Coolier - 新生・東方創想話

夢の跡地

2016/11/09 00:49:20
最終更新
サイズ
13.22KB
ページ数
1
閲覧数
2484
評価数
6/14
POINT
780
Rate
10.73

分類タグ




 いつも通り約束の時間より遅れて待ち合わせ場所に行くと、いつも通りではない顔で迎えられた。
 ごめんごめんと簡単に謝ってみてもやはりいつもの顔には戻らなかったので
 目的の海岸に向かうまでの間、途中に出会った野良猫の事や
 最近レンタルした映画がびっくりするくらいつまらなかった事
 コンビニであんまんが10円割引を行っていた事など少しオーバー気味に話してみたが
 メリーの顔は一向にいつも通りの顔にならなかった。
 私の話は「へえ」や「ほんと」などで彼方へ流されていくので少しの寂しさと共に腹立たしさが募ってきた。
 メリーの素っ気なさはほぼ確実に自分が怒っていることのアピールと少しの構って欲しさがあいまって出来たものだと
 容易に想像出来たけど、私はそれを理解して道化を演じることなんて大人びたことは出来ず
 少しむっとした態度を取ってしまった。

「なんで先に行くの。歩くの早い。いい加減怒らないでよ」

 先に歩いていたメリーの片足が、昨日の降雨によって出来た水たまりについてぽちゃんと音を立てた。
 メリーは振り返ったかと思うと間髪をいれずに「なんで蓮子の方が不機嫌になっているのよ」と言って
 再び振り返りローファーをぱすぱす言わせて歩いていってしまった。
 一瞬だけ見たメリーの顔は怒っているものだったので今度ははっとなって「待って」と声をかけて追いかけた。

 有名な海水浴場の合間にあるというスポットへは案外早く、15分程で着いた。
 その間メリーはずっと黙って足を動かしていて、私は早歩きのメリーと同じくらいの速さで足を動かし
 どうでも良いことを喋るために同じくらいの速度で口も動かした。
 到着した頃には夜が降り始めていたし、冷たい風も吹いていたので
 近くの自動販売機で暖かいミルクティとカフェラテを買って堤防に座って本格的な夜を待った。

「どっちがいい?」
「ミルクティ」
「じゃんけん」
「じゃあカフェラテで良い」
「じゃんけんしようよ」

 じゃんけんの手を振りかぶった頃にはメリーは既にカフェラテを開けて口をつけていたので
 私は仕方なくミルクティをすすった。
 今宵はスーパームーンと流星群の動きが活発になる珍しい夜だとネットで噂されていた。
 じゃあその空を独り占めてやろう、とお昼の時にメリーと計画したので
 今日はこんなに遅くに誰もいなそうな海水浴場の間を狙って来たのだ。
 そして見事に計画通り、あたりには誰の姿も見受けられなかったが
 その誰も居ない感じというのが今のメリーとの状態を一層冷やすような気がして
 失敗の用に思えてきた。
 
 先ほどまで温かった缶が、すっかりひんやりしてきた頃
 メリーはやっと口を開いた。

「星、降らないわね」

 メリーは顔をこちらに向けた。
 今のメリーの瞳には見覚えが在った。
 何処でだっけ、と考えている内にメリーがまた口を開いた。
 
「蓮子、手、寒くないの」

 ぼうっとしていた私は冷え切った缶をずっと握りしめていた。
 ぽっけに入れると、意識がそちらにまわり、一層に寒さを感じ何回か太ももにこすりつけた。
 落ち着いたところでメリーの瞳を改めて見やる。メリーは数回瞬いた。
 そして思い出した。
 これは『夢の跡』を訪れた時に見た瞳だ、と。



--



「いいじゃない、楽しそう。夢だったのよ。話には随分聞いているけど、やっぱり見てみないと」
「でもメリー、本当に何も無いよ?」
「いいのよ。だって、誰しも一度は行ってみたい場所でしょ」
「それはもう随分昔の話」
「まあ良いじゃない。私が行けば何か見つかるかも。近いんでしょ」
「遠くは無いわ」

 メリーと初めて卯酉新幹線に乗って、東京に有る私の実家に行った時のことだ。
 何泊かして、そろそろメリーは私の実家周りを探索するのを飽きてしまったのだろう。
 夜、寝る前に急にある場所へ行きたいと言い始めた。
 私の実家からその場所へはそこまで遠くない。
 都営と私鉄を乗り継ぎ、一時間ほど歩けば着く距離だ。
 メリーは嬉しそうにいつものカバンに飴やバターサンドクッキー、折りたたみ傘などを突っ込んでいた。

「チョコレートも居るわね。板の」
「冒険しに行くんじゃないんだから」
「冒険よ」
「そう……長靴は途中で買いましょう」
「長靴? まあいいわ、蓮子のほうが詳しいんだから、任せる」

 メリーは終始嬉しそうだった。
 明日の予報を確認し、せっかくの天気なので出来るだけ日光を浴びるルートを考えて早めに就寝した。
 朝の八時に出れば、昼頃そこに着く計算だ。

 次の日、興奮冷めやらないメリーに叩き起こされて予定より三十分程早く出発した。
 私は念のため、大きめのリュックサックを持って向かった。メリーは私の大げさな格好を見て少しだけ笑ったようだった。
 途中、コンビニでお昼ご飯のサンドウィッチと長靴、念のための替えの靴下を買って電車に乗り込んだ。

「反対側じゃないの?」
「一度西に行って乗り継ぎ。私鉄で東に向かうの」
「面倒ねえ」
「都営の規模が昔より小さくなったからね」

 電車に揺られている最中はメリーの昔から夢だった、目的地についての話を聞いていた。
 確かに、大学にはかなりの量の文献が残っていたので調べようと思えばいくらでも調べられるだろう。
 それにしてもメリーからそこの名前を聞くなんて思わなかったので
 昨日の夜から私は夢心地のような気分だった。

「着いた。降りるわよメリー」
「此処で? 駅名が違うような気がするけど……」
「最寄りの駅はずいぶん前に無くなったわ。あの一帯は液状化しやすいから……」

 ここから一時間ほど歩くことになる、とメリーに伝えると、俄然やる気が出てきたようだった。
 しかし、改札を出るとメリーのやる気は一瞬にして崩れ去った。

「長靴、今のうちに履いておきましょう」
「え、うん……」

 リュックサックに二人分の靴をしまって歩みを進めた。
 メリーの態度も仕方がない。
 知らない人が実際にみたら、ここの駅前は本当に同じ市にメリーの『夢だった場所』があるとは思えない。
 少し落ち着いたメリーを引き連れ、ゲームセンターを通り過ぎ宮前通りをしばらく歩くと銭湯が見えた。
 しばらく開業していないのか煙突は錆びまみれで、開けっ放しのふすまの中も寂れがある。
 メリーは恐る恐る中を覗いて番台に居た老人に睨まれていた。

「怖かったー」
「ほら、行くわよ」

 銭湯を過ぎると今度は橋にかかった。
 川は流木が浮かんでおり、そこの隙間をかいくぐって釣り針を垂らす人々がちらほら見えた。
 その中にいる男性にメリーは釣れますか、と聞いていたが、男性は川を見つめ続けるばかりだった。

「ねえ蓮子」
「何?」
「私って変な格好かしら。怪しいかしら」
「さっき駅前のゲームセンターに居た若者達を見たでしょ。東京は変な格好の人が多いんだから
 私達の正常な格好は東京の人から見たら変な恰好なのよ」
「そっか……これ、気に入ってたのに」

 濃茶のチュニックの裾を摘んでメリーが口を尖らせた。
 非常に可愛いと思うのでこの姿は私だけが独り占めをしよう。
 メリーの後ろを歩きながらそんなことを思った。
 
 しばらく南下して、大きな通りを抜け通りを一本進むと「しおかぜ緑道」と書かれた道にたどり着いた。
 少し遠回りになるが、ここにはもう一度来てみたかったのだ。
 
「ねえ蓮子、貴方は一度行ったことが有るんでしょ?」
「うん、お父さんとね。その時ここを通ったんだけど、ここの道、印象的なのよね」
「確かにいい雰囲気ね。駅前とは違って」

 メリーはまた口を尖らせながら続けた。

「住宅街の中の小さな自然、って感じね。不自然な自然がいい味出してる」
「流石メリー」

 私と同じ感想を述べたことに少し嬉しさを感じてしまった。私も初めてきた時にそう感じた。
 人工的に作った不自然な自然が無理やり道になって「緑道」を名乗っている。
 こんなにおかしいことはない。メリーも楽しそうに水路にかかる小さな橋をわたったり
 飛び石を飛んで渡ったり楽しんでいた。
 
 もう道のり半分以上歩いたので、緑道の終わりで休憩することにした。
 今は流れていない水路の縁に腰掛けて、メリーの持ってきたバターサンドクッキーの包を開けた。

「ここはただの不自然な自然があるだけのようね。不思議なものは何もない」

 メリーはつまらなそうとも面白そうともとれない顔をしてバターサンドクッキーを食べ続けた。
 喉が乾いたのか、メリーは持ってきたミネラルウォーターのペットボトルの蓋をひねろうとしていたが
 近くに水道を見つけ、そこへ駆けていった。
 
「メリー、水出た?」
「取っ手がないわ」

 メリーはため息をつきながらペットボトルの蓋を開けていた。


 そこからもう二十分ほど歩き、357号線を通り過ぎると間もなく目的地だ。
 メリーにもうすぐだと伝えると、興奮して走って首都高速湾岸線の歩道橋を登っていった。
 だが、目的地に付く前に私はメリーに言わなければいけない事があった。
 それは昔、私が駄々をこねてここに連れてきて貰った時
 お父さんに言われたことと、そのまま同じ事だ。

「メリー、もうすぐよ」
「ほんとに。じゃあ着いたらそこでお昼を取りましょう。おなか空いた」
「あのねメリー、今から行くところはどんな所だと思ってる?」
「どんなって……夢の在る所よ」
「ううん。違う。
「違うの?」
「そこは、夢の在った所。もう既に夢が失くなった場所、よ」



 もうしばらく使われていない舞浜駅を抜けると、そこは姿を現した。
 かつて夢に溢れていた、夢の国。
 老若男女、誰もが一度は憧れた夢のテーマパーク。
 しかし、今のその姿は過去にあった堂々としたものではない。
 誰もが『跡地』と認めるその姿に、メリーは大きく目を開けて応えているようだった。

「……ここ?」
「うん、ここだよ」
「……ごみ、すごいわね」
「うん。駅もそうだけど、液状化で機能しなくなっちゃってからしばらくは若者がたむろするようになってたんだって。
 だからゴミも溜まって、ところどころずっと水たまりになってるの」
「……そうなんだ」
「ここに来る途中にもところどころ水たまりが在ったでしょ。危ないから、ここも何年かしたら封鎖されると思う」
「…………そうなんだ」

 メリーは屈んで地面に落ちていたコンビニのパンの包み紙を拾った。
 「汚いよ」と言ってやると、すぐに包み紙を離し、曖昧に返事をして手をチュニックで拭いた。
 
 思っていたよりもショックだったのだろうか。
 すでに夢の国が廃墟同然になっていることはメリーも知っていたはずだ。
 だけど、実際に目の前にしてみると、その絶望はあまりにも大きい。
 何年か前の私も、同じ反応をした。
 
「メリー」

 返事は無かった。

 メリーがこういう反応をするのはわかっていた。
 期待していたメリーの心がこう沈むことはわかっていた。
 でも私はなぜ事前に、ここの状態を詳細に話さなかったのだろうか。
 そうすれば、メリーのショックを抑えられたのではないだろうか。
 なんてことを考えるよりも前に、私は答えを見つけていた。
 
 ただ、同じ気持ちを味わってほしかったのだ。
 私が味わった絶望をメリーにも。
 メリーが嫌いだからそう考えるのではない。
 これは単なるわがままだ。
 かつて味わった絶望を、メリーにも感じて欲しい。
 共感してほしい。
 その共感を得るためだけ。
 それを得るためだけに私はメリーに詳細を話さなかったのだ。
 
……私は自分の幼さに苦笑して、目をつむった。
 予想していた罪悪感を受け入れてメリーが口を開くのを待った。

 しばらく二人でぼうっと立っていたと思う。
 ふと見上げると、雲が影を作って私達を覆っていた。
 気のせいか風も強くなり、少し肌寒さを感じた。
 傘は持ってきたが、雨が振ったら震える寒さになるだろう。
 ここらじゃタクシーも通って無さそうだし、早めに退散するほうが良さそうだ。
 だけど、私からメリーに話しかけることはできなかった。
 メリーはまだ跡地を見つめている。
 これは私が与えた絶望だから、メリーの気が済むまで付き合ってやろうと思った。
 何分経ったかは覚えていない。
 私は、メリーの姿を過去の自分に重ねていた。
 私もああやって、しばらくこの夢の跡地を見つめていたように思う。
 お父さんは、そんな私を黙って見守っていた気がする。
 ……じゃあ、帰るきっかけは、なんだっただろうか。
 お父さんがそろそろ、と声を掛けたのか、私が絶望するのに満足して「帰ろう」と言ったのか。
 今となっては覚えていない。思い出せない。

「はくしょん!」

 そんな事を思っているとメリーがくしゃみをした。
 私ははっとしてメリーの元へむかった。

「メリー」
「帰りましょう。冷えてきたわ」

 振り返り、私を見つめた瞳は一つの言葉で言い表せなかった。
 悲しみとも、切なさとも言えない、ぽっかりと穴の空いた感情。
 期待していたものを得られなかった、空虚の感情。
 そんな空虚を感じさせる目を、私は長く見つめられなかった。
 その瞳から逃れるように、メリーの手を取った。

「ごめん、メリー」
「何を謝るの。寒いから早く帰りましょう」
「ごめん」

 その後はメリーに手を惹かれて来た道を引き返した。
 緑道の水路で腰掛けず、釣り人に話しかけず、銭湯を覗かず、ゲームセンターに目を向けずすぐに電車に乗った。
 帰る途中の電車でお昼のサンドウィッチを食べた。
 乗り換えの時にメリーがあたたかいミルクティを買ってきてくれたので、それをはんぶんこで飲んだ。
 家に着くまで私たちは目を合わせなかった。
 いや、私が意識して合わせなかったのかも。
 
 メリーはそれ以降、夢の跡地の話をしなくなった。



--



「蓮子?」

 メリーが私の顔を覗き見てきた。
 私は思い出した、こみ上げてくるあの時の気持ちのせいで胸の奥が熱くなってきた。
 ぽっけに入れた手を温まる前に、メリーの頬に置いた。

「つめたい!」
「降るから!」
「え?」
「星、必ず降るから待とう、メリー」
 
 しばらく、あの瞳のメリーの顔を見つめたまま時間を過ごした。
 冷たい私の手は、メリーの頬の温度によって徐々に温まっていく。
 そして、自分の手とメリーの頬の境が曖昧になった頃、メリーが声を荒げた。

「蓮子、あれ! 今、星が通ったわ」

 私はそれよりもメリーの顔を見つめた。
 瞳は、顔はいつも通りのメリーになっていた。
 夢の跡地の時の瞳は、もう見受けられなかった。

「良かった」
「蓮子、私の顔じゃなくて星を見なさいよ」
「うん」

 そしてしばらく空を仰いだ。
 私が向き直った時には、星はもう流れていなかった。
 だけど、私は満足だった。
 その後三十分ほど待ってみたが、星は一向に流れてこなかった。
 私はもう満足していたが、メリーが「一緒に見るまで駄目」というので二人肩を揃えて堤防で待った。

「へくしょい!」

 あまりの寒さにくしゃみが出た。
 メリーの方を見ると、口だけ少し笑っていた。

「寒い?」
「うん。もう行こう」
「いいの?」
「うん」
「そっか」

 そういうと、メリーは私の手を取って自分のぽっけに入れた。
 蓮子の手は冷たいわね、と独り言のように言うと、急に楽しそうな顔になって顔を上げた。

「どこのコンビニ?!」
「え?」
「あんまん食べましょう! 早く!」
「わ」

 メリーは私の手を引いて走り出した。
 その手は力強く、頼もしかった。
 先ほどの瞳を忘れるほどに、とても力強かった。

「私やっぱり肉まんがいい」
「割引してたのあんまんだけだよ」
「じゃあ一個ずつ買って、はんぶんこにしましょう」

 メリーは納得したように一人で頷いて足を早めた。
 私は急に、あの時私が初めて夢の跡地に行った帰り、お父さんが私にあんまんを買ってくれたことを思い出した。
 そして、あんまんのために走っているメリーの背中を見て
 この後あんまんを食べながら夢の跡地の話をしてみようかな、と初めてそう思った。




ロールプレイングゲームを作っていた時期があるのですが
イベントが終った村の村人が同じセリフしか言わないことがすごく寂しく感じるたちなので
なんとかどうでもいい事を話させていました
廃墟にロマンは詰まっていますがイベント後の村にロマンはありません

ありがとうございました。ではまた次の作品で
ばかのひ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.360簡易評価
3.50名前が無い程度の能力削除
話を聞いただけで、一度も行ったことがないメリーが夢の跡地に対して絶望するという部分にいまいち納得できませんでした。絶望するのは差を知っているからこそだと思うので、せめてVRで体験したとか、理由付けが欲しかったです。
あと、廃墟の風景は重要なパーツだと思うので、もう少し描写してほしかったです。
途中の旅はあっさりでいいので、せめて放棄されたアトラクションやキグルミくらいは書いてくれてもいいかなと。
5.50名前が無い程度の能力削除
今回はいつもより安易な出来というか、作者の意識が作品の隅にまで行き渡ってないような感じです。
7.90名前が無い程度の能力削除
へそを曲げても活動には来るメリーさんが素敵です
8.80名前が無い程度の能力削除
雰囲気好き
9.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです
11.80がま口削除
そっか……東京はともかく、千葉は散々な目に遭っていたのか……
喧嘩まで行かない微妙な諍いと、そこから立ち直るリアルな友情が印象的でした。