って、思わず同意してしまった。
「こいしの言う通りだね!」
そんなこころに、さとりが尋ねる。
「本当に良いの? 別に何処へ行くなんて決まってないんだから、自分が行きたい方を言わないと」
「こいしの言う事はもっともです! 私は妖怪だから守矢神社に行きます」
「そう、まあ無理強いはしないけど」
さとりは不満そうな顔をしつつもあっさりと引き下がる。
そして、こいしが元気よく手を振り上げる。
「よし! じゃあ明日は朝四時に博麗神社集合の守矢神社へ初詣!」
それに合わせてこころとフランも腕を振り上げた。
こころが家に帰ると霊夢と魔理沙がこたつに入ってテレビを見ていた。こころが帰ってきた事に気が付いた魔理沙が嬉しそうに立ち上がる。
「おお! 遅かったな、こころ!」
「魔理沙お姉ちゃん! どうしてお屋敷のパーティーに行ったんじゃ!」
「抜け出してきたんだぜ! 君の居ないパーティーなんてつまらない」
「嬉しい! でもパーティーにはフィアンセの咲夜さんが」
「愛しているのはお前だけさ!」
「ええい! うるさい!」
二人のやりとりを聞きかねた霊夢が立ち上がって怒鳴る。すると魔理沙が笑った。
「ふふ、こころは渡さないぜ」
「止めて、二人共! 私の為に争わないで!」
「だから、うるさーい!」
霊夢が再度怒鳴って二人に詰め寄る。
「私は今大事な考え事をしてるんだから!」
「何だよ、考え事って」
「きっと彼氏と上手く行ってないんだよ」
「違うわ!」
霊夢が怒鳴ると、こころがお面をかぶる。
「図星をつかれた人に逆切れされた時の表情」
「彼氏なんかいねぇ!」
魔理沙がとりなす様にこころの肩に手を置いた。
「まあまあ、霊夢だって言いたく無い事の一つや二つあるさ」
こころは荒く息を吐いている霊夢を見て、お面を付け替えた。
「思春期の娘が隠し事をしている事に悩む父親の表情」
「誰が思春期だ! って何で、そんなお面があるのよ!」
「お父さんが作ってくれた」
「あんの糞太子がぁ!」
霊夢の叫びが神社にこだました。
魔理沙が苦笑いしつつ、こたつに入り直して霊夢を見上げる。
「で、結局何を悩んでたんだ? 普通にテレビを見ているだけかと思ってたけど」
「あのね、明日は何の日?」
「何だ? お前の誕生日? 結婚記念日?」
「阿呆! 明日は元旦でしょ!」
「うん。だな。それが?」
「明日から三日間は最高の掻き入れ時なのよ。明日からの三日間で、来年のお財布事情が決まると言っても過言じゃない」
「成程。それで同業である守矢神社をどうにかしたい、と。良いぜ。引き受けた。報酬はスイス銀行に振り込んでくれ」
魔理沙が笑うと、霊夢が溜息を吐いてこたつに入った。こころも促されて一緒に入る。
「早苗のところは別に良いの。向こうは妖怪メインで客層が被ってないから。問題は命蓮寺よ」
「命蓮寺ねぇ。引き受けたと言いたいところだが、あそこは冗談の通じねえおばさんが居るからなぁ」
魔理沙がけけけと笑いながらお茶を飲もうとして、背後の存在を感じ取り手が止まる。気が付くと魔理沙の両の肩に重圧がかかっていた。
「あら、うちの寺の者は諧謔を好みますし、ましておばさん等居ないはずだけど」
魔理沙がゆっくりと振り返ると、笑顔の白蓮が目と鼻の先に居た。ぎあっと悲鳴を上げて魔理沙は慌てて首を横に振った。
「違うんだぜ。何か勘違いしている様だけど、今言ったのは私の実家の隣の家に住んでいて、最近命蓮寺に通う様になった梅ばあさんの事で」
「はいはい、分かっていますよ」
白蓮は頬をふくらませてそっぽを向き、機嫌を取ろうとする魔理沙を無視すると、こたつの傍で立ち尽くしているこころに目を留め笑顔になった。
「こころ!」
「お母さん!」
こころも顔を綻ばせて魔理沙を蹴飛ばして白蓮の傍に駆け寄り、お面をかぶる。
「三千里探しまわったお母さんと出会えた時の表情」
「久しぶりです」
「うん。他のみんなは?」
「寅丸とナズーリンは宝塔探し、村紗は酔っぱらいを引きずり込みに、ぬえは年越しライブ、一輪は下着泥棒の白いもやもやをしばいています」
「みんな忙しい」
「そうですね。こころさんは最近どうですか?」
「友達と良く遊ぶ」
「紅魔館のとこのフランちゃんと地霊殿のこいしちゃんね」
「そう。明日は初詣にも行きます!」
「あら、そうなの。じゃあ、今夜はお赤飯ね」
「なんでよ」とつっこんだ霊夢が、ふと考えてからこころに笑いかけた。
「フランとこいしなら怖がられる事も無いでしょ。じゃあ、あんた達には一番大きなお餅を上げるわよ」
「お餅? どうして?」
こころが困惑した様に表情を歪める。霊夢が笑いながら人差し指を立ててくるくると回した。
「色色イベントを考えてるの。で、その一つにお餅を配ったり」
「お餅? ちょっと地味じゃないか? 私ならやっぱり現金が欲しいぜ」
「阿呆。ただのお餅じゃないわよ。鬼のついたお餅。霊験あらたかそうでしょう?」
「飲んだくれがついたんじゃなければな」
「勿論、こころの舞台も用意しておくわよ。またみんなの前で踊りたいでしょ?」
霊夢がそう言って微笑んだ。
こころは思わず「デートの日にどうしても外せない仕事の予定が入ってしまった時の表情」を被った。こころが博麗神社でお参りする事を、霊夢が信じて疑っていない。当たり前だ。こころは博麗神社に住んでいるのだから。こころもずっとその気だった。元日は友達と博麗神社で初詣、その後は霊夢の手伝いをする。そう考えていた。
「あ、時間は大丈夫よ。初詣って言っても一日中じゃないんでしょ? 友達とのお参りが終わった後で良いから。どうせ、うちなんだし」
ほらやっぱり。
「あ、友達にも見せてあげれば? あんたの舞。やっぱりちゃんとした舞台でやると迫力が違うから。きっとお友達も楽しいと思うわよ」
こころが博麗神社でお参りをすると信じている。
けれど違う。さっき友達と話している中でその予定が変わってしまった。姉である霊夢の神社ではなく、全く他人の守矢神社に行く事になってしまった。
「そういや、人を集めるなら裸踊りとか良いんじゃないか? きっとすげえ数の男共が集まると思うぜ」
こころはちらりと霊夢を見る。悪鬼の様な表情で魔理沙を睨む霊夢。
きっと妹である自分が初詣に来る事を期待していたに違いない。そしてもしも守矢神社にお参りに行くと言えば……悲しむに違いない。だって沢山の人が来てくれるのを願っているのに、妹である自分がいかないなんて。お餅まで用意してくれているのに、それなのに行かないなんて。友達との約束をとって、期待してくれたお姉ちゃんを裏切るなんて。
白蓮のワンインチパンチで外へ吹っ飛ぶ魔理沙には目もくれずに、こころは悩む。
霊夢は守矢神社と客層が違うと言っていたけれど、だからと言って霊夢が守矢神社の事を気にしていないとは思えなかった。友達である早苗が経営し、それなのに盛況さで大きく差のついた守矢神社に、何か忸怩たる思いを抱いているのではないかと思っていた。霊夢の期待を破り、霊夢のライバルである守矢神社に参拝する。きっと霊夢を失望させてしまう。それは酷く背徳的な行為だと感じた。
だからと言って初詣の先を行かないというのだって友達を裏切る行為だ。みんなで妖怪の参拝する神社へ行こうと約束したのに、それを自分だけの都合で破れない。
どうしようと悩んだ末に、こころは霊夢の優しさに甘える事にした。
きっとお姉ちゃんは許してくれる。
こころがちらりと霊夢を見ると、霊夢は優しく微笑んだ。
「魔理沙の言う事なんか気にしなくて良いわよ。こころの好きなのを踊ってくれれば」
その優しそうな笑顔に対して裏切る様な事を言うのが堪らなく辛い。
こころはぎゅっとスカートを握りしめて俯いた。
こころの様子に霊夢が怪訝そうな顔をする。
「もしかして何か霊夢に言いたい事があるんじゃないか?」
振り返ると魔理沙が笑顔のままよろめきながら入ってきた。
こころは「心の中を見透かされて驚いた表情」を被って魔理沙を見つめる。
「だろ、こころ?」
「そうなの?」
霊夢と魔理沙に見つめられて、こころは「隠し事を隠す表情」を被ってまた俯いた。それを見て霊夢が不安げに這いよってくる。
「何? 何でも言って。力になるから」
こころが俯いていると、霊夢が益益不安そうな顔をした。
「もしかして私に言いにくい事?」
こころが「図星を突かれたけれど尚も隠し通そうとする表情」に付け替えてじっと俯き黙っていると、後ろから白蓮に抱きしめられた。
「じゃあ、まずは私に話してみたらどうですか?。きっと何か助言をしてあげられると思うけど。ね、こころ」
多分、自分が何を言ってもみんな許してくれる。そんな気がした。だからこそ益益言いづらくなった。みんなは自分の事を信じて大切にしてくれるのに、自分だけが相手を裏切っている事が辛かった。
でも言わないのもまた周りを不安にさせる。そして裏切っている事は変わりない。
こころは口を引き結んで決意する。
「どうしたの?」
息を吸い、頭を上げる。
「霊夢お姉ちゃん、ごめんなさい」
霊夢がきょとんと不思議そうな顔をする。
「何かしちゃったの?」
「約束を破った」
「約束?」
「友達と約束しちゃったの。初詣は守矢神社に行くって。妖怪の神社だからそっちに行くべきだってこいしが言って。だから」
こころが一瞬言葉を詰まらせる。
「だから、ごめんなさい。明日はうちじゃなくて守矢神社の初詣に行きます」
告白を終えたこころは顔を俯け、ぎゅっと目を瞑った。
言った。
言ってしまった。
きっと残念な顔をしている。
きっと失望させてしまった。
もう顔を上げるのが怖くて、何だか涙が溢れてきそうなのを必死でこらえながら、しんと静まった部屋の中で霊夢の言葉を待つ。顔が火照って熱かった。こたつに入れた足から汗が吹き出てスカートが肌に張り付いている。背後から抱きしめてくる白蓮の体温も暑くて、背中にびっしょりと汗をかいている。何だか周囲の熱が自分を責め立てている様で心臓が重たく沈む様な心地だった。
じっと霊夢の息遣いに耳をすませていると、小さく吹き出す様な音が聞こえた。
「やだ。そんな事気にしなくて良いのに。お友達に誘ってもらったのならそっちに行かなくちゃ」
そう笑って霊夢がこころの手に触れた。
「でもお手伝いが」
「必要ないわよ。三が日はどうせ嫌でも人が集まるわ」
「え?」
「だから三が日もこころの好きな様にして良いから。約束があるなら友達と遊んできなさい」
顔を上げると霊夢の笑顔がある。朗らかな笑みを、こころは霊夢の笑顔に対して無表情で見つめ返す。けれど心の中は千千に乱れていた。心臓が早鐘の様に鳴っていた。しばらくして時計の音が鳴ったので、こころは頷いた。
「分かった。明日は早いからもう寝る」
「はーい、お休みなさい」
三人に見送られて、こころは自室へと戻って布団に入った。明日は三時には起きないと間に合わないなと思って目覚まし時計を設定する。そうして冷たい布団の中で明日の為に目を閉じた。
けれど頭の中はぐちゃぐちゃと散らかっていて、胸は張り裂けそうで、中中上手く眠れなかった。
私は霊夢お姉ちゃんの本当の妹じゃない。
そんな真実が頭の中をぐるぐると回っていた。
「結局お参りするだけで何時間もかかっちゃったね」
フランが疲れた様子で額の汗を拭く。
守矢神社には朝から尋常じゃない程の参拝客が来ていて、寄り道を繰り返したこころ達がようやく辿り着いた頃には大行列が出来ていた。お参りして、振る舞われていたお雑煮を食べたところで、既に正午を過ぎ、それから知り合いと話したり、弾幕勝負をしたりして、おみくじを買った時には既に日が落ちかけていた。
「はーい! おみくじ、本日一割引きになっておりまーす!」
早苗の大きな声は妖怪達のごった返した神社の中でも良く通った。朝からずっとしきりに商売事を口にしている。今日はおみくじや絵馬等がみんな割引で、その上お賽銭に一円以上払うとご加護が三割増しらしい。
「こころは何だった?」
フランがおみくじを覗きこんできたのでフランに見せる。
「末吉かぁ。私はねぇ、中吉だった」
こころが思わず良いなぁと呟くと、フランは笑って手を振る。
「大丈夫だよ。末吉は最終的には一番良くなるってさっき巫女の河童が言ってたよ」
だと良いなぁとこころは思う。今は良くなくてもいずれ良くなれば良いなと。
霊夢お姉ちゃんの本当の妹になれたら良いなぁと思う。
結局霊夢はこころが守矢神社に行くという事を咎めなかった。笑って送り出してくれた。手伝いもしなくて良いと言った。こころにはそれが、あんたなんか必要ないという風に聞こえた。別に居ても居なくても良い。それだけのどうでも良い存在だと言われている気がした。
もしも霊夢お姉ちゃんの本物の妹だったら、少しでも引き止めてくれたのかな。
そんな悲しみが満ちていて、友達と一緒に初詣に来たのに全然面白くない。それどころか気を抜くと泣いてしまいそうだった。
「あれ? またこいしがどっか行っちゃった!」
フランが慌てて周りを探すと、遠くからこいしの声が聞こえてくる。
「こっちこっち! こっちにお守りが売ってるの!」
「だって! 行こう、こころ!」
フランに呼びかけられてもけれどこころはぼーっと境内を見ている。フランが苛立った様子で再度呼びかける。
「ねえ、こころ! 何ぼーっとしてるの!」
「え? あ、ごめん」
「どうした? 今日はずっとぼーっとしてて何だか変だよ?」
「ううん、大丈夫。こいしのところに行こう。呼んでる」
心配そうにしているフランの手を引っ張って、妖怪達を掻き分けお守り売り場へと向かうと、こいしが楽しそうにお守りを物色していた。交通安全のお守りを掲げていたこいしは背後から近付いて来たこころ達に気が付いて嬉しそうに振り返る。
「お守りが一杯あるの! どれが良いかな?」
こころとフランはこいしと並んでお守りを選び出す。
こころはお守りを一通り眺めてどれを買えば良いのか分からず、こいしに尋ねた。
「こいしは何を買うの?」
「うーん、分かんない。全部買おうと思ったんだけど、さっき神様に一人一つだって言われちゃった」
「そうなんだ」
「フランは?」
「私は自分の為に家庭円満とお姉ちゃんの為に家運繁栄と他のみんなの為に無病息災」
「ほうほう。そういう感じか。じゃあ、私は全員分無病息災を買おうかな。地下は暑いから体調崩すのが多いし」
こころは得心してお守りを見る。しばらく考えてから、白蓮と神子には良縁祈願、魔理沙には学業成就、霊夢には家運繁栄で、自分には家庭円満を買おうと考えてそれぞれお守りを摘み上げていって、家庭円満を摘んだところで手が止まった。
それを買っても意味が無い事に気が付いてしまった。
自分には家族と慕う人達は居るけれど、本当の家族なんて居ないのだ。居ないのに買ったって何の意味も無い。
こころの手が止まったのを目ざとく見つけたフランが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの? 買わないの? 家庭円満」
こころは驚いて顔を上げ、フランを見て頷いた。
「うん、だって、私に本当の家族は居ないし」
するとフランがけたけたと笑う。
「あー、大丈夫だよ! 自分が家族だと思ってれば効き目はあるよ。私だって家庭円満の中には咲夜や美鈴やみんなの事を含んでるし」
こいしも同意する。
「そうだよ。みんな家族だと思ってるから大丈夫」
二人の励ましを聞いても、こころは躊躇った。本当にそう思ってくれているのだろうか。霊夢お姉ちゃんは私の事なんて要らないんだから。手伝いを頼んでくれていたけれど、結局必要無いと言って、それどころかお正月の間居なくても良いとまで言っていた。本当の妹だったらきっと引き止めてくれたのに。
自分が本当の妹じゃないから、霊夢お姉ちゃんにとって自分はどうでも良い存在なんだ。
気が付くと涙が目に溜まりだした。
「こころ? 買わないの?」
こころはお守りを取り落として、慌てて涙を拭った。
結局初詣はほとんど楽しめなかった。折角友達と約束して一緒に遊びに行ったのに。こころが友達と別れて博麗神社に戻ると、参拝客は並んではいるものの、守矢神社に比べると閑散としていて、夕暮れ空も相まって随分と寂しく見えた。
「お帰りなさい、こころ」
「あ、霊夢……お姉ちゃん」
「早苗の方はどうだった? 盛況だったでしょ?」
「うん」
「ちくしょうやっぱりか」と霊夢が不敵な笑みを浮かべて指を打ち鳴らす。すぐにいつもの笑顔に戻ってこころに尋ねた。
「どうだった? 楽しかった?」
「……うん」
「おみくじ引いてきた?」
「うん。末吉だった」
「そ、良かったじゃない。これからどんどん良くなるわよ」
「うん。こいしも言ってた」
霊夢が御幣を担いで住居へ向かう。
「神社のお仕事は良いの?」
「朝からずっとだからね。ちょっと休憩」
「人、一杯来た?」
「まあ、いつもと比べたらね。餅つきして配った時は凄い盛り上がりだったわよ。お餅もあっという間に無くなっちゃった」
「食べてみたかった」
こころは自分で呟いた癖に、自分の言った事に自分で嫌悪する。手伝わないと言ったのは誰あろう自分なのに、お餅だけ要求する事が浅ましく思えた。こんなの嫌われて当然だ。こんなのだから妹にしてもらえないんだ。自分を変えるお守りがあれば良いのにと悲しくなる。
落ち込んだこころを見て霊夢が尋ねた。
「そんなに食べたかったの?」
「ううん。ただちょっと食べてみたかっただけ」
居間に戻ったこころがこたつに入ると、霊夢がちょっと待っててと何処かへ消えた。しばらく待っていると、湯気の立ったお皿を持って戻ってきた。
「じゃーん! はい、これ! さっき言った、お餅。冷凍しちゃってたし、つきたてより味は落ちるけど」
「え?」
こころはお餅を見て慌てて「事情が分からない表情」のお面を付けた。それを見て霊夢が微笑む。
「取っておいたのよ」
皿にはお餅が三つ載っていた。
「もしかしてこれ、私とフランとこいしの分?」
こころが尋ねると、霊夢は恥ずかしそうに頬を掻く。
「ま、もしかしたら三人が守矢神社の後に、うちに来るかもと思ってね」
霊夢は「念の為にね」と口ごもりながら、こころにお箸を渡した。お箸を受け取ったこころはじっとお餅を見つめ、その今まで見たどんなお餅よりも美味しそうなお餅を見つめながら想像する。
霊夢が忙しい中自分達を待っていた事を。あっという間に配られる程人気だったのに、自分と友達の分を取り分けてくれていた事を。来ないと分かると、それを冷凍庫で保存していてくれた事を。夕方になってようやく戻ってきた自分をすぐに迎えてくれた事を。朝からずっとずっと自分を待っていてくれた事を。
それを想像すると涙が溢れてきた。
「お姉ちゃん、ごめんなさい」
「え? 何? 何? どうしたの?」
「ごめんなさい、お手伝いしなくて。お正月なのに、お姉ちゃん忙しいのに、友達と遊んじゃって」
霊夢は呆気に取られてこころを見つめる。
「ごめんなさい。でもお願いです。お願いだから、嫌わないで。お姉ちゃんの妹で居たいんです。だから他人にしないでください」
お餅の上に涙を流しながら謝罪するこころを見て、霊夢は相好を崩し、けれどすぐさま眉根を寄せて、こころの頭に強く掌を置いた。
「分かった! あんた友達と遊ぶ為に神社の仕事しないから私に嫌われたと思ったんでしょ!」
こころは頷いて、また涙を流した。その顔を無理矢理上げさせて、霊夢はこころを睨む。
「馬鹿! そんな事で嫌う訳無いでしょ!」
怒られて身を竦ませたこころに向かって霊夢が問う。
「そもそもそんなきつい事を言った覚えは無いけど?」
「でも、もうお正月は手伝いしなくて良いって」
「ん?」
「引き止めなくて。私が本当の妹ならきっと手伝えって怒って」
その瞬間、霊夢の全身から力が抜けて項垂れた。突然の変わり様に、こころが不安になって身を引くと、霊夢はその両肩をがっしりと掴んで、思いっきりこころへ顔を寄せて大口を開けた。
「ばああああか!」
「う」
「そんな、そんな事で」
そこで霊夢は言葉につまる。霊夢の表情を見たこころはぎょっとして口を閉じられなくなった。
あろう事か霊夢が涙を流していた。霊夢の涙を初めてみたこころはびっくりして「天変地異が起こった時の表情」をつけ、おずおずと尋ねた。
「何で、泣いてるの?」
すると霊夢が涙を拭って、こころを睨む。
「悔しいからよ! 妹だと思って暮らしてきて、あんたも慕ってくれて、本当の家族みたいにって、でもたったそれだけの事で疑われて」
霊夢の言葉を聞いたこころは、自分があまりにも酷い事を考え、そして思い悩んでいた事に気が付いた。霊夢はずっと妹だと思ってくれていたのだ。それなのに些細な事で疑って、妹だと思われていないと勘違いして、最後には妹だと思ってくれてないと責めてしまった。
喉の奥から悲しみが込み上げてくる。
私は、私自身の所為でお姉ちゃんの妹じゃなくなってたんだ。
「ごめんなさい」
「謝らなくて良い! 悪いのは全部私。私の修行が足りなかっただけ」
「ごめんなさい」
「だから謝らなくて良いって! 私がもっとちゃんと、上手く姉になれてれば、あんたを不安にさせなかった!」
「ごめんなさい!」
涙を流して謝るこころを、霊夢はしっかりと見据えて、手を握った。
「約束する。私があなたを捨てるなんて事は無い。ずっとあなたの姉で居るって」
「私、約束を破って」
「関係無い。神社の仕事は巫女である私の仕事であってあんたの仕事じゃないから。別にあんたは神社の子供じゃなくて、私の妹でしょ? だから関係ないの。好きにして良いの。私はね、ううん、私だけじゃなくて、あんたが家族と慕うみんながあなたの幸せを願ってる。好きに生きてくれればそれで良いの」
霊夢が袖でこころの涙を拭う。
「ただ一つ、不安には思わないで。私達は家族なんだから。それを不安に思わないで」
はっきりとした視界で見た霊夢は微笑んでいて、優しげだった。疑っていた自分が恥ずかしくなった。霊夢は思ってくれているのに、自分は何も与えていない。その時、ふと神社で買ったお守りを思い出す。
「霊夢お姉ちゃん」
「何?」
「お守り」
こころが懐から家運繁栄と書かれたお守りを出した。それを受け取った霊夢はまじまじとそれを見つめてから、こころを抱きしめる。
「ありがとう」
「お姉ちゃん」
「明日はもっと盛大に催し物をしてお客さんを沢山呼ぶから。明日もまた餅つきをするから。もし良かったらお友達も呼んで」
「うん」
こころも霊夢を抱きしめて、更に強く抱きしめられて、温かで幸せな気分に浸る。
ありがとう、霊夢お姉ちゃん。
「こころは何のお守りを買ったの?」
霊夢から離れて、家庭円満と書かれたお守りを取り出した。それを霊夢に見せながら、もしかしたらこのお守りのお陰だったのかなと考える。
ところが霊夢は笑って言った。
「明日はもっと別の、そうねぇ、学業成就のお守りをあげるわ」
「え? でもお守りは一つって」
「だってそれは必要ないじゃない。初めから私達家族は仲が良いんだから」
こころは恥ずかしげに顔を赤らめてお守りに目を落とした。
早速間違ってしまった。お守りのお陰じゃない。最初からお姉ちゃんは私を妹だと思っていてくれたんだから。だからお守りなんか最初から要らなかったんだ。
霊夢が「ね?」と確認してくるので、こころは嬉しそうに頷いて返す。
その時、外から声が聞こえた。
「あ、何だ貴様」
聞き覚えるのある声に、こころが呟く。
「お父さん?」
外からは更に別の声が聞こえてくる。
「そちらこそ」
「お母さん」
今度は白蓮の声だった。遠くからの声で、いまいちはっきりと聞こえず、断片的な言葉しか届いてこない。
「知らんのか。お年玉というのだ。布都が教えてくれたんだ」
「浅ましい」
「今日こそどちらが面霊気を思っているか」
段段と声音が大きく剣呑になっていったかと思うと、何だか金属を擦り合わせたり、木を割ったりする様な音が聞こえてくる。
その時、笑顔で霊夢が立ち上がり、「ちょっと待っててね」と言い残して外へと出て行った。
しばらくして外から凄まじい音と共に人人の歓声と地鳴りが起こる。
それからまたしばらく経って笑顔の霊夢と、妙に怪我をしている神子と白蓮がやって来た。何故か神子はサッカーボールを持っている。
「あけましておめでとう、面霊気」
「こころさん、おめでとうございます」
そう言って二人はにこにこと笑いながらこたつに入り、霊夢の「お茶で良いよな?」という言葉に「はい、結構です」と揃って答えた。
「二人共怪我してるけど、大丈夫?」
「ああ、勿論。狸と後、天災に襲われただけだから」
「鼠に噛み付かれて嵐に殴られただけよ」
「全然大丈夫そうにみえない」
こころが「殺人事件を推理する時の表情」をかぶると神子が嬉しそうに声をあげた。
「おお、私の新作を早速つけてくれているのか」
「うん、私のバリエーションが凄く増えて嬉しい」
「そうだろうそうだろう。私とお前は離れていても、面という形でつながっているからな」
神子が勝ち誇った様子で白蓮を一瞥してから、こころへとサッカーボールを渡す。
「今日はこれを持ってきた。知っているか? お年玉というのだ」
そう言って手渡されたこころは困惑した表情で神子を見つめ返す。
「これお年玉じゃない」
「え?」
「お年玉はお金だってフランが言ってた」
「そうなのか?」
神子は慌てて自分の財布を出し、それから中を覗いて一枚だけ残っていた紙幣を差し出した。
「年末年始の出費で少なくなってしまったな。あー、ほれ、一円」
「ありがとう」
こころがお礼を言って受け取る傍で、白蓮が立ち上がり高らかに笑う。
「一円? たった? ああ、いえいえ、別に馬鹿にしている訳では。お弟子さんを取っておられる様ですが、お月謝は安いみたいですし、信者様の心根一つで天井知らずにお金が手に入る私達とは違いますもの。いえ、勿論清廉な聖徳太子様を羨ましく思いますが」
そうしてあっさりと財布から分厚い札束を出してこころへ渡す。
「はい、こころさん。少ないですが」
「金で釣る気か。汚いぞ、聖」
「はて? 物で釣っているお方が何か? それにあくまでこれは私の思いの大きさ。最後に大事なのは経済力で」
神子と白蓮が覗いている霊夢に気が付いて、慌てた様子で笑いあった。
「いえ、大事なのはやはり心ですわ」
「ああ、その点私達は二人共面霊気の事を愛しているからな」
「こころ、やっぱりそのお守り持ってた方が良いわ」
霊夢が笑顔のまま近寄ってくる。
「っていうか、渡し過ぎ。教育に悪いから五十銭にしろ」
そう言って、お茶を四つ出し、こころからお金を取り上げて二人に突き返す。結局二人から五十銭ずつもらったこころはお茶を啜りながら、笑顔の三人を眺める。
「ねえ、霊夢お姉ちゃん」
「何?」
「明日、神社のお手伝いをしても良い?」
「お友達は呼ばないの?」
「その後」
「勿論! 手伝ってもらう事は一杯あるわよ。ああ、でもその前に能楽の舞台を。ね、踊りたいでしょう?」
「うん!」
すると神子と白蓮が一斉に「自分にセッティングさせろ」と喚きだしたが、霊夢が笑顔で拳を作ると、二人はまた笑顔を作って三人で笑いあった。
お姉ちゃんのお手伝いが出来る。それが嬉しくて仕方が無い。目の前のお餅が更に美味しそうに見えた。にこにこと笑いあう三人を眺めつつ、自分は温かく仲の良い家族に囲まれて幸せだと思いながら、お餅を噛み締めた。すぐに甘みが広がって今まで食べた事が無い位美味しかった。こころは明日を思って更に幸せな気分になる。
つきたてのお餅はもっと美味しいらしい。
それを明日食べられる。
みんなで食べるつきたてのお餅はどれだけ美味しいんだろう。
Real friend of the underdogs ~残酷潜在仮面即興劇~
I, said the blue birds ~内向独善調和即興劇~
Harmonic Household ~反故即興劇~
Historical Hysteric Poetry ~冷索即興劇~
Flowers in the sea of sunny ~時分陽溜即興劇~
You're just an invisible man, I mean ~透明探究殺戮即興劇~
Lovely Lovey ~贈答即興日記~
こいしがさとりの顔を覗きこんで震える声で呟いた。
さとりは目を瞑っていた。お腹の上で手を組み畳の上に横たわっている。
こいしの問いかけに答える様子は無い。
「お姉ちゃん、嘘でしょ? 起きてよ」
こいしの懇願に、さとりは、応えない。眠った様に目を瞑っている。
こいしが身を震わせた。それは冷たい隙間風が入り込んできたからだろうか。
しんと静まった部屋の中で、四人の息遣いだけが聞こえている。
こいしがもう一度さとりの顔を覗き込んで呟いた。
「どうして?」
その問に答える者が居た。
「犯人はこの中に居ます」
こいしが顔を上げて向かいを見ると、フランが神妙そうな顔で立っている。フランは一度目を閉じ、溜めを作ってから、隣のこころを指差した。
「犯人は貴様だ秦こころ!」
こころが「断崖絶壁に追い込まれた犯人の表情」を付けて後退る。
「どうしてそれが!」
「でもこころ様にはアリバイが」
「そのトリックはもう見破っています」
そうフランが宣言した瞬間、さとりが背後からフランの肩を掴んだ。
「はい、そこまで」
フランが振り返ってそこに立つさとりを見て悲鳴を上げる。
こいしが慌てた様子でフランを抱きしめさとりから引き剥がした。
そしてこころが面を付けてさとりの前に立ちふさがった。
「現世への未練が断ち切れず悪霊となったか。こうなっては致し方ない。冥界へと戻れ」
そう言ってこころがさとりに向かって手をかざし、「はあ!」と叫んだ。手をかざされたさとりが「ぐわー」と苦しげに叫び、布団の上に倒れこむ。それからすぐに起き上がって、また三人に向けて言った。
「はい、じゃあ、今日はもう遅いからお終い!」
三人が「まだ解決編が終わってない」と不満げな声を上げるが、さとりは聞く耳を持たない。
「駄目よ。もう遅いんだから。家の人も心配するでしょう」
さとりの言葉に、フランとこころはあっさりと頷いて、家に帰る事になった。それもそのはずで、メインイベントは明日に控えているのだ。
「明日はみんなで初詣に行くんでしょ? 早く寝ないと起きられないわよ!」
そう、三人は初詣に行く事を約束していた。年の瀬が迫った一週間前の事、こころが正月はいつも沢山の参拝客が押しかけて妹の私もお手伝いを頼まれているから忙しいと自慢していると、フランが初詣とは何かと疑問を呈した。フランは長い事閉じ込められていたので外の事をほとんど知らなかった。それはこいしも同じで、地底に住んでいた為、地上の事は良く分からない。そしてあろう事か、二人から説明を求められたこころもまた人間の行事に興味をもった事が無く、初詣が何か良く知らなかった。姉から初詣は忙しくなると聞いていただけだった。
そんな訳で誰も分からないのなら言って確かめようと、三人は元旦に初詣へ行く約束をした。初詣に行くのは早朝で、今日は絶対に夜更かしが出来ない日なのだ。
そんな訳で解散となり、別れ際にこいしが言った。
「じゃあ、明日は博麗神社の鳥居で待ち合わせね! 三人で妖怪の山の守矢神社に行くからね!」
それを聞いて思わずこころは聞き返した。
「何で? 博麗神社じゃないの?」
「だってそっちは人間の神社でしょ。私達は妖怪なんだから妖怪の神社に行かないと」
別にそれを標榜している訳ではないが、神社の場所や住まう者の性質から、どちらかと言えば博麗神社は人間寄りで、守矢神社は妖怪寄りだ。こころは自分が博麗神社に住んでいるからそこで初詣をするものだと思っていたけれど、そうでない二人からすれば当然守矢神社に行きたがるだろう。
姉から手伝いを頼まれているけれど、目の前の二人を失望させたくないと思って、思わず同意してしまった。
「こいしの言う通りだね!」
そんなこころに、さとりが尋ねる。
「本当に良いの? 別に何処へ行くなんて決まってないんだから、自分が行きたい方を言わないと」
「こいしの言う事はもっともです! 私は妖怪だから守矢神社に行きます」
「そう、まあ無理強いはしないけど」
さとりは不満そうな顔をしつつもあっさりと引き下がる。
そして、こいしが元気よく手を振り上げる。
「よし! じゃあ明日は朝四時に博麗神社集合の守矢神社へ初詣!」
それに合わせてこころとフランも腕を振り上げた。
こころが家に帰ると霊夢と魔理沙がこたつに入ってテレビを見ていた。こころが帰ってきた事に気が付いた魔理沙が嬉しそうに立ち上がる。
「おお! 遅かったな、こころ!」
「魔理沙お姉ちゃん! どうしてお屋敷のパーティーに行ったんじゃ!」
「抜け出してきたんだぜ! 君の居ないパーティーなんてつまらない」
「嬉しい! でもパーティーにはフィアンセの咲夜さんが」
「愛しているのはお前だけさ!」
「ええい! うるさい!」
二人のやりとりを聞きかねた霊夢が立ち上がって怒鳴る。すると魔理沙が笑った。
「ふふ、こころは渡さないぜ」
「止めて、二人共! 私の為に争わないで!」
「だから、うるさーい!」
霊夢が再度怒鳴って二人に詰め寄る。
「私は今大事な考え事をしてるんだから!」
「何だよ、考え事って」
「きっと彼氏と上手く行ってないんだよ」
「違うわ!」
霊夢が怒鳴ると、こころがお面をかぶる。
「図星をつかれた人に逆切れされた時の表情」
「彼氏なんかいねぇ!」
魔理沙がとりなす様にこころの肩に手を置いた。
「まあまあ、霊夢だって言いたく無い事の一つや二つあるさ」
こころは荒く息を吐いている霊夢を見て、お面を付け替えた。
「思春期の娘が隠し事をしている事に悩む父親の表情」
「誰が思春期だ! って何で、そんなお面があるのよ!」
「お父さんが作ってくれた」
「あんの糞太子がぁ!」
霊夢の叫びが神社にこだました。
魔理沙が苦笑いしつつ、こたつに入り直して霊夢を見上げる。
「で、結局何を悩んでたんだ? 普通にテレビを見ているだけかと思ってたけど」
「あのね、明日は何の日?」
「何だ? お前の誕生日? 結婚記念日?」
「阿呆! 明日は元旦でしょ!」
「うん。だな。それが?」
「明日から三日間は最高の掻き入れ時なのよ。明日からの三日間で、来年のお財布事情が決まると言っても過言じゃない」
「成程。それで同業である守矢神社をどうにかしたい、と。良いぜ。引き受けた。報酬はスイス銀行に振り込んでくれ」
魔理沙が笑うと、霊夢が溜息を吐いてこたつに入った。こころも促されて一緒に入る。
「早苗のところは別に良いの。向こうは妖怪メインで客層が被ってないから。問題は命蓮寺よ」
「命蓮寺ねぇ。引き受けたと言いたいところだが、あそこは冗談の通じねえおばさんが居るからなぁ」
魔理沙がけけけと笑いながらお茶を飲もうとして、背後の存在を感じ取り手が止まる。気が付くと魔理沙の両の肩に重圧がかかっていた。
「あら、うちの寺の者は諧謔を好みますし、ましておばさん等居ないはずだけど」
魔理沙がゆっくりと振り返ると、笑顔の白蓮が目と鼻の先に居た。ぎあっと悲鳴を上げて魔理沙は慌てて首を横に振った。
「違うんだぜ。何か勘違いしている様だけど、今言ったのは私の実家の隣の家に住んでいて、最近命蓮寺に通う様になった梅ばあさんの事で」
「はいはい、分かっていますよ」
白蓮は頬をふくらませてそっぽを向き、機嫌を取ろうとする魔理沙を無視すると、こたつの傍で立ち尽くしているこころに目を留め笑顔になった。
「こころ!」
「お母さん!」
こころも顔を綻ばせて魔理沙を蹴飛ばして白蓮の傍に駆け寄り、お面をかぶる。
「三千里探しまわったお母さんと出会えた時の表情」
「久しぶりです」
「うん。他のみんなは?」
「寅丸とナズーリンは宝塔探し、村紗は酔っぱらいを引きずり込みに、ぬえは年越しライブ、一輪は下着泥棒の白いもやもやをしばいています」
「みんな忙しい」
「そうですね。こころさんは最近どうですか?」
「友達と良く遊ぶ」
「紅魔館のとこのフランちゃんと地霊殿のこいしちゃんね」
「そう。明日は初詣にも行きます!」
「あら、そうなの。じゃあ、今夜はお赤飯ね」
「なんでよ」とつっこんだ霊夢が、ふと考えてからこころに笑いかけた。
「フランとこいしなら怖がられる事も無いでしょ。じゃあ、あんた達には一番大きなお餅を上げるわよ」
「お餅? どうして?」
こころが困惑した様に表情を歪める。霊夢が笑いながら人差し指を立ててくるくると回した。
「色色イベントを考えてるの。で、その一つにお餅を配ったり」
「お餅? ちょっと地味じゃないか? 私ならやっぱり現金が欲しいぜ」
「阿呆。ただのお餅じゃないわよ。鬼のついたお餅。霊験あらたかそうでしょう?」
「飲んだくれがついたんじゃなければな」
「勿論、こころの舞台も用意しておくわよ。またみんなの前で踊りたいでしょ?」
霊夢がそう言って微笑んだ。
こころは思わず「デートの日にどうしても外せない仕事の予定が入ってしまった時の表情」を被った。こころが博麗神社でお参りする事を、霊夢が信じて疑っていない。当たり前だ。こころは博麗神社に住んでいるのだから。こころもずっとその気だった。元日は友達と博麗神社で初詣、その後は霊夢の手伝いをする。そう考えていた。
「あ、時間は大丈夫よ。初詣って言っても一日中じゃないんでしょ? 友達とのお参りが終わった後で良いから。どうせ、うちなんだし」
ほらやっぱり。
「あ、友達にも見せてあげれば? あんたの舞。やっぱりちゃんとした舞台でやると迫力が違うから。きっとお友達も楽しいと思うわよ」
こころが博麗神社でお参りをすると信じている。
けれど違う。さっき友達と話している中でその予定が変わってしまった。姉である霊夢の神社ではなく、全く他人の守矢神社に行く事になってしまった。
「そういや、人を集めるなら裸踊りとか良いんじゃないか? きっとすげえ数の男共が集まると思うぜ」
こころはちらりと霊夢を見る。悪鬼の様な表情で魔理沙を睨む霊夢。
きっと妹である自分が初詣に来る事を期待していたに違いない。そしてもしも守矢神社にお参りに行くと言えば……悲しむに違いない。だって沢山の人が来てくれるのを願っているのに、妹である自分がいかないなんて。お餅まで用意してくれているのに、それなのに行かないなんて。友達との約束をとって、期待してくれたお姉ちゃんを裏切るなんて。
白蓮のワンインチパンチで外へ吹っ飛ぶ魔理沙には目もくれずに、こころは悩む。
霊夢は守矢神社と客層が違うと言っていたけれど、だからと言って霊夢が守矢神社の事を気にしていないとは思えなかった。友達である早苗が経営し、それなのに盛況さで大きく差のついた守矢神社に、何か忸怩たる思いを抱いているのではないかと思っていた。霊夢の期待を破り、霊夢のライバルである守矢神社に参拝する。きっと霊夢を失望させてしまう。それは酷く背徳的な行為だと感じた。
だからと言って初詣の先を行かないというのだって友達を裏切る行為だ。みんなで妖怪の参拝する神社へ行こうと約束したのに、それを自分だけの都合で破れない。
どうしようと悩んだ末に、こころは霊夢の優しさに甘える事にした。
きっとお姉ちゃんは許してくれる。
こころがちらりと霊夢を見ると、霊夢は優しく微笑んだ。
「魔理沙の言う事なんか気にしなくて良いわよ。こころの好きなのを踊ってくれれば」
その優しそうな笑顔に対して裏切る様な事を言うのが堪らなく辛い。
こころはぎゅっとスカートを握りしめて俯いた。
こころの様子に霊夢が怪訝そうな顔をする。
「もしかして何か霊夢に言いたい事があるんじゃないか?」
振り返ると魔理沙が笑顔のままよろめきながら入ってきた。
こころは「心の中を見透かされて驚いた表情」を被って魔理沙を見つめる。
「だろ、こころ?」
「そうなの?」
霊夢と魔理沙に見つめられて、こころは「隠し事を隠す表情」を被ってまた俯いた。それを見て霊夢が不安げに這いよってくる。
「何? 何でも言って。力になるから」
こころが俯いていると、霊夢が益益不安そうな顔をした。
「もしかして私に言いにくい事?」
こころが「図星を突かれたけれど尚も隠し通そうとする表情」に付け替えてじっと俯き黙っていると、後ろから白蓮に抱きしめられた。
「じゃあ、まずは私に話してみたらどうですか?。きっと何か助言をしてあげられると思うけど。ね、こころ」
多分、自分が何を言ってもみんな許してくれる。そんな気がした。だからこそ益益言いづらくなった。みんなは自分の事を信じて大切にしてくれるのに、自分だけが相手を裏切っている事が辛かった。
でも言わないのもまた周りを不安にさせる。そして裏切っている事は変わりない。
こころは口を引き結んで決意する。
「どうしたの?」
息を吸い、頭を上げる。
「霊夢お姉ちゃん、ごめんなさい」
霊夢がきょとんと不思議そうな顔をする。
「何かしちゃったの?」
「約束を破った」
「約束?」
「友達と約束しちゃったの。初詣は守矢神社に行くって。妖怪の神社だからそっちに行くべきだってこいしが言って。だから」
こころが一瞬言葉を詰まらせる。
「だから、ごめんなさい。明日はうちじゃなくて守矢神社の初詣に行きます」
告白を終えたこころは顔を俯け、ぎゅっと目を瞑った。
言った。
言ってしまった。
きっと残念な顔をしている。
きっと失望させてしまった。
もう顔を上げるのが怖くて、何だか涙が溢れてきそうなのを必死でこらえながら、しんと静まった部屋の中で霊夢の言葉を待つ。顔が火照って熱かった。こたつに入れた足から汗が吹き出てスカートが肌に張り付いている。背後から抱きしめてくる白蓮の体温も暑くて、背中にびっしょりと汗をかいている。何だか周囲の熱が自分を責め立てている様で心臓が重たく沈む様な心地だった。
じっと霊夢の息遣いに耳をすませていると、小さく吹き出す様な音が聞こえた。
「やだ。そんな事気にしなくて良いのに。お友達に誘ってもらったのならそっちに行かなくちゃ」
そう笑って霊夢がこころの手に触れた。
「でもお手伝いが」
「必要ないわよ。三が日はどうせ嫌でも人が集まるわ」
「え?」
「だから三が日もこころの好きな様にして良いから。約束があるなら友達と遊んできなさい」
顔を上げると霊夢の笑顔がある。朗らかな笑みを、こころは霊夢の笑顔に対して無表情で見つめ返す。けれど心の中は千千に乱れていた。心臓が早鐘の様に鳴っていた。しばらくして時計の音が鳴ったので、こころは頷いた。
「分かった。明日は早いからもう寝る」
「はーい、お休みなさい」
三人に見送られて、こころは自室へと戻って布団に入った。明日は三時には起きないと間に合わないなと思って目覚まし時計を設定する。そうして冷たい布団の中で明日の為に目を閉じた。
けれど頭の中はぐちゃぐちゃと散らかっていて、胸は張り裂けそうで、中中上手く眠れなかった。
私は霊夢お姉ちゃんの本当の妹じゃない。
そんな真実が頭の中をぐるぐると回っていた。
「結局お参りするだけで何時間もかかっちゃったね」
フランが疲れた様子で額の汗を拭く。
守矢神社には朝から尋常じゃない程の参拝客が来ていて、寄り道を繰り返したこころ達がようやく辿り着いた頃には大行列が出来ていた。お参りして、振る舞われていたお雑煮を食べたところで、既に正午を過ぎ、それから知り合いと話したり、弾幕勝負をしたりして、おみくじを買った時には既に日が落ちかけていた。
「はーい! おみくじ、本日一割引きになっておりまーす!」
早苗の大きな声は妖怪達のごった返した神社の中でも良く通った。朝からずっとしきりに商売事を口にしている。今日はおみくじや絵馬等がみんな割引で、その上お賽銭に一円以上払うとご加護が三割増しらしい。
「こころは何だった?」
フランがおみくじを覗きこんできたのでフランに見せる。
「末吉かぁ。私はねぇ、中吉だった」
こころが思わず良いなぁと呟くと、フランは笑って手を振る。
「大丈夫だよ。末吉は最終的には一番良くなるってさっき巫女の河童が言ってたよ」
だと良いなぁとこころは思う。今は良くなくてもいずれ良くなれば良いなと。
霊夢お姉ちゃんの本当の妹になれたら良いなぁと思う。
結局霊夢はこころが守矢神社に行くという事を咎めなかった。笑って送り出してくれた。手伝いもしなくて良いと言った。こころにはそれが、あんたなんか必要ないという風に聞こえた。別に居ても居なくても良い。それだけのどうでも良い存在だと言われている気がした。
もしも霊夢お姉ちゃんの本物の妹だったら、少しでも引き止めてくれたのかな。
そんな悲しみが満ちていて、友達と一緒に初詣に来たのに全然面白くない。それどころか気を抜くと泣いてしまいそうだった。
「あれ? またこいしがどっか行っちゃった!」
フランが慌てて周りを探すと、遠くからこいしの声が聞こえてくる。
「こっちこっち! こっちにお守りが売ってるの!」
「だって! 行こう、こころ!」
フランに呼びかけられてもけれどこころはぼーっと境内を見ている。フランが苛立った様子で再度呼びかける。
「ねえ、こころ! 何ぼーっとしてるの!」
「え? あ、ごめん」
「どうした? 今日はずっとぼーっとしてて何だか変だよ?」
「ううん、大丈夫。こいしのところに行こう。呼んでる」
心配そうにしているフランの手を引っ張って、妖怪達を掻き分けお守り売り場へと向かうと、こいしが楽しそうにお守りを物色していた。交通安全のお守りを掲げていたこいしは背後から近付いて来たこころ達に気が付いて嬉しそうに振り返る。
「お守りが一杯あるの! どれが良いかな?」
こころとフランはこいしと並んでお守りを選び出す。
こころはお守りを一通り眺めてどれを買えば良いのか分からず、こいしに尋ねた。
「こいしは何を買うの?」
「うーん、分かんない。全部買おうと思ったんだけど、さっき神様に一人一つだって言われちゃった」
「そうなんだ」
「フランは?」
「私は自分の為に家庭円満とお姉ちゃんの為に家運繁栄と他のみんなの為に無病息災」
「ほうほう。そういう感じか。じゃあ、私は全員分無病息災を買おうかな。地下は暑いから体調崩すのが多いし」
こころは得心してお守りを見る。しばらく考えてから、白蓮と神子には良縁祈願、魔理沙には学業成就、霊夢には家運繁栄で、自分には家庭円満を買おうと考えてそれぞれお守りを摘み上げていって、家庭円満を摘んだところで手が止まった。
それを買っても意味が無い事に気が付いてしまった。
自分には家族と慕う人達は居るけれど、本当の家族なんて居ないのだ。居ないのに買ったって何の意味も無い。
こころの手が止まったのを目ざとく見つけたフランが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの? 買わないの? 家庭円満」
こころは驚いて顔を上げ、フランを見て頷いた。
「うん、だって、私に本当の家族は居ないし」
するとフランがけたけたと笑う。
「あー、大丈夫だよ! 自分が家族だと思ってれば効き目はあるよ。私だって家庭円満の中には咲夜や美鈴やみんなの事を含んでるし」
こいしも同意する。
「そうだよ。みんな家族だと思ってるから大丈夫」
二人の励ましを聞いても、こころは躊躇った。本当にそう思ってくれているのだろうか。霊夢お姉ちゃんは私の事なんて要らないんだから。手伝いを頼んでくれていたけれど、結局必要無いと言って、それどころかお正月の間居なくても良いとまで言っていた。本当の妹だったらきっと引き止めてくれたのに。
自分が本当の妹じゃないから、霊夢お姉ちゃんにとって自分はどうでも良い存在なんだ。
気が付くと涙が目に溜まりだした。
「こころ? 買わないの?」
こころはお守りを取り落として、慌てて涙を拭った。
結局初詣はほとんど楽しめなかった。折角友達と約束して一緒に遊びに行ったのに。こころが友達と別れて博麗神社に戻ると、参拝客は並んではいるものの、守矢神社に比べると閑散としていて、夕暮れ空も相まって随分と寂しく見えた。
「お帰りなさい、こころ」
「あ、霊夢……お姉ちゃん」
「早苗の方はどうだった? 盛況だったでしょ?」
「うん」
「ちくしょうやっぱりか」と霊夢が不敵な笑みを浮かべて指を打ち鳴らす。すぐにいつもの笑顔に戻ってこころに尋ねた。
「どうだった? 楽しかった?」
「……うん」
「おみくじ引いてきた?」
「うん。末吉だった」
「そ、良かったじゃない。これからどんどん良くなるわよ」
「うん。こいしも言ってた」
霊夢が御幣を担いで住居へ向かう。
「神社のお仕事は良いの?」
「朝からずっとだからね。ちょっと休憩」
「人、一杯来た?」
「まあ、いつもと比べたらね。餅つきして配った時は凄い盛り上がりだったわよ。お餅もあっという間に無くなっちゃった」
「食べてみたかった」
こころは自分で呟いた癖に、自分の言った事に自分で嫌悪する。手伝わないと言ったのは誰あろう自分なのに、お餅だけ要求する事が浅ましく思えた。こんなの嫌われて当然だ。こんなのだから妹にしてもらえないんだ。自分を変えるお守りがあれば良いのにと悲しくなる。
落ち込んだこころを見て霊夢が尋ねた。
「そんなに食べたかったの?」
「ううん。ただちょっと食べてみたかっただけ」
居間に戻ったこころがこたつに入ると、霊夢がちょっと待っててと何処かへ消えた。しばらく待っていると、湯気の立ったお皿を持って戻ってきた。
「じゃーん! はい、これ! さっき言った、お餅。冷凍しちゃってたし、つきたてより味は落ちるけど」
「え?」
こころはお餅を見て慌てて「事情が分からない表情」のお面を付けた。それを見て霊夢が微笑む。
「取っておいたのよ」
皿にはお餅が三つ載っていた。
「もしかしてこれ、私とフランとこいしの分?」
こころが尋ねると、霊夢は恥ずかしそうに頬を掻く。
「ま、もしかしたら三人が守矢神社の後に、うちに来るかもと思ってね」
霊夢は「念の為にね」と口ごもりながら、こころにお箸を渡した。お箸を受け取ったこころはじっとお餅を見つめ、その今まで見たどんなお餅よりも美味しそうなお餅を見つめながら想像する。
霊夢が忙しい中自分達を待っていた事を。あっという間に配られる程人気だったのに、自分と友達の分を取り分けてくれていた事を。来ないと分かると、それを冷凍庫で保存していてくれた事を。夕方になってようやく戻ってきた自分をすぐに迎えてくれた事を。朝からずっとずっと自分を待っていてくれた事を。
それを想像すると涙が溢れてきた。
「お姉ちゃん、ごめんなさい」
「え? 何? 何? どうしたの?」
「ごめんなさい、お手伝いしなくて。お正月なのに、お姉ちゃん忙しいのに、友達と遊んじゃって」
霊夢は呆気に取られてこころを見つめる。
「ごめんなさい。でもお願いです。お願いだから、嫌わないで。お姉ちゃんの妹で居たいんです。だから他人にしないでください」
お餅の上に涙を流しながら謝罪するこころを見て、霊夢は相好を崩し、けれどすぐさま眉根を寄せて、こころの頭に強く掌を置いた。
「分かった! あんた友達と遊ぶ為に神社の仕事しないから私に嫌われたと思ったんでしょ!」
こころは頷いて、また涙を流した。その顔を無理矢理上げさせて、霊夢はこころを睨む。
「馬鹿! そんな事で嫌う訳無いでしょ!」
怒られて身を竦ませたこころに向かって霊夢が問う。
「そもそもそんなきつい事を言った覚えは無いけど?」
「でも、もうお正月は手伝いしなくて良いって」
「ん?」
「引き止めなくて。私が本当の妹ならきっと手伝えって怒って」
その瞬間、霊夢の全身から力が抜けて項垂れた。突然の変わり様に、こころが不安になって身を引くと、霊夢はその両肩をがっしりと掴んで、思いっきりこころへ顔を寄せて大口を開けた。
「ばああああか!」
「う」
「そんな、そんな事で」
そこで霊夢は言葉につまる。霊夢の表情を見たこころはぎょっとして口を閉じられなくなった。
あろう事か霊夢が涙を流していた。霊夢の涙を初めてみたこころはびっくりして「天変地異が起こった時の表情」をつけ、おずおずと尋ねた。
「何で、泣いてるの?」
すると霊夢が涙を拭って、こころを睨む。
「悔しいからよ! 妹だと思って暮らしてきて、あんたも慕ってくれて、本当の家族みたいにって、でもたったそれだけの事で疑われて」
霊夢の言葉を聞いたこころは、自分があまりにも酷い事を考え、そして思い悩んでいた事に気が付いた。霊夢はずっと妹だと思ってくれていたのだ。それなのに些細な事で疑って、妹だと思われていないと勘違いして、最後には妹だと思ってくれてないと責めてしまった。
喉の奥から悲しみが込み上げてくる。
私は、私自身の所為でお姉ちゃんの妹じゃなくなってたんだ。
「ごめんなさい」
「謝らなくて良い! 悪いのは全部私。私の修行が足りなかっただけ」
「ごめんなさい」
「だから謝らなくて良いって! 私がもっとちゃんと、上手く姉になれてれば、あんたを不安にさせなかった!」
「ごめんなさい!」
涙を流して謝るこころを、霊夢はしっかりと見据えて、手を握った。
「約束する。私があなたを捨てるなんて事は無い。ずっとあなたの姉で居るって」
「私、約束を破って」
「関係無い。神社の仕事は巫女である私の仕事であってあんたの仕事じゃないから。別にあんたは神社の子供じゃなくて、私の妹でしょ? だから関係ないの。好きにして良いの。私はね、ううん、私だけじゃなくて、あんたが家族と慕うみんながあなたの幸せを願ってる。好きに生きてくれればそれで良いの」
霊夢が袖でこころの涙を拭う。
「ただ一つ、不安には思わないで。私達は家族なんだから。それを不安に思わないで」
はっきりとした視界で見た霊夢は微笑んでいて、優しげだった。疑っていた自分が恥ずかしくなった。霊夢は思ってくれているのに、自分は何も与えていない。その時、ふと神社で買ったお守りを思い出す。
「霊夢お姉ちゃん」
「何?」
「お守り」
こころが懐から家運繁栄と書かれたお守りを出した。それを受け取った霊夢はまじまじとそれを見つめてから、こころを抱きしめる。
「ありがとう」
「お姉ちゃん」
「明日はもっと盛大に催し物をしてお客さんを沢山呼ぶから。明日もまた餅つきをするから。もし良かったらお友達も呼んで」
「うん」
こころも霊夢を抱きしめて、更に強く抱きしめられて、温かで幸せな気分に浸る。
ありがとう、霊夢お姉ちゃん。
「こころは何のお守りを買ったの?」
霊夢から離れて、家庭円満と書かれたお守りを取り出した。それを霊夢に見せながら、もしかしたらこのお守りのお陰だったのかなと考える。
ところが霊夢は笑って言った。
「明日はもっと別の、そうねぇ、学業成就のお守りをあげるわ」
「え? でもお守りは一つって」
「だってそれは必要ないじゃない。初めから私達家族は仲が良いんだから」
こころは恥ずかしげに顔を赤らめてお守りに目を落とした。
早速間違ってしまった。お守りのお陰じゃない。最初からお姉ちゃんは私を妹だと思っていてくれたんだから。だからお守りなんか最初から要らなかったんだ。
霊夢が「ね?」と確認してくるので、こころは嬉しそうに頷いて返す。
その時、外から声が聞こえた。
「あ、何だ貴様」
聞き覚えるのある声に、こころが呟く。
「お父さん?」
外からは更に別の声が聞こえてくる。
「そちらこそ」
「お母さん」
今度は白蓮の声だった。遠くからの声で、いまいちはっきりと聞こえず、断片的な言葉しか届いてこない。
「知らんのか。お年玉というのだ。布都が教えてくれたんだ」
「浅ましい」
「今日こそどちらが面霊気を思っているか」
段段と声音が大きく剣呑になっていったかと思うと、何だか金属を擦り合わせたり、木を割ったりする様な音が聞こえてくる。
その時、笑顔で霊夢が立ち上がり、「ちょっと待っててね」と言い残して外へと出て行った。
しばらくして外から凄まじい音と共に人人の歓声と地鳴りが起こる。
それからまたしばらく経って笑顔の霊夢と、妙に怪我をしている神子と白蓮がやって来た。何故か神子はサッカーボールを持っている。
「あけましておめでとう、面霊気」
「こころさん、おめでとうございます」
そう言って二人はにこにこと笑いながらこたつに入り、霊夢の「お茶で良いよな?」という言葉に「はい、結構です」と揃って答えた。
「二人共怪我してるけど、大丈夫?」
「ああ、勿論。狸と後、天災に襲われただけだから」
「鼠に噛み付かれて嵐に殴られただけよ」
「全然大丈夫そうにみえない」
こころが「殺人事件を推理する時の表情」をかぶると神子が嬉しそうに声をあげた。
「おお、私の新作を早速つけてくれているのか」
「うん、私のバリエーションが凄く増えて嬉しい」
「そうだろうそうだろう。私とお前は離れていても、面という形でつながっているからな」
神子が勝ち誇った様子で白蓮を一瞥してから、こころへとサッカーボールを渡す。
「今日はこれを持ってきた。知っているか? お年玉というのだ」
そう言って手渡されたこころは困惑した表情で神子を見つめ返す。
「これお年玉じゃない」
「え?」
「お年玉はお金だってフランが言ってた」
「そうなのか?」
神子は慌てて自分の財布を出し、それから中を覗いて一枚だけ残っていた紙幣を差し出した。
「年末年始の出費で少なくなってしまったな。あー、ほれ、一円」
「ありがとう」
こころがお礼を言って受け取る傍で、白蓮が立ち上がり高らかに笑う。
「一円? たった? ああ、いえいえ、別に馬鹿にしている訳では。お弟子さんを取っておられる様ですが、お月謝は安いみたいですし、信者様の心根一つで天井知らずにお金が手に入る私達とは違いますもの。いえ、勿論清廉な聖徳太子様を羨ましく思いますが」
そうしてあっさりと財布から分厚い札束を出してこころへ渡す。
「はい、こころさん。少ないですが」
「金で釣る気か。汚いぞ、聖」
「はて? 物で釣っているお方が何か? それにあくまでこれは私の思いの大きさ。最後に大事なのは経済力で」
神子と白蓮が覗いている霊夢に気が付いて、慌てた様子で笑いあった。
「いえ、大事なのはやはり心ですわ」
「ああ、その点私達は二人共面霊気の事を愛しているからな」
「こころ、やっぱりそのお守り持ってた方が良いわ」
霊夢が笑顔のまま近寄ってくる。
「っていうか、渡し過ぎ。教育に悪いから五十銭にしろ」
そう言って、お茶を四つ出し、こころからお金を取り上げて二人に突き返す。結局二人から五十銭ずつもらったこころはお茶を啜りながら、笑顔の三人を眺める。
「ねえ、霊夢お姉ちゃん」
「何?」
「明日、神社のお手伝いをしても良い?」
「お友達は呼ばないの?」
「その後」
「勿論! 手伝ってもらう事は一杯あるわよ。ああ、でもその前に能楽の舞台を。ね、踊りたいでしょう?」
「うん!」
すると神子と白蓮が一斉に「自分にセッティングさせろ」と喚きだしたが、霊夢が笑顔で拳を作ると、二人はまた笑顔を作って三人で笑いあった。
お姉ちゃんのお手伝いが出来る。それが嬉しくて仕方が無い。目の前のお餅が更に美味しそうに見えた。にこにこと笑いあう三人を眺めつつ、自分は温かく仲の良い家族に囲まれて幸せだと思いながら、お餅を噛み締めた。すぐに甘みが広がって今まで食べた事が無い位美味しかった。こころは明日を思って更に幸せな気分になる。
つきたてのお餅はもっと美味しいらしい。
それを明日食べられる。
みんなで食べるつきたてのお餅はどれだけ美味しいんだろう。
Real friend of the underdogs ~残酷潜在仮面即興劇~
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特に宗教家三人は親馬鹿だ。
所々でキャラの表記が違っていますけど...
こころちゃんを中心にしたファミリーや、面が豊かな面霊気とか素敵じゃないですかっ!
誤字?/こいしちゃんなら居てもおかしくないけど
>こいしが「図星を突かれたけれど尚も隠し通そうとする表情」に付け替えてじっと俯き黙っていると