カリカリ、カリカリ。
さわさわ、さわさわ。
作業机にかぶりつき、翌日に配達する(ばらまく)ための新聞の記事を書き起している私の後ろで寝ころび、
私たち烏天狗が空を飛ぶ上で欠かせない、また最速で現場へ直行する為の、私の自慢の羽をいじくり倒しているのは、
私たち天狗が最も警戒する夜のこの山に、無謀にも単身で忍び込んだカラスにはあるまじき白黒の「おい」
「なあに?」
「そのカラスって私の事か?」
その白黒こと魔理沙は、む、とした顔でこちらを睨む。
睨む、というほどの怒気は含まれていないが。いや、小さじ一杯ほどは含まれているか。
「だってあんた、実際こないだカラスになってたじゃない。」
確か里で異変が起こった時だったか。
記事のネタ集めに同場所にいた時に、突然特徴的なとんがり帽子を身につけたカラスが
私の元へ飛んできた時は、さすがに吹き出してしまった。
「あれはマミゾウに化かされたんだよ!」
そう言ったあと、口をへの字に曲げ頬を膨らます。同時に羽を触る手に若干力が入るのを感じた。
マミゾウ……、二ッ岩マミゾウと言ったか。
人を化かすことを生き甲斐にする妖怪狸。だが彼女はその中でも指折りの実力を持つ、いわゆる『親分』だ。
その腕は、かの博麗の巫女すらも欺くと言う。
異変解決のサポートをした際に対峙した、覚り妖怪とのやり取りの時といい、
どうにも博麗の巫女は、視覚や精神などの内側に関する力に対しては一切ノーガードのようだ。
もっとも、双方とも直接的な攻撃性が無いため、彼女自身がオールスルーしている可能性もあるが。
と、ペンをくるくるとまわしながら考察に脳を回転させていた時、
突如背中の辺りにちくちくとした痛みを感じた。
「ちょ、いたっ、痛い!痛いってば!」
手に持っていたペンを落とし振り返ってみると、
魔理沙の、私の羽を持つ手が力任せに握り締められていた。
数本の羽毛がその手の内にあるのにもかかわらずだ。
私はその手を慌てて振りほどいた。
「もう!抜けちゃったらどうするのよ!」
この歳で禿げるとかシャレにならない!
「歳って、私たちからすればお前もいい歳を通り越して骨董品か化石レベルじゃないか。」
「天狗の中ではまだまだぴちぴちの現役なの!というか心を読むな!」
振りほどかれた手を放り出し、にしし、と笑いを浮かべながら失礼なことを言ってのける魔理沙のおでこにげんこつを一つ落とす。
乙女になんてことを言ってくれるんだこの白黒は。
「私だって今を生きる乙女だよ。」
「だから心を読まないでよ。」
まったく、このカラスには油断も隙もない。
私は新聞記事の製作に戻ろうとした。
……のだが。
「もー、暇、暇、暇ああああ!いつまでここにいればいいんだよー!」
このカラス、夜中だというのによく鳴きよる。
おまけにこのところのネタ不足もあってか筆が全くすすまない。
はあ、とため息をつき、魔理沙の方に向く。
「もう、そもそもあんたが悪いのよ?
こんな満月の夜中という危険な日時にわざわざ私達の縄張りに忍び込んできて、
とっさに私の家に連れ込んだのは良いものの、いつ誰がここに訪れるか分からない時点でけっこうやばいって言うのに、
こんな月も真上で元気に輝いている時間に外に出てみなさい。
たちまち哨戒天狗に見つかってあなたは即粛清か縛られて拷問部屋行き。
私も匿った罪とかうざい理由をつけられて良くて身分剥奪、最悪あんた共々閻魔様のもとへ行く羽目になるのよ。」
幼子に論すように言うと、魔理沙は、う、と小さく唸り声を上げ、
ばつが悪そうに魔理沙の位置からは空に浮かぶ数多の星々が見えるであろう東の窓の方向に首を向けた。
「せめて夜が明けるまで待ちなさいな。」
魔理沙はふん、と鼻を軽く鳴らした。
まったく、困った子カラスだ。
私も魔理沙が見ている窓の外を見やる。
時刻は夜半を過ぎたところか。満月の光に当てられて、近くの木の葉は若干白くかがやいている。
まだまだ朝までは時間がかかる。
そう思った時、
我が家に近づく、なじみのある気配を感じた。
「魔理沙!隠れなさい!」
「え?」
「哨戒天狗が来るわ!早く!」
哨戒天狗、私たち天狗社会におけるいわば警備員的存在だ。
警備員といえど、その戦闘能力は凄まじく、私達の縄張りに一歩でも侵入する者が居れば、
腰に下げた刀で一刀両断、一度見つけた侵入者は決して逃さない。
私達烏天狗の家にも時折見回りにやってくる。
侵入者を匿う烏天狗が大昔に居たためだ。
まさかその者と同じ道を歩むことになるとは思わなかったが。
「隠れるってどこに!?」
「あそこに椅子のないデスクがあるでしょ!その下ならこのドアから見えないわ!」
私が指差した方向を見た魔理沙は、滑り込むようにデスクの下に隠れた。
魔理沙のお尻が完全に死角に隠れると同時に、ドアをノックする音が聞こえた。
「はーい!」
「哨戒天狗の犬走椛だ。深夜の見回りに来たので扉の鍵を開けていただきたい。」
まずい、椛……白狼天狗か。
白狼天狗、哨戒天狗の中でも指折りの実力を持つエリート中のエリートだ。
空だけでなく地上をも自らのホームグラウンドとし、加えてずば抜けた戦闘能力。
さらに千里眼の能力で、幾千里と離れた場所にいる標的をも捉える。
私ですら敵には回したくない存在だ。
「これはこれは、見回りごくろうさまです。」
「射命丸殿、夜分遅くに申し訳ない。しかしこれも決まりなのでな。」
「あやー、お気になさらず、私は別にかまいません。」
ポーカーフェイスポーカーフェイス……。
相手に気取られないように私はいつもの営業スマイルで応じる。
白狼天狗といえど、椛はまだ見習い。
私のように気配を感じ取ることは無理だろう。
「今日は満月の為、警戒を強化している。日が暮れてから、この近辺で異常はあったか?」
「いえいえ、私はここでずっと新聞記事の作成をしていましたが、
それらしい事は一切ありませんでしたよ?」
「ふむ、そうか、ならいい。」
なんとか気付かれずに済んだと、ほっと肩の力を落とす。
「ところで……。」
「はい?」
「先ほどから感じるこのニオイ……、人間のニオイか?」
ぎく、と途端に私の心臓と肩が跳ね上がった。
「あー……、今日は人里に取材に行きましてね、
帰ってきてそのままの状態で記事作成をしていた物で。……もしかしてニオイ気になります?」
平常心平常心。
私はくんくん、と服のニオイを嗅ぐ仕草をする。
「気になるな、それもかなりだ。ここは私達天狗が住まう場所。
みだりに穢らわしい人間のニオイを持ちこまないで頂きたい。」
「あはは……、申し訳ありません。」
セーフ、なんとか誤魔化せたようだ。
「まったく、烏天狗と言う者は俗に塗れた揚句、身だしなみも整えられないのか……。」
椛はぶつぶつと小さく文句をぼやく。
わざと聞こえるように言っているのかもしれないが、私に丸聞こえだ。
「今後は気をつけますので、今日ばかりはご堪忍を。」
そんな陰口――にもなっていないが――を無視し、
手を合わせて申し訳ない、と言った表情を作る。
そんな私の姿に椛は溜息をついた。
「まあ、いい。私にはまだ回る場所がある。今日のところはこれにて失礼させてもらう。
くれぐれも、気をつけるように。」
「はいー、善処いたします。」
もうわかったからさっさと帰れ。
そう言いたい気分を押し殺し、飛び立つために後ろを振り向いた椛に、私は顔を前に向けたまま軽くお辞儀をする。
「では失礼する。」
「お疲れ様でしたー。」
星々がらんらんと輝く夜空に飛び立つ椛を闇の中に消えるまで見送り、私はドアを閉め鍵をかける。
そして、
「もう出てきて大丈夫よー。」
隠れて震えているであろう――まあ、おそらくあの図太い性格的にあり得ないだろうが――魔理沙を呼ぶ。
しかし、いつまでたっても魔理沙は出てこない。
まさか本当に震えて涙目になっているのか?
私は魔理沙が隠れているであろうデスクの下を覗きに行った。
そこには、膝を折り曲げてそれを腕で抱えるように座る、いわゆる体操座りをする魔理沙が居た。
流石に涙目にはなっていなかったが、どうも気分が沈んでいるようだ。
「ほら、いつまでもそんな所にいないで、出てきなさいな。」
私は魔理沙に手を差し出す。しかし、それでも出てこようとしなかった。
「もう、どうしたの?」
まさか本当に怖気づいたんじゃ……。
普段の魔理沙からはあり得ない表情を見て、少し心配になってきた。
「いや、文がそんなに不潔だとは思わなくてな……。さっき羽を触っちゃったし。」
「さっき一緒にお風呂に入ったでしょうがっ!!」
前言撤回、心配して損した。
一応誤解しないで頂きたいが、一緒に入ったのは別にやましい理由があってのことではない。
どちらかが入っている時に先ほどのように哨戒天狗が訪れ、怪しまれるのを防ぐためだ。
決してやましい理由があってのことではない。大事なことなので二回言いました。
もっとも、風呂に入っている間に終始魔理沙は私の胸と自分の胸を見比べていたが。
まあ、まだまだ魔理沙も成長期だ。未来はある。……たぶん。
「あはは、冗談だよ。」
よいせ、と魔理沙はデスクの下から出てくる。
ふう、と私は軽く息を吹いたあと、記事の置いてある机に戻り、魔理沙も先ほどの位置で寝転んだ。
――――――
カリカリ、カリカリ、
カリカリ、カリカリ。
魔理沙はすっかりおとなしくなり、私も記事の内容がある程度煮詰まったため、
部屋にはペンの音のみが響く。
「なあ、文。」
しばらくして、魔理沙が口を開いた。
「なあに?」
「なんで文は……、いや、何でもない。」
言いかけて口をつむぐ魔理沙。
なんて言おうとしたのか気になり、もやもやするのは嫌なので聞いてみることにした。
「どうしたの?言ってみなさいな。取って喰いはしないから。」
「なんでそうなるんだよ……。いや、そうじゃなくてな、
なんで文は私の事を匿ってくれるんだ?」
なるほど、そう来たか。
確かに私は、この白黒カラスが私達の縄張りに忍び込む度に、ある時は木陰に、ある時は滝の裏の隠れ場所に、
そしてある時は今日のように私の家に匿っている。
いつもはとくになんの疑問も持たずされるがままだったのだが、
まあ、聞かれてしまっては仕方がない。
すこし言うには恥ずかしいのだが、この機会だ。言ってしまおう。
「魔理沙、托卵って知ってる?」
「たくらん?なんだそれは。」
「托卵っていうのはね、自らが産んだ卵の育成を、自分とは違う種の親鳥に任せる行為よ。
自分の産んだ卵を自分とは違う種の鳥の巣に持って行って、自分の子と思わせて育てさせるの。」
私達烏天狗の大元であるカラスは行っていないが、
カッコウをはじめとした多くの鳥類で見られる行為だ。
また、虫にも同様の行為を行う種がいるようだ。
「なんじゃそりゃ、自分で産んでおきながら面倒なことは他人に任せて自分は悠々自適ってことか?ひどい話だな。」
「まあまあ、これにはちゃんとした理由があるのよ。
托卵を行う種の親鳥は季節で体温が代わりしやすくて、安定した育成が難しいの。←※諸説あるとの事
だから自分より体温変化しにくい種に代わりに育ててもらうのよ。
それに卵をうまい事預けても、その種の親鳥に見破られて巣の外へ放り出されることだってあるわ。」
空を思うがままに飛びまわって、自由だなんだと言われている鳥だが、
鳥社会だって甘くはない。いつだって死と隣り合わせだ。
それは生まれる前の時点で始まっている。
「そっか……、大変なんだな。」
「そうね。でも、預けられた卵が孵った後は自分の子のように育てるの。
たとえ羽の模様が違っていても、自分よりも大きくなっても。
巣で口をあけるひな鳥には餌をあげたくなる本能だっていうのが通説だけど、私はこう思うの。」
――小さい頃から育てている間に愛着がわいて、自分の子供のように育てたくなる。
「……ってね。」
「え……。」
私の言いたいことに気が付いてくれたのか、
魔理沙は驚いたような目でこっちを見やる。
「最初は、ほんの気まぐれだったの。あまりにもあんたが無謀な事をするから。
でも、何回も匿う内に、だんだんあんたの事が放っておけなくなってね。」
私は魔理沙を起き上がらせ、背中に寄り添い、両手で上半身を抱えるように抱き寄せた。
「あんたがカラスになって私の所に飛んで来た時は笑っちゃったけど、
同時になんとも言えない気持ちになったわ。
まるで、巣立ち前に親鳥である私と一緒に飛ぶ練習をする子鳥に思えて、ね。」
「文……。」
魔理沙の肩の横から顔を覗くと、照れているのか、まるでお酒を飲んだ時のように頬が桜色に染まっていた。
その頬に、自分の頬をよせた。
少しだけ恥ずかしがっていたようだが、しばらくして魔理沙からも頬を寄せ返された。
鳥の子供は成長すると生家である巣を立ち、親の元を離れる。
この娘も、やがて私の許から離れ、相応しいパートナーを見つけるだろう。
でも、それまでは、このやんちゃ盛りで手の掛るひな鳥を、大切に育てよう。
「あの、さ。時々こうやっても、いいか?」
「あらら、やんちゃ盛りだけじゃなくて、甘えたがりでもあるのね。」
「う、うるさい!」
窓の外を見ると、若干空が白くなり始めていた。
さわさわ、さわさわ。
作業机にかぶりつき、翌日に配達する(ばらまく)ための新聞の記事を書き起している私の後ろで寝ころび、
私たち烏天狗が空を飛ぶ上で欠かせない、また最速で現場へ直行する為の、私の自慢の羽をいじくり倒しているのは、
私たち天狗が最も警戒する夜のこの山に、無謀にも単身で忍び込んだカラスにはあるまじき白黒の「おい」
「なあに?」
「そのカラスって私の事か?」
その白黒こと魔理沙は、む、とした顔でこちらを睨む。
睨む、というほどの怒気は含まれていないが。いや、小さじ一杯ほどは含まれているか。
「だってあんた、実際こないだカラスになってたじゃない。」
確か里で異変が起こった時だったか。
記事のネタ集めに同場所にいた時に、突然特徴的なとんがり帽子を身につけたカラスが
私の元へ飛んできた時は、さすがに吹き出してしまった。
「あれはマミゾウに化かされたんだよ!」
そう言ったあと、口をへの字に曲げ頬を膨らます。同時に羽を触る手に若干力が入るのを感じた。
マミゾウ……、二ッ岩マミゾウと言ったか。
人を化かすことを生き甲斐にする妖怪狸。だが彼女はその中でも指折りの実力を持つ、いわゆる『親分』だ。
その腕は、かの博麗の巫女すらも欺くと言う。
異変解決のサポートをした際に対峙した、覚り妖怪とのやり取りの時といい、
どうにも博麗の巫女は、視覚や精神などの内側に関する力に対しては一切ノーガードのようだ。
もっとも、双方とも直接的な攻撃性が無いため、彼女自身がオールスルーしている可能性もあるが。
と、ペンをくるくるとまわしながら考察に脳を回転させていた時、
突如背中の辺りにちくちくとした痛みを感じた。
「ちょ、いたっ、痛い!痛いってば!」
手に持っていたペンを落とし振り返ってみると、
魔理沙の、私の羽を持つ手が力任せに握り締められていた。
数本の羽毛がその手の内にあるのにもかかわらずだ。
私はその手を慌てて振りほどいた。
「もう!抜けちゃったらどうするのよ!」
この歳で禿げるとかシャレにならない!
「歳って、私たちからすればお前もいい歳を通り越して骨董品か化石レベルじゃないか。」
「天狗の中ではまだまだぴちぴちの現役なの!というか心を読むな!」
振りほどかれた手を放り出し、にしし、と笑いを浮かべながら失礼なことを言ってのける魔理沙のおでこにげんこつを一つ落とす。
乙女になんてことを言ってくれるんだこの白黒は。
「私だって今を生きる乙女だよ。」
「だから心を読まないでよ。」
まったく、このカラスには油断も隙もない。
私は新聞記事の製作に戻ろうとした。
……のだが。
「もー、暇、暇、暇ああああ!いつまでここにいればいいんだよー!」
このカラス、夜中だというのによく鳴きよる。
おまけにこのところのネタ不足もあってか筆が全くすすまない。
はあ、とため息をつき、魔理沙の方に向く。
「もう、そもそもあんたが悪いのよ?
こんな満月の夜中という危険な日時にわざわざ私達の縄張りに忍び込んできて、
とっさに私の家に連れ込んだのは良いものの、いつ誰がここに訪れるか分からない時点でけっこうやばいって言うのに、
こんな月も真上で元気に輝いている時間に外に出てみなさい。
たちまち哨戒天狗に見つかってあなたは即粛清か縛られて拷問部屋行き。
私も匿った罪とかうざい理由をつけられて良くて身分剥奪、最悪あんた共々閻魔様のもとへ行く羽目になるのよ。」
幼子に論すように言うと、魔理沙は、う、と小さく唸り声を上げ、
ばつが悪そうに魔理沙の位置からは空に浮かぶ数多の星々が見えるであろう東の窓の方向に首を向けた。
「せめて夜が明けるまで待ちなさいな。」
魔理沙はふん、と鼻を軽く鳴らした。
まったく、困った子カラスだ。
私も魔理沙が見ている窓の外を見やる。
時刻は夜半を過ぎたところか。満月の光に当てられて、近くの木の葉は若干白くかがやいている。
まだまだ朝までは時間がかかる。
そう思った時、
我が家に近づく、なじみのある気配を感じた。
「魔理沙!隠れなさい!」
「え?」
「哨戒天狗が来るわ!早く!」
哨戒天狗、私たち天狗社会におけるいわば警備員的存在だ。
警備員といえど、その戦闘能力は凄まじく、私達の縄張りに一歩でも侵入する者が居れば、
腰に下げた刀で一刀両断、一度見つけた侵入者は決して逃さない。
私達烏天狗の家にも時折見回りにやってくる。
侵入者を匿う烏天狗が大昔に居たためだ。
まさかその者と同じ道を歩むことになるとは思わなかったが。
「隠れるってどこに!?」
「あそこに椅子のないデスクがあるでしょ!その下ならこのドアから見えないわ!」
私が指差した方向を見た魔理沙は、滑り込むようにデスクの下に隠れた。
魔理沙のお尻が完全に死角に隠れると同時に、ドアをノックする音が聞こえた。
「はーい!」
「哨戒天狗の犬走椛だ。深夜の見回りに来たので扉の鍵を開けていただきたい。」
まずい、椛……白狼天狗か。
白狼天狗、哨戒天狗の中でも指折りの実力を持つエリート中のエリートだ。
空だけでなく地上をも自らのホームグラウンドとし、加えてずば抜けた戦闘能力。
さらに千里眼の能力で、幾千里と離れた場所にいる標的をも捉える。
私ですら敵には回したくない存在だ。
「これはこれは、見回りごくろうさまです。」
「射命丸殿、夜分遅くに申し訳ない。しかしこれも決まりなのでな。」
「あやー、お気になさらず、私は別にかまいません。」
ポーカーフェイスポーカーフェイス……。
相手に気取られないように私はいつもの営業スマイルで応じる。
白狼天狗といえど、椛はまだ見習い。
私のように気配を感じ取ることは無理だろう。
「今日は満月の為、警戒を強化している。日が暮れてから、この近辺で異常はあったか?」
「いえいえ、私はここでずっと新聞記事の作成をしていましたが、
それらしい事は一切ありませんでしたよ?」
「ふむ、そうか、ならいい。」
なんとか気付かれずに済んだと、ほっと肩の力を落とす。
「ところで……。」
「はい?」
「先ほどから感じるこのニオイ……、人間のニオイか?」
ぎく、と途端に私の心臓と肩が跳ね上がった。
「あー……、今日は人里に取材に行きましてね、
帰ってきてそのままの状態で記事作成をしていた物で。……もしかしてニオイ気になります?」
平常心平常心。
私はくんくん、と服のニオイを嗅ぐ仕草をする。
「気になるな、それもかなりだ。ここは私達天狗が住まう場所。
みだりに穢らわしい人間のニオイを持ちこまないで頂きたい。」
「あはは……、申し訳ありません。」
セーフ、なんとか誤魔化せたようだ。
「まったく、烏天狗と言う者は俗に塗れた揚句、身だしなみも整えられないのか……。」
椛はぶつぶつと小さく文句をぼやく。
わざと聞こえるように言っているのかもしれないが、私に丸聞こえだ。
「今後は気をつけますので、今日ばかりはご堪忍を。」
そんな陰口――にもなっていないが――を無視し、
手を合わせて申し訳ない、と言った表情を作る。
そんな私の姿に椛は溜息をついた。
「まあ、いい。私にはまだ回る場所がある。今日のところはこれにて失礼させてもらう。
くれぐれも、気をつけるように。」
「はいー、善処いたします。」
もうわかったからさっさと帰れ。
そう言いたい気分を押し殺し、飛び立つために後ろを振り向いた椛に、私は顔を前に向けたまま軽くお辞儀をする。
「では失礼する。」
「お疲れ様でしたー。」
星々がらんらんと輝く夜空に飛び立つ椛を闇の中に消えるまで見送り、私はドアを閉め鍵をかける。
そして、
「もう出てきて大丈夫よー。」
隠れて震えているであろう――まあ、おそらくあの図太い性格的にあり得ないだろうが――魔理沙を呼ぶ。
しかし、いつまでたっても魔理沙は出てこない。
まさか本当に震えて涙目になっているのか?
私は魔理沙が隠れているであろうデスクの下を覗きに行った。
そこには、膝を折り曲げてそれを腕で抱えるように座る、いわゆる体操座りをする魔理沙が居た。
流石に涙目にはなっていなかったが、どうも気分が沈んでいるようだ。
「ほら、いつまでもそんな所にいないで、出てきなさいな。」
私は魔理沙に手を差し出す。しかし、それでも出てこようとしなかった。
「もう、どうしたの?」
まさか本当に怖気づいたんじゃ……。
普段の魔理沙からはあり得ない表情を見て、少し心配になってきた。
「いや、文がそんなに不潔だとは思わなくてな……。さっき羽を触っちゃったし。」
「さっき一緒にお風呂に入ったでしょうがっ!!」
前言撤回、心配して損した。
一応誤解しないで頂きたいが、一緒に入ったのは別にやましい理由があってのことではない。
どちらかが入っている時に先ほどのように哨戒天狗が訪れ、怪しまれるのを防ぐためだ。
決してやましい理由があってのことではない。大事なことなので二回言いました。
もっとも、風呂に入っている間に終始魔理沙は私の胸と自分の胸を見比べていたが。
まあ、まだまだ魔理沙も成長期だ。未来はある。……たぶん。
「あはは、冗談だよ。」
よいせ、と魔理沙はデスクの下から出てくる。
ふう、と私は軽く息を吹いたあと、記事の置いてある机に戻り、魔理沙も先ほどの位置で寝転んだ。
――――――
カリカリ、カリカリ、
カリカリ、カリカリ。
魔理沙はすっかりおとなしくなり、私も記事の内容がある程度煮詰まったため、
部屋にはペンの音のみが響く。
「なあ、文。」
しばらくして、魔理沙が口を開いた。
「なあに?」
「なんで文は……、いや、何でもない。」
言いかけて口をつむぐ魔理沙。
なんて言おうとしたのか気になり、もやもやするのは嫌なので聞いてみることにした。
「どうしたの?言ってみなさいな。取って喰いはしないから。」
「なんでそうなるんだよ……。いや、そうじゃなくてな、
なんで文は私の事を匿ってくれるんだ?」
なるほど、そう来たか。
確かに私は、この白黒カラスが私達の縄張りに忍び込む度に、ある時は木陰に、ある時は滝の裏の隠れ場所に、
そしてある時は今日のように私の家に匿っている。
いつもはとくになんの疑問も持たずされるがままだったのだが、
まあ、聞かれてしまっては仕方がない。
すこし言うには恥ずかしいのだが、この機会だ。言ってしまおう。
「魔理沙、托卵って知ってる?」
「たくらん?なんだそれは。」
「托卵っていうのはね、自らが産んだ卵の育成を、自分とは違う種の親鳥に任せる行為よ。
自分の産んだ卵を自分とは違う種の鳥の巣に持って行って、自分の子と思わせて育てさせるの。」
私達烏天狗の大元であるカラスは行っていないが、
カッコウをはじめとした多くの鳥類で見られる行為だ。
また、虫にも同様の行為を行う種がいるようだ。
「なんじゃそりゃ、自分で産んでおきながら面倒なことは他人に任せて自分は悠々自適ってことか?ひどい話だな。」
「まあまあ、これにはちゃんとした理由があるのよ。
托卵を行う種の親鳥は季節で体温が代わりしやすくて、安定した育成が難しいの。←※諸説あるとの事
だから自分より体温変化しにくい種に代わりに育ててもらうのよ。
それに卵をうまい事預けても、その種の親鳥に見破られて巣の外へ放り出されることだってあるわ。」
空を思うがままに飛びまわって、自由だなんだと言われている鳥だが、
鳥社会だって甘くはない。いつだって死と隣り合わせだ。
それは生まれる前の時点で始まっている。
「そっか……、大変なんだな。」
「そうね。でも、預けられた卵が孵った後は自分の子のように育てるの。
たとえ羽の模様が違っていても、自分よりも大きくなっても。
巣で口をあけるひな鳥には餌をあげたくなる本能だっていうのが通説だけど、私はこう思うの。」
――小さい頃から育てている間に愛着がわいて、自分の子供のように育てたくなる。
「……ってね。」
「え……。」
私の言いたいことに気が付いてくれたのか、
魔理沙は驚いたような目でこっちを見やる。
「最初は、ほんの気まぐれだったの。あまりにもあんたが無謀な事をするから。
でも、何回も匿う内に、だんだんあんたの事が放っておけなくなってね。」
私は魔理沙を起き上がらせ、背中に寄り添い、両手で上半身を抱えるように抱き寄せた。
「あんたがカラスになって私の所に飛んで来た時は笑っちゃったけど、
同時になんとも言えない気持ちになったわ。
まるで、巣立ち前に親鳥である私と一緒に飛ぶ練習をする子鳥に思えて、ね。」
「文……。」
魔理沙の肩の横から顔を覗くと、照れているのか、まるでお酒を飲んだ時のように頬が桜色に染まっていた。
その頬に、自分の頬をよせた。
少しだけ恥ずかしがっていたようだが、しばらくして魔理沙からも頬を寄せ返された。
鳥の子供は成長すると生家である巣を立ち、親の元を離れる。
この娘も、やがて私の許から離れ、相応しいパートナーを見つけるだろう。
でも、それまでは、このやんちゃ盛りで手の掛るひな鳥を、大切に育てよう。
「あの、さ。時々こうやっても、いいか?」
「あらら、やんちゃ盛りだけじゃなくて、甘えたがりでもあるのね。」
「う、うるさい!」
窓の外を見ると、若干空が白くなり始めていた。
会いたいなら山の外で会えば良いんだし。
あと、後書きでグダグダと言い訳するせいで作品の余韻もへったくれもないです。そんなものを見せられて相手がどう思うかの想像も出来ないんですか?
申し訳ありません。なにぶん、キャラクター設定のみしか調べていないため、その他の詳しい設定に関しては自分なりの解釈を入れてしまいました。
3さん
托卵については私も少し強引すぎたかなと反省しております。
また、天狗達については情報収集が少し甘かったようですね・・・。善処いたします。
5さん
ありがとうございます。今後もこちらに投稿させていただくことになると思いますのでよろしくお願いします。
7さん
そうですね!気にしたら負けですね!
9さん
一応礼儀として現状報告と今後のあり方について記述したつもりでしたが、
確かにこれでは言い訳に見えてしまいますね・・・。
該当箇所を修正いたしました。
また、今後は原作や他の作者様の作品についても勉強し、
それに準じた作品を作っていこうと思います。
コメントありがとうございました。今後とも私の作品をよろしくお願いします。
少しでもいいところがあったと思っていただけたなら幸いです。
こんな私の作品ですがよろしければこれからもお願いいたします。
13さん
ふむ、すこし調査が足りなかったようですね。
もう少し深い所まで掘り下げていこうと思います。
18さん
ありがとうございます!
これからもアイディアが浮かべばこちらの方に投稿させていただきます!
日にちが経過したため、こちらの作品のコメント返しを以上で終了とさせていただきます。
次回作をまったりとお待ち下さい!