Coolier - 新生・東方創想話

博麗神社防衛24時

2009/01/06 05:41:55
最終更新
サイズ
46.13KB
ページ数
1
閲覧数
4195
評価数
17/143
POINT
7570
Rate
10.55

分類タグ


――それは、ある冬の夜の事だった……




ここ幻想郷においても、寒い日と言うのは、とにかく体調を崩しやすい物である。
この日も永遠亭の薬師師弟は大忙し、そんな冬の日の事。


湖の畔に悠然と聳え立つ紅魔館。
いつもと変わらぬ筈である悪魔の館は、張り詰めた空気に覆われていた。



「咲夜が倒れたわ」



大広間では、館内全てのメイド達を集めての集会が行われていた。
この館の当主、レミリア・スカーレットより、静かな口調で言葉が発せられる。
その言葉に乗せられた想いは、有無を言わさぬ怒気を孕んでいた。


「あなた達、分かっているわね?」


彼女が言わんとする事は一つ。



「咲夜の分まで、死ぬ気で頑張りなさい」


その一言に、普段は緩み切っているメイド達が、一斉に頭を下げる。
それだけを言い残し、メイド達を解散させたレミリアは、メイド長――十六夜咲夜の眠る私室へと足を運ぶ。
部屋の前に立つと、ノックを二つ、ドアに放つ。

「どうぞ」

奥から聞こえる、凛とした声に促され、静かにドアノブを捻る。
その先には、先程返事を返した紅髪の女性――紅美鈴が、仰向けに眠る咲夜の隣に椅子を起き、そこに腰掛けていた。

「どう、美鈴?」
「大丈夫ですよ。 今さっき眠りに就いた所です」

今まで座っていた場所を、当主へと譲る。
ん、と一言だけ発して椅子に腰掛けたレミリアは、美鈴に彼女の容態を聞く。

「そう。 で、咲夜は……って、聞くまでもないわね」
「ええ、もともと過労の気がありましたからね。
 でも命に別状はありませんし、このままなら明日にでも職務に復帰出来ますよ」

額に乗せられたタオルを交換しながら、美鈴は告げる。 それを聞いたレミリアは、安堵の溜め息を吐いた。

「そう。 ご苦労だったわね、美鈴。
 ところで、一つお願いがあるのよ」

うわ、凄い汗……と呟く美鈴へと、レミリアは言葉を投げかける。
主からの嘆願。 珍しい事もあるものだと内心思いつつも、美鈴は新しいタオルを湯に濡らしながら返事を返す。

「はい? なんですか?」

「博麗神社の様子を見てきて欲しいのよ」



「へ?」


主からの突拍子も無い発言に、汗に塗れた咲夜の身体を拭う手が止まる。

何故、博麗神社なのか。
理解が及ばない従者の姿に、その主はやれやれと首を振りながら話を続ける。


「ちょっと気になったのよ。 他の所に遣わせたメイド達が言うには、何処もかしこも人間
 達は”こんな”感じだって言うもんだからねえ」


呆れた様な笑みを浮かべながら、いつもより紅い頬をしている咲夜を指差す。
いつも通りの態度に見えるが、美鈴には、主の気に乱れが生じている事が手に取る様に分かる。
何かを感じ取っているのだろう、彼女の背中から生える蝙蝠の様な羽が、時折跳ねる様に羽ばたく。

「あのあっけらかんとした亡霊の所の従者も、山の上の二柱に仕える巫女もどきも”こんな”だっていうじゃない。
 それに、人里も”こんな”感じになってるのが多くて大変だって月の兎が愚痴っていたらしいし…… だったら、博麗神社の巫女だっ
 て”こんな”になっててもおかしくないでしょう? 全く、冬だって言うのにあんな格好してるからいけないのよ!」


まだ件の巫女が病に冒されているとも限らないのに、当の主は、あたかも自分の目で見た様に物事を進める。
だが、彼女の人並み外れた ――と言っても、妖怪なので当たり前であるが―― 洞察力を良く知る美鈴は、はぁ、そういえばそうですねぇ、と気の抜けた、いつも通りの返事をする。

それが彼女なりの返答なのだと知るレミリアは、美鈴にもう一度、要件を告げる。

「だから、霊夢の様子を見てきて欲しいのよ。
 本当なら私が行くのが確実なんだけど……」

歯切れの悪い言葉を返すレミリア。
いつもの彼女らしくない、困惑した様子を浮かべる主の顔を目に入れた美鈴は、看病の手を止め、俯くレミリアの方へと声を掛ける。

「分かりました。 なんだかんだで彼女にはお嬢様がお世話になってますし、挨拶がてら様子を見てきます」
「あなた一言余計よ。 どこが”気を使う程度の能力”なのかしらね……」
「そういう意味じゃありませんよ」

鈴の鳴る音を彷彿とさせる笑い声を浮かべながら、美鈴はドアへと向かう。


「じゃあ、後は頼みましたよ。 お嬢様」

「わかってるわよ。 さっさと行きな」


お互いに、一切振り返りはしない。
されど、どちらも信頼の証だろう、薄らと笑みを浮かべながら、扉の締まる音だけを耳に残した。


人数の減った室内には、先程よりも幾分か落ち着いた、規則正しい呼吸の音だけが聞こえる。

「さて……」

彼女は意識を集中させる。 地下に作られた大図書館内に居る、今も本を読みふけっているだろう友人を呼び出す為だ。

(パチュリー、聞こえる?)
(ええ、感度良好よ)
(ウチの子がバテちゃってね、診て貰えないかしら)
(分かったわ。 今行く)

これで、咲夜の事は心配ないだろう。
外に控えるメイドに紅茶を注文したレミリアは、届けられた紅茶の渋さに顔を顰めながら、日が沈みゆく窓の外を仰ぎ見た。



「永い夜になりそうねえ……」







――

――――



「……ふぅぅ、予想はしてたけど、やっぱ寒いわ」


身を裂くような強風に襲われ、美鈴は歯を鳴らしながらマフラーを口元へ寄せる。
向かう先は一路、博麗神社だ。

「――あら? 貴方は」
「おや、貴方は」

此処は人里付近だろうか。
目の前に、独特の形状をした帽子を被る少女が飛んでいるのを確認した美鈴は、傍へと近寄る。

「奇遇ですねえ。 どうしたんですかこんな所で」

「こんな所も何も、ここは人里の入り口だ。 いやなに、巷では”インフルエンザ”が流行っていてな。
 それのワクチンと予防接種を村人達に打ってもらう為に、永遠亭を往復しているんだ。」

妹紅と一緒にな。 そう、肩を竦めながら溜め息混じりに言い放つ。
そういえば天狗の新聞で目にした事があるが、永遠亭の姫君と竹林に住むと言われる蓬莱人は、大層仲が悪いらしい。
これでは彼女の苦労も忍ばれるという物だろう。

「それはそれは、御苦労様……って、”インフルエンザ”?」
「なんだお前、知らないのか?」

目を大きく見開き、呆れる慧音。


「インフルエンザと言うのは、主に人間が感染する病気の一つだ。
 症状は風邪に似ているが、その重篤さ、感染力の高さは桁違いだ。
 外の世界でも、毎年数多くの死者を出しているらしい……って永琳が言っていた」


最後の部分で肩透かしを食らう。
あはは……と笑いながら慧音を見ると、彼女は真剣な面持ちで美鈴を見つめていた。


「いや、これが笑い事じゃない。 永琳殿のお陰で死者こそ出ていないが、過去には何度もこの病気の脅威に晒されていたらしくてな……
 一つの村が全滅した事もあるそうだ」


真摯に語りかける慧音の警告を聞き、美鈴の脳裏に、病に倒れ臥す咲夜と、主の頼みが思い起こされる。

「それって、どんな人間でも、インフルエンザに罹る可能性があるんですか?」
「うん? そりゃあな。 予め、予防接種でも受けていれば別だが。
 さっきも言ったが、いま私は妹紅や妖怪兎達と共に、村人達を永遠亭に送り届けている所なんだ」

慧音の言葉を聞き、美鈴の頭には、ある嫌な予感が過る。
もし、博麗神社の巫女が――

「ねぇ慧音さん! お願いが――」
「おーい!」

美鈴の言葉が、遠くから発せられる大声に遮られる。
声のする方へと振り返ると、銀髪紅眼の少女がこちらに手を振る姿が目に入る。

「おーい! ひとまず村人達の搬送は終わったぞー!
 一旦休憩だー! 少しでも多く休んどきなー!」

分かったー! と返事を返した慧音が、再び美鈴の方へと眼を移す。

「……で、何か要件があるようだが」
「はい、実はお嬢様に頼まれて、博麗神社の様子を見てきて欲しいと言われたのですけど……」

慧音に、事の顛末を説明する。
美鈴が説明を終えると、慧音はそれまで閉じていた瞳を開き、美鈴の眼を見返す。

「……なるほど。 これはあくまで仮定の話だが、もしも彼女もインフルエンザに冒されているとすれば厄介だな。
 もう直ぐ日も沈み、妖怪達が騒ぎ出す。 知恵の無い妖怪達には、博麗の巫女は極上の獲物にしか映らないだろう。
 その時に、彼女が身動きすら侭成らん状態だとすると……
 よし、分かった。 永琳殿には私から伝えておこう。そちらに遣いを出す様に言っておく。 お前は博麗神社へ急げ」

「分かりました。 どうか、よろしくお願いします」

美鈴はぺこりと頭を下げると、強風に解かれたマフラーを巻き直し、再び博麗神社へと飛び立つ。


「……やれやれ、折角の休憩時間が潰れてしまったな。
   さて、こちらももう一頑張りするかな」


苦笑いしながら彼女の飛び去った方を仰ぎ見る慧音は、遠くから聞こえる妹紅の呼び声に返事をし、再び人里へと降りて行った――




――

――――


「……ふう、やっと到着…っと」

冷えた身体を摩りながら、博麗神社の境内へと降り立つ。
既に逢魔ヶ刻を迎え、日の光を嫌い潜んでいた妖怪達が、そこかしこに跋扈していてもおかしくない時刻へと差し掛かっていた。

賽銭箱の辺りまで足を運ぶと、直ぐに気を練り始める。
この神社一帯、隅々までを感知出来る様に、自らの気を包囲網の様に張り巡らせているのだ。

それが終了してすぐ、此処迄の疲れもあるのか重い息を吐く美鈴。
しかし、文字通り息吐く暇さえも彼女には与えられないのか、カッと眼を見開き、巫女が居るであろう居間の方へと視線を移動させる。


まずい……!


彼女の頭に浮かんだのは、その一言だった。
非常に微弱な、しかし普通の人間からすれば脅威の元となるであろう妖気が、それより更に微弱な気を放つ巫女と、ほぼ同じ場所から感じ取られる。

時は一刻を争う。 身体に気を纏い、直ぐさま博麗神社の右手へと回り込む。

襖を空ける。
目の前には、布団。 その手前には、形容し難い容姿の妖怪が、多数生えた足を蠢かせながら、ゆっくりと巫女へと這い寄っていた。

「ハッ!」

掛声と共に走り寄ると、目の前の妖怪を掴み、外へと飛び出す。
すると左脇から、もう一匹、潜んでいたのだろう別の妖怪が、こちらに飛びかかってくる。
咄嗟の事で、回避は間に合わない。 せめてかすり傷で済む様にと願う。

刹那、後ろから飛来する何かが、寒空を切り裂いた。

次の瞬間には、倒れ臥す妖怪。
自らの安全を確認した美鈴は、未だ手に掴む妖怪へと気を向ける。

そのまま、拳を一閃。 小さな癇癪玉が弾ける様な音と共に、目の前の妖怪は跡形も無く消し飛ぶ。

「…………ふぅ……ふぅ……はぁ……」

暫く肩で息をし、最後に大きな溜め息を吐き、崩れ落ちる。
真冬だというのに、額を拭う手には、ぬめりとした汗が纏わりつく。

「間一髪、ね」

起き上がり、服に付いた土埃を二、三度払うと、先程開け放った襖の奥へと向き直る。


「ナイスアシスト」


美鈴が声を掛けるその先には、数本の封魔針を指に持った霊夢が、息も絶え絶え……と言った表情で、布団から上体だけを起こしていた――





   ◇




「やっぱりねえ……流石、お嬢様だわ」

「なんの話よ~……」

居間で寝込んでいた霊夢を、布団ごと寝所へと移動させる最中、美鈴はそう呟いた。
呻く様に声をあげる霊夢を、先刻のメイド長と同じ様に看病する。 だが、今後もこの様子が続く様なら、今夜は此処を離れるわけにはいかない。
つくづく、ここに来たのがお嬢様で無くて良かったと安堵する。 もし此処に来ていたのが彼女だったら、妖怪共の始末はともかく、この様に人間を看病する事など出来なかっただろう。
お嬢様はそれを見越して、私を寄越したとも考えられる。


「とりあえず、貴方は何も考えないで寝ていなさい。
 後は私が面倒見るから。」

「どういう風の吹き回しよ……いたっ!」


悪態をつく巫女の顔面へと、固く絞ったタオルを叩き付ける美鈴。 勿論、タオルを広げ、力も抜いた状態で、だ。

「どういう風って、こんな外の風に吹き回されてこんな所まで来ちゃった訳よ」

部屋にあがった際に閉めた障子を、再び開け放つ。 直ぐさま、暴風が寒気と共に、室内へと吹き込んでくる。

「ああああああああんたななななに考えてんのよ……」

トン、と音を立て、障子を閉めた美鈴は、ガチガチと震えながらも、いつもの態度を崩さない霊夢の姿に、やれやれと言わんばかりに
顔をしかめる。 腰に手を当てた姿が、彼女の呆れ具合を窺わせる。


「何にも考えてないから、大人しく寝ときなさい。
 それが貴方にできる善行よ。 ぜんこー」

「こんな時に閻魔の真似事なんかしないでよ。 今さっきまでそいつの部下に会いそうだったんだから……」

「それだけ元気があれば十分ね。 ほら、横になりなさい」


強引に布団へと寝かしつけると、彼女の臍の辺りに手を当てる。
掌が淡く輝いたかと思うと、霊夢の顔から脂汗が徐々に引いてゆく。
これも気の力なのだろう。 幾分かマシになったその表情に、美鈴は安堵の表情を浮かべる。


「よし! 後はゆっくり寝てなさい。
 もう一度言うわよ?

 後は、私に、任せて、ゆっくり、寝てなさい。 良いわね?」


「は、はーい……」


よしっ! と満面の笑みで返す美鈴の顔を、布団越しに覗き込んだ霊夢は、小さな唸り声をあげながらも、ゆっくりと眼を閉じる。
それから数分もしない頃には、室内には一つの寝息が生まれていた。


「……ふふっ、こうして見てると、寝顔は可愛いんだけどねえ……」


笑いながら、霊夢の頬を突つく。 うーん、とうなされながら首を軽く振る彼女の様子に、堪らない満足感を覚えた美鈴は、やんわりと口元を緩める。


「ああ、頑張れるわ。 これ」


無邪気な顔で眠りに落ちる霊夢を見て、防人としての性が出たのだろうか。
両頬を軽く叩き、境内へと躍り出る。


「今日は此処が、私の守るべき場所。 博麗霊夢が、私の守るべき人」


胸の前で腕を組み、自分に言い聞かせる様に呟く。
これから先、どれほどの妖怪が博麗神社を、博麗霊夢を狙って来るのかは分からない。
だが、既に彼女の覚悟は決まっている。


「後は、永遠亭からの遣いが来るまで、夜が明けるまでが勝負。
 さあ、此処から先は一歩も通さないわ!」


方々より感じられる魑魅魍魎の気配に対し、殺気すら感じさせる大見栄を切る。
これだけで、力の差を理解できる知能を持った妖怪達は今宵の襲撃を諦め、立ち去って行く。 だが、その数たるや微々たるものだろう。


やはり、今夜は長い夜になりそうだ――





   ◇






「……って言っても、意外と暇な物ね」


博麗神社の臨時門番、紅美鈴は欠伸を掻きながらそう呟いた。

先刻までは、それなりに妖怪達の襲撃があったものの、知恵の無い妖怪達も流石に警戒心を抱いたのか、ピタリと攻撃が止んだ。
いや、止んだという言い方は語弊が生じる。

妖怪達は今の所、少数で断続的に襲い掛かってきている。
恐らく様子見なのだろう。 その内に、大勢を以て押し掛けて来る筈だ。
こういう時、自分の能力と、そして門番の経験がありがたく感じられる。
持久戦に備え、休息の為に仮眠を取っている最中に襲いくる妖怪にも、即座に対応ができるからだ。



さて、今の内にやらねばならないことは――



口元を手で覆いながら、美鈴はこれからの動向を思案する。
と、静まり返った境内に、今まで聞いた事の無い様な、低い唸り声が響き渡る。


「!?」


それまでの思考を停止し、臨戦態勢の構えを取る美鈴。 しかし、それは全くの杞憂の様だ。
腹部へと目をやると、先程の声の主が、美鈴の身体をぐうぐうと揺らす。


「……アハハ、お腹空いちゃった」


誰が聞いている訳でも無いのに、恥ずかしいのか頭を掻きながら笑って誤摩化そうとする。


「……そうだ! 折角だし、今の内に……」


何かを閃いたのか、ポンと手を打ち合わせる。
辺りに接近する妖怪の気配が無い事を確認すると、美鈴は鼻歌混じりに神社の勝手口へと歩いて行った――




   ◇




「~♪」


博麗神社の台所に、軽快な鼻歌が響き渡る。


台所に辿り着いた美鈴は、まず辺りの物色を始めた。
適当に有り合わせの具材を台の上へと集めると、材料一つ一つへと目を配る。


「ふむ……よし!」


彼女の頭の中では、既に完成図が出来上がったのだろう。
弾んだ声を上げ、調理へと取りかかる。


「フンフンフンフフンフ~ンフ~ンフフフ~ン♪」


やや暗い音調の鼻歌を歌いながら、まな板へと材料を乗せる。

まず葱を包丁で切り始める。 斜めに刃を入れ、多少太めの一口サイズの葱が幾つか出来ると、鍋に放り込む。
次に、黒白の魔法使いにでも貰ったのだろう、恐らく食用と思われる茸を、適当な大きさに千切る。 風味が飛ばない様、予め乾いた布で泥を拭き取られた茸は、裂いた傍から芳醇な香りを辺りに漂わせている。 思わず一つ、つまみ食い……もとい、毒味をする。 うん、生のままでも十分美味しいではないか。
妖怪の身体には異常が無い事を確認すると、これも鍋の中へと放り込む。

さて、次はお肉だ。
十分に干された兎肉を水に浸すと、そのまま暫く放置する。 これで、良い出汁が出る事だろう。 良く分からないけれど。


「……あー、もういいや」


さしもの紅魔館門番も、襲い掛かる食欲には勝てなかったのだろう。 ものの数分で、肉を水からあげ、まな板の上へと乗せる。


「フ~ンフフ~フ~フフフフ~ンフフ~ン♪」


先程とは打って変わって明るい音調の鼻歌を紡ぐ。


嗚呼、温かい紅茶が飲みたいなあ……


そんな事を考えながら、包丁を真後ろへと投げ放った。
額から血を流し、動かなくなった妖怪から包丁を抜き出し、軽く水洗い。
そのまま何事も無かったかの様に肉を切り終えると、先程肉を戻した水とともに鍋に放り込む。


「全く、油断も隙も無いんだから……」


愚痴りながらも、調理の手は止めない。 最後にタップリの水を入れると、蓋を閉める。
薪に火を焼べると、鍋がグツグツと騒ぎ出すまでの間に、先程の妖怪を勝手口から森の中へと捨てに行く。


森の中へと放り投げ、台所へと戻る頃には、鍋が早く止めろと催促を繰り返していた。 手早く火から鍋を外すと、ゆっくりと鍋の中を覗き込む。



……ニンマリ



鼻腔をくすぐる温かな湯気と香りに、溢れる笑みを抑えきれない美鈴は、レンゲとお椀を二つ、漆塗りの盆に添えて、台所から退出していく。

勿論、その行き先は――




   ◇




「霊夢……霊夢、起きて」
「んー、何よ、五月蝿いわねえ……」

布団越しに体を揺すられ、不機嫌そうに顔を顰める霊夢。 それはそうだろう。
体調は最悪。 安静にしていた所に、それを妨げる者が現れたのだから。

しかし、瞼を開けると同時に覚醒していく五感の中で、一つだけ、彼女の本能を刺激する物があった。

「あら? 良い香り……」
「ほら、その調子じゃずっと寝込んでいたんでしょう?
 おじやを作ったから、これ食べてもう一回寝てなさい」


眠い目を擦り、ぼやけた視界がハッキリしていく。
目の前には、美味しそうな香りと共に湯気を漂わせる鍋が置かれていた。

「うわあ……美味しそう」
「”そう”じゃなくて”美味しい”のよ。
 さ、食べましょう」

鍋の中から、とろとろの米をレンゲで掬い、小皿へと盛る美鈴。
その様子を、熱のせいか、まだ視点が定まらない、という様な目で追う霊夢。

彼女の視線に気付いた美鈴は、手の掛かる子供に向ける母親の様な笑顔を浮かべる。

「なあに? 食べさせて欲しいの?」
「そんな訳無いじゃない。 貴方も私の風邪が移った?」
「冗談よ、冗談」

そこまで言うと、美鈴の心の中に芽生えた悪戯心が、ムクムクと育ち始める。
自分の顔を、何とも言えないといった感じで、口を歪めて見つめる美鈴に、霊夢は病状に因る物ではない、嫌な汗を掻き始めた。

「な、何よ……」
「いやあ、最初は冗談のつもりだったんだけど……」

ニヤニヤと、レンゲと小皿を持つ自らの手から、霊夢の口へと視線を移す美鈴。
霊夢の人並み外れた勘が、警鐘を鳴らす。 いや、これならば普通の人間でもすぐに気付くだろう。
だが、どうやら今の状態では、その勘に基づく危機回避は出来なさそうだ。

「はい、あーん」
「……」

米を掬ったレンゲを目の前に差し出し、こうやるのよ、と言わんばかりに口を開ける美鈴。
気恥ずかしさのせいか、元より熱を持つ霊夢の顔が、より紅く染まっていく。

「あーーん」
「……自分で食べられるってば」
「そいやっ」
「きゃあっ!?」

中々口を開かない霊夢に業を煮やした美鈴は、左手に持った茶碗を置くと、霊夢の脇腹へと手を伸ばす。
いつもとは違い、白い寝間着の上に半纏を纏っている為、脇本はがら空きではない。
がら空きでは無いが、脇と言う敏感な部位を、鍛え上げられた肉体を誇る美鈴の魔の手から守るには、余りにも薄い防壁である事は、言うに難くない。

驚き、小さな悲鳴をあげる霊夢。 その一瞬の隙を見逃さず、美鈴は口の中へとレンゲを押し入れる。

一瞬の空白。

その数秒後、室内に静かな咀嚼音が響き渡る。

そして、喉を鳴らす音が消え去る頃には、顔を真っ赤にした少女を見詰め、からからと楽しそうに笑う少女。
まるで姉妹の様な二人の姿が其処にあった。

「あっははははは!
 どう? 美味しい?」

「……うん」

口元に袖を宛て、視線を逸らしながら、霊夢が呟く。
そりゃ良かったと、まだこみ上げてくる笑いを必死に抑え、美鈴は次の米を掬った。

「も、もう良いって」

「いいからいいから。
 さっさと食べて、さっさと寝な。 ね?」

最初の事で恥ずかしさがある程度消えたのか、素直に美鈴から向けられるレンゲを頬張る。
ある程度食べ終わると、霊夢は満足したのか、欠伸を掻いて眠たそうな顔を浮かべる。

「よし。 それじゃあ、後はゆっくり寝てなさいな。
 あっちの方は、私が何とかしておくから」

「ごめんなさいね。 色々と……」

「らしくないわよ、色々と。 そう思うんなら、早く元気になりなさいな」

「はあい……」

いつもの素っ気無い態度とは違い、素直に返事を返した霊夢が、再び布団の中へと潜り込む。
彼女が再び寝付いた事を確認すると、美鈴は残りのおじやを鍋のまま、レンゲで口の中へと掻き込んだ。
もう湯気も立たないそれを頬張り、咀嚼する。
安心しているのだろう、小さな寝息を漏らす霊夢の横で、美鈴は呟く様に、襖の向こうへと独り言を零す。




「はぁ……ぬるいわ……」




誰に向けるでもない、小さな小さな独り言。 月明かりに照らされた襖だけが、それを聞いていた――






   ◇






「さ、て。 腹ごしらえも終わった事だし……」
















    「かかってらっしゃい。」












腹ごしらえを終え、境内へと戻った美鈴は、闇に染まった森の中へと言葉を放つ。 その言葉を合図に、数えきれない程の妖気が森をざわめかせた。
第二陣、と言ったところだろうか。 今度は少々骨が折れそうだ。


目の前から愚直にこちらへと走り寄る妖怪の頭部を蹴り、首を刎ねる。
まず、一匹。

次に、左右から襲いくる、二匹の人型。
タイミングが甘い。 最初に右から来た人型の腕を捕まえ、左へと背負い投げる。
怯んだ二匹目掛け、破山砲を放つ。
これで、三匹。

先制した妖怪達がやられたのに端を発し、数多の妖怪共が一斉に向かってくる。


「これは骨が折れそうね。 文字通り」


腕の骨を鳴らし、妖怪達へと対峙する。
刹那、背筋を冷たい物が駆け抜ける。

気配の元は何処だ?
周囲360度、全てに気を張り巡らせる。
どこでもない。 ならば何処だ。
上だ。

咄嗟に後方へと飛び跳ね、そのまま空中へと退避する。 数瞬後、凄まじい轟音と共に、大地へと何かが降り注ぐ。
恐らく、下に居た妖怪達は、ただでは済まないだろう。


「けほっけほっ……! ったくもう! なんなのよ!?」


咽せ返りながら、土埃に覆われた境内を睨みつける。
茶色のべールが晴れた震源地には、注連縄の様な物を纏った巨大な岩が鎮座していた。
よく見ると、その上には少女の様な者が立っている。


誰だ?

あの黒白か。

いや違う。

ならば、あの鬼か。

それも違う。

隙間妖怪。

それなら直接霊夢の元へと現れるだろう。

さらに目を凝らす。
 
七色に光る物が目に入る。

まさか妹様!?

馬鹿な事を考えるな。 妹様にあんな能力は無い。 多分。

じゃあ、一体誰が?


思考を巡らせる美鈴を他所に、件の人物は岩から飛び降り、居間の方へと歩いている。
その動きに、門番としての性か、居間の門前――丁度、その少女の前に、美鈴は降り立っていた。



「待ちなさい」



手を広げ、目の前の少女へと警告を告げる。
その少女は暫しの間を空けた後、貼付けた様な笑顔で言葉を返す。


「あら、はじめまして御機嫌よう。
 霊夢に用があるんだけど」

「霊夢は今取り込み中よ。
 悪いけど、出直して貰えないかしら?」

「あらそう。 じゃあ貴方で良いわ。
 暇だから、一緒に遊んでよ」

「私は暇じゃない」

「自己紹介がまだでしたわね。
 私は 比那名居 天子 と申します」


会話が噛み合ない。 彼女の様子を見るに、これはただの言葉遊びなのだろう。


「貴方さっきタメ口だったじゃない」

「あらそうでした?
 昔の事は忘れましたわ」

「そうですか。 それではさようなら」

「そうはいかないわ。 さっきも言った通り、私は暇なの。
 霊夢が駄目なら、あなたが一緒に遊んで頂戴」


そう告げると、少女 ――天子と言ったか―― が、紅い光を浮かべた剣の切っ先をこちらへ向ける。


仕方が無いか……


早々に体力の温存を諦め、対峙する少女へと構えを取る。
この吹き荒れる風が止んだ時。 それが”ゲーム(弾幕ごっこ)”の合図だろう。

顔に掛かる髪も払わず、お互いの目を見詰め、対峙する。














――――風が、止んだ。


















   「はいストップ」   











上空から響く声に崩れ落ちる場の空気。 そして、二人の少女。
水を差された二人が――正確には一人が、上空へと喚き始めた。


「もうっ! せっかく良い所だったのに、水を差さないで頂戴、衣玖!」

「またこんな所まで来て……またお父上に雷落とされても知りませんよ?
 折角お客様がお見えになられていますのに」

「だって外の世界の歌なんて、何言ってるのか判んないじゃない。 それにあのお客さん、なんか変わってるし。
 同席した天人達なんて、”ルーミア”って子にそっくりなポーズ取らせて喜んじゃって、あれ流行ってるの?
 やっぱり天人って変なのが多いわね。」

「そんな事仰られては失礼に当たりますよ。
 宗教こそ違えど、彼はお偉い方なのですから……っと」


目の前で口論を繰り広げる二人に、完全に置いていかれる美鈴。
呆気に取られている彼女に気が付いた、羽衣を纏った少女――衣玖が美鈴に気付くと、彼女の前へと近づいていく。


「挨拶が遅れました。 私、永江 衣玖と申します。 先程は総領娘様が失礼致しました。
 すぐに連れて返りますので」

「は、はぁ、どうも……」



「――さっきから五月蝿いのよあんたら……」


そこに、本来ならば美鈴の位置で彼女達に対応していたであろう、此処に住む少女の声が挟まれる。

同時に、開かれる襖。
全員の視線が、そちらに向けられる。


「全く、人が具合悪くて寝込んでるって言うのに騒ぎ立てて……」

「あら、霊夢おはよう」

「早すぎるわよ全く……」


天子からの挨拶を適当に流すと、霊夢は畳の上へと崩れ落ちる。
その顔色は先程よりも赤く染まっており、彼女の容態が悪化しているのだと認識するのには十分だった。
堪らず、美鈴は駆け寄る。


「ちょっと! 駄目じゃないのしっかり寝てないと!」

「あ”ー、大きい声出さないで、頭に響く……」

「ああ、ごめん。 とにかく、早く布団に戻りなさい。
 こっちの方は、私が何とかしておくから」

「お願いするわ…… あ”ー頭痛い……
 と言う訳で、お帰りはあちらよ」


目の前の天人達を適当にあしらうと、恐らく立つのもやっとなのだろう、一人で起き上がろうとする霊夢を、抱えて寝所へと運んでやる。
彼女が無事眠りに就いた事を確認した美鈴は、安堵の溜め息を吐き、再び境内へと戻る。

彼女の顔色を見て、状況を再確認した。
これ以上遊んでいる余裕は無い。


「と言う訳ですので、又の御来店をお待ちしております」


台本を読む様に淡々と告げると、深々と、丁寧に頭を下げる。
だがその態度とは裏腹に、徐々に彼女の体を纏う妖気が膨れ上がっていく。
恐らく、これが最後通告という事なのだろう。
ある程度状況を把握した衣玖は溜め息を一つ吐くと、帽子を目深く被り直す。


「はぁ……すいませんでした。
 流石に今度こそ本当に帰らせていただきます」

「ええ、そうして頂けると助かりますわ」


どうやら保護者間での話し合いは終了したようだ。
お互いに背を向け、本来の職務を遂行する為に、居るべき場所へと戻ろうとした。

だが、それを許さない者が一人。


「ちょっとちょっと。 それだと私は何の為にここに来たのよ」


そう。 天子だ。
今までまともに会話の波に乗る事ができなかった彼女の不満は、今にも爆発しそうである。
面倒臭そうに振り向く美鈴へと、ずかずかと詰め寄る。


「もうあんたで良いわ。 一回だけ遊んで頂戴。
 そうしたら帰るか――」


その先の言葉を続ける事は許されなかった。
左手を掴まれ、後ろ手に回される。 首筋には、鮮やかに紅い光を放つ、一本のクナイが押し当てられていた。


「――へぇ、やるじゃない」

「お願いしますから、お帰り下さい」


だが、彼女は天人だ。 この程度で屠る事ができる程、柔ではないだろう。
美鈴は天子に対し、失礼の無い様、丁重に”命令”する。
その言葉にも動じずに、天子は会話を続けた。


「なるほど。 要はあんた此処の門番なのね。
 という事は、さしずめ此処が最終防衛ラインって訳。
 一本で最終も何も無いとは思うけど」

「そうなの。 だから、その線がプツリと切れる前に、お帰り下さい?」


暫しの沈黙が、場を包む。





「……プッ」


張りつめた空気の中、天子が堪えきれず、笑い声をあげる。


「アッハハハハハ!
 良いわ、なんだかんだで珍しい物が見れたし、今日の所はここでお開きね。
 ゆっくりできる時に、また遊びましょう?」

「こちらとしては、御勘弁願いたい所なんだけど」


楽しそうに空へと飛び上がる天子を、美鈴は複雑な面持ちで見上げる。
これでまた、博麗神社に静寂が訪れる筈だろう。



「あ、そうそう」



間違いだった。

七色を煌めかせた天人が、再び美鈴の眼前に降り立ち、ニコリ、と満面の笑みを浮かべる。

「おまけ♪」

言うや否や、先程の紅い剣を抜き出し、大地へと突き刺す。
すると、先程よりは小さいが、それでも神社が軋む程の断続的な揺れが繰り返される。

「あ、貴方一体何をしたの!?」

「いや、防衛戦だったら、この方が雰囲気出るかなーって」

倒れないよう、美鈴は精一杯体勢を維持しながらも、震源地に居るにも拘らず、微動だにしない天子に問いかける。
その最中にも、目の前の大地が隆起し、陥没してゆく。

降り掛かる砂嵐に、美鈴は耐えきれず目を閉じる。
聞こえてくる物は、地鳴りの音。



――それから、数分だろうか。
  いや、数十秒程度かも知れない。


静寂に包まれる境内。
揺れが収まり、美鈴は目を開ける。



土。



目の前には、先程まで足下にあった筈の大地が、美鈴を見下ろしていた。
驚き、くるりと辺りを見回してみる。
博麗神社の居間に対し、平行に長く延びた道。

飛び上がり、上空から境内を俯瞰する。



「な、なにこれぇー!?」



そこには、ジグザグに掘られた跡の残る、所謂”塹壕”が、二重三重と形成されていた。



「あははははっ! どう? 雰囲気出たでしょう?
 それじゃ、頑張ってー!!」

「二度と来るなーっ!!」


満足したのか、高笑いを浮かべながら天へと上る天子。
衣玖は『申し訳ない』と言う表情を浮かべ、ペコリと一礼すると、彼女に続いて帰ってしまった。


「……はぁ。 まいっか。 助かったっちゃあ助かったんだし」


ポリポリと頭を掻き、神社一帯を見渡す。 妖怪達の気配は、一切無い。
これでまた少しの間は、平穏な時間を過ごせることだろう。
しかし、美鈴は理解していた。 自らが”それ”であるからこそ、理解していた。

これからが、奴等が本気で動き出す時間だと――





   ◇




草木も眠る丑三つ時。

それまで静かだった博麗神社周辺が、俄に騒がしくなる。

一つ、二つ、三つ。
十、百、千。

月の力と力を付けた妖達達が、一人の妖怪に対し差し向ける妖気としては、些か多過ぎる。


「あらあら、紅魔館にもこれだけ来客があれば退屈しないで済むのにねぇ……」


軽口を叩きながらも、内心、焦燥感に駆られる。
幾ら取るに足らない程度の妖怪共とは言え、これだけの数を相手に、楽に事が済むとは思ってはいない。
先刻よりも、更に力を付けた妖怪。 それが、先程とは比べ物にならない程の物量を持って、たった一人の、病に臥せる少女を狙い、襲い来る。
良く考えてみれば腹の立つ話だ。

だったらどうする。 答えは一つだ。


「いつも通り、やればいいのよね」


一匹たりとも、この居間を通さない。
嗚呼、門じゃないと気が抜ける台詞ね。
さて、景気付けだ。 一発持って行け。

目の前から迫り来る妖怪の群れに、崩山彩極砲を放つ。
穿たれた空間に入り込む。 怯んだ所に、飛花落葉。
手応えを感じると、上空へと飛び上がる。
上空の敵集団に一発、右手を通り過ぎようとする妖怪共の群れに、二発。

着地した私の頭上に、一筋の光が輝いた。
私とて、ただ手をこまねいてこの状況を待ち続けた訳ではない。
今も私の後ろで眠っているであろう博麗の巫女に、遺憾ではあるが、力を借りたのだ。




――

――――


傍迷惑な天人達が天に戻り、直ぐの事だった。
私は、恐らく再びの揺れで目を覚ましてしまったのだろう霊夢の元へと向かった。

居間を通り抜け、寝所へと向かう。
襖を開けると、頭痛がするのか頭を抑えた霊夢が、ある程度自体を把握しているのだろう怨嗟の念を交えつつ、こちらへと返事を返す。
あいつ”ら”では無い辺り、彼女達の性格を弁えているのだろう。


「ごめんなさいね。 また五月蝿くしちゃって」

「わかってた。 何となくわかってた。 あいつ、今度来たら覚えてなさいよ……
 それで、何の用?」

「ああ、実は、これから”お客様”が沢山いらっしゃるから、一緒に出迎えの準備をして欲しいなーって」


本当に辛いのだろう。霊夢はいつもの様にのらりくらりとした会話を交えず、直ぐさま本題に入る。
勿論、私もそれに合わせる事にした。


「へえ、やっぱり、いっぱい来そう?」

「そりゃあもう大盛況でしょうよ。 主役が最高の舞台を用意して出迎えてくれてんのよ?
 お客様もわざわざこんな辺鄙な神社まで来る甲斐があるってものよ」

「まず来客一号から歓迎しましょうか?」

「私は、あくまで門番ですから。
 あ、訂正、悪魔の門番ですから」


本当は結構余裕があるんじゃないかしら?
彼女から放たれる数本の針を交わしつつ、結局いつも通りに繰り広げられる言葉遊びに興じた。

「はあ……疲れる。 で、私は何をすればいいのかしら?」

「さっき言ったでしょう? ”歓迎”の準備だって。
 装飾品を用意してくれれば、後は私が飾り付けておくわ」

「はいはい。 じゃ、居間にある箪笥から適当に持ってって」

霊夢に促され、箪笥の引き出しを開ける。 そこには沢山の”飾り”が詰められていた。
これだけあれば、少しは楽になる事だろう。 私は彼女に感謝しつつ、それらを手に……

「あ、それ素手で触っちゃ駄目よ」

「……早く言ってよ」

訂正。 やっぱり巫女は食べても良い人類なのだと末代まで語り継ごう。
火傷状の痕が残る指を舐めながら、恨めしそうな視線を、目の前で腹を抱えて笑う不良巫女へと戻す。


「にゃろう……」


彼女が再び寝付いた後、私は彼女の額に、星マーク。 そしてその中に『龍』と言う一文字を残す事に成功した。


「お揃い~♪」



――――

――



回顧が終わる。
再び、別の妖怪が一匹、こちらへと向かってくる。 それに呼応するかの様に揺られる、一筋の糸。
同時に、無数の札が妖怪達へと襲い掛かる。

幾ら力を蓄えているとは言え、有象無象の妖怪程度に、博麗の力を帯びた札を受け止めろと言うのは、酷と言う物だろう。
一匹、また一匹と気配が消えて行く。

そう、この時、この時間に備え、博麗神社一帯には数多の”防衛線”が引いてあるのだ。

今居る境内の正反対、後方から鳴り子の音が響く。
恐らく今頃は、針ネズミが一匹生まれているだろう。

上空から飛び掛かる妖怪には、陰陽玉の洗礼が浴びせられる。 その様子を見て、つくづく思う。
道具だけでもこの力である。 よくもまあ、あんなバケモノと闘ったものだ。 自分で自分を褒めてやりたい。
さて、時間だ。




Spell Break !!




「歓迎会は楽しんで頂けたでしょうか?」


緑色の民族服を様々な血色で染めながらも、笑顔で客人達を出迎える。

しかし、絶対的な物量差と言う物は、如何ともしがたい。
これからが、門番としての腕の見せ所となる。

鶏のトサカの様な頭をした妖怪が、突進してくる。

「はい、いらっしゃいませー」

それを左にいなすと、その体に手を当て、気を流しこむ。
数秒後、その妖怪は奇妙な叫び声をあげ、体の内側から破裂する。

その後ろから、三匹で襲い掛かる、黒と紫に身を包む、一つ目の妖怪の群れ。
何かを叫びながら、一列で向かってくる。

「なんかどっかで見た攻撃ね」

定石通り、一番前の妖怪を踏みつけ、その後ろから飛び出してきた妖怪の胸を拳で貫く。
着地後、三番目に並んでいた妖怪を蹴り、頭を跳ね飛ばし、返す刀で一番前に居た妖怪を仕留める。

「おでこに稲妻でも走っちゃいそう」

得意気な笑顔を浮かべ、森の方へと向き直る。
が、その笑顔は絶望的な光景によって凍りつく事になった。


「はは……なに、これ」


先程の妖怪達との戯れが、興奮した彼等に発破をかけてしまったかも知れない。


大小、人型、虫型、鳥形、正体不明。
様々な妖怪達が、一斉に襲い掛かる。
もはや仕掛けも何も関係無い。


このままでは、数に押しつぶされる。


「ああああもう面倒臭いわね!!」


地から、天から、襲い掛かる妖怪達を弾き飛ばし、時間を作る。
屋根の上に飛び上がり、静止し、頃合いを計る。


「うわぁ、こんなに居たの……」


下方に蠢く、紫、灰、赤、様々な色の妖怪の群れ。
思わず、息を吐く。


「ま、これで少しはマシになる筈……っね!」


近づく妖怪を弾き飛ばし、スペルを発動させる。


「先に謝っとくけど、霊夢、ごめんね」


此処からではこの言葉を聞く事は出来ないだろう巫女に謝罪をし、スペルを発動させる。



幻符『華想夢葛』


博麗神社の屋根を抉りながらも、方々に巻き散らされる大量の弾幕に、妖怪達が次々と沈んで行く。
だがこの程度では、大して変わらないだろう。
敵陣の最も密度が濃い場所に降り立ち、スペルを発動する。


虹符『彩虹の風鈴』


台風の様に回転する鮮やかな七色の弾幕に、妖怪達が薙ぎ倒される。
空いたスペースから飛び立つと、神社の裏手へと移動する。
そしてスペルを再び一枚。


彩華『虹色太極拳』


空を舞い。 時に留まり。
色鮮やかに虹色な門番とは誰が言ったか。
その美しさからは想像も出来ぬ骸の群れを積み上げ、場を沈黙させる。

「っ!」

敵が辿り着く気配が、居間の目前へと迫った。
霊夢には、念の為に内側から結界を張って貰っている為、暫くは時間稼ぎが出来るだろう。
社内に入り込んでいく妖怪達よりも、先ずは霊夢の元へと近づく奴を殲滅するのが先だ。

直ぐさま境内に戻り、障子を叩く妖怪の首を刎ねる。

しかし、振り返る先に映る物は、先程よりも更に密度を増した妖怪達の、血走った数多の視線だった。


「ははっ……正に”背水の陣”ね」


軽口を叩くだけの余裕はある。
敵の数は考えるな。 まず、居間へと近づいた敵から倒せ。
とにかく霊夢をやらせなければ、私の勝ちだ。

そう最終目標を確認し、自らを奮い立たせる。


ここが正念場だ――




――

――――



あれからどの位の時間が経過したのか、もう覚えていない。

とにかく、近づいてきた順番に倒してきた。
もうスペルも尽き、満足に弾幕を形成するだけの余裕も無い。

もはや一匹一匹、確実に始末するしか方法は無いだろう。
そうなると、目の前から依然として減らない妖怪に視線を向けるのは、精神的に辛い者がある。
恐らく、最初の妖怪との接触から、時間にして三十分も経っていないだろう。
丑三つ時がこれだけ長く感じられたのは、随分久しぶりな気がした。

「あっ……!」

途切れなく襲い来る妖怪達を相手にする内に、一瞬だが、集中力が緩む。
それが命取りだった。

粘土状の妖怪に対し、拳を繰り出す。
結果、腕を絡み取られ、動けなくなってしまう。

しまった。
そう思っても、離してはくれない。
腕に気を集中させ、その身を破裂させるも、遅かった。

一瞬の隙をつき、美鈴へと襲い掛かる妖怪の大津波。


万事休すか。



しかし、運命の女神は、まだ彼女の主の手中に囲われているらしい。



轟音を唸らせ、銀に光る巨大な弾丸が大地へと降り注ぐ。
次に聞こえるは、爆発音。

何が起こったのか。
美鈴は怯んだ妖怪達を吹き飛ばすと、上空を見上げる。


「お待たせ。 慧音から頼まれた薬、持ってきたわよ!」


そこには、へにゃりとした耳を持った月の兎が、彼女の故郷を背に佇んでいた。
その後ろから、援護射撃だと言わんばかりに放たれる、妖怪兎達の弾幕の嵐。
恐らく永遠亭から連れてきてくれたのだろう。

これで形勢は逆転。


美鈴は彼女達に感謝し、今後一切兎鍋を口にしない事を胸に決めると、残った妖怪達を制圧するべく、空へと飛び上がった――





  ◇



それから、約30分後――


あれだけ大量に居た妖怪達も沈静化し、社内に侵入していた妖怪達の掃討も終わる。
レイセンと共に急いで、霊夢の元へと向かった。

「お願いね」

「ええ、任せて。 ……うっわ、すっごい熱」

寝所に辿り着いて直ぐ、霊夢の診断が始まる。
私と似た名の名医ほどでは無くとも、彼女の看護の腕は、信頼に値する物だと言うのはすぐに分かる。
ここへ連れて来た妖怪兎の内、何匹かにテキパキと指示を下す。

「 ? 何をしてるの?」

「いえ、少しでも良くなる様に……って」

熱にうなされる霊夢に、先刻と同じ様に気を送り続ける。
身体の節々が痛い。 しかし、霊夢はもっと痛い筈だ。
ここまで守り抜いたのだ。 もしもポックリ逝こうものなら、亡骸を食ってやるんだから。


「……さあ、私達も頑張るわよ。
 帰って師匠に自慢話が出来る位頑張りなさい!」

レイセンが、その姿を見詰め続ける兎達に檄を飛ばす。
素早く身体を拭い、服を着せ替え、体温を測る。

39.7℃

これで、あれだけの喧噪に包み込まれていたのだ。
ここまで良く持った。 もう、大丈夫だ。

「これで……よしっ」

レイセンが、霊夢の腕に注射をする。
恐らく、これがワクチンなのだろう。

暫く様子を見ると、顔に差す赤みがスッと引いて行くのが確認出来る。


「ふぅ……お疲れ様」


そう笑顔で告げるレイセンを、私は黙って抱きしめた――




    ◇




――今は何時位だろうか。
  壊れた神社の修復を妖怪兎達に任せ、私は縁側でレイセンと共にお茶を啜っていた。


「……それにしても、助かったわ。
 ありがとう、レイセン」

「ん……」

隣に座るレイセンが、素っ気ない返事を返す。
二人して、夜空を見上げている。


「とりあえず、そろそろ行かないと。
 師匠の手伝いもしないといけないし」

「そう。 貴方のお師匠様にも伝えて頂戴。
 『ありがとう』って」

「ええ。 それじゃ、また」

「ええ、また……あ、そうだ!」

「うん?」

私は紅魔館の状況を説明し、あちらにも薬を分けて欲しいと頼んだ。
私からだと言う事を伝えれば、紅魔館の門を潜るのは訳も無いだろう。


「分かったわ。 お駄賃は人参一本ね」

「折角なんだからもっと贅沢言いなさいよ」


お互いに笑みを交わし、レイセンは永遠亭へと戻って行った。

なんだか素っ気無くも感じたけど、結構気の効く性格なのだろう。
こうやってお手伝いの兎を残していってくれてるし。

傍を歩いていた妖怪兎を、ヒョッと膝の上に乗せ暖を取る。
初めはあたふたしていたこの子も、暫くするとウトウトしだし、遂には丸まって寝てしまった。

ああー、ウチにも一匹欲しいわ、この子達。
張り詰めていた気が抜けたせいか、どっと眠気が襲ってくる。
そういえば、昨日は忙しくて昼寝どころじゃ無かったからなぁ……

ちょ……と、だけ……



    ◇


仕事を終えた門番が、膝で眠る兎を撫でながら、うとうとと船を漕いでいる。
この様子では、私も私も、と兎達が押し寄せて来るのは時間の問題だろう。
暫くすると、血腥い格好だと言うのに、仕事を放棄したのだろう何匹かの兎達に囲まれ、完全に夢の世界へと旅立っていた。



「……」


静かに、こくりと首を動かす美鈴の隣に、すっと座り込み、下から、彼女の寝顔を覗き込む。


こく…………こく…………


「いてっ!?」


鈍い音が二つ、寒空に響き渡る。
その音に驚いたのか、妖怪兎達は慌てて飛び起き、逃げ去ってしまう。


「ああー、フワフワモコモコがー」

「……っ!」

膝に居た暖房が逃げ出し、残念そうな顔を浮かべる美鈴。
対して霊夢は、未だ治まらぬ頭痛に、頭を抑え蹲る。

「……ったいわねぇ!」

「あいたっ!!」

目尻に涙を浮かべた霊夢が、美鈴の頭を叩く。
彼女の帽子に付けられた星のマークが『痛』に変わった様に見えたのは、思い過ごしだろうか。

「すいません咲夜さん! さっきピンクの水玉模様の鯨が空を……!」
「何訳分かんない事言ってんのよ全く……」

まだ寝ぼけているのか、此処には居ない人物に対し、必死の言い訳を試みる美鈴に、霊夢は呆れた表情を見せていた。
その仕草とは対照的に、顔は笑みを浮かべている。

「あら、おはよう霊夢」
「おはようさん」

まだ体調が優れない様だが、先程よりも顔色が良い事を確認した美鈴は、彼女に笑みを返す。

「どう、体の具合は」
「ん、まだちょっとダルいけど、流石は永琳印の薬ね。
 こんなに早く効くなんて、なんか悪いもんでも入ってるんじゃないかしら」
「こらこら」

口調もすっかりいつも通り、遠慮も何もなく、思った事を思った通りに言い放つ。
この調子ならもう大丈夫だろう。 そう思った美鈴は、静かに立ち上がり、マフラーを巻き直す。

「あら、どうしたの?」
「それだけ元気があれば大丈夫ね。
 私はもう戻るわ。 咲夜さんの病状も気になるし」
「……そう」

美鈴の後ろ姿を見詰める霊夢はぼそっと、呟く。


「暖かくして寝なさいよ。 あ、ほら言った傍から」


霊夢へと歩み寄る美鈴。
開けた半纏の胸元を整えてやり、最後に自らの巻いていたマフラーを、首に巻いてやる。


「よしっ!」


半纏とマフラー。 恐らく温々だろう霊夢のダルマの様な格好に、満足げな顔を浮かべる。


何故だろう。
その笑顔に、霊夢は胸を締め付けられる様な苦しさを感じる。


「それじゃ――」



「待って」



気が付いたら、口にしていた。
何だろうと振り向く美鈴に、頬を赤く染めながら、小さな声で呟く。


「……お茶でも飲んでいきなさい」

「……」


霊夢の言葉に、無言を返す美鈴。
思案しているのだろうか。 それとも、呆れているのか。

不安に包まれる霊夢の心の行方は、次の彼女の言葉に懸かっているだろう。
無言のまま立ち尽くす、二人。 


「……ありがとう」


そう言うと美鈴は、はにかんだ笑みを浮かべ、縁側へと戻ってくる。
一人では心細かったのだろう。 霊夢は安心したのか、再び縁側にへたり込んでしまう。

「あ、大丈夫!?」
「ええ、大丈夫よ。 大丈夫」
「だって顔真っ赤じゃない。
 私がお茶を淹れてくるから、あんたはここで座ってなさい」
「……ありがと」

霊夢に異常が無い事を確認すると、美鈴は台所へと向かう。
廊下の角を曲がる所までを、霊夢は安心し切った顔で追いかける。



――嗚呼、家に姉が居たら、こんな感じかしら。



ボーッとした頭で、そんな事を夢想する。
意識を手放しかけている彼女の元に、美鈴が角からヒョコッと顔を覗かせる。

「ねえ! 栗羊羹があったんだけど、出して良い?」

「ヒャッ!? い、いいわよ!?」

慌てふためく霊夢の様子を、額の星に?マークを浮かべながら眺め見る美鈴。
そのまま観察していると、また針が飛んでこないとも限らないと考え、直ぐさま台所へと顔を引っ込める。

「まいっか。 羊羹羊羹~♪」

スキップでも浮かべそうな軽い足取りで台所へと向かった美鈴は、美味しそうな栗羊羹を小皿に乗せると、暖かいお茶を急須に移し始めた。




   ◇



「お待たせ」

「あ、ありがとう」

もう時刻は五時を回っただろうか。
妖怪兎達も修理をある程度完了し、永遠亭へと帰って行った。
ある程度、で帰ってしまうのも兎達らしい。

残された者は、霊夢。 そして美鈴。

二人だけの、静かな時間が続く。
あれ程強く吹き荒んでいた風も止み、境内にはお茶を啜る音と、咀嚼音のみが響いていた。


「はあ……平和ねえ」

「その平和、さっきまで守ってたのよ、私」


歯形の付いた羊羹を置くと、美鈴は心底疲れた、と言わんばかりの表情を浮かべ、俯く。
その様子を見た霊夢は、笑みを浮かべながら、彼女の顔をまじまじと見つめる。


「そうよねえ、正義の味方よね。
 今度紅い服用意して待ってるわ」

「私はグリーンのままで結構よ。 それに、白が混じったらどっちだか分からないじゃない。
 あと脇が寒いのも御免よ。 ずっと立ちっぱなしなんだもの」

「違いないわ」


クスクスと、楽しそうな笑い声が木霊する。



「あ……」



そんな二人が手に持つお茶に、ふわり、と舞い降りる白。
直ぐに溶け蒸気となり、再び空へと昇っていく。

二人同時に、空を見上げる。
雲一つ無いというのに、もう直ぐ明けるだろう藍色の空からは、しんしんと粉雪が振り続け、境内を白く染め上げていく。


「綺麗ね……」

「本当……っくしゅん!」

「あらあら」


くしゃみをした霊夢を、美鈴は笑いながら優しく抱き寄せた――





――

――――




妖怪の山の頂、雲の上に存在する天人達の住処、天界。
一人の天人が、緋想の剣を振り翳し、下界へと雪を降らせていた。


「――ふふっ、総領娘様も、だいぶ空気が読める様になってきたじゃありませんか」


その様子を、端から微笑みを浮かべつつ見守る衣玖。


「私の神社が汚くなってたから、こうやって誤摩化してるのよ」


髪の隙間から真っ赤に染まった耳を覗かせる彼女の後ろ姿に、衣玖は場所も弁えずに、お腹を抱えて笑いだす。


「ちょっと! それどういう事よ!」


お互いにちょっとだけ素直になった、そんな冬の夜空での出来事だった――



――――

――



白化粧を施された、朝の博麗神社。
日の出と共に、付近に微かに残っていた妖気も霧散する。
その様子を無事見届けた美鈴は、横に置いていた帽子を被り、立ち上がる。

「もう大丈夫そうね。 でも無理は禁物よ。
 最悪、お嬢様をこちらに向かわせるわ」

「あんた自分の主人をなんだと思ってるのよ?」

「門の中の人」

「あ、そう」

軽く会話をした後、美鈴は今度こそ、と空へと飛び立つ。


「ちょっと!」


霊夢は彼女の後ろ姿へと、声を投げかける。
今度は何事かと振り向く美鈴に、霊夢は年相応だと感じさせる笑顔と共に、叫んだ。


「また、お茶でも飲みにいらっしゃい! 暇な時にでも!」


その言葉に、照れ隠しなのか帽子を目深に被り、再び背を向ける。
恐らく怪訝そうな表情を浮かべているだろう巫女の姿を想像すると、口元がにやける。
そんな顔を見せる訳にはいかない。 しかし、言わなければならない事もある。
顔の半面だけを覗かせ、下に居る巫女へと返事を返す。


「じゃあ、いつでも来て良いわけね。 また明日……あ、それと」


美鈴は悪戯に成功した子供の様な笑みを浮かべながら、額を二度叩く。


「それ、外さないとナイフの的にされるかもよ」


惚けた顔をした霊夢の表情は、伺い知れない。
暫くすれば黒白の魔法使いでも来て、彼女の異変を解決してくれる事だろう。
そう考えると、笑いが堪えきれなくなる。 その前に此処から立ち去らねば。
今度は振り向く事も無く、館で待つ自らの主の所へ帰る為に、博麗神社を後にした。




   ◇



紅魔館へと返る最中、ふと霊夢の笑顔が脳裏を過る。
誰からも嫌われる吸血鬼、その手下とも呼べる自分を、どうして彼女は信用し、番を任せてくれたのだろうか?
恐らく博麗の巫女である彼女の事だから、妖怪相手に心を開くと言う事は無いだろう。 いや、もしかしたら、例え相手が人間であったとしてもだ。

しかし。

例えそうだとしても、そんな彼女が、最後に私の中に残してくれた言葉。 それだけで、この一夜の出来事が無駄では無かったと思わせてくれる。
妖怪の能力が精神的な物に依存するものだと、誰かが言っていた。 ならば、今の私は、間違いなく昨夜の私よりも強くなっている。
そう、確信する事ができた。

それに今となっては、お嬢様の突飛な命令から起こったこの騒動も、彼女との不思議な縁を繋げる為だったと思えば、存外悪い気分では無い。

次に霊夢の元を訪れる時は、とっておきの緑茶を持って行こう。
お嬢様も、霊夢の為ならば、目を瞑ってくれるだろう。

私は新しい友人との出会いに顔を綻ばせながら、懐かしき我が職場を通り過ぎ、この物語の始まりの部屋へと足を運んだ――




   ◇



朝日が紅をより鮮やかに照らす紅魔館。
光の差し込まないメイド長の私室にて、もう一つの防衛戦が終わろうとしていた。

「36.2℃。 はぁ……」
「お疲れ様」

紫の髪をした少女が、咲夜の体温を確認すると、溜め息を吐く。 それに対し、珍しく労いの言葉を投げかけるレミリア。
美鈴が博麗神社へ発った後、二人掛かりで彼女を看病していたのだ。

パチュリーの手により介護を施された咲夜の病状は、見る見る内に快方へと向かっていた。
呼び出されたパチュリーにとっては良い迷惑だが、ただ一人の親友に頼まれたのだ。 無碍にするのも気が引けたのだろう。 それに、メイド長には何度も世話になっている。
結局、数多の知識を持つ彼女が殆どの看病をするのみで、レミリアはその手順を逐一、頭に叩き込むに終始した。

しかし、パチュリーは忘れない。
看病の手順を説明している時に見た、爪が食い込み、紅く滲んだ掌を。
次からは、また咲夜の身に何かあっても、彼女が面倒を見れる事だろう。 それに、もし彼女一人では無理でも、此処には門番も、勿論自分も居る。
とりあえず、美鈴からの遣いで来たと言うあの兎には、お礼の品でも送っておこう、と心に決めると、パチュリーは今回の件で興味を抱いた医療の本へと、再び目を落とした。


「本当に、お疲れ様」


小さな吸血鬼は笑みを浮かべ、もう一度、彼女”達”へと労いの言葉を掛ける。
恐らく、戻って来た彼女にも伝えたのだろう。
もうすぐ開かれるであろう扉の方を見詰めながら、パチュリーは再び手元の本へと視線を落とした――





     ~ 終 ~
    ~ おまけ ~ 



「師匠、何か良い事あったんですか?」

「え!? あ、いや、何にも無いわよ、ほんと!」


怪しい。 昨日から、師匠の様子が変だ。
妙に波長が昂っている気がする。


「ほ、ほら! まだ体調の優れない患者が居るんだから、さっさと回診行ってらっしゃい!」

「それって師匠の仕事じゃ……」

「早く!」

「は、はいぃーっ!!」


――――

――


「……」


騒ぎ立てる二人の様子を、物陰から覗き見る影が一つ。


鈴仙は知らない。
紅魔館から、先日の礼に、と人参を貰い喜んでいた彼女は知らない。


てゐは知っている。
師匠の元には、特大のウサちゃんぬいぐるみが送られて来た事を……




    ~ 終わり ~  



こんどこそあとがき

正直、長過ぎた気がしないでもないです。
クリスマスには投稿しようと思い、詰め込みたい事を詰め込もうと思ったらこんな長さに……
結果、見直しと視点を合わせるのに一苦労。 友人に見せた所、やはり長過ぎると突っ込まれましたが、
どうせだったら全部見て欲しいと思い、丸ごと掲載させて頂きました。
24時間じゃねえとか、ここ表現おかしくね? 等ありましたら、お教え頂けると幸いです。
最後に、此処まで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。 そして、お疲れさまでした。
彼女達の様に、”こんな”風にならないよう、お体にはお気をつけ下さいませ。

※ 誤字修正しました。 ご指摘ありがとうございます。
※ 再び誤字修正。 本当にありがとうございますm(__)m
毛玉おにぎり
[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.5930簡易評価
6.100謳魚削除
美鈴と霊夢さんの組合せはあんまり見かけないから嬉しや嬉し。
照れ照れ霊夢さんと乙女ティックえーりんししょーに萌え。
11.100煉獄削除
戦闘もさることながら美鈴と霊夢の組み合わせや、
会話などが非常に面白かったです。
美鈴、お疲れ様。
たとえ質がなくてもあれだけの量を相手にするのはさすがと。
やはり護るべきものが後ろに在るからでしょうか……。
面白かったです。
19.100名前が無い程度の能力削除
ニヤニヤとお嬢様のカリスマメーター上昇がとまりませぬ
20.100名前が無い程度の能力削除
メーレイ!メーレイ!繰り返す!メーレイ!メーレイ!
素晴らしいSSでした。
23.90コメントする程度の能力(ぇ削除
>>パチュリーの手により介護を施された咲夜の病状は、見る見る内に介抱へと向かっていた。
この場合介抱→快方が正解かな
まあ誤植はつきものだし評価外で
やっぱり守る事に特化しためーりんかっこいいよめーりん
30.100名前が無い程度の能力削除
なんという幻想郷の防人
博麗の巫女にはこういう仲間が必要なのかもなー
普通に考えて独りじゃ荷が重過ぎるよ…
40.100名前が無い程度の能力削除
後書きの師匠でやっと「むぎゅっ」の作者さんだと気付いた俺ww
ネタキャラでない、本気の美鈴を描ききった素敵作品に敬意を。
42.90名前が無い程度の能力削除
大量の雑魚妖怪の相手に病人の護衛。
どんなに強い妖怪たちでも、かなり困難な状況ですね。
複数戦闘が苦手そうな美鈴は頑張った。
46.90名前が無い程度の能力削除
いい話だたよ。感動したね。
ただ所々視点がいきなり変わるというか誰視点なのか分かりにくいところがあったからそういうところは分かりやすく区切るか統一したほうがいいかも。
50.100名前が無い程度の能力削除
スラスラ読めたから、別に長いとは感じなかった。
>>頭領娘様
天子は総領娘では?
54.90名前が無い程度の能力削除
これはいいほのぼの
個人的にこの二人の絡みはもっと見たいと思ってたのでうれしいです。
65.100名前が無い程度の能力削除
美鈴と霊夢の組み合わせって紅魔郷やればかなり出てきそうなのに少ないんですよね
と言うわけで美味しくいただきました
72.無評価毛玉おにぎり削除
>6.謳魚さん
ええ、あんまり見掛けないものですから書いてみました。
喜んで頂けて嬉しいです。

>11.煉獄さん
長編を書こうと思って、戦闘描写と会話を意識して文章に取り入れてみました。
結果、この長さに……お疲れ様でした。

>19.名前が無い程度の能力さん
さあ、紅魔郷をやる仕事に戻るんだ。

>20. 名前が無い程度の能力さん
さあ、紅魔郷をやる仕事に(略)

>23.コメントする程度の能力(ぇ さん
あ、誤字訂正しました。 ありがとうございますm(__)m
美鈴格好良いよ美鈴

>30. 名前が無い程度の能力さん
神主に愛される程度の魅力を持っている霊夢なら、きっと何が在ろうとどーにかなりますよ。
なってください。

>40. 名前が無い程度の能力さん
あ、ありがとうございます。 もうちょっと頑張ります。
訂正、もっと頑張ります。

>42. 名前が無い程度の能力さん
きっと守り慣れている彼女ならと思って、今回このポジションに据えてみました。
すいません、嘘吐きました。 霊夢と並んだ美鈴が見たかっただけです。 今回のSS書いた理由はきっと此れです。

>46. 名前が無い程度の能力さん
あ、御指摘ありがとうございます。
執筆中にも三人称視点→一人称とぶれる事が多かったので、もう少し視点を安定させる様に努めるべきでした。
次回には必ず反映させます。

>50. 名前が無い程度の能力さん
大工の娘としてねじり鉢巻にフンドシ締めた天子が幻視余裕でした。
すいません、冗談です。 いや、本気です。 修正しました。 ありがとうございます、

>54. 名前が無い程度の能力さん
さあ、紅魔郷3面を(ry

>65. 名前が無い程度の能力さん
さあ、紅(ry
74.100名前が無い程度の能力削除
美霊とはめずらしい
かっこいい美鈴読ませていただきましたー
76.無評価毛玉おにぎり削除
あ、ありがとうございます。
格好良いって言って貰えると嬉しいです。 美鈴が。
89.100名前が無い程度の能力削除
藤原懐石より作者たどってきました~
美鈴と霊夢の組み合わせ・・・いいですね・・新しい境地が・・
「護る者」の素晴らしさを知った気がします。
90.無評価毛玉おにぎり削除
89.名前が無い程度の能力さん
えっと……なんて言うか、凄い嬉しいです。
新しい作品から興味を持って頂いて、そしてこの作品を読んで下さり……
もっと精進いたしますので、新しい作品が出た際に、より楽しんで頂けましたら嬉しいです。
ありがとうございます。
91.100名前が無い程度の能力削除
なんか実は、美鈴『お姉様』系じゃないかと思えてきたw
92.無評価毛玉おにぎり削除
91.名前が無い程度の能力さん
美鈴は全ての可能性を内包した少女ですよ、ええ。
93.100名前が無い程度の能力削除
やっべぇ、美鈴いいわ。
霊夢みたいに世話される昔の咲夜さんが想像できましたw
102.80名前が無い程度の能力削除
ワクチンは予防するための物では?

こういう話は美鈴一人が美味しいとこ持ってけるから良い。お姉さんな美鈴は、色んな意味で霊夢を守ってたけど、格好良すぎるよ…