Coolier - 新生・東方創想話

とんかつとモンスターと八雲橙

2012/07/10 10:16:09
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-紫- ~今日思う



 ことり、と私の目の前に、粒がしっかりと立っているご飯が置かれる。
 もうもうと湯気を立たせ私は炊きたてですよ、とアピールしているご飯はとても食欲をそそられる。
 割烹着に身を包んだ私の式は私の分、自分の分、更にその式神の分とお櫃からよそいあげ、定位置に茶碗を並べる。
 主菜は焼き魚、副菜は里芋の甘煮。小鉢にはひじきの煮物と大根おろしときゅうりの塩漬け、
 おろしには自家製のポン酢醤油がかけられ、おろしの白を黒に染めている。
 味噌汁の具は油揚げ、のみ。少し寂しい。
 私と机を挟んで反対の方向に座っている式神の式神、橙は焼き魚を目の前に唾を飲んでいる。
 その主である藍は割烹着を脱ぎ、まもなく畳み終えて私の右隣に正座しこちらに顔を向けて、では、と促してくる。
 あとは私の合図とともに楽しい食事が始まるわけだ。
 橙を交えての食事は、近況報告も含め定期的に行われている。
 食事中にしゃべるのはあまりマナーが良くない、という者もいるがよそはよそ、うちはうち。
 大黒柱である私が良いといえば良いルールになる。それが主人というものである。
 食器の音だけが鳴り響く団欒の場など団欒なんてものではない。
 
 さて、ここで私が一声かければ食事は始まり、楽しい団欒空間が広がるわけだが。
 私は、藍を叱らなくてはならない。

「藍、これは何」
「いーたーだーき、……え、あ、ど、どういうことでしょうか」

 ここで間髪入れず、これは焼き魚です紫様、ついに頭が悪くなられてしまったのでしょうかババア。
 などと言わないように躾けてきたわけだが、そこまではわかってもやはり一瞬では質問の意図は掴めなかったようだ。
 
「すみません、少し焦げ目をつけすぎてしまったでしょうか。今すぐやり直させていただき」
「違うの。そう言うことではないわ。ごめんね橙、もうちょっと我慢してね」
「え、は、はい。大丈夫です我慢します」

 橙はこんなにも真っ直ぐで可愛いというのに。
 私の式は全く。

「藍、今日はなぜ焼き魚なの?」
「なぜ、ですか。特に理由は無いのですが……」
「嘘よ、理由はある」

 橙がはっとした表情になり私をまんまるの目で見つめてくる。
 少し、気づいたようだ。
 
「橙、聞いていい?」
「は、はい! なんなりと」
「今日は橙が久しぶりにここに来て、皆でご飯を食べる日よね」
「はい、皆でご飯食べるのを楽しみにしてました」
「うん。それは嬉しいわ。私も橙の話を聞くのを楽しみにしてたからね」
「えへへ……」
「それで、もう一つ楽しみにしてたことはない?」

 これは橙にした質問だが、横にいる藍に大げさに目線を向ける。
 それにつられて橙も藍の方に目線を向け、様子をうかがっているようだ。
 当藍は汗を流しながら目の前の焼き魚だけを見つめている。

「その……」
「別に言いづらくなんてないのよ。何かしら?」
「とんかつ……」
「そうよね。ありがとう橙。……で、藍。何か言いたいことは?」
「す、すみませんでしたーっ! ちょっと手を抜きましたー!」

 藍は私の方へ向き直し、土下座の体勢で小さく震えて頭を床に擦り付けて謝ってくる。
 この体勢だとしっぽは元気をなくしているのがよく見える。
 
 そう、橙が来たときは大体藍は手の込んだとんかつを作るのがおなじみであった。
 薄めの豚肉3枚ほど重ね、小麦粉、とき卵に付け、
 自分でつくった粗めのパン粉につけて最初は低温、後に高温で揚げる。
 一枚の熱い肉よりも、三枚の薄い肉のほうが油を出しやすく歯ごたえもいい。
 そして馬鹿みたいに盛った千切りのキャベツ。
 中濃ソース、ケチャップ、マヨネーズ、ウスターソースを混ぜた自家製ソースをかけてもいいし、
 シンプルに塩だけで食べてもいい。私は最近後者にハマっている。
 手が少しかかるにしろ橙が喜ぶのだ。
 溢れ出る肉汁に橙は猫舌と闘いながら喜んで食べるのだ。
 とんかつの旨さもあるが、その姿を見るのが私にとって恒例になっていた。
 その期待からの…………
 
 焼き魚だ。

 悪くはない、焼き魚自体、嫌いではないしまずくはない。
 だが、とんかつに期待してからの焼き魚はそれはもう、あれだ。
 賢者である私が例えを思いつかないほどショックだ。
 そして私は察したのだ。
 藍は私に何隠している。
 主である私はそれを暴いて叱らなくてはならない。
 しつけのためにも、橙のためにも。


 にしても。
 ……微妙に悪あがきするところは誰に似たのかしら。
 決して私ではないわよね。
 

「はい、藍に質問するわね」
「ひゃい……」
「この焼き魚の作業工程は?」
「……魚に塩を振って、あみに乗せて待つだけです」
「簡単ね?」
「はい……」
「この里芋は?」
「こ、この前作ったやつを冷蔵庫から出しただけです……」
「ひじき煮は?」
「ど、同上」
「大根は?」
「おろして以前いっぱい作ったポン酢をかけただけです……」
「このきゅうりは?」
「こ、この前河童にもらったやつです」
「味噌汁は?」
「……あぶらげは火が通っているので手間がかからないです」
「うん」
「…………」
「それで? 『ちょっと』? 手を? 抜いたって?」
「……ごごごめんなさいいっぱい手を抜きましたーっ!」

 ふう。
 それでいいのよ。
 藍は土下座の体勢のまま手を延ばすものだから既に鼻と口を擦りつける形になっている。
 しっぽは互いと互いがに安定場所を求めるように二本一組で絡まっていて
 余っている一本はというと、これもまた地面に擦るように震えている。
 そんなに私が怖いなら最初から手を抜かなきゃいいものの……

「ゆ、ゆか、り様、私は、や、焼き魚も好きですよ……」
「そうね、私もお魚は好きだわ。でも、橙は今日期待してたでしょ?」
「それは……」
「あら、してなかった?」
「ちょっと…… してました…… とんかつたべたかったです……」
「それで藍、貴方は橙と私の期待を裏切ってまでなんで手を抜いたわけ?」

 藍はゆっくりと顔を上げ、擦りつけていた真っ赤な顔をあらわにする。
 流石に式の前ということもあり、涙は流していないが、その表情はなんとも間抜けだ。
 いつしか、橙の前では涙は死んでも見せないといっていたのを思い出す。
 そしてその自分の式に目を向け、ふがいない自分と決別するように一度目を閉じてからこう答えた。

「趣味に、時間を、取られてしまい……」

 が、その理由というものがあまり私的なことに言ってる途中に気づいたのか
 語尾が弱くなってしまっている。
 にしても、趣味?

「趣味、とは」
「え、ええと、その」

 この期に及んでまだ隠し続けようとはいかんともしがたい式ね。
 藍の目をみて、にこりと笑顔を分けてやると、ひっ、という小さな悲鳴が部屋に響いた。
 
「ちょちょ、ちょっと待って下さい。持ってきます、持ってきますから。堪忍して」
「……えぇ」

 どたばたと二、三度転びそうになりながらも自分の部屋に引っ込んでいく。
 もうそろそろ解決してくれないと、ご飯が冷めてしまう。
 橙に悪いわね、と言うと、そんな、大丈夫です。と笑顔で言いながら、よだれを垂れ流していた。
 可愛い。



「これです、その、これで……」
「あら、この箱は」

 以前、森の道具屋で回収した物の…… 類似品ね。
 なんで藍が持っているのかしら。
 というか動くのかしら。
 橙は当たり前だがわからないようで、藍の手にある箱を見つめながらきょとんとしている。
 私が、どう質問しようか考えていると、藍はこんなことを言い出した。
 いま流行りの、いわゆる「ドヤ顔」と言われる表情で。


「実は、私、今6匹のモンスターのトレーナーなんです」






 とりあえず私は、食事をはじめることにした。




















-藍- ~しばらくして



 条件は、『家事の手抜きを禁ずる』であった。
 この前のように、趣味にかまけて家事雑用その他諸々をサボるのは一切厳禁。
 それを守るならば、常識の範囲内で趣味を許す、とのことだ。
 紫様は心がお広い。
 今日のご飯はこの前作れなかった分、とんかつにしよう。
 あと、紫様が好きな入浴剤も用意しておかなくては。
 今日は三人でお風呂に入ろう。
 
 そもそも、私がこの「遊戯箱」(命名にとり)を手にしたのは、名付けの親でもある、
 河童のにとりから手渡されたものだ。
 ひょんなことから八百屋で会って、話しているうちに仲良くなりこの箱を手渡されたというわけだ。
 おかげで、我家の食卓にはきゅうりが、にとりの食卓にはあぶらげが並ぶことが多くなったという。
 そもそも河童も私も理系であり、共通点があることからも、私達が意気投合するのは必然だったのかもしれない。
 運命、というのは信じないたちだが。

 遊戯箱というハードに対して、ソフトというものがこのドラゴンが書いてある更に小さな箱のようだ。
 本来ソフトは何種類もあり、ソフトを入れ替えることによってまったく違う遊戯が遊べるというものだ。
 だが、今現在は私が持っているこの赤いのと、にとりが持っている緑のしかみつからないそうだ。
 にとりも森の道具屋に足繁く通っているみたいだが、なかなか出てこないらしい。
 にとりには画面の隣にあるランプが見難くなったら即記録を残し、持ってきてくれと言われたが、
 やはり外の世界の機械、頻繁なメンテナンスが必要なのだろう。

 お、もう来たか。
 さて、じゃあモノローグはこれまでにしよう。
 今日は橙に私が育ているモンスターを紹介する日だ。
 この日のために、強くなった私のモンスター 橙に自慢してやろう。


「藍さまー 藍さまー」
「はいはい、よく来たね。おやそれは?」
「はい、美味しい羊羹が人里にあると聞いて、買って来ました。ちゃんと三人分ありますよ!」
「まあ、ありがとう橙。じゃあ早速お茶を入れるからね、こたつに入ってなさい」

 橙は最近、気が利くようになった。
 それは紫様も感じてるらしく、そろそろ三人同じ所に住もうかしらねえ、とわざとらしい独り言をこの前聞いたりもした。
 すなわち、八雲橙になる日も近い。
 そう、私は思っている。

「はい、どうぞ。温めにしといたからね」
「わあい、ありがとうございます」

 私は橙の持ってきた栗ようかんと共に、お茶を二つこたつに置く。
 もちろん、遊戯箱も懐にしまってある。

「あれ? 紫様は居ないんですか?」
「うん、ちょっと出かけてるみたいだよ。あ、今日のご飯はとんかつだからね」
「本当ですか。やったあ」

 橙はこたつに入りきれていないしっぽをくるんくるん回し、喜びを表現している。
 とても可愛らしい。

「それで藍様、例のものを見てみたいんですがっ」
「うん、じゃあお茶を飲んだ後でゆっくりね。
 私の育ててきた強いモンスターやかわいいモンスターを見せてあげるから」
「はい、美味しいですね羊羹!」

 この、なんとも可愛らしい幸せそうな子の主だと思うと、私も心底幸せなのだと思う。
 紫様は、何を考えているかわからないが、橙は本当に純粋で、キュートだ。
 
 それから、マヨヒガの近況報告、まぁ細かく言うとマヨヒガで誰と遊んだとか
 誰と仲良くなったとか誰の家に行ったとかなのだが、橙は楽しそうに身の回りに起きたことを話した。
 今回も、何事も無く問題ありません。
 橙がそう言い終わり、近況報告が終わる頃には、羊羹もなくなり、茶はすっかり冷たくなってしまっていた。
 
「じゃあ橙、私の膝の上においで。見せてあげるから」
「はい、藍様のお膝の上、久しぶりですね!」

 目を輝かし、あぐらをかいている私の上に素早く乗っかてきた橙は、以前と比べてとても重くなっていた気がした。
 こうやって、橙とくっつく機会ってのも、最近なかったなあ。

「それでどうなるんですか? これ」
「よし、じゃあはじめるよ。この上のぽっちをスライドさせると……」
「あ、文字が出てきまし…… ぴこーん、って言いましたよ!」
「そうそう、それでつづきから、と」

 やはり物珍しいのか、橙はアクションがあるたびに声を荒げて、反応してくれる。
 見せがいのあるお客さんだ。

「すごいでしょ? この少年が私の身代わりとなって、旅をしてくれるんだ」
「へー これって、この人間も藍様の式、ってことになるんですか?」
「え? あーそうだね。確かに、そういえばそうかもしれないな。私の命令通りに動くわけだし」
「藍様すごい! 藍様も式なのに、式を二人ももってるなんて。紫様だって藍様一人なのに」

 純粋に驚いてるのか、褒め殺しというやつなのだろうか、橙の反応は悪い気がしない。
 いやむしろ、とても嬉しい。

「ふふ、それじゃあ私のパートナーたちを見せてあげる」
「はい、待ってました!」
「最初はこの子、鳥のモンスターだよ」
「わ、すごいクチバシですね。かっこいい!」
「ドリドリルっ名前なんだぞ。私が名付けたんだ」
「あ、本当だ。書いてありますね。どりどりる。へー格好いいですね。
 きっとクチバシがドリルみたいにぎゅいーんって回るんだろうなあ」

 橙の言ってることがあまり間違っていなくて面白い。
 あとでその技を見せてあげよう。

「次はこのモンスター また鳥なんだけど……」
「こっちはたてがみが格好いいですね」
「なんとこのモンスター、紫様の能力が使えるんだ」
「ええ?! どういうことですか!」
「こいつはな、この少年を持って、行ったことのある街に一瞬で飛ぶことができるんだよ」
「す、すごい…… 紫様もびっくりですね」
「あぁ、秘伝の極意を覚えられるんだ…… 恐るべき能力だな」

 この調子で相棒を紹介していく。
 そして最後に、私の最高の相棒の出番だ。

「そして六匹目だ橙。こいつは凄く格好いいぞ」
「……うわ! すごい! ドラゴンですね!」
「あぁ、『カゲードン』。私の中で最強のモンスターだ」
「カゲードン…… 強そうな名前ですね……」
「実際、こいつは強いんだぞ。
 火を吐くわ、1400メートルも飛べるわ大きい爪で切り裂く攻撃はほぼ確実に相手の急所を突く。
 まさに最強の私のパートナーなんだ。格好いいなあ、カゲードン。
 こいつは、私が一番最初にもらったモンスターなんだ。
 こいつのおかげでここまでこれた。
 最高の友達といってもいいかもしれん」
「……そ、そうなんですか。すごいです…… 
 私が、カゲードンと戦ったらきっと負けちゃいますね……」

 橙はつばをゴクリと飲み、カゲードンの性能におののいているようだ。
 確かにこいつは恐ろしい。
 私でも勝てるかどうか……
 あるいは、紫様でも……

「あれ、藍様。ここの赤いランプが消えかかっていますよ」
「あ、いけない。急いで記録を書かなきゃ。
 ……そうだな、まだ昼を回った頃だし夕方までには時間がある。
 橙、一緒に河童のところまで行かないかい?」
「はい、山までですね。行きます行きます!」

 長い間つけていたせいか、メンテナンスが必要になってしまった。
 ちょうど夕飯まで暇なんだし、にとりの所へ持って行こう。
 もちろん、おみやげのあぶらげを忘れずに。

「橙、今日の夕飯にまたきゅうりが並ぶぞ」
「はい、河童のところのきゅうりはしゃきしゃきでとても美味しいので好きです!」

 味にうるさい紫様も、あのきゅうりは気に入っていたはず。
 そうとなれば、きゅうりをもらいに河童の所へ急いでいこう。







「いらっしゃーい。また遊戯箱の電池が切れそうになったのかな?
 あれ、そっちのは……」
「藍様の式の橙です。今日は突然ですが、おじゃまします」
「なんて礼儀正しい…… いいよ上がって。きゅうりジュースを出してあげるよ」
「わーいありがとうございます」

 しっかりと挨拶もできたようで、私としても満足である。
 むしろ、橙は私よりも世渡り上手なのでは……
 早くも橙とにとりは意気投合し、世間話に花をさかせ、何か発明品を見せてもらっているようだ。
 

「いやあ、橙ちゃんいい子だね」
「うむ、私に似ずにいい子に育ってくれた。あ、それで遊戯箱なんだが……」
「うん了解。ちょっと待っててね。あ、あと今日はいいものを見つけたから、あとで見せてあげるよ」

 そう言って、河童は奥に引っ込んでいった。
 橙はにとりにもらった発明品で遊んでいるようだ。
 自動で手が動き、肩を叩いてくれる発明品のようだが、
 その動きが動物的本能を刺激するのか、しっぽをぴんと立てて本物の猫のように手と戯れている。
 ふむ、面白そうだ。

「いやあおまたせ。これでもうしばらく大丈夫だよ」
「ん、いつもすまんな。これ家で煮たあぶらげだ」
「お、いつもこっちも済まないね。これお酒によく合うんだ。帰りにまたきゅうりを持って帰ってよ」
「うむ、度々ありがとう。それで、いいものというのは?」

 にとりはその言葉にニヤリと笑い、後ろに隠していたその物を取り出した。
 ……ひも?

「じゃーん!」
「そのひもは、一体……?」
「ふふ、見ててって」

 にとりは自分の遊戯箱を取り出し、なんとそのひもと遊戯箱をつなげてしまったのだ。
 ……それで、どうなるんだ?

「これで終わりじゃないよ。これは藍の遊戯箱」
「ま、まさか」
「そうこれをつなげる!」
「つなげる…… すると……?」
「なんと、私と藍で対戦ができる!」
「…………な、なんだって?!」

 なんだってなんだって?
 そ、そん、そんなことが……
 今まで戦ってきた、箱のなかのトレーナーじゃなくて実際にいるトレーナーと対戦ができる……
 そ、そんな、すごい……
 すごすぎるぞ河童!

「驚いてるみたいだね。じゃあ実際にやってみようか」


 にとりは私の遊戯箱と自分の遊戯箱を操作し始めた。
 橙も先ほどの私の驚きの声でこちらの様子が気になっているようだ。

「橙、もしかしたら、この河童、にとりは天才なのかもしれない……」
「そ、そうなんですか。藍様に天才と言わせるとは…… すごいですね」
「いやいや、私がすごいんじゃないよ。外の世界の技術がすごいの。はい、これで準備完了。
 早速対戦してみよう」

 画面を見る。
 軽快で熱い音楽と共に私の前に現れたのは……
 『トレーナーのにとり』!
 まさか、こんなことが出来るなんて……

「そ、そうだ、にとり。画面を見せてくれ」
「ほい、良いよ」

 にとりの画面には、『トレーナーのらん』、それと……
 カゲードン、カゲードンじゃないか!

「橙、みてみろ、カゲードンだ。私がにとりの画面にいるぞ」
「本当だ! すごい、どっちもがんばってください!」
「ふふ、まけないよ!」
「こちらだって! いけ、カゲードン!」


 こうして始まった二人の勝負。
 橙も応援してくれる。
 弾幕ごっことはまた違う、勝負の一種。
 私はにとりとの対戦にはまってしまった。
 そう、ハマりすぎてしまったのだ。
 










-橙- ~私はこんなの









 見なくてもわかりました。
 もちろん、紫様が怒っているのがです。
 もうあと十分程で、いつもの夕飯の時間になります。
 藍様はまだ帰って来ません。
 たぶん、にとりさんと対戦しているのでしょう。
 私が帰ろうといった時は、すぐ帰るといっていました。
 だから橙は先に帰ってこたつに入っててくれ、私はこの対戦が終わったら帰るからな。
 藍様はそういっていました。
 だけど、帰って来ません。
 別に、藍様が何かに夢中になっていることは私は悪いとは思いません。
 あんなに楽しそうにしている藍様をみていて、私も嬉しいからです。
 だから、私もそれに応えようとしました。
 だけど、それも、ちょっと出しゃばっちゃったのかもしれません。
 紫様は、凄く怒っています。
 私にはとても優しく接してくれていますが、なんというか、雰囲気が、すごいです。
 私には、フォローできません。
 だって藍様は紫様との……
 あ、帰ってきたみたいです。
 

「遅くなりました! 急いで今からご飯の準備とお風呂を……」
「藍」

 すごく、重みがありました。
 たった二文字なのに、その言葉が私に向けられたものなら、
 きっと私は地面に這いつくばっていたでしょう。
 それほど、紫様の『らん』には色々、詰まっている物があると感じました。
 藍様も、一言で感じ取ったようです。

「座りなさい」
「…………はい」

 小さな小さな返事でした。
 でも、よく言葉が出たと思います。
 あんな重たい言葉を向けられたら、私なら一週間は喋れなくなってしまうと思ったからです。
 藍様はゆっくりと、紫様の前で足をたたみまんで座ります。
 私も紫様の隣に座っているので、藍様の怯えている顔が凄くわかります。

「何していたの」
「…………そ、その、河童の所へ、遊びに……」
「こんな時間まで?」
「す、すぐ、ご飯とお風呂の準備にとりかかりま……」
「全く、貴方は!」

 正直、チビリそうでした。
 紫様が怒鳴るなんて、私にとっては初めての経験だったからです。
 私が怒られているわけでもないのに、体の震えが止まりません。
 藍様も同じように驚いたみたいで、目をつぶって震えています。
 耳は、とても小刻みに震えて、帽子の外からでもその動きがよくわかります。

「今すぐ、台所とお風呂場に行ってきなさい!」
「はいぃ!」

 藍様は、居間を飛び出して行きました。
 その間、紫様は私に何度も何度も、
 貴方は悪くないのよ。悪いのは藍。それに貴方が何をしたってあの子が悪いから、橙は気に病まないでね。
 と、言ってくれました。
 その顔はとてもやさしくて、今の今まで怒鳴っていたとは思えないほどでした。
 だけど、音を立てて藍様が帰ってきたと同時に、その雰囲気もガラリと変わりました。
 さっきと同じ、とても重苦しい空気です。

「座りなさい」
「は、はい」
「なにか言うことは?」
「あ、あの、あれらは全部紫様が……?」
「なんで私が貴方の代わりにそんな事やらなきゃいけないのよ」
「じゃ、じゃあ、もしや……」

 藍様は私を見つめてきました。
 ごめんなさい、私が出しゃばっちゃったせいで、藍様が怒られるかもしれません。

「そうよ。とんかつも、キャベツも、ご飯も、お風呂も、入浴剤も、全部、ぜーんぶ橙がやったの。
 貴方が遊んでる間に。貴方が、遊んでいる間にね」

 私は、藍様の方を見れませんでした。
 だけど、やはり紫様は紫様です。
 私の考えなんて、見ぬかれていたみたいです。

「なぜ、この場に橙を居させるか、わかる?」
「…………い……いえ、わかりません」
「橙は、私が帰った時にこう言ったの。
 藍様、おそかったですね、私がとんかつとお風呂やっときましたから、藍様がやっといたことにしてください。
 次からちゃんとしないと、紫様に怒られちゃいますよ、って。
 わかる? 橙は、貴方に気を使ったのよ?
 今まで遊んできた貴方に! 貴方のことを思って!
 ……帰ってきたことが私だとわかると橙は、すぐ言ってきたわよ。
 藍様を怒らないでください、全部勝手に私がやったことなんですって。
 涙目になりながらね。
 本当に、橙は貴方の式なの? 主と式、逆なんじゃないの?」
「……ち、橙、そんな…………」
「そして、今の橙を見なさい。
 自分のせいで貴方が怒られると思って、罪悪感にかられている。
 それをわからせるために橙をここに居させたの」
「橙…………」

 やっと見れた、藍様の目は、涙は流れていないながらも真っ赤になっていました。
 きっと、私もそんな感じになってると思います。
 
「………ゆ、ゆか、り、様」
「なに」
「橙に、…………謝らせてください」
「当たり前よ」

 藍様は私の方に向き直し、
 正座の体勢のまま、私に頭を下げてきました。
 そう、土下座です。
 でも、私はこれを止めなきゃいけないと思いました。
 だって、藍様は、私の主人だから。

「ら、んさま、やめて…………」
「すまん、橙、これはやめられない。本当に済まない、橙、許してくれなくていい。謝らせてくれ」

 私の喉は、あまり大きな声を出してくれませんでした。
 かすれて、途切れ途切れの小さい声です。
 だけど藍様はわかってくれて、私に謝ってきてくれます。
 
「それで、藍」
「……はい」
「貴方は、私の約束を破ったわ。罰を与えます」
「……はい」
「貴方は、今日から、『藍』になるわ。そして橙、貴方を『八雲橙』とします」
「…………はい」

 ただでさえ声が出なかったのに、更に声が出なくなりました。
 その罰の重さは、藍様が一番良くわかっているはずです。
 八雲の姓を省かれる事。
 それが、藍様のプライド、生き様、生活、すべてを変えます。
 それに今まで式だったものに与えられる八雲の姓。
 それがどれほど屈辱で、妬ましいことか。
 紫様、それはやり過ぎです!
 その声が、私の口からはどうしても出てくれませんでした。

「それと、あの箱」
「……はい」
「今すぐ、私と橙の見てる前で壊しなさい」
「……」
「いいわね」
「……はい……」

 藍様は懐から箱を取り出し、眼の前に置きます。
 紫様はどこからともなく大きめの石を取り出して藍様に手渡しました。

「はい、壊して
「……は、はい」

 私はわからなくなりました。
 藍様があの箱の中で、あんなに楽しんで旅をしていました。
 それを奪うなんて、とてもかわいそうです。
 でも、藍様はそのせいで、紫様との約束を破ってしまい罰を受けることになりました。
 私はあの箱を壊すことが藍様にとっていいことなのか、悪いことなのか、わかりませんでした。

「……ふー、ふー」
「……」

 藍様は石を高く持ち上げ、振りかぶりました。
 呼吸は荒ぶり、顔を赤くしています。
 ですが、その動きは止まってしまいました。

「ふー……うー」
「……」

 紫様も、藍様を急かしたりはしないようです。
 きっと、藍様が自分でやることが『けじめ』なのだと思いました。

「う、ふー、ふー」
「……」

 藍様は、息を荒げて石を振りかぶったまま動けないでいます。
 私は、まだ何が正しいのかわかりません。

「う、ぐ、ふ、ふー」
「……」

 藍様は目をつぶっています。
 何かを、思い出しているようにも見えます。

「うぐ、う、うぅ」

 藍様?

「うぅ、う、ぐう、う、う」

 ……藍様が。

「うう、私の、う、うぅ……私の」

 ……藍様が

「……カゲー、ドン……私の……うう、う、」

 ……藍様が、泣いてる?
 
「すまない…… 相棒…… うう、橙を、橙のために、ううぅ、うううううう」

 ……藍様が、初めて、私の前で、涙を流しました。

「うぅぅぅ、私の、ふぐっ、ともっ、だち…… 橙、橙に、悪いことをした……!」

 その瞬間でした。
 藍様の涙を見た瞬間、色々なものが頭を流れていきました。
 藍様が私にカゲードン紹介してくれた時の顔。
 とても無邪気に、笑っている顔。
 にとりさんと対戦している時の顔。
 真剣に、傷付いたカゲードンを心配している顔。
 一気に、私の中に流れ込んできました。
 そして、やっと私は声を出すことが出来ました。
 隣にいる、紫様だけにしか聞こえないような、小さな声です

「紫様、私はこんなの嫌です!」
「……」

 紫様は何も言いません。扇子で口を隠し、藍様をじっと見ています。
 その表情は、とても苦しそうで、とても悲しそうで。

「ごめん、ごめんな、カゲードン…… さよならだ……」

 藍様は大きい涙をぽろぽろと流し、一瞬、諦めた表情になりました。
 私が怒られてもいいから藍様を止めよう、と立ちあがる瞬間です。
 小さなスキマが、私の耳のそばに開いたのです。

「な、なんなのよもう、橙、早く止めてあげて」

 その言葉を聞いた後は、無我夢中でした。
 私は藍様に思い切り体当りをしました。
 藍様はバランスを崩し、今まさに振り下ろそうとした
 石を抱きかかえながら、私と一緒に倒れこみました。
 その時、極度の緊張が解けたためか、藍様に抱きかかえられながら
 意識を失ってしまいました。
 だから、この時の私の記憶はここまでです。






















 私が目を覚ますと、紫様の膝にいました。
 紫様は私の頭をゆっくりと撫でて、微笑みながらこう言ってくれました。

「よく動いてくれたわね、橙。あの時は、私の立場上私が止めるなんて出来なかったから」

 なんとなく、それは分かりました。
 紫様も、怒りに身をまかせてあの罰を言ったんじゃないかって、少しだけですが思っていました。

「紫様、あの箱のこと、認めてあげてください、それと今回、私は八雲の姓は要りません」
「ん、なんで?」
「藍様、あの箱で遊んでる時、凄く楽しそうなんです。
 私はその藍様がすっごい好きだから」
「ふふ、橙がそう言うなら、良いかもね。
 でも、八雲の方は?」
「藍様の罰のおこぼれでもらった八雲ってなんか嫌じゃないですか。
 だから、ちゃんとした方法で私は家族と認めて欲しいんです」
「…………本当に。貴方は今すぐ八雲橙でもいいような気もするけど。
 わかったわ。さっきの罰は橙に免じて取り消す。藍に言っといてね」
「えへへ、わかりました」
「さ、ご飯にしましょ。橙が用意してくれたとんかつ、いま藍が揚げてるわよ」

 そういえば、さっきから揚げ物のいい匂いがする。
 お腹すいた。
 今日はいっぱいおかわりしようっと。

「そ、そのー紫様、ち、橙、さん。
 ご飯の準備が出来ました……」

 そそ、と様子をうかがいながら、橙さん、といって居間に入ってきた藍様が面白くて、
 思わず紫様に目を合わせようとしました。
 すると、紫様も笑いをこらえているようで、私もますます面白くなってしまいます。

「うふふ、橙さんだって」
「今日だけは橙さんでもいいかもしれませんね、紫様」
「あら、言うわね、橙さん」
「?」

 藍様ははてなマークを浮かべていますが、
 どうしても橙さんが面白くなってしまいます。
 紫様も、おかしいようでお腹を抱えています。

「藍様、藍様」
「はい、なんでしょう……?」
「私はまだ『八雲橙』じゃないですよ。でも……」

 今度約束破ったら、こんどこそ藍様のこと呼び捨てにしますからね。
 




 なんて、流石にそれは言わないでおこう。
 ようし、今日はいっぱいたべるぞー!
















『とんかつとモンスターと八雲橙』
終わり
一切ポ○モンとは関係ありません。
綺麗な橙と、ちょいダメな藍と、厳しい紫様
黄金のバランスですね。
長らくお読みいただきありがとうございました。

※07/14 誤字修正いたしました。
ありがとうございます!
ばかのひ
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6.100名前が無い程度の能力削除
相棒たちとの旅を楽しむ藍、ゲーム以外をおろそかにする式を叱る紫、主人を第一に思う橙
それぞれの気持ちが良くわかって楽しめた分、その昔携帯獣のゲームにどっぷりハマっていた私としては色々と身につまされてしまいます
7.100名前が無い程度の能力削除
これはいい八雲家
9.80奇声を発する程度の能力削除
良い八雲一家でした
10.100もんてまん削除
ゲームに夢中になりすぎて、色々やらかす。
身に覚えがありすぎる……。
14.100名前が無い程度の能力削除
イイネ
15.100名前が無い程度の能力削除
誤:性→正:姓

よくありますこういうこと…
ゲームってやめようと意識してもついついやってしまいます…
16.100南条削除
いい橙だった。
そして藍様がダメな子過ぎるww
きっと主人に似たに違いない。
18.90名前が無い程度の能力削除
ゲーム好きとしては笑えない・・・ww
しかしソフトの内蔵電池は大丈夫なのか
22.90名前が無い程度の能力削除
優しい、ほんわかした話でした。
この八雲家はいわゆる普通の家族構成とはいえないけれど、それぞれが良い味出してるな
37.90名前が無い程度の能力削除
それにしても橙は良い子。藍さまにはがっかりです……だがそれがいい!
39.100名前が無い程度の能力削除
紫様マジお母さん。

キャラの一人一人が隅々まで魅力的でした!
43.100名前が無い程度の能力削除
よい橙さんだった
45.100名前が無い程度の能力削除
みんないいひとだ
いや人じゃないけど
ちゃんとしてるけど甘いゆかりんはやっぱ良いなあ

>「な、なんなのよもう、橙、早く止めてあげて」
ゆかりんが困惑するこの一文が好きです
47.60名前が無い程度の能力削除
ポケモンにはまる藍がキュートすぎるな
ゲームにはまる女子萌えというジャンルはあるとおもう
56.100朝日を夕日にする程度の能力削除
とっても楽しめたw
この八雲一家好きww
57.100Admiral削除
いいですね