『人間の童貞・処女に限り吸血鬼に首を噛まれ、死に至らなければ その者は吸血鬼と成る これを、吸血鬼感染と言う。
(吸血鬼自体の意思で仲間を増やそうと言う繁殖意思がなければ 感染は起こらない)』
紅魔大図書館書物より 著者不明
人間の一生は100の内
吸血鬼の一生は無限の内に
さも逝き行く者を見守るのは永きを生きる者のさだめである
死を見て成長し、死を得て終りが来る
人よ、世に憚らぬ屈強たる誇りとやらを握り締めろ。
「……パチェー、これ本当なの?」
「本は嘘をつかないわ 殆どね」
ある日の何も無い昼下がり
吸血鬼と魔法使いが雑談を繰り広げている
私はそれを傍で佇みながら
それとなく、いつものように命令を待っていた
十六夜 咲夜
良い名だ
この方がくれた
聞いていて気分が良い
ここ何十年と誇りに思う
「ふーん…試した事がないわね と言うか機会すら無いから、仕方ないか」
「他の吸血鬼は知っていたのかしらね」
我が主、レミリア・スカーレットは人間である私を従者として迎え入れてくれた
…嗚呼 思えばただの通り魔殺人鬼だった私をだ
彼女は強い
恐ろしく
その力に屈し、死を迎えようとした私に別の生き方と言うものを授けてくれた
種族違えど、この奇怪な日々をくれた彼女を
私は大好きだった
無理な注文でも何でもお受け致しましょう
お口にすれば、何者でも切り潰してみせましょう
私は人間で良かった
人間だから貴方に会えた
人間、彼女達からすれば恐ろしく劣等で、貧弱な種族なのだろう
だが私は強く生きられる 貴方の御陰で
死が近付こうとも、その最後まで私は貴方のために身を捧げましょう
全て、貴方がいけないのだ
嗚呼 なんと美しい毎日か
いっそこのまま毎日が永遠と化せば良いと思っている
だが、私は人間で良かった
永遠は人をおかしくする
永遠は人間に限り、本来の在り方を無くしてしまう
だから
人間である私は有限でいい
貴方は無限でいて
私は有限の咲夜で良い
いつか死に往くその時まで
貴方と笑っていたい
貴方のお傍に立っていたい
役立たずになっても
貴方に仕えましょう
それだけで
私の毎日が、素晴らしく彩られている
私は それでいい。
そうでなくては。
「……夜…咲夜!」
「…ッ! は、はい、なんでしょうかお嬢様…」
「いや……何度呼んでも気付かないから…何か考え事でもしてたの?」
「そういう訳ではないのですが…」
少しだけお嬢様の声が薄くなっていた
…集中はしていたのだが、やはり鈍っている
いけない いけない
「今日は咲夜の誕生日でしょ? 皆張り切っちゃって…ええと、今年で何歳…だったっけ?」
そうですね
何歳でしたでしょうか
やはりいけませんね
最近物忘れが酷いですわ
従者としてあるまじき姿だったと頭を掻いた
「忘れてしまいました、いいや、いけませんね 本当に…」
「ふーん…ま、いいわ 年齢なんて私達にとっては関係ないもの」
そう
貴方達は無限
だから回りも無限に見えてしまう
貴方には今
私がどう映っているのだろうか
昔と変わらず、レディとして扱ってくれているだろうか
感情も鈍ってしまったらしい
最近は本当に酷い
ずっと二つの顔しかしていない
「それはそうと、ほら行きましょう? 今夜は咲夜が主役なんだから!」
「ええ ええ行きますわ」
元気に手を引かれていく
私はそれに応じる力すら
頑張らなければならない程に酷く
弱っていた
いつからだろう
嗚呼駄目だ、貴方達を見ていると忘れてしまう
楽しすぎて、高揚して忘れてしまう
だから今を生きすぎて
己の姿に気付けなくなっていた
駄目だ
振舞わなければならない
こんな弱弱しい人間の姿をお嬢様に見られたくない
私はいつだって貴方のお傍にいますわ
レミリアお嬢様
「……? 咲夜? 咲夜!?」
「…………」
私はいつだって
我が主の元に……
『私は人間で良かったのです』
「咲夜! ああ咲夜! 良かった…」
「ここは…お嬢様…?」
重い瞼をあけると見慣れた紅い天上に私の愛しい主が
視界の端から顔を覗かせている
私は…どうしたのだろう
いきなり世界が暗くなって
何もかもが重くなって
最後に少しだけ軽くなったかと思ったら
『今』になっていた
ああ、そうだ
今日は私の誕生日でしたわ
いけないいけない…皆を待たせては…
「今行きます…申し訳ございません、私のせいで…」
「あ、良いわよ良いわよ、今は寝ておきなさい」
「しかし、私の誕生日会で、皆集まっておられるのでしょう…?」
「皆帰ったわよ、時計を見てみなさい」
長年使っている懐中時計を眺める
…午前の1時
そりゃ、そうだ
皆帰るのは当たり前だ
「…私は何時間寝ていたのですか」
「うーん…忘れちゃったわよ、看病に集中しすぎて」
看病、その言葉を聞き私は額に乗っているものに気付いた
冷たく濡れたタオル
ベッドの傍には氷水が入った盥
そして赤くなっているお嬢様の両の手が見えた
「これを、お一人で・・・?」
「そうよ、久々に神経使ったわー …主にこんな事させちゃって、後が酷いわよ?」
「あは は それはなんて恐ろしい…………ゴホッ ごほっ!!」
「……ッ! …………咲夜、今夜は大人しく寝ていなさいね」
ああいけない
お嬢様に気を遣わせてしまった
…従者として あるまじき姿 だ…
「ご心配なく… 咲夜はすぐ良くなりますわ、狂った時計は歯車を一つ組み替えるだけで直るのですから」
「貴方は人間じゃない」
「ごもっともですね」
今一度天上を見る
視界がぼやける
だけどなんだか、悪くは無い気分だ
仕事終りのひと時みたいな
ホッとするひと時
貴方がいるひと時
貴方が繋いでくれた 今
「いや…にしても、ごめんなさい 遅くなっちゃったから皆を家に帰したの私なんだ……友人達が沢山来てたのに」
「お嬢様」
私は言った
愛しきの貴方の手を握って
「咲夜は貴女がいれば幸せですわ それは毎年の様にやってくる季節の一巡が、気分を高揚させるように 当たり前なのが幸せなのです」
彼女がこちらの手を握り返してくる
…冷たいが、暖かい手だ
私を包んでくれる…
「咲夜は貴女がいてくれるだけで幸せですわ 貴方に仕えて果てる事が喜びなのです …もう何十年も前に言ったばかりじゃないですか」
そう、彼女にとってはたった何十年
私にとっては とても大事で 永く 長い何十年
貴方にはどうでも良いような時の流れも
私にとっては掛け替えのない、全てなのですから
私はそこで初めて
笑ってみせた
昔の様に
「…御勤めご苦労様、今日はもう寝なさい」
「はい、お嬢様」
そしてまた深き闇に落ちる
瞼と言うあちらとこちらを隔てる壁を閉じて
「…ハッピーバースディ、サクヤ」
「……立ち聞きなんて、趣味が悪いわねパチェ」
暗がりに立つ魔法使いにそう投げかけ
廊下を歩く足を止めた
「貴方も もう気付いている筈よ、いつまで永遠の彼女を気取っているつもり?」
レミリアの表情が曇る
…ああそうだ、気付いていないはずが無い
そこまで馬鹿ではないのだ
「十六夜 咲夜、『時を操る能力』の保持者 …人間には過ぎた力ね」
過ぎた力には代償が伴う
それはいかなる使い方でも、どんな方法でも
「彼女、もう寿命だわ」
聞きたくなかった
最悪の一言
「わかってるわよ…わかってる…!!」
だけど、避けられない恐ろしい一言
いずれやってくる
人間には、いずれ
そういう事を納得した上で
私はあの子を受け入れたのではないのか!?
違う
私は馬鹿だったのだ
未来の事を考えない阿呆で愚沌で馬鹿まるだしで
従者の前でカッコ良くあろうとし続けたツケがこれだ
…馬鹿め 大馬鹿者
こんなのは恥だ
恥さらしものめ
「あの子の主は貴方よレミィ 後始末も覚悟も何もかも受け入れなきゃいけない」
「わかっていると言っているんだッ!!!!!」
怒声が館に響く
咲夜に聞かれていたらどうするかなどと
今の私の頭の中には全くなかった
馬鹿だな
酷く、間抜けている
「…じゃあ、任せるわね」
「…どこ行くのよ」
「寝るのよ、昼に起きすぎていたから …レミィが感染っちゃったかしら?」
「……」
紫髪の彼女は私とは反対の方向へと歩いていった
その姿は先の言葉の様な冷静さとは裏腹に
何か悲しげな何かさえ感じてとれた
「そうね」
「……?」
「あの子の入れる紅茶は美味しいわよねぇ 明日も淹れて欲しいわ」
「……ククっ、言っておくわよ」
一笑してやり私も自分の部屋に戻るべく歩を運ぶ
笑ったのはその一瞬だけで
すぐに曇った表情になってしまう
咲夜には見せられない
笑っていなければ…笑って…
「…ッ …!!」
笑えない
笑うどころか
別の感情が目から溢れていやがる
最悪だ
ますます見せられない顔になってしまっている
レディとしても あの子の主としても
『私は幸せですわ』
ふと脳裏にその言葉が思い出される
くそッ…クソっ…!!と
壁を殴りながら ものに当たりながら歩いている
今の私はさながら
我侭な駄々っ子なのだろう
でも今はそうでいさせて欲しい
止まらないのだ
目から出てくる感情が
いままでいくつもの死を見てきた
そして死を産んできた
人っ子一人の死なんて 何が恐いものか
いや
駄目だ
駄目なんだ
恐い
やはり恐かった
咲夜のいない世界を想像して、急に恐ろしくなってしまった
この永遠に幼き紅き月が
唯一恐れてしまった
…駄目なんだ
この死は私にとって大きすぎる
小さな私には 受け止めきれない
いっそ零してばら撒いてやんや騒げば
気もすっきりするだろうか
「…………何が、何が……」
駄目だ…すぐ昨日は咲夜の誕生日だったんだぞ
何故悲しくなっているんだ…!
年を取る事は 恐ろしい事なのか…?
…そうだな 人間にとっては恐ろしい事なんだ
私は今やっと その事に気付いたのだ
今更、今更だ
「畜生…ッ!!」
既に部屋の前に来てしまっていた
…何をしよう
何もする気がおきない
考えてはいけない
逃げきらなければ…、そうだ
朝になればまた
元気な咲夜が私にご飯を作ってくれる
あの馬鹿にしたようなオムライスも
塩味が効きすぎたステーキだって
なんだって食べてやるわ
朝から重い わね 流石に
「…久し振りに注文してみようかしら、明日の朝はフレンチトーストって…ふふっ」
私は この時既に
狂った時計になっていたのかもしれない
誰もそれを証明すら してくれないで
やがて朝になった
そして幾度かの夢を見た
昔の咲夜だ
私に向かってくる目を思い出し
人間とはか弱くも、嗚呼なんたる美しきかなと
私に屈したあの子を見て 私はあの子を従者にしようと お前こそ私に相応しいと
言ったのだ
"仰せのままに"
新しい玩具を手に入れたとか
新しい食事を口に入れた時のあれではなくて
何か新しい、何かが始まるようで
しかしそれは、とても短く 儚く私の前から去っていくようで
悲しみは体を伝い
やがて虚無の彼方へと潰れて消える
ああ、十六夜に咲く夜よ
私を、眠らせておくれ
「咲夜、まだ起きてないの?」
廊下を歩いていた小悪魔に投げた
小悪魔は驚いた表情で私を見ている
「やけに早起きですね…いや、早起きすぎません?」
「もう午前の9時じゃない、咲夜も他のメイド達も起きている時間だわ」
「そうではなくてですね…その… 珍しいです」
そりゃそうだ
普段ならまだ熟睡している時間帯だ
吸血鬼は完璧な夜行性なのだ
人間が言う早起きは私達にとってはただの夜更かしにすぎない
目の下にはクマができていた
ああ、眠い
「で、咲夜は?」
ただそれを問いた
久し振りの朝食と言うものを取ってみたいのだ
しかも咲夜の料理でなければと我侭を叩いてみる
少し 乱暴かしら
「咲夜さんでしたらまだ今日は見てないですね… でもこの時間帯なら厨房にいるのでは? 各々の朝食を作っていると思いますよ」
「……ああ メイド長ね」
そう理解した
まだ頭の回転が思わしくない
寝たりないといつもこうだ
睡眠は取るべきなのに 何をやっているのだろう
だがやるべきことがある
咲夜を 見ないと
「おはようございますお嬢様 …今朝はお早いのですね」
「ええ、それよか咲夜は?」
厨房にいるメイド妖精達が礼儀良く挨拶をしてくる
咲夜の姿は ない
「メイド長なら…まだ来ていませんよ ここ最近は毎日遅れて…」
「いつから?」
「え?」
「それはいつからなのと聞いてるの」
また恐れていた
来るべき避けられぬ最悪を
「そ、そうですね…もう4年前からこの調子です 体の機嫌が思わしくないようなので、なるべく無理はさせないようにしているのですが…」
四年と聞き 私はそこで初めて確定的な危機を感じた
四年 四年だって?
私はそんなに呆けていたというのか
私はそんなにボケていたのか
この私が この私が
4年間、彼女は弱り 夜のために力を溜め
ずっと、一人で疲れていたのか
この言葉だけで全てを悟った
何とかしないと
「お、お嬢様!?」
私は走っていた
調べるのだ
何か、咲夜を助ける方法を
毎日を、続けるための方法を
「パチェ、本借りるわよ」
真っ先に図書館に来た
ここなら何かと色々な事が調べられるだろう
だが目的は?
知らない
だがそれらしい事が欲しかった
確実でなくとも、脱出する経路を
「いいけど、やけに早起きねレミィ 何か良い事でもあったの?」
「無いわよ 全く」
あるわけがないのはパチェも良く知っている筈だろうと忌々しく思う
ニコニコしやがって、ふざけるな
だがお前こそ手伝えとは言えず
全て自分が背負い込んでいた
そうだ、あの子の主は私なのだ
私の責任だ 誰にも頼ってはいけない
そう思っていた
そして数時間が立ち
椅子に座っていたパチェもどこかに行ってしまった
その時に、気付いた
「…これ、昨日読んでいた本だわ」
ふと近い記憶を思い出す
…吸血鬼に関して書いてあった本だ
悪戯に読んで談笑していたのは良いが
何か載っているだろうか
いや、あった そうだ、昨日読んだ最後のページ…!
『人間の童貞・処女に限り吸血鬼に首を噛まれ、死に至らなければ その者は吸血鬼と成る これを、吸血鬼感染と言う。
(吸血鬼自体の意思で仲間を増やそうと言う繁殖意思がなければ 感染は起こらない)』
吸血鬼
いくら年を重ねても老いる事はなく
人よりもずっと何億倍も強い存在
人を吸血鬼にしたら どうなる?
咲夜を、吸血鬼にしたら・・・ どうなる?
あの子に永遠の生を約束できる
あの子とずっと一緒にいられる
咲夜を 寿命と言う死から無縁の存在にできる・・・!
だが 待て
それであの子は納得するだろうか
本当に良いのだろうか
私がしたいようにして、咲夜は喜んでくれるだろうか
だけど、咲夜がいない世界なんて考えられない
考えたくも無い 私は既に中毒になってしまった
咲夜中毒なのだ
直せない、治せない そんな薬すらない
私を治す薬はいつもあの子だ
人間と言う種族を、やめてもらうだけ
それだけ・・・
さて、咲夜は 起きているだろうか。
【1 end】
続きにかなり期待して100点