そろそろ開花するかもしれない。葡萄を反対にしたような鈴蘭の緑色の蕾は花開く瞬間を待っている。私はその鈴蘭畑の中で少しばかり雲が混ざった青空を寝転がりながら眺めていた。
今の気分は……憂鬱。
『物として受愛』
―1―
鈴蘭が異常なほどに咲き誇ったある異変の頃に、私は初めて畑の外に出た。そして無縁塚で嫌というほど閻魔様に叩きのめされ説教を食らい。自分自身になにが足りないのかを思い知らされた。だから私はそれ以来積極的に鈴蘭畑の外へ出て、自分がもっと強くなれるように、自分がもっと人形のリーダーとして好かれるように、色々と学んできたつもりだ。これからもその学習を止めるつもりはもちろんない。
ただ今日の憂鬱の原因はそことは少しかけ離れる特殊な問題。
あの異変以降、私は人間に捨てられた人形を拾ってきて鈴蘭畑に何体か置いている。みんなの思いは様々で気持ちを探ってみると人間を恨んでい子もいれば、今でも持ち主を愛している子もいる。深い内容はみんながはっきりと気持ちを伝えるほど毒が浸透していないから分からないけど、長い年月をかけて私の様に体が動けば詳しく話してもらえるだろう。もっともその時に人形だった頃の記憶を覚えているという保障はどこにもない。
さて、私の方も動いているとはいえ元は人形だ。例に漏れず人間の下にいた時の記憶はまったく残ってはいないけれど、私もみんなのように人間に(自分勝手に)愛されていた時期があったのだと思う、その頃の私が幸せかはもう分からないしもし幸せだったとしても戻りたいとは思わない。でも……
偶に酷くそんな操られ一方的な愛され方をした人形に嫉妬や羨望の気持ちを抱くことがある。私は人間が嫌いだしその思いは今でも変わらない。けど胸中から間欠泉のように吹き上がってくるモノに真正面からはっきりと否定することができないのだ。
私が考えるにそんな気持ちを抱いてしまうのは、たぶん自分が人間に作られた玩具……認めたくないけれど、使われる道具としての性の所為なのかもしれない。
ただ、そう答を出して理解した振りをしても心の整理はつかない。毒に蝕まれるように苦しく陰鬱にじわじわと私にのしかかってくる。今日のように。
――あーあ、スーさんがそろそろ溢れそうって時なのに私の気分は晴れないわー……どうしてこんなこと考えちゃうのかしらね。毒人形が心を毒に侵されるとか冗談にもならないじゃない。
その独り言は鈴蘭畑の中へと掻き消えて、余計に私の気分を悪化させる。ああ滅入る、いい加減にこの腐った感傷から抜け出したい! できることならば二度と味わわずに済むように!
人間は落ち込んだ時精神安定剤や抗うつ剤なる毒薬を飲み気分を安定させるらしいが、私の体には良い毒も悪い毒も決して効くことはない。だからその方法は使えない。もし私に効くようなら永遠亭のお医者さんから毒と交換してもらうという選択もあったのに。
――いやいや、ここで独りウジウジしてても意味がないわ!
『おかしいと思ったら人に聞く』ってどこかの妖怪が言ってた気がするし(人間相手には尋ねたくはないけど)自分一人の力でどうにかできないって分かってるならともかく誰かに相談するべきね! もしかしたら解決策が見つかるかもしれないわ。
私は何かの衝動に突き動かされるように立ち上がり、早速出かけようとする。
が、私はある重要なことを思い出しすぐに飛ぼうとするのを辞め一旦その場に留まった。
――誰の所へ相談しに行こう……
普通に考えるなら永遠亭のお医者さんや兎達の所へ行くのがいいのかもしれない。が、これはかつて『道具』であった者の問題だ。この気持ちの根本が『道具』である処から発生しているのなら同じ『道具』だった妖怪に相談するのが一番最適ではないだろうか?
でも私と同じ動く人形は知っている限り(あの人形遣いの人形は別物)私の記憶にはない。となると別の妖怪に、えっと……付喪神を探さないと。
確か私の友人に一人だけ……
―2―
太陽が沈んで周りは真っ暗。時計を持ってないから時間は分からないけど、とにかくこの時間に好き好んで外に出るような人間はいない。そんな夜中。
*
私が唯一会ったことがある付喪神、それは多々良小傘という妖怪だ。
前に命蓮寺という寺に人間が集まっているという情報を聞いて、なにがあるのだろうと興味本位に探りに行った時、墓場の辺りで人目を忍びながらコソコソと移動していたところを後ろから彼女に声をかけられた。私は飛び上がらんばかりに驚いて墓石に頭をぶつけて、その恥ずかしい姿を見た彼女は笑いを堪えながらも優しく私の体を抱き上げて頭を撫でた。私は子供扱いされたのと情けない姿を見られたので顔が真っ赤になりその場にいたたまれなくなってしまう。すぐに逃げようかと思った矢先、彼女は口を開いて。
『えっと……もしかして貴方も付喪神……だよね? 驚いてたみたいだけど私のお腹全然膨れないし』
付喪神、という言葉の意味が最初分からなかったが、話を聞くうちに自分がそれにとても近い存在だということは理解できた。そして彼女も同じ『道具』であったことも。
『いやーやっぱりそうなのねーなんとなーく同じ気配がしたのよ……で、貴方はこんな場所になんの用なの?もしかして、このお寺の入信希望者だったりするのかな? ああ、私は偶然ここにいるただの妖怪で信者でもなんでもないからその辺は気にしないで』
一つ目に舌をデロンと出した紫色の唐傘をくるくると回しながら彼女は楽しそうに私に聞いた。
私は先程の醜態を隠すかのように少しだけ声を張り上げて『このお寺に人間が集まってなにかするらしいからそれがなんなのか知りたくて見に来たの』と言った。
『人間の集まり? あーそれはたぶんここの尼さんの聖白蓮って魔法使いが信徒を集めて集会でも開くんじゃない? 説教とか修行とかの類に近いから興味ないなら全然楽しくないと思うよ』
説教や修行と聞いて私は落胆すると同時に安心した。心のどこかで、秘密集会を行っている人間達の悪事を暴いて正義のヒロインにでもなれるのではないかという打算の入った義心と、もしかしたら相手がとても強大な力を持っていて殺されてしまうかもしれないという恐怖心、両方を砕いてくれたからだ。
そんな自分の思い描くような都合のいい展開なんてありえないと九十九%理解してはいたけれど。
『あ、ごめん。がっかりさせちゃった?』
既にここにいる理由はなくなっていた。だが私の行動が全て無駄ではなく、同じ元『道具』仲間である彼女と知り合えたのはよい収穫だったと言える。早速私と同じ志を持つ陣営に引き込みたいと思ったが、初対面でいきなりそんなことをしてもまともな結果にはならないのが明白なので、この日は感謝の言葉と軽い雑談だけで済まし、今度また会う約束をして立ち去った。
後日、何度か会って適当な言葉と質問で彼女の人間に対する気持ちを読み取った結果、こちら側に味方しそうもないことが残念ながら分かった。私はそれがとてもとても気に喰わなくて理解できなくて、私が膨れっ面をして黙ると彼女は焦りながら慌てて謝った。
『さ、さっきのはメディスンちゃんが人間嫌いなのを悪いって言ってるわけじゃないんだよっ! ただ私みたいに人間と楽しく共存できたらいいなって思ってる子も中にはいるってだけで……』
そうやって必死になられると下心を抱いて彼女に近づいた私が全部悪いみたいで(後から考えたら実際悪いのは私だった)心の中にチクリと罪悪感の棘が刺さる。これがきっかけで折角できた『道具』の友達を失うのが怖くて、私は自分の気持ちを抑え彼女に酷い態度をとってしまったことをすぐに謝った。
『ううん。そんなに気を遣わないで。捨てられた子からすれば人間を嫌いなるのが当然なのに、碌に考えもせず私もちょっと無神経なこと言い過ぎちゃった。失敗失敗』
彼女はそう言って寂しそうな笑顔を浮かべ、握り拳を頭に乗せておどけたように舌を出した。
それからも多少は主張の違いがあるが、私と彼女は時々会い道具同士の友達関係は続いている。
*
月明かりを頼りに見つけた目の前にあるのは幽霊でも出てきそうな川に架かったボロボロの橋。こういう人間を驚かせそうな場所に小傘は潜んでいることが多い。だけど夜中にこんな場所へ来る人間なんていないと思うのだが……効率は悪くないのだろうか? それはまた別の機会に聞いてみよう。
――小傘ー! いるー?
私は大きな声で近くの茂みへ呼びかける。するとガサガサと茂みが音を立て動き始めた。
「じゃっじゃじゃーん! 呼ばれて飛び出てなんとやら、多々良小傘でーす!」
十秒ほどの間を置くと、甲高い声で演劇をするかのように名乗り彼女が傘の上に乗りながら愉快そうに飛び出してきた。
「あっ、メディスンちゃん久しぶりー。どう、スーさんパワーは元にもどった?」
――いや、それはもうちょっとかかるみたい。最近は春告精の声が聞こえるからたぶんもう少しだとは思うんだけど。
「ふーん……それで今日はどうしたの? なんだか雰囲気暗いけど、もしかして私に相談したい悩みとかあったりする?」
軽く言葉を交わしながらも、此方の異常を目ざとく察した彼女は私の顔を覗き込んで首を傾げる。
僅かしかない月の光の中で私の顔はどんな風に見えたのだろう。
――……鋭いわね。
「これでも家出した子供のお世話とかしたことあるからね! 傘だけにそーゆージメジメした心境はなんとなーく分かっちゃうの」
――むぅ、でも子供扱いはちょっと気に喰わないっ。
「あははごめんごめん。まっ、ここで立ち話もなんだから場所を移動しましょう」
彼女は私の手を取るとボロい橋の方へと歩みを進める。相談するには橋の雰囲気がちょっとホラーに寄り過ぎている気がしないこともない。
「んー……よしっ! お姉さんになんでも聞きなさい!」
橋の中央部に着くと彼女は手を離し、振り返ると右手で自分の胸を叩いて大袈裟にポーズを取る。
確かに年齢で言えば小傘の方が一応先輩なのよね。普段の態度や行動からするとあんまりそんな感じはしないけど。
でも信用できるのは確かだ。ちょっと頼りなく見えるかもしれないけど彼女は友達の秘密を安易に言い触らすような妖怪ではない。
――えっとね……上手く伝わらないかもしれないけど……
私は言葉の切れ端を必死に繋ぎ止めながら、丁寧に理解してもらえるように口に出す。少しだけ怖い。
――小傘は私が人間を嫌いなことを知ってるよね?
「うん知ってる知ってる。それがどうかしたの?」
――そう、私は人間が嫌いで、あいつらに支配された人形達を解放したいってずっと考えてるし、あいつらを好きになったこともない……でもね、私は時々人間に愛されてる人形達を羨ましいって思うときがあるの。どうせいつか飽きたら捨てる癖に人形の考えてることや望むことなんて理解できない癖に、それでもその一方的な愛情がどうしようもなく欲しくて……こんなことを望むのは結局私が使われる道具だからなのかな? 人間に作られたってだけで、意思を持ち行動できるようになっても私は人間に縛られ続けなきゃいけないのかな? ぐすっ……私はもう悔しくて情けなくてっ!
ああ、言葉を吐き出すたびに胸が苦しい気持ち悪い。溢れるように涙も出てくる。我慢したいのに止まらない。考えてる時はただ憂鬱なだけだったのに自分の心に溜った毒は実際に言葉に出すとこんなに辛いものなのか。彼女に私のこんな姿は見られたくなかったのに。
「メディスンちゃん……そっか、貴方が押さえ込んで嫌悪しているのはその気持ちなんだね」
彼女はポケットから水色のハンカチを取り出して私の流す涙を優しく拭き取る。その気遣いが嬉しいと同時に鬱陶しいとも思える。けど今は独りになりたいからって逃げるわけにはいかない。
――ひっぐっ…えぐっ…
「あのねメディスンちゃん。私も上手くは伝えられないかもしれないけど、家族っていうもの知ってる?」
彼女は私を抱き上げて橋の欄干へ座る。いつまでも泣いている姿は見せられないと、私は涙を堪えて彼女を見上げた。
――家族? 夫婦や血の繋がった人間が一緒に住むことでしょ?
「う~ん……まあそんなところなのかな? それでね込み入った話になるんだけど人間の家族は母親と父親が子供に対して愛情を注いで大人にするの。これは一部の妖怪や神様にはない関係だね。ま、作った人を親と呼ぶなら私達付喪神も親がいるってことになるけど」
――私は私を作った人なんて覚えてないし知らない……
持ち主に遊ばれた記憶すらないのだ。ましてや自分が作られた時の事など覚えているはずがない。
「私もだよ。メディスンちゃんは初めに人形として作られ誕生した。けれどその後もう一回毒で動く付喪神としても誕生してる。そしてそこがメディスンちゃんの感じている気持ちに結びつくことになるの」
――私の気持ちに? なんでそうなるの?
「メディスンちゃんの愛されてる人形達に対しての羨望や嫉妬はね。自分も同じような親……つまり傍にいて愛情を持って接してくれる人が欲しいって思う願望から来てるんだよ。私達も一応道具だから、動いていなかった時に持ち主から受けた愛情が……それこそ親と子の関係みたいに良くも悪くも多くも少なくも体に刻み込まれ滲みこんで無意識のうちに忘れられなくなってるの。そういう所は人間に縛られてるって言えなくもないかなぁ」
私を愛してくれる人。確かに動き始めた時傍にあったのは鈴蘭の花だけで他には誰もいない。けれどそれは捨てられた道具ならば当然で、最初から親や兄弟姉妹のような存在がいる方がおかしい。
やはり私は人間の作り出した道具の枠組みから決して逃れられないのだろうか?
――ねぇ小傘。私はどうやったら愛情を求めなくて済むの? どうやったら心の毒を治せるの?
私は彼女に問う。その質問を聞くと彼女はムッとした表情になり。私へ諭すように言い聞かせた。
「メディスンちゃんそれじゃあダメ。さっき私は人間から受けた愛情が体に刻み込まれて忘れられないって言ったけど、こうやって意思を持って生きている生物は様々な形があれど愛という感情からは逃れられないの。メディスンちゃんの人形解放を願う気持ちだって、身勝手な欲望が多少混じってるかもしれないけれど願いの出所は人形達を想う愛からなんだよ? それを自分から否定することになるんだよ?」
――そ、それは嫌っ!
「だったらメディスンちゃんは抱え込んだ気持ちを嫌がったりしないで受け入れて、偶には親しい人に恥ずかしがらず甘えてみよう! 独りであれこれ考えて頑張るのもいいけど、ずっとそれだと息が詰まって壊れちゃう。今のメディスンちゃんみたいにね」
――あ、甘えるったって誰に……
私は彼女から顔を逸らす。言葉の意味は薄々理解できた。ただそうしようとすると私の精神は混乱の極みへと達する。
「ちょっとー? その言葉は聞き捨てならないなぁ。何の為に私がいるってえのよ! 鈴蘭畑で一緒に暮らしたりはできないけど、友達として年上としてメディスンちゃんに頼られるくらいの包容力はあるわー」
――えっえっ……ちょ、ちょっと待っ……
慌てる私に構わず、彼女は私を思いっきり胸へぎゅうぎゅうと強く抱きしめる。彼女の胸の中は傘の所為か少しだけ湿っぽくそして温かい。心の中のドロドロした毒が少しずつ溶けてしまうような感覚がする。
……悔しいけどできることなら長い間このまま抱きしめられていたいと思った。そうすればきっと胸の内が楽になれるだろうと。けどそれはあまりに不恰好だから、なけなしの意地とプライドを総動員してその気持ちには嘘をついた。
――んっぐぐぅ! こ、小傘っ、く、苦しい……
「あははっ、強く抱きしめすぎちゃった。ごめんね許して?」
私が胸の中で控えめに抵抗すると、それに気づいた彼女は妖精のように無邪気に笑い私を解放した。少しだけ名残惜しい。
――い、いきなりなにするのよ! ……で、でもそう言ってくれて少しは嬉しかったわ。あ、ありがとう。わ、私も困ったことがあったら独りで解決しようとせずにもっと周りの人に頼ってみる……
「そうそうそれが一番! 分かってくれたのならもう一回私の胸に飛び込んできてもいいのよー!」
彼女は両手を広げて再び私を抱きしめようとする体勢を取る。
――こ、小傘の馬鹿あっ!
その格好を見て、彼女とのやり取りを振り返った私はとてつもなく気恥ずかしくなってしまい。顔を背けながら彼女を強く突き飛ばしてしまった。
「あーれー……」
耳の中へと盛大な水飛沫が上がる音が聞こえた。一瞬私は固まったが、すぐに自分のやってしまったことを後悔し、慌てて彼女の姿を水面に探した。
――あわわっ、ご、ごめんなさい。大丈夫?
「てへへ、調子に乗りすぎちゃった♪」
川の水深は割りと浅かったようで、水に肩まで浸かっている彼女は頭を掻きながら舌をぺロリと出して、まいったなあという表情をしながら微笑んでいた。
――その……相談に乗ってくれてありがとう。まだ完全に治ったわけじゃないけど、小傘と話せて胸の中が大分すっきりしたわ。
少しだけ後味の悪さを引きずりながらも、帰り際に私は改めて彼女にお礼を言って深々とお辞儀をする。あのまま憂鬱な気持ちを引きずっていたらどうなったことか分からない。
「いやいやそこまで感謝されるほどでもないわよー友達として当然のことをしただけだからねっ! まあ、またなにかあったら小傘お姉さんのとこまで来なさい!」
――ふふふっ。
「あーなんで笑うのよー!」
思わず笑みがこぼれた。彼女の明るさは周りをうんと楽しくさせて笑わせる。私にはできない芸当だ。きっと尊敬されるリーダーというものはこんな風な特徴を持っているものなのかもしれない。なんと妬ましいのだろう。
――私はそろそろ帰るわ。励ましてくれた小傘の言葉絶対忘れないから。
「うんばいばい。気晴らしにまたいつでも遊びに来なさいよー!」
―3―
私は鈴蘭畑の中で夜空に映える半月の月を寝転がりながら眺めていた。
今夜小傘から聞いた言葉を頭の中で反芻する。頼ったり甘えたり……かぁ、今日は一応上手くいったけれど、もしまた誰かに頼ったり甘えたりしたいと自分自身が望んだ時、果たして私は本音を隠さず全てを言えるのだろうか?誰かが私の存在を受け入れ与えてくれる愛情に、不信感を抱かず恐怖せず拒絶ないで済むのだろうか?
いやこんなことをだらだらとまた考え込んでいてもしょうがない。せっかくの治った毒がまた私の心を蝕んでしまう。
――きっと臆病になりすぎるのが駄目なのよね。
私は大切な友人に相談された時笑い飛ばして無下にするようなことはしない。小傘だって私の悩みを聞き親身になって解決しようと対応してくれた。だったら自分だけ一歩引いたままでいるのは失礼だ。
――今度からはもっと素直にならなくちゃ。
と、言葉に出すのは簡単だけれど、素直になった自分の姿が想像できない。
だからってここで歩みを止めるわけにはいかない。今すぐが駄目でも少しずつ少しずつ、自分を変えていこう。この鈴蘭畑に置いてあるみんなの為にも私はもっと強くならなければならないのだから!
――心の毒に負けたりなんかしない!
私は飛び上がると気持ちを切り替えるように夜空に向かって右手を高らかに掲げた。
今の気分は……憂鬱。
『物として受愛』
―1―
鈴蘭が異常なほどに咲き誇ったある異変の頃に、私は初めて畑の外に出た。そして無縁塚で嫌というほど閻魔様に叩きのめされ説教を食らい。自分自身になにが足りないのかを思い知らされた。だから私はそれ以来積極的に鈴蘭畑の外へ出て、自分がもっと強くなれるように、自分がもっと人形のリーダーとして好かれるように、色々と学んできたつもりだ。これからもその学習を止めるつもりはもちろんない。
ただ今日の憂鬱の原因はそことは少しかけ離れる特殊な問題。
あの異変以降、私は人間に捨てられた人形を拾ってきて鈴蘭畑に何体か置いている。みんなの思いは様々で気持ちを探ってみると人間を恨んでい子もいれば、今でも持ち主を愛している子もいる。深い内容はみんながはっきりと気持ちを伝えるほど毒が浸透していないから分からないけど、長い年月をかけて私の様に体が動けば詳しく話してもらえるだろう。もっともその時に人形だった頃の記憶を覚えているという保障はどこにもない。
さて、私の方も動いているとはいえ元は人形だ。例に漏れず人間の下にいた時の記憶はまったく残ってはいないけれど、私もみんなのように人間に(自分勝手に)愛されていた時期があったのだと思う、その頃の私が幸せかはもう分からないしもし幸せだったとしても戻りたいとは思わない。でも……
偶に酷くそんな操られ一方的な愛され方をした人形に嫉妬や羨望の気持ちを抱くことがある。私は人間が嫌いだしその思いは今でも変わらない。けど胸中から間欠泉のように吹き上がってくるモノに真正面からはっきりと否定することができないのだ。
私が考えるにそんな気持ちを抱いてしまうのは、たぶん自分が人間に作られた玩具……認めたくないけれど、使われる道具としての性の所為なのかもしれない。
ただ、そう答を出して理解した振りをしても心の整理はつかない。毒に蝕まれるように苦しく陰鬱にじわじわと私にのしかかってくる。今日のように。
――あーあ、スーさんがそろそろ溢れそうって時なのに私の気分は晴れないわー……どうしてこんなこと考えちゃうのかしらね。毒人形が心を毒に侵されるとか冗談にもならないじゃない。
その独り言は鈴蘭畑の中へと掻き消えて、余計に私の気分を悪化させる。ああ滅入る、いい加減にこの腐った感傷から抜け出したい! できることならば二度と味わわずに済むように!
人間は落ち込んだ時精神安定剤や抗うつ剤なる毒薬を飲み気分を安定させるらしいが、私の体には良い毒も悪い毒も決して効くことはない。だからその方法は使えない。もし私に効くようなら永遠亭のお医者さんから毒と交換してもらうという選択もあったのに。
――いやいや、ここで独りウジウジしてても意味がないわ!
『おかしいと思ったら人に聞く』ってどこかの妖怪が言ってた気がするし(人間相手には尋ねたくはないけど)自分一人の力でどうにかできないって分かってるならともかく誰かに相談するべきね! もしかしたら解決策が見つかるかもしれないわ。
私は何かの衝動に突き動かされるように立ち上がり、早速出かけようとする。
が、私はある重要なことを思い出しすぐに飛ぼうとするのを辞め一旦その場に留まった。
――誰の所へ相談しに行こう……
普通に考えるなら永遠亭のお医者さんや兎達の所へ行くのがいいのかもしれない。が、これはかつて『道具』であった者の問題だ。この気持ちの根本が『道具』である処から発生しているのなら同じ『道具』だった妖怪に相談するのが一番最適ではないだろうか?
でも私と同じ動く人形は知っている限り(あの人形遣いの人形は別物)私の記憶にはない。となると別の妖怪に、えっと……付喪神を探さないと。
確か私の友人に一人だけ……
―2―
太陽が沈んで周りは真っ暗。時計を持ってないから時間は分からないけど、とにかくこの時間に好き好んで外に出るような人間はいない。そんな夜中。
*
私が唯一会ったことがある付喪神、それは多々良小傘という妖怪だ。
前に命蓮寺という寺に人間が集まっているという情報を聞いて、なにがあるのだろうと興味本位に探りに行った時、墓場の辺りで人目を忍びながらコソコソと移動していたところを後ろから彼女に声をかけられた。私は飛び上がらんばかりに驚いて墓石に頭をぶつけて、その恥ずかしい姿を見た彼女は笑いを堪えながらも優しく私の体を抱き上げて頭を撫でた。私は子供扱いされたのと情けない姿を見られたので顔が真っ赤になりその場にいたたまれなくなってしまう。すぐに逃げようかと思った矢先、彼女は口を開いて。
『えっと……もしかして貴方も付喪神……だよね? 驚いてたみたいだけど私のお腹全然膨れないし』
付喪神、という言葉の意味が最初分からなかったが、話を聞くうちに自分がそれにとても近い存在だということは理解できた。そして彼女も同じ『道具』であったことも。
『いやーやっぱりそうなのねーなんとなーく同じ気配がしたのよ……で、貴方はこんな場所になんの用なの?もしかして、このお寺の入信希望者だったりするのかな? ああ、私は偶然ここにいるただの妖怪で信者でもなんでもないからその辺は気にしないで』
一つ目に舌をデロンと出した紫色の唐傘をくるくると回しながら彼女は楽しそうに私に聞いた。
私は先程の醜態を隠すかのように少しだけ声を張り上げて『このお寺に人間が集まってなにかするらしいからそれがなんなのか知りたくて見に来たの』と言った。
『人間の集まり? あーそれはたぶんここの尼さんの聖白蓮って魔法使いが信徒を集めて集会でも開くんじゃない? 説教とか修行とかの類に近いから興味ないなら全然楽しくないと思うよ』
説教や修行と聞いて私は落胆すると同時に安心した。心のどこかで、秘密集会を行っている人間達の悪事を暴いて正義のヒロインにでもなれるのではないかという打算の入った義心と、もしかしたら相手がとても強大な力を持っていて殺されてしまうかもしれないという恐怖心、両方を砕いてくれたからだ。
そんな自分の思い描くような都合のいい展開なんてありえないと九十九%理解してはいたけれど。
『あ、ごめん。がっかりさせちゃった?』
既にここにいる理由はなくなっていた。だが私の行動が全て無駄ではなく、同じ元『道具』仲間である彼女と知り合えたのはよい収穫だったと言える。早速私と同じ志を持つ陣営に引き込みたいと思ったが、初対面でいきなりそんなことをしてもまともな結果にはならないのが明白なので、この日は感謝の言葉と軽い雑談だけで済まし、今度また会う約束をして立ち去った。
後日、何度か会って適当な言葉と質問で彼女の人間に対する気持ちを読み取った結果、こちら側に味方しそうもないことが残念ながら分かった。私はそれがとてもとても気に喰わなくて理解できなくて、私が膨れっ面をして黙ると彼女は焦りながら慌てて謝った。
『さ、さっきのはメディスンちゃんが人間嫌いなのを悪いって言ってるわけじゃないんだよっ! ただ私みたいに人間と楽しく共存できたらいいなって思ってる子も中にはいるってだけで……』
そうやって必死になられると下心を抱いて彼女に近づいた私が全部悪いみたいで(後から考えたら実際悪いのは私だった)心の中にチクリと罪悪感の棘が刺さる。これがきっかけで折角できた『道具』の友達を失うのが怖くて、私は自分の気持ちを抑え彼女に酷い態度をとってしまったことをすぐに謝った。
『ううん。そんなに気を遣わないで。捨てられた子からすれば人間を嫌いなるのが当然なのに、碌に考えもせず私もちょっと無神経なこと言い過ぎちゃった。失敗失敗』
彼女はそう言って寂しそうな笑顔を浮かべ、握り拳を頭に乗せておどけたように舌を出した。
それからも多少は主張の違いがあるが、私と彼女は時々会い道具同士の友達関係は続いている。
*
月明かりを頼りに見つけた目の前にあるのは幽霊でも出てきそうな川に架かったボロボロの橋。こういう人間を驚かせそうな場所に小傘は潜んでいることが多い。だけど夜中にこんな場所へ来る人間なんていないと思うのだが……効率は悪くないのだろうか? それはまた別の機会に聞いてみよう。
――小傘ー! いるー?
私は大きな声で近くの茂みへ呼びかける。するとガサガサと茂みが音を立て動き始めた。
「じゃっじゃじゃーん! 呼ばれて飛び出てなんとやら、多々良小傘でーす!」
十秒ほどの間を置くと、甲高い声で演劇をするかのように名乗り彼女が傘の上に乗りながら愉快そうに飛び出してきた。
「あっ、メディスンちゃん久しぶりー。どう、スーさんパワーは元にもどった?」
――いや、それはもうちょっとかかるみたい。最近は春告精の声が聞こえるからたぶんもう少しだとは思うんだけど。
「ふーん……それで今日はどうしたの? なんだか雰囲気暗いけど、もしかして私に相談したい悩みとかあったりする?」
軽く言葉を交わしながらも、此方の異常を目ざとく察した彼女は私の顔を覗き込んで首を傾げる。
僅かしかない月の光の中で私の顔はどんな風に見えたのだろう。
――……鋭いわね。
「これでも家出した子供のお世話とかしたことあるからね! 傘だけにそーゆージメジメした心境はなんとなーく分かっちゃうの」
――むぅ、でも子供扱いはちょっと気に喰わないっ。
「あははごめんごめん。まっ、ここで立ち話もなんだから場所を移動しましょう」
彼女は私の手を取るとボロい橋の方へと歩みを進める。相談するには橋の雰囲気がちょっとホラーに寄り過ぎている気がしないこともない。
「んー……よしっ! お姉さんになんでも聞きなさい!」
橋の中央部に着くと彼女は手を離し、振り返ると右手で自分の胸を叩いて大袈裟にポーズを取る。
確かに年齢で言えば小傘の方が一応先輩なのよね。普段の態度や行動からするとあんまりそんな感じはしないけど。
でも信用できるのは確かだ。ちょっと頼りなく見えるかもしれないけど彼女は友達の秘密を安易に言い触らすような妖怪ではない。
――えっとね……上手く伝わらないかもしれないけど……
私は言葉の切れ端を必死に繋ぎ止めながら、丁寧に理解してもらえるように口に出す。少しだけ怖い。
――小傘は私が人間を嫌いなことを知ってるよね?
「うん知ってる知ってる。それがどうかしたの?」
――そう、私は人間が嫌いで、あいつらに支配された人形達を解放したいってずっと考えてるし、あいつらを好きになったこともない……でもね、私は時々人間に愛されてる人形達を羨ましいって思うときがあるの。どうせいつか飽きたら捨てる癖に人形の考えてることや望むことなんて理解できない癖に、それでもその一方的な愛情がどうしようもなく欲しくて……こんなことを望むのは結局私が使われる道具だからなのかな? 人間に作られたってだけで、意思を持ち行動できるようになっても私は人間に縛られ続けなきゃいけないのかな? ぐすっ……私はもう悔しくて情けなくてっ!
ああ、言葉を吐き出すたびに胸が苦しい気持ち悪い。溢れるように涙も出てくる。我慢したいのに止まらない。考えてる時はただ憂鬱なだけだったのに自分の心に溜った毒は実際に言葉に出すとこんなに辛いものなのか。彼女に私のこんな姿は見られたくなかったのに。
「メディスンちゃん……そっか、貴方が押さえ込んで嫌悪しているのはその気持ちなんだね」
彼女はポケットから水色のハンカチを取り出して私の流す涙を優しく拭き取る。その気遣いが嬉しいと同時に鬱陶しいとも思える。けど今は独りになりたいからって逃げるわけにはいかない。
――ひっぐっ…えぐっ…
「あのねメディスンちゃん。私も上手くは伝えられないかもしれないけど、家族っていうもの知ってる?」
彼女は私を抱き上げて橋の欄干へ座る。いつまでも泣いている姿は見せられないと、私は涙を堪えて彼女を見上げた。
――家族? 夫婦や血の繋がった人間が一緒に住むことでしょ?
「う~ん……まあそんなところなのかな? それでね込み入った話になるんだけど人間の家族は母親と父親が子供に対して愛情を注いで大人にするの。これは一部の妖怪や神様にはない関係だね。ま、作った人を親と呼ぶなら私達付喪神も親がいるってことになるけど」
――私は私を作った人なんて覚えてないし知らない……
持ち主に遊ばれた記憶すらないのだ。ましてや自分が作られた時の事など覚えているはずがない。
「私もだよ。メディスンちゃんは初めに人形として作られ誕生した。けれどその後もう一回毒で動く付喪神としても誕生してる。そしてそこがメディスンちゃんの感じている気持ちに結びつくことになるの」
――私の気持ちに? なんでそうなるの?
「メディスンちゃんの愛されてる人形達に対しての羨望や嫉妬はね。自分も同じような親……つまり傍にいて愛情を持って接してくれる人が欲しいって思う願望から来てるんだよ。私達も一応道具だから、動いていなかった時に持ち主から受けた愛情が……それこそ親と子の関係みたいに良くも悪くも多くも少なくも体に刻み込まれ滲みこんで無意識のうちに忘れられなくなってるの。そういう所は人間に縛られてるって言えなくもないかなぁ」
私を愛してくれる人。確かに動き始めた時傍にあったのは鈴蘭の花だけで他には誰もいない。けれどそれは捨てられた道具ならば当然で、最初から親や兄弟姉妹のような存在がいる方がおかしい。
やはり私は人間の作り出した道具の枠組みから決して逃れられないのだろうか?
――ねぇ小傘。私はどうやったら愛情を求めなくて済むの? どうやったら心の毒を治せるの?
私は彼女に問う。その質問を聞くと彼女はムッとした表情になり。私へ諭すように言い聞かせた。
「メディスンちゃんそれじゃあダメ。さっき私は人間から受けた愛情が体に刻み込まれて忘れられないって言ったけど、こうやって意思を持って生きている生物は様々な形があれど愛という感情からは逃れられないの。メディスンちゃんの人形解放を願う気持ちだって、身勝手な欲望が多少混じってるかもしれないけれど願いの出所は人形達を想う愛からなんだよ? それを自分から否定することになるんだよ?」
――そ、それは嫌っ!
「だったらメディスンちゃんは抱え込んだ気持ちを嫌がったりしないで受け入れて、偶には親しい人に恥ずかしがらず甘えてみよう! 独りであれこれ考えて頑張るのもいいけど、ずっとそれだと息が詰まって壊れちゃう。今のメディスンちゃんみたいにね」
――あ、甘えるったって誰に……
私は彼女から顔を逸らす。言葉の意味は薄々理解できた。ただそうしようとすると私の精神は混乱の極みへと達する。
「ちょっとー? その言葉は聞き捨てならないなぁ。何の為に私がいるってえのよ! 鈴蘭畑で一緒に暮らしたりはできないけど、友達として年上としてメディスンちゃんに頼られるくらいの包容力はあるわー」
――えっえっ……ちょ、ちょっと待っ……
慌てる私に構わず、彼女は私を思いっきり胸へぎゅうぎゅうと強く抱きしめる。彼女の胸の中は傘の所為か少しだけ湿っぽくそして温かい。心の中のドロドロした毒が少しずつ溶けてしまうような感覚がする。
……悔しいけどできることなら長い間このまま抱きしめられていたいと思った。そうすればきっと胸の内が楽になれるだろうと。けどそれはあまりに不恰好だから、なけなしの意地とプライドを総動員してその気持ちには嘘をついた。
――んっぐぐぅ! こ、小傘っ、く、苦しい……
「あははっ、強く抱きしめすぎちゃった。ごめんね許して?」
私が胸の中で控えめに抵抗すると、それに気づいた彼女は妖精のように無邪気に笑い私を解放した。少しだけ名残惜しい。
――い、いきなりなにするのよ! ……で、でもそう言ってくれて少しは嬉しかったわ。あ、ありがとう。わ、私も困ったことがあったら独りで解決しようとせずにもっと周りの人に頼ってみる……
「そうそうそれが一番! 分かってくれたのならもう一回私の胸に飛び込んできてもいいのよー!」
彼女は両手を広げて再び私を抱きしめようとする体勢を取る。
――こ、小傘の馬鹿あっ!
その格好を見て、彼女とのやり取りを振り返った私はとてつもなく気恥ずかしくなってしまい。顔を背けながら彼女を強く突き飛ばしてしまった。
「あーれー……」
耳の中へと盛大な水飛沫が上がる音が聞こえた。一瞬私は固まったが、すぐに自分のやってしまったことを後悔し、慌てて彼女の姿を水面に探した。
――あわわっ、ご、ごめんなさい。大丈夫?
「てへへ、調子に乗りすぎちゃった♪」
川の水深は割りと浅かったようで、水に肩まで浸かっている彼女は頭を掻きながら舌をぺロリと出して、まいったなあという表情をしながら微笑んでいた。
――その……相談に乗ってくれてありがとう。まだ完全に治ったわけじゃないけど、小傘と話せて胸の中が大分すっきりしたわ。
少しだけ後味の悪さを引きずりながらも、帰り際に私は改めて彼女にお礼を言って深々とお辞儀をする。あのまま憂鬱な気持ちを引きずっていたらどうなったことか分からない。
「いやいやそこまで感謝されるほどでもないわよー友達として当然のことをしただけだからねっ! まあ、またなにかあったら小傘お姉さんのとこまで来なさい!」
――ふふふっ。
「あーなんで笑うのよー!」
思わず笑みがこぼれた。彼女の明るさは周りをうんと楽しくさせて笑わせる。私にはできない芸当だ。きっと尊敬されるリーダーというものはこんな風な特徴を持っているものなのかもしれない。なんと妬ましいのだろう。
――私はそろそろ帰るわ。励ましてくれた小傘の言葉絶対忘れないから。
「うんばいばい。気晴らしにまたいつでも遊びに来なさいよー!」
―3―
私は鈴蘭畑の中で夜空に映える半月の月を寝転がりながら眺めていた。
今夜小傘から聞いた言葉を頭の中で反芻する。頼ったり甘えたり……かぁ、今日は一応上手くいったけれど、もしまた誰かに頼ったり甘えたりしたいと自分自身が望んだ時、果たして私は本音を隠さず全てを言えるのだろうか?誰かが私の存在を受け入れ与えてくれる愛情に、不信感を抱かず恐怖せず拒絶ないで済むのだろうか?
いやこんなことをだらだらとまた考え込んでいてもしょうがない。せっかくの治った毒がまた私の心を蝕んでしまう。
――きっと臆病になりすぎるのが駄目なのよね。
私は大切な友人に相談された時笑い飛ばして無下にするようなことはしない。小傘だって私の悩みを聞き親身になって解決しようと対応してくれた。だったら自分だけ一歩引いたままでいるのは失礼だ。
――今度からはもっと素直にならなくちゃ。
と、言葉に出すのは簡単だけれど、素直になった自分の姿が想像できない。
だからってここで歩みを止めるわけにはいかない。今すぐが駄目でも少しずつ少しずつ、自分を変えていこう。この鈴蘭畑に置いてあるみんなの為にも私はもっと強くならなければならないのだから!
――心の毒に負けたりなんかしない!
私は飛び上がると気持ちを切り替えるように夜空に向かって右手を高らかに掲げた。
前向きに生きる事にしたメディは将来どんな妖怪になるのやら