小悪魔という名前が示すように私は低級の悪魔で、この館の主である吸血鬼との『格』は天と地ほども違う。
いつかは私も大悪魔とか魔王とかになりたいなぁ。ミーハーと笑われるかもしれないけれど、悪魔王サタン様とか憧れる。蛇っぽさがたまらなくセクシー。逆にベルゼバブ様なんかはご立派だけど憧れない、蝿って不潔な印象。
そういう意味で吸血鬼は吸血コウモリのイメージなのだろうけれど、今年の夏、お嬢様が蚊取り線香で苦しんでるのを見て蚊のイメージで固定されてしまった。それを言うとグングニルされそうなので黙っている。
私もコウモリの羽を持つ悪魔。吸血ではないコウモリのイメージ。ううむ、吸血要素のあるなしでここまでの格差が生まれるとは。少しでもパワーアップするためになんらかのイベントをこなしたい。そのとっておきのイベントが目前に迫っている。
12月25日。悪魔の大敵、メシアの聖誕祭。
西洋のお祭りであるため幻想郷ではあまり馴染みが無いけれど、聖誕祭を祝う所では祝っている。
当然、悪魔の館が聖誕祭なんて祝うはずがない。
だがしかし! サタンクロス様だけは別である。
よりによって聖誕祭に降臨する悪魔のカリスマ、悪魔王サタンの化身、サタンクロス……。
魔女狩りが大流行した外界は、風の噂によると今では悪魔信仰が一般に普及し、しかも聖誕祭と同時にお祝いをしているらしい。
救世主の聖誕祭。
悪魔王の降臨祭。
それが同時に行われている――私達が外界にいた頃には決して考えられない。
しかも聖職者と悪魔崇拝者が互いを敵視して、相手の祭事を叩きつぶそうと争っているのならともかく……互いを尊重して一緒にお祝いしているというのだから、いやはや、外界変わりすぎ。人類の宗教観を揺るがす大事件でもあったのかしら?
けれどあるいは、それほど不思議ではないのかもしれない。
外界では悪魔や妖怪の存在が信じられなくなり、私達は幻想郷へと移住した。同様に神々さえも存在を信じられなくなって、幻想郷に移住して来る始末。今や神の敵は悪魔ではなく、そのどちらも信じない無神論者なのかもしれない。無神論者に対抗すべく、神を信仰するために悪魔の存在を信じている聖職者と、悪魔を信仰するために神の存在を信じている悪魔崇拝者が、やむを得ず手を組んだとて仕方がない。
人間と妖怪が折り合いをつけて共存する幻想郷のように、聖職者と悪魔崇拝者が折り合いをつけたのかもという想像はそれほど突飛ではないはず。
しかし恐らく……それは表面的なものにすぎないと私は信じている。
悪魔はいつだって、愛しき隣人に笑顔で歩み寄るのだから。
その証拠に、サタンクロスは悪魔的行為を狡猾にやり遂げている。
それがクリスマスのサタンクロス伝説。
イブの夜、サタンクロスは人間の家に煙突から侵入し、健やかに眠る子供達の枕元に立つのだ。
そして……悪魔崇拝者に教えられた通り子供達は枕元に靴下を下げておく……。
そして……朝……目が覚めると……その靴下には……靴下には……。
サタンクロス様からの……プレゼントが入っている……!!
悪魔とは通常、契約を交わし代償を得るものである。
だのにサタンクロス様は契約も代償も無しに、子供達にプレゼントを配って回る。
無償の愛にも等しいプレゼントが、実は隠れ蓑であると人間達は気づいていないのだろう。タダほど高い物は無いと言う使い古された教訓を未だ学んでいない。人間とはそういう生き物。
プレゼントを受け取った子供達は喜ぶだろう。その姿を見て家族も喜ぶだろう。
結果、家族そろって悪魔崇拝に走る――。
同時に、聖なる神も信仰しているでしょう。
けれど、それでいいのです。
神のみを信仰し、悪魔を拒絶されるよりは。
宗教戦争に勝利するにはまず、信徒の数が上回っていなければならない。
今はまだ、追い越さなくていい。
今はまだ、追いつくだけでいい。
正義は時に厳しく、人間に試練を与える。
しかし悪魔の誘惑は違う。ただ甘く、ひたすらに甘く、厳しくもなければ試練も与えない。
いつか人類は悪魔崇拝に迎合する。
ツケを支払わせるのはその後でいいし、ツケの存在はその時に明かせばいい。
ククク……さすが悪魔王サタン様! なんと狡猾でいらっしゃるのか!
遠い未来、世界は悪魔の手に落ちる――と思う。
とまあ盛り上がってみましたけれど、そうたやすくサタンクロス大勝利とはいかないでしょう。地道にコツコツがんばるしかない。そしてそのための道しるべをサタン様は記してくださっている。
それがサタンクロス――聖誕祭に降臨するサタンの化身――無垢な子供へのプレゼントという悪魔の誘惑――。
さすがの悪魔王も、現世に降臨して世界中の子供にプレゼントを配るなんて無茶な話。だから、親が子にプレゼントを贈るという儀式を完成させた。
親は子に語るのだ。
ほうら、お前がサタン様を信仰してくれたから、サタンクロスがプレゼントを持ってきてくれたんだよ。
結果、サタン様は労せず無垢な子供からの羨望と信仰を得る!
しかも子供が大きくなり、プレゼントをくれたサタンクロスの正体が己の両親だと知った時の落胆は、成人し結婚し子を授かった後、親の愛情としてサタンクロスと化し率先してプレゼントを渡すだろう。
そう、サタンクロスを模倣する事で全人類がサタンクロスとなるのだ。
恐ろしい……実に悪魔的な計画。そこにシビれる、憧れるゥ!
という訳で。
私もサタンクロス伝説にならい、今年の聖誕祭はサタンクロス様に扮装してお嬢様と妹様にプレゼントを贈ろうと思います。私の仕業とバレてもバレなくても、お嬢様方はお喜びになられるし、サタンクロス伝説の名も高まるというもの。
そのために前夜祭の今日、私は紅魔館の屋根に登っていた。
真っ赤な毛皮のトナカイは用意できなかったけれど、私は真っ赤な衣装に身を包んでいた。サタンクロス伝説によれば、サタン様はサタンクロスとして降臨する際、血の色の聖衣(これをクロスと呼ぶ)を着た老人に化けるのだという。ふふふ、血の赤を好ましい色として子供達に刷り込ませる見事な手腕だと感心致します。しかもお嬢様方は吸血鬼! 血の色は大好きで、館だって真っ赤な紅魔館!
悪魔なのに聖衣っておかしくないかって? いえいえ、そこはほら、降臨祭だけじゃなくちゃーんと聖誕祭も配慮してますよという建前ですよ。サタン様は本当に頭のよいお方……。
という訳で。
真っ赤な聖衣を装着したこの私、サタンクロス小悪魔が! 12月24日の夜、前夜祭を悪魔的手法で祝ってやる!!
煙突にINッ! この日のために煙突掃除をしてピッカピカにしておいたから、ススで汚れる心配は……ゴホゴホッ、黒煙が!? だ、誰が暖炉に火を! パチュリー様は魔法のおかげで暖炉要らずだし、子供はもう寝る時間だからお嬢様方は……ああー!? しまったお嬢様方は吸血鬼、夜行性! どどど、どーしよう! 仮にこの暖炉を突破しても、お嬢様方が起きていたらサタンクロスの使命を果たせない! サタンクロスに扮している際は正体を知られちゃならない掟。もし破ってしまったら、サタン様の呪いでトナカイにされてしまう。
……ハッ!? サタンクロスのトナカイの毛皮が真っ赤なのは、真っ赤な聖衣を着た状態で呪いを受けてトナカイにされたから……? この推測は恐らく間違ってはいまい。くぅっ、この土壇場で気づきたくなかった。恐怖で震えながら、私は大慌てで煙突から這い出します。
こうなったら作戦変更。近年は暖炉の無い家も多々あり、その場合、サタンクロスは窓から侵入するという。いやいや、そもそも親御さんは子供と一緒に暮らしてるから、子供部屋に正面から侵入すればいい訳で、私もそうすればいい訳で……。
小悪魔のニュープラン!
お嬢様方は夜型なので、現在暖炉前ですごしていると推測される。
故に、暖炉部屋を避けてお嬢様の部屋に侵入。タンスからお嬢様の靴下を拝借し、プレゼントを入れ、枕元に置いておく。部屋に戻ったお嬢様方がお気づきになって、サタンクロス様が来てくれたと信じてくれれば大成功。
よぉし、そうと決まればさっそく出直そう。私は自室に戻った、窓から。だって屋根に登るために窓から出た方が都合よかったんだもん。だから窓から戻るのです。
冬の冷たい空気をともなって部屋に飛び込むと、私はすぐ窓を閉めた。うう寒い寒い。実はずっと寒かった。真冬だもの、私のような低級悪魔にはつらい。身体をさすると、ススがこぼれ落ちるのを感じた。んん。この暗闇ではススまみれの方が目立たなくていいのかな。でも足跡が残ると困るしな。赤い聖衣の予備は無い、着替える訳にもいかない、んん~……どうしよ。
いや、赤ければ聖衣でなくてもギリギリ許されるかもしれない。赤い服、赤い服、あったかな、あったな、パーティードレス。背中が大きく開いた、セクシーな奴があったはず。ついでに赤いハイヒールも。うむ。そうしよう。その前にススをなんとかしないと。
よし、シャワーを浴びよう。
魔法仕掛けのランプで照らされた浴室で、私の影が揺ら揺らと躍っていた。
壁にかけられたシャワーから放たれる温水が、肢体の上でしぶきになって散る。タイルの間を、吸血鬼の弱点である流水が流れていく。けれど迷惑をかける事は無い。ここは使用人用の浴室だから。
紅魔館の名に不釣合いな白いタイル、すべすべで足の裏が心地いい。
首元にかかり、鎖骨のくぼみを通って、ふくらみの合間を抜け、へそを伝い、女性にとって第二の心臓にも等しい下腹部を優しく温めて太ももへと流れて、足元へと温水が落ちる。
図書館生活の長い肌は本来白々としているけれど、シャワーの熱とランプの暖色も手伝って赤々と色づいていた。
ああ。寒空の下、煙突に挑もうとして冷えた身体に活力が満ちていく。
幸いこの時間に浴室を使う者はいなかったので、ススを洗い流すのを見られずにすむ。石鹸で泡立てた手のひらをこすり、黒ずんだ泡を洗い流す。続いて再び手のひらをあわ立て、寒空の下で露出していた――つまりススだらけになった顔を丹念に洗う。それから髪の毛。今度はシャンプーを手のひらであわ立てて、目を閉じてから髪の毛をゆっくりと撫でる。頭部から生えるコウモリ羽の付け根に指が触れて、私はビクンと震えた。実は敏感なトコロ。
ちゃんとススは落ちているかしら? 頭を洗っている最中は目を開けられない。指に込める力を強くして、けれど毛髪が傷まないよう丁寧に。もういいかなと思い、シャワーを頭から浴びる。ううっ、羽の付け根を温水に打たれると肩が震えてしまう。くすぐったい~。ああ、でも、少しだけ気持ちいいから……もうちょっと……。
ふー。ぱっちりと目を開けた私は、首の横を回して長い髪を身体の前面へと持ってくる。すっかり黒ずんでしまった赤毛は、胸の谷間を通ってへその上まで届いている。髪が長いと一度に全部洗うのは大変だからなぁ。咲夜さんはショートだから楽そうで羨ましい。私はショート似合わないからなー。
洗い終える前にシャンプーが落ちないよう、シャワーに背中を向ける。あうっ。今度は腰の羽の付け根に。くすぐったいけど我慢。ちょっぴし気持ちいいし。さて、髪についたススをしっかりと落として……ああ、それにしてもシャワーってなんでこんなに幸せな気持ちになれるんだろう。ずーっと浴びていたいなぁ。ふにゃぁ。
……って、いけないいけない。今夜中にお嬢様と妹様にプレゼントを配らなければ、サタンクロスの呪いでトナカイになってしまう。幻想の廃れた外界ではその効力が現実のものとならなくても、幻想で満ちた幻想郷なら呪いなんて魔理沙が泥棒に来るくらい当たり前に起きる。注意注意っと。
名残惜しいのをこらえ、脱衣所に出てふかふかのタオルで身体を拭き終えると、いそいそと真紅のパーティードレスに着替える。鏡の前でポーズ! ……うん。これはこれで赤いクロスと違った趣があってよし。映画に出てくるセクシーな女スパイっぽい。これならかの怪盗ルパンだってパンツ一丁になって飛びかかってきそうだ。
露出した背中と、大きく開いて谷間の覗く胸元がちょっと寒いけど、館の中はパチュリー様の暖房魔法のおかげで暖かいから大丈夫。ていうか暖房魔法あるんだから暖炉なんて使わなくていいじゃないですか。そりゃ暖炉の火の方がムードがありますし、ただ空気が暖かいだけとは違った心地よさがありますけれども、よりによってクリスマスイブにやる事じゃないでしょう。サタンクロス様を焼き殺す気ですかまったくもう。
さてと。見事に化けたこの私、女スパイ小悪魔が紅魔館の廊下を忍び足で進む。目指すはお嬢様のお部屋。果たして無事たどり着けるのか!? 赤いクロスの代わりにパーティードレスを着ているけれどサタンクロス様の怒りに触れないだろうか!? お嬢様や咲夜さんに見つからずミッションコンプリートできるのか!?
廊下を曲がる時は壁に張りついて気配を殺し、そーっと顔だけを出して様子をうかがう。誰かいるかな。いないかな。いないよね。お嬢様は今頃どうしてるかな。しまった、暖炉の部屋にいるのが誰かチェックした方がよかったかも。でもここまで来たらもう一気にお嬢様の部屋まで突っ切った方がいい。
あの階段を登ればすぐ、お嬢様の部屋だ。
……よし、行こう。
ゆったりと落ち着いた歩調と反対に、胸の鼓動は音が聞こえるほどに高鳴っていた。
息を潜める、耳をすませる、わずかに聞こえる音はその正体が判別できぬほど遠く小さい。大丈夫、付近に人の気配は無い。階段に到着する。一段目に足をかける。邪魔者は現れない。階段の上で拍手をしながら出迎えるような吸血鬼もいない。一段一段、足音を殺して登る。階段を登っていたと思ったらいつの間にか降りていた――なんて奇妙な体験もしない。しないはず。
登り切った。呆気なく、盛り上がり皆無で登り切った。逆に不安になる私はアマノジャク?
まあいいや。ほらもうすぐそこにお嬢様のお部屋が見える!
小悪魔は、お嬢様の部屋の、ドアノブを回した!
ガチャッ。ガチャッ。ガチャッ。
しかしドアには鍵がかかっていた!
小悪魔は、その場に膝をつき、サタンクロス様に祈りを捧げた。
おお、偉大なる悪魔王サタンよ!
サタンクロスとしての使命を果たそうとする忠実なしもべに、降臨祭の奇跡を与えたまへー。
デロデロデロデロリン、デロロン。
小悪魔の祈りは、地獄に届いた!
ガチャリ。
お嬢様の部屋のドアが開いた!
わーいサタン様ありがとー。
ではこれより不法侵入を開始する。明かりはつけない、でも大丈夫、暗闇は悪魔の味方! 見える、私にも部屋の様子が見えるぞ!
お嬢様の部屋はいつ見ても真っ赤だなー。ゴージャスな天蓋つきベッドが羨ましい。ええい、ベッドの下を調べてやれ。本発見。……なん……ですって……。冗談のつもりだったのに、こんなにたやすくお宝発見してしまうとは……。
さて。
さて……と。
ゴホン。
……。
ご開帳。
……。……。……。
うわぁ……。
いけませんよコレは。ええ、いけませんとも。
御歳五百歳とはいえその身は未だ幼少……こーゆーのは早すぎます。
没収。従者の忠誠心として没収させていただきます。
さて。
さて……と。
じゃあ枕元にプレゼントを……あっ、靴下が無いや。タンスタンス……あった。
どの段かな。靴下だから一番下の段かな。えいっ。
……。
うわぁ……。
私は目撃した、お嬢様のタンスにしまわれているそれを。
下着だった。
しかもお嬢様が常用しているドロワーズではない。
弾幕ごっこの最中、見られてもいいように履くドロワーズではないのだ。
真っ黒なパンツだった。
破廉恥という意味では赤いパンツが上だけれど、紅い月たるお嬢様ならば納得もいくだろう。
しかしまさかの黒。
いわゆる大人パンツ。
誘惑効果は絶大。ノーマルな性癖の私でもつい手にとって広げてしまう程度の魅了魔法(チャーム)がかかっている、天然マジックアイテムという奴だ。そもそも魅了魔法は、黒パンツを見た魔法使いが思いついたのが始まりである。これは魔界の歴史書に記された信頼できる情報です。ですからお嬢様のカリスマと黒パンツが合わされば、紅魔館の結束は黒パンツどころか黒パンツをはるかに凌駕し黒パンツに匹敵します!!
むおぉ……。
いけませんよコレは。ええ、いけませんとも。
御歳五百歳とはいえその身は未だ幼少……こーゆーのは早すぎます。
没収。従者の忠誠心として没収させていただきます。
しかしいったい何枚あるのかしら黒パンツ。
一枚、二枚、三枚……十枚……十三枚。悪魔的だ。しかしまだ早い、黒は早い。
全部没収。ああ、懐があたたかい。
さて。
さて……と。
次の段、次の段……靴下発見。この白いのは長いですね、ニーソックスという奴ですか。プレゼントも大きい事ですしこれがよいでしょう。さっそく拝借して枕元へ。プレゼントを入れて、枕のかたわらに置いて……と。ミッションコンプリート。
……退却ッ!!
ふー。
戦利……没収品を自室に持ち帰り、宝箱(RPGに出てくるような奴を自作してみた)にしまう。開閉するたびテンション上がる。造ってよかった宝箱!
次に目指すは地下フランドール様のお部屋。お嬢様と違って引きこもりだから、プレゼントを配るのは非常に難しい。どうする? どうする? 小悪魔どうする!? 悪魔王サタン様、どうかお知恵をお貸しください……この祈り、どうか地獄に届いてください……。
…………あっ、すみませんお呼びしてるのはベルゼバブ様じゃないんです。サタン様に代わっていただけますか? 私? 私は魔界出身、幻想郷在住の悪魔です。ええ、ええ、日本の。そうです。え。階級? 小悪魔です。あっ、あっ、あっ、切らないで。切ら――切れた。ムキューッ、これだから蝿は好きになれないんですよ。
仕方ない。速達を送ろう。私は机の引き出しからレターセットを取り出した。
――拝啓、霧雨魔理沙様。今宵の紅魔館はA6ルートから図書館に侵入できます。いっぱい本を盗んで行ってください。私の心も忘れずに盗んでください。パチュリー・ノーレッジより愛を込めて。
筆跡のコピーは我ながら完璧ね。じゃあ速達で送りましょう。紙飛行機の形に折って、窓を開けて、全力で投げる!
これなら一分と経たず霧雨魔理沙の家に届くでしょう。フフフ、罠とも知らないで。A6ルートを通れば間違いなく妹様に見つかり、弾幕ごっこに励むはず。その間にミッションを遂行させていただきますよ!
ぢゃ、魔理沙が来るまでお嬢様から没収した本でも読んでよーっと。
ふー。
そろそろかな?
……。おお? 地下が揺れた気配。弾幕ごっこが始まったみたい。不慮の事態にも的確に対処する私は、もしかしたら天才なのではないでしょうか? では妹様のプレゼントを持って地下へ出陣~。
見つかったらサタン様の呪いで真っ赤な毛皮のトナカイにされてしまう事を忘れず、薄氷の上を歩くかの如き慎重さで地下に降りると、震源地に近づいているのを肌で感じました。踊れ踊れ、私のサタンクロス計画の手のひらで踊るがいい霧雨魔理沙。
計画通りA6ルートから入ったなら、このルートを通れば妹様と魔理沙には遭遇せずにすむはず。
図書館の前も通らないからパチュリー様に見つかる心配も無い。
お嬢様が起きていられるなら、咲夜さんはそちらの世話で忙しいだろうし、この程度の騒動はもう慣れっこだからわざわざ様子を見になど来ないはず。
五分後。何事もなく妹様の部屋に到着。
うわっ、暗っ。雰囲気が暗っ。
壊れた人形やぬいぐるみが散乱している。
私のプレゼントもこうなっちゃうのかなぁ。
なにはともあれ天蓋壊れベッドの下をチェーック。……。壊れた人形やぬいぐるみがこんな所にまで。
あーあ、お嬢様と違って面白味の無い……。
仕方ないからさっさとタンスを調べよう。一番下の段は、ドロワーズだけか。淫猥な黒パンツは入っていない。さすが妹様、従者として感心致しました。後は靴下をお借りして、プレゼントを入れて、枕元に置いて……退却!
っこあ!?
イタタ……ガラクタを踏みつけて転んでしまったようです。人形かぬいぐるみか、足元を見ると、見ると、見る、見、み、みみミミミ、ミィィイイ~ッ!!
……。
サテ。
サテ……ト。
帰ロウ。
ナニゴトモ、ナク、自室ニ到着シマシタ。
フー。
……。
ふー。
やった、やりました! 小悪魔はやり遂げましたよサタン様!
これでサタンクロス降臨祭は大成功のうちに幕を閉じるのだった!
それでは皆さん、メリー・サタンクロス!!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
星座っていいですよねー。点と点を繋げて、あれはペガサスだあれはドラゴンだあれは白鳥だあれはアンドロメダだあれはフェニックスだとこじつけて。占星術師や天文学者って妄想たくましい方々ばかりだったんでしょうねぇ。妄想は想像であり、想像は幻想である、つまり幻想郷とは想像郷であり妄想郷でもあるのです。星座の数だけ妄想がある。星座の数だけ妄想があるッ。名言すぎて辞書に載るレベル。小悪魔星座が作られる日も遠くないでしょう。
逆に正座って嫌ですよね。日本文化の生み出した拷問の最終到達点。拷問以外のなにものでもありません。正座を作法として教える日本文化の野蛮さにはうんざりさせられます。茶道とか華道とか廃れてしまえばいいのに。
「さて小悪魔。なぜ正座させられているのか、わかっているかしら?」
「さっぱりです」
本心からそう思った。
12月25日の朝、いつも通り図書館で本の整理をしていたら、お嬢様が咲夜さんを連れて図書館にやって来て、私に正座を命じたのです。パチュリー様は読書に夢中らしく、いちべつしただけで助けてくれる気配がありません。主従愛が足りない。
パチュリー様が読書に使っている机に腰かけたお嬢様は、サディスティックで私を見下ろしています。
足が痛いです。
「ハッ、もしやこれが噂に聞く『冤罪裁判~それでも地球は回ってる~』ですか!?」
「……理由を一から五まで説明しなければならないかしら?」
「お嬢様、それを言うなら一から十ですよ」
「五でいいのよ」
むうう……五百年を生きる吸血鬼といえどやはりお嬢様はまだ子供、日本語を完璧にマスターする日はまだまだ遠そうです。
ふいに、お嬢様が拳を握って突き出しました。さらにもったいぶった仕草で人差し指を立てます。
「ひとつ、私の部屋から本が一冊消えてしまったのだけれど、どうしてそれがあなたの部屋から出てくるのかしら?」
「その言い方だと、まるで私の部屋に無断で入ったようですね。いくら主従の関係といえど――」
続いて中指を立てるお嬢様。
「ふたつ、さらに私のタンスから下着がごっそり消えてしまったのだけれど、どうしてそれがあなたの部屋から出てくるのかしら?」
「その言い方だと、まるで私の部屋の宝箱を無断で開けたようですね。いくら主従の関係といえど――」
続いて薬指を立てるお嬢様。
「みっつ、私の靴下にゴミを入れて枕元に置いたのは誰なのかしら? おかげでお気に入りの靴下が伸びてしまって、もう履けないわ」
「お嬢様、贈り物をゴミ呼ばわりするのは人格レベルで問題がありますよ。気でも触れましたか?」
さらに小指を立てるお嬢様。
「よっつ……フランの部屋にもゴミを入れられた靴下が置かれていたそうよ。当然伸びて使い物にならなくなってね……」
「お嬢様、贈り物をゴミ呼ばわりするとバチが当たりますよ。ここは祟りの国JAPANなのですから」
最後に親指を立てるお嬢様。
「いつつ……12月の某日、靴下にプレゼントを入れるのは、悪魔の館でやるのに問題がある風習しか思い浮かばないのだけれど……」
「お嬢様、むしろ悪魔の館だからこそではないですか?」
開いた手に魔力を集中させるお嬢様。
「パチェ、こいつ殺していい?」
「外でやって」
「まあまあ、お嬢様もパチュリー様も落ち着いて」
狂犬の相手をするように、私は二人をなだめました。
「殺すとか外でやれとか、そんな野蛮な。もっとこう文明人としての矜持をですね」
「お前は文明人としての常識を身につけろ」
きつく眉根を寄せるお嬢様。
魔力を孕んだプレッシャーが押し寄せてきましたが柳に風なので平気です。そのプレッシャーを受ける理由が思い当たらないのならこれくらい余裕です。それよりも。
「非常識によって構成される幻想郷でそのようなセリフを吐くとは、お嬢様もまだまだ青い……」
「うん、やっぱり殺すわ。咲夜、倉庫から釘バット持ってきなさい」
「お嬢様、なにをそんなに怒っていらっしゃるのかさっぱりわかりません。ちゃんと一から説明していただけませんか?」
「おい、さっき一から五まで説明したばかりだろ」
「ですから日本語間違えてますって。一から十、つまり最初から最後まで全部説明するっていう意味がですね」
「パチェー、晒し首が臭わないような防腐魔法や消臭魔法ってある?」
「お嬢様、それ系の魔法でしたら丁度そこの魔導書に」
「お前もう黙れ」
凍てつくような口調に反して、お嬢様の瞳は烈火のように燃えています。
ううむ。一生懸命現状把握しようと思考をめぐらせてみましたが、どうやら大成功したはずのサタンクロス降臨祭が逆効果になっているようです。赤いクロスじゃなくパーティードレスで実行したのが駄目だったのでしょうか? 女スパイみたいで格好よかったのに。女スパイみたいでセクシーだったのに!
ハッ!?
女スパイみたいで……『セクシー』……だった!?
「つまり……一部から五百歳児と称される幼児体型のお嬢様は、女スパイ小悪魔のセクシーさに嫉妬してしまった! だから権力にものを言わせて正座させてるんですね!? あまりの狭量っぷりに主君としてどうかと思いますが、嫉妬は七つの大罪のひとつ、見事な悪魔っぷりだと感心致しました」
手のひらに集めた魔力を握りつぶしたお嬢様は、その余波で図書館を震動させ私の仕事を増やしてしまわれた。酷い。パチュリー様も迷惑そうに睨んでますよ? さらに、お嬢様は拳を頭上に掲げると軽く手を開いて、指をパチンと鳴らす。なんの合図かと思うや、お嬢様の膝の上に突如として赤くて太くて硬い物体が現れた。咲夜さんのタネ無しマジックだ。しかも、あれは、あの物体は!
「汚物は消毒だー!」
「ぎょえー!」
赤く太くて硬い物体から噴出する白濁が、私の四肢を呑み込んでいく。
蹂躙。髪が、顔が、服をぐしょぐしょにしてその内側にまで侵食してくる白濁に蹂躙されて、私はコウノトリやキャベツ畑を信じている乙女のような悲鳴を上げた。魔界にいるお父さんお母さん、小悪魔は穢されてしまいました……。
「淫魔かお前は」
「こあー!」
顔に! 顔に集中ぶっかけ! やめて、苦しい、息が……。
「ちょっとレミィ。本が汚れるじゃない、やめてよ」
天の助けとはこの事か、動かない図書館がついに動いた! 口先を動かした!
紅い悪魔といえども親友には聞く耳を持っているらしく、白濁の陵辱劇は一時的とはいえ中断させられました。
「さっそくプレゼントが役に立ったわね」
お嬢様の冷淡な声が聞こえ、私は咳き込みながら目元の白濁を拭った。
「ゲホッ、ゴホッ……お、お嬢様、それ、使い方が違います……人に向けて放出するものでは……」
「ていうか、なによコレ?」
重い金属音がし、私の足元へとそれが転がってくる。
「これは消火器と言いましてですね、炎を消す程度の能力を持つ外界の道具でして」
「そんなもん靴下に入れるな」
ああ無情、お嬢様なら紅い物なら大喜びで受け取ってくれると思ったのに! 小悪魔の想いは通じませんでした。
消火器という名前の響きも格調高く、お嬢様にはピッタリなプレゼントだと一目見た時から確信していたのに……。
白濁――消火剤まみれになった私は、あまりの噴射力のため正座を崩してしまっていた事に今さらながら気づいた。どうしよう、正座し直すべきかな。ううっ、パンツまでぐっしょりで気持ち悪い……。
「ていうか、なんでそんなもん靴下に入れた? 嫌がらせか? ぶち殺すぞリトルデビル」
「ていうか、なんで私が入れたってご存知なんですか~?」
「本と下着がお前の部屋から発見されたからだよ。偶然落し物を探しにきていたネズミが庭にいたから拉致って探させた」
私の部屋にそのネズミが入った!? ばっちくて苦手なんですけど。危ない病気持ってたりしますし。
しかし……もはやこれまで。私の所業がバレてしまった今、妙な誤解をされては困ってしまいます。
「わかりました、ご説明しましょう。あれはサタンクロス様からの贈り物です」
「サタン……クロス……?」
おや? おやおや?
12月某日にプレゼントの風習と仰っていたので、てっきりサタンクロス降臨祭をご存知と思いましたが、どうも違う様子。妙な食い違いがあるのかもしれませんが、とりあえず説明を続けましょう。
「お嬢様には赤くて太くて硬い消火器をプレゼントとしてお贈り致しました」
「ほう」
「そのついでに、あのいかがわしい本を発見し、お嬢様にはまだ早いと判断して没収させていただきました。忠誠心の表れだとご理解願います」
「ほほう」
唇の端を釣り上げてお嬢様は笑う。
唇の端をヒクヒクさせてお嬢様は笑う。
「あの本が、私にはまだ早いと?」
「ええ。コウノトリやキャベツ畑を信じているようなお子様には早いです。ご存知ですか? 赤ちゃんというのはですね、おしべとめしべが……」
「SEXしたらデキるのよ」
「きゃー! きゃー! おっおっおおおっ、お嬢様!? そげな破廉恥にゃ言葉、いったいどげん所で覚えてきよったんでごじゃいましゅか!!」
「一般常識だろ。五百年も生きてれば自然と学ぶわ」
ああ……性問題の低年齢化がついに幻想郷にまで……。
いっそ幻想郷を滅ぼしてなにもかも最初からやり直した方が世のためかも……。
いや待て落ち着けサタンクロスの小悪魔!
SEXとは決していかがわしい言葉ではない。
「フッ……お嬢様もまだまだ青い。SEXって、プロフィール欄とかでNAMEの下あたりによく見かけるアレでしょう? そんなの英語辞典を引けば簡単に――」
「【検閲削除】を【検閲削除】に【検閲削除】して【検閲削除】するのが世間一般で言うSEXだろ」
「キャー! キャー! キャアーッ!! 放送禁止、放送禁止ですよー!?」
「で、だ。SEXの知識のある五百歳の悪魔が、たかだかキスシーン程度しか載ってない少女漫画を読むのが……早い、と?」
「KISSとか! KISSとか言っちゃうんですかッ!? KISSとか言ってしまうのですか!? 五百歳の少女がKISSだなんて言葉を恥ずかしげも無く口にするだなんて! 姦淫は七つの大罪ィィィイイイッ!!」
破廉恥ビッグバンを受けた私は白濁まみれの顔を真っ赤にし、みずからの両肩を抱きしめて絶叫した。
姦淫は駄目ですよ。七つの大罪を全部実行してこそ悪魔の鑑とはいえ、姦淫だけは別です、お嬢様には早すぎます! KISSの話題なんて確実に十八禁に分類されますよ?
性教育の乱れは世界の乱れ――幻想郷はどこに向かっているのか――。
いつか、誰かが、間違いだらけの幻想を正してくれる日がくるかもしれない。
そんな日を信じて、私達は今日も生きている。
「たかだかキスで騒ぎすぎ。悪魔の契約の中にはSEXする形式のものもあるでしょうに……。パチェ、図書館はあなたの管轄なのだから、従者の性教育くらいしときなさいよ」
「管轄外だわ」
事の重大さを理解していないのか、お嬢様とパチュリー様は軽口を叩いている。ありえない。
「ああ……妹様は大喜びでプレゼントを使ってくださっていたのに……」
「なんだと」
眼力が質量を持っているかのように私の身体を叩きつける。
衝撃の事実という奴に精神をかき乱されている今、いかなる正当性を持ってしても柳に風は不可能だった。上級悪魔のカリスマを浴びるのは心臓を鷲掴みにされるにも等しい恐怖がある。今すぐ逃げ出したい。南の島にでも逃げてビーチで日光浴しながらトロピカルジュースを飲みたい!!
そんな甘い幻想を打ち砕く、冷え冷えとした声が発せられます。
「フランに贈ったプレゼントが喜ばれていただと? 小悪魔、どういう事」
「え、ええーと、それはですね、妹様のお部屋は地下じゃないですか、図書館も地下、だからたまたま見かける程度の事が稀に起こるというか、さっき図書館の外に出た時に偶然ですね、廊下の向こうから、赤い洗面器を頭に載せた妹様が歩いて来てですね、洗面器の中は水がいっぱいで、一滴もこぼさないように――」
「スピア・ザ・グングニル!」
「どわお!?」
高密度な魔力が槍状になって投げ放たれ、私の足元で爆ぜ破砕音を轟かせた。
同時に消火剤がしぶきとなって飛び、埃も混ざって余計に汚れてしまう私。
「お前という奴は、お前という奴は! 赤い洗面器を私の妹にぃッ!!」
「うああ、おち、落ち着けてくだしゃれお嬢様! 赤い洗面器がどうしたっていうんですか! あんな破廉恥な本よりよっぽど健全です!」
「健全不健全以前の問題じゃあああッ!!」
机から飛び降りたお嬢様は、衣服が白く汚れるのも構わず私の襟首を掴み、首をガックンガックン揺らした。
ちょ、苦しい、息が、パチュリー様、助け――。
「ねぇレミィ」
「なによ」
本を開いたままではあるけれど、パチュリー様がこちらに顔を向けてくれているのが見えた。
願いが――通じ――。
「赤い洗面器ってなによ?」
通じませんでした。
お嬢様はこんな時にそんな事をという、呆れた目線をパチュリー様に向けました。
「赤い洗面器は赤い洗面器よ」
「いや、だから、なんで赤い洗面器を頭に載せて――」
「くっ……今日がなんの日か理解していないのをいい事に、フランに聖なる道を歩ませるとは。しかも赤い洗面器のオマケつき」
「ちょっとレミィ、赤い洗面器って」
「パチェは黙ってて! 今は小悪魔と話をしているのッ」
怪獣のように叫ぶお嬢様。あまりの迫力に、パチュリー様は縮み上がってしまったようです。
それを心配してお側に寄った咲夜さんに赤い洗面器について訊ねていますが、咲夜さんは「たいした事では」と微笑を浮かべていた。それ以上の観察は、お嬢様の恫喝によって妨害されてしまいました。
「さっきから嫉妬や姦淫が悪魔的と言いながら、聖誕祭を祝うだなんて、言動の不一致にもほどがあるぞミジンコ悪魔ッ」
「悪魔王サタン様に誓って、私は悪魔的に間違った行いは一切していません!」
「クリスマスにプレゼントを配る聖人の真似をして、どうしてそんなセリフを吐ける!」
「聖人!? お嬢様は偉大なるサタンクロス様を聖人呼ばわりするのですか!? 日本語どころか悪魔の一般教養すら学んでいなかった! このままでは世界が聖なる光で満たされてしまうッ!! 助けてパチュリー様!」
決死の思いで吸血鬼の握力を振り払い、パチュリー様の足にすがりつきましたが、パチュリー様は辞書を開いて「赤……赤い……」と呟いています。毎日健気に図書館の管理をしている従者のピンチに興味無しです。酷いです。泣きそうです。
と思ったら、足にまとわりつく重みに気づいたのか、パチュリー様がこちらを向いてくださった!
やったこれで助かる!
「小悪魔、赤い洗面器ってなによ? なんで頭に載せ……」
「ミジンコ悪魔、まだ話は終わってないわ」
ガシッと頭を鷲掴み。
視界の上の端に、吸血鬼の鋭い爪が見えます。
ギリギリと頭蓋を圧迫され、今にも砕け散ってしまいそうです。
「グロは……グロは駄目です、耐性の無い人が見たら大変な事に……」
「知るか」
ゴキンッ。
あれ? 首からやけに爽快な音がしたと思ったら、急に肩が軽くなりました。
肩こりが消えた! 綺麗サッパリ! わぁいラッキー。
バキベキボキッ。
気がつけばお嬢様の顔が眼前にあった。あれ? 私の両腕はパチュリー様の足にしがみついたまま。
もしやと思って視線を下にやると、わぁお、コウモリの羽を生やした自分の背中が見える不思議。
「さて木っ端ミジンコ悪魔。クリスマスは聖キリストの生誕を祝う聖なる日、だのになぜお前はクリスマスにプレゼントを贈ろうなんて考えに至ったの?」
「お嬢様はサタンクロス降臨祭をご存知でない?」
「知らんわそんな奇天烈な祭り」
ゴリュッ。奇怪な音を立てて、私の首が180度回転しました。
首の角度が元に戻ったのか、それとも360度一回転してしまったのか、確かめるには勇気が足りません。
「やれやれ、サプライズイベントはナイショでやってこそなのに……」
しかしここまで来たらもう語るしかない。
という訳で、ここでネタ晴らし。驚愕の真実にさすがのお嬢様も苦笑い確定。
小悪魔ネタ晴らし中。
サタンクロス降臨祭の詳細についてはこのSSの最初の方を読み直してください。
「――というのがサタンクロス降臨祭の全貌です」
「ほう。ちなみにその知識、どこで得た?」
「魔理沙さんがクリスマスの夜にプレゼントを配る怪人の噂を聞いて香霖堂の店主に相談し、店主さんが推理に推理を重ねてたどり着いた驚愕の真実です」
「そーゆーのは妄想っちゅうんじゃああああああッ!!」
真紅の閃光がほとばしると同時に、私の肉体は天井に叩きつけられていた。
これが吸血鬼の身体能力を最大限に発揮した一撃なのか。
ズタボロになった私はヒビの入った天井の破片と一緒に、図書館の床へと落ち万有引力による二撃目を受けた。
ちなみに撒き散らされたはずの消火剤も、私の身体に付着した分以外は残っていない。咲夜さん。私が天井に張りつけになっている間に時を止めて掃除しましたね? 私はまだシャワーシーンを演じなければならないのか。
しかしお嬢様と万有引力の連続攻撃を受けた今、もはや立ち上がる力すら残っていない。
「ですが天地を砕く剛拳といえど、私が信じた一握りの真実を砕く事はできません……」
「パチェ、ここいらでビシッと真実を告げてやりなさい」
話を振られたパチュリー様は辞書の『せ』のページを閉じると、眉根を寄せてお嬢様を見ます。
「ねえレミィ、しつこいようだけど赤い洗面器ってどういう――」
「そんなくだらない話はどうでもいいから、こいつのサタンクロスとかいう馬鹿げた妄言を修正しなさい」
「むきゅー……仕方ないわね」
紅魔館が誇る、否、幻想郷が誇る知の具現、魔女の中の魔女、パチュリー・ノーレッジ様が偉大なる知識をご披露なさる時がついにやってきた!
さあパチュリー様、妙な勘違いをしていらっしゃるお嬢様に、サタンクロス様の真実を教えてやってくださいよォー!
「期待しているところ悪いけど、小悪魔、サタンクロスというのは間違いよ」
え……ええー!?
私が間違っている!?
サタンクロス様が間違っている!?
パチュリー様は両腕を広げ、後光を浴びながら語り始めました。
「正しくはサターンクロース。土星の衣、すなわち土星の環を示す言霊よ。黄道十二宮における磨羯宮の支配星であるため、磨羯宮の期間すなわち12月23日から1月20日の間、土星を象徴する神々――サトゥルヌスやクロノス、ホルスなど――が集うと伝えられているわ。土星は円卓、環は神々の席。サターンクロースとは土星の環を示すと同時に、円卓の席についた神々を示しているの。土星は古典占星術最後の惑星であるため老いの象徴でもあり、熟成や忍耐をも意味する。神々の円卓会議の主な議題よ。この会議によって時という制限の中で生きる人類にどんな試練を与えるかが決まるとされていて――」
「どこ産のデマ知識だあー!」
真紅の閃光、再び。
しかし私に叩き込んだ肉体言語と違い、友の情けからか殺傷力皆無に抑えた魔力の弾幕を浴びせる程度でした。
「む、むきゅー……赤い洗面器とは、いったい……」
プスプスと煙を上げて崩れ落ちようとしたパチュリー様は、背後に現れた咲夜さんに肩を支えられ、椅子に座り込む形となった。そういうフォローが私の時にも欲しかったです消火剤掃除とかじゃなく。
「ふー。図書館にこもって本からの知識ばかりに頼っていると、逆に一般常識を失ってしまうのかしら」
呆れ果てた様子のお嬢様でしたが、急にしたり顔になって両の拳を腰に当てました。
知識が豊富なパチュリー様に物事を教えるという絶好の機会に酔いしれていらっしゃるのでしょうか。
「咲夜」
「はい」
呼ばれてすぐ、お嬢様のかたわらへと出現する咲夜さん。いちいち瀟洒で憧れる。
「図書館の馬鹿コンビに『サンタクロース』の正しい知識を教えてやりなさい」
ここで自分にもっとも忠実な従者に出番をゆずるとかお嬢様のカリスマっぷりには時々驚かされます。
「かしこまりました。不肖この十六夜咲夜がご説明致しましょう」
お嬢様の期待を一身に背負った、完全で瀟洒な従者。
紅魔館のメイド長。
悪魔の狗。
人間によってサタンクロス降臨祭の真実が暴かれるのか!!
「そもそもの始まりは黒須三太という隠れ切支丹が黒船に乗って渡米し、現地でサンタ・クロースと呼ばれるようになって――」
「不夜城レッド」
すべてが、赤になる。
気がつくと私はパチュリー様と一緒に三途の河にいました。
呆然と河を眺めていると、河原を死神の小野塚小町さんが歩いてきました。
頭の上に赤い洗面器を載せて。
しかも水がいっぱいまで入っていて、一滴もこぼさないよう慎重に歩いています。
パチュリー様は言いました。
「どうしてあなたは赤い洗面器を頭に載せて歩いているの?」
小町さんは言いました。
「それはね、あんたの」
次の瞬間、私達は図書館の床で目覚めました。
お嬢様の強烈なスペルを受けて気絶していたようです。
「大丈夫ですかパチュリー様」
隣に倒れているパチュリー様を、咲夜さんが抱き起こしていました。
「むきゅ~……赤い、赤い洗面器とはいったい……」
まだうなされている様子。
「咲夜さん、お嬢様は?」
「お嬢様なら、お部屋でお眠りになるそうです。お疲れになったそうで」
「そうですか、私も部屋に戻って一休みしたいです……」
「それは無理よ」
パチュリー様を背負った咲夜さんが、とても瀟洒な笑顔を浮かべます。なぜだろう、嫌な予感しかしない。
「小悪魔一人で散らかった本を片づけておくように。お嬢様からのご命令ですわ」
「えっ」
見渡してみる。今日も朝から整理整頓を進めていた図書館の様子を。
不夜城レッドの威力は近くの本棚(重さ数百キロ)を倒し、収められていた書物を散乱させ山積み状態。
逆に不夜城レッドの発生場所には綺麗なクレーターができています。
……これを……一人で……?
「な、なぜこんな事に……私はただ、サタンクロス降臨祭を……」
「サタンクロスじゃなくてサンタクロース。真っ赤なお鼻のトナカイに乗って、世界中の子供達にプレゼントを配る瀟洒なお爺さんの事。クリスマスの祝い方のひとつだと、先ほどお嬢様が教えてくださったわ。あなた達が気絶している間にね」
えっ。なにそれ私が聞いたサタンクロス降臨祭と全然違う。
香霖堂の店主に騙された。騙されました!
「しかもプレゼントが消火器と洗面器では……」
「あ、赤いからお喜びになるかと……」
「……忠誠心が裏目に出てしまった事は同情するけれど、半端な知識で失態を犯したのだから自業自得。がんばってね」
パチュリー様をお部屋に運ぼうとする咲夜さんを、私は慌てて呼び止めました。
「ちょっと待ってください! 確かに私が悪いですけれど、最終的に不夜城レッドさせたのは咲夜さんじゃないですか! 少しくらい手伝ってくれても……」
「私はいいのよ、もう半分片づけたから」
「えっ」
もう一度、図書館を見渡してみる。
減っていた。
倒れた本棚の数が、散乱した本の数が、半分ほど減っていた。さらにクレーターも埋まっていた。
私と会話をしている間に、時を止めて片づけをしていたというのですか!?
しょ、瀟洒すぎるッ! パーフェクトメイドの称号は伊達じゃなかったー!!
「という訳で後はお願いね。空回りしてしまったものの、お嬢様と妹様のためにプレゼントを贈ろうとした小さな悪魔の忠誠心に乾杯」
そう言って、咲夜さんは図書館の奥にあるパチュリー様の部屋へと消えてしまいました。
最後までパチュリー様は「赤い洗面器とはいったい……」とうめいていました。
取り残された私は、呆然と散らかりに散らかった図書館を眺めます。
今年中に片づけられるでしょうか? 考えるだけで目まいが……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから何時間経ったのかもわかりませんが、作業に一区切りがついたので、私は自室に戻り一休みする事にしました。
疲労困憊した肉体は貪欲に休息を求めており、シャワーや着替えなんてもう後回しでいいです。
ふらふらとおぼつかない足取りでベッドの前に到着し、倒れるようにしてダイブ。
これでようやく休めます。
ああ、でもこの体勢だと息ができないから、不気味なほど軽くなった首を横に向けて――。
おや? 枕元になぜか靴下があります。
……え? 靴下?
しかも妙にふくらんでいます。
疲れ果てた脳は、休息以外のすべてを拒絶していたにも関わらず、私の手を靴下へと伸ばさせました。
やっぱり中になにか入ってる。消火器や洗面器と違い、靴下の中にちゃんと収まるサイズのなにかが。
……誰かのイタズラでしょうか。
億劫ながらもベッドに座り直した私は、疲労と眠気で朦朧としたまま靴下を広げ、中の物を取り出しました。
赤い包装紙に金ぴかのリボンを結んだプレゼントの箱に、メッセージカードが。
『おっちょこちょいの悪魔さんへ メリー・サタンクロス』
……えーと……アレ?
イタズラにしては本物っぽいオーラが……。
サタンクロスの勘違いを知っているのは、お嬢様と、パチュリー様と、咲夜さんだけ……。
イタズラにしろなんにしろ、可能性があるのはこのお三方。
あるいは妄想の産物にすぎないはずの、本物の。
はやる気持ちを抑えながらリボンを解く。
包装紙を破かないよう慎重に。
中から出てきたのは。
「わぁっ……」
キラキラ輝く不思議なアンティーク。
部屋に飾れば毎日がご機嫌になる事は請け合いです。
感激の余り、私は全身全霊で叫びました。
「メリー・サタンクロス!」
END
メリー・サタンクロス!!
赤い洗面器……赤い洗面器……
赤い洗面器って何?……
トナカイがバッファローのアイツを思い出したのは自分だけではない
そうですよねサタンクロス様
小悪魔は残念な頭のほうがいいですね。はっちゃけ小悪魔大好きです。
赤い洗面器……一体何者なんだ……!?
後、「サタンクロース」という映画が実在するのは、一部では有名な話。
こあくまのBUKKAKEシーンまであるなんて贅沢に過ぎます!
このSSのおかげで楽しいサンタンクロス降臨祭を過ごせそうです!
宝くじも当たって年収も一千万にアップ、美人の彼女もできました!妄想ですけど!
サタンクロス万歳!サタンクロス万歳!
小悪魔のはっちゃけ無双ぶりが面白かった
>【検問削除】
使い方としては「検閲削除」の方が良いかと
サタンクロスでキン肉マン浮かべる人が他にもいて何故かほっとしたw
こぁのシャワーシーンが細かく描写されてて最高です!
しかし赤い洗面器……オチは一体……?
俺もこんなクリスマスを過ごしてみたいものだ……
小悪魔活き活きしすぎw
あとシャワーシーンとぶっかけの描写が微細で吹いた
赤い洗面器……。赤い洗面器……か……。
>今年の聖誕祭はサタンクロス様に紛争してお嬢様と妹様にプレゼントを贈ろうと思います。
紛争 → 扮装
サタンクロス様と殴り合ってどうするw
が、そんなことは関係なく面白かったです。
今年のトレンドはこれで決まりだ!
いやー笑いましたwwww
赤い洗面器をググりましたが、なるほどこういうネタなのですね。
面白かったです。メリーサタンクロス!
赤い洗面器……赤い部屋の風呂場版とか?
イムスさん「ああ、それにしてもシャワーって(略)ずーっと描写していたいなぁ」に見えてきました。
尋常でないノープランさと論理破綻を併せ持つ小悪魔にメリーサタンクロス。
イナバに干支が移ろうとしていますけれど、寅→店主→魔理沙の偶然の3連コンボで小悪魔にプレゼントが届く妄想が。ついでにどうぞ。
>人類の宗教感を 無心論者に対抗すべく 私は真っ赤衣装に まだまだ通そうです 図書館が震動させ 詳細ついては
紅魔の皆さんのサンタさん関連の知識はおかしい。
そして作者様の描写と小悪魔の思考回路が素晴らしい。