魔理沙が神社にやってきた時、霊夢は口にちくわを頬張っていた。
「ふぁら、ふぃらっはい」
「……」
「ほうひはほ」
何を言ってるのかはよく解らないが、恐らくは「どうしたの」って聞いたのだろう。
と言うかそうであって欲しかった。そしてその言葉を問いたいのは確実に自分が先だということを魔理沙としては霊夢に気づいて欲しかった。そんな乙女心は残念ながら届かない。
霊夢が喋るたびに口に咥えたちくわがブルンブルンと動く。なんかもう、別にそんなに太いものをわざわざ口に入れたままでずっとそこに座っていなくてもいいんじゃないだろうか。食べるなら食べろ。吐き出すなら吐き出せ。形といい太さといい目に毒だった。
魔理沙は僅かに赤面しながら、あえて無言で霊夢の横に座る。
「へふはひひはへ、はらっはっへ」
「……」
「はんほはひっははほうはほ」
「とりあえずちくわ食うか取るかしろ」
ぐい、と霊夢の咥えたちくわを強く掴む魔理沙。
「ほむっ!?」
「何言ってっかさっぱり解からん」
「ほふっ、はへっ、ひふっ!」
ぐー、と魔理沙はちくわを引っ張ろうとするが霊夢は必死の形相でちくわを口から離さない。
なにせ咥えてるものがちくわだ。歯で抑えようとすれば噛み千切れてしまうから霊夢もまた必死だった。表情がもう何だか限界を超えてる。ちくわに向かって唇を突き出しているような風に見えて魔理沙はなんだかそれを見ているのも申し訳なくなってくる。必死に咥える様子は献身的にも思えるが、別にちくわに献身的になる必要はない。ちくわはちくわらしく酒のつまみにでも食べてやればいいのだ。
抜き取ろうとする魔理沙に対して食らいつく霊夢。そんなにお腹が減っているのならちくわを食ってしまえばいいのに、別にお腹が減っている様子もないというかなんでずっと咥えてるんだお前は。そこそこいい太さのちくわをずっと咥えて自分の事を待っていたのだろうか、などと考えると変な気分になる。
無理して抜き取ろうとしても離してくれないしちくわを咥えたままだと当たり前だが話してもくれないのでいい加減諦めて魔理沙はちくわを離す。それを見ると、霊夢ももう追わなくていいと感じたのだろう、ちくわを咥えたまま安堵の表情を浮かべた。ちくわが、霊夢の動きに合わせて揺れた。酷くどうでもよかった。
「ほふ……」
「なぁ霊夢。何してんだお前は」
さっきから散々疑問に思っていた事をとりあえずぶつけてみる。
ほむ、と霊夢は相も変わらず咥えたちくわをぷらんぷらんと垂らしながら魔理沙に向き直った。その表情はいつも霊夢が浮かべている、限りなく無表情に近い平静。
「ふぁっへ、ほうふぁひふふぁほひふぁふぁふぁ」
「……」
まともな答えを求めた私が馬鹿だった、と魔理沙は改めて思う。
最後の方に何だかまるでラスボスのような笑い声に似た声が聞こえただけで、それ以外の言葉は全く以て理解ができない。彼女の現在の行動がまるで理解出来ないんだから理解しようとした自分が間抜けだったのだろう。博麗霊夢と付き合うということは、果てしない意味不明を真っ暗な闇の中で手探りに追い続けることに等しいのだ。
霊夢とは、本当に子供の頃からの長い付き合い。だからこそ魔理沙には理解できる。
大きく溜息を吐く魔理沙と、口にちくわを咥えた霊夢。今ここに、とてつもなく不思議な構図の神社の縁側が出来上がった。
「ふぁひふぁ」
「……」
「ふぁふぃふぁあ」
何を言っているのかはここに来ても全く解らないが、恐らく自分の方を見て同じ言葉を二回言ったということは名前を呼んでいるのだろう。このまま喋らせるのも面白いかなと思ったのだが、自分の名前を呼ぶたびに揺れるちくわを見ていると複雑な気分になるし、放置しっぱなしだといずれ座布団か御札が飛ぶのは目に見えていた。
「なんだよ」
「ふぁふぃふぁ、ふぃふぁふぁい?」
思わず黙りこくる。というか、もうツッコミを入れる気も起きなかったのだ。
口に物を入れたまま喋るなと霊夢は親に教わらなかったのだろうか。いくら親に勘当された魔理沙でもそれぐらいは弁えているつもりだ。半ば常識的な礼儀すらしようとしない霊夢を見て、再び大きな溜息をついた。
そんな魔理沙の溜息に霊夢も多少の罪悪感はあるのだろうか、少し悲しげな表情で魔理沙を見つめる。
「ふぁふぃふぁ……」
「……なぁ、喋るか食うか取るか敢えてそのまま飲み込んでやるかはっきりしてくれないか?」
「ふぁ……」
「私も理解してやりたいよ。口にちくわ咥えたまま喋るお前の言葉が理解できるものなら、ぜひ理解したい……でも、私はそんな力を持ってないんだ」
魔理沙が俯いたまま、そう言った。
親友だと思っていた。いや、魔理沙は今でもそう思っているのだ。
博麗霊夢は、自分の親友。それは昔から思い続けていることだし、未だに変わることのない根っこの部分。
それでも、ちくわ一本を隔てただけで自分は彼女の言葉が解らない。邪魔しているのは、彼女が口に咥えてぶらぶらさせているこのちくわに過ぎない。ビールのつまみに最適だ。切ったきゅうりを穴に入れると美味しい。マヨネーズだってつけてみようじゃないか。
でも、そんなちくわが魔理沙の心に影を落としたのだ。
「ごめんな、霊夢」
思わず、そんな言葉が口をついて出た。
どう考えても悪いのは霊夢なのに。喋る気があるのに口からちくわを離そうとしない霊夢が悪いのは第三者の目に見ても明らか過ぎるはずなのに、どうして自分はこんな言葉を口にしたのか。魔理沙の胸の中に去来するのは、切なすぎる想い。
こんなちくわ一本で、私は親友の気持ちが解らなくなってしまうなんて。
今まで結局霊夢と通じ合っていたと思ってたのは、親友としての想いではなく、人間としての言葉があったからに過ぎないのだろうか?
そんな魔理沙の頬に、何かが触れた。温くて、ちょっとだけヌルッとしていて、太く、柔らかい。魔理沙がそちらに視線を向けた時に、驚くべき光景が広がっていた。
「霊夢……」
霊夢が咥えたままのちくわで、魔理沙の頬を突いた。
もうなんでちくわでわざわざ頬を突いているのかとかそんな疑問はどうでも良い。霊夢の顔が、魔理沙の近くにあった。
こんな距離感は何時ぶりだろうか。子供の頃はこんな距離でずっと遊んでいたのに。
最近はどうしても、弾幕ごっことかお茶を飲んだりで、微妙な距離感に身を置いていたことが多かった気がする。
霊夢はちくわを咥えたまま、優しい笑顔を浮かべた。
「ふふぁへへ」
「……霊夢」
「ふぉふぉ」
そう言って霊夢は、ちくわの先っぽをつんつんと指でつついた。
相変わらず何を言っているのかはさっぱり解らないが、それでも長い付き合いの霊夢の事だ。
「咥えろ、ってか」
「ん」
その言葉だけは解りやすい。こくんと一つ頷いた霊夢の表情はどこまでもいつも通りで。
あぁ、覚えている。魔理沙は知っている。
自分は、この優しい笑顔に憧れて一緒にいるのだと。だから自分は誰よりも強い彼女に憧れているのだろうと。
彼女と付き合い続けて、薄れ始めた想いの欠片。けれど今こうして、再び繋がり始めたこの小さな、それでも忘れられない距離。かすかに消え失せていたその想い出は、こうして少しずつ心の奥底から蘇ってきて。
何だかどうしようもなく、涙腺が緩むのが魔理沙にも解った。
「ふぉひふぉひ」
そっと、霊夢は魔理沙の頭を撫でた。まるで姉を思わせるほど優しい手つきで、魔理沙の波打った金色の髪をゆっくりと撫でていく。
そう、こんな距離感。誰よりも大事な友達。その想いが消えるわけなんて、一つもない。だから、泣いてなんていられなかった。湧き上がった嗚咽を笑顔で黙らせて、浮かんだ涙をエプロンで拭いて。ちょっとだけエプロンにくっついた鼻水を気にする様子もなく、魔理沙は顔を上げて霊夢に満面の笑みを浮かべてやった。
「ん、ふぃふぃふぉ」
「はは、なんか照れるな」
「ふふ」
霊夢もまた嬉しそうに笑ってくれていた。この優しい笑顔が、大好きだった。
だから、きっと伝わる。きっと解るものがある。
「霊夢」
「んぅ?」
「ほら、ちくわ」
あーん、と魔理沙は口を広げた。
それを見ると満足そうに微笑んで、小さく頷く霊夢。
魔理沙の小さな口を埋めるようにして、ちくわの先っぽが入っていく。少ししょっぱい味は、さっきまでの自分の心のようだ。あんまり甘ったるくなくて、でも素直に美味しいと思える舌の感触。そう、それはただのちくわ。何の変哲もない、ただどこかの店で買ってきたであろうただのちくわ。
でも、そんなただのちくわが今、二人を繋げている。
「へふぃふ」
「ふぁふぃ?」
「……ふぉふぃふぃい」
「ふぉうふぇふぉ」
もう、何を言っているか言葉では解らない。
互いに口を開いて出る言葉は日本語とはかけ離れていて、そもそもちくわがちょうどいい大きさだからこれ以上口を大きく開けない。そんな、言葉を互いに話せない状況でも、確かに今伝わっているものがあったから。
今はきっとそれでいい。それ以上の何かなんて、最初から必要なかった。
二人の顔は、もうちくわ一本分の距離しか離れていなくて。でもそのちくわ一本で、確かに繋がっているのだ。親友として二人が感じて、思った絆。正しくそれは、このちくわに他ならないのだろう。
少し気恥かしいけれど、昔はこれぐらいに近い距離が当たり前だった。ずっとべたべたして遊んでいて、時には人目も憚らず弾幕ごっこ。こんな風にお茶を飲んだりのんびりするなんて全く無かった。
無邪気に遊んでいた時代は一体、何時過ぎ去ってしまったのだろう?
気づけば二人共、子供時代から飛び立っていて。先に待っていたのは、少し大人びて、相手の事をちょっと気遣うようになった今この時。
でもきっと中身は、二人共何も変わってないから。
「ふぁへへひふ?」
「ふぃふぃふぉふぁ」
「ふぃふふぁふぁひ」
「ふぉふぁふぁ」
ちょっとだけ、ちくわをかじる魔理沙。
口に広がるちくわの味。本当に、この横に日本酒とかビールとかあればどれだけ酒が進むことだろう。そんな事を考えている時点で、やっぱり大人になっちゃったんだな、なんて思ってしまう。
短くなるちくわ。迫るのは二人の距離。昔はゼロだったのに、今では結局このちくわの長さが二人を隔てる距離。でも一歩、近づけた感じがして少し魔理沙は嬉しかった。
「ふぁふふぁふぃいふぁ、ふぉっふぉ」
「ふぉう?」
「ふぁう、ふぉふぁへふぁふぉうふぁんふぁ」
霊夢がちくわを食べていくのが魔理沙にも解った。
縮まる距離は、昔へと戻っていく感慨深い想い。新しい二人が始まるわけじゃない。
始まるのはきっと、無くしたと思っていた過去。それはきっと、再び開き始めた閉じた道筋の一つ。
とくん、と鳴る心臓の鼓動は、一体どちらの物だろうか?
それは、きっと些細な事。
ちくわをかじるたびに近づく二人の距離。
それは恋などという甘ったるいものでは決してなくて。
二人の少女が過去に戻っていく、それだけの感覚でしか無いのだ。
昔のように、ずっとくっついて遊んでいた頃に戻れるように。
この切ないしょっぱさは、それを思い出せてくれていた。
「ふぁんふぁ」
「ん?」
「ふぃふぁふふぃふふぃふぁふぁいふぁ?」
「ふぁんふぁふぁ、いふぁ?」
「……ふぉっふぉ、ふぇいほーふぁふぁうふぇ」
「ふぇふふぃ、ふぃーふぁふぁい。ふぃんふー、ふぁんふぁひ」
「ふぉーふぁふぁ」
そうして、繋がる。
食べきったちくわと共に、その距離はゼロになった。
温かい、と最初に感じて。
この距離が落ち着くと、次に思った。
二人はただの友達なんかじゃなく、何かを遠慮するような仲でもなく。
最初から最後まで、いや、最期に至るその時まできっと親友なのだろうから。
ただの親友同士の、キスの味。
最初から最後までどうしようもないほどに――ちくわの味しかしなくて。
苦いお酒が調度いいかな、と大人になって去来する想いを抱いた。
「ふぁら、ふぃらっはい」
「……」
「ほうひはほ」
何を言ってるのかはよく解らないが、恐らくは「どうしたの」って聞いたのだろう。
と言うかそうであって欲しかった。そしてその言葉を問いたいのは確実に自分が先だということを魔理沙としては霊夢に気づいて欲しかった。そんな乙女心は残念ながら届かない。
霊夢が喋るたびに口に咥えたちくわがブルンブルンと動く。なんかもう、別にそんなに太いものをわざわざ口に入れたままでずっとそこに座っていなくてもいいんじゃないだろうか。食べるなら食べろ。吐き出すなら吐き出せ。形といい太さといい目に毒だった。
魔理沙は僅かに赤面しながら、あえて無言で霊夢の横に座る。
「へふはひひはへ、はらっはっへ」
「……」
「はんほはひっははほうはほ」
「とりあえずちくわ食うか取るかしろ」
ぐい、と霊夢の咥えたちくわを強く掴む魔理沙。
「ほむっ!?」
「何言ってっかさっぱり解からん」
「ほふっ、はへっ、ひふっ!」
ぐー、と魔理沙はちくわを引っ張ろうとするが霊夢は必死の形相でちくわを口から離さない。
なにせ咥えてるものがちくわだ。歯で抑えようとすれば噛み千切れてしまうから霊夢もまた必死だった。表情がもう何だか限界を超えてる。ちくわに向かって唇を突き出しているような風に見えて魔理沙はなんだかそれを見ているのも申し訳なくなってくる。必死に咥える様子は献身的にも思えるが、別にちくわに献身的になる必要はない。ちくわはちくわらしく酒のつまみにでも食べてやればいいのだ。
抜き取ろうとする魔理沙に対して食らいつく霊夢。そんなにお腹が減っているのならちくわを食ってしまえばいいのに、別にお腹が減っている様子もないというかなんでずっと咥えてるんだお前は。そこそこいい太さのちくわをずっと咥えて自分の事を待っていたのだろうか、などと考えると変な気分になる。
無理して抜き取ろうとしても離してくれないしちくわを咥えたままだと当たり前だが話してもくれないのでいい加減諦めて魔理沙はちくわを離す。それを見ると、霊夢ももう追わなくていいと感じたのだろう、ちくわを咥えたまま安堵の表情を浮かべた。ちくわが、霊夢の動きに合わせて揺れた。酷くどうでもよかった。
「ほふ……」
「なぁ霊夢。何してんだお前は」
さっきから散々疑問に思っていた事をとりあえずぶつけてみる。
ほむ、と霊夢は相も変わらず咥えたちくわをぷらんぷらんと垂らしながら魔理沙に向き直った。その表情はいつも霊夢が浮かべている、限りなく無表情に近い平静。
「ふぁっへ、ほうふぁひふふぁほひふぁふぁふぁ」
「……」
まともな答えを求めた私が馬鹿だった、と魔理沙は改めて思う。
最後の方に何だかまるでラスボスのような笑い声に似た声が聞こえただけで、それ以外の言葉は全く以て理解ができない。彼女の現在の行動がまるで理解出来ないんだから理解しようとした自分が間抜けだったのだろう。博麗霊夢と付き合うということは、果てしない意味不明を真っ暗な闇の中で手探りに追い続けることに等しいのだ。
霊夢とは、本当に子供の頃からの長い付き合い。だからこそ魔理沙には理解できる。
大きく溜息を吐く魔理沙と、口にちくわを咥えた霊夢。今ここに、とてつもなく不思議な構図の神社の縁側が出来上がった。
「ふぁひふぁ」
「……」
「ふぁふぃふぁあ」
何を言っているのかはここに来ても全く解らないが、恐らく自分の方を見て同じ言葉を二回言ったということは名前を呼んでいるのだろう。このまま喋らせるのも面白いかなと思ったのだが、自分の名前を呼ぶたびに揺れるちくわを見ていると複雑な気分になるし、放置しっぱなしだといずれ座布団か御札が飛ぶのは目に見えていた。
「なんだよ」
「ふぁふぃふぁ、ふぃふぁふぁい?」
思わず黙りこくる。というか、もうツッコミを入れる気も起きなかったのだ。
口に物を入れたまま喋るなと霊夢は親に教わらなかったのだろうか。いくら親に勘当された魔理沙でもそれぐらいは弁えているつもりだ。半ば常識的な礼儀すらしようとしない霊夢を見て、再び大きな溜息をついた。
そんな魔理沙の溜息に霊夢も多少の罪悪感はあるのだろうか、少し悲しげな表情で魔理沙を見つめる。
「ふぁふぃふぁ……」
「……なぁ、喋るか食うか取るか敢えてそのまま飲み込んでやるかはっきりしてくれないか?」
「ふぁ……」
「私も理解してやりたいよ。口にちくわ咥えたまま喋るお前の言葉が理解できるものなら、ぜひ理解したい……でも、私はそんな力を持ってないんだ」
魔理沙が俯いたまま、そう言った。
親友だと思っていた。いや、魔理沙は今でもそう思っているのだ。
博麗霊夢は、自分の親友。それは昔から思い続けていることだし、未だに変わることのない根っこの部分。
それでも、ちくわ一本を隔てただけで自分は彼女の言葉が解らない。邪魔しているのは、彼女が口に咥えてぶらぶらさせているこのちくわに過ぎない。ビールのつまみに最適だ。切ったきゅうりを穴に入れると美味しい。マヨネーズだってつけてみようじゃないか。
でも、そんなちくわが魔理沙の心に影を落としたのだ。
「ごめんな、霊夢」
思わず、そんな言葉が口をついて出た。
どう考えても悪いのは霊夢なのに。喋る気があるのに口からちくわを離そうとしない霊夢が悪いのは第三者の目に見ても明らか過ぎるはずなのに、どうして自分はこんな言葉を口にしたのか。魔理沙の胸の中に去来するのは、切なすぎる想い。
こんなちくわ一本で、私は親友の気持ちが解らなくなってしまうなんて。
今まで結局霊夢と通じ合っていたと思ってたのは、親友としての想いではなく、人間としての言葉があったからに過ぎないのだろうか?
そんな魔理沙の頬に、何かが触れた。温くて、ちょっとだけヌルッとしていて、太く、柔らかい。魔理沙がそちらに視線を向けた時に、驚くべき光景が広がっていた。
「霊夢……」
霊夢が咥えたままのちくわで、魔理沙の頬を突いた。
もうなんでちくわでわざわざ頬を突いているのかとかそんな疑問はどうでも良い。霊夢の顔が、魔理沙の近くにあった。
こんな距離感は何時ぶりだろうか。子供の頃はこんな距離でずっと遊んでいたのに。
最近はどうしても、弾幕ごっことかお茶を飲んだりで、微妙な距離感に身を置いていたことが多かった気がする。
霊夢はちくわを咥えたまま、優しい笑顔を浮かべた。
「ふふぁへへ」
「……霊夢」
「ふぉふぉ」
そう言って霊夢は、ちくわの先っぽをつんつんと指でつついた。
相変わらず何を言っているのかはさっぱり解らないが、それでも長い付き合いの霊夢の事だ。
「咥えろ、ってか」
「ん」
その言葉だけは解りやすい。こくんと一つ頷いた霊夢の表情はどこまでもいつも通りで。
あぁ、覚えている。魔理沙は知っている。
自分は、この優しい笑顔に憧れて一緒にいるのだと。だから自分は誰よりも強い彼女に憧れているのだろうと。
彼女と付き合い続けて、薄れ始めた想いの欠片。けれど今こうして、再び繋がり始めたこの小さな、それでも忘れられない距離。かすかに消え失せていたその想い出は、こうして少しずつ心の奥底から蘇ってきて。
何だかどうしようもなく、涙腺が緩むのが魔理沙にも解った。
「ふぉひふぉひ」
そっと、霊夢は魔理沙の頭を撫でた。まるで姉を思わせるほど優しい手つきで、魔理沙の波打った金色の髪をゆっくりと撫でていく。
そう、こんな距離感。誰よりも大事な友達。その想いが消えるわけなんて、一つもない。だから、泣いてなんていられなかった。湧き上がった嗚咽を笑顔で黙らせて、浮かんだ涙をエプロンで拭いて。ちょっとだけエプロンにくっついた鼻水を気にする様子もなく、魔理沙は顔を上げて霊夢に満面の笑みを浮かべてやった。
「ん、ふぃふぃふぉ」
「はは、なんか照れるな」
「ふふ」
霊夢もまた嬉しそうに笑ってくれていた。この優しい笑顔が、大好きだった。
だから、きっと伝わる。きっと解るものがある。
「霊夢」
「んぅ?」
「ほら、ちくわ」
あーん、と魔理沙は口を広げた。
それを見ると満足そうに微笑んで、小さく頷く霊夢。
魔理沙の小さな口を埋めるようにして、ちくわの先っぽが入っていく。少ししょっぱい味は、さっきまでの自分の心のようだ。あんまり甘ったるくなくて、でも素直に美味しいと思える舌の感触。そう、それはただのちくわ。何の変哲もない、ただどこかの店で買ってきたであろうただのちくわ。
でも、そんなただのちくわが今、二人を繋げている。
「へふぃふ」
「ふぁふぃ?」
「……ふぉふぃふぃい」
「ふぉうふぇふぉ」
もう、何を言っているか言葉では解らない。
互いに口を開いて出る言葉は日本語とはかけ離れていて、そもそもちくわがちょうどいい大きさだからこれ以上口を大きく開けない。そんな、言葉を互いに話せない状況でも、確かに今伝わっているものがあったから。
今はきっとそれでいい。それ以上の何かなんて、最初から必要なかった。
二人の顔は、もうちくわ一本分の距離しか離れていなくて。でもそのちくわ一本で、確かに繋がっているのだ。親友として二人が感じて、思った絆。正しくそれは、このちくわに他ならないのだろう。
少し気恥かしいけれど、昔はこれぐらいに近い距離が当たり前だった。ずっとべたべたして遊んでいて、時には人目も憚らず弾幕ごっこ。こんな風にお茶を飲んだりのんびりするなんて全く無かった。
無邪気に遊んでいた時代は一体、何時過ぎ去ってしまったのだろう?
気づけば二人共、子供時代から飛び立っていて。先に待っていたのは、少し大人びて、相手の事をちょっと気遣うようになった今この時。
でもきっと中身は、二人共何も変わってないから。
「ふぁへへひふ?」
「ふぃふぃふぉふぁ」
「ふぃふふぁふぁひ」
「ふぉふぁふぁ」
ちょっとだけ、ちくわをかじる魔理沙。
口に広がるちくわの味。本当に、この横に日本酒とかビールとかあればどれだけ酒が進むことだろう。そんな事を考えている時点で、やっぱり大人になっちゃったんだな、なんて思ってしまう。
短くなるちくわ。迫るのは二人の距離。昔はゼロだったのに、今では結局このちくわの長さが二人を隔てる距離。でも一歩、近づけた感じがして少し魔理沙は嬉しかった。
「ふぁふふぁふぃいふぁ、ふぉっふぉ」
「ふぉう?」
「ふぁう、ふぉふぁへふぁふぉうふぁんふぁ」
霊夢がちくわを食べていくのが魔理沙にも解った。
縮まる距離は、昔へと戻っていく感慨深い想い。新しい二人が始まるわけじゃない。
始まるのはきっと、無くしたと思っていた過去。それはきっと、再び開き始めた閉じた道筋の一つ。
とくん、と鳴る心臓の鼓動は、一体どちらの物だろうか?
それは、きっと些細な事。
ちくわをかじるたびに近づく二人の距離。
それは恋などという甘ったるいものでは決してなくて。
二人の少女が過去に戻っていく、それだけの感覚でしか無いのだ。
昔のように、ずっとくっついて遊んでいた頃に戻れるように。
この切ないしょっぱさは、それを思い出せてくれていた。
「ふぁんふぁ」
「ん?」
「ふぃふぁふふぃふふぃふぁふぁいふぁ?」
「ふぁんふぁふぁ、いふぁ?」
「……ふぉっふぉ、ふぇいほーふぁふぁうふぇ」
「ふぇふふぃ、ふぃーふぁふぁい。ふぃんふー、ふぁんふぁひ」
「ふぉーふぁふぁ」
そうして、繋がる。
食べきったちくわと共に、その距離はゼロになった。
温かい、と最初に感じて。
この距離が落ち着くと、次に思った。
二人はただの友達なんかじゃなく、何かを遠慮するような仲でもなく。
最初から最後まで、いや、最期に至るその時まできっと親友なのだろうから。
ただの親友同士の、キスの味。
最初から最後までどうしようもないほどに――ちくわの味しかしなくて。
苦いお酒が調度いいかな、と大人になって去来する想いを抱いた。
脳内補完も難易度激高で私には無理だったよ!
でも魔理沙の心の動きがとても可愛いかったからもういいや。
ふぇいふぁひ。
そこには言葉など必要なく、ちくわのみが全てを物語っていた。
どこまでもシュールな感じが何とも
でも二人共可愛くてよかったです!
ふぁふぁふぉふぉふぁふぃーふぃふぃふぁふぉふぉふぇふぁふぇんふぇふぃふぁ。
ふぇふぇふぇふぁっふぉふぇふゃふふふぁふぃふぁふぃふぇふぇふぉふぃいふぉふぇふぁ?
霊夢「ちくわしか持ってねえ!」
こんなんだろうか。いいちくわでした。あれですね、竹馬の友ならぬ竹輪の友とかいうやつですね。
この二人にはいつまでも仲良しでいて欲しいものです