Coolier - 新生・東方創想話

生を求めし者の名

2016/01/06 20:12:14
最終更新
サイズ
11.89KB
ページ数
1
閲覧数
1115
評価数
4/6
POINT
360
Rate
11.00

分類タグ

 白い部屋の中。何もない白い部屋の中で私は座っていた。いや、座っていたという『感覚』があっただけだ。今の私には座る足も、何かを掴む手も、何かを聞く耳も、何かを見る眼もない。つまり私は身体を持っていないんだ。ただ私という存在がだらしなく、空気の様に漂っているだけだった。
 しばらくすると一人の人間らしき人が私の前に現れた気がした。きっとその人は女性で、幼い子供なんだろう。確証はない。けど、私の頭の中でフッと湧き出てきた。それがどうしてなのか、今は詮索しないでおこう。
 するとその女の子の声が、私の頭に響く。
 「未来と過去、どっちを見てみたい?あなたのお好きな様にどうぞ。」
 なんだ、こんな私にも未来と過去があったんだ。嬉しい限りだ。当然、未来も見てみたい。こんな私はこの先どうするのか、どう生きていくのか。それが気になって仕方がない。
 でも私は過去を選んだ。それよりもこんな私の過去は何をしていたのか。どうしてこうなったか。私のルーツを知りたい。私の中の『思い出』というのを知りたい。そんな単純な事だった。
 すると女の子はクスッと笑い、部屋から消え去っていった様に感じた。どうやら私の思いが伝わったらしい。

 しばらくすると、また誰かが現れた。当然、そんな気がしただけだが。今度は若い女の子だった。
 「聞くけどあなたは今何が欲しいの?」
 少女が問う。当然だ。身体が欲しい。座る足、掴む手、聞く耳、見る眼。その他諸々生きる為に必要なもの全てだ。私は生きたいんだ。生きる事が出来るのだからから存在してるんでしょう?
 私の思いが伝わったのだろうか、うんうんと頷きながら少女は話し始めた。
 「分かった、あなたに身体を授けましょう。でも眼と口と耳と鼻の穴と手と足とおっぱいと心臓は二つ付けてあげる。だって大切なものだもん。いいよね?」
 ふぅん。そんなに大切なのか。確かに眼は二つあったらもっと色んなところが見えるし、耳が二つあったらもっと色んな事が聞こえるし。足も手も二つあったら不便じゃなさそう。
 口が二つあったら…喧嘩しそうだな。うるさくなるし、折角耳が二つあるのに聞こえ辛くなっちゃう。
 そして何よりキスをする相手は一人で充分さ。二つ口があったら一つは要らなくなっちゃう。私は一人しか愛する事が出来ないからね。
 あんまし、要らないかも。

 ゴメンね。口は二つも要らないよ。
 
 そう少女に伝えると、何故か不機嫌そうな顔をした。何でだろうか。私も不機嫌になってくる。間違いを犯した様に、自責の念に駆られてくる。
 瞬間、頭の中に一人の男が出てくる。顔は分からない。もやがかかってよく見えなくなっている。しばらくするとその男は立ち去っていった。
 待って。行かないで。そう声が聞こえる。私は一言も話していないのに。
 誰だ?私の知らない人だ。だけどある筈がない胸が、キリキリと締め付けられる。どこかで見た事があるんだ。
 もしかして、これが『思い出』?

 頭の中で男の姿が消えると、突然白い光が飛び込んできた。どうやら眼を付けてくれたらしい。
 最初は眩しすぎて、眼を瞑る事しか出来なかった。段々慣れていくと、初めて『もの』を認識出来る様になった。
 下を見ると、しっかりと足と手が付いていた。握る、開く。握る、開く。自分の意思で何でも出来る事に私は感動した。
 その手で私の顔を触ってみる。どうやら口は一つだけらしい。要望通りに叶ってくれた様だ。
 「気がついた様だね。」
 私の耳が初めて声を認識する。私はその声の出処に顔を向けた。
 紫色の髪に綺麗な髪飾りと着物。優雅な雰囲気を漂わせている。不思議と、これも見た事がある。
 「身体が出来た感想は?」
 少女は私に問い掛ける。
 「あ……う、あえ…」
 口が上手く回らない。上手く伝わらない。慣れなのだろうか。
 「無理して話さなくてもいいよ。人はみんな昔はそうだった。」
 そう…なのか?それはまあ仕方ない。これ位は誤差に過ぎない。甘んじて受けよう。
 感想は…そうだな。まだ実感がないな。この手もこの足も、この眼もこの耳も、今まで動かせなかったんだ。
 私の思いが伝わったのだろうか、少女はにっこりと笑う。
 「心臓はどう?一つ欠けてもまた一つあるんだ。こうすれば死ににくくなる。どうだい、嬉しいか?」
 少女の言葉のおかげで、私は心臓が二つある事に気付いた。私は胸に手を当てた。ドクンドクンと違うリズムで心臓が動いている。何だか気持ちが悪い。私が二人いるみたい。
 私の鼓動を刻んでくれるのは一つでいいのかもしれない。私を生かすのは一つでいい。二つもあったら、どれが私なのか分からなくなっちゃう。私は唯一の存在、二つ居たらいけないんだ。
 それに私は一人で生きていけない。私には大切な人が欲しいんだ。だから一人で生きていけない様に、一人だったら何処かが欠けてしまう様にして欲しい。
 だから、二つは要らない。

 ワガママ言ってゴメンね。心臓も二つは必要ないんだ。

 少女はまた不機嫌そうな顔をした。そして私はまた自責の念に駆られる。
 瞬間、私の頭の中にまた誰かが現れる。その人は白い布を顔に掛け、横たわっていた。その人の髪の色は、紫色が色褪せて白髪が目立っていた。そして一見綺麗な髪飾りをしている様だが、汚れている部分もちらほら見えた。
 胸が騒がしい。心臓が警鐘を鳴らす。私はまたとんでもない間違いをした様に感じた。何だ、これは。
 
 「気が付いた?」
 少女は私に問い掛けた。その声に反応し、私はゆっくりと眼を開ける。このやり取りも、少し前にした様な気がする。
 ふと少女の顔を見ると、顔には一筋の液体が零れ落ちていた。悲しそうな顔だった。こっちまで悲しくなりそうだ。
 「言い忘れてたけど。これ、涙って言うんだ。悲しい時に眼から出てくるのさ。」
 知らなかった。悲しい時に自然に出てくるのか。体験してみたいな。
 「どうだい、これもオプションに付けれるけど。無くても良いのよ。」
 ふむ、無くても生きていけるのか。確かに邪魔臭そうだけど、付けた方がいい気もする。
 何故か分からないけど、付けなかったら多分後悔する。物凄く。
 付けたら何か大切なものを見つける事が出来ると思うんだ。

 じゃあ付けるよ。お願いね。

 すると少女はにっこりと笑い、私に何個もの箱を見せてくれた。中には色んな色の粉が入っている。
 「じゃあ好きな味を選んで。塩っぱくしたり、酸っぱくしたり、辛くしたり、甘くしたり。何でもいいよ。」
 私は箱を開け、舐めてみる。成る程、色々な味があるのか。塩っぱいのもいいし、甘いのもいい。辛いのも捨て難いな。
 でも、それは悲しい時に出てくるのか。その時私はどんな味が欲しいのかな?分かんないな。多分その時にならないと分からない。だから、どんな感情にも対応できる様にしたいな。
 
 じゃあ全部ごちゃ混ぜにしてよ。何味でも良いからさ。

 すると少女はにっこりと笑い、箱の中身をごちゃ混ぜにして一つにした。一つになったものは何とも言えない色になっていた。
 少女は私にその箱を手渡す。試しに舐めてみる。塩っぱい様で酸っぱい様で辛い様で甘い様で。結局のところ、私の求めている味には程遠かった。
 けど満足している。きっと悲しい時の私は曖昧な味を求めているだろう。いや、涙は悲しい時に出すものでもないだろう。嬉しい時、悲しい時。色んな気持ちの時にも出せるのだろう。
 嬉しい時に、悲しくなる様な味だったら悲しくなるだろうからね。この選択は正しかったのかもしれない。
 
 「さあ、生きる準備は出来た。あの扉の向こうがあなたの人生よ。」
 少女が指差すその先には、いつの間にか光り輝く扉が出来ていた。その前にはおびただしい数の階段がある。とても神々しく感じる。けど見覚えがある。
 何だろうか。少女の出すもの全てに既視感を覚える。それだけが気になる。最後にここから出て行く前に、それだけ聞きたいんだ。
 
 今までずっと思っていたの。あなたは私の何なんですか?

 私の言葉を聞いた少女は、私ににっこりと笑いかけながらこう言った。
 「私はただの人生の先輩よ。」
 先輩…?どういう事か全然分からない。突然の事に、私は頭が回らなかった。
 「一つアドバイスをあげるわ。しっかり聞きなさい。」
 呆然とした私に構わず、少女は話を続けた。
 「あなたはこれから涙を流すかもしれない。凄く一杯ね。けどそれは失敗じゃない。成功の為の布石。次また同じ様な事が起こっても対応できる様にね。その時は解決方法を模索したりして悩みなさい。悩んで悩んでまた忘れて。その度に涙をまた流して。その繰り返しだと思う。」
 私は手に抱えている箱を開け、『涙』を舐めてみる。何とも言えない曖昧な味だ。けど、それが私を支えてくれるのだろう。後悔なんてこれっぽっちも無い。
 「しっかり過去の自分と向き合いなさい。『自分はこれが駄目だった』と反省しなさい。そして次への糧としなさい。あなたはいつかきっと死ぬ。その時に『次の自分』へとアドバイスをするんだ。同じ過ちは繰り返して欲しく無いからね。まぁ、ほとんど反映されないけどさ。」
 少女は肩を竦めた。いかにも悲しそうな表情だった。
 話しを聞くと、何だか生きるのが不安になって来た。私にそんな事が出来るのか。それに生きるってこんなに辛いのか。何か、嫌になってくる。
 すると少女は私の肩に手を当てた。
 「心配要らないよ。きっと楽しい未来があなたを待っている。そこまでの道のりは、あなた自身が切り開いて行きなさい。」
 そして少女は私の手を握り、扉へと連れて行ってくれた。私が掴んだその手は、何故か冷たかった。
 階段を登るたびに、私は生へと近づいているのが実感できた。不思議と、登るのは辛くなかった。一歩、また一歩。階段を踏む度に身体が軽く感じてくる。何だか、楽しくなってきた。
 ふと、少女と眼が合う。その少女の眼が、私を哀れんでいる様に見えた。けどそんな事は直ぐに忘れてしまった。
 だって、私はもうすぐ生を授かるのだから。

 あんなにあった階段も、遂に最後の一段になってしまった。ふと後ろを振り返ってみる。ついさっきまで私達がいた場所は、米粒にも満たない程の小ささになっていた。
 私は扉に手を当てる。暖かい。何だろう、まるで人肌の様な暖かさだ。安心する。
 最後に後ろを振り返り、少女の顔を見た。少女は優しい顔で私を見つめていた。さっきの哀れんでいた眼は何処へ行ったのだろうか。そんな優しい顔が、私を包み込んでくれる様に感じた。
 行ける、私なら行ける。一つ深呼吸をし、扉に当てた手に力を込める。ズズズっという音と共に、扉が開かれていく。
 完全に開ききったその向こうは、光で満ち溢れていた。私は自然に足が出た。感覚で分かる。あの先が、私の人生なんだと。
 光に導かれながら、私は歩いて行った。
 


 「……やっと行ってくれたか。」
 あの子が光に包まれたのを確認すると、私は扉をスッと閉じた。あの扉は生なる扉。私の様な死人は入っちゃいけない場所。
 生者は神が与えた最初の試練として重い扉を開けさせる。だから死人にとっては試練もクソもない。空気を掴んでいるような感覚だ。私も生きていたから一度は開けたらしいけど、そんな思い出はとうに忘れた。
 そんな事はどうだっていい。問題はあの子だ。
 「私が八代目だから、あの子は九代目か。」
 私もあの子も稗田阿礼の転生者。稗田家に生まれる定めの子は、記憶の引き継ぎをしなければならない。幻想郷縁起を作成しなければいけないからだ。
 引き継ぎの儀式を終えた後、閻魔大王が次なる転生体の身体を作成する。そして作成する時、稗田家の先代が立ち会える事が出来る。これは閻魔大王の策略らしい。なんでも『経験してきた失敗を次の代も経験して欲しく無い』ようだ。
 成る程、そうすれば同じ過ちを繰り返さず、死ぬリスクを最小限に留めれるからな。いいアイデアだ。けど残念ながら駄目だったよ。私の忠告を、あの子は聞いてくれなかった。
 私の中の思い出も、あの子に伝わっただろうか。あの時私が経験した恋も、心臓が悪くなって死んだのも、伝わってくれたのかな。その上で判断したのかな。それとも他の考えがあったのかもしれない。
 でも、どちらでも私は満足だ。あの子の人生はあの子が切り開く。それに私は干渉しちゃいけない。

 それにしても、閻魔大王が言ってた『未来と過去』の話。先代が立ち会うのだから当然過去しか見れないけど、なんで閻魔大王は選ばせたのかな?
 もしかして大王は『生きる意欲』を見ていたのかもしれない。
 未来を見たがる子はすぐ結果を知りたがる子。生きていても挑戦をせずに堕落した生活を送るかもしれない。そんな子は稗田家に必要ないと大王は判断したのだろう。
 もし未来を選んだ子が居たら、生まれた後すぐに死なせる様にしたのだろう。三代目の阿未は生まれた一月後に病死したけど、未来を選んでいたのかもしれないな。
 
 しばらくの間、私は光り輝く扉を見続けていた。未練なんて腐る程ある。未練たらたらだ。もう一度だけでもいいから生きてみたい、なんて叶わない願いをそっと胸に閉じ込めた。そんな願いより、こっちを願おう。
 あの子にはこの世に未練を遺さない様に生きて欲しい。ただそれだけの願いだ。神様なら、きっと叶えてくれるはずだ。
 すると私の背後に何かが現れる。後ろを振り返るとそこには一つの扉があった。どす黒く、いかにも不吉な雰囲気を放っている。地獄行きの扉だ。
 それに私は既視感を覚えた。先代達もこの扉の向こうにいるのか。そう考えると開けるのが楽しみになってきた。
 私は扉に手を当てる。冷たい、ただそれだけの感情が出てくる。死人にはお似合いな扉だ。
 手に力を込めて扉を開ける。ギギッと不快な音を出しながら、扉はどんどん開いていく。最後まで開ききった扉のその先は、真っ暗な闇で覆われていた。
 本当なら入りたくないのだが、私はもう死んでいる。黙って死を受け入れるしかない。
 「頑張ってね、九代目。」
 生を授かり、生を謳歌しているはずの九代目へとエールを送った後、私は扉の奥へと足を進めた。

 


 急に視界が明るくなる。まだものを把握できていない。朧げに誰かが居る程度位にしか見えない。
 苦しい、息が詰まりそう。涙が出そうだ。泣き叫びたい。吐き出したい。生きるってこんな事なのか。辛いけど、なんか楽しいな。
 私の耳が何かを聞き取った。最初はこもって聞こえ辛かったけど、段々と鮮明になってくる。
 「……前の名は阿求だ!稗田阿求!」
 あきゅう。初めて与えられた名前に、私は高揚感を感じた。
右も左も分からない者です。感想、ご指摘などありましたらどうぞ宜しくお願い致します。
焼き鳥
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.70簡易評価
1.100いかぽっぽ削除
すばらしい……転生する前を綺麗に表現した良作
概念じみた話がまじりますが、比較的飲み込みやすかったです
2.20名前が無い程度の能力削除
気持ち悪いくらいのオリ設定、なんですかこれ?
3.100名前が無い程度の能力削除
未来を選んだくらいで
閻魔に殺されて当然と考えるあたりに稗田の冷酷さと傲慢さと矜恃が伺えますね

いや人間の生に対して評価する閻魔や神仏がひいてはそれらを想像した人間自体が
どうしようもなく冷酷で傲慢な癖プライドが高いのかも知れない
或いは本来温厚で謙虚でプライドが低いからこそ冷酷で傲慢でプライドが高くなるために神仏を信じてきたのかも知れない
5.70とーなす削除
阿礼乙女の転生を表現するという試みは面白いとは思うのですが、各種やり取り自体に、私たちのよく知る「稗田阿求」の要素があまり読み取れず、結果的になんかよく判らない話、という感想に落ち着いてしまいました。
過去を選ぶか・未来を選ぶかについても、感覚的にはやっぱり未来を選んだ方が生きる意欲があるように感じますけどね。重要なのは「何故そちらを選ぶか」って部分だと思います。未来を選んだだけで生きる意欲無し判定は厳しすぎるよ閻魔様。
6.無評価焼き鳥削除
いかぽっぽさん お褒めの言葉、有難うございます。概念染みた話は作るのも読むのも好きなのでちょっと捻くれた作品になってしまいましたが、そう言っていただけると今後の執筆活動に意欲がとても湧きます。

2さん ご指摘有難うございます。筆者の自己満足によって読み手の想像を超えてしまった設定を作ってしまいました。読み手の気持ちになって書くことを念頭にこれからも精進していきたい所存です。

3さん ご感想、有難うございます。未来を選ぶ即ち結果を見たがる事は稗田家の衰退に関わる事だろうと判断したのでしょう。妖怪より力が弱い稗田家だからこそ、神仏や閻魔を信じて自分達を高めようとしたのかもしれません。

とーなすさん ご感想、ご指摘有難うございます。推敲時に読み手の立場にたって読み直してみる事や、知人などに一度見せてから投稿する事を心がけていこうと思います。
未来を見たがる子=結果を見たがる子=挑戦しない子は稗田家の衰退並びに幻想郷縁起の作成を怠るかもしれないと判断したのでしょう。それに閻魔大王は白黒しか付けれない、二つに一つしか判断出来ない四季映姫様ですからね。