■上編
■【完結編】中編
大変お待たせしました。白蛇の早苗、完結編の下です。
‥‥いまさらですけど、オリ設定とか、オリキャラとか、妄想とかかなり入ってますからね。
公式じゃないとこいっぱいありますからね。信じないでくださいね。
では、どうぞ。‥‥あと、ごめんなさい。
終わりませんでした。
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むかし、むかし。
一人の少女がおりました。
彼女はもうすぐ、十歳になろうかという、小さな女の子です。
彼女のお仕事は、神様の話を聞くこと。
えらい、えらい神様のお言葉を、一生懸命お聞きして、彼女の国の人々に、あまねく伝え、広めること。
神様の怒りを鎮め、なだめ、穏やかでいてもらうようにすること。
それが彼女の、役目でした。
‥‥彼女が仕える神様は、それはそれは恐ろしい神様で。
その姿は大きな大きな蛇。おまけに一匹ではなく、大きいのから小さいものまで、何匹も居たのです。その中でも、一番大きい一匹が、人々の前にカミサマとして、その恐ろしい姿を見せていました。
彼の体は高い杉の木よりなお高く、目は夜でも大きな皿のように光り、ギラギラと人々を照らし、まるで太陽のようでした。
彼らは大地の神様でした。神様たちがひとたび怒れば、恐ろしい祟りを振りまき、嵐を呼び、山を流し、稲穂を腐らせ、病を流行らせ、人々を貪り食います。しかし、その反面、穏やかであれば、人々を妖から守り、田畑を実らせ、狩りの獲物をたくさん与えてくれました。
人々は、考えました。どうすれば、あの恐ろしい神様が、いつも穏やかでいてくれるのだろうかと。
出した答えは、至極簡単なものでした。
怒って、人々を食べてしまう前に、食べるものを用意すればいい。
最初は、田畑で取れた作物でした。
山のように積まれた、米や、野菜や、果物を前にして、神様は穏やかに佇んでいました。
人々は喜びました。これで、私達が食べられることもない。と。
でも、だめでした。神様は、しばらくすると、いつものように暴れて、怒ったのです。
次は、魚でした。川で、大きな湖で。そこで取れた、色々な魚を、人々はお供えしたのです。
それでも神様は怒るのをやめませんでした。
次は、山で捕まえた、獣たち。
これは、神様は喜びました。獣たちの血をまき散らしながら肉を食べ、お腹が膨れた神様は、しばらくの間、穏やかに、人々を守ってくれました。
‥‥それでも、神様は怒ることをやめませんでした。
それはまるで時々来る大嵐のように。まったく気ままに、気まぐれに。神様は怒って暴れ、祟りを撒いて人々を殺すことをやめませんでした。
彼らは困りはててしまいました。
‥‥いったい、何を神様にお供えしなければならないのか。
何をお供えすれば、神様をなだめることができるのか。祟りを抑えることができるのか。
お米も、野菜も、魚も、獣も、だめだった。
じゃあ、神様はいったい何が欲しいのか。
怒った神様は、人間を殺すのです。人間を食べるのです。
なら、神様が欲しいものは、一体なんでしょうか。
答えは、一つでした。
‥‥人々が、そのお供え物をささげるようになってから、神様は、前よりずっと、穏やかになりました。
神様の欲しいものを見つけた人々は、神様が怒りださぬように、祟りを撒かぬように、毎年、欠かさず、そのお供え物をささげるようになりました。
そのお供え物がささげられるようになって、だいぶたった、ある年の冬のことでした。
ある、山の麓に住んでいた女の子は、突然、家にやってきた大勢の人間によって、暖かい藁の家から連れ出されました。
両親から引き離され、泣き叫ぶ彼女が連れて行かれた先は、神様のおうち。
そこで彼女は、大人たちから、とてもとても信じられないことをされました。
暖かいお湯が湧きだす、不思議な泉で、綺麗に体をあらわれて。
見たことも、着たこともないような、綺麗な布を体に巻かれ、赤い土でお化粧をして。
食べたこともないような、真っ白くて甘いお米を供えられて。
そして、こう言われたのです。
ここは、神様のおうちです。
これからあなたは、神様と一緒に暮らすのです。
あなたのおうちはここです。生まれたおうちに帰ることはできません。
お米をたくさん食べなさい。毎日あの暖かい泉に入りなさい。体を大きくして、綺麗にしなさい。
そして、神様の「お嫁さん」になるのです、と。
女の子は泣きました。当然です。お母さん、お父さんにもう二度と会わしてもらえない。
そして得体の知れない神様のお嫁さんにされるのですから。恐くて怖くて、いつまでも泣いていました。
‥‥神様は、そんな女の子を見ていました。「お嫁さん」などという、慰めにもならない、くだらない言葉遊びで彼女を自分達にささげようとする人間達も見ていました。
別に、かわいそうとは思いませんでした。こういう捧げものは沢山食べてきましたし、人間の子供は柔らかくて好きです。大人の方が、体が大きくて食いでがあるのですけれども。
特に、この女の子は、今まで捧げられたお供え物の中でも、とてもおいしそうな子でした。この神様好みの良い匂いがしたのです。
神様は、女の子がいつ自分に捧げられるのか、心待ちにしていました。
女の子は、この神様に食べられる運命でした。
本当ならば。
女の子が連れてこられてから半年くらいたった、ある夏の真夜中。女の子が、米を食べ、体が大きくなり、お湯を毎日浴び、臭みが抜けたころ、大人たちはついに女の子を神様に捧げます、と申し出てきました。待ちかねていた神様はその言葉を聞くと、その晩のうちに、女の子のところへ出向きました。
女の子は、泣き叫びました。暗闇の中、目の前に現れた、神様の姿を見て。――――大きな大きな蛇の姿を見て。
そんな彼女に、神様はとんでもないことを言いました。「私の、嫁になれ」と。
それは、百年に一度ほどの、神様の気まぐれでした。
昨日まで、あんなに食べるのを待ちかねていた、小さく、美味しそうで、か弱い少女の姿は、神様に一つのためらいを持たせました。すぐに食べるのは、もったいない、と。 食べてしまいたいほど可愛い、という言葉が、後の世には生まれますが、まさに、神様は女の子の姿を見て、そう思ったのです。
この人間の子を、自分たちの物にする。ゆっくり、何年も、何十年も、何百年も育てる。数十年しか生きられないか弱い人間が何百年も生きたとき、一体どんなごちそうになるのか、と。彼らの子孫は、一体どんな味なのだろうかと。
女の子は、気が抜けたように、ぽかんとしていました。
神様は言いました。
私の嫁になりなさい。私の眷属になって、私の言葉を人間たちに伝えなさい。
欲しいものを持ってくるように伝えなさい、と。
彼の眷属になるということ。それは、すなわちヒトではなくなるということ。
それがどれだけ重要な事なのか、彼女には分かりませんでした。すぐに食べられることより残酷なことであることを、彼女は知りませんでした。
ただ、怯えて首を縦に振るしかありませんでした。
神様が女の子のところへ向かった次の日の朝、人間達は女の子の居た小屋に向かいました。
ちゃんと、神様は来て、女の子を食べたのか確かめるために。
するとどうでしょう。そこには、食べられたはずの女の子が、ちょこんと座っていたのです。
驚く人間達に向かい、女の子は、喋り始めました。――――太くて、低い、聞いたこともない声で。
この子は、私の妻だ。これからは、この子を通して、お前たちと話をする。丁重に扱え。神の嫁ぞ――――
大人たちは、恐れおののき混乱し、泣き出すやら逃げ出すやら、ついには槍を持って女の子を刺し殺そうとしました。
‥‥昨日までの女の子だったら、そこで殺されてしまったでしょう。しかし、彼女はもう神様のお嫁さんなのです。ヒトではなくなっていたのです。
女の子がハッと気が付いたとき、目に飛び込んできたのは、血にまみれた自分の手。心臓をえぐり取られ、床に転がる大人たち。
殺されたのは、大人たちの方でした。殺したのは、小さな女の子でした。
彼女が、自分はもうただのヒトではなくなったことを知った瞬間でした。
こうして彼女は、神様のお嫁さんになったのです。神様に使え、神様の言葉を伝え、神様へ人間の言葉を伝える。巫女というべき役目を、彼女はしていました。
捧げものの希望も、神様のお告げも、それからは皆、女の子が人間の言葉にして、人々に伝えていきました。
ときおり、神様の恐ろしい力を振るって、神様の代わりに怖れを撒いたりしながら。
神様は、ひどく愉快でした。あんな小さな子供を、大の大人が自分を恐れるように彼女を恐れている様子に。
人々は平伏します。彼女に向かって。そしてその後ろに居る神様に向かって。
彼女は歳を取りませんでした。いつまでも神様のお嫁さんになった時の姿のままで、恐ろしい神様の巫女として在り続けました。
彼女を、自分たちと同じ蛇の姿にすることもできましたが、それでは、人間達が怖がりすぎるだろうと、神様はあえてその子の姿を、自分たちに捧げられた時のままにしたのです。しかし、何十年も歳を取らない彼女は、たとえ蛇の姿をしていなくても、それだけで恐ろしい存在でした。いつか、自分に祈りをささげに来た、年老いた母親と父親の、自分を見つめる恐怖の目に、彼女は改めて自分がヒトでなくなったことを思い、嘆きました。
そうこうしているうちに、女の子の両親は死にました。そして祈りはいつの間にか彼女の後ろに居る神から彼女に向けられ、畏れも同じように彼女に向けられていきました。‥‥なにせ、彼女の言動は神様の言動なのですから。
あふれる信仰は女の子に力を与え続け、そして、女の子が生まれてから百年くらいたったころ、彼女はついに、神様のお嫁さんから、神様になったのです。
彼女が、神様になってまずした事。
それは、自分をこんな化け物にした神様を、痛めつけ、跪かせることでした。
勝負は、簡単につきました。長い長い年月の間、神様の代わりに信仰を受け続けた女の子は、いつの間にか神様よりも強い力を持つようになっていたのです。
自分の物だったはずの女の子が、自分を従えた時、神様は大笑いしました。
最高のごちそうは、自分たちを従えるほど、強く、おぞましいごちそうだったのですから。
自分たちに成り代わり、人々の前に神として立った少女に、神様は言いました。
良いだろう。私達はお前に力で負けた。逆らうつもりはない。ただし、覚えておきなさい。お前は、私たちの「嫁」なのだ。
たとえ、何年、何千年たっても、それは変わらない。
お前が子孫を作り、彼らがまた彼らの子孫を作っても、それは変わらない。お前の一族は未来永劫、私たちの「嫁」であり、「捧げもの」なのだ。
これは祟りだ。私達がお前に掛ける、たった一つで最悪の祟りだ。
忘れるな!
――――神様になった女の子は、何も言いませんでした。
ただ、黙って、その神様を、冷たい目で見下ろすばかりでした。
************
「人喰ってないとか、違うならそうと言ってくれりゃあいいのよ」
「言ってましたよ」
「まあまあ」
硫黄の匂いが漂う露天風呂で。
問答無用で退治しようとしたことをさすがに申し訳なく感じたのか、目をそらしながらパシパシと肩を叩く霊夢に早苗はブチブチと不機嫌そうな声で答え、それを向かい側からひらひらと手のひらをゆらして、紫がなだめていた。
地霊騒ぎの時に湧き出た博麗神社脇の温泉。普段は神社ともども閑散としていて、ほとんど霊夢や萃香専用のようになっているこの温泉に、今日は朝から少女たちの声が響いていた。夏とはいえ、日差しはまだ昼間の激しさを持っておらず、たまに吹く風は流れたお湯を吹き払って、火照った体に適度な涼しさを与えてくれる。この季節に温泉に入るのには、今はちょうどいい時間の一つだ。
早朝のドタバタは、とりあえずひと段落ついた。
霊夢のスペルカードで派手にぶっとばされた早苗だったが、さすがにミシャグジの体は頑丈だった。早苗は結構な勢いで地面に叩きつけられたが、大したダメージはなかった。
そして、早苗はすぐに起き上がるとお返しとばかりに、まともに話も聞かず自分を退治しようとした巫女に、しゃあ、と怒りの声を出すと牙を剥いて、爆風をぶっ放したのだ。
あの、沼で戦った巨大な化け熊をやすやすと吹き飛ばした爆風である。境内には恐ろしい音を立てて暴風が吹き荒れ、霊夢は結界を盾にしたが倒れて石畳の上をころころと転がされ、小傘と椛は天高く吹き上げられた。あわや博麗神社は再々倒壊の危機に陥りかけたが、神奈子と紫が間一髪で結界を展開したため、鎮守の森の木々が何本か枝を折られたくらいで済み、それぞれの保護者がなおもにらみあう両者をなだめ、事態は何とかおさめられた。
‥‥椛と小傘はタンコブだらけになってしまったが。あと、こっそりのぞいていた三妖精も。
その後、霊夢に紫と神奈子が事情を説明し、とりあえず、誤解のもとになる、早苗のその血まみれの姿を、どうにかしなければならぬということになり、早苗は埃まみれになってしまった霊夢と、仲裁役の紫と一緒に、博麗神社の温泉につかることになったのだ。
血まみれなのはあの洞窟で早苗に首を噛まれた神奈子も一緒だったのだが、彼女は椛と小傘の手当てをしてからと言って、先に三人を入らせた。
「ふーっ」
お湯の中に腕を伸ばし、たっぷりと、早苗は息を吐く。
体の疲れが、血の匂いが、獣の匂いが、薬効満点といった風情の白いお湯に溶けて消えてゆく。その気持ちよさに、早苗がたまらず体をうねらせると、白いお湯の中から白い胴体が持ち上がり、また沈む。
「発見!湖に潜む幻の怪獣を見た!って感じねえ」
「ネッシーですか、私」
いつの間にやらスキマから酒を出し、おいしそうに舐めている紫が、うふふと笑いかけてくる。
紫が早苗と会話するとき、彼女は時折外の世界のネタを持ち出してくることがある。「外の世界で巨大なロボットができた」などと。里心が出ない程度に懐かしい話をしてくれる紫との会話は、早苗の密かな楽しみであったりする。
早苗はにやりと笑い、もう一度胴体をうねらせ水面から出す。霊夢は二人の会話のネタが分からず、きょとんとした顔をしていた。
「元に戻れなかったら、山の湖でネッシーやるのもいいかもしれませんね」
「湖の名前は諏訪湖よねぇ。じゃあ、スッシーね」
「寿司!?」
「う」
ごちそうの名前に途端に目を輝かせる霊夢の横で、語呂の悪さに早苗はしかめ面をする。
「じゃあ、あの森にも近いし霧の湖で」
「だめよ、あの湖には予約が入ってるから」
「え」
「全国の湖におわします龍神様方の、万一の避難場所としてキープしておきたいの。たとえば、そうね‥‥九州の池王明神様とか。あなたにはイッシーと言ったほうが伝わるかしらね」
「え‥‥え、ええー!」
「だれ?池王明神様って」
「外の世界の池田湖という湖に住んでおられる龍神様よ。霊夢」
「一時期、未確認生物として全国的に有名になったんですよ。ああ、や、やっぱりイッシーは、龍はまだ外にも居たんだぁ‥‥じゃ、じゃあ、八郎太郎と辰子姫も」
「あのご夫婦もまだ田沢湖にいるわよ」
「うひょー!あ、会いたいなぁ、会ってみたいなぁ!」
「牙見えてるわよ、早苗。おちついたら?」
「しゃー!」
「うわ見せつけてきた!」
自分だけ置いてきぼりでつまらない霊夢が冷めた声で、はしゃぐ早苗を諭そうとしたが、早苗は目を細めると牙を剥きだしにして霊夢の方を向いて笑ってきた。
首回りまで鱗に覆われた、真っ白い体の早苗が、龍神様方の話を聞いて喜んでいる様子は、まるで本物の子供の龍がはしゃいでいるようで。
そもそも、日本においては大蛇と龍は境界があいまいである。中国から龍の伝承が伝わり、もともとは大蛇として人々の間に伝えられていた神々の姿が、龍に置き換えられたりしてきた結果である。先の池王明神も八郎太郎も、姿が大蛇であったという伝承と、龍であったという伝承の両方が存在するのだ。
はしゃぐ早苗の様子を肴に、紫は酒をまた一舐めし、そうね、とほかほかした溜息と一緒につぶやいた。
「いちど、全国の龍神様集めて会合やってみるのも面白いかもしれないわね。出雲のやつの龍神、蛇神版で。ツアコンはあなた。会場は、大きいし、あなたのとこの湖で」
「勝手にそんなことやったら、ここの龍神様怒らない?」
「むろん交渉はするわよ」
「はい!はい!やります!」
「はい、いい返事です。そのためにはまず元に戻らなきゃ、ね?」
「ふえ」
「その姿のままのほうが似合っているかもしれないけれどね。まずあなたのとこの神様が荒くれたままじゃあ、そういうのもできないでしょ。神楽をやって、諏訪子様をお鎮めして、元に戻らなきゃ」
「よーし、諏訪子様、覚悟しててください。必ず元に戻ってもらいますからね」
「やっすい動機‥‥」
体を起こし、ぐっとこぶしに力を込める早苗。すっかりいつもの調子に戻った彼女の姿に紫は安堵のためいきを、霊夢は疲れたためいきを吐く。
‥‥っとにもう。世話の焼ける神様家族だこと。あとで美味しいお酒持ってこなきゃ許さないわよ。かなちゃん。
口の中でつぶやくと、紫はようやく宴会の話を切り出した。
「というわけで、今日はあなた、ゆっくりしていきなさいな。ケンカの前に、一日休養よ」
「え!?いや、あの、それは」
「呪い?ああ、明日までだったわね」
「へ、し、知ってるん、ですか?」
「えい」
驚く早苗にかまわず、紫は指を鳴らす。特に何も起こらなかったが、紫は満足そうな顔をすると酒をもう一舐めした。
「今日一日だけ、進行を止めてあげる。サービスよ」
「呪いってなんなのよ。期限て?」
「この子が人間に戻れるまでの期限。その期限を強制的に作る呪いが、この子には掛けられてるのよ。後で詳しく説明してあげるわ、霊夢」
さっきから、自分のわからない話ばかり飛び交う状況。霊夢はお湯から体をだし、湯船の縁の石に腰をかけると、やれやれと頭を振った。
「はぁー。‥‥っとに。後で、か。今回は本当に私、部外者ねえ‥‥ま、めんどくさくなくていいけど」
「そんなことないわよ?」
「へ?」
もうけもうけ、といった表情で暢気な声を出した霊夢だったが、意地の悪そうな紫の声に、ばっと振り返る。そこには果てしなく胡散臭い慈母のような笑みを浮かべた妖怪少女がいた。
「今日は宴会やるからね。ここで。てなわけで準備よろしく♪」
「えー!」
「えええ!」
嫌そーな声を出して霊夢がげんなりした顔をする。驚いているのは早苗だった。
「えええ、宴会って、ヒト、ヒト来るんですか?ここに?私も出るんですか?」
「そ。と、いうか、あなたが主賓よ。主賓と言っても、いつも通りお酒を飲んでればいいわ。一日ぐらい、ゆっくり酒飲んで騒いで休みなさい。それに、せっかくカッコいい姿しているんですもの。元に戻る前にその姿、皆にお披露目してもいいじゃない」
「うー」
「やっぱり、見られるのは嫌?」
「‥‥まあ、別に私はもう、この恰好見られてもどうにも思いませんけど‥‥」
「なら決まりね。あ、もう声はあちこちに掛けてあるからね」
「ふん。根回しの良いことで‥‥」
「お昼から準備することにしてるから、そろそろ人が来始めるころよ」
「うえ!?昼間っから?ああー、面倒‥‥料理痛むわよ?暑くて」
「私には便利なスキマというものがありまして」
「あーそー‥‥」
ブチブチと陰気な声を出す霊夢。その声をかき消すように、露天風呂の脱衣場の方から声が聞こえてきた。
「お邪魔しまーす。宴会の前にお風呂借りに来ましたー。‥‥うわー、やっぱり温泉っていいなぁ。永遠亭にも作れないかなぁ」
「鈴仙ちゃんが死ぬ気で頑張ればできるよ」
「一人で湯脈まで掘れと申すか」
「誰かがやんなきゃ。楽しみにしてるからね。“鈴仙の湯”」
「貴女も手伝ってよ」
「湯脈を見つけられるように幸運なら授けてあげるよ」
「あ、兎だ」
「誰っ!?」
「おー?」
タオルで前を隠しながら入ってきたのは永遠亭のペット兎、鈴仙とてゐだった。
いそいそと入ってきた彼女たちだったが、見慣れぬ白い少女の姿に鈴仙が固まる。てゐも驚いた顔で、口元に手を当てていた。早苗は肩までお湯につかっているため、その体は湯の花漂う白いお湯に隠され、彼女たちには見えていない様子である。
二匹の兎は、早苗の異変を知らないようで、変貌した早苗の姿を見て全く知らない人間、いや、新顔の妖怪だと思ったか。ぽかんとした顔で、首をかしげて早苗の顔を見ていた。
現在、守矢神社関係者と秋姉妹、にとり、そして紫のほかに、早苗の異変を知っているのはあの山里の人間と、慧音のみである。霊夢は慧音から、早苗が蛇になったことを聞いたのだが、どうも、永遠亭方面にはその情報は流れなかったらしい。余計に騒ぎを大きくせぬよう、慧音がしっかり情報管理をしてくれたのだろう。
‥‥霊夢に伝えたことが正解だったかどうかは、ちょっぴり疑問符がつくが。
「あれー‥‥?」
鈴仙が言うところの、”人それぞれが持つ波長”まで、元の早苗のものから変化していたらしい。耳を揺らして、波長を読み取ろうと早苗を見つめていた鈴仙だったが、結局白蛇の正体が早苗であることはわからなかったらしい。かしこまって、おずおずと口を開いて尋ねてきた。
「は、はじめまして‥‥えーと、そちらの方はどなたです?霊夢さん」
「あー、こいつはね」
「すとっぷ」
「むぐー!」
「?」
早苗はいたずらを思いつき、あわてて霊夢の口をふさぐ。紫は早苗の意図に気づいたか、ニヤニヤと笑っていた。
(何すんのよ!)
(ちょっとびっくりさせたくなって)
“せっかく”こんな姿をしているのだ。楽しめるところは楽しまなければ、損。
蛇になった当初は、自分の体と心の変貌にうろたえ、混乱していた早苗だったが、色々あった今ではそれを受け入れられるだけの余裕も出来ていた。さっきのようにネッシーだといっておどけて見せたり、今は自分の身に起こった異変を、彼女の言う「幻想郷にしかない、刺激的な出来事」の一つとして、楽しんでいた。
早苗は霊夢の口から手を放すと、お湯から上半身を出し、同時に、風を操り弱い空気の流れを作る。胸元、首元まで早苗の体を覆っている白い鱗は、まき上がる湯気に隠されて見えなくなった。そして振り返ると、霊夢と紫に向かってニコリと笑い、口調を「ミシャグジ様」モードへ。
「なんだか手狭になりそうだし、アタシ、もう上がるわ」
「うお‥‥これは‥‥」
「あらあら、そんな遠慮なさらずとも」
「いい加減のぼせてきたのよ」
「あら、それはそれは。気が回らず申し訳ありません。ああ、服は脱衣場に新しい御召し物がございますので。どうぞそれをお召しになってくださいませ」
「ありがと」
途端に声色が変わり、ぶっきらぼうな口調になった早苗に、霊夢が苦笑いしつつ舌を出した。紫は楽しそうに、早苗の「いたずら」に合わせ、胡散臭くもうやうやしい台詞を吐く。鈴仙はどこかで聞き覚えのあるその声に反応して、耳をぴん、と立てていた。しかし、紫の演技も手伝ってその声が早苗のものであるという考えにはついに至らなかった。
「ほ、ほんとに誰?‥‥どこかで聞いたことあるような声だけど‥‥」
「アンタ達もゆっくりしていきなよ」
「ほい!?」
にやり、と兎たちに向かって笑うと、早苗はお湯から出る。湯気が少しずつ吹き散らされ始めた。
そして、蛇の胴体が、湯気の中から現れる。
ずるり。
「え」
「お」
ずるり。ずるり。‥‥ずるるるるるるるるるるるるるるるる!
「いやあああああああああっ!?」
「お、大物主様っ?」
ぱさりと鈴仙の手からタオルが落ちる。
お湯の中から出現したのはなんと長い長い長い蛇の体!元軍人とはいえ、鈴仙も少女である。全く予想もしていなかったおぞましい光景に、彼女は思わず悲鳴を上げ、さすがのてゐも驚きの声を上げた。
「何ぼーっとしてるの?温泉気持ちいいよ?ほらぁ」
「ひ!」
まだ比較的冷静な個体と、恐怖で動きの鈍った個体。どちらが獲物にしやすいか。そんなことは頭に浮かぶ前に分かった。早苗はニヤニヤ笑いながら、足が震えて動けない鈴仙に近づくと、目にもとまらぬ速さでするりと体を巻きつけ、捕まえた。鈴仙の素肌に直接伝わる、じっくり温泉で暖められた早苗の体の熱が、全身を刺激するぶちぶちとした蛇の鱗の感覚が、彼女の肌を瞬間的に粟立たせる。
「ひいいい!?」
「ほら、すごいでしょ?。私の体、こんなにホカホカ。ここの温泉、とっても暖まるんだからさ‥‥。ほらぁ、早くお入り?兎さん」
「あ、ひっ!いやぁ!」
腕ごと巻き取られ、身動き一つできない獲物の体を、白蛇様は潰すでもなく、しかし緩めるわけでもなく、ぎゅうぎゅうともみ絞る。獲物は悲鳴を上げるが、もう白蛇様からは逃げられない。
「ふふふ‥‥かーわいい‥‥」
「―――!」
声にならない悲鳴を上げて、涙目になって震えだした鈴仙。早苗はそんな彼女の様子にそそられて、さらにノリノリでミシャグジ様的可愛がりを続行する。彼女に捕まった哀れな生け贄兎が施されるのは、耳をくすぐる妖艶な声の愛撫と、おぞましい爬虫類の鱗による抱擁。そして、頬を伝う涙を一舐めする、長い長い舌によるキス。
「んっ‥‥かわいくて‥‥あは、よくみりゃあ、とってもおいしそうな兎さんじゃない」
「おいしっ!?ひ、ひいい!」
「ああ、たべちゃおっかなぁ‥‥!」
「ひ、ひ、ひゃあああああ!いやああああ!」
鈴仙の体を締め付ける蛇の胴体が、段々とその力を増す。その状況に生命の危機を察した鈴仙の目が、身を守るために無意識的に赤い光を放つが、背後に居る早苗の目にはその光は届かなかった。
むしろ、鈴仙にとっては届かないほうが幸運だった。この状況で、ノリノリの早苗が狂気に中てられてしまったら、きっと鈴仙は本当に食べられていただろうから。
朝の、のどかなのどかな露天風呂で、なぜか鈴仙が真っ白い蛇に巻きつかれ、食べられそうになり大パニックに陥っているというあまりにシュールで訳のわからない光景に、助けることも忘れ、あんぐりと口を開けて立ち尽くすてゐが横から見つめる目の前で、早苗の悪乗りはクライマックスに達した。
「ああ、もう我慢できないわ。お腹空いたし、食べよ」
「あーっ!ああ゛ーっ!」
白い肉の縄がぎちぎちと獲物を締め上げる。もう、鈴仙は絶叫することしかできない。
「恨むんじゃないよ?こんなにやわらくてオイシソウなアンタが悪いんだからね‥‥」
「あ゛ーーー!」
「はむ」
「―――はう゛っ」
トドメは、頸動脈への甘噛み。哀れな兎が耐えられたのは、そこまでだった。捕食の恐怖に耐えられず、白目をむいて、ぽろぽろと涙と涎をこぼしながら、ついに鈴仙は気絶してしまった。
「ぴぃ‥‥」
「あれれ。ちょっと、やりすぎたかなぁ。うふ、うふふ」
「‥‥うーわー、性格変わってるし。ホントに蛇女じゃない。あれ」
「そうなのよ。なかなかカッコいいでしょ?ね、霊夢もなんか憑けてみない?」
「やめて。‥‥あれは、さすがにちょっとかわいそうな気が」
「どっちが?」
「‥‥どっちも」
「お、大物主様?違うよね?でなきゃどこの神様だい?ねえ!」
ごぼごぼと泡を吹き続ける鈴仙に、心底楽しそうな早苗。彼女にすがりついて腕を引っ張るてゐ。
暢気な紫の誘いをはねのけながら、霊夢はタイミングを計りかねていた。
―――― どうしよう。いつ、早苗の正体言えばいいんだろう。と。
そんな、タイミングを思案する霊夢の視界に、新しい人影が映る。
「悲鳴が聞こえたけど、何の騒ぎ?って、あー。‥‥あーあ。早苗か、なにやってんの」
「あ、小傘さん、復活したんですね」
「うわあ、早苗さんドS」
「ち、違いますよ椛さん!これは、ただ単に遊び心で悪戯しようと!」
「‥‥え、えええ!あんた、あの守矢神社の!?」
「はい」
「えーー!」
「‥‥ありゃ、言ってくれちゃった。もうけ」
新たに風呂場に現れたのは小傘と椛だった。手当は無事終わったらしい。
彼女達のおかげで、早苗の正体は割れ、ひとまずドタバタはひと段落つきそうだ。
びっくりしながらも興味津々に早苗にあれこれ問いかけるてゐを見ながら、霊夢はまたお湯に体を沈めた。
「‥‥ああ、素敵だわぁ。ほんと、霊夢には何がいいかしらねえ‥‥、いきなり祟り神じゃあきついから、まずはどこかの神使からにしましょう。狐はいつも見てるし、八咫烏はもういるし、人魚も捨てがたいけど鰻や鯉じゃ食べられそうだし‥‥あ、鹿なんていいかも。ケンタウルスっぽくして。ああ、ああ、そうだ、猿よ、お猿さん。日吉様のとこの。もこもこの毛皮付の霊夢が背中丸めて温泉に入ったらきっと可愛いわー」
「やんないって言ってるでしょ」
「ぶべ」
猿になどされてたまるものか。
暢気に霊夢に憑ける神使についてあれこれつぶやく紫を裏拳で黙らせると、霊夢は彼女の使っていたお猪口をその手からもぎ取り、酒を注ぐと一気に飲み干した。
朝から酒を飲むなんてまるで妖怪みたいな行為だが、とんでもない一日の始まりにはこれでいい気がしたのだ。
「ど、どこでどうしてそうなったの!?諏訪明神の神使は白蛇だって聞いてたけど、風祝ってこんなこともできるの?」
「あ、いえ、朝起きたら、こんなんに」
「うわ、うわ、それはまた。いやー、しかし、綺麗だねえ!ほんと!」
「あ、ちょっと、そんなさわんないでください、くすぐったいですって、あん」
お腹をさわさわ撫でられた早苗は、くすぐったさに思わず身を捩ってしまった。
きゅ、と締まる蛇の胴体。その中には、まだ鈴仙が巻き取られたままで。
結果、こうなる。
「ぐぴゅう!?」
「わー!早苗身悶えないで!兎さん触るのやめて!へにょった兎さんが潰れる!」
「おおっと」
あわてて小傘が止めたため、鈴仙は寸でのところで胴体の骨を粉砕された骨なし軟体生物にされずに済んだ。
「ぴゃー‥‥」
「いいなぁ、鈴仙ちゃん。幸運金運をもたらす白蛇様に抱っこされて。これで一生安泰だよ」
ニコニコと、笑みを浮かべて、うつろな目をした鈴仙に白々しくうらやましいと言い放つてゐ。
初対面の椛にも、彼女がかなり“イイ性格”をしていることが感じ取れた。
「心配してあげないんですか」
「そんなにヤワじゃないさね、この子は。ああー、鈴仙ちゃんにはやっぱり涙目が似合うなぁ」
「‥‥」
気絶している鈴仙のほっぺたをぷにぷにとつつく彼女の言動に、椛はとんと行方がつかめない射命丸を思い出した。
その後ろで、湯船に浸かりながら霊夢がため息をつく。これから来る客来る客みんなが目の前の彼らのようにひと騒ぎするのだろうかと、その光景を想像して。
「ああ、今日は騒がしい日になりそうだわ、まったく」
ぶっきらぼうに吐き捨てる。でも、その声は、刺々しいばかりではなく、どこかちょっぴりそんな騒動を期待しているような、どことなく楽しげな声の色だった。
***************
「ふ、ふふ、ふふふふ。 お、おぞましい姿になったものだね。まるで奈落の底のような目をして、まだ半分人の形をしているくせに、なんてザマだ」
「こら、ナズーリン!‥‥すいませんね、口の悪い子で」
「いえ、大丈夫、気にしていませんから。恐ろしい姿だというのは十分承知してますから」
「とんでもない。畏怖と圧倒的な力を表わし、それでいて、美しさを備えている。神々しくて素晴らしい姿じゃないですかー」
「や、やめてください。そこまで言われると、全身がむずがゆく‥‥」
「ご主人。なあご主人!話はそこそこにして、早く戻らないか。聖がほら、さみしそうにしている」
「寺子屋の先生と楽しそうに飲んでるじゃないですか」
「あ、あれは演技さ!さみしさを紛らわしているんだよ!」
「そんな無茶苦茶な‥‥あれ、なんですか、私の後ろに回って。隠れなくてもいいでしょう。‥‥なに、怖いんですか?もしかして」
「ああ正直に言おう。そうだよ!私の方を見て涎垂らしてる蛇とにこやかに話なんかできるかい!」
「‥‥じゅるり」
「ひい!」
「うふふ。こうしてみると、あなたもなかなか美味しそうですねぇ」
「なんだ!私を食べる気か!そうか!そうなんだな!みろご主人!こいつは蛇だ、蛇になったんだ!恐ろしい蛇に!これのどこが神々しいんだ?」
「こら、言いすぎですよ。怖くないですって、ほうら、こんなに神々しいー」
「ぎゃー!やめてご主人!私を抱きかかえないで!近づけないで!ひいいい!」
「しゃー」
「ぎゃー!」
それは、例えるならば、街中に現れた恐ろしいナマハゲから逃げようとしているのに、「ほれ、ちゃんといい子にしてますってナマハゲさ言ってみれ」と親に捕まってナマハゲの目の前に掲げられた田舎の子供のような感じで。
酒が入り、どこか楽しげなのんびりとした声色の星に抱きかかえられて、早苗の前で悲鳴を上げるナズーリン。蛇は言わずと知れたネズミの天敵である。さすがの小さな賢将も、自分より大きな蛇はやっぱり駄目だったようだ。じたばたと手足を振り回して暴れるその姿を、いまだに青い顔をした鈴仙が憐憫の表情を浮かべて見つめていた。
遅い午後。紫の誘いを受けて、博麗神社に集まってきた人妖たちの早苗に対する反応は、概ね3つに分かれた。
一つは、鈴仙やナズーリンのように恐怖する者。
もう一つは、てゐや星のように神様、もしくはそれに近い存在として畏敬する者。お空は、神様と合体した者同士だといって、「私の方が強いよ!なんたって太陽なんだからね!」と妙なライバル心を見せた。
そして、三つ目は驚きこそすれさほど特別な反応を見せない者。幽々子や輝夜は、怖がる妖夢や鈴仙をよそに、「あらあら」と笑って優しく鱗をなでてきた。
あからさまに怖がるものはそれほどいなかった。幻想郷の住民達にしてみれば、早苗の白蛇姿も、ちょっと派手だがひっくり返って大騒ぎするほどのものでもなかったのだ。幻想郷は抵抗なく早苗の新しい姿を受け入れた。それを見越したからこそ、紫も宴会を開いたのであるし。
古明地さとりは、例外だろう。‥‥境内に入り、早苗の姿を見るや否や、普段の低めのテンションはどこに行ったのか、「へびさん!」と叫んでどこからともなく取り出したピンクの首輪を振りかざし、早苗を「げっと」するべくどこぞの大泥棒の三世もかくやという勢いで飛び掛かってきたのだから。彼女にかかれば早苗もレアなペットに見えるらしい。
引き留めるお燐やお空の言葉も聞かず、勢いよく飛び掛かった彼女だったが、マスターボールもなしに今の早苗が「げっと」できるはずもなく。‥‥彼女はあっさり早苗の返り討ちに合い、全身を締め上げられ、現在お燐に介抱されている。
「あの虎、実はサドなんじゃないか」
暴れ疲れてぐったりしたナズーリンを抱っこして宴会の輪の中へ戻っていく星を見て、魔理沙がニヤニヤ笑って酒を啜る。
隣で苦笑する咲夜と霊夢。そこへ、新品の風祝装束を着た早苗がずるずると戻ってきた。
最初、風呂上りに紫が早苗に用意していた新しい服は、真っ白い千早だった。新品の風祝装束も一応用意してあったので、そっちの元の風祝の衣装でよいと早苗は言ったのだが、「晴れ着晴れ着」と田舎的祖母的な紫の勧めにより、それを着させられてしまった。小傘が「今は私がそれを着るの」と風祝装束を手放さなかったことも一因だが。
紫が出してきた千早は、外の世界の普通の巫女が着ているような、赤い飾りの紐が入った質素なものだったが、しかし白蛇姿の早苗にそれを着せてみたところ上から下までまぶしい位ド派手に真っ白すぎて、何やら近寄りがたい空気を出してしまった。それならば、と今度は小傘がそんな雰囲気を中和するべく、刺繍の入った短い帯を飾りだと言って早苗の首に掛けたため、白装束に半袈裟のような帯と、今度はイタコのようになってしまった。
結局、いつもの風祝装束が良いということになり、せめて飾りをという小傘の要望で、命蓮寺の騒動の際に早苗が着けていた御統風の翡翠色の首飾りを掛けて、とりあえずはお手打ちとなった。
紫はツマンないと文句を言っていたが、白い着物に赤の飾りという恰好は、神奈子には花嫁装束のように見えてしまったようで、その恰好を見るなり彼女はオイオイと泣きだしたため、紫も仕方なくいつもの恰好で良しということにしたのだ。
ちなみに、早苗が新しく用意された風祝装束を着たため、小傘も渋々ながらいつもの恰好に戻っている。
「おまたせでした」
「お、ようやく戻ってきたな、白蛇様」
「人気ねえ。そのカッコ」
「お嬢様もなんだかお気に入りでしたね。エデンの園がどうとかなんとか」
「えー」
もうすぐ夕方とはいえ、まだ日はそこそこ高い。明るいうちから酒の匂い漂う人外ばかりの境内で、その中のわずかな人間と元人間は、今日は賽銭箱の近くに集まって飲んでいた。
酒を飲むペースがどうしても妖怪とは合わない彼女たちは、宴会でときどき一緒に飲んでいることがある。咲夜はレミリアの世話をするために居ないときが多いが、今日は人間組の座に参加していた。彼女の主は日差しを避けて神社の中で鬼たちと飲み比べをしていた。
神奈子と椛は、宴会が始まる直前「山の連中もつれてくる」と言って妖怪の山へ向かった。連絡役に「ミニ御柱」を持っている小傘を残して。紫が声をかけた面々には妖怪の山のメンツも含まれており、静葉と穣子は来ていたのだが、にとりや雛は来ていなかったからだ。
「なあ、さっきのあれなんだが。あんまりいじめてやるなよ、泣いてたじゃないか、ナズーリン」
「いやあ、もう可愛くて可愛くて。やりすぎちゃいました」
てへっ、と笑いながら舌を出す早苗。普段なら、「可愛いしぐさ」になるのだろうが、あいにく現在の彼女の舌は蛇のそれである。笑いながら長い舌をビタビタと出す様は、舌なめずりをしているようにしか見えなかった。
霊夢が「ひゃー」とその様を見て小さな声をだし、面白そうに聞いてきた。
「実はおいしそうだった?」
「少し」
「蛇ねえ、ホント」
「ネズミって美味しいの?」
「パチュリー様が言うには、ネズミの種類と料理の仕方によっては、なかなかイケるそうよ」
「へえ、今度教えてよ。試してみるから」
「こ、こらあ、そこの人間ども!やめてくれないかそういう物騒な話は!」
「あ、聞こえてたみたい」
「しゃー」
「ひい!」
「あらあ、かわいい声出すのねえ。可愛くて、美味しそうな」
「幽々子様だめですよ。鼠なんか。お腹壊しますよ」
「ひいいい!」
「わはははは!いいねえ。今日のつまみは鼠か!カリッと揚げてから揚げとかいいねえ!揚げ立てこっちにおくれよ!」
「勇義、耳は残しておいてね、あのコリコリしたところ好きなんだぁ、私」
「ひ、ひえええ!?」
「ああ、鬼達はもうその気ですねえ。頑張って『お勤め』してきなさいね、ナズ」
「ご主人!?何言ってるんだ!ちょっと!?」
遠くの木の陰から響くナズーリンの必死な声に、境内がどっ、と沸いた。
極端な大騒ぎはされなかったというものの、早苗の白蛇姿は、暇な妖怪達には久々の新鮮なネタだった。宴会が始まってからというもの、早苗はあちこちの輪から酒を注がれ、引っ張りだこだった。先ほどの星とナズーリンで、ようやくひと段落ついたところである。
一息ついた早苗に、咲夜がワイングラスを差し出す。グラスは真っ赤な葡萄酒で満たされていた。のどが渇いていた早苗は礼を言いつつそれを受け取り、一気に飲み干す。勢いよくあおったため、口からワインが少しこぼれた。口の端から垂れた血のように見えるワインが、今の彼女にはやけに似合っていた。
咲夜はそんな彼女を面白そうに見ていた。
「ワイルドな飲み方も蛇になったせい?‥‥しかしあなたが一番最初に人間をやめるなんてね。ちょっと、意外」
「いや、まだやめたと決まったわけでは‥‥」
「誰が最初だと思ってんたんだよ、咲夜は」
「言うまでもなく」
「私か?おお、そりゃあ買いかぶりすぎだぜ。いくら私といえど、捨虫の魔法を作り出すのにはまだ時間がかかるんだ。それに私は‥‥」
「いえ、霊夢よ」
「おろ」
「あたし?なんで」
「妖怪退治ばっかりしてるもの」
「あー、なるほどな」
「誰かが言ってましたね、妖怪退治ばっかりしてると、いつかそっち側に行っちゃうと」
「前例が目の前にいるからな」
「しゃー」
「私は妖怪になんかならないわよ」
「どうでしょうねえ」
「絶対に無いわ」
ニヤニヤと笑う早苗に、澄ました顔で霊夢は答えて見せる。
と、ふと何かに気が付いた様子で、「あ」とつぶやいた。
「あ、早苗。あのさ、元の姿に戻る前に頼みたいことがあるんだけど」
「はい?」
「‥‥これはあなたにしかできないことよ」
「な、なんですか?」
霊夢が、杯片手に、少し真剣な顔になった。
急に現れたシリアスな空気に、早苗も何事かと顔を引き締める。
「あのね。欲しいものがあるの」
「はい?」
「皮」
「かわ!?」
「皮よ、皮!抜け殻!脱皮しないの?あんた。してたんなら皮ちょうだい。賽銭箱に入れるから」
「‥‥財布じゃないんですから」
「おお、そういやあ、お前、皮脱ぐのか?蛇だし」
「そんな兆候はないですけどねえ」
――脱皮するヘビは、鱗の色つやが無くなり目が濁ってくる。昔図鑑で読んだ蛇の生態を思い出しながら、早苗はちびりと酒を舐める。今の自分にそんな兆候は一切ない。数か月単位でこの姿でないと脱皮しないのだろう、きっと。
「残念だなぁ、脱いだ皮にアンコ詰めて等身大早苗人形とか作れたのに。きっと売れるぜ。夜のお供とか」
「あはは。魔法使い。それはいい考えだねぇ‥‥オマエの皮剥いてその人形を作ってやろうか!ああ!?」
「ひえ!お、おいおい、冗談だって、あんま恐い顔するなって」
魔理沙の冗談に、早苗はミシャグジモードで答え、威嚇した。
咲夜が、そんな早苗を見て微笑む。どうも、変な物好きのこのメイド長は、白蛇の早苗が気に入ったらしい。ぺちぺちと早苗の胴体を躊躇なく叩き、なだめてきた。
「ほんと、すっかり蛇ね。いざとなったらお嬢様のとこで暮らさない?掛け合ってあげるわ」
「モンスターの館になっちゃいますよ?」
「元から魔物だらけですわ、うちは」
「‥‥なんか、パチュリーさんとかに実験動物にされそうで怖いんですが」
「そんなことしないわ。妹様と遊んでもらうかもしれないけど」
「遠慮しますー」
「えー」
「‥‥咲夜さん、意外とぶりっこな顔できるんですね」
「とりあえず、皮、脱いだら私にもくれません?縁起物ですから」
「はあ‥‥」
「お前も変なもの好きだな」と咲夜に向かってつぶやく魔理沙の後ろで、きしり、と床が鳴った。近づいてくる気配に、魔理沙は顔をあげる。
「お?」
「あら、珍しい組み合わせですわね」
咲夜と魔理沙の声に、一同が顔をあげて振り向く。そこに居たのは、頬にほんのり、お酒で紅をさした、白蓮と慧音だった。
「先生と坊さんか。固いな。思う様固いな」
「なんだ文句があるのか、霧雨の」
「いんやいんや」
魔理沙が言った通り、白蓮は僧侶である。黒を基調とした、一見しただけではまるで悪役のような、常識にとらわれないデザインの服を着ているが、彼女は僧侶なのである。彼女の服装が、早苗の「幻想郷においては常識に囚われてはいけない」とする考え方を、より深く強くさせてしまったことを、白蓮は知らない。
「咲夜、レミリアが呼んでいたぞ。つまみをもっと持って来いだとさ」
「魔理沙さんはアリスさんが、霊夢さんは紫さんと天子さんから呼び出しが掛かっていますよ。さみしそうな顔してましたから。早く行ってあげてください」
この座を強制的に解散させる、各方面からのお誘いの知らせに、魔理沙がやれやれと肩をすくめた。
「おやおや、か弱い人間達がせっかく肩を寄せ合って身を守っているというのに」
「バラバラにされましたわね」
「各個撃破。一人ずつになって孤立したところを、容赦なく襲って酒びたしにして食べる気ね」
おどけて言って見せる霊夢の台詞に、慧音がいやいや、と首を振る。
「‥‥言うけどな、か弱いなんて単語ほどお前たちに似合わない言葉もないと思うが」
「そうですねえ‥‥」
苦笑いをする慧音に、白蓮までぽわぽわとした声で同意する。
“か弱い”少女たちは見つめあって嘆息した。
「か弱くないんですって、私たち」
「ひどい言われようですわ」
「まったくね」
「ま、ここはおとなしく“食べられる”ことにしようぜ。なんか早苗に用があるみたいだしな」
にやりと笑って見上げた魔理沙に、慧音が片手を立てて「すまない」と礼を言う。
珍しい組み合わせ、と咲夜は言ったが、共通点はある。この二人も今の早苗と同じように「元人間」、つまり人から人ならざるものへとなってしまった者たちなのだ。
それに気づき、霊夢たちは、彼女らが早苗と何か3人きりで話がしたいことを悟り、各々自分の酒器を持って散らばっていった。
賽銭箱の後ろ、拝殿へと上がる段に腰かけ、慧音が徳利を差し出して早苗に酒を注ぐ。白蓮も慧音の横に座り、お猪口を手に待っていた。
「そら」
「あ、すいません」
「では、まずは一献」
「ん」
「はい」
白蓮の合図で、三人は軽く盃を上げ、ぐびと酒を飲む。
透き通った、さっぱりした辛口の酒だった。
さりげなく、当然のごとく酒を飲んでいる白蓮だったが、早苗はそれを見て別に何とも思わなかった。由緒正しい神社の家系と言えども、親類すべての冠婚葬祭が神道系というわけではない。彼らの法事に連れられて行ったとき、一緒にお酒を飲んでいるお坊さんを、彼女はよく見てきたからだ。
空になった早苗のお猪口にまた酒を注ぎながら、慧音が穏やかな口調で話を始めた。
「大変だったな、早苗。話は八坂様から聞いたよ」
「あ、いえ、すいません。こちらこそ、ご心配をおかけしまして」
「いや、いいんだ。こっちこそ礼を言わなくてはならないからな。ありがとう。あの子を、あの里を助けてくれて」
「もういいですってば‥‥それに、私は女の子は助けたけど里自体は守ってませんから‥‥」
「里にあの妖獣たちが流れないように誘導してくれただろう。ありがとう、本当に」
「‥‥あれは、私があそこに居たせいで、妖獣たちが興奮して」
「そんなこと、お前に予期できたか?できたのか?お前のせいじゃない。気にするな。それに、あの妖獣たちは最近増えてきていて危険な状態だった。遅かれ早かれ、あの里の人間達との間で衝突が起こっただろう。ありがとう。本当にありがとう」
「いや、あの‥‥ど、どういたしまして」
頭を下げる慧音に、洞窟の時と同じく、顔を赤くしてどこかそわそわと恥ずかしがる早苗。彼女を見ているのが耐えられず、早苗は目線をそらす。はたしてその先では、白蓮が微笑んで早苗を見つめていた。
人間と妖怪の平等を掲げ、妖怪側に立っている白蓮だが、人命が掛かっている事態だったからか、見方によっては早苗に虐殺されたような形の妖獣達に関して、特に何も言う気配は無かった。
「もう、平気なのですか」
「え、ええ、まあ」
「‥‥さぞや、つらい目に会われたでしょう。がんばりましたね」
「そ、そんな、別に、つらくなんてありませんでしたよ」
「強がっちゃって」
「なっ」
「すいません‥‥いいえ、本当に、強い方です。あなたは」
やや神妙な顔になった白蓮が、手を伸ばして早苗の銀の髪を梳く。
早苗は怪訝な顔をして、されるがままにされていた。
「みんな私の髪に触りたがりますけど、なんなんです?一体」
「綺麗だからですよ‥‥」
髪を梳く手は、いつの間にか早苗の頭をなでていた。
「な、何するんですか」
「私が、人間をやめたのは、本当に身勝手な理由からでした」
「は?はあ」
唐突に白蓮は身の上話を始め、早苗は困惑した声を出した。
弟の死に直面し老いと寿命を恐れ、妖術を身に着けて若返った魔法使いは、優しい目で、おぞましい蛇の姿になってしまった少女に話し続けた。
「自分の意志とは無関係にその姿になってしまった貴女とは違います。私の、今の姿は、弱さの象徴なのですから」
「‥‥そうなんですか?」
「ええ‥‥」
「ふえ?」
気が付けば、早苗は白蓮に抱きしめられていた。慰めるように、優しく頭をなでられながら。
あの洞窟の中で神奈子に抱きしめられた時とは違う感じだが、白蓮の胸もまた心地よく、なぜか懐かしかった。
「がんばりました‥‥本当に、辛かったでしょう‥‥」
「ふわあ‥‥」
頭をなでる手の心地よさに、早苗は思わず目を閉じる。―――――ああ、なんだか“おばあちゃん”みたい。早苗は自分をなでる手のひらに、幼稚園の頃、敬老の日の交流イベントで一緒に遊んだ、名も知らぬ老女に似た雰囲気を感じた。
実際には、そこに居るのは老女ではなく若いお姉さんなのだが。‥‥見た目は。
「ああ、ほら、白蓮殿、白蓮殿。早苗が寝てしまうぞ」
「寝かせてあげた方がよろしいのでは?」
風呂に入った後、早苗は宴会までゆっくり昼寝をしてすっきり目覚めたはずなのだが、夜行性である蛇に、明るいうちの行動はやはりなかなかきついものがあった。そんな状態で抱き寄せられた白蓮の胸は、再び眠りに誘うほどの心地よさで。思わずまどろみかけたとき、横から慧音と白蓮の笑みを含んだ声が聞こえ、早苗はあわてて目を開いた。
「いえ、ダメです。まだ寝ちゃダメなんです。お肉食べないと。栄養とらないと」
「あら、起きてしまいました」
「ああ、そうだな。今日は飲め、食べろ。”神楽”の前にな」
「はい」
「あら、舞を披露なされるのですか?」
事情を知っているらしい慧音と、知らぬ白蓮。
あらあらと手を合わせて楽しそうな顔をする白蓮の横で、近くの小皿に残っていた骨付き肉を手に取って齧りながら、もごもごと早苗は返事をする。
「いいえ、神楽といっても、想像するような優雅なものじゃないです」
「と、いいますと?」
「結構ガチンコなもんで」
「がちんこ?」
「ああ、本気だってことです」
「まあ、結構、荒々しい舞なのですね」
「うーん‥‥」
‥‥言えない。“神楽”というのが、生け贄役をするために諏訪子と本気のケンカをして負けに行くことだなんて、とても。
彼女にこれから何をするのか説明してしまったら最後、優しい彼女の性格からして、きっと引き留められ、放してくれなくなるだろう。
「まあ、そうですかね」
手に持ったお猪口からごくりと酒を口に含むと、早苗は肯定とも否定とも取れないような返事をした。
何をしに行くのか一から説明するのとあいまいに答えるのと、どちらが良いか早苗は一瞬だけ迷ったのだが、前述した理由から彼女は後者を選んだ。面倒事は、なるべく避けたい。
「楽しみですね、いつやるんですか」と暢気に笑う白蓮に、事情を説明したものかどうか、慧音も困っている様子で、苦笑いをしていた。
「‥‥ねえ衣玖。あなたも魚類なんだからあんな半分人間みたいな恰好でき‥‥うわあ!もうしてるー!」
「ほらあ、総領娘様。あっちが白蛇ならこっちは人魚ですよー。ほらほら」
「いやああ!巻き付くなー!」
ちょうどいいタイミングで、奥の方で天子と酔っぱらった衣玖の漫才が始まったので、慧音はそっちに話題を振り替えた。
「お、早苗、ライバルだぞ」
「おおー、人魚だ人魚だ」
「あばばば!だめえ!電撃らめえ!」
「総領娘さまぁー♪」
「こ、こんの酔っ払い天女がぁぁぁ!いい加減にしなさっいにゃああああ!」
「あらあら」
天人の悲鳴と竜宮の使いの嬌声のせいでさらに賑やかになった境内。彼女達の戯れを肴に、三人はしばし酒を楽しんだ。
「ひじりー。ひーじーりー」
「あら?」
「あ、トラだ」
そんなときである。間延びした楽しそうな声が掛けられたのは。三人が振り返ると、完全に出来上がった寅丸が一升瓶片手に、手を振りながらこちらに歩いてくるところだった。ナズーリンは一緒に居なかった。
「ナズーリンさんはどうしたんです?」
「ナズはぁ、向こうで尊い『お勤め』をしていまーす」
「はい?」
意味不明な返答に首をかしげる早苗の耳に、亡霊の姫君のいやらしい笑い声と、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。
ほらねー、と朗らかに笑う寅丸に、『お勤め』の意味をなんとなく理解した三人は思わず顔を見合わせると、「南無」と静かに悲鳴のした方向に向かって合掌した。
この三人も大概酔っぱらっているのである。
ステレオで悲鳴が響く境内を背に、寅丸はどっかと胡坐をかいて座り、三人の輪に挟まった。
「ところでー。なあに楽しそうな話をしてたんですかぁ?三人だけでこそこそとー」
「早苗さんの髪はきれいだなって、撫でてたんですよ」
「ちょ」
「おおー。確かにきれいですもんねー。よーし、私もー、撫でちゃいましょう。ひゃー。さらさらー」
「ひょわあああ」
「よおぉーしよしよしよしー」
「‥‥」
こうやってなでられるのは蛇になってからもう何度目だろうか。早苗をなでることで何かご利益でもあるのかと思いたくなるくらい、出会う人出会う人が時におっかなびっくり、時に嬉しそうに早苗をなでるのだ。もう早苗は嫌がることもせずに、さらりさらりと髪の毛を撫でられるがままになっていた。
眼の前の寅はニヤニヤと閉じた口の端を上げて、早苗をなでながら「むふふー」とねっとりした声をだす。普段の凛々しい雰囲気はどこへいったのやら。酔っぱらった、ただの姉ちゃんがそこに居た。
寅丸はひとしきり早苗の髪をくしゃくしゃといじると満足げに笑い、「綺麗綺麗」と呟いて、ぱしぱしと早苗の下半身を叩いた。空いた手で酒瓶を持ちながら。
美人の寅丸が、酔っぱらって幸せそうにしているその姿は、同性の早苗から見てもとても可愛くて、早苗は慧音と白蓮と一緒に苦笑した。
「そぉーだ。ねえ、早苗さん。せっかくそんな縁起のいい格好してるんだからー、今度ウチの法会に来ませんかー?里の人にもそのありがたいお姿をお見せしたいですー」
「んな、何言ってるんですか!そんな、お寺で」
「だーいじょうぶですよー。うちは神様も人間も妖怪も分け隔てなく迎え入れますからぁー。ねー、ひじりー」
「ええ」
「ちょっと、待ってくださいよ!そうじゃなくて!守矢神社の巫女ですよ私は!そんな、ライバルの」
「ええー?守矢神社とー、命蓮寺はー、仲がいいじゃないですかぁー。お寺をー、作るときもー、諏訪子さんが地鎮祭やってくれたじゃないですかぁー」
「いや、それは‥‥」
「だーいじょぶですってー。お寺で里の皆さんに紹介させてくださいよー。せーっかく縁起のいい白蛇のお姿してるんですからぁー。うちの布教に使うとか、心配しなくても大丈夫ですよー。守矢神社の白蛇様って、ちゃんと紹介しますからぁ」
「むー」
普段とは全く違う、ロレツのまわっていないのんびりとした喋り方で、むふむふと鼻息荒く、早苗の肩をばしばし叩く寅丸のお願いに、まあ、ちょっとくらいならいいかなぁ、と早苗は心を動かされかけた。
まんざらでもない早苗の様子に、寅丸は嬉しそうににやりと笑うと、片手に持った一升瓶の酒をそのままごぼりと煽る。豪快すぎるその飲み方に、白蓮が笑いながら「こら」とたしなめる。寅丸は「すいませんー」と全く気にしていない様子でつぶやくと、言を続けた。
「白蛇はー、仏教でも縁起がいいんですー。なんたって仏様のお使いなんですよー。お釈迦様がその昔、悟りをぉー、開くときにー、白い蛇がお釈迦様をお守りし続けたんですからぁー」
「へぇー」
「印度では、水の神様、子宝の神様で、天気を操れたりするんですよ」
脇で聞いていた白蓮が、そうですそうです、と説明を追加する。蛇は古今東西どこでも、水と生命に関した神性を持たされるらしい。そういえば、救急車のマークにも蛇が書いてあったっけ。そんなことを思い出しつつ、白蓮達の話す随分とおなじみな神性に、思わず早苗も感心して、へえ、と口を開いた。
「ふーん。なんかミシャグジ様と似てますねえ」
「そぉーです!ミシャグジ様も、ナーガ神もぉー、なんだかちょっと似てますよねぇー」
「‥‥はい?」
ナーガ。酔っ払い寅丸が発した聞き捨てならない単語に、早苗はぎくりと固まった。
「あの、その、ナーガっていうのは‥‥」
「そうですそうですー。蛇神のお名前ですよー。白蛇のナーガ神ですー」
「――――!!!!」
白蛇のナーガ。それは、早苗が昔読んでいて、こないだ霊夢が拾った「すれいやーず」という小説に出てくる、グラマラスな体に紐のようなビキニ風衣装をまとい、トゲつきショルダーガードにマントを羽織ってトラウマになりそうなお馬鹿な高笑いを上げ、黒こげになろうが氷漬けにされようがすぐに回復してくる驚異のしつこさを備えた、最凶最悪のギャグキャラクターの名前であり‥‥
「そーですねー。今は早苗さんも白蛇だからぁ、『白蛇の早苗様』ですねえー。あ、早苗さん女の子だからナーガじゃなくてナーギィですかぁ」
「いやあああ!ごめんなさい!それはだめ!ほんとだめ!」
「?」
早苗の頭の中で、どんどこどんどこ太鼓の音ともに、不必要に露出度の高い黒ビキニにマント姿の「白蛇の早苗」が「ほーっほっほっほ!」と高笑いしながらずんずんと迫ってくるわけのわからないイメージが展開され、思わず早苗は耳をふさいで涙目で頭を振る。
三人は突如として様子の変わった早苗に、頭上にクエスチョンマークを出して彼女を不思議そうに見つめていた。
そのときである。
「‥‥開き直ればいいのです。何を迷っているんですか。いいじゃないですか『白蛇のナー‥‥早苗』とか。黒ビキニ素敵じゃないですか。うふふ」
「!?」
突如、地獄の底から湧き出てくるような邪悪な少女の声が後ろから聞こえ、早苗はバッと後ろを振り返った。そこには、ジト目でニヤニヤと、どこか腹立たしい笑みを浮かべたさとりが立っていた。
宴会が始まったあたりで早苗を「げっと」しようと襲い掛かり、返り討ちで早苗に締め上げられて倒れていたはずなのだが、もう回復したらしい。
「も、もう復活しやがりましたか、地底の暗黒ムツゴロウさん!」
「ムツゴロウ‥‥?‥‥なになに。ふーん。‥‥へえ、外の世界にはそんな人間がいるんですか。似たような者はどこにでもいるものですねえ‥‥うふふふふ‥‥そう、私は地獄のムツゴロウ‥‥可愛い可愛い蛇さんのためなら、たとえ火の中水の中、全身の関節が外されようとも私は何度でも復活しますよ!」
「ぬああ、もっと念入りにあちこち砕いておくんだった‥‥」
「『ほーっほっほっほ!』」
「やめてー!」
耳をふさぐ早苗の後ろで、早苗の心から読んだ「白蛇のナーガ」をまねて口元に手を添えて高笑いを上げるさとり。「さとり様が壊れたー!」と慌てるお空をよそに、さとりは高笑いを続けながら早苗ににじり寄る。そのキャラクターのようになるのが嫌だという、早苗の心を弄るために。
「高笑い」、そして「回復の速さ」と「しつこさ」から言えば、早苗よりかは今の暴走したさとりの方がよっぽど「白蛇のナーガ」と呼ばれるキャラクターに近いのだが。体型は別として。
「そうですね。私の言うことを一つ聞いてくれたら、やめないでもないですがね。『ほーっほっほっほ!』」
「いやあああ!」
「なんですか?何をそんなに怯えているんですか?私はただ、お願いをしようとしているだけなんですよ。『ほーっほっほっほ!』」
「やめ、やめてください!耳元で!刺さる!脳に刺さる!」
「『ほーっほっほっほっほ!』ほら、たった一言言えばいいんですよ?そうしたらやめてあげないことはないですよ?ほら、言ってくださいな。『ペットになります』って。ほら、ほら、ほらほらほらぁ!」
「嫌です。嫌です絶対に!」
「『ほーっほっほっほっほ!』早苗さん、実はこのキャラクター好きなんですよね?小さいころ夜更けにこっそり高笑いの練習とかしてたんですよね?そんなに嫌うのは幼いころの恥ずかしい思い出だからですものね?」
「えっ」
「まぁ」
「違います!そんな事実はありません!」
衝撃的な事実のようなものに、慧音と白蓮が「あらあ!」と驚いた顔をする。早苗は必死に手を振って、「違いますー!」と叫んだ。
「『ほーっほっほっほ!』さとりの前で嘘をつこうとは!いいでしょう。あなたの心が折れるのが先か、私の喉が潰れるのが先か、勝負とまいりましょうか!」
「いやあああ!」
「ふん、ぬ」
どごっ。
「もぎょっ!?」
重たい衝撃音、それに続いた奇怪な悲鳴とともにさとりが吹っ飛び、植え込みの中に消えた。
恐る恐る早苗が目を開けると、額にじんわりと赤いあざを付けた慧音が、ニコニコと笑っていた。
「そろそろうるさいぞ?んん?」
「ひ‥‥ひひひ‥‥」
がさがさと植え込みがうごめき、さとりが頭を振りながら四つん這いで這い出てくる。いひひ、いひひと不気味な笑いをもらしながら。真昼間だからいいが、夜ならば完全にホラーである。小傘は古典を読むよりさとりを観察した方が勉強になるかもしれない。
脳震盪(妖怪に脳があるのか謎だが)でも起こしたか、目を回しているさとりが、地獄の底から湧いてきたような不気味な声でぶつぶつとつぶやく。
「ひひ、ひ。へびさんいじめるのに夢中で慧音さんまで気が回りませんでした‥‥」
「うあ、やっぱりいじめてたんですね」
「うしさんまで味方につけているとは。‥‥そうれすか。ちち飲むんですか。飲んでボインになるんですね。早苗さんはボインボインになって黒ビキニを着たいんですね。わかります」
「だから、違いますってば!」
「そーですよー。そんなことあるはずないじゃないですかー。早苗さんはもうこんなにボインだしー」
「ぎゃあ!どこさわってるんですか!」
「星。めっ」
「むぎゅぁ」
さり気なくすばやく早苗の胸に手を伸ばした酔っ払い毘沙門天は、延髄に振り下ろされた白蓮の手刀で眠りについた。
「まったくもう。星は酔っぱらうとダメなんだから」
「うし‥‥」
ぷんぷん、とほっぺたを膨らます白蓮の横で、牛と言われた慧音は、喜んで良いのか怒った方が良いのか分からないといった微妙な顔をして、自分の胸を下から抱え、ゆさゆさと揺らしていた。
「うあ‥‥」
酔っ払いしかいないこの状況に早苗は頭を抱える。白蓮も慧音も、すっかり出来上がってふにゃふにゃだ。早苗と会話している間も、実は彼女たちはちょこちょこと酒を飲んでいた。慧音が持ってきた徳利は、焼物の狸が持っているような、あのでかい通い徳利なのだが、それがもう空っぽになっているのだ。
慧音と白蓮とも普通の人間よりだいぶ酒には強いのだが、二人ともこれが最初の一本というわけではない。すでに宴会が始まってだいぶたっている。この三人で飲む前に、それぞれ大分酒を入れているのである。
「あ、ありがとうございます慧音さん。助けてくれて。それにしても、み、みなさんだいぶ酔っぱらってますねえ‥‥」
「いやいや。早苗の飲みっぷりがあんまりいいもんでなぁ」
「ええ。ホント美味しそうに飲みますよねえ」
「え?」
‥‥早苗にはそんな自覚は無かったのだが、結構なハイペースで酒を飲んでいたらしい。一緒に飲んでいた慧音と白蓮を巻き込んで酔いどれさせるくらいに。しかしアルコールが回っているとはいえ、思考はまだ冷静だった。ほかの人が潰れていく様子を冷静に見ているというのは、早苗にとってあまりない体験だった。
「うふふふ‥‥ふっかーつ」
「ああ、そういえばこっちがマダだった!」
ようやく脳の揺れが収まったさとりが、すっくと立ち上がって片手を頬に添える。またあの高笑いをする気なのだ。
その時だった。
「させんぞ」
「超人『聖白蓮』」
「ほーっほっ!?」
さとりが口を開いた瞬間、白蓮がつむじ風とともに消え、さとりの肩を後ろから抑える。同時に慧音が立ち上がり、さとりに向かって身構えた。
「あ、あれっ、いだだだだ!」
「いけない子には、たとえ妖怪でもお仕置きしますよぉ」
途端に青ざめた表情になり、白蓮の手から逃げようと体を捩るさとりだったが、超人と化した白蓮の握力がそれを許すわけもなく。
「ちょ、ちょ、あ、あの、ちょっと待ってくれませんか、あのですね、いたいいたいいたい」
いくら心が読めても体がついて行かなければ回避することはできない。白蓮は至近距離で高速移動をし、さとりが逃げ出す前に捕まえたのだ。
そして、がっしりと抑えられたさとりの目の前に、慧音が満面の笑みで立ちふさがった。
これから自分が何をされようとしているのかを読んでしまい、さとりのあどけなくもふてぶてしいにやけ顔が恐怖の色に染まる。
「覚悟はいいか?」
「よくないです」
「ふん、ぬ」
「ぶ」
問答無用の一撃。それはまるでくい打ちをする巨大な木槌のように。
慧音が思いきりのけぞったかと思うと、真上からさとりの脳天に強烈な頭突きをくらわし、哀れさとりは直立姿勢のまま足から地面に打ち込まれた。
「さとりさまぁああああ!」
お空が、愛しのご主人様の身に起きた惨劇を目の当たりにし、「ああああ‥‥」と涙を流して嘆きながらがっくりと膝をついた。大げさな演技がかったリアクションだが、この子も酒が入っていい具合に出来上がっているのだ。
「さ、さとり様ー!うう、ううう‥‥さとり様が、さとり様が桃色妖怪マンドラゴラになっちゃったよう‥‥」
「くひひ。くひひひ‥‥」
酔っぱらっているとはいえ主人に向かってえらい言い様である。
当のマンドラゴラはピンクの髪だけが地面から覗いている。その下から聞こえてくるのはひたすら不気味な含み笑い。
地面に手をついて嘆くお空の後ろで、すがすがしい笑顔でがっちり握手を交わす泥酔尼公と教師。まだお尻を上げたまま突っ伏して気絶している寅丸。
ああ、ここは酔っぱらい天国。
‥‥さとりは素面である。仲間に加えてはいけない。
「‥‥どうしよう、これ」
ほっぺたを引きつらせたまま、とりあえず、ずるりと早苗はマンドラゴラに近寄る。愛しの白蛇の接近を察知し、ピンク色の葉っぱがゆさゆさと揺れた。
「へるぷみー」
「‥‥」
「へるぷみー」
土の下から聞こえてくるのはかわいらしい少女の声。しかし、それに騙されてはいけないのだ。
「ミシャグジ様ぁ‥‥」
マンドラゴラに落としていた視線を上げると、お空が手をついたまま、こちらをすがるような涙目で見上げていた。呼び方がいつのまにかミシャグジ様に変わっている。ご主人様を助けてください。さとり妖怪でもないのに、早苗の心には、お空のそんな声が聞こえた気がした。
もしかしてこの子は泣き上戸なんではなかろうか。そう考えつつ、べそべそと泣くお空の頭をなでると、早苗はにっこり笑って「良いですよ」と優しく答える。お空の顔が、ぱぁっと明るくなった。
無邪気なお空の笑顔で一瞬心を癒した早苗は、桃色マンドラゴラと対峙する。活動はさっきよりも若干活発化していた。
「へるぷみー」
「‥‥」
「ろーるみー‥‥ぷりーず‥‥」
「はあ‥‥」
「ああ‥‥へびさん‥‥うふふ、うふ」
「お空さんが泣いてますから、抜いてあげます。ただし、騒ごうとしたら、首だけ引っこ抜きます」
「‥‥」
本気で言っていることを読み取り、マンドラゴラのふざけた声がぴたりと止まった。
「早苗は優しいなぁ!」とお互い肩を組んで朗らかに笑う慧音と白蓮の声を後ろに聞きながら、早苗は土を少しえぐると、さとりの頭に尻尾を巻きつける。
「せーの」
「いたいいたいいたい」
「さとり様ー!」
「こらしょ」
「いたいいたいいたいいたい」
「がんばってさとり様!」
「えいこらしょ」
「むぐー!」
三度目の掛け声とともに、早苗はさとりの体を一気に引き抜く。同時に、さとりの下から木を生やし、ところてんのように押し出した。
ずぼぼぼぉっ!
「おしりがー!」
「ぬけたー!さとり様が抜けたぁー!」
「おおー!」
「大物ですね!」
勢いよくさとりを釣り上げた早苗に、酔っ払い三人組が手を叩いて喝采を送る。
(‥‥わたし、なにやってるんだろうなぁ)
とりあえずバカなことをしていることは間違いない。これから殺すか殺されるかというケンカをしに行くのに、暢気にバカなことをしている。ただ、その、暢気なバカなやり取りが早苗にとっては本当に久しぶりのことで。蛇になってからたった一週間しかたっていないが、早苗にはそのバカ騒ぎが、ひどく懐かしく感じられた。
――――うん。今は、何も考えずにバカになって遊ぼう。
体だけ休めてもダメなのだ。心も休めなければ、本当の休息にはならない。そのために、紫は宴会を開いてくれたのだろう。
「ありがとう。紫さん。みんな」
口の中で小さくお礼をつぶやき、ふふっ、と早苗は嬉しそうに笑い――――
「うふ」
「!」
おぞましい気配に、ぞくりと体を震わせて顔を上げた早苗の目に映るのは、不気味にゆがむさとりの口。
そしていつの間にか、奴はポケットからピンクの首輪を取り出していて。
――――上等。ミシャグジ様の言うことが聞けないというのですね♪
心の中で笑うと、早苗は躊躇なく、釣り上げた勢いそのままに彼女を頭から地面に突き刺した!
「ぼ」
「あはははは!警告はしましたからね!」
「さ、さとりさまぁぁぁぁ!」
「‥‥ひひ、ひひひ‥‥」
「早苗は厳しいなぁ!」
「そうですねー!」
「うひひ‥‥ひひひ‥‥」
「さとり様‥‥なんで楽しそうなんですか‥‥?」
全員バカ続行。ジト目で突っ込むお燐のつぶやきを吹き飛ばして、はっちゃけた早苗の高笑いが、境内に響き渡る。
「あははははは!」
「わーっはっはっは!」
「うふふふふ!ふふふ!ふふ!」
なんと早苗につられて慧音と聖まで笑い始めた。
「‥‥なーにやってんだか、聖まで」
境内の分社の脇では、ぬえがその光景を見てニヤニヤと笑っていた。
普段、お寺では真面目でしっかりしている聖が、楽しそうに酔っぱらっている姿を見るのは、ぬえにとってもすごく愉快な出来事だった。「しょーがないな」と言いつつ、彼女の口元はほこほこと緩んでいる。
そして隣からは、さらに緩んで惚けた声が漂ってきた。
「あ、早苗がまたやってる。本当に過激なんだからー。うふふー。しょーがないなぁー」
ぽわぽわと酔っぱらった小傘が、保護者のようなセリフを吐いて、早苗を暖かい目で見つめていた。
以前、ぬえが夜道で出会った唐傘お化けは、それ以来なんだかんだで付き合いが多くなった。
妖怪にしては頼りなさすぎる彼女だが、何があってもめげずにいつも愉快そうにしている彼女は、一緒に居て楽しい友達である。そんな彼女がこうやって得意げにしている時は大抵何か失敗をしでかす前兆だ。「れっつごー!」と言いながら何かに向かって突撃し、自爆するのが常である。何かというのは、例えば、今あそこで蛇になってる巫女とか、あっちの方で狐の尻尾をもふもふしている巫女とか、人里の怖いカミナリおじいさんとか、まあ、いろいろ。
小傘が自爆する様を見ているのも、妖怪的には大層面白い光景なのではあるが、一応友達として、彼女の暴走を見過ごすわけにはいかないぬえは、浮かれた様子の小傘に水を差してみることにする。
「‥‥あんたさ、ホントにあんなんの巫女でいいわけ?前にもましてさでずむ全開だよ、あれ。いつか食われるよ」
「そんなことないよー」
「なんで」
「私はもう早苗のミコだもんねー」
「あんたが巫女ねえ‥‥」
「うんー」
「‥‥ま、応援はしたげるよ」
酔っ払い、でれでれの笑顔で早苗のマンドラゴラ植樹の光景を見つめる小傘に、ぬえはやれやれと呆れた声を出して、鰻の串焼きを齧った。
「えへへー。ありがとー。‥‥あれ、御柱が震えてる」
「いやん。オンバシラが震えてるなんて、なんかえろい」
「‥‥エロいのはぬえの脳みそだって」
神奈子との通話連絡に浸かっている小傘のミニ御柱が、ぶるぶると震えだす。ミニ御柱の表面には、毛筆の書体で「神奈子」という文字が浮かび上がっていた。持ってい居た湯呑を置いて、小傘はミニ御柱の先っちょにむすばれた細いしめ縄を軽く引っ張り、「つうわもーど」にすると、耳に当てる。
「あ、神奈子様。‥‥はい。‥‥はい」
「何それ。誰と話してんの?」
「ちょっと静かにしてよ。‥‥はい。‥‥え。えー!河童さんが!?」
「なに?どったの?」
「わ、わかりました。はい、おふろ、用意しときますね。はい。お気をつけて」
「なに、何?風呂とか、河童とか」
きゅっ、としめ縄を引っ張って通話を終えた小傘を、ぬえが不思議そうな顔で覗き込む。彼女の視線の先で、小傘はえらい真剣な顔をしていた。
「‥‥どしたの?」
「河童さんが、にとりさんが、やられた」
「‥‥はい?」
小傘の口から飛び出した、何やら物騒な言葉。
冗談でも言っているのかとぬえは思ったが、小傘の表情は本気だった。
「おおい、ウワバミー!飲み比べやるぞー!」
「おっしゃあー!かかってきなー!」
暢気な鬼と白蛇の声を背景に、小傘の周りだけ、不穏な空気が漂っていた。
************
場面は、ちょっとだけ前の時間にさかのぼる。
博麗神社で宴会が行われている時、守矢神社では谷河童が生命の危機に陥っていた。
「むうー!んー!」
「うふふ‥‥あまり怯えるなよう、にとり。別に今すぐとって殺そうなんて考えてないさぁ。うん、今すぐはねえ」
「むぐー!」
くぐもった悲鳴が守矢神社の社務所に響く。悲鳴の主は、にとり。悲鳴の元凶は、諏訪子。
けけけ、と笑ってにとりのあごを指先でなぞってくる諏訪子の笑顔は、どこまでも無邪気で暗くて恐ろしくて。
猿轡を噛まされ、縄で手首を後ろ手に縛られて身動きの取れないにとりには、それは拷問以外の何物でもなかった。
「ひひひ、かわいいね。おびえた目が最高だね。昔の生け贄達も、そんな目をしていたねえ」
「――――!」
――――どうして!どうしてどうしてどうしてこんな目にぃぃぃ!
自分の間抜けさを、にとりは心の中で必死に呪った。
にとりは早苗が居ない間、神奈子に頼まれて小傘と交代で守矢神社のバイト巫女をしていたのだが、その時に社務所にちょっとした忘れ物をした。宴会に行く前、そのことに気が付いた彼女は、自宅を出て一旦守矢神社に向かった。それが、すべての間違いだった。
神社でにとりを待っていたのは、邪神と化した諏訪子と、二羽の鴉天狗。
神奈子から、今の諏訪子は危険であるという話は聞いていたので、にとりは彼女の姿を見るなり踵を返して逃げ出そうとした。しかし、相手は神である。リミッターの外れた太古の祟り神である。逃げられるわけがなかった。あっという間に捕えられたにとりは鴉天狗達に縄で縛られ、社務所に監禁されてしまった。
「どうしてこんなことをするのか聞きたいよね?そういう目をしているよ。うん。説明してあげよう」
青い顔をしてこちらを見上げるにとりの頭をそっと撫でながら、諏訪子は後ろを振り返る。そこには、光の消えた目でニヤニヤと笑いながら立っている射命丸とはたてが居た。
「もうすぐ、ここに早苗が来るんだ。あんたは、今の早苗がどんなことになってるか、知ってたっけ?」
「むー!」
必死に頭を縦に振り、肯定の意を示すにとり。白蛇と化した早苗に喰われそうになったあの時の記憶は、いまだに生々しくにとりの頭に焼き付いて離れない。なんだかんだで、現在は正気に戻っていることは、宴会の報せを持ってきた八雲紫の式の式から聞いた。
「知ってるようだね。アイツはね、これから私と神遊びをするんだ。それはとても大事な大事な神遊びなんだ。わかるかな?」
ニタリと恐ろしい笑顔で、唇を舐めまわしながら訪ねてくる諏訪子に、にとりは必死に頷く。
「わかる?わかる!?あのね、早苗はね、白蛇の恰好をして、獣の雄叫び上げて、私を襲いに来るんだよう?うふふふ!あはは!私がねえ、あの子に呪いを掛けちゃってねえ。もう、あの子は人の言葉もわからない蛇になっちゃってるかもしれないの。あははは!」
「――――!」
「ああ、今のあの子はどうなってるのかなぁ。もう、すっかり蛇になっちゃって、私のことなんかもうすっかり忘れちゃって、ただのエサだと思っちゃってるのかなぁ。ひひひ。ひひ‥‥」
「‥‥」
天井を見上げながら、しんみりと笑い始めた諏訪子。怯えながらも、にとりは諏訪子を頑張って見つめた。
目をそらしたら、食べられる。なぜかにとりはそう感じた。
「ねえ‥‥」
「?」
「ねえ!知ってる!?おまえ、早苗が今どうなってるか知ってる!?私のことをまだ覚えてるか!人の言葉をしゃべれるのか!ねえ!」
「むぐうううう!」
「ねえ!知ってるの?知ってたら教えてよ!なあ!!」
「ぐ、ぶ‥‥」
諏訪子が豹変した。ケタケタと狂った笑いを上げながら、にとりの首を突然つかみ、恐ろしい力で締め上げてくる。くぐもった声を上げ、にとりはその手から逃れようと、必死に頭を振る。その行動は、諏訪子には否定の意と受け止められたらしい。
「そうかぁ、知らないかぁ‥‥」
「むごっ、ぐふっ、ぐふっ!」
「ひひひひ‥‥」
意識が落ちる直前、諏訪子がにとりの首から手を放した。咽るにとりを見ながら、げっげっ、と口を開けて笑う諏訪子。その目からは涙が流れていた。狂気に染まった壮絶な泣き笑いの表情を間近に見せられて、すっかり怯えたにとりの目からも涙が流れ落ちる。今現在、早苗が正気に戻っていることを、諏訪子は知らないらしい。知らせた方が良いのか、知らせない方が良いのか。早苗を蛇にしたことを、後悔しているようにも、いないようにも見える諏訪子の様子に、にとりは何も言えず、不気味な笑い声をあげる諏訪子を、ただ怯えて見つめていることしかできなかった。
「ひっひ、さて、本題だ‥‥そんなわけで、早苗がここに来る。私達は大事な大事な神遊びをするんだ。それは、邪魔されちゃいけない。誰にも邪魔されちゃいけない」
「‥‥」
「そこで、私たちの神遊びを邪魔する不届き者を成敗する係が必要なの。わかる?」
「むー!」
「うんうん。というわけで、こいつらだ」
諏訪子は後ろに控える鴉天狗達を指す。彼女達が洗脳されていることも、にとりは椛から聞いていた。顔見知りの相手がうつろな目で操り人形と化している光景は、昔読んだ科学冒険小説のワンシーンで、登場人物が宇宙生物に操られているところを実際に見ているような気がして、にとりは非常に気持ちが悪くなった。
「さあ、お前たち、かわいいミシャグジちゃんが来るよ。涎垂らしてくるよ。大きな口開けて来るよ。準備はいいかなぁ?」
「お母様、怖いです」
「わたしも、ミシャグジ様恐いです」
「――――!」
「ひひひ。頼もしいだろう?その係ってのが、この子達。でもねえ、相手が相手だ。念のためもう一人雇いたいんだよねえ」
「むうううう!」
こちらをじっと見つめてくる諏訪子の目。「もう一人」が誰かなどというのはすぐに分かった。
(せ、洗脳される!)
涙を流し、拘束されながらも必死に身を捩って逃げようとするにとり。彼女も妖怪なのだが、どれだけ力を込めても、手足を縛る縄は緩むことはなかった。
必死なにとりの様子を見て、諏訪子は楽しそうに笑った。
「あはは、察しが良いね。さすが頭の切れるエンジニアは物わかりが早いね。ひひ」
「むうう!」
「まあ、ちょっと待ちな。先に、この子達の下準備があるから。おまえを雇うときにはこの子たちと同じ事をしてもらうからね。よおく見ておいで。‥‥さあ、おまえたち、おいで」
諏訪子に呼ばれると、二羽の鴉天狗は「はあい」と気の抜けた返事をして、こちらに歩いてきた。そしてうつろな目でひざまずく天狗に、ゆっくりと諏訪子が近づいていく。雨水を受けるように上に向いた手のひらに、黒い霧が集まっていく。
「さあ、お飲み。とっておきの毒だ。だいじょうぶ。すぐに死にはしないからね‥‥」
(ど、毒――!?)
「はい」
「はあい、お母様ぁ」
「うひひひ。可愛いねえ、あんたたちぃ‥‥」
毒を飲ますと聞かされても、洗脳されているために素直に腑抜けた声で返事をするしかない哀れな天狗達を見て、諏訪子の顔がどす黒いサドの喜びによって歪む。手のひらに集った黒い霧は、ビー玉ほどの大きさの丸薬となった。それをつまむと、諏訪子はひな鳥のように口を開ける射命丸とはたての口に押し込んだ。
「それっ!」
「む!」
「ぐうう!?」
(ひ!)
薬を口に入れた瞬間、二匹の天狗はいきなり苦しそうに悶えだした。
のどに手を当て、吐き出そうと必死に口をパクパク開けているが、黒い毒薬は彼女たちの舌に張り付き、そこで再び霧に戻っていく。
「が、ああああ!」
「おかー、さま、助けて、苦し、苦しい‥‥」
「だーめ。ちゃんと飲まないと、許さないからね」
「んんんん!」
黒い霧はまるで意志を持っているかのように、彼女たちの喉へ向かって勝手に流れ込んでいく。
ジタバタと床に転がって悶える鴉天狗達。諏訪子は彼女達に、さらに残酷な処置を施す。
「これも、つけておこうか。ネ」
手に持つのは、二つの鉄の輪。諏訪子は、痙攣する鴉天狗達の首に、その輪を掛ける。鉄の輪は、彼女たちの首に掛けられた瞬間、ものすごい力で首を絞め始めた!
「!?」
「ぐうううう!?」
「ああ、うっかり!ごめんごめん。締めすぎちゃったよぉ‥‥!」
ギラギラと目を光らせた諏訪子のおぞましい笑みが見つめるのは、下僕の惨状。
彼女らの首よりさらに一回り小さく縮んだ鉄の輪による強烈な締め上げに、鴉天狗達が白目になって泡を吹く。にとりは、目の前で起こる惨劇に、もう、声も出せなかった。
「ほいっ」
諏訪子が指を鳴らした途端、鉄の首輪の締め付けが止まる。
さらにサイズを縮め、下僕の首をねじ切ろうとしていた鉄の首輪は、諏訪子が指を鳴らすとすぐに緩み、締め付けない程度に彼女たちの首に密着する。
ようやく肺に流れ込んだ酸素を、文とはたては必死にむさぼった。
「‥‥はああ、はあ、げほっ!」
「ごめんごめん。今度は大丈夫かなぁ、射命丸?」
「‥‥ええ。‥‥おかげ、さまで、最悪の、気分ですよ。洩矢神殿」
(射命丸!!!)
「むー!」
「‥‥おや、にとりさん。ご機嫌な格好、してるじゃないですか‥‥ああ、私らが、やった、んでしたね」
射命丸が、正気に戻った!にとりが、目を大きく開いて、くぐもった声を上げる。まだのどを抑え、呻いているはたての横で、射命丸は四つん這いのまま息を何とか整え、目の前でニタニタとどす黒い笑みを浮かべる邪神を見上げた。
「‥‥よくもまあ、私の体を色々と好き放題に使ってくれたものですね。は、色々文句を言いたいことは沢山ありますが、なに、よりも腹立たしいのは、設定です。私がはたての妹分、とか、なんですか、それ。私のプライドずったずたですよ‥‥。どう、落とし前着けてくれるんですか?ええ?」
諏訪子の手下として動いていた時の記憶はしっかり残っているらしい。不敵に笑いながら恨みがましい目をして、射命丸は諏訪子を睨む。
「へえ、全部覚えてるんだ。しかし、ずいぶんと小さな怒りの理由ダネ」
「は。他は全部私の新聞のネタになりますから。邪神の恐るべき行状を間近で見させてくれたんですからね。細かく細かく真実を書けますよ。はは、覚悟していてください。文屋ならではの“祟り”、存分に味わってもらいますから」
「うっは、怖い怖い。ま、すべてが終わったら好きなように書きな。それまでは、私の言うことを聞け。良いかな?」
「‥‥拒否権は、無いんでしょう?」
「うん。逆らったら、こーする」
パチリ。諏訪子が指を鳴らした、次の瞬間!
「ぎゃあああああああ!」
「がああああああ!」
(ひいいいいいいい!)
顔をどす黒く変色させて、はたてと射命丸が悶える。胸を鷲掴みにし、エビのように反り返り、打ち上げられた魚のように口を開け閉めしながら。彼女たちの胸のあたりからは、服を突き抜けて、あの呪いの黒い霧が立ち上っていた。開いた口からは泡となって涎がこぼれ、首輪の周りの皮膚には締め付けによって皺が寄っていた。
「ほい」
「ぐ!」
「げぇっ!」
再び、諏訪子が指を鳴らす。途端、鴉天狗達の首輪は緩み、黒い霧も止まる。
「こんな感じー」
「あ、が‥‥」
「うう、ううう‥‥諏訪、子様‥‥やめて、やめてください‥‥」
はたても、正気に戻ったらしい。弱弱しい声で、命乞いを始めた。諏訪子はニコリと笑って、優しくはたての頭を撫でた。触れられた瞬間、はたての体が恐怖で震えだす。
「ひ!」
「おお、はたてや。ごめんね。今のは予行演習だから。うん。殺しやしないよ。今はね」
「‥‥!」
「わかった?逆らったら、こうするから。首輪と、さっき飲んでもらった、毒薬。アンタ達には二重の枷が嵌ってるからね。ゆめゆめ、忘れるなよう」
「ひ、ひぃ‥‥」
「‥‥はは、は。了解、です」
「鴉になって首輪外そうとしても無駄だよ。鴉に化けたら、自動で毒が効き始めるからね。首輪外して逃げようなんて、思わないでね」
「用意、周到なことで‥‥ええ、思い、ません‥‥思いません、よ‥‥」
何とか上体を起こした射命丸が、脂汗で前髪を額に張り付かせ、不敵な笑みを浮かべて諏訪子を睨み返す。
「見、直しましたよ。諏訪子様。はは、こりゃあ、冗談抜きで、祟り神です。‥‥はあ、あ。げほっ!‥‥正直、貴女の幼い姿や‥‥今迄の振る舞いからは、あまり、しっくり想像できなかったの、です。あなた、が、恐ろしい祟り神だったなんて‥‥です、が。ひ、ひ。こりゃあ、ひどい。我々妖怪よりも、たちが、悪いじゃないですか。‥‥ああ、これは、ほめ言葉です。ほめ言葉」
「おお、そりゃ、どーも」
「あは、は、いいですね、すごくいいです‥‥怪物を、神と崇める邪教の人たちの気持ちが‥‥少しは、‥‥解りました。恐ろしくて、おぞましくて、吐き気が出そうなくらい、神々しい。‥‥諏訪子様。私、あなたに惚れそうですよ。ええ」
「おだてても、なにもでないよー?」
「なんも、期待はしちゃいません。伝説の祟り神様の前で、命あるだけ幸せです。ねえ、はたて」
「う‥‥うん」
「あはははは!良い心がけだよ!二人とも!」
これまでとは別の形で、二羽の鴉天狗達を配下に置いた諏訪子の、楽しげな高笑いが社務所に響く。にとりは、うつろな目でそれを聞いていた。
「さて、じゃあ、二人とも。最初のお仕事だ」
(!)
ぐるりと、斜めに視線を倒しこむように、諏訪子が後ろを振り返る。視線の先には、にとり。
「あの子を同じ目に会わせな」
(――――!)
「‥‥」
「え‥‥」
声にならない悲鳴を上げるにとり。
二羽の鴉天狗は、戸惑うような目線でこちらを見ていた。
諏訪子は、射命丸達に、あの恐ろしい枷を取り付ける作業をさせるつもりなのだ。
にとりを凝視する二人の手に、諏訪子が”枷”を持たせる。
射命丸の手には、毒薬。
はたての手には、鉄の輪。
「行け。五秒以内に足を動かしな。さもなくば、殺すよ」
「アイ、マム」
「は、はいっ!」
躊躇など微塵も許さない諏訪子の冷たい言葉に、射命丸とはたては衝動的に体を起こす。
にとりは絶望し、もう悲鳴を上げることもなく、こちらに向かってくる天狗達を見ていた。
(なんで、こんなことに、なってるんだろうなぁ‥‥ははは。誰か夢だって言ってくれないかねえ。畜生)
にとりの元まで来た射命丸が、壁に力なくもたれかかっていたにとりの体を起こし、正座をさせ、少し上体を前に倒して頭を垂れさせる。にとりは無抵抗でされるがままだった。介錯を待つ様な姿勢になったにとりの猿轡を、はたてが優しく外す。
鴉天狗達を見つめるにとりの目は、涙で腫れていた。
「‥‥やるの?」
「‥‥ごめんなさい。我々としても本意ではないのですが。にとりさん」
「あは、は。ごめんね。殺されんのは、私も嫌なんだ。はは」
「‥‥」
「そんな目で見ないでよ、にとり。ツラいのは私らもおんなじなんだからねっ」
「そうですそうです。あきらめてください、にとりさん。みんなで一緒に仲良く手下になりましょう」
「ゾンビにでも噛まれたと思って、あきらめてさ。仲間になってよ。ははは」
「‥‥はは、は。天狗様方は気丈でいらっしゃる‥‥」
もう、精神的には回復し、冗談まで口にする鴉天狗達を、にとりはぐじゅぐじゅの泣き笑い顔で見つめる。
「早くしなさーい、ほらぁ」
「只今」
後ろでは、諏訪子が冷たい目で、こちらを睨んでいた。駄弁っている時間はないようだ。
諏訪子の催促を受け、射命丸は躊躇なく、にとりの後ろ髪をつかむと、強引に上を向かせた。
「ぐ!」
そして、鉄の輪を構える。
「‥‥では」
「ひ!い、いやだ!ちょ、ちょっと待ってくれないかい、あの、射命丸!」
「えい」
「むぐ!?」
射命丸の方はフェイントだった。思わず叫んだにとりの口に、はたてが毒薬を押し込んだ!
「が、はぁっ!」
「‥‥こうしないと、口開けてくれないもんね、たぶん」
「ぐ‥‥あああああ!」
毒薬がにとりの舌に貼り付き、溶け始める。黒い霧が、舌の上の丸薬からあふれ、にとりの口の中を満たしていく。
「ごめん、にとり。ホントごめんね」
「ぐうううう!」
「こっちも、ちゃっちゃと済ませちゃいますかね」
後ろ手に縛られたままのにとりは、喉を抑えることもできずに、前かがみに倒れた。無防備になったにとりの首に、射命丸が鉄の輪をゆっくりと嵌め――――
―――ウオオオオオオオオ!
「な?」
「オオカミの遠吠え?」
突然、社務所の外から、澄んだ獣の声が聞こえた。
驚いて窓の外を見る天狗達。そして、次の瞬間彼女たちに向かって諏訪子の怒号が飛んだ。
「お前たち、よけろ!」
「へ?」
「ぎゃっ!」
射命丸の悲鳴。突然にとりの後ろの壁を突き抜けて飛び出してきた茶色の巨大な柱が、にとりの視界から射命丸を奪う。猛スピードで突っ込んできた大質量の物体は、まだ鉄の輪を持った射命丸ごと反対側の壁を突き抜け、そのまま湖に向かって飛んで行った。
「あの女ぁ‥‥!」
諏訪子が怒りに満ちた声で呪詛を吐くと、外に飛び出す。薬のせいで朦朧とするにとりと、腰を抜かすはたてを残して。
「え、あ、ちょっと、諏訪子様!?」
「がうっ!」
「うわっ!」
手を伸ばすはたてを遮るように、諏訪子が出て行った反対側の壁の穴から今度は白い物体が飛び込んできた。
白い物体は目にもとまらぬ速さではたてを蹴飛ばす。はたては吹き飛ばされ、背中を社務所の壁にしたたかに打ち付けた。一瞬、息が止まる。
「ぐえっ!」
「ぐああ、ああ‥‥」
『にとり!大丈夫!?』
白い物体が喋った。いや、唸った。狼の声で。
にとりは、うつろな目で、声の主を見上げる。
「ひゅー‥‥」
『にとり‥‥!』
「は、白狼‥‥!?」
飛び込んできたのは、まばゆいばかりの白い毛皮をまとった大きな白狼!
体には、赤い隈取が、渦を巻くように巻き付いている。
狼は、息も絶え絶えなにとりの様子に、鼻先にしわを寄せ、憤慨した様子で牙を見せた。
にとりは、自分を見下ろす狼の目に、見覚えを感じた。いつも、将棋盤を挟んで見ている、目だった。
「も‥‥もみ、じ、かい‥‥?」
『喋らないで!』
「その声‥‥よ、かった‥‥ひゅううう、もみ、じ、来て、く‥‥」
『行くよ!』
「あ!」
もがくはたてに構わず、椛と呼ばれた白狼はにとりの襟元を咥えると、穴から目にもとまらぬ速さで飛び出していく!
あっけにとられるはたてだったが、何とか体を起こすと、同じように壁の穴をくぐって外に出た。
まだ体が痛んだが、今のはたては諏訪子の手下である。形だけでも追いかけておかないと、あの諏訪子のことだ。あとで何をされるか分からず、怖かったのだ。
「お前、何しに来た!私の神遊びの邪魔をする気か!?ああ!?」
「ちょっと寄っただけだ!お前の邪魔なんかしないわ!」
「嘘をつけ!邪魔しに来たんだろ!私の神遊びの邪魔を!」
「神遊び神遊びやかましいんだよ!ああ、なんだいその目は!すっかり堕ちてしまって!おぞましい!」
外に出たはたての耳に入ってきたのは、守矢神社の二柱の怒号。そして、風切音。
「わぁっ!」
すぐ近くの地面に、流れ弾が突き刺さり、はたては地面に転がった。
大地を揺らして斜めに突き刺さった流れ弾、それは、巨大な御柱。
「ひえええ!?」
まるでナイフでも投げるかのように、神奈子が大量の御柱を投擲する。諏訪子は地面から土くれの腕を喚び、自分を潰そうと向かってくる柱を次々と割っていた。
「邪魔はしないさ!明日、早苗がここに来る!お前はそれまでおとなしく待ってな!」
「は!信用できるか!蛇女!お前、ホントは私を邪魔しに来たんだろ?え?そうだろうが!」
「ホントだよ!‥‥うわっ!ええい!聞き分けのないやつは嫌いだ!」
神奈子に迫り、首を掻こうと手を振り回す諏訪子を、神奈子は何とかあしらう。
「奇祭『目処梃子乱舞』!」
「ぐぇ!?」
「黙っておとなしく待ってなさい!諏訪子!」
手を大きく振りすぎて、隙のできた諏訪子の至近距離で、神奈子が弾幕を展開。マシンガンのように打ち出される巨大な柱の弾幕に、諏訪子が声もなく吹き飛ばされる。
「椛!」
『ここに!』
諏訪子が柱にうずもれるのを確認すると、神奈子は瞬間移動で参道の入り口までワープし、一気に距離を取る。鳥居の下には、赤い隈取を体にまとった白狼が、にとりを背中に乗せて、神奈子を待っていた。やっぱり、あの白狼は椛だったのだ。
にとりの口からあふれた黒い霧は、にとりを苦しめるだけでは足りないのか、白狼までも侵そうと、その手を伸ばす。しかし、白狼の体に描かれた赤い隈取に触れた途端、一気に色を失い、消えていく。
そればかりか、白狼の背中に乗っているだけで、赤い隈取はにとりの体から、黒い霧を押し出してゆく。
「な、描いといてよかっただろ、私の血の結界」
『はい!』
「にとりの様子は」
『気絶してます。息はあるようです』
「よし、博麗神社に戻るよ」
『了解!』
彼女たちの会話が聞こえたか、朦朧とする意識の中で、にとりは自分が助かったことを知り、ニコリと微笑むと気を失った。
真っ青な顔のにとりを見て、神奈子は一瞬顔をしかめたが、何とかにとりが息をしていることと、白狼椛の隈取が、キチンとにとりに掛けられた呪いを押し出していることを確認し、表情を緩めた。そして、どこからともなく細いしめ縄を取り出すと、にとりの体を白狼椛に縛り付け、しっかりと固定する。
「この河童はもらってくよ!お前にはもう天狗がいるだろう!」
「え、あれっ、神奈子様!?」
「撤収!」
はたての声は届かなかった。そもそも、神奈子は、はたてには気が付いていない様子なのだ。諏訪子を警戒し、神奈子の目線は彼女から離れることがない。
あの時飛び込んできた椛も、はたてを一瞥しただけだった。彼女が正気に戻っていることは、気づいていないらしい。
「まっ‥‥――!?」
思わず彼女達の後を追いかけようとしたはたての背中に、強烈な悪寒が走る。
振り向けば、山となって地面に突き刺さった御柱の山が轟音を立てて崩れ、小さな細い腕が、にょきりと這い出てきたところだった。
顔を出した諏訪子の、冷たい目がはたてに向けられる。
「‥‥」
「ひ!‥‥い、嫌だなぁ、諏訪子様。あたし、逃げようとなんかしてませんからね?」
「‥‥」
「あいつらを追撃しようと思いまして。いや、ホント」
「‥‥いい。追いかけなくてもいい。お前は、射命丸を助けてきな。湖に落ちたみたいだから」
「は、はい!」
憮然とした表情で言うと、諏訪子はぴょんと御柱から飛び降り、守矢神社の住居の方へむかって歩いて行った。なんとか、諏訪子のお仕置きは、されずに済みそうだ。またあんな苦しい目に会うのはもう御免である。はたては、やれやれと膝をついた。
「ああ、言い忘れてたよ」
「はい!?」
突然の声に、油断していたはたては飛び上がる。
家の玄関前で、諏訪子がこっちを振り向いていた。先ほどとは打って変わって、優しい顔をして。
「早苗が来るまで、自由にしてていいからね。私はこれから風呂に入って、夕ごはん作るから。できたら呼ぶよ」
「は!あ、ありがとうございます」
「風呂もね、私が出たら、好きに入っていいから。狭いけど、いい風呂だよ。この家のは」
「あ、知ってます」
騒動の起こった日、卵から出された直後に射命丸と一緒に風呂に入ったことも、はたてはおぼろげながら覚えていた。
先ほどまで神奈子とマジ喧嘩をしていたとは思えないほど、そして自分と射命丸に呪いの枷を付けたとは思えないほどに、今の諏訪子は穏やかだった。明日早苗が来ると神奈子から聞かされ、いくらか落ち着き、少しでも元の彼女に戻ったのだろうか。これでしばらくは安泰かなぁ、とはたては胸をなでおろす。しかし。
「ただし、この神社の敷地から出ようと思わないこと」
「‥‥やっぱり?」
「出たら、死ぬよ」
ニタリと不気味な笑みをはたてに向け、祟り神は家の中に入っていった。諏訪子は元に戻っていないのだ。薄い氷のような微笑みのすぐ下には、あの冷たい祟り神の笑い顔が隠れているのだ。
ごくりと唾を飲み、はたてはそっと首に触れる。すっかり体温に暖められて感触が無くなっていたが、固い鉄の首輪は、彼女の首にしっかりと嵌ったままだ。そして、自分の体に染み込んだ祟りの毒も。はたては、服の胸元を開け、自分の体を見てみる。
「うわぁ‥‥」
胸の真ん中が、その部分だけどす黒く染まっていた。触ってみたが、痛くもなんともなかった。
自分に嵌められた枷の存在を改めて確認し、はたては自分の命が祟り神の管理下にあることを思い、ため息をついた。
「‥‥どうなっちゃうんだろうなぁ、私」
「――――えっくし!」
「うわお」
「神社の敷地」には当然のごとく湖も含まれるらしい。でなければ、湖に落ちた射命丸は今頃生首になっているはずだから。
とりあえず、湖から聞こえてきた豪快なくしゃみの主に、神社から出ないように伝えるべく、はたては重い腰を上げた。
立ち上がった彼女の背中に、さわりと涼しい風が吹く。
「‥‥ま、なるようにしかならないよね」
山の上は、一足早く、秋の風が吹いていた。
************
「おお‥‥あの早苗が、酒樽を」
「やっぱり巫女さんはこうでなくちゃね。カミサマ降ろして神獣化、とか」
「‥‥アリスの巫女観はなにかおかしいぜ」
「良いじゃない。ファンタジーよ」
「私らが言っていい台詞じゃないな」
「ぶは」
博麗神社の拝殿にて。人妖が見つめる中、白蛇様は美味しそうに酒樽の酒を飲み干すと、真顔で深い息を吐いた。
傍らでは、小鬼が、同じように酒樽を抱えて、もきゅもきゅと飲み干している最中だった。
「あはは。すごいすごい。なんだかドラゴンみたいだね、めーりん」
「そうですねぇ。うわー。ほんとーに龍みたい。祖国を思い出します」
「‥‥めーりんの実家にはあんなのがたくさんいたの?」
「ええ、毎朝おはよう言ってましたよ。隣の山に住んでた、庄おじさんなんか、いつも美味しい桃と干物をくれました」
「え、おじさんって‥‥どんなこと話してたの?」
「今日の天気とか、山の向こうの噂話とか、街の美味しい屋台の話とか。庄おじさんのおすすめには絶対外れ無しで。隠れた肉まんの名店とか教えてくれましたねぇ」
「龍、だよね?‥‥な、なんか庶民ぽいね。そのひと」
「ぶっはー!」
謎な美鈴の思い出話に首をかしげながらも相槌を打つフラン。その目の前で、豪快な息を吐きながら、早苗より少し遅れて萃香が酒樽を空けた。
「‥‥」
いつも、宴会の時早苗は疑問に思う。彼女の小さい体のどこにお酒が入っていくのかと。今だって、どうみても酒樽のほうが萃香より体積が大きいのだが。彼女が飲んだ酒はどこに消えているのだろうか。‥‥気にしたら幻想郷では生きていけないのだろう。きっと。常識に囚われてはいけないのである。
「うまかったー!」
「酒はいいなぁー!」
とりあえず、体積の問題は気にしないことにして、早苗は満面の笑みで萃香とハイタッチをする。
萃香と早苗の飲み比べ対決はいつの間にか、ウワバミ二人が次々と樽を空ける超ハイペースな地獄の飲み会になっていた。漫画等でよくある、「殴り合い後親友」的な展開が起こってしまったのである。伊吹山の酒呑童子は、八岐大蛇と人間の女性との間に生まれた半妖の子、という伝説があるが、それを証明するかのように、二人は酒に関して相性が良かった。
そんな二人が飲み比べの後に、改めて乾杯しようぜと杯代わりに持ち出してきた酒樽を見て、妖怪達は結構焦った。いくら妖怪でも、あんなのについて行けるのは鬼か天狗ぐらいである。周りを囲んだ人妖は、とりあえず巻き込まれないように、拝殿の壁際から遠巻きに眺めていた。あくまでも「観戦」という雰囲気を出して、「私らは参加者じゃないですよー、観戦して楽しく飲んでるんですよー」と、態度で表しているのである。
しかし、そんなことをしてもあまり効果はないようだ。
「‥‥パチュリー様。私、あなたの雄姿は一生忘れません。きっと。‥‥魔界のおっかさんにも話します。いさましい、上司の散り際を‥‥。うん。今はゆっくり寝てください。起きたらまた飲まされますよ」
「妖夢ー。平気―?」
「霖之助さーん。生きてるー?」
「サニー、ルナ。だから無茶だって言ったのに。私は」
二人の周りには、哀れにも二人に巻き込まれ酔い潰された者たちが、ゴロゴロと転がっていた。皆一様に浴びるほど酒を飲み、正体不明で眠っている。
特筆すべきは、彼らの表情。酔い潰された者たちは、みんな、なぜか幸せそうな顔でぐーすか眠っているのである。普通なら、青い顔をして今にも粗相をしそうな苦悶の表情と呻き声という、宴会阿鼻叫喚セットというべき組み合わせが妥当なはずなのだが。
「わああ!鈴仙!助けて!」
「‥‥」
また、新たな犠牲者が出る。こっそり逃げ出そうとしたてゐが早苗に目を付けられ、あっという間に尻尾で捕まえられた。
最初のうちは彼女の様に境内へ逃げ出そうとした者たちもいたが、そんな彼女達は真っ先にウワバミたちの餌食になった。
そのうち、逃げ出す者もいなくなり、皆戦々恐々としながら拝殿の中に詰まっていたのだが、自分ならうまくやれると思ったか、無謀にもてゐが脱出を試み、そして見事に失敗したのである。
「た、助けて鈴仙ちゃん!あ!あんた!何その笑顔!ちょっと!黙って敬礼すんな!」
「‥‥フヒ」
「ちょっと、助けてよ!鈴仙ちゃん、まださっき私が助けなかったこと根に持って、うわあ!大物主様!ご勘弁を!」
「私は大物主様じゃないですよー」
「いや、あの」
「なんだよー、私らと飲もうよう、兎ぃー」
蛇のような飾りを片方の角に巻き付けた小鬼が笑いながら、酒の入ったジョッキサイズの湯のみを押し付けてくる。中に注がれている酒の量に、てゐが青ざめる。――――これで、一気やらされるのか?私?!と。
「そ、そんな健康に悪い飲み方はダメだよ?お酒はもっと楽しく――――」
「おらぁー、てゐさんー!ぐいっと行こうー!かんぱーい!」
「わああああ?」
目の前の白蛇は、強制するわけでもなく、単純に、純粋に、てゐと乾杯をする。思わず合わせて盃を合わせたてゐは、白蛇の目を覗き込んでしまった。
「あ」
その楽しげな金色の目を見た瞬間、てゐの後頭部がしびれた。そして、なぜか目の前のお酒が非常にオイシソウに見えてきたのだ。魔眼の一種だろうか、幻術使いと普段過ごしている彼女は、何かを掛けられたことを認識して、どうにか気を静めようとした。が、だめだった。どうしても我慢できず、甘い酒の匂いに誘われるまま、てゐは湯呑に口を付ける。
「!!!」
てゐの目が驚きに見開かれる。口を付けた酒は、今まで飲んだどんな酒よりも、いい香りがして、美味しかった。そういう気持ちになっていた。
気が付けば、ジョッキ湯呑の中の酒を、てゐはすべて飲み干していた。
「ぷは!」
「おおー!てゐさん良い飲みっぷりですよー。ほらー、ジャンジャン行きましょー」
「う、うん!」
いったん呑んでしまえば、あとは堕ちるだけ。とまらない。ウワバミ二人のペースに巻き込まれるように、てゐは次々と湯呑の酒を飲み干していく。
そして。
「ふあああ‥‥」
「ふふ、おやすみなさい‥‥」
あっという間に、てゐも畳の上の死体の仲間入りをした。気持ちよさそうな寝息を立てて、すぴょすぴょと寝ている。
獲物が居なくなった。次は誰だ。全員に緊張が走る。いくら被害者があんなに気持ちよさそうに寝ているとはいえ、短時間で妖怪も酔いつぶれるほどの量の酒を飲む気持ちには皆どうしてもなれなかった。
ざわざわと動揺が広がる中、次の獲物が決まった。
「つーぎーはー、オマエだー!」
「あたし!?」
「あら、穣子なの。ふぁいとー」
「お、おー」
次に早苗が選んだのは、穣子だった。気の抜けた返事で姉に応えた豊穣神は、何か決心したようにうなずくと、早苗の尻尾に巻き付かれる前に、なんと自分から早苗の方に歩いて行った。
ギャラリーからどよめきが起こる。
「はい、穣子様、お酒でーす」
「‥‥ね、早苗ちゃん。私、これじゃないのが良い」
「え」
「あっちのが良いな」
言って、穣子が指差したのは、さっき早苗が飲み干した酒樽。ギャラリーから再びどよめきが起こる。
「え、大丈夫ですかー?」
「いいよ、注いで注いで」
どぼどぼと、萃香が瓢箪から樽に酒を注ぐ。さすがに樽いっぱいとまでは行かなかったが、明らかに一升、いや二升は入っていた。
「じゃ-、穣子様ー。かんぱーい」
「かんぱーい!」
「はーい」
ぐいと酒に口を付ける鬼と蛇の前で、穣子は何か決心をするように、酒樽の中身をじっと見ていた。
「‥‥りみったー、解除」
「へ?」
「‥‥行きます」
ごおん、と鈍い音を立てて穣子は樽を持ち上げ、ものすごい勢いで酒をあおり始めた!
「おー!?」
「ええー!」
悲鳴交じりの歓声があちこちから聞こえる中、穣子はごくごくと酒を飲んでいく。
萃香と早苗が手を叩いて喜ぶ前で、とうとう穣子は酒を飲み干してしまった。
「ぶはー!」
「おー!すごいな秋の神!」
「は、毎年まーいとし、秋の収穫祭、あちこちの宴会回って酒飲んでるんだー!豊穣神なめんなー!これくらい呑めなきゃ、稲田姫様に叱られるんだぞこらー!」
「いよー!穣子さん良い飲みっぷりですよー!」
「おういえー!」
「‥‥ねえ、静葉様。穣子様て、すっごいイケる口だったんですね」
「イメージ壊れるから、って控えてたみたいだけどね。いままでは」
「‥‥里の宴会ハシゴしといて壊れるも何もないとおもいますけどねえ」
ニコニコと妹の飲みっぷりを眺める静葉の横で、ちょこんと正座した阿求が苦笑いしながら杯の酒を舐める。
たとえ弾幕勝負が弱くても、神様は神様。穣子は立派に酒飲みだった。こぶしを上げて気勢を上げる、ハイテンションなウワバミ三人。飲ます側に回ってしまった秋の神を見て、神社の中に静かに絶望感が広がる。
「‥‥ウワバミが三人に増えたぜ」
「状況は芳しくないわね」
「ったく、天狗はどうした天狗は。肝心な時に居ないじゃないか。アイツらの相手できるのなんてもう天狗しかいないぜ」
「なんか、お忙しいらしいわよ。紫の話じゃ。不幸ね、こんな宴会に出られないなんて」」
「ああ。穣子までハッスルしてるってのに。うわ、あいつ一升瓶ラッパ飲みしたぜ」
「‥‥バッカスも豊穣神だったわね、たしか」
「誰だそりゃ」
「西の方に居る大酒のみのおじさん」
「そうか、秋の神はおじさんだったのか。だからあんなに酒が」
「そーゆーことじゃなくてね‥‥きゃあ?」
「あ、アリスが」
現実逃避気味にぼんやりと、遠くを眺めてうつろにつぶやく魔理沙に向かってツッコんだアリスだったが、音もなく伸びた早苗の尻尾に足首を取られ、一気に三人のもとへと引き寄せられた。
「いーやー!」
「うわははは!観念しな人形遣い!我らを沈めたくば八塩折之酒を持って来な!そらそら!」
「あ、今度作って持ってくるよー!稲田姫様直伝のー」
「あはははは!はーい、アリスさん、こっち見てください。乾杯しましょー」
「いや、ちょっと、待って、待ってってば、ああっ」
「ほらあ、人形遣いさんー、構えて構えてっ」
「あ、おしゃけ‥‥」
アリスはなんとか逃げようとしたが、彼女も早苗の蛇の目を見てしまい、あえなく酒の虜になる。
酒を飲みたくなるなど、誰も聞いたことのない神性だが、とにかく早苗は片っ端から獲物に魔眼を使い、酔いつぶれても苦しまないようさり気なくミシャグジの加護を与えながら、楽しそうに犠牲者と乾杯し続けた。人間だったころ、あまり沢山は飲めなかったお酒が苦も無く楽しく美味しく飲める状態が、彼女をハイにさせていたのかもしれない。
そうして、調子に乗った早苗が、壁際で楽しそうにその光景を見ながら飲んでいた勇義に魔眼を掛けたとき、状況は一気に悪化し、破滅したのだった。
「うおおおおおお!」
『ぎゃー!』
‥‥もともと酒好きで大酒飲みの勇義に魔眼を使ったのである。そのあとの惨状は、推して知るべし。
*****************
「‥‥ん」
いつの間にか、眠っていたらしい。ゆっくりと揺れる頭を押さえながら、早苗は上体を起こした。
外は真っ暗だった。室内も明かりはなく、暗い室内のそこかしこから気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。早苗の金色の目だけが、動く者のなくなった拝殿の中で、猫の目のようにきらりと光っていた。
「わあ‥‥全滅だあ」
まさに、死屍累々。自分がしでかしたことだというのに、早苗はぽわぽわと他人事のようにつぶやいた。
すぐ隣では、霊夢と紫が藍の尻尾を枕にして寝ていた。藍は藍で、すやすやと眠る橙を抱き枕代わりに抱えて眠っている。幸せそうな入れ子構造がそこには出来上がっていた。
「すー」
「ん?」
自分の足元から聞こえてきた小さな寝息に、早苗は下半身の方を覗き込む。そこには、阿求が居た。
小さな阿求までも早苗は容赦なく手に掛けて酒びたしにしたらしい。
「あちゃ、やっちゃった」
阿求は一升瓶を握って、早苗の尻尾を枕にして、これまた幸せそうに寝息を立てていた。 ‥‥随分とオヤジくさい行動をする子である。
ぺろりと舌を出して、早苗は「ごめんね」とつぶやきながら優しく阿求の頬を撫でた。酒に酔って苦しんでいる様子はない。早苗の加護は、ばっちり効いていた。早苗は安どのため息をつくと、また、ゆっくり阿求の頬をなでた。柔らかいお餅のような、きめの細かい阿求の肌は、触っているだけで気持ち良い。
「おいしそうなほっぺ‥‥」
しばらく阿求のほっぺたをむにむにと触っていた早苗だが、いつしか比喩ではなく本当に食欲的な意味でオイシソウに感じてきてしまい、早苗の口の中にじわりと唾が湧く。
――――このやわらかいほっぺたを齧ったら、どんな味がするのだろう。どんな歯ごたえなんだろう。
ぜひとも試したかったが、ありがたいことに、今の早苗は理性の方が優勢だった。
「ふふ‥‥ダメな子ですねえ‥‥阿求ちゃんは。こんな無防備にミシャグジ様の目の前で寝ちゃって。おまけに私を枕にして。‥‥食べられても知りませんよう‥‥マジで」
早苗が捕食者的視点でつぶやいた、その時だった。
「くう‥‥」
「!」
阿求が、小さく声を出した。‥‥その声は、まるであの、早苗が食べようとした、子狸の女の子とそっくりで。
「うわ」
思わず、早苗は手を引っ込め、あたりを見回す。その時だった。突然、早苗の周りで死んだように眠る一同の様子が、あの森の洞窟に動物たちが持ってきた妖獣の骸骨の群れと被って見えてきたのだ。
「は‥‥わ、私、これ!」
早苗の背中が、冷たい汗で濡れる。この光景の意味を、理解して。自分が一体何をやったのかに、気が付いて。
(‥‥こ、これ‥‥食べたんだ!わ、私はみんなを“食べた”んだ!みんな、私の、イケニエなんだ!これは!)
――――各個撃破。一人ずつになって孤立したところを、容赦なく襲って酒びたしにして食べる気ね。
宴会の中で、霊夢が言ったセリフが頭に浮かぶ。早苗は、そのセリフの通り、一人ずつ襲って、酒びたしにして、“食べた”のだ。大酒をかっくらい、次から次へと神社に集った人妖を手に掛け、彼女達をイケニエとして餌食にしたのだ!
「‥‥ひええ」
無意識のうちに大惨事をやらかした早苗だったが、幸運にも自分の欲しかったイケニエが、“酒を飲む相手”でよかった、とため息をつく。もし、早苗が求めていたものが、「ニク」だとしたら、ここに転がっていたのは酒にまみれて死体のようにぐっすり眠る酔っ払い達ではなく、血にまみれた本物の死体達だったかもしれないのだから。
早苗の心臓が、大きく脈を打つ。理性があるつもりだったが、無意識のうちに、早苗はミシャグジとして振る舞っていた。
今までも、セリフや行動でミシャグジのように振る舞っていたことはあった。そしてある程度早苗自身もそれを分かってやっているところがあった。今朝、鈴仙を露天風呂で襲った時のように。
しかし、今のように、全く自分で意図せずに、気が付きもせずに、ミシャグジ的言動をしていたというのは初めてだったのだ。‥‥いや、初めてではないかもしれない。今回、たまたま気が付けただけで。
「‥‥やばい、ですね、こりゃ」
今は、自分が無意識にミシャグジとして振る舞っていたということに気が付けた。それに気が付けなくなるのは、どれくらい後なのだろう。もしかしたら、明日にでもなっていそうな気がする。その時が来て、気が付けなくなった時、彼女は正真正銘のミシャグジになるのだ。気が付けなくなるということは、ヒトとしての価値観ではなく、ミシャグジとしての価値観をもって生きるようになった証なのだから。
諏訪子の呪いは紫が宴会の間は進行を止めてくれている、らしい。しかし実は呪いの進行は止まっていないのか、もしくは、止まっているけれども、かなり悪いところまで呪いが進行してしまっているのか。どちらにしろ、今の状況を見ていると、自分に残された時間はわずかなようだ。
しばし、呆然としていた早苗だったが、しばらくして何とか再起動すると、「“ごちそうさまでした”」と小さなイケニエ――――阿求――――に手を合わせ、彼女を起こさないようゆっくり尻尾を抜いた。そして絡み合って眠る人妖をするすると避けながら、そそくさと拝殿の外に出た。酒と、嫌な汗でべたつく鱗を温泉で洗おうと思って。
外は、明るい月夜だった。満月の一日前。わずかにゆがんだ月だったが、雲一つない空の上で輝く月は、何か早苗の心をざわつかせた。全身の鱗が、うごめくのを感じる。
「あーあ。月見てあっさり興奮するようじゃ、いよいよ私も本物の妖怪ですねえ‥‥」
そうひとりごちて、露天風呂の脱衣場に入った早苗は、そこで驚いた。
何個もの脱衣籠に、服が入っていたのである。
そろりと、早苗は風呂場を覗く。はたして、そこには想像した通りの光景があった。
「あれ、皆さん‥‥」
「あ、早苗」
「おお、起きたのか。見たよ。拝殿の中。お楽しみだったね早苗。いや、“八岐大蛇”?」
「早苗さんだいぶ無茶やりましたねえ。鬼まで酔い潰すなんて」
「いや、あはは」
温泉には先客がいた。小傘と神奈子、椛。そして‥‥
「あれ、にとりさんに雛さん」
「おー‥‥白蛇様だ‥‥キレイだねえ、早苗さん、イヤ、ホント‥‥」
「相当、厄まみれみたいだけどね」
かがり火照らす露天風呂。髪をお団子にまとめた鍵山雛に抱えられるような格好で、にとりもお湯に入っていた。
早苗はにとりの身に有った騒動を知らない。むう、と口をとがらせて、冗談めかして文句を言った。
「にとりさん雛さん、遅かったじゃないですか。もうあらかた宴会終わっちゃいましたよ。神奈子様たちもほとんど宴会でてなかったですよね?」
かけ湯をし、するするとお湯の中に体を沈めながら、早苗がにとりの顔を覗き込む。
困った顔で笑うにとりの横で、神奈子が小傘に問いかけた。
「ああ、そうか。小傘は早苗には何も言ってないんだよな」
「はい」
「え?」
首をかしげる早苗に、一同は顔を見合わせる。
突然重たい空気が流れ、早苗は戸惑った。
「な、なんです?何があったんですか?」
「‥‥」
早苗の質問にすぐに答える者は居なかった。ちょっと間を置き、神奈子が伸びをしながら、つぶやく。
「ちょうどいい。ここには関係者しかいないし、話すにはいいタイミングだ」
「ですね、神奈子様」
「え、え?」
それにこたえる椛。頷く一同。そんな彼女達をきょろきょろと見渡す早苗。彼女らは何か示し合わすように、お互いの目を合わせた。
「‥‥諏訪子様が、にとりを捕まえてたのよ」
「え!?」
誰ともなく、また一同が頷き合った後、優しくにとりの頭を撫でながら、雛がつぶやくように答えた。
早苗には、雛の顔が少し、ほんの少し、怒っているように見えた。
「‥‥つ、捕まえてたって、何のためにですか?」
「貴女とのケンカの兵隊にするために」
「!」
「呪いの毒まで飲ませて」
今度は、はっきりと、雛は怒りの表情を出した。ただし、その目線は誰にも向けられず、早苗を睨み付けることはなかった。
早苗は動揺した。射命丸とはたてが、すでに諏訪子の手下になっていることは知っている。しかし諏訪子は彼女達だけでは飽き足らず、さらににとりまで手に掛けようとしたというのだ。
「ど、毒ってなんですか!?なんで、諏訪子様がにとりさんに?」
「呪いを掛けようとしたんです。言うことを聞かせるために。脅しをかけて、従わせるために」
「え」
慌てて雛を問い詰める早苗に、椛が横から代わりに答えた。
「時限式というか、諏訪子様の意志で、たちどころに呪いを掛けた相手を殺すタイプの毒だと。だよね、にとり」
「うん‥‥黒い、霧みたいな、感じの呪いだったね。どんな効果があるのか、分からないけど。天狗様方もそれを飲まされてた。すごい、苦しんでいたね」
「‥‥」
黒い霧の呪い。早苗が諏訪子に掛けられた呪いも、同じ霧の姿をしていた。もしかして、自分も全く同じものを掛けられたのだろうか。ミシャグジ化のほかに、呪い殺すタイプのものを。そう思い、一瞬早苗は自分の手を見つめた。しかし、すぐに考えを改める。純粋に、諏訪子は自分とケンカしたがっているのだ。そんな、小手先の真似なんか、しないだろう。
「で、にとりさんは、今は大丈夫なんですか!?毒は、飲まされたままなんでしょう?」
「大丈夫だよ、早苗。にとりの毒は、私がすっかり抜いた。今はもう残っていない」
心配そうな声を出す早苗に、手拭いで顔を拭きながら、神奈子が笑って答える。にとりも、雛に抱きかかえられたまま、「だいじょぶだいじょぶ」と、なんとか笑って見せた。
そんなにとりを抱きかかえながら、雛が低い声で話しだす。
「‥‥一体、何事かと思ったわ。出かけようとしたら、突然山のてっぺんで物凄い厄の気配が現れて。もう、天変地異レベルなんですもの。静葉達はもう出かけた後だったし、こんなの放っておいて宴会に行くわけにもいかないし。様子を見に登って行ったら、慌てて山を駆け下りてくる神奈子と、にとりに会った。そこの白狼さんの背中に乗せられて、息も絶え絶えな」
「雛様はそこで合流したんだよね。‥‥そういやさ、椛はなんであのとき狼の姿だったの?」
「あっちの方が、早く動けるし。それに、今の私には、剣もないから」
「へー。‥‥でね、早苗がね、“八岐大蛇ごっこ”してたあたりで神奈子様達が到着してね。ここでにとりの手当てしてたの。‥‥早苗と、ほかの宴会の参加者を心配させないように、わざと何も伝えなかったの。ごめんね」
私も手伝ったんだよ。おかげで、拝殿に居なかったから酔い潰されずに済んだよ、と小傘がおどけてウインクをし、舌を出した。しかし、早苗の表情は強張っていた。自分が暢気に酒を飲んでいる間に、そんな一大事が起こっていたのだ。呆然とする早苗の肩を叩きながら、「あは、気にしない気にしない」と小傘が慰める。
早苗はうつむいて唇を噛んだ。今回の騒動が、ついに無関係であるはずのにとりにまで、影響を与えたのだ。諏訪子がしでかしたこととはいえ、早苗は中心人物である。直接的にしろ間接的にしろ、早苗は自分の責任を感じた。‥‥厳密に言えば、にとりは無関係ではないのだが。早苗に喰われそうになったり、守矢神社でバイト巫女をしていたり。ただ、諏訪子とのケンカ、神楽をしに行くという荒事とは関係ないはずだったのに。
無言でうつむいたままの早苗に、にとりが笑って慰めの言葉を掛けた。
「やや、気にしないで、早苗さん。たまにゃ、こんな刺激的なイベントもいいものだよ。なかなかスリルがあった。それに、今日の早苗さんは休まなきゃいけない日だったんでしょ。近くで見ましたがね、今の諏訪子様は相当ヤバい。ありゃあ、八坂様の言うとおり、しっかり体調を整えて、万全の態勢で臨まなきゃマズイです」
「――――ごめんなさい。にとりさん、本当にごめんなさい!」
「あいや、早苗さんが謝る必要は――――」
「でも!私が蛇になったせいで、諏訪子様が、おかしくなって、にとりさんが!それに射命丸さんも、はたてさんも毒を飲まされているんでしょう?私が、暢気にお酒なんか飲んでいないで、いえ、もっと早く、あの日、最初の日に逃げ出さないで諏訪子様の眷属になって、諏訪子様を鎮めていたら、こんなことには!」
ちらちらと牙を覗かせながら、早苗が涙目で叫ぶ。神奈子は、早苗の方を向いて、彼女を慰めた。
「それは結果論だよ、早苗。アンタが気に病む必要はない。今日の休養と宴会は私と紫の指示だ。アンタは悪くない」
「そうよ。あの祟り神様の行動が、貴女に止められて?これはあの神様がやったこと。あなたの行動じゃ、どうあっても今日のにとりの“厄”を払うことはできなかった。早苗が、責任を感じることはないわ」
雛も、まだ遠くを見ながら、静かに口を開く。しかし、その表情は早苗には自分を責めているように見えるのだ。
「でも!」
「‥‥確かに、私は今怒ってる。怒っているけど、それは偶然に対して。にとりが、あの時あの場所で、厄を受けるしかなかったという運命に対して怒っているの」
早苗の心を読んだかのように、厄神はそう答えると、にとりをぎゅっと抱きしめる。「いたい、雛いたいよ」と身じろぎをするにとりに構わず、雛はますます彼女を強く抱き寄せた。
「ひゅー」と口笛を吹きかけた小傘の後ろ頭を椛がはたく。そんな彼女達をよそに黙ってうつむいたままの早苗に、神奈子が優しく話しかけた。
「‥‥どうしても悪いと思うのなら、早く気にしないで頭空っぽにして、ゆっくり眠って体調を整えるんだ。フルパワーで、諏訪子と神楽を舞うためにも」
「‥‥」
「いいかい」
「‥‥」
「返事!」
「は、はい!」
突然怒鳴られ、早苗は飛び上がって返事をする。神奈子はニヤリと笑うと、「ヨシ」とつぶやいた。
「ひゃあ、神奈子様おっかないおっかない」
「そんな軽口叩けるなら、もう平気だね、河童」
「へへ、おかげさんで」
「はあああ‥‥」
にやにやと笑って、にとりがぱしゃりと顔を洗う。毒を飲まされていたというが、もう、彼女は大丈夫そうだ。そんな彼女の様子と神奈子の喝で、動揺し、張っていた早苗の気がすっと抜けた。ため息を吐いて、早苗はずぶずぶとお湯に沈んだ。
その背後に、音もなく小傘が近づく。
「へへへー。ではでは、お背中流しましょうか、早苗」
「はへ?」
「体が長いんだもの。洗うの大変でしょ?それに、神様のお体をお浄めするのは巫女の役目だし」
「いや、それは」
「じゃ、私も」
「わひゃあ!」
なんと椛も参戦してきた。早苗はされるがまま、二人に手を引かれてお湯から上がり、洗い場へ引っ張られていく。
「そーれ」
「‥‥」
ごしごしと、小傘が早苗の胴体を手拭いでこすり、泡で覆っていく。
椛はと言えば、早苗の髪を丁寧に洗っていた。
小傘にだいぶ強めに鱗が擦られる、その感覚が気持ちいい。
気持ちよさに目を閉じると、椛が後ろから話しかけてきた。
「痛くないですかー。かゆいとこ、あります?」
「‥‥あ、右耳の、上あたりを」
「はいはいー」
鼻歌交じりに頭を洗う椛の手の感触。
昔、諏訪に居た頃通っていた床屋さんを、早苗は思い出していた。綺麗なお姉さんだった。威勢が良くて、カッコいい人だったな。
それを思い出せたことに、早苗は安堵する。よかった。まだ私は、早苗だった、と。
「‥‥小傘さん。椛さん」
「ん?」
「なんですかー」
「‥‥本当に、いいんですか。神楽。ついてきて、くれるんですか」
「もちろん」
「いまさら何言ってんのさ、早苗。ここまで来たら一蓮托生だよ。それに私巫女だもん」
「私狛犬ですもん」
「‥‥」
「早苗?」
黙り込んだ早苗の顔を、小傘が覗き込んでくる。一拍、間を置くと、早苗は静かにつぶやいた。
「‥‥もし、もし私が、本当に、ミシャグジになっちゃっても、ずっと、ついてきて、くれますか」
「ええ」
「うん」
ためらわずに帰ってきた二つの返事に、早苗は泣きそうになった。
「‥‥ありが、とう、ございます。二人とも」
「あれ、弱気になってる?だめだよー。そんなんじゃ。負けちゃうよ」
「いやいや、負けなきゃいけないんだよ?小傘」
「おおう、そうだった」
背中の方から聞こえてくる二人の会話が、何かひたすら暖かいものに感じられる。
そうだ。自分は帰ってこなくてはならないのだ。絶対に。こんな姿になってしまった自分を、それでも大事にしてくれる人がいるところに。
そうだ。変貌してしまった諏訪子を助けなくてはならないのだ。ミシャグジに心を奪われ、変貌してしまった彼女の心を。
そして、帰らなくてはいけないのだ。あの家へ。一週間前飛び出したあの家に。神奈子と、諏訪子と、三人で。
――――神様をお清めするのは巫女の役目。さっきの小傘の台詞を、早苗はかみしめる。私は風祝。諏訪子様を、元に戻すのは私の役目。恐ろしい神様をなだめて、穏やかでいてもらうようにすること。ここで、頑張らなくては先代の風祝達にも、申し訳が立たない。
ミシャグジに強く染まりつつある自分の心を、なんとか人間として保つように、早苗は繰り返し、風祝という自分の役目を頭の中で確かめた。
「‥‥よろしく、お願いします。小傘さん。椛さん」
「なに?」
「絶対に、成功させましょう。神楽を。諏訪子様を、元に戻してあげるんです」
「‥‥そうだね」
「早苗さんも、ですからね。忘れちゃだめですよ」
「はい。頑張りましょう」
「おー!」
「はい!」
‥‥それは、命がけのケンカをしに行くには、随分とのんびりとした鬨の声だった。
それでも、それでいいかな、と早苗は思う。
必死なのは、きっと、この暢気な世界に似合わないから。
泡が目に入らないよう、そっと頭をもたげ、早苗は月を見る。ゾクゾクとした感触がゆっくり全身を覆っていった。まるで月から力をもらっている様で、早苗の顔が自然ににやける。実際、半神半妖とでもいうべき状態になっている早苗は、月から力を得ていたのだが。
「待っててください。諏訪子様‥‥」
月を見て、つぶやく。
「必ず、必ず、‥‥『貴女を食らい尽くしてやりますから』‥‥って、ああ、もう!」
「ひゃあ」
早苗のおどろおどろしい台詞に、椛がおどけて悲鳴を上げる。早苗はほっぺたを膨らまして下を向いた。
無意識的な本能のおかげでシリアスな台詞が台無しである。さっきからずっと諏訪子のことを考えていたせいで、早苗の中のミシャグジが、ずっと腹を鳴らしていたのだ。
「ったく。ちょっと待ってくださいよ‥‥今行きますから、もう少し我慢しててください」
ずび、と涎をぬぐって、早苗は自分の中のミシャグジに文句を言う。なぜだか知らないが、ごめんなさい、と頭を下げるミシャグジ様の姿が脳裏に浮かんだ。
あの、遠い夏の日に、自分に「お嫁さんにならないか」と言ってきた、あの蛇の姿で。
はっきりとした理由はないが、早苗は自分に憑いたミシャグジ様は、きっとあの蛇だと確信していた。
「ゲリラ台風!」
「ぶ」
「ぷわっ!」
とつぜんお湯がぶっ掛けられ、早苗の回想は中断させられてしまった。
びっくりしたー?と、得意げな顔で腰に手を当てて笑う小傘。しかし次の瞬間、その笑い顔は真っ青に染まる。
しゅうううう、と怒りの声を出す早苗の楽しそうな目に睨まれて。
「唐傘ぁあああ!」
「ぎゃー!ノー!早苗、さでずむノー!ぐえええ!」
「‥‥耳に入った」
目を爛々と輝かせて、小傘を締め上げる早苗。
椛はぷし、とくしゃみをしてぷるぷると身を震わせている。
「‥‥大丈夫なの、あの子達。あんな調子で」
その光景を見て、じとりと片眉を上げながら、雛が神奈子に問いかけた。
「大丈夫だよ。あの調子だからね」
返ってきたのは、安心したような、嬉しそうな、暢気な声だった。
そして、夜が明けるころ、早苗達は神社を出発した。
真昼間では人間や妖怪に騒がれるだろうし、夕方では、起きだしてきた妖怪達が騒いでこれまた面倒、ということで出発は早朝となった。
“神楽”は夜行う。今日は満月である。月明かりが早苗達にどれだけ効果があるのか分からないが、条件はなるべく有利にしておきたかった。負けに行くとはいえ、ケンカである。皆、諏訪子に一泡くらいは吹かせたいというのは、早苗、椛、小傘、三者とも同じ気持ちだった。鈴仙や輝夜が聞いていたら、満月の夜にそんなことをしに行くなんて狂気の沙汰だ、とでも言ったかもしれないが。
ひとまず、妖怪の山、九天の滝にほど近い場所に、椛のお気に入りの隠れ場所があるということで、三人はそこへ行くことにした。その場所で昼間の間仮眠をとり、夜に備える予定である。
早苗自身、拍子抜けするほど、出発はあっさりしたものだった。
見送りは、神奈子とにとり、雛だけ。他の人妖は、未だ拝殿の中で眠りこけていた。紫でさえも。
「行ってきます。神奈子様」
「気を付けてな」
まるで、買い物にでも行くかのように。
ぱたぱたと手を振って、神奈子が微笑む。早苗も、笑って返した。牙を覗かせながら。
そして、ふわりと空に浮かぶと、白み始めた星空を、早苗達は飛んで行った。
カシャリ、とシャッターの音。にとりが、空を泳いでいく早苗達を写真に収めて、ぽつりとつぶやいた。
「‥‥キレイですねえ」
「‥‥」
「‥‥神奈子、泣いてるの?」
「泣いてないもん」
「そう」
雛からは、神奈子の表情は髪に隠れて見えない。
「あー、行っちゃったか」
「お姉ちゃんなかなか起きないんだもん」
「あんたが飲ませすぎるからでしょ」
「はいはい」
少し遅れて、秋姉妹も起きてきた。
皆、早苗達の飛んでいく後姿から目を離さない。彼女達の横顔を見ながら、姉妹も早苗達を見送る人垣に加わる。
「綺麗だね、姉ちゃん」
「うん‥‥」
穣子のつぶやきに、目を細めながら、静葉が答える。遠くを泳ぐ龍のようなその姿を見ながら。
「弥栄。がんばれ、早苗ちゃん」
「姉ちゃん、古いよ」
「良いじゃないの」
笑う穣子に、同じく笑い返しながら、静葉は神奈子の肩をぎゅう、とつかむ。
「‥‥大丈夫?」
「ちょっと、泣きそうだ」
「そう‥‥」
静葉はそれ以上何も言わず、そのまま神奈子の肩を抱きしめる。‥‥細かい震えが、静葉の手には伝わってきた。
「早苗ちゃんなら、大丈夫よ」
「うん」
返事は、すこし小さかったが、弱弱しくはなかった。
朝日が昇る。彼らの後ろから上ってきた太陽が、遠くの空を飛ぶ早苗の鱗を輝かせる。
その輝きが見えなくなるまで、皆、黙って立ち尽くしていた。
*****************
「土足厳禁で宜しくです」
早朝に人里上空を渡り、早苗達は椛の隠れ場所に着いた。そこは妖怪の山近くの崖の中腹にぽっかりと空いた横穴で、入り口はつい立の様に立った岩と、蔦で隠されていた。近づかなければ、そこに洞穴があることは解らない。岩のおかげで中の様子を直接除くこともできない。さらに、洞穴の奥の方に岩にはめ込まれた木の扉があった。その先が、本当の目的地のようだ。扉にはご丁寧に、表面に砂が吹き付けられ、岩肌の様に擬装されていた。やけに厳重である。
「秘密の昼寝場所なんです」と招き入れられた室内はきれいに掃除をされており、床は滑らかに削られて平らで、綺麗な畳が敷き詰めてあった。壁際には本棚があり、将棋や歴史、その他趣味全開のラインナップの本でぎっしりだった。奥の方には、水瓶と簡単な流し場まである。さすがにかまどの類はなかったが、食料の準備をすれば数日は過ごせそうな、いかにも居心地よさそうな秘密基地だった。広さは、ちょうど8畳。今の早苗なら、椛と小傘二人と、何とかみっちりと寝そべられる程度だろうか。
早苗に続いて中に入った小傘も、わあ、と驚きの声を上げて楽しそうに室内を見渡した。部屋の中は暗かったが、二人とも夜目が利く。暗さなど関係なく、二人は目を輝かせて、室内のあれやこれやを見回していた。特に早苗は、友達の部屋に初めて入った時のあの感覚を、思い出していた。
最後に、誰にも見られていないことを念入りに確認して、椛が扉を閉め、楽しそうに部屋の中を見回す二人のもとへ来た。
「ちょっと待ってください、今寝るところ作りますんで」
部屋の隅に歩いて行った椛は、壁にくりぬかれた岩棚の覆いを外す。途端、部屋の中に弱い光が満ちた。棚の中には、人魂が封じられたガラス玉がおいてあった。ここの照明はこれを使っているらしい。
ちゃぶ台をたたむ椛の背中に、小傘の楽しそうな声が掛けられる。
「へえ!すごいね!ここ!」
「お気に召しまして?」
「うん!」
「良いとこじゃないですか。今度遊びに来てもいいです?」
「いいですよ。‥‥そのときは、一応ここ秘密の場所なんで、見つからないようにお願いしますね」
「了解です」
「いやー、でもよくこんなとこ見つけたねえ」
「‥‥いや、見つけたんじゃないの」
「え、そうなの?」
「作ったの」
「へ?」
「いや、だからさ。仕事の合間とか、休みの日とか、ちょくちょく通って‥‥」
「‥‥掘ったの?」
「うん」
「これを!?」
「そう」
「‥‥ずいぶんとサボりましたねえ。こんだけ手を掛けるとなると」
「い、言っときますけど、どちらかと言えば休みの日に来てたのがほとんどですからね?そんな、しょっちゅうさぼってまでここにかまけてたわけじゃないですよ」
「さっき仕事中とか言ってたじゃん」
「あれは‥‥!だってさ、侵入者もいないのに、見廻りとか、意味ないでしょ」
「それをサボりっていうんですよ、椛さん」
「うう」
「ほうほうほう。一見真面目な椛ちゃんの意外な一面だねえ。ひひひ」
「‥‥小傘?鴉天狗に喋ったら、命はないからね?」
「言わない言わない」
小傘が、べ、と舌を出しておどけて見せる。椛は「不安‥‥」とつぶやきながら布団を床に敷き詰めていた。
その時である。
「あれ」
森の中から狼の遠吠えが響いた。
しかもその声は、椛を呼んでいた。
「『椛様』ですって」
「‥‥ですね」
三人の顔が一斉に扉に向けられる。
「‥‥尾けられてた?」
「いや、そんなはずは‥‥ずいぶん遠い声ですよ、これ」
「どこからだろうね」
「外に出ないとわかりませんが‥‥なんか聞き覚えの有るような」
そういって椛は扉を開ける。今度は、もう少しはっきりと聞こえた。
早苗もにゅる、と上半身を出して、聞き耳を立てる。
「ああ。あの森からだ。」
「ですね」
「行ってみますか」
「はい」
とりあえず、三人は声のした方へ行ってみることにした。念入りに、戸締りと擬装をしてから。
洞穴から、飛ぶことおよそ5分ほど。声がすぐ近くに迫る。
「椛姉様!」
「姐御!」
「あれ!?あなたたち!?」
聞き覚えのある声に、椛は声のした方へと向かう。
森の中に着地した彼女を待っていたのは、あの、狼達だった。
「ああ!来てくださったんですね!」
「やっぱり姐御は“天の狼”だ」
「空から降りてくるんだからな」
「‥‥な、なんですか、その二つ名は」
「お姉様、どうか、これをお受け取りください」
こっぱずかしい呼び名に顔を赤くする椛の目の前に、うやうやしく頭を下げながら、白狼の娘が古びた布きれの包みを置く。
不思議そうな顔をしながら、椛がそれをほどいてみる。古びた布の包みから出てきたのは、一振りの刀だった。鉈のように刃の幅が太く短く、峰は一直線に伸び、しなりは無い。持ち手は刃と同化しており、むき出しの鉄が、蕨の頭のようにくるりと丸く成形されていた。俗に言う、蕨手刀と呼ばれる部類の刀だ。蝦夷が使用していたとされ、東北でよく発掘される、日本刀の原型というべき刀である。原型というだけあって、当然かなり年代は、古い。椛の手の中にあるのは刀というより、錆びた鉄の棒同然の状態だった。
「これは‥‥」
「私たちの一族に伝わる、カタナです。長老にもお許しをもらって、お姉様のカタナの替りになるものをと思って、お持ちいたしました。‥‥これでは、ご不満ですか?役に、立ちますか?」
「‥‥」
これを博物館や古物商に持ち込めば、ものすごい価値が付くのであろうが、生憎そのようなものは幻想郷にはない。人のこない古道具屋位だ。
この刀が持っている、千数百年にも及ぼうかという歴史は、妖怪を相手にするには十分すぎるほどの謂れだ。もしかすれば、神にだって通用するかもしれない。しかしそれはあくまでも「かもしれない」というレベルであり、このままではただの古い、さびた鉄の棒。ケンカに使うには、あまりにも頼りない。
「むう‥‥」
刀を片手に構え、唸りながらしげしげと見る椛に、早苗が声をかけた。
「椛さん。ちょっと、私にその刀、貸してくれません?」
「え?ああ、いいですけど‥‥いいよね?」
「あ、はい!」
「ええ!ミシャグジ様もどうかその刀をご覧になってください!役に立たないカタナを姐御に渡しちまったら、ウチの一族の大失態になりますから」
「姐御はやめてってば‥‥」
椛は早苗に刀を手渡すと、恥ずかしそうに「姐御」と言った灰色の狼の頭をぼふぼふと叩く。‥‥「お姉様」は、大丈夫らしい。
「‥‥」
渡された刀を、早苗は椛と同じように片手に持ってしげしげと眺めた。‥‥野生動物が守っていたにしては、かなり原形をとどめている。たぶん、彼らが持っていたのは数百年ほどで、きっとそれまではどこかの古墳に埋まっていたりしたのだろう。‥‥幻想郷に古墳があるのかどうかは謎だが。
早苗は、刀を見ながら考える。
(‥‥今の私なら、できるかもしれない)
早苗は、右手に刀を持つと、左腕を曲げて、根元から刀を挟み込んだ。
「早苗?何してるの?」
「‥‥砥いでみます」
「え?」
不思議そうな小傘の声に一言答えると、早苗は左腕に神気を集める。狸の兄妹に加護を与えた時と同じ、光る風の蛇が現れ、早苗の左腕に巻き付いた。
「よっ‥‥と」
「あ!」
折りたたんだ左腕のひじの内側で刀を挟み、鱗で拭うように、早苗はゆっくりと刀を引き抜く。
「刀、が‥‥」
「!」
椛が、小傘が目を丸くした。
早苗の腕の中で、刀の錆が落ち、みるみる元の姿を取り戻していくのだ。
刀は、早苗の腕で拭われたところから錆が取れ、欠けていた刃まで整い、銀色の輝きを放ちだす。
一回、二回と拭われる度、さらに錆は落ち、輝きは増し、錆びて痩せていた峰が盛り上がる。
「‥‥こんなとこですか」
「わあ‥‥!」
「早苗さん‥‥」
早苗が掲げた刀は、もう錆びた考古学的資料ではなく、ギラギラと光を反射する一振りの刀として、凶悪な武器の姿を取り戻していた。
「‥‥せい」
カキン!
「うわあ!」
早苗は、何気なく足元から小石を拾って放り投げると、事もなげに手に持った刀で両断した。
刀に有るまじき切れ味まで持った蕨手刀の変貌ぶりに、椛はあごが外れそうなくらい、ぽかんと口を開けて呆然としていた。
「はい、これで、切れるようになりましたよ」
「‥‥こ、こんなことまでできるんですか、早苗さん」
早苗から返された刀をまじまじと見つめながら、椛が驚きで上ずった声を出す。早苗は軽く左腕を回しながら、にっこり笑って答えた。
「蛇は製鉄にも関係ありますからね。ミシャグジ様の神性の中に、製鉄を司るものも入ってますから、もしかしたらと思いましたけど、できました」
「できすぎですよ、これは」
冷や汗を流しつつ、椛は蕨手刀を包んでいた布を再度巻きつけ、簡易の鞘にする。その様子を、狼たちが心配そうに見ていた。
「ど、どうでしょう。使えそうでしょうか?」
「うん。すごいよ。みんな、ありがとう。大事に使わせてもらうから」
「わあ‥‥!」
「よかった‥‥」
「椛様‥‥」
「そーゆーの止めてくださいってば」
苦笑しつつ、椛は集まった狼達を抱き寄せ、「ありがとう」と優しく撫でた。
狼達も、それに応え、椛にすり寄る。椛の正面に居て、顔をぺろぺろと舐めているのは、あの「椛お姉様」の白狼だった。
「あなた、白狼だったんだ。宴会の時は、黒い髪のヒトの姿だったよね」
「わ、私は生まれつき白毛なんです。人の姿になるとき、長老に頼んだんです。黒い毛にしてくれって」
よく見れば、白狼の目は赤かった。年を経た狼だからではなく、彼女はもともと白子なのだ。白子は、もともと体が弱いものが多い上に、目立つ。仲間から爪はじきにされ、すぐに命を落とす者が多いが、彼女は、きっと兄妹の力も借り、ここまで立派な狼として生きてきたのだろう。彼女の周りを囲む仲間の狼達の優しい目に、椛はそれを確信する。
「‥‥私の、黒い毛皮(髪)、どうでした?変じゃ、なかったですか」
「ううん。綺麗だったよ。貴女は」
「わあ‥‥!」
「でも、今のあなたの毛皮も、好き。白くて、輝いてて。積もったばかりの雪みたい。すごく綺麗だよ」
「!!」
優しい声で、白狼を撫でる椛。黙って撫でられる白狼の娘は、もし人の姿ならば、顔がゆでだこのように真っ赤になっているのが見れただろう。ものすごい勢いで風ぐるまのように回る彼女の尻尾を見ながら、早苗と小傘がニヤニヤ笑って頬に手を添え、ひそひそと話し始めた。
「‥‥椛ってさ、天然だよね、きっと」
「ですねえ。罪作りな人です。何の気なしに彼女に近づいた人は、無慈悲に心を打ち抜かれてしまうんです」
「で、椛はそれに気が付かないんだね、たぶん」
「ええ、きっと椛さんの後ろには、そうやって叶わぬ思いを胸に涙をのんだ男女が大勢‥‥」
「ち、ちょっと!そこの二人!人を天然ジゴロみたいに言わないでください!」
「あれれ、違うの?うっそだぁー。『今のあなたの毛皮も、好き』なんてー。うふふ。素敵な声だったよー」
「かみ殺すよ!小傘!」
「きゃー」
「お姉様?“じごろ”ってなんですか?」
「わあ!あ、貴女は知らなくていいの。ね。ね」
「?」
きょとんとする白狼の頭をぐりぐりと撫でつけると、盾の裏側に蕨手刀をしまい、椛は立ち上がる。
「じゃあ、行ってきます。皆、ホントにありがとう」
「お姉様、お気をつけて」
「姐御‥‥」
先を急ごうとする椛に、狼達がクンクン、と切なそうな声を出してまとわりつく。見上げる心配そうな目に、椛は苦笑した。
「分かりました、分かりました。大丈夫、あなた達の“姐御”は、ちょっとやそっとじゃ死んだりしないから。これだけ素敵な「牙」までもらったんだもの。大丈夫です。ミシャグジ様もいるしね!」
「任されまして」
「お願いします、ミシャグジ様」
「どうか、どうか姐御を‥‥!」
「は、誰に向かってモノ言ってんの?心配しない!」
『ははー!』
「‥‥ノリが良いねえ。みんな」
あはは、と小傘が後ろで笑った。
「‥‥さて」
騒ぎがひと段落したあたりで、早苗はきょろきょろとあたりを見回し始めた。
「どうしました?」
「‥‥アイツめ」
「?」
チッ、と長い舌で器用に舌打ちをすると、早苗はすうう、と深呼吸を始める。そして。
「狐えええええええ!」
「はいいいいいいい!」
「わあっ!」
突然の早苗の怒鳴り声に、間髪入れず、あの神使のキツネが飛び出してきた。
「げっと」
「ぎゃあ!?」
あわてて飛び出してきた狐は、あっさり早苗に捕まえられた。首根っこを掴まれ、彼女はしゅうしゅう息を吐く蛇の口の前に吊り下げられてしまった。
「あ、み、ミシャグジ様、お元気そうで」
「アンタ‥‥なあに?隠れてたの?んん?」
「あ、あの、それは」
「見送りにも出て来ないで」
「ひ!、いえ、めっそーもございません!わたし、ミシャグジ様の神使として、時に日向に時に影に、この森の動物達を見守り、ミシャグジ様にお伝えするべく、必死で」
「と、いうことは、いまは影だったのね」
「はい」
「‥‥喰うわよ」
「ひいい!?」
「ほらあ、ほんとのこと言いな?『怖かった』んですって。怖かったからちょっと隠れてたんですって。私怒らないから。ほら、言ってみ?」
「いや、あの、その」
「言わなきゃこいつに喰わせる」
「え、私ですか」
「ひいいいいい!狼いいいい!やめてください!はい!そーです!怖かったんです!狼どもも一緒で怖さ十倍で!とてもとても!」
「素直でよろしいー」
「は、あ、ありがとうございま」
「でも喰う」
「きゃああああああ!」
「早苗、早苗。だめだよ、いじめちゃ。ほら、狐さんも謝って。さな、いや、ミシャグジ様はさみしかったんだよ?あなたの見送りがなくて。ね」
「‥‥」
「え、そ、そうなのですか!」
「‥‥」
「み、ミシャグジ様!私、私感激!ミシャグジ様がこんなにも私を思ってくれてたなんて!きゃっほーい!ああ、ああ、葛花の姉様!私、立派な神使に成れましたか?成れましたよね!うん!」
「あー、あー、狐さん、狐さん」
「なんですか、お化け巫女さん!」
「前、前」
「へ‥‥ひいいいいいい!」
狐は小傘の指摘で、やっと自分の置かれた状況に気が付く。
彼女の目の前では、満面の笑みを浮かべた早苗が、大きな口を開けて今にも狐にかぶりつこうとしていた。
何度も何度も、同じことをして懲りない子である。
「ごめんなさいいい!」
「しゃあああああ!」
「ひゃわー!」
「神使殿もなぁ」
「あれさえなけりゃねえ‥‥」
そんなこんなで、ミシャグジ様ご一行は森の動物から激励を受け、一部で殺伐とした漫才を楽しんだのち、改めて椛の隠れ家に戻っていった。
「んー」
隠れ家の布団の上に転がりながら、早苗が椛に笑いかける。
「素敵なアイテムもらっちゃいましたねえ」
「ははは。なんか、昔話の登場人物にでもなった気分ですよ」
「しょうごう:『てんのおおかみ』だしねえ。早苗は『はくじゃ』だし」
「そうなれば小傘さんは‥‥」
「わちきは当然『みこ』でしょ」
「小傘は『あそびにん』でしょ」
「『おどりこ』ってわけでもなさそうですし。体型的に」
「ひ、ひどい!」
“の”の字を書き始めた小傘をよそに、すっかり寝る準備を整えた早苗は、だらだらと体を伸ばし、横になる。お世辞にも広いとは言えない椛の隠れ家の床を、みっちりと白蛇の胴体が埋める。ちゃんと、椛達が寝る場所は空けて。早苗は寝るときにとぐろを巻くより体を伸ばす方が楽で好きだった。蛇にとって、とぐろを巻く姿勢というのは実は結構緊張した姿勢なのだ。
「さ、小傘さん、寝ますよ」
「ひゃ!うおおおお!巻かれてる!巻かれてる!」
まだいじけていた小傘を、早苗は強制的に尻尾で巻き取り、引き寄せる。そして、自分の懐に巻き込んだ。
そのまま、胴体をずるりと動かし、布団の様に小傘の上に掛けていく。
「ほーら肉布団ですよー」
「早苗!やめて!その単語使われるとなんか生々しいからやめて!」
「ミコのくせに神様と添い寝もできないっていうんですかー」
「ああん、そう言われると拒絶できない‥‥」
「‥‥しなよ」
椛の半笑いの突込みが、ミチミチと蛇がのたくる隠れ家の中に、小さく消えていった。
外はすっかり夏の日と言った感じで強い日差しが気温を上げていたが、洞窟の中は大変涼しく快適で。
三人は、あっという間に眠りについたのだった。
*****************
「大天狗様!」
天狗の里の、奥の方。夜も遅い大天狗の執務室に、突然、けたたましい声が響いた。
「大天狗様!大天狗様!報告です!」
「‥‥おや、どうしました。こんな時間に慌てて」
細面の大天狗は、手元の帳面から顔を上げて、報告に来た伝令の白狼天狗に静かに問いかけた。
ロマンスグレー。メガネ、整った顔立ち。そして物腰の柔らかい喋り方と態度、と、何拍子もそろった彼は若い天狗の娘たちには渋くて素敵なオジサマとしてなかなかに評判である。本人にも、部下や周りの娘たちが上げる嬌声が聞こえているのだが、彼はそんな声には本当に無頓着で、「僕の女房はこの人だからね」と、彼の奥様とつつましく仲の良い家庭を築いている。にべもなく袖を振られている天狗の娘達だが、そのシブい態度がまた天狗の娘たちにはまぶしくて、「将来はあんな旦那様を!」とあこがれを持たせる結果になっている。
閑話休題。そんな彼に見つめられた長髪の白老天狗の娘は、ちょっとだけ頬を染めると、すぐに顔を引き締めて報告に掛かった。
「哨戒隊を代表して報告します!白蛇が!半人の白蛇が一匹、警戒網に接近中!山頂へ向かうものと思われます!哨戒隊が威嚇を行っていますが、引き返す様子もなく、全く効果がありません!このままでは里に侵入するのも時間の問題です!」
あわてた様子で一大事を告げる白狼の娘に、しかし大天狗はのほほんとした顔で、眼鏡をちょいと直すと、まるで子供に昔話を聞かせる時のような、落ち着いた声を出した。
「ああ、それは守矢神社の早苗さんです。通してあげてください」
「へ?」
「通達があったはずですよ。届いていませんか?『今夜、守矢神社の早苗殿が麓から神社に向かう。神事の影響で蛇の姿なれど警戒する必要はなし。一時的に好戦的になっているため攻撃は厳禁』と。八坂殿から連絡がありましてね。早苗殿が蛇の姿で山頂に向かうけど、通してあげてくれないかと」
「‥‥た、たしかに通達はありましたけれど。あれが、守矢の早苗殿なのですか!?」
「そうです。」
「で、でもあれは‥‥」
「なんです。何か納得できない所があるのですか?」
「い、いえ、あまりにも姿が想像していたものと違ったもので‥‥姿も、匂いも」
「曰くの有る祟り神を降ろしたそうですからね。私も最初に聞いた時は驚きました。‥‥そうですか、白狼のあなた方でも戸惑うほどなのですか」
「はい‥‥」
「わかりました。あなたはすぐに原隊に戻って皆にこのことを伝えてください。彼女は通しても大丈夫ですから。間違っても手は出しちゃダメですからね」
「了解いたしました」
彼の落ち着いた渋い声ですっかりなだめられ、冷静さを取り戻した白老天狗の娘は、一礼をして大天狗の部屋を去ろうとした。
そのときである。彼らの耳に遠くの雷のような鈍い音が聞こえてきたのは。
どおおおおおおん‥‥
「えっ」
「‥‥なんですか、いまのは」
天狗の里では普段ありえない爆発音に、二人は耳を澄まして動きを止める。
音は重い残響を残し、ゆっくりと消えていった。
白狼の娘が窓に走り寄り、外に頭を出す。 窓を開け、白い狼の耳をピンと立ててすんすんと匂いを嗅ぎながら、白狼の娘は必死に耳を澄まし、音の出どころを聞き分ける。
彼女を邪魔せぬよう、音が完全に消えてから大天狗は静かに問いかけた。
「どこからの音か、分かりますか。河童の鍛治町の方では無いようでしたが」
たまに河童が鳴らしている、実験や失敗に関する爆発音ではないことは、白狼程耳の良くない彼にもすぐにわかった。
「硫黄の匂いはしない‥‥北山にぶつかった山彦がさっき聞こえたから‥‥うん。いまの、里の方、いえ、九天の滝の方角からです!」
早苗達が哨戒隊からちょっかいを受けている方角である。
「それ、嫌な予感しかしないのですが。私には」
「‥‥あは。私もです。あは、は。‥‥あれ、誰か来ました」
「大天狗様―っ!」
引きつった笑いをする白狼娘の言葉を遮るように叫びながら、今度は烏天狗の少年が大慌てで大天狗の居室に転がり込んできた。
人間でいえば、見た目で13,4ぐらいの姿。髪を短く刈った活発そうな少年である。彼は大天狗の前で膝をつくと、ずれた頭巾もそのままに、叫ぶように報告を始めた。
「天狗の里の警邏隊より報告!哨戒隊の威嚇攻撃に白蛇が反撃!白蛇の攻撃により哨戒隊は沈黙!」
「‥‥」
「ええええええー!み、みんなー!?」
少年のとんでもない報告とともに、里の方から再度鈍い爆発音が響いてきた。
大天狗の部屋に、しばし静寂が満ちる。
「だから、手ぇ出しちゃダメだって言ってあったのに‥‥」
「ああああ‥‥」
**************
「あ、ああああ‥‥」
眼の前で同僚たちが吹っ飛ばされていくのを、椛はぽかんと見つめていることしかできなかった。
「ふう!」とすっきりした笑顔で額をぬぐう早苗の後ろで、真っ青な顔で目を泳がせる椛。早苗の爆風は悲鳴すらかき消して、哀れな椛の同僚達を吹き散らしてしまった。
夕方、目を覚ました早苗達は、軽い食事をとるとすぐに出発した。目指すは妖怪の山の頂上、守矢神社である。
そこへたどり着くためには、途中で天狗の里を抜けなければならない。ここで、説明もなしに天狗の里をミシャグジ姿の早苗が通って行ったら、騒動は確実である。そのため、昼間の間に、神奈子から天魔宛に、事情の説明と早苗の通行許可を取り付ける手はずになっていた。なっていたはずなのだが、白老天狗達は、早苗を一目見るなり、恐怖の表情で、威嚇攻撃をし始めたのである。川下に居た河童たちは、「早苗様だ!白蛇の早苗様だ!」と手を振っていたから、山に情報は伝わっているらしいのだが。
椛も、必死に説得を試みたのだが、ダメだった。ダメなどころか、「も、椛が白蛇の虜に!」「手下になってる!」「これが悪堕ち!?リアルで見ちゃった!」と、すっかり椛を“恐怖の白蛇の手下その一に成り下がった悪堕ち天狗”扱いし、攻撃を仕掛けてきたのである。小傘も同じく、“白蛇の手下その二”とされてしまった。
勘違いしている相手に本気で仕掛けるわけにもいかないと、最初は彼女達の攻撃を何とか避けて、逃げ去ろうとしていた早苗一行だったのだが、あまりにしつこく、しかも話を聞こうとしない白狼達に、ついに早苗がキレてしまった。
必死に止める椛の声も聴かず、高笑いをあげながら、早苗はおなじみの爆風を喚び、哀れな天狗達を吹き飛ばしてしまったのである。。
「みんな‥‥」
「あー、すっきりしました」
「さ、早苗さーん!こ、これはやりすぎ!やりすぎですよこれはぁ!話すればいいじゃないですか!説明すればいいじゃないですか!こんなとこからノリノリでミシャグジ様演らなくてもいいじゃないですか!うああ、み、みんなぁ‥‥」
「なーにビビってんですか椛さん!恐怖のミシャグジ様ご一行がそんなこと気にしてどうするんです!」
「気にしますよう!ねえ、早苗さん落ち着いてくださいよ!暴走しないでください!こんなことしてたら、せっかく守矢が集めた信仰も‥‥」
「昔の人は言いました!信じることが正義(ジャスティス)だと!だから信仰は正義の力!そして正義は必ず勝つ!最期に勝つのはやっぱり力!力はいつか暴走するもの!よって、信仰とはすなわち暴走するもの!私がここで暴走して、何の間違いがありますか!」
「うわーん!だめだこのひとー!‥‥始末書だぁ!絶対始末書だぁ、これ!絶対私も共犯になってるよこれ!」
「あはは。宮仕えってのは大変だねえ、椛。まあ、これはこれで早苗らしくていいんじゃないの?」
組織に属する椛と違い、小傘は根無し草の妖怪である。頭を抱える椛の気苦労など全く知らぬといった様子で暢気に笑う小傘に、椛は涙目で吠えた。
「―― っ!気楽でいいね、“自由業”はっ!」
「うふふ。お化けにゃガッコも試験も何にもないからねえ」
「夜は墓場で何とやら、朝は寝床でぐーすかぴーですか」
「ざっつらいと。いい歌だよねえ、あれ」
「しねばいいのに。‥‥ああ、私これでもう、しばらくみんなと顔合わせられないや、あはは‥‥」
「ほらほら椛さん。いつまでも後ろばかり見てないで、前へ進むのです、前へ!さあ行きますよ!皆さん!」
「おー!」
「あっはっは、ごめん、ホントごめんね皆ぁー!はは、ははは‥‥」
元気よく拳を突き上げる小傘を怨めしそうに見つめ、もうやけくそ気味に笑うことしかできない椛の手を引き、小傘と一緒に早苗は天狗の里を飛び越えていく。
天狗の里上空には次々と天狗達が上がってくる。大天狗から、早苗達に手を出すなとの報せは伝わっているはずなのだろうが、やはり話を聞かなかったり、伝わっていなかったり、哨戒隊をやられて頭に血が上ったりと、命令を無視して攻撃してくる者は少なからずいた。早苗はそんな彼ら彼女らをもぐら叩きでも楽しむかのように次から次へと撃墜した。水を吹き上げ、風をまき散らし、伸ばした蔓で絡め捕り。
早苗が天狗達を落とすたび、椛も最初こそ「うあああ」だの「すとっぷー!」だの、顔を真っ青にして悲鳴を上げていたのだが、落とされた天狗があっという間に2ケタになるような状況をみて、彼女はついに諦観してしまったようで、途中から泣き笑いの表情で、落とされた者に合掌するだけになっていった。
「あははははは!ほら掛かってきな命知らず共!この私、白蛇の早苗がいくらでも相手してあげるわ!」
「さなえさぁぁぁぁん!」
結局、早苗が撃墜した天狗の数は、百に迫る数となった。
多大な犠牲を払いながら、ようやく早苗達は天狗の里を抜けた。彼女達の目には、妖怪の山の頂が、その巨大な姿を現す。目的地は、その山頂の守矢神社。
神社の付近には、何やら禍々しい黒雲が漂い、傘を掛けていた。
――――あそこに、諏訪子様がいる。私を、ミシャグジの私を、呼んでいる。
黒い雲に向かって、早苗達は一直線に飛ぶ。もう、目的地まで彼女達の邪魔をするものは居ない。
邪魔をしてくれる者もいない。
「ひ、ひひひ‥‥」
自然と、早苗に笑いがこみ上げる。涎もじゅくじゅくと溢れ出す。
ラスボス、いや、獲物はもう目の前だ。
早苗は爛々と目を輝かせながら、後ろを飛ぶ椛達を振り返った。
そして、「ミシャグジ様」モードで、問いかける。
「覚悟はいい?アンタ達!」
「はい!」
「おー!」
「あはははは!憎たらしい金色の蛙はもう目の前!仕留めたら、アンタ達にも分け前をやるよ!どこがいい!」
「足!」
「う、腕!」
「よーし!期待してなさい!必ず仕留めてあげるからねえ!」
「早苗ノリノリだねえ!」
「ずっとノリノリですよ!」
「怖くないですか!」
「あるわけないでしょう!」
「ですよね!」
三者とも、大声で叫びあう。そして、一刻を争うように、神社に向かってスピードを上げた。
神社で早苗を待つ、諏訪子のもとに向かって。
ミシャグジを、その体で惹きつけ、調伏せんと手ぐすねを引く、土着神の頂点のもとへ。
早苗の視界に、神社が迫ってくる。あっというまに鳥居をくぐり、境内へ。
立ち並ぶ御柱の林。その向こう。
「いたぁ‥‥!」
彼女の獲物が、待っていた。
************
「ようやく来たねえ。待ちくたびれたよ。ミシャグジちゃん」
「どうも。はぐれミシャグジのサナエです。こちらもようやくお会いできて、とっても嬉しいですよ?くそガエル」
「おお?」
黒雲に月明かりも遮られ、真っ暗闇の守矢神社。ついに出会った祟り神と蛇神の最初の会話は、蛇神の挑発から始まった。
早苗は、傍らに小傘と椛を従え。対する諏訪子は、射命丸とはたてを従えて。
ニヤニヤと笑いながら天狗扇を口元にかざす二人を見て、椛が怪訝そうな声を出す。
――――にとりの話ではこの二人、毒を飲まされ、脅されていたのではないのか?
「‥‥はて。その様子では良い加減正気に戻ったようですが。一体何をやってるんです。文殿。はたて殿」
「諏訪子様の露払いですよ。お二人のケンカの邪魔をするあなたや其処のお化けを消すための。あはは。いやあ、これも成り行きでしてねえ。こうしないと私たちは殺されちゃうのでありますよ。シクシク。ねえ、はたて嬢」
「まあね。私ら『哀れな天狗の娘達』は、おっそろしい神様の毒を飲まされちゃったの。あと、この鉄の首輪まで嵌められちゃって。くびり殺されたくなかったら、おとなしく言うこと聞くしかないのよねえ。あはは」
「軽すぎる。嘘ですか?」
「いや、ホントホント。信じてもみちゃん。なかなかデンジャラスなんだよこの首輪。いやホント」
「ふん」
「椛、本当だよ。こいつらには私の毒を飲ませてある。私の意志に反応する特別製さ。私がひとつ合図すりゃ、こいつらの心臓はたちまち溶けるよ。あとね、同じく私特製の鉄の輪。こっちは合図ひとつで縮まって、首が千切れ飛ぶの。おもしろいでしょう?ひひひ」
「なにバトロワみたいなことやってんですか、諏訪子様」
「こいつらが逃げないようにね。一回あの映画みたいなのやってみたかったの。うふふ。いやあ、洗脳したまんまでもいいんだけどねえ、正気の方がやっぱりこの子達強いから」
「‥‥『ばとろわ』ってのが何かは知りませんけど、ま、理由はどうあれ、私たちはこの方に逆らう気はありませんし、あなた方に対して手加減する気もありません。これで山ひとつ巻き込んだ大騒動の中心にいられるんですからね。これ以上の特等席はありませんから。良い実体験ルポが書けそうですよ。ふひ」
「あ、こら。文、せっかくシリアスな空気だったのに」
「いやあ、はたて嬢。私もう今から記事書くのが楽しみで楽しみで口元が緩んでしょうがないんですよ。ふひひ、ふひ。あなたもでしょう?」
「うひひひ。まあね」
はたてと射命丸は、諏訪子の方をちらちらと見ながら、不敵な笑い声をあげた。
「‥‥自分の命が掛かっているのにそれですか。ふん。わかっては居ましたが、ああ、醜い醜い。鴉はいっつもこうだ。死臭と騒動に集って。へえ。そうか。だから腐ったキノコみたいに翼も腹も黒いんだ‥‥」
「はあぁ?‥‥ふん。もみもみ、剣はどうしたのさ。そういや、このあいだは狼のかっこだったね。剣を捨てて爪と牙?あっさりケダモノに戻るなんて、狼って意外とプライド無いんだね。ああ、ケモノくさいケモノくさい。さっさと毛皮ひん剥いて消臭剤刷り込まなきゃ。でなきゃ足ふきマットにもなりゃしない。ねえ?椛」
「ああ、まだ私の毛皮にも利用価値ありましたか。ま、はたての羽は臭すぎて、毟って洗っても飾りにもならなそうですからね」
「‥‥!」
牙を剥いて唸りを上げ、蔑んだ目を向ける椛に、ギラギラとした目ではたてが睨み返す。射命丸は椛の侮蔑などそれくらい蛙の面に水といった感じで、ニヤニヤと笑い続けていた。
切っ掛けは早苗ではあるが、洗脳されて諏訪子に良いように扱われていた彼女たちに、椛にも多少なりとも同情するところはあった。しかし、洗脳を解かれた彼女たちは、毒と首輪で脅迫されてはいるものの、諏訪子を非難するわけでもなく、むしろ嬉々として彼女の手下を続けていた。椛には、その態度がどうしても理解できず、また非常に腹立たしかったのだ。
そんな、諏訪子の手下の鴉天狗達を見て、今度は小傘が、ピクリと片眉をあげて口を開く。
「‥‥ふーん。ナーガを相手にするのに、ガルーダをちゃんと連れて来たんですね。まったく用意がいいですね、諏訪子様?」
「お?小傘よ、分かるの?」
「古典は少しかじりましたもん。‥‥そうですか。私たちは害獣ですか。はん」
「うふふ、怒らない、怒らない。そういうの分かってて連れてきたわけじゃないから。わざとじゃないんだよ?八部衆の中にはナーガもガルダも入ってるんだしさ。どっちも神聖なお使いだろ?」
「ふん」
烏天狗の祖とも言われるインドの神鳥、ガルーダは蛇神であるナーガを食らう天敵であり、当地では蛇から人間を守ってくれる聖鳥である。
その逸話を知っていた小傘は、諏訪子が二匹の烏天狗を連れてきたことに、あからさまに自分達が悪役だと言われた気がしたのだ。
早苗達の言う“神楽”では、諏訪子達が主役であり、早苗達は退治される側という役柄なのだから間違ってはいないのだが、小傘は、諏訪子達からさも当然のように悪役だと言われているのが納得できなかったのである。
「まあ、いいじゃないですか。もともとこういう役なんですから、私たちは」
「むー」
不機嫌そうに口をとがらせる小傘の肩に手を置いてなだめ、早苗は薄笑いを浮かべる諏訪子をにらむ。
「早く始めましょう、諏訪子様。あなたに呪いをかけられてからこっち、お腹が空くとあなたが食べたくなるようになっちゃいまして。そのたびに涎があふれて大変なんですよ。だから早く齧らせてください」
「ひひひ!」
「なんですか、気持ち悪い」
「いいねえいいねえ!今の台詞、ゾクゾク来ちゃったよう、早苗!ほんとうに、きれいだ。少し血の匂いもする。‥‥ああ、立派なミシャグジになったねえ!何人食べた?」
「三人ほど」
「おお!」
「冗談です」
「え」
「ご生憎さま、ヒトは食べてませんよ」
「あらら?‥‥まあ、そこはしょうがないかなぁ?私のとこ来る前に巫女に退治されちゃうのも嫌だしね」
「諏訪子様も立派に邪神ですねえ。その服はなんです、縄文人ですか?貫頭衣なんか着て。おまけに、その化粧。マジ不気味すぎです。血の色でアイラインとか」
諏訪子は普段の恰好ではなく、白い無地の貫頭衣を身にまとい、目尻や頬に朱を入れ、のたくる蛇のような模様を描いていた。
いつもの、蛙を模した帽子は身に着けていない。あの帽子が放っていた道化的な雰囲気は彼女からなくなり、金色の目だけがギラギラと闇の中で輝いていた。それはまるで舌なめずりをする肉食獣の目のように見え、対峙する者の心拍数をじわりと上げる。
そんな自分の姿を自覚しているのか、していないのか。おどけた様子で、諏訪子は口を開く。
「ああ、これ?大昔のお化粧。この服だってそうだよ。昔私が着てた服。やっぱり舞台のクライマックスだもん、衣裳とお化粧もちゃんとしないとねぇ」
「ちゃんと、の割には粗末な服の気がしますが。その怪しげなアクセサリー類もですか。勾玉のネックレスとか」
「そそ。似合ってるでしょ」
「ええ、ホント禍々しくて」
「ひひひ‥‥だけど、私びっくりだなあ。まさか正気を取り戻しちゃうなんてねえ。‥‥何やった?いや、何された?あの女に」
神奈子が手助けしたことを分かっていたかのように聞いてくる諏訪子。首を少し傾げ、金色の目を細めながらニヤニヤと話しかけてくる。
早苗は薄く笑いを浮かべ、舌なめずりをした。
「血を飲みました」
「うっは。なに、噛んだの?あいつに噛みついたの?」
「はい」
「で、なに?血を飲んで、呪いが解けたの?」
「ええ」
「ひっひっひ。 この、ケダモノめ」
「はい、ケダモノです」
ニヤニヤと笑いながら嬉しそうに貶してくる彼女に、早苗も同じようにニヤニヤと笑い返す。
「そのおかげで何とか正気にだけは戻れて、私のところまで来れたってわけだ。いや、素晴らしいね」
「別に、神奈子様の血を飲んで正気に戻らなくても、ここには来てましたよ。椛さんと小傘さん捕まえて脅してましたから。ここまで案内させるつもりでした」
「ひひひ!いいミシャグジっぷりだよ早苗!ああ、うれしいなぁ。こんな奴と喧嘩できるなんて」
「そうですね。私もうれしいですよ。こんな小憎たらしい土着神が相手なら、遠慮する気も起きませんからねぇ」
「ぐふ。そいつはいいね、最高だ。遠慮なしなんて」
「ほんっとに喧嘩好きなんですから。おぞましい。‥‥さあ、そろそろいいでしょう?私もいい加減、手の甲がヨダレでびちゃびちゃなんです。早く食べさせてください。その太もも」
べっ、と早苗が楽しそうにつばを吐く。そしてとろりとこぼれた透明な涎を、長い舌で舐めまわす。かがり火に照らされ、蛇少女の唇が怪しく光を返す。その様がたまらなく妖艶に見え、諏訪子は目を細めた。
「ぐふふ!いいよ。じゃあ、ここらでおしゃべりはお終いにしようか。‥‥っと、1個だけ、最後にいい?」
「はいはい、どうぞ」
「早苗に言っとかなきゃいけないことがあるんだ」
「なんです?」
「1週間以内にここまで来ないとダメだって言ったよね。私。それまでに来ないと元に戻れなくなるって」
「ああ、そんなことも言ってましたね」
「今日がちょうど1週間目くらいだ」
「‥‥ぎりぎりでしたねえ」
「ごめん。あれ、ウソ」
「はい?」
「期限はね、1週間じゃないんだ。期限を守ろうとしたんだよね?早くここまで来ようとしたんだよね?焦らせちゃってごめんね、ホント」
予期せぬ諏訪子の台詞に早苗の肝が一瞬冷えかけたが、期限切れではない様子に、早苗は顔では平静を装い、内心ほっと胸をなでおろした。
「は‥‥べ、別に焦っていませんでしたけどね。で?ホントはいつまでだったんです?」
「ない」
「は?」
「期限はないよ」
「無いんですか」
「うん。だって、呪いをかけた瞬間が期限だからね」
「!!!!」
「残念。とっくの昔にてーおーくーれ。もう、人間には戻れませんヨー。あはははははは!」
「な‥‥なぁっ‥‥!?」
期限切れではなかった。‥‥期限そのものがなかった。
余裕ぶっていた早苗の顔から血の気が引いていく。口の中が急激に乾いた。
諏訪子はウソを言ってからかっている様には見えない。彼女は、今の諏訪子は、この場面でそんなつまらない冗談なんか、言わないだろう。
彼女の話していた「呪いの期限」が、神奈子や早苗、それぞれに対してまちまちな訳である。‥‥もともと、期限なんてないのだから、適当にしゃべっていたのだ!
邪神と化した諏訪子が散々非道な振る舞いをしていたというのに、まだ早苗は諏訪子が元の姿に戻してくれると信じていた。すべては神遊びで、結構本気な「ごっこ遊び」。だから最後の一線だけは絶対に越えないと思っていた。元に戻れることだけは確実だと思っていた。
諏訪子と戦って負け、彼女の眷属にされて人間の姿を取り戻す。戦ってあげることで彼女のツキモノを落としてなだめ、正気に戻す。
そのはずだったのに。
諏訪子を元に戻せても、自分はもう現人神には、‥‥人間には、戻れない?
「そん、な‥‥‥‥」
ここに来る前、早苗は万が一、そうなっても、良いと思った。
自分は神様に使える風祝だから。蛇になって、神様を満足させるために、倒されるためだけに喧嘩をしに行く生け贄役。1年神主。その役目ができるのは、私だけだから、と。
覚悟は、できていると思っていた。
しかし二度と人間には戻れないという、現実になってしまった最悪の状況は、早苗の余裕も、覚悟も簡単に奪い去った。視界がゆがむ。地面が回る。早苗は顔を青く染め、震える両手で頭を抱え込んだ。
その表情を見て、諏訪子は腹を抱え、残酷に、嬉しそうに、笑い声をあげた。
「あはははは!いいよ!いい顔するねえ!”元”早苗ちゃん!そういう顔お姉さん大好き!」
「あ‥‥ほ、んとに、私‥‥もう、このままなんだ‥‥あは、ははは」
「早苗さん!早苗さん!しっかりして!早苗さん!聞いちゃだめだ!この人ウソを言ってる!動揺しないで!大丈夫、元に戻れるから!早苗さんは風祝なんだ!巫女なんだからね!」
「あっはっは、必死ですねえ、椛」
「黙れ鴉!」
「おお、こわいこわい」
茶化す文を怒鳴りつけ、椛はなんとか早苗の気を持たせようと、必死に声を出しながら彼女を揺さぶり、励ます。小傘は早苗と同じように顔を青く染め、立ちつくしていた。
そんな動揺する彼女らに、諏訪子がさらに無情な追い打ちをかける。
「は?‥‥風祝?人に戻れる?あははは、無理無理。こんな”バケモノ”にもう風祝なんかできないって。とっくの昔にミシャグジなんだよ?この子。せいぜい地面を這いつくばって、人間を食うくらいが関の山さ」
「――――!」
――――バケモノ―――― 信じる神から突き付けられた残酷な言葉。その言葉を聞いた瞬間、早苗の中で最後まで必死に人の心を保っていた”現人神の東風谷早苗”が、あっさりと力尽きた。
ざわり。音を立てて、早苗の鱗が、うごめく。
動揺し、大きく揺らぐ彼女の心が、急速にミシャグジに浸食されていく。
「ばけ‥‥もの‥‥」
「違う!早苗さんは現人神だ!風祝です!今だって、こうして!貴女のために!」
「ったく。わかんない子だね。この子はもう化け物なの。最強最悪の祟り神。人間になんか戻れないんだよ?」
「で、出鱈目を!何のつもりですか!そんな‥‥人間に戻れないなんて、ウソ言って、早苗さんを動揺させて!」
「ウソなんか言ってないさ、椛。大体、動揺させてどうするの。ショック受けちゃってしおしおパー、みたいなそんな状態のミシャグジとなんかケンカしたくないんだよ、あたしゃ。」
「十分ショックを受けてるじゃないですか!矛盾してますよ!」
「余計なこと考えてほしくないのさ。”負けたら元に戻れるのぉ、アタシぃ”とかね」
「なあっ‥‥!」
「これを聞いて、怒りにまかせて掛かってくるもよし、絶望して心まで蛇に堕ちて襲いかかってくるもよし。あ、むしろそれ最高。
トドメ刺そうとしたときに、抵抗やめて仏様みたいな顔して両手を広げて、すべてを受け入れます、みたいなことされたら最悪だから」
「じゃあ、なんで一週間なんて嘘を!」
「呪いの効きが弱くても嫌だし、効きすぎて完全に野生の蛇になっちゃっても面倒だし、何しろ言葉が通じないんじゃあ、こんなふうに嬲る楽しみが無くなっちゃう。ほどよくミシャグジになったころあいで来てほしかったの。言ってみりゃ熟成加減だね。漬物と同じだよ」
「あなたは、あなたって、神は、どこまで――――!」
「最悪?下衆?ひひひ。なんでもいいよ。勝手に怒ってな、椛」
救うべき対象は早苗だけではない。諏訪子もまた、早苗と同じように元に戻してあげなければいけない存在で、そのために自分たちはここに居て、そのために諏訪子と喧嘩をしようとしている。それは、分かっている。
しかし、諏訪子の言動は、そのことを椛の頭から忘れさせ、激怒させるくらい、邪悪なものに成り果てていて。
怒りと悲しみで泣きそうになりながら、椛はまだニヤニヤと笑っている鴉天狗達に向かって怒鳴った。
「射命丸!姫海棠!あなた達、これを聞いてまだその神に付くんですか!」
「ええ。当然。理由もさっきお話ししましたよね?申し訳ありませんが、私達も命は惜しいですから」
「っ――――!」
「毒と危ない首輪付なのよ?私達。無茶言うなし。ま、ちょっと早苗ちゃんかわいそうな気もすっけどねー。もう、なるようにしかならんでしょ」
「この、外道共‥‥!」
「‥‥外道って。‥‥そうねえ。外道ねえ。お互い天狗道に堕ちた身でいまさら何言ってんのさ、もみもみ。アタシら最初から『外道』だし」
「そうじゃない‥‥はたて、そうじゃないでしょう!こんな‥‥!」
「オオカミってホント情に厚いわよねえ。ああ、暑っ苦しい」
「文殿‥‥!」
どこまでもドライな鴉天狗達の言葉に、椛は歯ぎしりをする。はたての言うとおり、椛は無茶を言っているのだ。邪神に逆らった瞬間、彼女は躊躇なく指を鳴らし、鴉天狗達の心臓は溶け、首は刎ね飛ぶだろう。
どうしようもない状況に、唸り声をあげて睨むしかない椛を、邪神はケタケタと笑い声をあげて嘲笑った。
「話は終わりかい?椛。あれあれ。小傘はなんか言いたそうだねえ。ふふん。『元の諏訪子様に戻ってください』なんてお馬鹿な台詞でも吐くつもり?あら、図星?ひっひ。今にも泣きそうな顔してさぁ。ほおら、泣いてもいーんだよぉ?泣き虫お化けさぁん?」
「‥‥ふん。もう、戻んなくていいよ。諏訪子様。早苗を捨てた、あなたなんか」
「違うよう」
「違わない。捨てたんだ。早苗を捨てて、蛇を選んだんだ。‥‥許さない。捨てられるものの恨み、思い知らせてやる。覚悟しな」
小傘も、椛と同じだ。早苗と共に助けるべき諏訪子の言動に、怒りに我を忘れていた。小傘は目尻に浮かんだ涙を袖で拭うと、諏訪子を睨みつけて啖呵を切った。
そんな彼女の姿を見て、諏訪子は満足そうに舌なめずりをする。
「覚悟しなってか。けけけ。強い子だ。うふ。いいよいいよ。怒れ、皆もっともっと怒れ。ケンカだケンカ。容赦なんかしてくれるなよう」
「言われなくたって」
普段の小傘はそこに居なかった。陽気で愛嬌を振りまいていたはずの愉快な唐傘お化けは、今は祟りをまき散らしそうなどす黒い空気を身にまとい、諏訪子を睨んでいた。
そんな小傘の様子を見て、椛の頭が、ほんの少しだけ冷静さを取り戻す。――――だめだ、このままじゃだめだ。このまま、怒りに飲まれたら、私たちは早苗さんも諏訪子様も救えないまま、殺しあうことになる!それだけはダメだ!
「‥‥小傘。忘れないでね。私達がここに居る理由。大丈夫?」
「椛‥‥!わかってる、分かってるけど!」
「無駄なことはおよしよ、椛。みんなでケダモノになろうよ。敵も味方もなくなるくらい、頭ん中もぐちゃぐちゃになって、皆で血みどろのケンカをしようよう」
「‥‥お断りです」
「ひひひ。真面目な狛犬だね。だけど、耐えられるかな?私ら祟り神”二匹”の瘴気を吸って、平静でいられるとでも思っているのかい?あははは!」
「‥‥」
「椛‥‥」
「じゃあ、皆の話も終わったみたいだし、そろそろ始めようか、早苗」
「‥‥‥」
「いつまでも頭抱えてないで思いっきり掛かっておいで。ミシャグジちゃん」
諏訪子はねっとりとした声で早苗に話しかける。彼女の顔に描かれた赤い呪術的な模様が、その幼い体つきに似合わない妖艶な表情に合わせ、不気味にゆがむ。
うつむいたままの早苗は、ゆっくりと頭を抱えていた手をおろした。
「す‥‥わこ、様」
「なあに?」
「‥‥リクエストを、聞いてあげます」
「ん?」
早苗が、顔を上げる。
その瞳は普段の金ではなく、真紅に染まっていた。諏訪子の使役するミシャグジのように。
「わあっ!?」
「早苗‥‥!?」
尋常ではない早苗の瞳の色に、椛が、小傘が慌てる。
射命丸とはたても一瞬真顔になり、「うわっ」とおののいた。諏訪子だけが、ニヤついていた。
「早苗?!待って!“そっち”に行っちゃダメ!」
「早苗さん!?だめ!だめです!堕ちないで!早苗さんは現人神なんだ!ミシャグジ様じゃない!」
「‥‥良いんですよ、小傘さん、椛さん。もう」
すがりつく椛を早苗は白い腕で押しのける。真っ赤な瞳を、獲物に向けたまま。笑顔で。
その赤い目の端からは、一筋、涙の跡が伸びていた。おぞましく笑みの形に歪んだ、頬に沿って。
「リクエストを聞きましょう。どこから喰われたいですか」
「どっからでもいいよっ」
「‥‥わかりました。じゃあ、そのウザったらしい舌から頂きましょうか。よく動くその舌を。その忌々しいお喋りを出来なくしてやりましょう」
「上等。じゃあ、アタシはそのお手手からもらおうかね。蛇には手なんかついてないもん。まずはミシャグジにふさわしい恰好にならなきゃ。ね」
「へえ。私の腕を千切ると?」
「うん」
「‥‥上等です」
全く迷いもなくその残酷な台詞を吐く彼女の顔は、早苗と同じように、楽しそうに、ひどく楽しそうに歪んでいた。
風がようやく黒雲を散らした。満月の明かりが神社に差し込み、対峙する荒神達を照らす。幻想的な静寂が、神社に満ちる。
早苗は目を閉じ、しゅう、と深く息を吐く。いま、胸の内で激しく沸き立っているのは、諏訪子を食い殺したいというミシャグジとしての感情。諏訪子に化け物との烙印を押され、動揺し、なけなしの理性はあっという間にミシャグジに浸食された。
閉じた瞼の裏側で、ぐるぐると赤い色が渦を巻く。
「あ‥‥」
早苗の、閉じられた赤い目が、幻を映し出す。
彼女の目の前には、鎌首をもたげて早苗を見下ろす、巨大な白い蛇がいた。
早苗の耳に蝉の声が聞こえてくる。
いつかの夏の空が、満月の浮かぶ夜空を塗りつぶした。
『ごめんなさい』
悲しげな白い蛇の声。少女のようなあどけない声。
早苗は、声もなく、尻尾をくねらせてするすると白い蛇に近づく。
白い蛇は、遠慮がちな黒い瞳で、早苗を見つめていた。
『ごめんなさい』
「‥‥ミシャグジ様?」
近づき、自分を見上げる早苗を見つめながら、白い蛇が再び悲しげな声を出した。
白蛇の周りには、色々なものが散らばっていた。
赤いランドセル。ケータイ。絵本。参考書。愛用の大幣。好きだった小説。
それは、早苗の、思い出たち。“現人神の、東風谷早苗”。
それらは皆、噛み跡が付き、どこかしら食いちぎられ、欠けて、転がっていた。
『ごめんなさい』
白い蛇の口から、紙の束が落ちた。切れ端となった、アルバムだった。
『あなたを、食べてしまった』
『‥‥』
『返事も、聞いていないのに』
『‥‥』
‥‥返事。あの夏の日、小さな白い蛇から受けた、“プロポーズ”の返事。
そういえば、私は笑って返事をしなかったな。
足元にはらりと舞った、アルバムの切れ端。それは早苗の記憶の象徴。表を向いた切れ端には、笑って白い蛇を撫でる、幼い早苗が写っていた。
『守矢の神の術に、負けてしまいました。私は、我を忘れた』
『‥‥』
『気が付いたら、あなたを食い散らかしていた』
『‥‥』
『もう、“あなた”しかいない。洩矢の神の術は、強い。まだ消えていない。このままでは、いずれ私は“あなた”も食い殺してしまう。でも、私は、“あなた”を食べたくない。‥‥消し去りたく、無い』
静かに自分を見つめる早苗の姿を、見つめ、白蛇は消え入るような声で言った。
彼女が喰い散らかしたのは、早苗の現人神という神性だ。残っているのは、早苗という存在。早苗が身にまとった現人神という神性が喰い尽くされ、早苗の存在のみが、裸の状態で残されている。そこに今、白蛇という神性が巻き付き、侵食しているのだ。
そして、諏訪子の呪いによって、白蛇は自分を抑えられなくなり、巻き付いた早苗という芯の部分まで、喰い尽くそうとしている。呪いをかけられたのは、早苗ではなかった。彼女に憑いた、白蛇の方だったのだ。
『お願いです。どうか、お願いです。―――私の、お嫁さんに、なってくださいませんか?』
「‥‥」
『‥‥もう、大分あなたを食べてしまった。私のお嫁さんになってくれれば、せめて、あなたの姿だけでも、残せるかもしれない。おねがいです。私と一緒になってください。あなたを喰い尽くす前に。手遅れに、なるまえに』
泣きそうな、必死な声。早苗は、鱗に覆われた自分の手や体を見下ろした。もう、手のひらも、白く染まっている。ゆっくりと触った頬にも、鱗の感触がある。じわじわと、鱗は最後の残った早苗の体の部分を覆ってゆく。
ああ、いよいよ自分は、人間に戻れないところまで来たのだな。早苗は、白く染まった自分の体を眺めて、ぼんやりと思った。
この白蛇は、早苗を助けたいというのだ。完全に早苗という存在を喰い尽くして、ただの白蛇として存在するのではなく、「白蛇の早苗」として、共に居ようと。
彼女の言う、「お嫁さん」という言葉に他意はなかったのだ。
――――私を、助けたいとか。‥‥なんか、調子くるうなぁ。優しすぎますよ、あなた。洞窟で、私に乗り移って狸を怒鳴り飛ばしていたあなたはどうしたんですか。
何とも頼りない顔をする白蛇の表情に、早苗は神奈子を思い出し、苦笑した。そして、申し訳なさでいっぱいで、涙でうるんでいる蛇の瞳を見つめると、静かに首を縦に振った。
『‥‥良いですよ。お嫁さんに、なってあげます』
『!』
早苗は、優しく白蛇に返事をする。そして静かに腕を伸ばすと、白蛇の体を優しく抱きしめた。
彼女の体は、暖かった。
『ただし。一個だけ、質問があります』
『は、はい』
『なぜ、いきなり私を蛇にしたのです?なぜ、私の返事も聞かずに、“わたし”を齧っちゃったんですか?』
『あ、あの、それは』
『けっこう、びっくりしたんですよ?』
白蛇の表現に倣い、早苗は「齧る」という表現を使って、白蛇に、自分を蛇にした、自分に取りついた理由を聞いてみる。
早苗はにたりと笑って、べろべろと長い舌を出して上を見上げ、白蛇様に見せつける。彼女は困ったように首をかしげ、ぐいぐいと頭を振った。
『ずっと、貴女を探してて。よ、ようやく、貴女を見つけたのがうれしくて、絶対に放すもんか、って、おもったら、つい』
『齧っちゃったんですか』
『‥‥はい』
『‥‥外の世界から、私を追いかけてきたのですか』
『は、はい』
『あのときの、返事を聞きたくて?私を、お嫁さんにしたくて?』
『はい』
『気持ちはわかりますけどね。せっかちさんは嫌われますよ?』
『‥‥ごめんなさい』
『ましてや、あの時の私は小学生ですよ。十歳ですよ。お嫁さんには早すぎです』
『洩矢の神が、私たちのお嫁になった時と、同じ歳まで待ったんですが‥‥ご、ごめんなさい』
しゅん、とうなだれて頭を下げる白蛇の姿は、無邪気な子供、そのままで。
――――何か、彼女が重大なことを言ったような気がしたが、早苗は気に留めなかった。今の自分と、諏訪子を見ていれば、それは当然予想がつくことだったからだ。
『いいですよ‥‥』
目を閉じ、白蛇の腹に顔をうずめて。優しい声と一緒に、早苗の白い体が白い蛇に絡み付いてゆく。
白蛇の「お嫁さん」になったそのあと、一体自分は何になるのか。なってみないと、分からない。でも、たぶん、きっとそれは「早苗」ではないだろう。そんな予感がした。
閉じられた早苗の目から、涙が落ちた。それは別れの涙。今までの自分という存在への、別れの涙。
幻の中で早苗に抱きしめられる白蛇も、涙を流していた。
涙を流す二匹の白蛇は、蝉の声降りしきる夏空の下で、らせんの様に絡み合った。
白い光が爆発していく。二匹の体が、光に照らされ、太陽のように輝きだした。
――――幻の光の中で、早苗と白蛇は、絡み合ったまま、ゆっくりと光に包まれていった。
「これが、最後の、お勤めです‥‥」
目を閉じていた時間は、一瞬だった。目の前に立つ諏訪子は、あのぎらぎらとした目で、まだ早苗を見ていた。
今にも諏訪子にとびかかりそうになる体を懸命に抑え、早苗は舌を垂らし、よだれを零しながら、ゆっくりと赤い目を開いた。
自分が無くなるその前に、最後の言葉を振り絞って”神楽”の開始を告げるために。
そして、恐ろしいミシャグジとして、憎き洩矢の神を食い散らかすために――――!
「覚悟しなさい、諏訪子様‥‥!」
「おう!」
「叫べ!泣き喚け!甘い血をまき散らし、臓物を食い尽くされてむごたらしく死ね!洩矢神!」
「ほざけ!その純白の体を真っ赤に染めて、私の足元に無様に這いつくばりな!幼く愚かなミシャグジが!」
「早苗」の最後の言葉は、おぞましい口上に使い切った。彼女の頭は、すでに、何かを考えることすらおぼつかない。朦朧とする意識の中、早苗は大事なものたちに、胸の内で涙を流して別れを告げた。
‥‥さようなら、みんな。さようなら、諏訪子様。神奈子様。‥‥さようなら、「わたし」――――!
「ぐ、う‥‥!」
「早苗?早苗!どうしたの!ねえ!」
「う‥‥うああ、ああああ!」
早苗が、突然呻きだした。
小傘の悲鳴のような呼びかけにも答えず、頭を襲う激しい痛みに、彼女は涙を流して絶叫する。頭に焼け火箸を突き込まれ、脳を直接かき混ぜられているかのような痛みに、白蛇の少女は白い髪を振り回して頭をかきむしり、絶叫した。
「うああああああああああ!あああ‥‥あああ!」
「早苗!いやだ!戻って!戻ってきて!早苗!」
「早苗さん!早苗さん!」
「‥‥ひどいもんだね。これは。ねえ、はたて」
「あんたがそんなセリフを吐くくらいにね」
「うわああああああ!」
天を仰ぎ、涙を流して絶叫する早苗。彼女にすがりつき、必死に悲痛な呼びかけを続ける小傘と椛。まるで死に際のような凄惨な光景に、さすがの射命丸も顔をしかめる。はたても、同じように顔をゆがめ、消えゆく“早苗”の断末魔を苦苦しげに聞いていた。諏訪子だけが、ニタニタと笑っていた。
「あ‥‥」
「早苗!?」
突然、早苗の絶叫が止まり、彼女の赤い目から、光が消えた。
そして、ぷつりと糸が切れたかのようにうなだれた少女が、再び顔を上げたとき。
「‥‥‥シィィィィ‥‥」
「!?」
彼女は、もう、ヒトの言葉を覚えていなかった。
「さ、早苗?早苗!」
ここに居るのは、一匹の白蛇。
「早苗さん!」
ミシャグジ様と交わった、東風谷早苗の、なれの果て。
――― しゅぅぅぅぅ!
「さ、早苗‥‥いやだ、いやだ!早苗!!‥‥きゃあ!」
「小傘!」
変貌した早苗にしがみついた小傘だったが、早苗は鬱陶しげに腕を振り、小傘を払い飛ばした。
悲痛な小傘の声をかき消すように、赤い目をぎらぎらと光らせた白蛇の少女の咆哮が境内に轟く。それを聞いた洩矢の神が、目を剥いて笑いだした。
「――――は、ははは!堕ちた!とうとう堕ちた!あははは!あはははははは!待った、待ったぞ!洩矢の神遊びの再来だ!さあさ楽しませておくれ!目いっぱい楽しませておくれ!楽しい楽しい神楽の始まりだ!供える神酒には我らの血を!囃子の笛には我らの悲鳴と咆哮を!骨打ち据えて鉦鳴らし、岩踏み砕いて鼓を鳴らすぞ!あな楽しや!神遊びだ!」
涙が一粒、諏訪子の頬を伝う。それは神遊びの再来に対する感激の涙か、それとも邪神と化した彼女の、最後の良心のひとかけらが、早苗を化け物に堕としてしまったことに対する悲しみから流したものなのか。その涙はすぐに流れ落ちたために、誰の目にもとまることはなかった。
―― シィィッ!
「そら来い!喧嘩だ!」
「さな、え‥‥」
「さあて、はたて嬢、いくわよ」
「ここまで来たらやるしかないね!まずはあの子からかなぁ?」
「小傘!立って!鴉が来る!」
耳まで裂けそうなくらいに、大きな口を開けて諏訪子に飛び掛かる早苗の姿を、呆然と見つめる小傘。椛は彼女の前に走り出で、鋭い爪を光らせ牙を剥く。そして狼達から授かった刀を逆手に構えると、小傘に向かって今にも飛び掛かってこようとする烏天狗達に向かって吠えた。
「さあ掛かってこい!その粗末な翼毟ってやるわ!腐れ外道の鴉共!」
「四つ足が言葉を話すなんて生意気ねえ!犬っころ!私達と同じように首輪嵌めてもらって繋がれてなさい!」
「やれるものなら!小傘行くよ!こいつらぶちのめして、神様もぶちのめして、早苗さんを絶対に戻すんだ!現人神に!人間に!ついでに諏訪子様も!」
「う、うん!」
早苗は、ミシャグジ様になった。もう、早苗に言葉は通じない。諏訪子が早苗を元に戻してくれる保証もない。でも、椛は吠えた。早苗を元に戻すと。早苗が人外に堕ちる凄惨な光景を目の当たりにして、くじけそうになる心を保つためには、今の彼女にはそれしかできなかった。
小傘も椛に応え、涙を拭いて立ち上がる。そして、飛び掛かる烏天狗達を睨み付けた。
「不法投棄物(ゴミ)はそれらしく風に吹かれて転がってなって!諏訪子様の邪魔しちゃだめだよ!今すぐ吹き飛ばしてあげるわ!」
「ふん!聞いておどろけ見ておどろけ!こちとらゴミはゴミでも心あるゴミ!風に吹かれりゃ鴉もつつく!雨に打たれりゃ蛙も叩く!一つ目紫なすび傘、くるりと回しゃあ蛇の目傘!あたって驚け!うらめしや!」
はたての挑発に小傘は、里で舞台を開いている大衆演劇一座の二枚目のように、くるくると化け傘を回しながら見得を切る。そしてすらりと傘をたたんで腰だめに、抜身の刀のように構えた。
その様子に、先ほどまでの怒りに囚われた彼女の姿はない。椛は安心する。――――よし。いつもの小傘だ―――― と。
『いざ!』
白蛇に仕える狛犬と巫女の声が唱和する。空を舞う白蛇が吠え、迎え撃つ祟り神と鴉の顔が楽しそうに歪む。
満月が照らす神社の境内で、ついに神楽が始まった。
それは、とっても激しくて、ちょっぴり残酷な、むかし、むかしの、物語。
洩矢の神の、神遊び――――
続く。
早苗さん...どうなってしまうんだ...!
完結まで楽しみにお待ちしております。
……いや書いてください。
ここで続きかよwww
せっかく完結だからと一番最初から四時間以上かけて
読み直して来たのにwww
前書き...先に読んどきゃよかったorz
次回も期待してます!300kbくらいありゃ嬉しいなーっと。
正直な感想を言わせて頂きますと非常にテンポが悪く感じました。
ついに決着という最重要場面に向かい展開が加速するのかと思えば
さして重要でもない宴会シーンが延々続き、
やっと諏訪子と対面したかと思えば肝心の決着は次回へ持ち越しという
引き伸ばし展開にはうんざりしました。
さらに物語の核であるはずの呪いの制限時間や早苗とミシャグジの関係も
ずいぶんあっさり解決したなという印象を受けました。
楽しみにしてたシリーズだけにとても残念です。
だが、それが良い
上でも言われている通り、ここまで来たんだ、最後まで存分に舞いきってくれ
見得切ったんだし、文字通りどんでん返しが来る…よね?(チラッチラッ)
ここまでくりゃあ男は度胸、どんだけ待っても待ち通し、読み尽くしてやるからいくらでも書けってんだべらぼーめ!
ここまでやって、大団円に落とせたら、ホントに大したもんですぜ、期待しとりますよ!
ここまできたからには最後まで書ききって欲しかった
残念
次回の伏線の回収も非常に楽しみに全裸待機させてもらいます。
すっかりこの話でこのシリーズが終わると思って読んでいたのに……orz
消化不良でモヤモヤするぅぅぅぅぅ!
これ以上は半年と待てんぞ!作者よ!
いくらでも待ってますから、思いっきり全力でやりたいように書いちゃってください!
完結したら誰かマンガにしてくれねーかな…
ずるずる引っ張られて、もう自分は限界だ!!うあああああ!!次回作待ってますね。
完結、待ってますよー。
完結待ってます!
読んでいるだけで光景が目に浮かぶあなたの作品が大好きです!何時までも待ってますよ!