Coolier - 新生・東方創想話

ズキューンと。

2021/09/19 06:58:53
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 わかりやすい分かり易さとでも形容すべきだろうか。擬態という意味では意味を為さない変装と、そのあからさますぎる赤髪を際立たせる大きなリボンはまるで押してはいけないスイッチのように、触れる方がばか、とでも言いたげに揺れていた。彼女の給仕のやり用といえば微妙で、それは繊細とか細微とかそういう意味ではなく、たとえば「カツカレーお待ち」の一言にさえ「おい!」と突っ込みたくなるような微妙さがあった。その微妙さに気付いているのかいないのか、或いは気付いていながら気付かないフリをしているのかわからないが、実際に「おい!」と声を荒げた者はいない。客はみんな運ばれた食事にむさぼりついて、私にしたって、黙ってスプーンを動かしている。
 微妙といえばこのカツカレーだ。一見すると普通のカツカレーなのだが、不思議とまずい。カレーましてやカツカレーがまずいなんてことがあり得るのだろうか、何かの間違いではないだろうか。疑問に感じた私がこの店を訪問するのは三度目になる。カツカレーは今日もまずいが、しかしそれでも何かの間違いとしか思えない。私は明日もこの店に訪れることだろう。
 私の気を引くのは赤い髪の給仕とまずいカツカレーのみではない。というのも今現在、斜向かいの席では二人組がしたたかに口論を繰り広げている。頬の傷はさておき、シマ、がどうとか、シノギ、がどうとか宣うその剣幕で二人が反社会的勢力に属している御仁であることがわかる。二人組はもう三日連続でこの店で言い争っているし、私は三日連続でまずいカツカレーを食べていた。平行線を辿る仁義なき抗争を鑑賞したいと思う心と珍獣同士の喧嘩を嘲りたいという心があった。
 だけどやっぱり気になるのは例の給仕のことだった。給仕は店内で巻き起こるけたたましい抗争を気にも留めず、今まさにウォーターポットからコップへと、自分で飲む用の水を注いでいた。そして私はカレーを食べ終えた。二人組の一人はシャツの内側から拳銃を取り出した。空いた皿に気づいた給仕が私のもとへ近づいてくる。斜向かいで「往生せいや」と声がして、給仕は私に「おかわりはどうなさいますか」と微笑みかけた。そして私は恋をした。

   ズキューンと。

 これまで数知れずの者が私の正体についてを知りたがった。都度、その者たちにとって都合のいい真実を与えてきたが、今回のように自分から名乗ったは初めてだった。

「私の名前は封獣ぬえ。きーこーとーの、大妖怪……」

「おかわりはどうなさいますか」

「おかわりは、いい……」

 あのとき、私はそう言って店を出た。ヤクザの一人もほぼ同時に店を出た。もう一人は店の床に血塗れになって寝転んでいたが、給仕は「またのお越しを」と、私たちに深々頭を下げていた。頭と一緒に垂れ下がる赤い髪とリボンの紐が不思議なほど脳裏に焼き付いている。
 今頃、給仕はどうしているだろうか。正午を過ぎて河川敷を闊歩する現在でさえも私の脳は彼女のイメージに占領されている。
 薄暗い。黒くて分厚い雲が里を覆っている。じめじめとして雨が降っている。稲光が嘶く。強い風に家屋の屋根は飛ばされる。カレーはまだか、怒声が響いている。例の店だ。テーブルは黒い。生姜焼きはどうした。味噌汁がない。いつにも増した大盛況に店内はてんやわんやと、外よりもひどい嵐が渦を巻いている。台所に飽和する食器とおんなじに、人々は群衆になってテーブルを埋め尽くしている。床には割れた皿が散乱しているし、注文を待ちきれずに餓死した人間もちらほら転がった。彼女は店の隅、カウンターの端で美味しそうに水を飲む。まるでこの世界の凡ゆる諍いから切り離されたかのような顔をして、美味しそうに。ごくり、ごくりと喉を鳴らして、空になったコップを置いた。やっぱり水だな、言わんばかりの感嘆を漏らして、厨房に引っ込んでゆく。赤くて大きな、わざとらしいリボンが揺れて……。そう。これはただのイメージだ。全部妄想。
 現実は長閑だ。遠目に子供たちがはしゃいでいる。川面なんぞは陽を受けて、きらきらと昼真っ盛りなのである。嵐のなかで熱心に水分補給をする彼女は私の苛立ちだった。この苛立ちは言うなれば指に刺さったガラス粒みたいなもので、ちょっとの拍子にじくりと傷んだ。その都度脳内には暗雲が立ち込めて、荒れ狂う嵐のなかに彼女は水を飲み干した。そう、私のアプローチなどは気にも留めず、彼女はただおいしそうに、水を飲むのだ。

「それはさあ。世間一般ではアプローチって言わないんだよ」

 うっ。幻聴がする。忌々しい村紗水蜜の声に私は思わず耳を塞いだ。

「確かにさあ。名乗るだけ名乗ってそれっきりってのは気になることだけど。それは気がかりってだけで、気になる、とは別物だよねえ」

 瞬間、手のひらから笑い声が響く。外耳道孔に迷い込んだ蚊が暴れまわってるような嫌悪感が私の身体を支配する。

「あんたさあ。分かり難いんだよね。それも〝べっ別にあんたのことなんかっ〟みたいな、わかりやすい分かり難さじゃなくて〝おから定食大盛り味噌汁抜きで〟って感じの、わかりにくい分かり難さなんだよ。わたしが言いたいこと、わかる?」

 い、意味がわからない。村紗水蜜の声色をした幻聴も不愉快だったが、なによりもってその不可解さが不愉快だった。所詮私の生み出した村紗水蜜の幻影では例の嫌らしさを再現するには能わず、意味不明な文言の継ぎ接ぎを撒き散らすのがせいぜいなのだと叩きつけられた気分だった。太陽は輝き子供ははしゃぎ、みんな私を笑っているのではないか。恐ろしくなって、塞いだ耳もそのままに私は逃げだした。

 法事で誰もいないはずの寺には響子がいた。響子は縁側でアイスキャンディを舐めている。背筋に世界中の後ろ指が突き刺さっているような感じがしたが、それは撃ち抜かれた傷口から感染した病による幻触であって、現実ではない。平静なぞは道中でとっくに取り戻しているし、あの村紗水蜜は妄想で、そして、春の真昼はとにかく長い……。

「やつらは?」

 置いてけぼりに声をかけると、そいつは興味なさげに振り向いて、すぐに庭先へと視線を戻した。

「みんな出かけちゃいましたよ。わたしは掃除を任されてて……いまは休憩中なんです」

 池の周りには紫陽花の葉がわんさかあって、いくつか蕾もつけている。私は蕾にぞっとして目を逸らす。蕾は蝶の蛹がうじゃうじゃ群れているような感じで気色悪かった。響子はアイスを食べながら、池の方を眺めている。

「もの食いながら、変なもん見るなよ」
「変なもん見えてるのぬえさんだけですよ」

 言いながら、響子はアイスを噛むし、嚥む。蛹のなかは液状で、どろどろしてて、目が逆さまで……。

「だってあんな、気色悪いの……」

「昨日池に鯉放したのぬえさんですよね。なんか急に買ってきて、今日から飼う。餌、やる……って。そのときわたしも居ましたよね。だから、かわいいな、って見てるんじゃないですか。それを、やれ変だ、気色悪いだ……。もしかして見ちゃいけないんですか? ぬえさんだけの鯉って、そういうわけですか? このあいだもそうでしたもんね。おいしそうなたくあんだね、ひときれちょうだいよ……って。いっつも、いっつも……じゃあ名前でも書いときゃあいいでしょう! ぬ、え、って、ひらがなでさあ! 言やぁいいじゃないですか! あの鯉私のだから見るなってさあ! わかりにくいんですよ! いっつもいっつも、いっつもいっつも……」

 そう言って、響子は泣きながら居間の方へと引っ込んでいった。響子は怒ると泣くタイプの山彦で、眺めていたのは紫陽花ではなく鯉だった。私は面食らって立ち尽くして、鯉は跳ねて羽虫を食った。だから言ってんじゃん、と、不快な幻聴が背中の方で鳴る。私は屈み込んで響子が食べかけたアイスキャンディを拾って齧った。響子はアイスキャンディを吸うタイプの山彦で、アイスキャンディはちょっとしか甘くなかった。

 そう。私は計算づくで寺に戻った。やつらが法事に出ていることも知ってたし、響子が残るのもわかっていた。そして春の真昼に響子はいつもアイスキャンディを食べるから、私は庭の池に鯉を放ったのだ。縁側でぼんやりと見るには誂え向きなあの鯉を……。これは半分妄想だから、私は紫陽花なんかに気を取られないし、響子も怒ったりしない。

「もの食いながら、変なもん見るなよ」
「変なもんって……ぬえさんが買ってきた鯉じゃないですか」

 私が買ってきた鯉だった。実際のところ買った記憶はないが、おそらく私が買った鯉……鯉×2 416円のレシートが財布にあるから、たぶんそう……。

「だってコイだよ。変じゃないか」
「……! たしかに、変かもしれません。どういうふうに変なのか、よければ聞かせてくださいよ」

 そして純真な経験豊富な響子ちゃんが私のレンアイソウダンに乗ってくれるはずだった。しかし、私はこともあろうか失敗してしまう。たかが紫陽花の蕾なんぞに、気を取られ……。私はアイスキャンディを齧る。そのうちに全妄想の半分程度が本当な気がしてくる。ふいに背筋がぞわぞわとして、耳元に声が響く。

「だから。だから言ってんじゃん。わかりにくいんだよ、あんた。勘違いにせよ、言い訳にせよ……。顔の半分青に、もう半分赤にしろとまで言わないけど、せめて指と指の間から猥褻物見る、くらいのわかりやすいわかりにくさには留めておけないものかな」

 い、意味がわからない。村紗水蜜の声色をした幻聴も不愉快だったが、なによりもってその不可解さはまったくもって不愉快だった。幻聴は絶えず意味不明な文言の継ぎ接ぎを撒き散らし続けている。私は耳を塞いで逃げ出した。アイスキャンディは最後までちょっとしか甘くなかった。

 私以外には馬鹿しかいないはずの里にはやはり馬鹿ばかりがいた。どいつもこいつも馬鹿ヅラ晒して、アホっぽくして歩いていやがる。貴様らは私の悲痛な精神状態を慮り今すぐ声をかけるべきなのだ。そうしてやっと、五十点をくれてやる……。
 そんなことを思っていると、ふいに声をかけられる。白眉かな、そう思ったが、声の方を見やるとそいつは眉の色をグラサン――それはサングラスよりも確実に、グラサンと形容すべきサングラスなのだ。なので、そうする。――ですっかり隠して、人混みの中こちらに近づいてくる。しかしグラサンだろうが、人混みに紛れていようが関係なかった。その内巻きの水色い、アホみたいな毛髪と、その手にいつも携えた茄子色の、馬鹿みたいな唐傘でそいつの正体は丸わかりなのである。

「あ、センパイ。それもダイセンパイじゃないスか。どうも、探してましたよ〜、わ・ち、き」

 正確にいえばこいつは馬鹿ではない。本当はそこそこやれるやつだ。けれど馬鹿なときがある。馬鹿なときが多すぎる。そしてそんな馬鹿なときは決まって、自分を〝わたし〟ではなく、そう、わ・ち・き……と、呼ぶ。

「カッフェでも行きましょうや、カッフェでも。コーヒーなんかしばいてさあ。探してるやつがいるんスよ。センパイなら知ってるでしょうし、さ。行きましょう、行きましょうや」

 そう言って、多々良小傘は強引に肩を組んで、私をカッフェへ拉致し始める。
 しかしまあなんだ、私はこいつの考えていることがわかるから、というより、あいつの考えていることはわかる、というより、こいつの考え及び行動があいつの考え及び行動のもたらした結果だということがわかるから、なんてことを考えているうちに、拉致誘拐は成功していた……。

「ねえ、センパイ。こいつをみてくださいよ、この、こいつをよォ〜」

 そう言って、多々良小傘は店の中に銃声を響かせた。無残な改造を施された茄子色の先端からは白煙が燻っている。ここはカッフェ、カッフェ『ネオ・甘味処』の二階であり、店内には銃声に慄きドン引きをする私たち以外と私たちがあった。そういう状況その他諸々すべてを要するに、現在の多々良小傘の職業はヒットマンであり、引き受けた仕事を一度限りであれば確実にこなすこいつはつまり、これから最低一人の人間を殺害するに違いない。発砲に際して吐くセリフはきっと「往生せいや」で、発砲される側は先日ちょうど「往生せいや」を吐いたあいつで間違いなかった。

「いいのか? そーゆーのって……おまえの、その、そういうのじゃないのか? それは……」

「いいんス。使われて喜んでるんス。わかるんスよね、わ・ち・き……」

 この絵図を裏で書いた者の名も判然としている。佐渡の二ッ岩と呼ばれるあいつ、私のトモダチ、二ッ岩マミゾウに違いない。なぜそこまでわかるかといえば、あいつがわたしのトモダチで、わたしがあいつのトモダチだから、或いは、わたしにはあいつしかトモダチがいないから、とも云えるだろう。自分自身悲しくなるが、あいつが何かを起こしたときは、どれほど遠く離れていても、その切れっぱしの匂いが風に運ばれた風を起こした蝶のはためきをみただけでわかってしまう。だから、この考えに何一つとして間違いはないのである。そしてこれからわたしがどうするべきか実のところ、さっぱり、わからない、の、である……。あいつはこんなわたしをトモダチだと思ってくれているのだろうか、そんなことを考えると幻聴が響く……だ・か・らぁ……「だからぁ!」

「知ってますよねえ? センパイはぁ、やつの居所をさあ! ネタわれてんだよ! ああ!?」

「その、なんというかだな。凄まれても、こまる……」

 そう、凄まれても、こまる……のだった。

 困っているうちにわたしは既に多々良小傘の狂い咲きサンダーロードのど真ん中に立たされていた。歩かされていた。小傘はわたしを引き摺るように、押すようにして、里中を目まぐるしく這い回り、這い回らせた。そうしていよいよ辿り着いてしまったのが「往生せいや」の行きつけ、或いは「往生せいや」の終着点たる例の店、件の定食屋だった。十中八九、先日「往生せいや」と吐いて人ひとりを往生させた「往生せいや」を吐いたあいつはここにいて、多々良小傘は「往生せいや」を「往生せいや」で往生させるに違いない。そうしてそのあと小傘はまた仕事を〝ダメ〟にして、いつものダメに戻り、それからダメダメな日々を送ったのち、ダメなやつ特有の一瞬の閃きと似た仕事をこなすに、違いない。考えているうちに定食屋の戸は開け放たれた、この扉を開いたのは果たしてわたしの手だろうか、多々良小傘? それともあいつ、或いは頭の中の……ああ! やはり居てしまった、往生せいやが!

 だけどやっぱり気になるのは例の給仕のことだ。給仕は店内で今まさに巻き起こらんとするおぞましい惨劇の確たる予兆を気にも留めず、今まさにウォーターポットからコップへと、自分で飲む用の水を注いでいる。そして小傘は唐傘を構える。小傘に気がついた往生せいやは泡を食って拳銃を取り出した。開いた戸に気づいた給仕が私のもとへ近づいてくる。真隣で「往生せいや」と声がして、脳内の村紗水蜜は頭のなかで「だ・か・らぁ……」とニヤついた。その瞬間に、私は居ても立っても居られなくなり、すべての混沌を振り払うように思わず叫んだ。
 ――「×◯◻︎ー!」……と。
 給仕は「ご注文はいかがなさいますか?」と私に微笑みかけた。そして私の恋は散った。言うなればそう――



   『ズキューンと。』 完。
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コメント



0.90簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
いろいろ笑ってしまいました
4.100名前が無い程度の能力削除
シュールな話なのにスラスラと読めて楽しかったです!
5.100そらみだれ削除
独特の雰囲気からの狂い咲きサンダーロードで笑いました
6.100名前が無い程度の能力削除
この伝わらなさ、と言うかわかりにくさは正邪に通じるモノがある(ただしあちらはわかりやすい)
響子の所作とかぬえへのクレームがカワイイ

たくあん、なぁ…
7.100名前が無い程度の能力削除
とても不思議な世界観で面白かったです。