Coolier - 新生・東方創想話

ある雨の日のふたり

2010/06/12 22:36:20
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空を埋め尽くす灰色。
濃さに差はあれど一様にグレーに染まっている。
そんな空の下を、箒にまたがった一人の少女が飛んでいた。
肩までかかる金髪の一房をおさげにしてリボンを結び、黒を基調としたスカートとベストにフリルのついた白のエプロン、それを背中で結ぶ大きなリボン。
魔女が被るような黒いとんがり帽子につけられたリボンも白い。
その少女の手に、一粒の雫が落ちる。

「…ちぇ、間に合わなかったか」

そう言って、雨雲を見上げる。

「雲の上に上がるって手もあるが……余計濡れるか」

自分の家まではもう少しかかるだろう。

「まぁ、このまま小雨なら…」

そこまで言ったところで、まるでその呟きを聞いていたかのように雨脚が強くなる。

「…竜宮の使いが降らせてるんじゃないだろうな、これ」

苦笑いをして辺りを見回してみるが、竜宮の使いの姿は見えなかった。

「…んー」

このまま飛ばして帰るか、それとも……。
数瞬考えたあと、普通の魔法使い霧雨魔理沙は高度を落としていった。



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★



薄暗い店内に所狭しと並べられたさまざまな道具。
そのほとんどが何に使うものなのか判別がつかない。
まるで物置のように見えるが、れっきとした店だ。

古道具屋「香霖堂」

ここ幻想郷にあって、唯一外の世界の道具を扱っている道具屋だ。
その品揃えは多岐にわたり、パーソナルコンピューターや水タバコ、ストーブなどなど珍しいものばかり――まぁ、今挙げた物は非売品だが。
この店の店主である森近霖之助は、窓をたたく雨音に読書を中断し、顔をあげた。

「…雨か」

少しの間外を見ているだけですぐに雨脚が強まってきた。
一瞬、外に放置してある道具――なのかどうなのかよくわからない物たち――を中に入れるべきかと思案したが、濡れるのは嫌だったので諦める。
いつも放置しているのだ、今更入れたところで変わりはしないだろう。
再び手元の書物に視線を落とし読書に戻ろうとしたそのとき、店の扉が景気のいい…霖之助にとってはあまり好ましくない音を立てて開かれた。
その衝撃で、道具を並べた棚が少し揺れた気がする。

「うひゃー、すっげー雨だぜ」

そんなことを気にもせず店に入ってきたのは、びしょ濡れになった霧雨魔理沙だった。

「……もう少し静かに開けてくれないか、魔理沙」

心底迷惑そうな表情を浮かべて霖之助が言う。

「問題ないぜ」
「そりゃあ君には問題ないだろうけどね」

まったく悪びれない魔理沙に軽くため息をつきつつ立ち上がる。

「今タオルを持ってくるから、そこで待ってるんだ。濡れたまま店内を歩かないでくれよ」

その特徴的な帽子を脱いで水を払っている魔理沙にそう告げて、霖之助はタオルを取りに行く。

「ついでにお茶も頼むぜ、熱いやつな」
「…はいはい」

苦笑しつつも承諾した。



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★



戻ってきた霖之助は魔理沙にタオルを渡し、カウンターに茶を置く。

「それにしてもずいぶん降ってきたね」

先程よりもさらに強まった雨音に、窓の外を見上げる。

「もう少しだったんだがな。竜宮の使いのやつがいじわるしてるんだ」
「竜宮の使いって…前に言っていた、天人が起こした異変のときに現れたっていう妖怪のことかい?」
「そうだぜ」
「ふむ…確かに竜宮の使いは竜神の眷属というし、雨を降らせる力があってもおかしくはないね。聞いた話では雷を操っていたとも言うし、
天候と関わりが深い妖怪なのかもしれない。しかし竜神の眷属ということは妖怪ではなく神に分類されるべきだろうか?
地震を教えに来るということは信仰される理由としても十分だろうし…」
「…はじまったぜ」

タオルで髪を拭きながら肩をすくめる。
帽子は帽子掛けにかけて中にミニ八卦炉を入れておいた。
温風モードにしてあるのでそのうち乾くだろう。
問題は服だが、これもそのうちに乾くだろうと魔理沙はお茶を手に取りすすった。

「…はー、冷えた体に熱いお茶は最高だな」

未だに竜宮の使いについて考察しているらしい霖之助を放置して一息つく。
服のすそからぽたぽたと雫が落ちる。
そうやって少しずつ大きくなる水溜りを、早く戻って来いよと思いつつぼんやり眺めていた。

「……っくしゅん」

静かになった店内にかわいらしいくしゃみが響いた。
そのくしゃみの音に霖之助の意識は引き戻される。

「ああ…すまない魔理沙、また考え込んでしまっていたようだ」
「いつものことだろ」

慣れてるぜ、と言い鼻をすする。
さすがにお茶1杯では体が温まりきらなかったらしい。
そんな魔理沙を見て、

「魔理沙、服を脱ぐんだ」

と、霖之助が言い出した。

「ぶっ」

至極当然という顔で真っ直ぐ自分を見て言う霖之助に、口に含んでいたお茶を吹きだしてしまった。

「な、なにを……って…あー…そういうことね…」

しかしすぐにその意図を理解する。

「濡れたままの服を着ていたら寒いだろう?風呂を沸かすから入るといい。その間に服を乾かしておくから」

そう言って霖之助は店の奥へと引っ込んだ。

「……ふん…」

一瞬でもドキッとした自分がなんだか悔しくて、すぐに意図を理解できてしまったことが少しだけ悲しかった。



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★



「魔理沙、湯加減はどうだい」

風呂釜で薪を炊きながら、風呂にいる魔理沙に声をかける。

「もうちょっと熱い方がいいぜ」
「ミニ八卦炉を使えばよかったかな。あれなら火力調整も楽だ」

ミニ八卦炉とは霖之助が自ら作り上げた魔法の道具で、小さな火から山ひとつをまるごと焼き払えるほどの炎まで操ることができる。
魔理沙が1人暮らしを始めたとき、餞別として彼女に送ったのだ。
魔理沙の代名詞とも呼べる「マスタースパーク」も、このミニ八卦炉を用いて放たれる。

「貸さないぜ」
「元は僕の物だろう」
「だが今は私の物だ」

どうやら機嫌が悪いようだ。雨に降られたからだろうと霖之助は考え、大人しく薪をくべた。
こういうときの魔理沙には何を言っても無駄だということはわかっていたし、ミニ八卦炉が魔理沙の物であることも事実なのだ。
しばらく火力の調節を行い、好い加減になった頃合で霖之助は脱衣所へと向かう。

「魔理沙」

風呂場の戸板越しに魔理沙を呼ぶと慌てる気配があったあとに、なんだよ、と返事が返ってきた。

「僕は服を乾かしておくから、何かあったら呼んでくれ」

そう声をかけ、濡れた服が入った篭を持って脱衣所を出た。
それにしても、随分とがさつに育ったものだ…と、店に入ってきたときのことを思い出しため息をつく。
魔理沙の家は散らかし放題のようだし、何よりも掃除が苦手で嫌いなようだった、いつも箒を持っているくせに。
言葉遣いも年頃の娘とは思えないし、いつか妙齢になったとき果たして嫁の貰い手があるのだろうか…と心配になる。

「…って、僕は父親か」

思わず苦笑が漏れる。
確かに魔理沙が実家を飛び出してから、よく面倒を見ているとは思う。
かつて霧雨道具店で修行していた恩返しの意味もあるが、今では自分自身魔理沙の成長が楽しみになっていた。
魔理沙の魔法の才能は目を見張るものがある――昔はないと思っていたが。
しかし彼女は努力に努力を重ね、その上にさらに努力を積んで、自分の奥底で眠っていた魔法の才能を掘り起こしたのだ。
その性格上、多様な魔法を使いこなすというタイプではないが、その分特化した力を持ち、ミニ八卦炉も霖之助の思った以上に使いこなしていた。
幻想郷には魔法使いも多いが、いずれはそれらを越えるような大魔法使いになってしまうかもしれない。
と、そこまで思考を巡らせたが、ふっと我に返る。

「……やめよう。僕らしくもない」

魔理沙の将来を思うときはいつも、ある『事実』に突き当たり、そこで思考を停止する。
人の一生は、妖怪に比べて遥かに短い。短すぎる。
いつか必ず訪れるそれは幾度と経験したことではあるが、慣れるものではないし、何故か魔理沙でそのことを考えるのは特に気分が悪かった。

「さて、服を干して、着替えを出しておかないと」

霖之助はその思考を追い出すように、わざと声に出して気持ちを切り替えた。



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★



「はーぁ……」

湯船に浸かり、魔理沙はため息をついた。
何故かわからないがもやもやする。
この頃時々こういった気分になるが、その理由がよくわからなかった。
理由はわからないが、原因はなんとなくわかっている。

「なーんか…あいつにガキ扱いされると嫌な感じになるんだよなー…」

さっきも、無遠慮に脱衣所まで入ってきた。
戸板一枚隔てて、一糸まとわぬ生まれたままの姿の自分がいるというのに。
そう考えると頬が上気したのを感じた。

「ま、まぁ、私だってもう立派なレディだからな、ガキ扱いされたら腹も立つってもんだぜ、うん」

わざわざ声に出して自分を納得させる。
そして、視線を下へ移し、なだらかで控えめな自らの丘を見る。
正直に言って、同年代の友人である博麗霊夢よりも小さい。
あの風祝やメイド長に負けるのは仕方がない、年上だし身長だって違うし。
さすがに氷精や三妖精たちよりはある、はず。
庭師や吸血鬼よりもあるだろう、たぶん、きっと。
だが大人と呼ぶにはあまりに控えめなソレに、少しばかり悲しみを覚える魔理沙であった。

「やっぱり子供にしか見えないよなぁ……まぁ、事実ではあるが」

事実だと理解はしていても悔しいものは悔しかった。

「香霖も香霖だぜ。あいつは昔っからずっとああで…」

物心ついたときには既に霖之助に懐いていて、よく遊んで貰っていた。
実家の霧雨道具店にいた頃は、たまに霖之助が店に来るのをとても楽しみにしていたのを覚えている。
文句を言いながらなんだかんだ言って遊んでくれるし、言ってることはよくわからなかったが、蘊蓄をたれている時の楽しそうな顔を見ていると自分もなんだか楽しかった。
家を出てからもそれは変わらない。
さすがに遊ぶというようなことはなくなったが、退屈しのぎによくここへ来る。
博麗神社と並んで、魔理沙がよく立ち寄る場所であった。
来たところで霖之助はずっと本を読んでいるだけだったりもするが。
それでもなんだか居心地が良くて、霖之助といるこの空間が好きだった。

「って、いや、なんていうかそういう好きじゃないっていうか……」

自身の思考に言い訳をする。

「……やっぱり香霖の中じゃ、私は子供のままなのかな……」

ぽつりとつぶやき、鼻下まで湯船に浸かる。

(大体あいつはデリカシーがないっていうか…女の子が風呂入ってんのにヅカヅカと脱衣所まで入ってきやがって……服を乾かすなんてミニ八卦炉があればすぐ……)

そこではっと気づく。
篭には脱いだものを全て入れておいた。
そう、『全て』だ。
下着から何まで全部。

「………!!」

その事に気づき慌てて湯船から出た。



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★



霖之助は、店内に服を干すための紐を吊していた。
店に服を干すのはどうかとは思ったが、どうせこの雨だ、客など来ないだろう。
元から来ないと言う事実は思考外に放り出した。
それに、ここにはストーブがある。
燃える水を燃料として部屋を暖めることのできる、外の世界の暖房器具だ。
使い方がわかった数少ない道具の1つでもある。
火鉢などよりも遙かに暖かい。
むしろ暑いくらいだが、濡れた服を乾かすにはいいだろう。
紐を吊し終えた霖之助は、篭から魔理沙の上着を取り出す。
皺が出来ないよう広げて、ふと思う。

「……大きくなったな」

魔理沙のことは彼女が生まれたときから知っている。
その頃から比べたらなんと成長したことだろう。
いつかは誰かと結婚し、子を産み、連れ立って自分の元へ遊びに来たりするのだろうか。
だとすると相手はどんな人間だろうか。
まず、心が広くないと駄目だろう。
魔理沙のわがままに付き合ってやるか、笑って見守ってやれるか。
蒐集家だからいろいろなものを拾ってくるが、掃除はからっきしな魔理沙だ。
それらを片付けるため、掃除上手である必要もあるだろう。
或いは、魔理沙の拾ってくる品々は大抵はあまり価値のないものだが、時折価値の高いものも含まれている。
価値を見極められるなら店を開いて売るのもいい。
魔理沙が行動的な分、逆に落ち着いた人物がいい気がする。
となると年上の人間か。
存外に物を知らないから、物知りな人間がサポートしてやるといいかもしれない。
しかし、霖之助には該当する人間が思いつかなかった。
勿論妖怪にも――少なくとも男には――いない。
魔理沙はがさつで掃除は苦手だが、料理はうまいし意外と世話好きでもある。
なかなか本音を言わないところもあるが、根は素直でとても良い子だ。
きっと魔理沙と結婚する人間は、とても苦労するだろうがそれ以上に楽しく毎日を過ごせることだろうと思う。

「……まぁ、僕が考えるようなことじゃあないか」

またもや父親の心境になりかけていた自分に苦笑しつつ、服を紐に吊していく。
そして、霖之助が白い布に手をかけたところで

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁーーー!!!」

と、魔理沙の声が響いた。
ぎょっとして思わず振り向くと、そこにはタオルを一枚身体に巻いただけの魔理沙が立っていてさらに驚く。

「ま、魔理沙……!なんて格好をしてるんだ……」

思わず片手で顔を覆う。

「着替えならすぐに持って行くから、もう少し待って……」

だがそんな霖之助の言葉を無視し、魔理沙はツカツカと歩いてくる。
俯いていてその表情はうかがい知れないが、なにやら放たれる迫力に思わず気圧される霖之助。
そして、霖之助の目の前まで来た魔理沙は、その手から白い布――下着を奪い、隠すように背を向ける。

「何を……」

呆気にとられる霖之助に、顔だけを向けて睨み付ける。
その顔は赤く、頬は脹れていた。
そこでようやく霖之助は理解する。

「……あー…」
「お前はもっとデリカシーってもんを知るべきだぜ…」

うらめしそうに見つめてくるその瞳は少し潤んでいた。

「……すまない魔理沙、僕の配慮が足りなかったようだ」

ようやく合点がいった霖之助は素直に謝る。
しかし、次の瞬間には吹きだしていた。

「なっ、なにがおかしいんだよ!」
突然笑い出した霖之助に驚きながらも憤慨する魔理沙。

「ああいや、ごめんごめん、真っ赤になってふくれる君の顔が面白くて、つい…ぷっ…くくく…」
「わ、笑うなぁ!」

なおも笑い続ける霖之助をぽかぽかと両の手で叩きながら抗議する。

「悪かった、悪かったよ……痛い痛いって」
「わ、私だってもう立派なレディなんだからな!子供扱いすんな!」

涙目になってぽかぽかと自分を叩く少女をレディと呼べるのだろうかと思いつつ、少女の頭に手を置く。

「ごめんよ魔理沙」

そういって頭を撫でる。

「そうだな、君ももう立派なレ…れでぃ…ぷっ、うくくっ」
「いい加減にしろよお前っ!!」

再び笑い出した霖之助の脛を思い切り蹴飛ばす。
たまらずうずくまり、今度は霖之助が涙目となった。

「ふんっ」
「い、いたたた……酷いじゃないか魔理沙……」

と、霖之助が抗議の声をあげたそのとき。
はらり、と、霖之助の視界で1枚の布が舞い落ちた。
思わず目で追い、床に落ちたそれがなんであったかを思い出す。
そしてはっとし、視線を上げた。
このときのことを、後に霖之助はこう語る。

下心があったわけじゃない、風邪を引いてしまうんじゃないかと心配になっただけだ、と。

果たしてそこには、一糸纏わぬ生まれたままの魔理沙がいた。

「……魔理沙、まずは落ち着こう。そう、これは不可抗力。
重力というのは全てのものに等しくかかっているという証明であり、あれだけ激しく動けばその重力にたかがタオル一枚では抗えなくなるのも当然だ。
つまり、その全ての罪は重力にあるが、重力は世界になくてはならぬものであり、
もしかするとこれは重力に逆らい空を飛ぶ君に対する罰なのかもしれないというかなんというか、兎にも角にも僕は悪くないんじゃないかと思うわけで」

捲し立てる霖之助だが、聞いているのかいないのか、魔理沙は黙ってタオルを拾い巻き直す。
と、その右手にはいつの間にか一枚の符が握られていた。
特になんの変哲もない紙だが、これはある宣言をするときに用いられる。
そう、それはスペルカード。
それがスペルカードであることは霖之助も知っていた。
あれは確か、星符……。

「エスケープベロシティ」

魔理沙のその宣言と共に、霖之助の身体は宙を舞い、その意識も同時に飛んでいった……。



☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★



目を開くと天井が見えた。
よく見知った天井だ。
細かい染みの位置まで覚えて……はさすがにいないが、見間違うことがない程度には覚えている。
この見慣れた天井は、間違いなく自分の寝室だ。
少しずつ意識が覚醒していくに従って、顎に痛みを感じ始めた。
そしてようやく、自分が気絶していたのだと霖之助は気づく。

「あいたた……」

顎をさすりながら身体を起こそうとするが、思いのほか身体が重い。
そんなにダメージがあるのかと思ったが、そうではなかった。

「……魔理沙」

顔を横に向けると、霖之助の袖にすがりつくような格好で魔理沙が寝息を立てていた。
看病でもしていてくれたのだろうか。
そもそもの原因は魔理沙だが。

「……まぁ、僕も悪かったな」

気を失う直前の映像を思い出し、少し赤くなる。
外から差し込む光も赤い。
今魔理沙が起きても、その言い訳には困らなさそうだった。

「いつの間にか晴れていたんだな」

窓から見える夕焼け空に目を細める。
随分と時間が経っているようだ。

「さて、どうしたものかな…」

身体を起こせば魔理沙も起こしてしまうだろう。
かといってこのまま寝ているわけにもいかない。
何故か魔理沙は霖之助の袖をしっかりと握っており、外そうとすればどうやっても起こしてしまいそうだった。

「そう言えば昔もこんな風に袖を握られて、動けなかったことがよくあったな…」

まだ幼かった魔理沙はとても霖之助に懐いていて、人里の霧雨家に用事があって出向いたときなどは、四六時中あとをついてきていたものだった。
帰ろうとすると泣いて嫌がり、霧雨の親父さんの頼みもあって仕方なく泊まることになるのもよくあることで、そのときは必ず霖之助と一緒に寝たがった。
そして、まるで逃がさないとでも言うように袖をしっかり握って眠り、泊まる度に袖が片方だけ伸びた服が増えていった。
そんな幼い魔理沙の姿と、今隣で眠っている魔理沙を重ねる。
面影がある。
同一人物なのだから当然だ。
当然だが、こう……幼かった魔理沙とは違うのだなと言うことも、感じさせた。
再び、気絶する前の映像が浮かんできてしまい、慌てて頭を振って霧散させる。

「何を考えてるんだ僕は……」

とその時、魔理沙の瞳がぱっちりと開いた。
思わずうわっと声を上げて飛び起きる霖之助。

「…失礼な奴だな……ふあぁ……」

魔理沙も身体を起こし、欠伸をしながらのびをする。

「ったく、起きたんなら起こせよな」

手ぐしで髪を直しながら、枕元を視線で示す。
そこには1枚のメモが置いてあり、『起きたら起こせ』と書かれてあった。

「あ、ああ……いや、僕も起きたところで……はは」

何を慌てているのか自分でもわからなかったが、ともかく取り繕う霖之助。
眼鏡をかけていないことに気づき普段眼鏡を置く場所に目を向けるが、視界がぼんやりしてよく見えない。

「ほら」

すると、すぐに魔理沙が眼鏡を手渡してくれた。

「ああ、すまない、ありがとう」

眼鏡を受け取り、それをかける。
動揺した心を落ち着けようと一旦外を見て、軽く深呼吸。
なにごともなかったかのように振り向いた途端、

「で、何を考えてたんだ?」

と、機先を制された。

「あ……き、聞いていたのか…」
「なんとなくだけどな。丁度起きたくらいだった。それで、一体何を考えてたんだ?」

魔理沙は立ち上がり、霖之助に詰め寄る。
その表情は獲物を追いつめた猫のような笑みだった。

「う……いや、昔を思い出していただけ、さ…うん」

嘘は言ってない。
と、心の中で言い訳をする。
なんに対しての言い訳なのかもよくわかっていなかったが、言い訳しなければいけない気がした。

「昔って?」
「ほら…君がまだ実家にいた頃、僕が泊まると必ず一緒に寝ていただろう?この袖を見て、それを思い出したのさ」

伸びた袖を指して言う。
その途端、魔理沙の表情が陰った気がした。

「ふーん……悪かったな」

ふいっと霖之助に背を向ける。

「いや、もう昔のことだし、これももうそろそろ古くなった服だしね、気にすることはないよ」

何か機嫌を損ねるようなことを言っただろうかと考えるが、霖之助にはさっぱり思いつかない。
どちらかと言えば服を台無しにされた自分の方が機嫌を悪くするところなのではとも思ったが、実際特に怒る気もないので黙っておく。

「そういや香霖、私は腹が減った」

唐突に魔理沙がそう言った。

「なんか美味いもんが食いたいぜ」

どうやら催促してるらしいと気づく。

「……ふむ、君の言わんとしてることはわかるが、もう時間も遅いのだし…」
「タダ見するつもりか?」
「ぶっ」

思わず眼鏡がずり落ちる。

「た、タダ見って、あ、あれは不可抗力というか偶然というか……」
「私は『何を』タダ見するのかなんて言ってないぜ?」

そう言って振り返った魔理沙の顔は、いつものいたずらっぽい笑顔だった。

「う……」

思わず声を詰まらす霖之助。

「…はぁ…わかった、わかったよ、僕の負けだ」

柔らかな苦笑を浮かべ、両手を上げて降参の意を示す。

「それでは何をご所望でしょうか?僕に作れるものでしたら、なんでも作って差し上げますよ、姫」

臣下が主にするように腰を折り、冗談めかしてそう言った。

「うむ、くるしゅうないぞ、霖之助」

満足げな笑みで頷いてみせる魔理沙。
珍しく名を呼ばれ、霖之助は少しドキッとするがすぐに二人して笑い出す。

「さて、食材は何があったかな。足りないようなら里に買い出しに行かないとね」
「キノコならあるぜ、今日採ってきたとっときのが」
「そうか、ならキノコスープでも作るかな。っと、それは食べられるキノコなんだろうね?」
「大丈夫だぜ、食べられないキノコなんてないからな。食べたあとにどうなるかはしらんが」
「おいおい…」

そうしてまた笑いあう。
なんだかお互い少し不思議な気持ちになった一日だったが、その正体を突き止めるのはまだ先のことになるだろう。
今はただ二人、この微妙で曖昧な距離感の中、笑いあって、楽しく共に居られることを何よりも幸せに感じつつ。


いつかこの関係が変わっていくのか、それとも変わらないままなのか、それはまた、別のお話……。
 初投稿になります、よろしくお願いします。
魔理霖が大好きでとにかく魔理霖の妄想ばかりをしております。
ツイッター上でフォローさんが呟いた「雨の日のまりりん」と言うキーワードから妄想したものを形にしてみました。
まともに書き上げたのは初めてなので拙いと思いますが、少しでもニヤニヤして頂ければと思います。

 キーワードをくれたフォローさん、アドバイスをくれた方々、ありがとうございました!
Rルジャ
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コメント



0.2540簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
おもしろかったです。ニヤニヤしちゃいました。
8.100名前が無い程度の能力削除
もうさっさと結婚しちゃえよwwwwとニヤニヤしましたw
10.無評価Rルジャ削除
>>1
ありがとうございます!ニヤニヤして頂けて嬉しいです!

>>8
早く結婚して欲しいですね!wニヤニヤありがとうございます!
11.80名前が無い程度の能力削除
レディと呼ぶには早すぎる、と言った所でしょうか。
何とも言えない距離感の二人が素敵です。
12.100名前が無い程度の能力削除
正統派だねぇ、安易な萌えよりよっぽどいい
15.無評価Rルジャ削除
>>11
ありがとうございます!レディと呼ぶにはもう少し時間が必要ですね!この距離感がどうなっていくのかを妄想するのも楽しいです。

>>12
ありがとうございます!正統派と言って頂けてとても嬉しいです!
25.100名前が無い程度の能力削除
ぬぐおおおおおおおおお!!!じれったああああああい!!!!!!
微笑ましくもあり切なくもあり、何というか、出汁だけで作った
物凄く美味しいスープを飲んだ気分です。
28.60名前が無い程度の能力削除
確かに話の展開は面白いと思うが・・・構成がちょとぐだぐだ過ぎる
もう少し読みやすく練り直して欲しかった。特に中盤から後半が
30.100名前が無い程度の能力削除
かわええのうwwwかわええのうwww
33.100名前が無い程度の能力削除
やはり、魔理霖はこういうのが一番ですなぁ
35.無評価Rルジャ削除
>>25
ありがとうございます!このじれったさが好きなんです!

>>28
アドバイスありがとうございます!勉強させて頂きます!

>>30
かわいいと言って貰えてとても嬉しいです!ありがとうございます!

>>33
ですよね!これ以上踏み込んだのも好きですが、やはりこのくらいが一番好きです!ありがとうございます!
51.100名前が無い程度の能力削除
魔理霖はよきものだ!
55.無評価Rルジャ削除
>>51
ありがとうございます!その通りです!魔理霖は良きものですよね!!
62.100名前が無い程度の能力削除
これは良い魔理霖!

>しかし、霖之助には該当する人間が思いつかなかった。
おめーだ、おめー!w
鏡見ろ!w