僕はあと数刻で殺害されるだろう。故に、二度と誰も僕と同じ過ちを犯さないようにこの事実をここに記す。
博麗霊夢はヤンデレだ。
霊夢の歪んだ愛情の対象は……
『お茶』だ。
全ての生物に対して中立でなければならない立場にいる彼女であるが、財政的に苦しい状況にあるときに無償でお茶を提供してくれる生産者の方々は霊夢にとって本来崇めるべき神よりも遥かに神聖視されている。もう年配の老夫婦であるが、長い間お茶を作り続けており、その想いの籠った温かいお茶を霊夢は重宝している。崇拝していると言っても過言ではない。
だから、ご親切な老夫婦、彼らの茶畑、そして、そこで働く人々に危害を加えた場合、この世の地獄を見ることになる。地獄という表現は優しすぎる。
僕と同じ過ちを二度と誰も繰り返さないでほしい。例え事故であってもあの茶畑を傷つけることは許されない。どれほど泣いて許しを乞うたとしても許されることは無い。その可能性は皆無だ。ここで断言しよう。絶対に助かる術は無い。それほど、恐ろしい光景を僕は目撃してしまった。
「ねえ、霊夢。あなたがこの世界で一番愛しているヒトは誰? 」
ある吸血鬼が彼女に聞いた時に霊夢は逡巡した後こう答えた。
「愛しているねェ。ちょっと意味が違うけど、一番好きな人はお茶を作ってくれているお爺さんとお婆さんかしら」
「そう、ならその二人を消せば霊夢は私のモノに! 」
「死になさい」
吸血鬼が再生できなるほど肉体を破壊された。命を奪われることはなかったが、老夫婦に一切の危害を加えないことを悪魔の契約で吸血鬼が誓わされた。しばらく、シーツをかぶって自室に閉じこもってしまい。メイド長に添い寝をしてもらっていたと聞いている。再生能力にもっとも長ける種族を素手で危機に追いやったのだ。それがどれほど異常なことか想像するのは難しくない。
「ねえ、最近害虫が大事なお茶の葉を食べてしまって大変みたいなの。消してくれない?」
「でも、虫だって食べないと死んじゃうし」
「そうね。でもね、私のお茶に手を出す理由にはならないわよね? 」
その後性別不明の虫の王が泣きながら茶畑で虫を撤収させたらしい。その時の霊夢のあまりの威圧感と体感した恐怖によりフラワーマスターが可愛らしく思えるようになったと本人は証言している。
「ねえ、文。あなたが凄い速度で飛んだから、お茶畑の一部が荒れて、優しいおじいさんがぎっくり腰になったのよ」
「それは失礼しました。でも、別に記事にできるほどの事件ではないですね」
「ねえ、文。あなたはもう少し汗水たらして私たちのために美味しいお茶を作ってくださっている方々の尊さを学ぶべきだと思うの」
その後、彼女はまるでお茶の葉を摘むように丁寧に自慢の羽を毟られた。終始優しい声でゆっくり語りながらブチブチと羽を引き抜かれたと僕の店に逃げ込んできた彼女は泣きながら事情を説明していた。
「いーち、にー、さーん、しー、ごー」
歌うように声を出しながら毟った羽を数えていたらしい。満面の笑みを浮かべて。
「もうお嫁にいけない」
僕の妹分である少女は弾幕で茶畑の一角を焼いてしまったことがあった。命の危険を感じた彼女は愛用の箒で3日逃亡し続けた。そして、捕まった。この後、彼女に何があったのか本人の名誉のために伏せさせてもらうが、僕と知人の人形遣いが一月ほど彼女の傍を離れることはなかった。それだけ精神的に疲弊していた。
「アリス頼むから傍にいてくれ! 」
「もちろん」
この二人は前日婚約したと僕の元に報告にきた。死ぬ前に大切な妹分が一人で亡くなったことは素直に喜ぶべきことなのだろうが、霊夢によってもたらされた恐怖がつり橋効果となってしまったことが少し残念だ。強い妖怪に平然と立ち向かう彼女の心を折るほど霊夢のお茶に対する執念は強い。
この文章を読んだ者はできるかぎり多くの人々に伝えて欲しい。あの茶畑に触れてはいけないと。
文章では十分に表現しきれないが体験者たちの表情は皆、恐怖と涙と鼻水で彩られていた。
命はあったが彼らが二度と元の生活を手にすることは無かった。
きっとそれは僕でも例外ではないのだろう。
僕がいつまで僕でいられるのかわからない。この文章を全てが終わった後に読み直し、大げさな解釈だったと笑えることを心から祈る。
最後に一つの店を営む立場としてツケでも取り立ててみようかと思う。
なかなか笑える最後になるかもしれない。
ふぅっと溜息を吐き、僕は警告文と数名に宛てた遺書を机の引出しの奥にしまい込んだ。
ギィ、ギィ、ギィ、ギィ、ギィ、ギィ、ギィ、ギィ
ドアがゆっくりと開かれた。いつもの勢い任せの開け方ではなく中の様子を窺うような慎重な開け方だ。閉まる音はしなかった。らしくないなと僕は自然と微笑んでいた。
ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ
ズッッゥーーーッ
襖が開くのを確認した僕は目を閉じた。死への恐怖から自分の掌が汗ばみ、膝が震え、喉がカラカラに渇いている。対象を目撃してしまえばきっと耐えられないから目を必死で閉じた。
「霖之助さん」
「やあ、霊夢」
「どうして目を閉じているの? 」
「ちょっと目が疲れていてね」
ふわりと温かい人肌が僕の首筋に触れた。女性特有のどこか甘く、鋭い香りがした。化粧の類は無いらしく、香水の匂いはしなかった。
「あのね、霖之助さん。私の大事なお茶畑が土砂で少し埋もれてしまったの」
らしくないとてもゆっくりで優しい声。猫を連想させる。
「幸い怪我人は出なかったね」
「そうね。でも、おじいさんとおばあさんが頑張って作ってくれたお茶が駄目になった」
「全額弁償させてもらったよ。あの道具は破棄した」
外の世界から迷い込んできたある道具を試した際に土砂崩れが起こってしまい霊夢の大事な茶畑に被害が及んでしまった。僕の人生最大の失敗であり、多くの人に迷惑をかけてしまった。ただ、僕の能力ではそれほど危険な物だと識別できなかったし、明らかに不確定要素が多過ぎた。言い訳をしても今更なにも変わらないが。
「聞いたわ。でも、私の気持ちが収まらないの」
僕の首掛る力が強くなり、サラサラとした黒髪が僕の頬を擽る。ああ、このまま死ぬのは穏やかでいいかもしれない。
「君のツケを帳消しにするから許してくれないかい? 」
「ダメ」
耳たぶを噛まれた。血が滲みそれを霊夢がコクコクと嚥下した。
「霖之助さんにはいつもお世話になってるから、許してあげたいの」
「それは助かるね」
一筋の希望が偽りでないことを祈り、僕はそれにすがった。
「欲しいものがあるの」
「そうかい。店内の品なら非売品でも今日は特別に考慮しよう」
「本当? 」
「ああ、本当だ」
グサッと僕の親指に針が刺された。血がポタポタと机の表面を濡らすが深くは無い。痛いことに変わりは無いが。激痛に耐えていると書類が目の前に差し出された。
「ここに血印と署名して」
黙って従った。無駄な抵抗は意味がないと僕は誰よりも理解していた。
ピチャッ
唇が触れた。
霊夢の唇が僕の唇に触れた。
生暖かい。
微温湯のような感触。
「霖之助さんを貰ったわ! これで正式に夫婦よ! 」
僕の思考回路が完全に停止した。
「計・画・通・り! 兄妹フラグをへし折って、毎日訪れる邪魔な文を蹴散らして! 紫は冬眠中! 私ルート確定! 今日から私は森近霊夢よ! 」
眼鏡を拭いてからもう一度先ほどの書類を確認すると「婚約届」と記載されていた。それも里の役場に提出する正式な書類。…まさか、これまでの行為は全て演技だったというのか?
「やっぱり、霖之助さんと一緒に飲むお茶が一番ね」
花の咲いたような笑みを浮かべて霊夢は微笑んだ。いつの間にかその手には湯飲みが握られている。脱力した。嫌な汗が全身から噴き出た。まだ、生きている。
僕はまだ生きているから、どうでもいい。
ただ、安堵と僕の背にもたれてお茶を啜る霊夢の温もりを感じた。強制的に結婚させられたことは後で対処しよう。今はただ、自分の無事を喜ぶとしよう。
「霖之助さん。無駄だから。この契約は絶対だから」
婚姻届には複雑な呪文がビッシリと書かれていた。契約の破棄は死を意味する。黒曜石みたいな瞳が僕を覗きこんでくる。どこまでも穏やかで、幸せそうな笑みを浮かべた霊夢が僕を見ている。
「これから夫婦一緒に静かにお茶を飲みましょ」
シアワセ ニ シテアゲルカラ
博麗霊夢はヤンデレだ。
霊夢の歪んだ愛情の対象は……
『お茶』だ。
全ての生物に対して中立でなければならない立場にいる彼女であるが、財政的に苦しい状況にあるときに無償でお茶を提供してくれる生産者の方々は霊夢にとって本来崇めるべき神よりも遥かに神聖視されている。もう年配の老夫婦であるが、長い間お茶を作り続けており、その想いの籠った温かいお茶を霊夢は重宝している。崇拝していると言っても過言ではない。
だから、ご親切な老夫婦、彼らの茶畑、そして、そこで働く人々に危害を加えた場合、この世の地獄を見ることになる。地獄という表現は優しすぎる。
僕と同じ過ちを二度と誰も繰り返さないでほしい。例え事故であってもあの茶畑を傷つけることは許されない。どれほど泣いて許しを乞うたとしても許されることは無い。その可能性は皆無だ。ここで断言しよう。絶対に助かる術は無い。それほど、恐ろしい光景を僕は目撃してしまった。
「ねえ、霊夢。あなたがこの世界で一番愛しているヒトは誰? 」
ある吸血鬼が彼女に聞いた時に霊夢は逡巡した後こう答えた。
「愛しているねェ。ちょっと意味が違うけど、一番好きな人はお茶を作ってくれているお爺さんとお婆さんかしら」
「そう、ならその二人を消せば霊夢は私のモノに! 」
「死になさい」
吸血鬼が再生できなるほど肉体を破壊された。命を奪われることはなかったが、老夫婦に一切の危害を加えないことを悪魔の契約で吸血鬼が誓わされた。しばらく、シーツをかぶって自室に閉じこもってしまい。メイド長に添い寝をしてもらっていたと聞いている。再生能力にもっとも長ける種族を素手で危機に追いやったのだ。それがどれほど異常なことか想像するのは難しくない。
「ねえ、最近害虫が大事なお茶の葉を食べてしまって大変みたいなの。消してくれない?」
「でも、虫だって食べないと死んじゃうし」
「そうね。でもね、私のお茶に手を出す理由にはならないわよね? 」
その後性別不明の虫の王が泣きながら茶畑で虫を撤収させたらしい。その時の霊夢のあまりの威圧感と体感した恐怖によりフラワーマスターが可愛らしく思えるようになったと本人は証言している。
「ねえ、文。あなたが凄い速度で飛んだから、お茶畑の一部が荒れて、優しいおじいさんがぎっくり腰になったのよ」
「それは失礼しました。でも、別に記事にできるほどの事件ではないですね」
「ねえ、文。あなたはもう少し汗水たらして私たちのために美味しいお茶を作ってくださっている方々の尊さを学ぶべきだと思うの」
その後、彼女はまるでお茶の葉を摘むように丁寧に自慢の羽を毟られた。終始優しい声でゆっくり語りながらブチブチと羽を引き抜かれたと僕の店に逃げ込んできた彼女は泣きながら事情を説明していた。
「いーち、にー、さーん、しー、ごー」
歌うように声を出しながら毟った羽を数えていたらしい。満面の笑みを浮かべて。
「もうお嫁にいけない」
僕の妹分である少女は弾幕で茶畑の一角を焼いてしまったことがあった。命の危険を感じた彼女は愛用の箒で3日逃亡し続けた。そして、捕まった。この後、彼女に何があったのか本人の名誉のために伏せさせてもらうが、僕と知人の人形遣いが一月ほど彼女の傍を離れることはなかった。それだけ精神的に疲弊していた。
「アリス頼むから傍にいてくれ! 」
「もちろん」
この二人は前日婚約したと僕の元に報告にきた。死ぬ前に大切な妹分が一人で亡くなったことは素直に喜ぶべきことなのだろうが、霊夢によってもたらされた恐怖がつり橋効果となってしまったことが少し残念だ。強い妖怪に平然と立ち向かう彼女の心を折るほど霊夢のお茶に対する執念は強い。
この文章を読んだ者はできるかぎり多くの人々に伝えて欲しい。あの茶畑に触れてはいけないと。
文章では十分に表現しきれないが体験者たちの表情は皆、恐怖と涙と鼻水で彩られていた。
命はあったが彼らが二度と元の生活を手にすることは無かった。
きっとそれは僕でも例外ではないのだろう。
僕がいつまで僕でいられるのかわからない。この文章を全てが終わった後に読み直し、大げさな解釈だったと笑えることを心から祈る。
最後に一つの店を営む立場としてツケでも取り立ててみようかと思う。
なかなか笑える最後になるかもしれない。
ふぅっと溜息を吐き、僕は警告文と数名に宛てた遺書を机の引出しの奥にしまい込んだ。
ギィ、ギィ、ギィ、ギィ、ギィ、ギィ、ギィ、ギィ
ドアがゆっくりと開かれた。いつもの勢い任せの開け方ではなく中の様子を窺うような慎重な開け方だ。閉まる音はしなかった。らしくないなと僕は自然と微笑んでいた。
ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ
ズッッゥーーーッ
襖が開くのを確認した僕は目を閉じた。死への恐怖から自分の掌が汗ばみ、膝が震え、喉がカラカラに渇いている。対象を目撃してしまえばきっと耐えられないから目を必死で閉じた。
「霖之助さん」
「やあ、霊夢」
「どうして目を閉じているの? 」
「ちょっと目が疲れていてね」
ふわりと温かい人肌が僕の首筋に触れた。女性特有のどこか甘く、鋭い香りがした。化粧の類は無いらしく、香水の匂いはしなかった。
「あのね、霖之助さん。私の大事なお茶畑が土砂で少し埋もれてしまったの」
らしくないとてもゆっくりで優しい声。猫を連想させる。
「幸い怪我人は出なかったね」
「そうね。でも、おじいさんとおばあさんが頑張って作ってくれたお茶が駄目になった」
「全額弁償させてもらったよ。あの道具は破棄した」
外の世界から迷い込んできたある道具を試した際に土砂崩れが起こってしまい霊夢の大事な茶畑に被害が及んでしまった。僕の人生最大の失敗であり、多くの人に迷惑をかけてしまった。ただ、僕の能力ではそれほど危険な物だと識別できなかったし、明らかに不確定要素が多過ぎた。言い訳をしても今更なにも変わらないが。
「聞いたわ。でも、私の気持ちが収まらないの」
僕の首掛る力が強くなり、サラサラとした黒髪が僕の頬を擽る。ああ、このまま死ぬのは穏やかでいいかもしれない。
「君のツケを帳消しにするから許してくれないかい? 」
「ダメ」
耳たぶを噛まれた。血が滲みそれを霊夢がコクコクと嚥下した。
「霖之助さんにはいつもお世話になってるから、許してあげたいの」
「それは助かるね」
一筋の希望が偽りでないことを祈り、僕はそれにすがった。
「欲しいものがあるの」
「そうかい。店内の品なら非売品でも今日は特別に考慮しよう」
「本当? 」
「ああ、本当だ」
グサッと僕の親指に針が刺された。血がポタポタと机の表面を濡らすが深くは無い。痛いことに変わりは無いが。激痛に耐えていると書類が目の前に差し出された。
「ここに血印と署名して」
黙って従った。無駄な抵抗は意味がないと僕は誰よりも理解していた。
ピチャッ
唇が触れた。
霊夢の唇が僕の唇に触れた。
生暖かい。
微温湯のような感触。
「霖之助さんを貰ったわ! これで正式に夫婦よ! 」
僕の思考回路が完全に停止した。
「計・画・通・り! 兄妹フラグをへし折って、毎日訪れる邪魔な文を蹴散らして! 紫は冬眠中! 私ルート確定! 今日から私は森近霊夢よ! 」
眼鏡を拭いてからもう一度先ほどの書類を確認すると「婚約届」と記載されていた。それも里の役場に提出する正式な書類。…まさか、これまでの行為は全て演技だったというのか?
「やっぱり、霖之助さんと一緒に飲むお茶が一番ね」
花の咲いたような笑みを浮かべて霊夢は微笑んだ。いつの間にかその手には湯飲みが握られている。脱力した。嫌な汗が全身から噴き出た。まだ、生きている。
僕はまだ生きているから、どうでもいい。
ただ、安堵と僕の背にもたれてお茶を啜る霊夢の温もりを感じた。強制的に結婚させられたことは後で対処しよう。今はただ、自分の無事を喜ぶとしよう。
「霖之助さん。無駄だから。この契約は絶対だから」
婚姻届には複雑な呪文がビッシリと書かれていた。契約の破棄は死を意味する。黒曜石みたいな瞳が僕を覗きこんでくる。どこまでも穏やかで、幸せそうな笑みを浮かべた霊夢が僕を見ている。
「これから夫婦一緒に静かにお茶を飲みましょ」
シアワセ ニ シテアゲルカラ
それとも霖之助がああいう事故を起こすと勘が働いてそれまでの流れを作ったのか・・・・・・
なんにせよすごすぎる
仕方が無いから文ちゃんを優しく慰めて俺がお嫁に貰ってあげるよ!
怖かったー……
>一人で亡くなったことは
誤字……ですよね?
>>死ぬ前に大切な妹分が一人で亡くなったことは
文脈的にちょっと怖い誤字だw
霊夢が男前だ……
二人とも…お幸せに!!
うん。これは誰が何と言おうと自分的にはHappy Endだ
おもしろかったです。
>>19と同じ個所に目がいった
…誤字であることを祈る.....
ほっとしたような残念なような、まあ霊夢は自由ですね
霖之助が茶畑に被害を与える行動をしないといつまでも
霊夢は待つハメになるし。
まあ話の整合性よりカップリングを重視する人が多いから
点数は取れるだろうけど。
どれにせよ恐ろしいな