ざー。
ざー。
ぽたぽた。
ざー。
ぴちょん。
ざー、ざー。
ざー。
梅雨は嫌いだ。
紅白の巫女は博麗神社の庭の地面を叩いては弾ける雨粒をぼんやりと見ながら、そう思う。
山の向こうまで続く灰色の幕が下りた景色には、ついこの前まで春に湧いていた幻想郷の喧騒の名残はもう見つけられなくて、染み渡ってくるぬめりとした雨音を聴いていると、安堵と寂寥がない交ぜの得体の知れない感慨が胸を上がってきて、それを吐き出すように霊夢は溜息を一つだけついた。
こんな日はきっと、魔理沙もアリスも部屋に篭って研究に勤しんでいるだろうし、文は山で新聞でも書き上げているだろうし、レミリアと咲夜はそもそも家から出られないだろう。萃香は勇儀達のところへ飲みにでも行ったのか、ここしばらく姿を見ていない。
ざー。
ざー。
ざー。
梅雨は嫌いだ。
それは、雨の日は自然と一人ぼっちになるからでは、ない。
そもそも、自身は一人が苦手な質ではないと、霊夢は自覚している。
だからこうやって、一人で雨の幕を通り抜けてきたひんやりとした空気を縁側で浴びながら、本格的に夏が来る前にと惜しむように熱い緑茶を啜るのが、この時期の霊夢の密かな楽しみではあった。
そう、これは彼女の、彼女だけの、少女の秘密。
――それが彼女だけのものでなくなったのは、いつからだろうか。
自分だけのセカイがまた一つ無くなって、彼女は梅雨が嫌いになった。
ざー。
ざー。
ざー。
すっ――と、音もなく空間が割れる。
雨音が雑音に、無音になる。
水滴が止まる。
切り替わる。
「ごきげんよう、霊夢」
スキマから音も立てずに降り立った八雲紫は、振り向かず変わらずお茶を啜る霊夢の背中に声をかける。
霊夢は紫に気付いていない訳ではないし、そもそも紫がスキマを繋げた瞬間からその気配は察していた。
だから、いつもと変わらず、紫が霊夢の隣の手のひら三つ分離れた場所に腰掛けても、嫌がりも咎めも避けもしない。また来たのか、とも言わない。ただ横目でちらりと雨模様の幻想郷の空を眺める紫の横顔を盗み見て、ぐっと湯呑みを呷って緑茶を飲み干すと、何も言わずに霊夢は立ち上がって、すたすたと神社の奥へと消えていった。
──戻ってきた時、霊夢が持ったお盆には、湯気を立てる湯呑みが二つ、仲良く並んでいた。
「ありがとう、霊夢」
渡された湯呑みを受け取った紫は、それを手のひらで慈しむように数回撫でると、湯気を立てるお茶を数回舐めて深い息を一つ吐く。
「おいしい」
普段は凛然と振る舞う妖怪の賢者の顔は、お茶の温度で蕩れてしまったかのようにふにゃりと歪んで、締まりの無い表情を浮かべ、傍に添い立つ霊夢へ微笑みかける。それを見届けた霊夢は手早くお盆を仕舞うと、お茶を両手に持って紫の隣へ――手のひら二つ分の距離の、さっきよりも少しだけ紫に近い位置に座る。
「今日も雨、止まないわね」
紫の視線は、今や山々の輪郭すら霞ませてしまった雨の幕へと注がれて、彼女は困ったように溜息をついて髪を撫でる。ここ数日の幻想郷は、まるで鬱憤を晴らすかの如く雨が降り続き、元々出不精な博麗の巫女はすっかり引き籠ってしまっていた。
誰かと会うのは、毎日のように訪ねてくる紫だけ。
まるで通い妻ね、と紫は不意に笑ってしまう。
「ふふ、なんでもないわよ、霊夢」
彼女の疑り深い目に、紫は笑って誤魔化すと「そうだ」と、とっておきの笑みを浮かべて一つ提案をする。
「梅雨が明けたら……いえ、次に天気になったら、どこかに一緒に出かけましょう。人里か、湖か……何なら外の世界でもいいわね。流石に丸一日、私と霊夢が幻想郷を離れることはできないけど、半日程度なら藍に任せても問題無いわ」
どうかしら、と紫は語り掛ける。湿った冷たい風が二人を撫でる。霊夢は、梅雨の季節に初めて紫がここに座った時、まぁ、と驚いたことを思い出す。その時、また一つ、彼女一人だけのセカイが失われた。
梅雨は嫌いだ。
だってこうも容易く、雨は外界と隔ててしまう。
霊夢はそっと、湯呑みに添えていた手を、紫の手のひらに重ねる。
降りしきる雨は、ずっと二人を幻想郷から抱き隠していた。
ざー。
ぽたぽた。
ざー。
ぴちょん。
ざー、ざー。
ざー。
梅雨は嫌いだ。
紅白の巫女は博麗神社の庭の地面を叩いては弾ける雨粒をぼんやりと見ながら、そう思う。
山の向こうまで続く灰色の幕が下りた景色には、ついこの前まで春に湧いていた幻想郷の喧騒の名残はもう見つけられなくて、染み渡ってくるぬめりとした雨音を聴いていると、安堵と寂寥がない交ぜの得体の知れない感慨が胸を上がってきて、それを吐き出すように霊夢は溜息を一つだけついた。
こんな日はきっと、魔理沙もアリスも部屋に篭って研究に勤しんでいるだろうし、文は山で新聞でも書き上げているだろうし、レミリアと咲夜はそもそも家から出られないだろう。萃香は勇儀達のところへ飲みにでも行ったのか、ここしばらく姿を見ていない。
ざー。
ざー。
ざー。
梅雨は嫌いだ。
それは、雨の日は自然と一人ぼっちになるからでは、ない。
そもそも、自身は一人が苦手な質ではないと、霊夢は自覚している。
だからこうやって、一人で雨の幕を通り抜けてきたひんやりとした空気を縁側で浴びながら、本格的に夏が来る前にと惜しむように熱い緑茶を啜るのが、この時期の霊夢の密かな楽しみではあった。
そう、これは彼女の、彼女だけの、少女の秘密。
――それが彼女だけのものでなくなったのは、いつからだろうか。
自分だけのセカイがまた一つ無くなって、彼女は梅雨が嫌いになった。
ざー。
ざー。
ざー。
すっ――と、音もなく空間が割れる。
雨音が雑音に、無音になる。
水滴が止まる。
切り替わる。
「ごきげんよう、霊夢」
スキマから音も立てずに降り立った八雲紫は、振り向かず変わらずお茶を啜る霊夢の背中に声をかける。
霊夢は紫に気付いていない訳ではないし、そもそも紫がスキマを繋げた瞬間からその気配は察していた。
だから、いつもと変わらず、紫が霊夢の隣の手のひら三つ分離れた場所に腰掛けても、嫌がりも咎めも避けもしない。また来たのか、とも言わない。ただ横目でちらりと雨模様の幻想郷の空を眺める紫の横顔を盗み見て、ぐっと湯呑みを呷って緑茶を飲み干すと、何も言わずに霊夢は立ち上がって、すたすたと神社の奥へと消えていった。
──戻ってきた時、霊夢が持ったお盆には、湯気を立てる湯呑みが二つ、仲良く並んでいた。
「ありがとう、霊夢」
渡された湯呑みを受け取った紫は、それを手のひらで慈しむように数回撫でると、湯気を立てるお茶を数回舐めて深い息を一つ吐く。
「おいしい」
普段は凛然と振る舞う妖怪の賢者の顔は、お茶の温度で蕩れてしまったかのようにふにゃりと歪んで、締まりの無い表情を浮かべ、傍に添い立つ霊夢へ微笑みかける。それを見届けた霊夢は手早くお盆を仕舞うと、お茶を両手に持って紫の隣へ――手のひら二つ分の距離の、さっきよりも少しだけ紫に近い位置に座る。
「今日も雨、止まないわね」
紫の視線は、今や山々の輪郭すら霞ませてしまった雨の幕へと注がれて、彼女は困ったように溜息をついて髪を撫でる。ここ数日の幻想郷は、まるで鬱憤を晴らすかの如く雨が降り続き、元々出不精な博麗の巫女はすっかり引き籠ってしまっていた。
誰かと会うのは、毎日のように訪ねてくる紫だけ。
まるで通い妻ね、と紫は不意に笑ってしまう。
「ふふ、なんでもないわよ、霊夢」
彼女の疑り深い目に、紫は笑って誤魔化すと「そうだ」と、とっておきの笑みを浮かべて一つ提案をする。
「梅雨が明けたら……いえ、次に天気になったら、どこかに一緒に出かけましょう。人里か、湖か……何なら外の世界でもいいわね。流石に丸一日、私と霊夢が幻想郷を離れることはできないけど、半日程度なら藍に任せても問題無いわ」
どうかしら、と紫は語り掛ける。湿った冷たい風が二人を撫でる。霊夢は、梅雨の季節に初めて紫がここに座った時、まぁ、と驚いたことを思い出す。その時、また一つ、彼女一人だけのセカイが失われた。
梅雨は嫌いだ。
だってこうも容易く、雨は外界と隔ててしまう。
霊夢はそっと、湯呑みに添えていた手を、紫の手のひらに重ねる。
降りしきる雨は、ずっと二人を幻想郷から抱き隠していた。
ありがとうございました。
なんというか、妄想が捗ります。
霊夢が何も言わずにお茶を2杯用意するシーンも印象的でした。
あ、紫のことを受け入れてるんだな、と安心しました。
やっぱりいつものゆかれいむが一番ですよね。
次回は百合話を期待してもよろしいでしょうか。
楽しみにしてます(できれば定番のマリアリで)。
やっぱりこういう話は落ち着いていて良いですね。
なかなか良い雰囲気だと思います。