※小悪魔がパチュリーの使い魔であると言う解釈で書いています。
あと、前作とのつながりはないです。
ご了承ください。
―――私は元来、戦闘専門の悪魔でした。
何がしかを対価に召喚され、解任後送還されるまでの間使い魔として使役される。その中でも戦争の助人や要人の護衛を専門とする悪魔に、私は属していました。
特に私は、少ない対価でも召喚できる、誰にでも呼びやすい部類の悪魔でした。
言い換えれば、高名な魔法使いがわざわざ呼ぶ必要のない、外道御用達の矮小な小悪魔だったのです―――
その日は幸いにして、よく晴れたようだ。
紅魔館の動かない大図書館ことパチュリー・ノーレッジも、朝から随分上機嫌だった。
今日はテラスで、魔理沙とお茶会を開く。雨さえ降らなければ。
今朝方から雲ひとつない空を見上げて、そわそわと落ち着かないパチュリーの姿たるや、彼女の使い魔である小悪魔(通称こぁ)に言わせても随分と可愛らしく、微笑ましいものだった。
「こぁ、今日の天気は?」
「ご覧の通りでございます。あと、その質問は本日七度目ですよ?」
何せ今テラスにいるのだから、空を仰がずとも雨など降るまい。
小悪魔だけでなく妖精メイドや咲夜、果ては館の主たるレミリアにまで同じ質問を繰り返していた。ニヤニヤくすくす見守られていることなど、本人は全く気付かぬらしい。
しかし、天気を気にせずにいられぬはパチュリーの乙女心故である。彼女は魔理沙に対し、同業者以上の感情を抱いていた。
あの白黒ビッチのどこがそんなにいいのだろうかと、小悪魔の疑問は尽きない。(パチュリーには訊かない。)
いつも窓や扉をぶち破って現れ、本棚を荒らしに荒らしまくった挙句必ず数冊持って行ってしまう。
小悪魔にとってでなくとも、迷惑千万な女郎である。
だから意味が分からないうえに、納得もできなかった。
小悪魔にとっての魔理沙は、パチュリーとは正反対の女だった。
―――あまりいても役に立たない小悪魔の中でも、私は特に落ちこぼれでした。私は特に力が弱く、何より臆病者でしたから。
召喚主の背に隠れてしまうくらいに。
召喚する悪魔のレベルは選択できます。どのような悪魔を呼ぶか、条件をある程度絞り込むことも可能でしょう。ですが、結局どんな悪魔が来るかは時の運なのです。
運悪く私を引き当ててしまった召喚主たちは皆、少ないとはいえ支払った対価の、それにすらみあわぬ私の無脳っぷりに失望しました。
そして、対価に見合う別の使い道を見出したのです。
幸い私は女で、何の因果か召喚主は、皆男でした―――
得てして予定というものは崩れるもの。
現在、パチュリーは魔理沙を前にして教鞭をとっていた。いわゆる、魔法の手ほどきだ。
本当はもっと別の話を、たとえば恋の話とか、したかっただろうに。ままならないものですねと小悪魔は独り語散る。
きっかけはキノコだった。
魔理沙の魔法は殆どキノコでできている。キノコだけであれだけの出力をたたき出すのだから、それは一種の才能である。と同時に、キノコしか知らないという事実が才能を陰らせているともいえる。
そうパチュリーが指摘したら、
「じゃあ、もっとうまい方法教えてくれよ」
と言う話になってしまったのだ。
しまいにゃ図書館から魔道書を持って来させるくらいに本格的な講義に。片手に握られるティーカップが寂しそうである。
しかし小悪魔には、パチュリーが別に満更でもない様子に見えた。否、割と力が入っている様子にさえ見えたのだ。
パチュリーには夢がある。いつか魔理沙を大成させる。目指すは生粋の魔法使い。その支援には余念が無く、陰でこっそり頑張っていた。
表向きにはそんな素振りも見せないが、彼女が少し焦っているのを小悪魔は知っていた。
魔理沙は普通の人間で、パチュリーは生粋の魔法使い。早くしないと、魔理沙はどんどん年老いて、先に逝ってしまうから。
「おさらいよ。この次どうするか言ってみなさい。」
「ええと、それはだな……あ~……」
「何を聞いていたの? 230ページ~245ページ、一から読み直し!」
教えにも熱が入る。と言うか、割とスパルタだった。
―――呼ばれては失望され、失望されては抱かれ、抱かれては捨てられ。私の半生はひたすらその繰り返しでした。
だんだん摩耗していく、私の心を置き去りにして。
あぁきっと、私はずっとこうなんだ。このまま一生を終えるんだと、ならなんで淫魔か何かに生まれてこられなかったのだろうかと、そんな事ばかり考えていました。
淫魔に生まれる事が出来れば、この憎らしい男どもの精気を吸い尽くしてやれたのに。抱かれる事が生業の者なら、こんな悲しみや苦しみは感じずに済んだろうに。
そして何より、だんだん慣れて何も感じなくなる恐怖に、怯えずに済んだろうに。
そうしてもう、何も考えなくなった時分、新しい召喚主は私を見てこう言いました。
「酷いにおい……咲夜、悪いんだけどこの子、お風呂に入れてあげてちょうだい」
そこでようやく気付いたのです。新しい召喚主が、女の子であった事に―――
「まて。待ってくれ。さすがにもう限界だぜ」
「あんたから頼んできたんでしょうに。音を上げるのが早すぎよ?」
「いや、もう十分だって。今訊きたい事はもう全部聴いたって。詰め込みすぎだって」
「はぁ……仕方ないわねぇ。こぁ、悪いんだけどお茶淹れなおしてくれる?」
魔理沙がついにギブアップ。流石に3時間ぶっ通しはきつかった。
小悪魔の淹れなおした紅茶を飲んで人心地つく魔理沙。その仕草にこっそり見惚れるパチュリーである。小悪魔からしたら何の事もない、もっと上品に飲めないのかとさえ思うくらい。
「なんだぜ?」
「―――っ! な、何でもないわよっ! その調子じゃ種族魔法使いには程遠いと思っただけよっ!」
「余計な御世話だ。それに、わたしゃ何も生粋の魔法使いになるとは言ってないぜ。」
「……なんですって?」
パチュリーから惚気た色が消えた。こいつ今なんつった?
「……どういう事よ? 魔法を極めるつもりはないと?」
「いや、全く無いとも言ってないぜ?ただ、この先どっちを目指すか分からんと言うだけで……」
「どっちって何よ!? 他に何があるっていうの!?」
思わず立ち上がるパチュリー。紅茶がこぼれたのも気づかない。
「いやいやいや落ち着けって! つうかなんで怒ってるんだ!?」
「それはっ!! ……別に、訳が分からなかっただけで……何よどっちって」
「あ~、それはだな……ええと、」
顔を赤くしてうつむく魔理沙。それは小悪魔から見てもあからさまな仕草で、
「私はな……子供が欲しいんだ……お母さんになりたい……っていうかさ」
「―――っ!?」
照れ笑いとともに、そんな事を言ってしまった。
「そ……そう……あ、相手はいるの? あんたみたいの、受け入れてくれるの?」
「よ、余計な御世話だぜっ! ……いや、いるにはいるんだ。かなり長い付き合いでさ。でも、片想いっていうかほら、分かるだろ? ……お前さんにゃ分らんか……」
どの口がそんな事を言うんだろう。
パチュリーの青い顔と、魔理沙の赤い顔を見比べて、小悪魔は少し怒りを覚えた。
「何よ……何よ何よ何よっ! お母さんって何よっ! 子供が欲しいって何よっ!! おかしいでしょう!? なんで魔法使い目指さないのよ!? 子供とか……性別とかぁ!! そんなの、気にするの、人間だけよぉ!!」
その夜、パチュリーは大いに荒れていた。いつもの倍くらい酒を煽って、机にダンダン八つ当たり。
酌をする小悪魔が途中からワインを葡萄ジュースにすり替えたのにも、全く気付く素振りを見せなかった。
―――パチュリー様は今までの召喚主とは全く違う御方でした。私ごときに、とても優しくしてくださいます。
戦闘の苦手な私に、記憶力と整理能力がある事を、図書館司書としての才能を見出してくださいました。
役立たずな私に、一生ものの役割と生きがいを与えてくださいました。
あの無間地獄から、一条の光もささぬ絶望から、私をお救いくださったのです。
あの男たちから……―――
ゆっくりと、揺り起こさぬよう慎重に、寝室へとパチュリーを運ぶ。
腐っても戦闘専門。そして、パチュリーは体重が軽い。小悪魔にとって、割と造作もない仕事である。割といつもの仕事でもある。
パチュリーは夜更かしが好きで、いつも図書館で寝始めてしまう。自分が召喚される前はそのまま朝を迎え、体調をよく崩したときく。
この時間帯、咲夜は全く機能しない。レミリアと散歩をしているか、レミリアの夜の相手をしているか、主の気分次第でどちらかなのだ。
故にパチュリーの体調管理は、事実上自分がやっているようなものだった。それが少し誇らしい。
「お休みなさい、パチュリー様」
寝台に寝かせて、その場を去ろうとした。まだ先ほどまでの自棄酒を片づけていなかった。咲夜の手ばかり煩わせるわけには……
「どこに行くの?」
「―――パチュリー様?」
袖を引かれて立ち止まった。見れば、パチュリーがこちらをじっと見ている。
南無三、起こしてしまったか。
「あ、いえ、少々片づけが残っておりますか――キャッ!!」
腕を引っ張られた。まるで考えられないほど強く、ベッドに引き込まれる。
「な、パチュリーさ―――んむぅ!?」
強引に唇を奪われる。舌まで差し入れてくる。いつの間にかのしかかられて、両の手で体をまさぐられ始める。ブラウスのボタンは、いつの間にか全開だった。
「やむぇ―――なにを―――ぱチュリーさま―――」
どうしたというのだろう? なぜこんな事を? 考えがまとまらない。まとめさせてもらえない。パチュリーの指が、唇が、舌が、匂いが、あらゆるものが小悪魔の思考を奪う。
いや、違う。恐怖では無い。嫌悪感でもない。気が動転しているわけでも、おそらくない。
あの男たちと、全く感覚が違う……
―――私は、パチュリー様のためなら何だってして差し上げたく存じます。
たとえこの身を捧げることになっても、それがパチュリー様のためならば本望でありましょう。
私は……私は、非礼をお許しいただけるなら、私は……
私は、パチュリー様を、お慕い申し上げます。心の底から、お慕い申し上げております。
男の人は嫌い。酷い事をするから嫌い。私をいじめるから大嫌い。
パチュリー様がいい。パチュリー様が好きなの。大好きなの。愛しているの。
優しくしてくれるから。私を受け入れてくれたから。幸せにしてくれたから。
だから私も、パチュリー様を幸せにして差し上げるためなら―――
「……まり……さぁ……」
「―――?」
よく分からない音の羅列が、意味をなさないはずの言葉が、パチュリーの口から放たれた。
「……まりさぁ……」
「―――っ!?」
よく見れば、真剣に見えたパチュリーの目は、焦点の定まらぬ虚ろな目だった。
よく聞けば、先ほどからまりさまりさと繰り返している。
まさか、寝惚けている? まさか、まだパチュリーは夢の中?
自分を抱いているのではなく、夢の中で魔理沙と……
「い……嫌……」
そんな、自分を求めて下さるのだと、自分を抱いて下さるのだと思っていたのに。
「まりさぁ」
自分は身代り? 魔理沙の代わり? 主は夢の中で、魔理沙と愛し合っているというの? そんな、そんなこと、
「いや……嫌っ……いやぁ!! やめてぇ!!!」
「……んっ―――あれ? ―――っ!?」
パチュリーが、目を覚ました。驚愕に目を見開き、飛び退くように勢いよく。
頭の回転の速いパチュリーの事。自分が何をしたのか、すぐ合点がいったらしい。見る見るうちに蒼白になっていく顔と、滝のような汗と、罪悪感に震える手と、
「ご……ゴメ……私、なんて事……」
こんな時に、謝らないで……
「いえ、そんな、御気に、なさっ―――っ!!」
居たたまれなくて、でも涙は見せたくなくて、おかしくなりそうで、
「―――失礼しますっ!!」
「―――っ!? 待って!! こぁ!!」
小悪魔は部屋を飛び出していた。自室まで一直線に、飛び込んで鍵を閉めて、ベッドに倒れこんで……
「こぁ!! 扉を開けて!! 開けてよぉ!!」
涙交じりの必死な声と、激しいドアのノック。そして謝罪。途切れることなく朝まで続いた。
答えなければならないのに、ドアを開けるべきなのに、体が全く、言う事を聞いてくれなかった。
―――それから数日経ちました。私は相変わらず、図書館司書の仕事をさせていただいております。
パチュリー様とは少しギクシャクしています。あの日以来体調を崩されて、物思いにお耽になられる事が多くなられたようです。
それも全て、時間が解決してくれると咲夜様が。
そう、いずれ時間がたてば……この涙も、止まってくれるはずです。
私は使い魔。パチュリー様に使える、召使に過ぎないのです。だのに、分不相応に恋慕する私への罰だと、きっとそういう事なのだと。
パチュリー様の想いは、魔理沙へと向いているのだから。あのお方が幸せを求めるのは、魔理沙なのだから。―――
「おい、小悪魔か? そんなところでどうした?」
視界に映るは黒いとんがり帽。今、一番会いたくない人物に声を掛けられてしまった。
「ちょ、なぜ泣く? どうかしたか?」
今この女に、涙は見せたくない。
「あ、いえ、そこの角にぶつかってしまいまして、痛かったものですから。それで魔理沙様、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、それな。パチュリーのやつが元気ないっていうからさ、見舞い?」
「……」
これだ。おそらくパチュリーも喜ぶだろう。魔理沙が来たとなれば、すぐにでも元気を取り戻すに違いない。
私もこんなに愛しているのに。元気にして差し上げたいのに。私ではどうしようもないのに。
なのに、この人は、この人は、この人は
「あ、はい。それはきっと、パチュリー様もお喜びになられます。」
この人なら
「ご案内いたしますね。こちらへ。」
「あぁ。すまんな。」
―――パチュリー様。私はあなたをお慕い申し上げます。
貴女の幸せのために、すべてを捧げる所存にございます。
主の幸せのために生きる事。それが使い魔の意義なのですから―――
あと、前作とのつながりはないです。
ご了承ください。
―――私は元来、戦闘専門の悪魔でした。
何がしかを対価に召喚され、解任後送還されるまでの間使い魔として使役される。その中でも戦争の助人や要人の護衛を専門とする悪魔に、私は属していました。
特に私は、少ない対価でも召喚できる、誰にでも呼びやすい部類の悪魔でした。
言い換えれば、高名な魔法使いがわざわざ呼ぶ必要のない、外道御用達の矮小な小悪魔だったのです―――
その日は幸いにして、よく晴れたようだ。
紅魔館の動かない大図書館ことパチュリー・ノーレッジも、朝から随分上機嫌だった。
今日はテラスで、魔理沙とお茶会を開く。雨さえ降らなければ。
今朝方から雲ひとつない空を見上げて、そわそわと落ち着かないパチュリーの姿たるや、彼女の使い魔である小悪魔(通称こぁ)に言わせても随分と可愛らしく、微笑ましいものだった。
「こぁ、今日の天気は?」
「ご覧の通りでございます。あと、その質問は本日七度目ですよ?」
何せ今テラスにいるのだから、空を仰がずとも雨など降るまい。
小悪魔だけでなく妖精メイドや咲夜、果ては館の主たるレミリアにまで同じ質問を繰り返していた。ニヤニヤくすくす見守られていることなど、本人は全く気付かぬらしい。
しかし、天気を気にせずにいられぬはパチュリーの乙女心故である。彼女は魔理沙に対し、同業者以上の感情を抱いていた。
あの白黒ビッチのどこがそんなにいいのだろうかと、小悪魔の疑問は尽きない。(パチュリーには訊かない。)
いつも窓や扉をぶち破って現れ、本棚を荒らしに荒らしまくった挙句必ず数冊持って行ってしまう。
小悪魔にとってでなくとも、迷惑千万な女郎である。
だから意味が分からないうえに、納得もできなかった。
小悪魔にとっての魔理沙は、パチュリーとは正反対の女だった。
―――あまりいても役に立たない小悪魔の中でも、私は特に落ちこぼれでした。私は特に力が弱く、何より臆病者でしたから。
召喚主の背に隠れてしまうくらいに。
召喚する悪魔のレベルは選択できます。どのような悪魔を呼ぶか、条件をある程度絞り込むことも可能でしょう。ですが、結局どんな悪魔が来るかは時の運なのです。
運悪く私を引き当ててしまった召喚主たちは皆、少ないとはいえ支払った対価の、それにすらみあわぬ私の無脳っぷりに失望しました。
そして、対価に見合う別の使い道を見出したのです。
幸い私は女で、何の因果か召喚主は、皆男でした―――
得てして予定というものは崩れるもの。
現在、パチュリーは魔理沙を前にして教鞭をとっていた。いわゆる、魔法の手ほどきだ。
本当はもっと別の話を、たとえば恋の話とか、したかっただろうに。ままならないものですねと小悪魔は独り語散る。
きっかけはキノコだった。
魔理沙の魔法は殆どキノコでできている。キノコだけであれだけの出力をたたき出すのだから、それは一種の才能である。と同時に、キノコしか知らないという事実が才能を陰らせているともいえる。
そうパチュリーが指摘したら、
「じゃあ、もっとうまい方法教えてくれよ」
と言う話になってしまったのだ。
しまいにゃ図書館から魔道書を持って来させるくらいに本格的な講義に。片手に握られるティーカップが寂しそうである。
しかし小悪魔には、パチュリーが別に満更でもない様子に見えた。否、割と力が入っている様子にさえ見えたのだ。
パチュリーには夢がある。いつか魔理沙を大成させる。目指すは生粋の魔法使い。その支援には余念が無く、陰でこっそり頑張っていた。
表向きにはそんな素振りも見せないが、彼女が少し焦っているのを小悪魔は知っていた。
魔理沙は普通の人間で、パチュリーは生粋の魔法使い。早くしないと、魔理沙はどんどん年老いて、先に逝ってしまうから。
「おさらいよ。この次どうするか言ってみなさい。」
「ええと、それはだな……あ~……」
「何を聞いていたの? 230ページ~245ページ、一から読み直し!」
教えにも熱が入る。と言うか、割とスパルタだった。
―――呼ばれては失望され、失望されては抱かれ、抱かれては捨てられ。私の半生はひたすらその繰り返しでした。
だんだん摩耗していく、私の心を置き去りにして。
あぁきっと、私はずっとこうなんだ。このまま一生を終えるんだと、ならなんで淫魔か何かに生まれてこられなかったのだろうかと、そんな事ばかり考えていました。
淫魔に生まれる事が出来れば、この憎らしい男どもの精気を吸い尽くしてやれたのに。抱かれる事が生業の者なら、こんな悲しみや苦しみは感じずに済んだろうに。
そして何より、だんだん慣れて何も感じなくなる恐怖に、怯えずに済んだろうに。
そうしてもう、何も考えなくなった時分、新しい召喚主は私を見てこう言いました。
「酷いにおい……咲夜、悪いんだけどこの子、お風呂に入れてあげてちょうだい」
そこでようやく気付いたのです。新しい召喚主が、女の子であった事に―――
「まて。待ってくれ。さすがにもう限界だぜ」
「あんたから頼んできたんでしょうに。音を上げるのが早すぎよ?」
「いや、もう十分だって。今訊きたい事はもう全部聴いたって。詰め込みすぎだって」
「はぁ……仕方ないわねぇ。こぁ、悪いんだけどお茶淹れなおしてくれる?」
魔理沙がついにギブアップ。流石に3時間ぶっ通しはきつかった。
小悪魔の淹れなおした紅茶を飲んで人心地つく魔理沙。その仕草にこっそり見惚れるパチュリーである。小悪魔からしたら何の事もない、もっと上品に飲めないのかとさえ思うくらい。
「なんだぜ?」
「―――っ! な、何でもないわよっ! その調子じゃ種族魔法使いには程遠いと思っただけよっ!」
「余計な御世話だ。それに、わたしゃ何も生粋の魔法使いになるとは言ってないぜ。」
「……なんですって?」
パチュリーから惚気た色が消えた。こいつ今なんつった?
「……どういう事よ? 魔法を極めるつもりはないと?」
「いや、全く無いとも言ってないぜ?ただ、この先どっちを目指すか分からんと言うだけで……」
「どっちって何よ!? 他に何があるっていうの!?」
思わず立ち上がるパチュリー。紅茶がこぼれたのも気づかない。
「いやいやいや落ち着けって! つうかなんで怒ってるんだ!?」
「それはっ!! ……別に、訳が分からなかっただけで……何よどっちって」
「あ~、それはだな……ええと、」
顔を赤くしてうつむく魔理沙。それは小悪魔から見てもあからさまな仕草で、
「私はな……子供が欲しいんだ……お母さんになりたい……っていうかさ」
「―――っ!?」
照れ笑いとともに、そんな事を言ってしまった。
「そ……そう……あ、相手はいるの? あんたみたいの、受け入れてくれるの?」
「よ、余計な御世話だぜっ! ……いや、いるにはいるんだ。かなり長い付き合いでさ。でも、片想いっていうかほら、分かるだろ? ……お前さんにゃ分らんか……」
どの口がそんな事を言うんだろう。
パチュリーの青い顔と、魔理沙の赤い顔を見比べて、小悪魔は少し怒りを覚えた。
「何よ……何よ何よ何よっ! お母さんって何よっ! 子供が欲しいって何よっ!! おかしいでしょう!? なんで魔法使い目指さないのよ!? 子供とか……性別とかぁ!! そんなの、気にするの、人間だけよぉ!!」
その夜、パチュリーは大いに荒れていた。いつもの倍くらい酒を煽って、机にダンダン八つ当たり。
酌をする小悪魔が途中からワインを葡萄ジュースにすり替えたのにも、全く気付く素振りを見せなかった。
―――パチュリー様は今までの召喚主とは全く違う御方でした。私ごときに、とても優しくしてくださいます。
戦闘の苦手な私に、記憶力と整理能力がある事を、図書館司書としての才能を見出してくださいました。
役立たずな私に、一生ものの役割と生きがいを与えてくださいました。
あの無間地獄から、一条の光もささぬ絶望から、私をお救いくださったのです。
あの男たちから……―――
ゆっくりと、揺り起こさぬよう慎重に、寝室へとパチュリーを運ぶ。
腐っても戦闘専門。そして、パチュリーは体重が軽い。小悪魔にとって、割と造作もない仕事である。割といつもの仕事でもある。
パチュリーは夜更かしが好きで、いつも図書館で寝始めてしまう。自分が召喚される前はそのまま朝を迎え、体調をよく崩したときく。
この時間帯、咲夜は全く機能しない。レミリアと散歩をしているか、レミリアの夜の相手をしているか、主の気分次第でどちらかなのだ。
故にパチュリーの体調管理は、事実上自分がやっているようなものだった。それが少し誇らしい。
「お休みなさい、パチュリー様」
寝台に寝かせて、その場を去ろうとした。まだ先ほどまでの自棄酒を片づけていなかった。咲夜の手ばかり煩わせるわけには……
「どこに行くの?」
「―――パチュリー様?」
袖を引かれて立ち止まった。見れば、パチュリーがこちらをじっと見ている。
南無三、起こしてしまったか。
「あ、いえ、少々片づけが残っておりますか――キャッ!!」
腕を引っ張られた。まるで考えられないほど強く、ベッドに引き込まれる。
「な、パチュリーさ―――んむぅ!?」
強引に唇を奪われる。舌まで差し入れてくる。いつの間にかのしかかられて、両の手で体をまさぐられ始める。ブラウスのボタンは、いつの間にか全開だった。
「やむぇ―――なにを―――ぱチュリーさま―――」
どうしたというのだろう? なぜこんな事を? 考えがまとまらない。まとめさせてもらえない。パチュリーの指が、唇が、舌が、匂いが、あらゆるものが小悪魔の思考を奪う。
いや、違う。恐怖では無い。嫌悪感でもない。気が動転しているわけでも、おそらくない。
あの男たちと、全く感覚が違う……
―――私は、パチュリー様のためなら何だってして差し上げたく存じます。
たとえこの身を捧げることになっても、それがパチュリー様のためならば本望でありましょう。
私は……私は、非礼をお許しいただけるなら、私は……
私は、パチュリー様を、お慕い申し上げます。心の底から、お慕い申し上げております。
男の人は嫌い。酷い事をするから嫌い。私をいじめるから大嫌い。
パチュリー様がいい。パチュリー様が好きなの。大好きなの。愛しているの。
優しくしてくれるから。私を受け入れてくれたから。幸せにしてくれたから。
だから私も、パチュリー様を幸せにして差し上げるためなら―――
「……まり……さぁ……」
「―――?」
よく分からない音の羅列が、意味をなさないはずの言葉が、パチュリーの口から放たれた。
「……まりさぁ……」
「―――っ!?」
よく見れば、真剣に見えたパチュリーの目は、焦点の定まらぬ虚ろな目だった。
よく聞けば、先ほどからまりさまりさと繰り返している。
まさか、寝惚けている? まさか、まだパチュリーは夢の中?
自分を抱いているのではなく、夢の中で魔理沙と……
「い……嫌……」
そんな、自分を求めて下さるのだと、自分を抱いて下さるのだと思っていたのに。
「まりさぁ」
自分は身代り? 魔理沙の代わり? 主は夢の中で、魔理沙と愛し合っているというの? そんな、そんなこと、
「いや……嫌っ……いやぁ!! やめてぇ!!!」
「……んっ―――あれ? ―――っ!?」
パチュリーが、目を覚ました。驚愕に目を見開き、飛び退くように勢いよく。
頭の回転の速いパチュリーの事。自分が何をしたのか、すぐ合点がいったらしい。見る見るうちに蒼白になっていく顔と、滝のような汗と、罪悪感に震える手と、
「ご……ゴメ……私、なんて事……」
こんな時に、謝らないで……
「いえ、そんな、御気に、なさっ―――っ!!」
居たたまれなくて、でも涙は見せたくなくて、おかしくなりそうで、
「―――失礼しますっ!!」
「―――っ!? 待って!! こぁ!!」
小悪魔は部屋を飛び出していた。自室まで一直線に、飛び込んで鍵を閉めて、ベッドに倒れこんで……
「こぁ!! 扉を開けて!! 開けてよぉ!!」
涙交じりの必死な声と、激しいドアのノック。そして謝罪。途切れることなく朝まで続いた。
答えなければならないのに、ドアを開けるべきなのに、体が全く、言う事を聞いてくれなかった。
―――それから数日経ちました。私は相変わらず、図書館司書の仕事をさせていただいております。
パチュリー様とは少しギクシャクしています。あの日以来体調を崩されて、物思いにお耽になられる事が多くなられたようです。
それも全て、時間が解決してくれると咲夜様が。
そう、いずれ時間がたてば……この涙も、止まってくれるはずです。
私は使い魔。パチュリー様に使える、召使に過ぎないのです。だのに、分不相応に恋慕する私への罰だと、きっとそういう事なのだと。
パチュリー様の想いは、魔理沙へと向いているのだから。あのお方が幸せを求めるのは、魔理沙なのだから。―――
「おい、小悪魔か? そんなところでどうした?」
視界に映るは黒いとんがり帽。今、一番会いたくない人物に声を掛けられてしまった。
「ちょ、なぜ泣く? どうかしたか?」
今この女に、涙は見せたくない。
「あ、いえ、そこの角にぶつかってしまいまして、痛かったものですから。それで魔理沙様、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、それな。パチュリーのやつが元気ないっていうからさ、見舞い?」
「……」
これだ。おそらくパチュリーも喜ぶだろう。魔理沙が来たとなれば、すぐにでも元気を取り戻すに違いない。
私もこんなに愛しているのに。元気にして差し上げたいのに。私ではどうしようもないのに。
なのに、この人は、この人は、この人は
「あ、はい。それはきっと、パチュリー様もお喜びになられます。」
この人なら
「ご案内いたしますね。こちらへ。」
「あぁ。すまんな。」
―――パチュリー様。私はあなたをお慕い申し上げます。
貴女の幸せのために、すべてを捧げる所存にございます。
主の幸せのために生きる事。それが使い魔の意義なのですから―――
彼女の回想、パチュリーへのとても強い想いなども良いものでした。
いづれにしても続きが気になるわ…
切なすぎて胸が張り裂けそうです。小説は感情移入しつつ読むのでなおさらに…
いい小説をありがとう