Coolier - 新生・東方創想話

黒ノ運命<後編>

2009/02/18 14:33:46
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 これは作品集69にある前作の『黒ノ運命<前編>』の続きですので、前作を読まれないと理解できない部分があると思われます。
 オリ設定、こんなレミリアは知らない、この組み合わせは無いだろという人は避難してください。それでもかまわない方はスクロールでお読みください。


 <黒ノ運命>

 
 あの宴会から三日が経った今日、再び宴会が行われることとなり、魔理沙は紅魔館を訪れていた。幹事として出席者を募るためであり、この紅魔館の主であるレミリアに出席の確認を取るためである。
 居眠りしている門番の真上を楽々と通過してから館内に入ってすぐにレミリアの部屋を目指す。一番高い場所に設けられたレミリアの部屋の場所を魔理沙が知っているのは宴会についての話をするために良く訪れているからである。いつも通りなら、その目の前でホウキから降りてドアをノックしてから入室するのだがそれが違った。
 レミリアの部屋の扉が見えたところで、部屋の前に立っている人影が見えた。紅魔館で働く全てのメイド達に指示を出しているメイド長の咲夜であった。しかし、その顔はどこか暗くて魔理沙の接近を確認すると申し訳なさそうに顔を曇らせる。

「咲夜~、今日の宴会のことなんだが―――」
「魔理沙、お嬢様は参加しないそうよ」

 魔理沙の言葉を待つことも無く咲夜はそう告げる。そして、珍しいこともあるもんだな、と魔理沙は一言だけ呟く。その顔にはこういうこともあるよなといった珍しい出来事を目にしただけの感慨しかなく、そのまま再びホウキに跨ると咲夜に一言別れを告げてその場から去って行った。
 その後姿を見えなくなるまで確認した咲夜は、レミリアに宴会に参加しないことを告げたということすら言うことなくその部屋の前を後にした。それはレミリアが望んだことであり、咲夜もまたそれを命令したレミリアの姿を見たくなかったからでもある。
 レミリアの自室は大きく損壊していた。ベッドの足は折れ、引きちぎられた枕からは綿が飛び出し、全身を写しだせるほどの大きな鏡は完全に割れ落ち、破片も片付けられることなく紅い絨毯の上に散らばったまま、この三日間レミリアはこの部屋に人を入れなかった。厳重に鍵を閉め、窓も閉め、昼間も夜も部屋の中に閉じこもっていた。
 そしてその異常な事態に気づいたのは咲夜だけであった。レミリアの世話をしているのは咲夜であり、他のメイドたちはほとんどレミリアの部屋の掃除を行うことも無い、一種の意味でレミリアが今何をしているのかを知ることが出来ないのである。
 そして、命令を受けた咲夜もまたレミリアの部屋の中の惨状を知っているわけではなかった。
 レミリアの心にあるのは後悔の念だけであった。楽しいことなど考えたくなかった、彼女の運命が狂ってしまったのに今まで笑ってきた自分自身が酷い存在に見えて狂うほどに心が痛んだ。それが限界に達するとレミリアは周りの家具などを破壊して心が壊れるのを防いでいた。
 この三日間、レミリアは笑っていない。笑うなんてことが出来ないし、なにより外の世界を危惧していた。
 頭に過ぎるのはひょんなことで外へと出てしまい、彼女に会ってしまったらどうなってしまうのかがわからないから。多分、彼女は私に笑いかけてくれるだろう、あの笑みを私に向けてくれるだろう。夢の中の少女と同じ笑みを私に向けてくる。
 そしてレミリアはその笑顔を向けられることを一番に怖がっていた。心の中に聞こえるはずも無い彼女の怒りの声が聞こえてくる気がする。彼女が言っているわけでもないのに、彼女自身が放っているわけでもないのに、彼女の言葉に似た恐ろしい言葉が襲い掛かってくる気がしてならなかった。
 三日前の宴会は戻った後、ずっと魔理沙と顔を合わせないようにしていた。顔がこちらに向いたと思うとすぐにお酒か紅茶を飲んで視線を合わせないようにして、宴会が終わったら直ぐに紅魔館へと戻り、眠りに着いた。そして夢を見た、少女が私を怒りの篭った目で睨みつける夢。
 私が親に捨てられたのはおまえのせいだ。おまえに話しかけたりしなければ良かったんだ。私の運命を変えておいておまえが笑うなんて許さない。おまえが私の人生をメチャクチャにしたんだ。しんじゃえ!
 謝って、謝って、謝り続ける彼女を囲むように増えていく少女達はやがて成長していく、声も段々と彼女へと近づき、最後に魔法使いとなって呟くのだ。

『ユルサナイヨ、レミリア』
『ユルシテアゲナイ』
『レミリアダケガワラッテイルナンテユルサナイ』
『シンジャエ』
「ああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!!!!!」

 大声で叫ぶと近くにある机を思いっきり床に叩きつけて粉々にする。大きな音が響いたとしても誰かが来ることはない、外の空間へと音が漏れないように改造したことがあったから、彼女の心情を理解できるものなどいなかった。
 だが、それはそれで良かった事と言えた。なぜなら、今の彼女がこの姿を他人に見られたとして、その精神を保っていられるかわからない状態でもあったからだ。
 机がただの木の破片になるまで甚振り続け、やがて心の中が落ち着いてきた頃になってレミリアはその場に膝から崩れ落ちる。
 息は上がり服は嫌な汗で濡れ、その吸血鬼として持っている羽は弱弱しく垂れていた。
 静かになった室内と、落ち着きを取り戻した心は次第に脆くなっていき、それは押し留められなくなり涙という形で崩壊した。
 声を押し殺して泣く、まったく水も飲んでいないというのに涙は流れ続ける。許されない罪を背負って涙を流す、まるで許しを請う子供のように涙を流しても彼女の中に潜む心の痛みはその罪を許すことが無く、逆に攻め立ててくる。
 涙を流したからと言って許されるわけがないだろう、泣いて全てが解決すると思っているなんてお子様だな、彼女が受けた非常な運命を思えば泣けるはずもないのになぜ泣いているんだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 許しの言葉を並べても、レミリアを許す言葉は存在しないし、彼女を許してくれる者も存在せず。心の中からの非難という悪循環は続く、彼女が完全に泣き止んでまた静かになった頃には日を跨ぎ、月の角度も変わってしまった頃だった。
 荒れ果てた部屋の中、レミリアは泣き疲れて眠りに落ち、またその夢を見ては起きることを繰り返した。その光景を一人眺めているものがいたことも知らずに。





「おっ、また元の味に戻ったじゃないか」
「えへへへ~、ありがとう御座います」
「本当、こんな短期間で戻るなんてすごいわね」
「私の苦労の賜物よ。あの味二度と忘れないわ」

 苦い顔をしてそう語るパチュリーは静かにそう呟きつつ新しく出来た小悪魔ティーを飲む。この味に辿りつくのに三週間くらいの時間が経っていて、その間の紅茶の品評を行っていた唯一の人物であるパチュリーは実験台であったといえる。
 そしていつも通りの中に一人だけ違う影があった。それは腋が露出しているおかしい巫女服を纏った博麗神社の巫女こと博麗霊夢である。
 あまり紅茶というものを飲んだことがない彼女にとっても、小悪魔が作った紅茶は口に合うものであり、今現在五杯目の御代わりを頼んだところである。ちなみに彼女がぶら下げているバックは紅魔館のお菓子とかを持って帰るためのものである。出来ればここで食料調達を行おうという魂胆でもあるらしい。
 そしてまた運ばれてくる新しい紅茶を受け取ると静かに飲み始める。巫女が紅茶を飲むという異様な光景ではあるが、それを抜いてもこの輝かしいお茶会の光景はとても華麗なものだといえただろう。

「まったく、私の紅茶も抜かされるかもしれないな」
「弟子は師を越えるものです、魔理沙さんの紅茶を研究し続けてやっとここまでたどり着いたんですから抜かす気まんまんですよ~」
「けっ、小悪魔のがんばりは認めるけど、そう簡単に負ける気なんてないからな」
「がんばってくださいね、師匠」

 憎まれ口を叩きあいながらものんびりと紅茶を飲む二人はふと、あることを思い出して魔理沙はにこやか笑顔を、小悪魔は少しばかり暗い顔をした。それは小悪魔紅茶庭園が一度消え去ったあの日のことを思い出しているからである。
 こうして紅茶庭園が再び息を吹き返し、ここまで来るのにかかった三週間という時間は小悪魔にとっての戦闘だった。小悪魔の熱心さを一番知っているパチュリーはその時の小悪魔の働きっぷりに感心していた。
 図書館の仕事を最優先で終わらせ、すぐさま庭園へと向かい世話をする。図書館以上の行動力を発揮する小悪魔に対して、いつもそれくらい働いてくれればいいのだけどと呟いたこともいい思い出だ。そしてパチュリーの味鑑定が二週間に渡って続きこの味が生まれたのだ。それは語られない、語るに及ばない、語ると長くなるから語れない。

「そういえばレミリアはどうしてるのよ。あいつこの頃神社に来ないからさ」
「レミィなら部屋で眠ってるわ。この頃は眠ってばっかりでめ、でも夕方くらいになったら起きるんじゃないかしら」
「なら今日の宴会は来てくれるかもしれないな!」
「そうよねぇ~、レミリアこの頃宴会に参加してくれないものね。なんか変な病気にでも罹ってるんじゃないのかって心配になるわ」
「……………」

 その会話にパチュリーは眉を一瞬だけ潜め、そのまま紅茶を口にして静かになる。その様子に気づいたのは対面に座るアリスだけであったが、それに気づかない三人はそのまま紅茶の話に戻り、やがて夕方が近づくと魔理沙はホウキに跨りレミリアの部屋へと向かう。
 この三週間、一度もレミリアの姿を見ていないことが少しばかり気になっていたが、それも今日で終わりだと思ってその部屋の前に行く。赤い通路の先にある彼女の部屋には同じようにその人間の姿があった。静かに魔理沙を威圧するかのように立つその人影は、また同じように表情を曇らせる。
 嫌な予感がしていた、この三週間の間一度もレミリアの姿を見ていないのがこのシチュエーションであったからだ。もう頭の中で言われる言葉は想像がついている。でも出来れば今日だけはその言葉が違うものであることを望んで言葉を掛ける。

「咲夜、今日の宴会のことなんだけどさ」
「魔理沙、お嬢様は参加しないそうよ」

 結局変わらない言葉が返ってきた。後はこの三週間取ってきたようにホウキに跨りこの場を去るだけであった。
 そう、今日もレミリアは調子が悪いんだ、だから宴会に参加できないんだと自分に言い聞かせるようにするが、魔理沙はホウキに跨ることもせずに咲夜を無理やり扉の前からどかす。

「レミリア、宴会に何で来ないんだよ。みんな心配してんだぜ、私だってそうだし、霊夢だって、咲夜だって心配してんだ」
 
 大きな声で発せられる言葉はその扉の奥にいる彼女に伝わっているのか、そんなことはわからなかったが魔理沙は出来る限り大声で言葉をかけ続ける。

「宴会で何か欲しいものがあるのかよ、それともケーキをもう少したくさん用意したほうがいいのか、紅茶だって用意できるぞ」

 閉じられた扉が開く気配は無い、魔理沙の声だけが響く廊下、咲夜は魔理沙を止めるつもりもなく、ただ彼女の発言に耳を傾けること以外できることなどなかった。魔理沙の言葉が廊下に反響してもその扉が開き気配は無い。

「なぁレミリア。私が何かしちゃったのか、あの宴会で席外れた後、私の目線から逃げてるみたいに顔を逸らしてただろ。なにか気に触ったことがあるなら謝るから、なぁ、出てきてくれよ」

 言いたく無かったことも言った、魔理沙は席を外して戻ってきたときからレミリアに避けられていることを感じ取っていた。理由はわからないにせよ、それは魔理沙にとって一番悲しいことであった。友達に視線を逸らされる、しかも露骨で目を合わせようなどと考えていない逸らし方、でもそれは一時のことだと思っていた。
 しかし、この三週間レミリアは紅魔館から出ていないんじゃないかと魔理沙は感じ取っていた。自分自身が原因なのではないかと思っている。
 言いたいことを全て言い放って魔理沙は不甲斐ない気持ちになる。一方的に言葉を連ねるだけ連ねる相手がそれを聞いてどうなるかもわからないままに。そして魔理沙はその場から逃げ出すようにホウキに跨って飛び去り、咲夜はその姿が消えるまで見送り扉に目を向けた。

「お嬢様………」

 その覇気の無い言葉だけを残して咲夜の姿は忽然と消え、廊下は静けさに包まれた。
 扉一枚を隔てた先にはボロボロになったレミリアがいた。涙を流し、所々に亀裂が入りボロボロになってしまった服を身に纏い、その顔に以前のような明るさはなく、どこか暗いものがくっ付いたかのように細くなっていた。
 この三週間という時間、誰も起きていない深夜にだけ起きてレミリアは紅魔館の館内を歩くだけの生活を送っていた。食べ物が食べたいからでもない、シャワーを浴びたいからでもない、汚れや破け目が目立つ服を取り替えるために外に出たわけではなかった。
 その理由は彼女の部屋に散乱していた。
 椅子、机、人形など、元々彼女の部屋には無かったはずのものが溢れかえっている。そして、それらは完全に破壊された状態で放置されていた。そう、それらはレミリア自身が心の支えとするために紅魔館の適当な部屋から持ち出され、レミリアによって壊された物の姿であった。
 彼女が夜の紅魔館を徘徊していたのは自分の心を繋ぎとめるため、破壊衝動を惜しげもなく与えることの出来る何かを手に入れるためであった。そして今さっきまで壊していた人形は、首が解れ、目玉が飛び出し服はバラバラ、手と足は一本ずつ無く、もはや人形と呼ぶにも難しい形になって彼女の腕の中にあった。
 だが、人形を壊す行為に歯止めをかけたのは外からの魔理沙の声であった。

「ごめんなさい」

 もう何度目になるかもわからないその言葉を呟いて手に握られていた人形が床に落ち、涙も同じように零れ落ちた。静かに落ちる人形の目はその拍子に外れコロコロと転がる。
 解れた首もその拍子に千切れ、その残った片目がレミリアを威圧するように向けられている。
 胸が痛くなる、もう三週間という時間は、彼女の心をズタズタに引き裂きつつあって、何かの拍子に彼女自身が壊れてしまうのではないかというところまで来ていた。そして今さっきの魔理沙の言葉はレミリアの心に新しい歪を生み、その心の負担を大きなものへと変えていく。

「魔理沙が悪いんじゃない、私が悪いの、私が、私が………」

 魔理沙は気づいていた。私があの日、魔理沙と視線を合わせないようにしていたこと、絶対に合わせないように勤めていたことを、それなのに自分が悪いと思い込んでいる。それは違う、私が全て悪いのに、なんで彼女が私に謝っているのかわからなかった。
 だから、彼女の心は余計に歪な痛みを覚える。もう、バラバラになってもおかしくない心を集めることも出来ず、ただ涙を流し続け、それが枯れる頃にはもう外は暗闇の世界へと姿を変えていた。
 虚ろな瞳が天井を眺めても、天井はなに言わないはずだった。

「そんな目を向けないで頂戴。気が滅入るわ」

 天井から声が発せられたことにレミリアは驚くことも無く、その声の主を言い当てる。

「八雲紫?」
「ご名答、ちょっとお邪魔するわよ」
 
 天井に一筋の亀裂が走ったかと思った瞬間、突然出現するスキマ。その隙間の中から現れたのは紫色の服に白い傘、そして出来れば見たくなかった金髪を持った妖怪、八雲紫であった。まるで珍しいものを見るかのように室内を見回した紫は溜息を吐いてからレミリアに目を向ける。
 さすがの紫もこのレミリアの様子には驚いていた。あのわがまま身勝手のお子様吸血鬼がこのような姿に変貌することなど誰が予想できただろうか?
 しかし、それ以上に紫がここに現れた理由がある。それは三週間前の最初の日からレミリアのことをたびたび観察していたことと関係していた。紫が動くのは幻想郷に何かしらの影響を与える何かが起きたときだけである。そして、それを事前に止めようと考えたとき彼女は動く。

「いつから、見てたの」
「貴方が魔理沙の宴会に行かないって告げた日から時々ね。今は貴方の感情の境界を少しばかり弄ってあるからこうして会話が出来ているのよ。何もせずに来たら貴方壊れちゃいそうだったし」
「そう、なんか落ち着いてるな、って思ってたけどそういうことだったのね。それで何か用なの?」

 力なく笑うレミリアを見ながら紫は本題を切り出すことにする。そう、それこそが彼女の本来の目的、別に彼女を宴会に連れて行くなどということが目的なわけではないのだ。
 紫には紫がしなければならない目的があるのだから。

「単刀直入に言うけど、あなた暴走しかけているわ」
「暴走?」

 紫はレミリアが暴走しかけていると話す。それがその心の中に渦巻く後悔や自虐などが原因であることなど彼女自身知る良しもなく、それらは日々どんどん溜まっていき、ついには無視できないレベルにまで溜まっていた。
 紅霧異変など軽く思えるような異変が起きる可能性があったのだ。紫の力でその境界を曖昧にする方法もあるが、記憶の境界まで弄れるほど境界の能力は万能ではない。だからこそ、その記憶の解決が一番の難問点だと紫は考えていた。
 静かに紫の言葉に耳を傾けているレミリアはその異変の規模がどんなものになるのかを考えてみた。そのまったく動かなくなってしまった頭で考えられるだけ考えたが、結局どんなことが起きるのかを予想するに至らない。

「わからない、ねぇ、紫教えてよ」

 焦点の合っていない目を向けられ、紫は少しばかり考えた後呟いた。

「貴方が潜在的に持っている『運命を操る程度の能力』が暴走して、幻想郷のありとあらゆる生きとし生ける者がおかしな運命を歩むことになるって言ったらどうする?」
「!!!!」

 その言葉にレミリアの心が跳ね上がるのを感じ、紫は境界の力を強める。今の話だけでレミリアの心は境界を駆使していたとしても錯乱状態に陥るほどに高ぶってしまったのだ。汗を掻き、突然の心境変化に戸惑いながらもレミリアは口を開いた。

「なんでそうなるの?」
「貴方がこの頃、自分の潜在的な能力を呪っているからよ。呪いっていうのは思っただけでもそう言った力を持ってしまうものなのよ」
「ど、どうしたらいいの?」
 
 紫の言葉を全て聞き終えたレミリアは四つん這いで紫の足元までやってくるとそう懇願する。それがレミリアに出来る行動であり、今の最善であった。
 もう、自分の力で解決策を見つけることなど出来ないレミリアに紫は囁くようにして呟く。それがどれほど難しいことであってもそれが紫の考える最善の方法だからだった。

「魔理沙に全てを話しなさい」
「!!!!!!!」
「魔理沙は許してくれるわ。あの子はそんなことで貴方を裏切ったりしない、恨んだしたりしないわ」

 気休め程度の言葉にしかならないことくらいわかっている。だが、紫は魔理沙がその話を聞いたとしてレミリアを嫌ったり、恨んだりするような人間ではないと信じている。だってあの魔理沙なのだから、人当たりの良い根っこは真面目な魔理沙なのだからレミリアを突き放したりしないと信じられるのだ。
 でも、それを話すことが出来るのはレミリアだけであり、レミリア自身が前に踏み出さないとどうにもならない問題であった。レミリアは紫の言葉を信じることが出来ずに震えているだけで、なにも言葉を発しようとしない。
 だから、彼女は気休め程度にもう一つの方法を提示する。それはレミリアの心の負担を軽減させるための方法であるともいえた。

「それが出来ないなら誰か他の人に話を聞いてもらいなさい。気休めにもならないかもしれない、その相手に否定されてしまうかもしれないけど」
「……………」
「でも出来るなら直ぐ魔理沙に話してあげなさい。そうすれば貴方の心も救われるし、なにより魔理沙が安心するわ」

 一方的にそれだけを告げて紫はレミリアから距離を取る。もう、紫にできることは何も無く、これでもし後三日間の内になにも変化が無かったら、強硬手段に出るつもりもあった。
 レミリアからの返答を期待していたが結局何も彼女は語ることも無く、虚ろな目で絨毯を眺めているだけでその光景を最後に、紫はレミリアの部屋からスキマを使って出て行き、また一人残されたレミリアの感情が戻っていき、その破壊衝動を再び人形に全てぶつけた。
 そしてレミリアは………………





「ふぅ~、今日も疲れたわね」
「そうですね、ふわぁ~

 ヴワル魔法図書館の中、中心に設けられた机に腰掛けながら特性紅茶を飲みあう二つの陰。紅茶実験台のパチュリーと紅茶庭園管理者兼運営者の小悪魔である。
 今さっきまで続いていた棚替えの作業を終えて今現在、今日の夜を締めくくるであろう紅茶にその身を委ねていた。そして、その机の上には一つ籠が置かれている。

「結局、魔理沙さん忘れていきましたね」
「それくらいレミィのことが心配だったってことよ」
 
 それは魔理沙が忘れていった籠であった。レミリアに会いに行くと言ってから結局戻ってこなかった魔理沙の忘れ物、中には色々と魔法に関係のありそうな薬草やキノコなどが入っている。しかし、そんなことはもうどうでもいいのか、小悪魔は溜息を漏らして呟く。

「お嬢様、私の紅茶も飲んでくれるかな~」
「この出来なら大丈夫よ、レミィも喜ぶはずだから」
「そう言ってもらえると嬉しいです。ふわぁ~」

 大きく口を開けて欠伸をする小悪魔、もう深夜という時刻になりさすがに眠くなってきたのか、少しばかり動きが鈍くなっている。パチュリーは正直な所、もう本当に眠りたいところであった。直ぐにでも横になりたいといったところだ。
 しかし、先に小悪魔を寝かしつけないといけないわけでまだ、起きていると言わんばかりの表情で小悪魔に語り掛ける。

「小悪魔、ご苦労様。もう休んでいいわよ」
「ふぅ~、そうさせてもらいます。ちょっと疲れちゃいましたから」
「そうしなさい。明日もよろしく頼むわ」
「はい、それではパチュリー様、おやすみなさい」
「おやすみ」

 その言葉を最後に小悪魔はふらふらとした感じで浮遊し図書館を後にした。扉の閉まる音と共にパチュリーは静かになった部屋の中、その気配の元に向けて顔を向けていた。今さっきの小悪魔との会話のうちに発生したその気配は三週間ぶりに感じる気配であった。
 だから、少しばかり聞きたいこともあって直ぐに声をあげる。

「こんな夜遅くに何の用かしらレミィ」
「パチェ………」

 暗がりの中にはレミリアの気配があった。でも、向こうから発生している声にいつもの覇気の感じられない。むしろ今にも死んでしまいそうなか弱い小動物のような声。
 しばらくの間の沈黙が過ぎ、レミリアが暗がりから現れ、その姿を見たパチュリーは絶句する。ボロボロな服もそうだが、その手に握られている人形は、まるでフランが壊してしまった人形のように左手以外のものが欠如し、綿は腸を引き釣り出したかのように腹から漏れ出していた。
 そしてなにより、その表情がパチュリーから言葉を奪う。
 隈、痩せ細ってしまった顔、暗い表情、もう笑うことなど無いのかもしれないというほど感情が消え去った顔、そして目から頬にかけての涙の跡。それらがパチュリーの知るレミリア・スカーレットのイメージからとても離れているものであった。

「どうしたのよレミィ」
「パチェ、わ、私………」
「その前にシャワーでも浴びてきなさい。何か話したいことがあるんでしょうけど、その格好をまずは正してきなさい」
「…………わかった」

 弱弱しい言葉を発し、レミリアは図書館にこの頃設置されたパチュリー専用のシャワー室へと向かう。
 ボロボロになった服は脱ぐというよりも破くという感じで脱いだ。解れすぎた糸は少し力を加えただけでも壊れてしまい、下着もまた同じように破けてしまう。
 久しぶりに見る自分の姿にレミリアはこれが私への罰なのかも知れないと思った。腕は痩せこけ、肌は汚れ、空を飛ぶための羽はその力を失ったかのようにヘロヘロと縮み、髪の毛には枝毛が目立つ。
 シャワーを浴びながら体を擦るだけで大量の垢が出てしまう。時間の感覚もほとんど忘れていたレミリアはそこでかなりの時間が経過していたことを知った。徐々に綺麗になっていく自分の体、でも心の中まで綺麗にすることはできず、自然と爪で己の腕を引っかいていた。
 自虐の行為、一日経てば直ってしまう外傷であるがゆえに、彼女は壊せるものを探しに紅魔館を彷徨っている最中、ずっとその行為を繰り返してきた、そして落ち着いたらその爪を腕から外し、その傷口をただ呆然と眺める。もう、針で縫わなければ直らないのではないかというくらいにまで広がってしまったその切り傷、それは痛々しいものであったが、すぐにかさぶたになって傷口は塞がれてしまった。
 シャワーを浴び終わり外に出てみれば、そこにはパチュリーが用意してくれたであろう新しい服が置かれていて、それをまるで初めて服を着る子供のように纏ってから再びパチュリーの元へと戻る。

「遅かったわね。座って」
「うん」
 
 椅子に座ったレミリアは対面に座るパチュリーの言葉を待った。もう、自分から話を出来なくなっていたレミリアは、誰かが何かを言わないと行動が出来ないくらいに弱くなっていたからだ。
 用意された紅茶を口に運ぶことも無い、いつもなら真っ先に紅茶を飲むはずのレミリアがである。その様子にパチュリーはこちらが話さないと始まらないことを理解して口を開いた。

「レミィ、あなた宴会に行ってないって本当なの?」
「うん」
「なんでよ。前まで楽しみにしてたくらいなのに、三週間の間に一回も行ってないなんて、咲夜が行っているから一緒に行っているものだと思っていたわ。けど、それじゃ一体何が原因なのよ」
 
 その原因という言葉にレミリアは肩を揺らした。その原因をレミリアはパチュリーに話そうと考えていたのだ。
 今まで三週間、一人だけで悩み続けてきたその原因、紫の言葉通り本来なら魔理沙に打ち明けたほうがいい話をパチュリーにしようとしている。
 だから、レミリアの口は最初にあることを聞いた。

「パチェ、今から話すことを聞いても私を嫌わないでくれる?」

 弱弱しい、受身の発言であった。本来覚悟のある話ならば、相手に嫌われてもその意見を言う必要がある。言わなければわからないこと、それによって相手が得てしまう不快感などそれら全てを受け入れなければそういう話をしてはいけないのに、レミリアはそうパチュリーに聞いた。
 そして、パチュリーはその発言からレミリアが相当追い込まれていることを悟る。そして彼女はそれに静かに頷き、レミリアは下を向いたまま話し始めた。
 夢を見始めたこと、その夢の少女のこと、運命を変えてしまったこと、魔理沙から幸せな運命を奪ってしまったこと、そしてこの三週間の間、ずっと部屋に閉じこもっていたこと、全てを吐き出す。それでも心は安らがない、紫が言っていた気休めになることも無い語り。途中から泣き始めてしまうレミリアをパチュリーはただ見守るだけであった。
 全てを話し終えてレミリアは恐る恐るパチュリーに目を向けると、そこにはパチェリーの固まってしまった顔があった。そしてその視線が何に向けられているのかをレミリアは理解できなかった。

「パチェ…………?」
「な、なんで、なんでこんなときに…………」
「パチェ、パチェ?」
「タイミングが悪いのよ。あんたは!」

 その言葉が誰に発せられているのか、レミリアは理解できず。そしてそれが自分自身に掛けられている言葉ではないことだけが理解できた。なら、誰のことだろうとレミリアは後ろを振り返る。
 その先に広がる暗がりの先に何かがいた。それがその暗がりに隠れるような色の服を着ていることを理解した瞬間に、レミリアの心臓が跳ね上がる。まさか、そんなことがあっていいわけが無いと、こんな風に違う人間に話している、いわば避けているのを見せ付けるような行為を見られて言い訳が無い。
 なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、ナンデ、ナンデ、ナンデ、ナンデ、なンで、ナンで、ナンデ、なんで…………
 錯乱するレミリアの頭の中はその結末を大きく否定しようと必死に動く、頭に並ぶのはそれが起こらないことへの懇願の言葉、彼女のわけがない、彼女のわけないという言葉、今願いが叶うというのならその願いを叶えて欲しいとレミリアが懇願する。
 でも、レミリアの願いが叶う事は――――

「レミリア、今の話って……………本当なのか?」

 ない。
 叶うことなどない。全てを裏切る結末がレミリアには用意されていた。
 暗がりの中から現れる金髪と黒い服装、そしてホウキにその顔がレミリアの視線に飛び込んでくる。その話を聞いて彼女が何を思ったのかなどもうレミリアが気にすることはなかった。だが、それとは異なりレミリアの心には聞こえるはずの無い言葉が彼女の音色で聞こえてくる。

『私の人生をメチャクチャニしたくせに』
『なんで私に話さないで他の奴に話をする?』
『自分のしたことが理解で生きていないなんてお笑いだぜ』
「レミリア?」

 もうレミリアに彼女の声は届かない、届かない、その心配する彼女の言葉は届かない。届くのは幻が語る罵倒罵声だけ、もうどれが本当の言葉なのかを理解できない、それはもう心を切り刻む刃、薄い紙一枚で持ちこたえていた心を意図も簡単に崩していく。
 崩壊していく、レミリアの心が崩壊していく。物は積み立てるよりも崩すほうが遥かに早い、それは信頼や愛情などの精神面でも同じことだ。どれほど屈強な精神を作っても、それが壊れる要因が発生してしまえば簡単に崩れ落ちてしまう。
 
「あ、あああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「レミィ!」
「レミリア!」
 
 二人が駆け寄ろうとした瞬間だった。レミリアの心を支えていた薄い紙が完全に離れた。音も無く離れた心の支えはそのまま彼女の口から絶望の音色となって発せられる。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 この世の生物とは思えない悲鳴、あまりの音の大きさにパチュリーも魔理沙も耳を押さえてその場から動けなくなる。そしてその声は紅魔館全体に広がり、眠りについていた者すら起こすほどにその音をどんどん増していく。
 終わらぬ悲鳴、永遠とも思えるその悲鳴、終わりが来ないのではないかと思えるその悲鳴、その痩せ細ってしまった体から出るのかもわからないその悲鳴、それは経った一分という時間ですら長く感じさせるほどの悲鳴であった。

「あああああああああああああっ」

 しかし、物事に永遠は存在しないように、レミリアの悲鳴は止まった。突然止まる。おもちゃみたいに電池切れが近づいて動作が遅くなるのとは違う。ブレーカーが落ちて緊急停止したかのように不自然に止まる。
 突然の悲鳴の終わりにパチュリーと魔理沙はレミリアを見る。口をあけたまま止まった彼女はしばらくのまま両足で地に立っていたが、それはやがて糸失った操り人形のようにバランスを崩して、それを魔理沙が支えた。

「レミリア、レミリア!」
「………………」
「レミィ?」

 静かに眠る彼女の姿、その姿に魔理沙とパチュリーはほっと安堵の息を漏らした。
 そして駆けつけた咲夜にレミリアを任せると、二人は机に座った。そして、しばらくの沈黙の後パチュリーが口を開く。

「どこから聞いてたの?」
「全部聞いてた」
「タイミング悪すぎるわ」
「へへ、ごめん」

 魔理沙が図書館に入ってきたのは丁度レミリアが話を始めた直後であった。その時はパチュリー自身も話を聞くのに集中していたために魔理沙の気配に気づけなかったのだ。
 全てを聞き終えたときにその気配に気づいたために、パチュリーは固まってしまったのだ。
 そして、パチュリーは全てを聞いたという魔理沙に一つの質問をする。それはある意味でレミリアの代わりに聞くような行為であったが、レミリアの友人である以上聞きたいことでもあったのだ。

「ねぇ、魔理沙。レミィのこと嫌いになった?」

 その言葉に魔理沙の表情は少しばかり曇り、そして考えた結果の言葉を口にする。

「わからない、本人に直接聞かないといけない。私は盗み聞きしちまった。そのことを謝ってからもう一回全部聞かせてもらうつもりだよ」
「そう、でも答えは決まってるんでしょう?」
「まあな」

 それは黒ノ運命を認めるという彼女の意思表示でもあった。それゆえに魔理沙はレミリアの口からその全てを直に聞きたかったのだ。
 レミリアが苦しまないように魔理沙が受けてしまった黒ノ運命に感謝していると伝えたかった。確かに辛いことはあった。親との絶縁などがいい例であるが、それがあったとしても今の魔理沙の人生は楽しいものであったから。
 それが聞けてパチュリーは安心したように笑った。





「なんで、なんでだよ?」

 魔法使いの言葉が響く。小さなベッドの上、眠り続ける彼女のことを見下ろしている魔法使いの目からは涙しかこぼれていない。
 話を聞かなければならなかった、聞いて私はそんなことを恨んでいないと伝えたかった。伝えて彼女を安心させたかった。彼女の心を救ってあげたかった。宴会に再び参加してもらいたかった。だからその部屋を三日間訪れ続けた。
 小さな部屋にいる彼女は眠っている。そう眠っている。胸は上下に動いている。眠っている。

「なんでだよレミリア。どうしてなんだよ」

 ただ魔理沙の言葉だけが響く室内、レミリアはその言葉に答えることも無く眠り続けるのだった。
 
 
 
 こんにちは、BN8です。
 ここまで黒ノ運命を呼んでくださった方にまずお礼を、そしてまだ続きがある終わり方に見えますが。大丈夫です続きあります。ていうか書きたいのです。ここまで不幸に書いてしまった自分を恨みたいところです。しかし、ここから彼女を幸せにしてみせるという意気込みで書いていこうと思います。
 ここまで読んでくださいました方々、ありがとうございます。
BN8
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コメント



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5.100名前が無い程度の能力削除
いいですね……
続きが早く読みたいです
8.90煉獄削除
続きが気になる終わり方ですねぇ……。
楽しみにしていますよ。
15.無評価名前が無い程度の能力削除
500年生きたレミリアがいちいち人間の運命一つ変えたぐらいでここまでうろたえるのか…という疑問
16.90名前が無い程度の能力削除
あるぇ?続きがないぞ?まさか…諦めたのか!?面白いのに…