人の来ない境内では、落ち葉が秋風に誘われて舞っている。
私は縁側でなんとはなしにそれを眺めていた。
傍らには、穂先が散り散りになってしまった竹ぼうき。そろそろ買い換えなければと思いながらも、町へと降りる予定が延び延びになっているので、そのままだ。
もう少しすると、山頂に手をかけた夕陽が、一息で姿を隠してしまうだろう。
起き抜けに触れる手水の冷たさや、時折、どこかから吹き抜けるすきま風、そして暮れてしまう陽の短さに秋の気配を感じてしまう。
紅葉に染まる山肌が、明日になれば唐突に、桜の花びらでいっぱいになってしまうこともありえないことはないけれど。
「とりあえず、今日のところは……」
どうやら、もの悲しさを運んでくれる季節らしかった。
赤茶けた風景に囲まれながら、まるでそうしなければならないかのように促されて、私は竹ぼうきを手に境内へ。
慎重に、落ち葉を踏みつけないように。
もっとも、参拝客の少ない神社はそれでなくとも騒がしくなることはない。
あたりには竹ぼうきが地面を撫でる音と、かすかに揺れる落ち葉。
それに戯れるような私と、私の足元から伸びる長い影と。
それと――……
それだけ、だった。
「――よぉ、あいかわらず忙しくしてるのか」
「見れば、わかるでしょう」
鳥居の上からまほう使いの声がする。
箒にまたがり空を飛ぶ姿は、そうとしか形容しがたい。
本人もそれを意識しているのか、いないのか。全身が覆われてしまいそうなつば広の三角帽子、足元まで届きそうな真っ黒なローブが普段着だ。
私が着ている紅白の衣装のようなものか、とも思う。
そうしたいわけではなく、そうしなければならない、というわけでもなく。
ただ、そう在るだけなのだろう。
彼女がまほう使いとして在るように。
私が巫女として在るように。
「焼き芋でもしようっていうのか?」
境内から掃き集めた落ち葉の山を気にしながら彼女が尋ねる。
「食べ物のことばかり気にかけるのね、あんたは」
「食べることは大事だぜ。なんたって死んだあとでも飲み食いしてるやつもいるんだ」
「もっと、他にもあるでしょう」
まぁ、そりゃそうだ、と呟きながら境内へと彼女が降り立つ。
「あーあ、今日、はじめての参拝客があんたなんてね」
「この時間に? そりゃ……、なんか……、いろいろと問題がありそうだな」
「いつものことよ」
「それもそうか、ってここは納得して良いところだよな?」
「そうね、残念ながら」
覗き込んだ賽銭箱はからっぽのまま。
確認作業でしかないけれど、わずかばかり気落ちしてしまう背中に、彼女は容赦なく声を投げかける。
「はじめての参拝客ってことは、なにか特典があるんだろう?」
「ほどほどに甘くない和菓子くらいなら」
「それで充分」
彼女は満足そうに頷いた。
その様子を見て、私は不意に思い出したことを口にする。
「今度、町へ降りましょう」
「なんだ、買い物か?」
ちょっとね、と、私は手にした竹ぼうきを突き出した。
彼女はめずらしいものでも見るようにしながら、柄の部分から穂先を撫でつける。
そうして自分の手にしていた箒と見比べては、なんどか頷いたのちに、
「良かったら、これと換えてやろうか」
「……え?」
「ちょうど、こんな風合いの、すすけた竹ぼうきが欲しかったような気がしてさ」
と、私の手から竹ぼうきを奪い取り、自分の箒を私に押しつける。
「よっ、と……、やぁ、これはいいな。さっそく試してみたい気分だぜ」
そう嘯きながら、竹ぼうきにまたがる彼女。
両の手で柄の部分をしっかりと握りしめ、暴れ馬を押さえ込むようにしながら。
いつもの流れ星のような速度に、ちっとも追いつくことはできそうもなく。
時折バランスを崩す度に声をたて、ふらふらと頼りなさそうに空を舞う。
あれできっと、なんでもない、ということを装ってでもいるのだろう。
「なぁ、霊夢。そろそろお茶の時間だぜ」
静けさは美徳だ、と誰かが言っていた。
普通の人が訪れることのない社には、その言葉こそがとても似つかわしく思えた。
けれど、それでも私はこの騒がしい時間を嫌いにはなれなかったから、
「……そうね、魔理沙」
それだけ答えて境内を後にする。
おい、待てよ、とかけられた声には振り向かなかった。
さっきまで一人きりだった影法師。
頭のあたりには、寄り添うようにもう一人。
それが、そのことが。
なんだかとても、くすぐったくて。
私は縁側でなんとはなしにそれを眺めていた。
傍らには、穂先が散り散りになってしまった竹ぼうき。そろそろ買い換えなければと思いながらも、町へと降りる予定が延び延びになっているので、そのままだ。
もう少しすると、山頂に手をかけた夕陽が、一息で姿を隠してしまうだろう。
起き抜けに触れる手水の冷たさや、時折、どこかから吹き抜けるすきま風、そして暮れてしまう陽の短さに秋の気配を感じてしまう。
紅葉に染まる山肌が、明日になれば唐突に、桜の花びらでいっぱいになってしまうこともありえないことはないけれど。
「とりあえず、今日のところは……」
どうやら、もの悲しさを運んでくれる季節らしかった。
赤茶けた風景に囲まれながら、まるでそうしなければならないかのように促されて、私は竹ぼうきを手に境内へ。
慎重に、落ち葉を踏みつけないように。
もっとも、参拝客の少ない神社はそれでなくとも騒がしくなることはない。
あたりには竹ぼうきが地面を撫でる音と、かすかに揺れる落ち葉。
それに戯れるような私と、私の足元から伸びる長い影と。
それと――……
それだけ、だった。
「――よぉ、あいかわらず忙しくしてるのか」
「見れば、わかるでしょう」
鳥居の上からまほう使いの声がする。
箒にまたがり空を飛ぶ姿は、そうとしか形容しがたい。
本人もそれを意識しているのか、いないのか。全身が覆われてしまいそうなつば広の三角帽子、足元まで届きそうな真っ黒なローブが普段着だ。
私が着ている紅白の衣装のようなものか、とも思う。
そうしたいわけではなく、そうしなければならない、というわけでもなく。
ただ、そう在るだけなのだろう。
彼女がまほう使いとして在るように。
私が巫女として在るように。
「焼き芋でもしようっていうのか?」
境内から掃き集めた落ち葉の山を気にしながら彼女が尋ねる。
「食べ物のことばかり気にかけるのね、あんたは」
「食べることは大事だぜ。なんたって死んだあとでも飲み食いしてるやつもいるんだ」
「もっと、他にもあるでしょう」
まぁ、そりゃそうだ、と呟きながら境内へと彼女が降り立つ。
「あーあ、今日、はじめての参拝客があんたなんてね」
「この時間に? そりゃ……、なんか……、いろいろと問題がありそうだな」
「いつものことよ」
「それもそうか、ってここは納得して良いところだよな?」
「そうね、残念ながら」
覗き込んだ賽銭箱はからっぽのまま。
確認作業でしかないけれど、わずかばかり気落ちしてしまう背中に、彼女は容赦なく声を投げかける。
「はじめての参拝客ってことは、なにか特典があるんだろう?」
「ほどほどに甘くない和菓子くらいなら」
「それで充分」
彼女は満足そうに頷いた。
その様子を見て、私は不意に思い出したことを口にする。
「今度、町へ降りましょう」
「なんだ、買い物か?」
ちょっとね、と、私は手にした竹ぼうきを突き出した。
彼女はめずらしいものでも見るようにしながら、柄の部分から穂先を撫でつける。
そうして自分の手にしていた箒と見比べては、なんどか頷いたのちに、
「良かったら、これと換えてやろうか」
「……え?」
「ちょうど、こんな風合いの、すすけた竹ぼうきが欲しかったような気がしてさ」
と、私の手から竹ぼうきを奪い取り、自分の箒を私に押しつける。
「よっ、と……、やぁ、これはいいな。さっそく試してみたい気分だぜ」
そう嘯きながら、竹ぼうきにまたがる彼女。
両の手で柄の部分をしっかりと握りしめ、暴れ馬を押さえ込むようにしながら。
いつもの流れ星のような速度に、ちっとも追いつくことはできそうもなく。
時折バランスを崩す度に声をたて、ふらふらと頼りなさそうに空を舞う。
あれできっと、なんでもない、ということを装ってでもいるのだろう。
「なぁ、霊夢。そろそろお茶の時間だぜ」
静けさは美徳だ、と誰かが言っていた。
普通の人が訪れることのない社には、その言葉こそがとても似つかわしく思えた。
けれど、それでも私はこの騒がしい時間を嫌いにはなれなかったから、
「……そうね、魔理沙」
それだけ答えて境内を後にする。
おい、待てよ、とかけられた声には振り向かなかった。
さっきまで一人きりだった影法師。
頭のあたりには、寄り添うようにもう一人。
それが、そのことが。
なんだかとても、くすぐったくて。