Coolier - 新生・東方創想話

初めての始め

2020/11/12 21:00:55
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 初めて彼女と会ったのは、進学先である京都の大学でだった。
 入学して数日。大学のあらゆるクラブやサークルが、新入生を自分のところを引き込もうとあの手この手で誰彼構わず声を掛けていたころ。舞い散る桜と様々な恰好をした学生が入り乱れる校門までの通路を見て、『これも大学の楽しみ方の一つか』などと考えながら通り抜けようとした時だった。ふらりと覗いて、どこか面白そうなクラブでもあれば話を聞いてみてもいいかもしれない。そんな風に考えていた。
 甘かった。
 私はあっという間に周囲を取り囲まれ、入部勧誘の洗礼を受けることになった。なまじ興味ありげに眺めていたのを見て、未入部のカモか東京の田舎者とでも思ったのだろうか。四方八方から突き出されるビラ、同じく四方八方から投げ掛けられる、恐らくは入部勧誘の言葉。聖徳太子でもない私が同時に何人から発される言葉を聞き分けることなんて出来るはずもなく、周囲を囲む、私より背の高い男たちの壁を突破する勇気もなく、音と人の圧によって意識が混濁しかけたころだ。
「こっちよ」
 音の洪水の中、その小さな声だけは私の耳にはっきりと届いた。
 それと同時に、手を引かれる感覚。訳が分からないまま、握られたその手を振りほどくこともなくただ手を引かれて人の壁の隙間を抜けて、私の手を引く誰かと一緒にどこか茫然と走る。目の前を走る紫のワンピースに金色の髪。その背格好から女性であることは分かるが、知らない背中だ。
 そうして、暫く走って、大学構内の人気のない場所にまで連れてこられて。未だにぜいぜいと息を荒げる彼女へ向けて、話しかける。
「ありがと、助かったわ。私は宇佐見蓮子。……貴方は?」
「………………マエリベリー・ハーン」
 たっぷり時間を掛けて息を整え、ようやく彼女はこちらに振り返って名前を名乗ってくれた。
 その時、初めてちゃんと彼女の顔を見ることが出来た。西洋人らしい、その綺麗な相貌は、金色の髪も相まって人形じみた印象を受ける。けれど、やっぱり知らない顔だ。
 自分が暫くぼうっと彼女を眺めていたためか、彼女は所在なさげに頬を赤らめて視線を逸らす。そんな反応をされてはこちらも恥ずかしくなってしまい、彼女と同じように視線を逸らせてしまう。
 そうして暫くお互い押し黙る。沈黙に先に音を上げた私は、誤魔化すように口を開く。
「しっかし、まさかあんなに強引な勧誘をしてくるだなんて、びっくりだわ。えっと……ハーンさん、だっけ? 貴方も盛大に歓迎されたクチ?」
「……まあ、そんなところ」
 やはりというか、彼女もまた、私と同じ一年生で、強引な勧誘活動に辟易していたらしい。日本人離れした容姿に金髪なら、きっとどこのサークルからも引っ張りだこなのだろうかとも思ったが、口には出さないようにした。日本には似つかわしくない顔立ちに髪。こんなお世辞じみたことは彼女自身言われ慣れているだろう。それこそ、嫌というほど。
「ハーンさんは、どこかのサークルには入らないの?」
「まだ、何も……。貴方は?」
「私も、大学のホームページで見たクラブ一覧からはピンと来るものがなくてね。ホームページにも載ってないような小規模のサークルや同好会ならあるいは、とも思ったんだけど、今更あそこに戻って探すのもちょっとね……」
「そ、そうなんだ……」
「まあ、どこかに入らなきゃいけないわけでもないし、勧誘が落ち着いてからでもいいかもしれないわ。大学生活はこれからだもの。ゆっくり探してみるわ」
 そう言葉への、返答は無い。
 その代わりに、彼女は胸に手を当てて俯いたままだ。口を開く気配はない。
 もしかしたら、彼女は内向的な性格なのかもしれない。本来なら、人と話すことすら苦手な性分かもしれない。それでも、彼女は私を助けてくれた。
 なれば、これ以上、彼女と一緒にいるのは他でもない彼女にとって良くないのだろう。私の存在そのものが、彼女の前に私がいることそれ自体が、彼女に気を使わせているのかもしれないのだから。
 彼女との別れは名残惜しいところがあるが、今生の別れというわけでもあるまい。長い大学生活だ。改めて礼を言う機会もあるだろう。今日のところは、軽く礼を告げてスッと去るのが良さそうだ。
「それじゃ。私はこれで。助けてくれてありがとうね。機会があれば、また会いましょう」
 言ってから、せめて学部くらいは聞いて良かったかもしれない。そう思って立ち去ろうとした矢先だった。
「ま……待って!」
 私を呼び止める声。それと手を引かれる感覚。無論、この場にいるのは私とハーンさんしかおらず、そんなことが出来るのは彼女だけだ。
 彼女のほうを見れば、真っすぐにこちらを見ていた。どこか潤んでいるようにも見える綺麗な瞳が、私を強く捉えていた。
 彼女は、一度二度、大きく深呼吸し、彼女自身の中でしっかり準備を整え、強い眼差しとともに切り出す。

「じゃあ、……もし宇佐見さんが良ければ、私たちで作らない?」

 私たちで作るって、何を……もしかして、私たちの、新しいサークルを?
「もちろん!」
 そのお誘いを、私には断るなんてそんなこと思うはずもなかった。この偶然の出会いを、ここだけのものにしたくはないと、そう思った。
 それが、私とメリーだけの、秘封倶楽部の始まり。
 最初は、何をやるのかすら決まっておらず、ただ二人で駄弁っているだけの、そんなサークルという名ばかりのただの仲良し二人組みたいな関係だった。それが、お互いオカルトに興味があることに気付いて、今では情報を仕入れてはその真偽を確認し合う、立派なオカルトサークルとなった。大学非公認なのは相変わらずだけど。
 もちろん、オカルトを追いかけるのは大好きだ。全てを分かり切った気になっている、そして何かを隠しているこの世界の秘密を暴くのは、私が専攻する超統一物理学によって世界を紐解くのとはまた違う面白さがある。
 それに、きっと何より楽しいのは、ハーンさん……いや、メリーが一緒だったからだと思う。専攻も性格も違うのに、何故か馬が合う彼女との日々は、私にとって掛け替えのないものだ。

 彼女と秘封倶楽部を初めて早一年。二度目の春が来た四月。当然のように今日も二人だけの秘封倶楽部の一日が始まろうとしていた。

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