「あなた方は、奇跡を信じますか?」
私は、いつも以上に真剣な眼差しで霊夢さん達に訊いてみた。
「いや、私に言われても……」
「私は一応というか、普通に?信じているぜ?」
とある冬の日の午後、昼下がり。
博麗神社の境内で、紅白の巫女装束を纏っている博麗霊夢さんと、白黒の魔法使いの服を纏っている霧雨魔理沙さんは笑いを含みながら答えた。
「というか、あんたの能力自体が『奇跡を起こす程度の能力』なのに『信じるか?』なんて訊かれても、どう答えりゃいいのか分からないわよ」
「んで、奇跡がどうしたって?」
「私はですね、奇跡を体験したことがあるんですよ」
「?…そりゃそうだろ」
「違うんですよ!私がまだ外の世界にいた頃ですから」
「それってあんたんとこの神様の仕業じゃないの?」
霊夢さんが湯呑にお茶を淹れて戻ってきた。茶菓子は無い。
「諏訪子様と神奈子様ですか?それが、お二方ともご存知ないそうで…」
「そんなことより、この神社に信者集めに来てやるなよ?参拝者なんて雀の涙程すらもいないんだぜ?」
「今日は信仰集めに来た訳ではありません。守矢神社はこんな所の参拝客まで奪う程落ちぶれていません!」
「あんた何?私に喧嘩売りに来たわけ?」
「喧嘩か?私は止めないぜ、もっとやれ」
「勘違いしないでくださいね?手加減してあげただけですからね?」
「はいはい……」
負けた…。悔し紛れの言い訳もそろそろ苦しい。
「なんかいつも通りの風景だな」
魔理沙さんは神社の縁側でどこかから見つけてきた羊羹をつまみながら呟いた。
「魔理沙、あんたも毎度毎度うちの茶菓子に手を出すのは変わらないわね」
私は立ち上がり、縁側へと向かう。
「ていうか、別にこんなことをしにこんな所に来た訳ではないんですよ…って…」
私の声は届くことなく、二人は弾幕を展開していた。
「…何でこう、ここには人の話を聞かない人しかいないのでしょうか?」
一人呟いて、私は縁側に佇み、羊羹をつまんだ。
博麗神社からの帰り道。
お買い物の為に人里へ向かう途中だった。
「あの紅白め……羊羹全部食べただけであんなに怒るなんて…」
紅白と白黒の弾幕が思いのほか長く、気付いたら羊羹は影も形も無くなっていた。
『私の羊羹を!返しなさい!!』
『魔理沙さんだって食べていたじゃないですか』
そんな事を言い終える前にあの白黒は消え失せ、残ったのは鬼の形相の紅白巫女と善人な私。
「なんで私がこんな目に…」
私は、愚痴を零しながら、里に向かっていた。
はずだが、いつの間にか私は道を見失っていた。
「あれ?ここはどこ?」
飛んでいたのだから迷うことなど無いはずだ。
しかし、今私の目の前に広がるのは見たことも無い光景だった。
その上、私が動こうとも、その場で止まろうとも、周りの風景は変化し続けていく。
気持ち悪い…。
私は一先ず、地に降り立つことにした。
周囲は相変わらず変化していく。
木々のざわめく音や、鳥のさえずりが五月蠅い程に聞こえる。
恐らく、意識を手放したのだろう。
気が付くと、私は目を瞑っていた。
光が遮られ、どういうわけか音も、匂いも無い。
目をゆっくりと開ける。
目の前には、幻想郷には決して似つかないコンクリートの建築物。
地面も、完全に舗装され、歩道にはたくさんの人間が、道路には自動車が走っている。
聴覚が戻り始めた。
喧騒が耳を刺激する。
臭覚も戻り、都会の匂いで充満していることが分かる。
服も、現代にいた頃の服装に変わっている。
髪の色も元の黒に戻っていた。
「ここは、幻想郷の外の世界?」
私は思わず大きな声を出してしまっていた。
しかし、周囲の人間は私の様子を全く意に介さないようだ。
「あの、すみません……」
誰に話し掛けたとしても、反応は無い。
思い切って、手を伸ばしてみても触ることは出来ない。
「どういうこと…?」
何もかもが急展開で戸惑う私。
「落ち着こう」
息を吐き、一つ一つ可能性を考える。
・これは現実なのか?
・これは妖怪の異変なのか?
・これは幻想郷の外の世界なのか?
………。
ベタな事ではあるが、自分の頬を思いっきり抓ってみる。
「い、痛い…」
取り敢えず、夢である可能性は低そうだ。
「異変?」
ならば、犯人を捜し、弾幕勝負でもって解決がパターンではある。
が…
「飛行も出来なければ弾幕も撃てない…」
「異変だとしても、今回は霊夢さん辺りが解決するのを待って、余り関わらない方が無難ですかね」
他の人達がどうかは分からないが、最低でも私は何も出来ないことは決定的だった。
「もし、外の世界ならば…」
『私は帰れるのか?』
口から零れそうになるのを堪えた。
もし言ってしまえば不安で押しつぶされてしまうだろう。
「理由があって戻ることになったのなら、それを解決すれば元に戻れるでしょう!」
もし異変だとしたら、私にできることは殆どない。
ならば、これが、現代に戻ってきたものだと仮定して、今やれることをやるべきだ。
「雲行きも怪しいことですし、とっとと帰りましょう!」
さて、今度は現代に戻ってきたと仮定して、状況を整理しましょう。
・何故戻ってきたのか?その答えは分からない。
・どうやって戻ってきたのか、もしくはどうすれば戻れるのか?それも不明だ。
・ならば、ここは現代のどこなのか?これは分かる。恐らく、私の故郷だ。見覚えのある場所がある。
・誰が戻ってきたのか?これは言うまでも無く私、東風谷早苗だ。
・今は、いつなのか?これは微妙だ。私が幻想郷へ移った直後の時間に戻ってきたのか、それとも幻想郷で過ごした時間を加味するのか、それともまた別の時間なのか。
「取り敢えず、私が今ハッキリと分かることは、ここの場所くらいですね」
でも、場所さえ分かれば、現代に守矢神社があった場所までは行ける。
そこに何か分かることくらいはあるだろう。
私は道を思い出しながら、神社へ向かって歩き出した。
次第に周囲の風景を懐かしむ余裕まで出てきた。
「割と簡単に幻想郷に戻れるかもですね」
鼻歌混じりに私は歩きなれた道を歩く。このままなら一時間もせずに守矢神社に戻れそうだ。
…しかし、そうは問屋が卸さなかった。
歩き始めて五分程、雨が降ってきたと思ったら、すぐに音を立ててコンクリートの地面と私の体を濡らしていく。
その時、不意に背中に違和感を覚えた。
前に進めない。まるで背中を見えない糸で引っ張られているようだ。
「…神社には行けない……?」
違和感のする背中の方を見てみると、女の子が一人見えた。
制服から見て、中学生のようだ。
顔はハッキリと私の方を向いている。が、急に霞みが掛かったようで、口元しか見えない。その口元も無表情だった。
が、誰もが私の事を認識しない世界の中で、彼女だけは私の事を見据えていた。
そう感じた。
「あなたは……?」
私が少女に語り掛けると、彼女は何処かへと『飛んで』行った。いや地面を滑って行ったと言った方がいいかもしれない。
気が付くと、私の髪の色も変わり始め、能力なども戻ろうとしていた。
「待って!」
私も少女の後を追うように飛行する。
少女は私に付いてこい、とでも言うようにスピードを調節しながら何処かへと向かっている。
自分の胸に何か迫るものを感じつつ全力でその少女を追いかけた。
数分後、私達は河川敷へと辿り着いた。
雨は雷雨となり、雨粒が私達の体を強く打つ。
「ここですね」
私は少女に語り掛ける。少女は何も答えない。
「正直、信じ難かったですけど、あなたの仕業なんでしょう?私をこの世界に呼び戻したのは」
「……」少女は答えない。でも私には感じるものがあった。昔自分が体験したことを、記憶など無くとも確実に忘れられないものが。
「その前にやることがありますね」
私は増水した川の方へと向き直り、水を割る。これも今までの私と同じように周りの人が気にすることは無いようだ。
割れた川の中に一人少女がいた。沈んでいたのが服を濡らし、息もしていない。その沈んでいた少女は目の前にいる私を案内した少女と服装どころか、顔すらも全く同じだった。
「これは、この死にかけている子は、あなたですよね?」
「……」
霞の掛かった少女の顔が晴れていく。
「そして、この少女は、あなたは私でもある」
私は川の中から現れた『私』を抱えて河原に寝かせる。
「思い出しました。私は昔、事故で川に落ちたことがありました。意識を失ったのに、誰かが助けてくれたのか、一命を取り留めました」
正直事故だったのか思い出せてはいない。
「瀕死に陥り、肉体と精神が分離したのですね。いわゆる幽体離脱というやつですかね?精神体のあなたこそが私をこの世界に呼び出した張本人でしょう?」
精神体の私は相変わらず口を閉ざしたままだ。
私が肉体だけの私に手を翳すと、その身体が光に包まれ始め、精神体の私が透けはじめる。
私は二人の私に声を掛ける。
「…大丈夫ですよ。今は苦しくても、未来の私はこんなにも幸せなのですから」
今度は私の視界に光が充満し、気が付くと私は幻想郷へと戻っていた。
「ただいま戻りました」
『おかえり~』守矢神社に着くと、諏訪子様と神奈子様が迎えてくれた。
「遅かったわね」
「げっ…紅白が何故ここに?」
「あんたが羊羹買ってくるのが遅いからでしょう?」こたつに入りながら霊夢さんが顔を出してきた。
「おう、今夜は鍋だぞ?」
「白黒まで…」
結局、合計三人と二柱で鍋を囲み、夕食が終ると紅白の巫女と白黒の魔法使いは帰って行った。
「早苗今日はどうしたの?いつもよりも疲れているみたいだけど」
食後、こたつで寛いでいると諏訪子様が声を掛けてきた。
「いえ、少し昔を振り返っていただけです…」
「早苗の昔かぁ…そういや一時期、相当‘あれ’な時期があったなぁ」
今度は神奈子様がこたつに入ってきた。
「今の私はとても幸せですが、現代にいた頃は稽古などに追われ、とても辛い時期もありました……」
「でも、急にある時からなんか穏やかになったよね」と諏訪子様。
「誰かに救われたと思っていたんですよ」
『誰か…?』お二方は声を揃える。
そんな二柱の様子を見て、私は話し出す。
「えぇ、そうです。実はですね……」
…私を救ったのは自分だったんです。
…少しだけズルな気もしますが、自分が思っている以上に、人間は自分を救えるのかもしれません………。
ふふっ、と笑みを零した私を見てお二方は目を見合わせていた。
私は、いつも以上に真剣な眼差しで霊夢さん達に訊いてみた。
「いや、私に言われても……」
「私は一応というか、普通に?信じているぜ?」
とある冬の日の午後、昼下がり。
博麗神社の境内で、紅白の巫女装束を纏っている博麗霊夢さんと、白黒の魔法使いの服を纏っている霧雨魔理沙さんは笑いを含みながら答えた。
「というか、あんたの能力自体が『奇跡を起こす程度の能力』なのに『信じるか?』なんて訊かれても、どう答えりゃいいのか分からないわよ」
「んで、奇跡がどうしたって?」
「私はですね、奇跡を体験したことがあるんですよ」
「?…そりゃそうだろ」
「違うんですよ!私がまだ外の世界にいた頃ですから」
「それってあんたんとこの神様の仕業じゃないの?」
霊夢さんが湯呑にお茶を淹れて戻ってきた。茶菓子は無い。
「諏訪子様と神奈子様ですか?それが、お二方ともご存知ないそうで…」
「そんなことより、この神社に信者集めに来てやるなよ?参拝者なんて雀の涙程すらもいないんだぜ?」
「今日は信仰集めに来た訳ではありません。守矢神社はこんな所の参拝客まで奪う程落ちぶれていません!」
「あんた何?私に喧嘩売りに来たわけ?」
「喧嘩か?私は止めないぜ、もっとやれ」
「勘違いしないでくださいね?手加減してあげただけですからね?」
「はいはい……」
負けた…。悔し紛れの言い訳もそろそろ苦しい。
「なんかいつも通りの風景だな」
魔理沙さんは神社の縁側でどこかから見つけてきた羊羹をつまみながら呟いた。
「魔理沙、あんたも毎度毎度うちの茶菓子に手を出すのは変わらないわね」
私は立ち上がり、縁側へと向かう。
「ていうか、別にこんなことをしにこんな所に来た訳ではないんですよ…って…」
私の声は届くことなく、二人は弾幕を展開していた。
「…何でこう、ここには人の話を聞かない人しかいないのでしょうか?」
一人呟いて、私は縁側に佇み、羊羹をつまんだ。
博麗神社からの帰り道。
お買い物の為に人里へ向かう途中だった。
「あの紅白め……羊羹全部食べただけであんなに怒るなんて…」
紅白と白黒の弾幕が思いのほか長く、気付いたら羊羹は影も形も無くなっていた。
『私の羊羹を!返しなさい!!』
『魔理沙さんだって食べていたじゃないですか』
そんな事を言い終える前にあの白黒は消え失せ、残ったのは鬼の形相の紅白巫女と善人な私。
「なんで私がこんな目に…」
私は、愚痴を零しながら、里に向かっていた。
はずだが、いつの間にか私は道を見失っていた。
「あれ?ここはどこ?」
飛んでいたのだから迷うことなど無いはずだ。
しかし、今私の目の前に広がるのは見たことも無い光景だった。
その上、私が動こうとも、その場で止まろうとも、周りの風景は変化し続けていく。
気持ち悪い…。
私は一先ず、地に降り立つことにした。
周囲は相変わらず変化していく。
木々のざわめく音や、鳥のさえずりが五月蠅い程に聞こえる。
恐らく、意識を手放したのだろう。
気が付くと、私は目を瞑っていた。
光が遮られ、どういうわけか音も、匂いも無い。
目をゆっくりと開ける。
目の前には、幻想郷には決して似つかないコンクリートの建築物。
地面も、完全に舗装され、歩道にはたくさんの人間が、道路には自動車が走っている。
聴覚が戻り始めた。
喧騒が耳を刺激する。
臭覚も戻り、都会の匂いで充満していることが分かる。
服も、現代にいた頃の服装に変わっている。
髪の色も元の黒に戻っていた。
「ここは、幻想郷の外の世界?」
私は思わず大きな声を出してしまっていた。
しかし、周囲の人間は私の様子を全く意に介さないようだ。
「あの、すみません……」
誰に話し掛けたとしても、反応は無い。
思い切って、手を伸ばしてみても触ることは出来ない。
「どういうこと…?」
何もかもが急展開で戸惑う私。
「落ち着こう」
息を吐き、一つ一つ可能性を考える。
・これは現実なのか?
・これは妖怪の異変なのか?
・これは幻想郷の外の世界なのか?
………。
ベタな事ではあるが、自分の頬を思いっきり抓ってみる。
「い、痛い…」
取り敢えず、夢である可能性は低そうだ。
「異変?」
ならば、犯人を捜し、弾幕勝負でもって解決がパターンではある。
が…
「飛行も出来なければ弾幕も撃てない…」
「異変だとしても、今回は霊夢さん辺りが解決するのを待って、余り関わらない方が無難ですかね」
他の人達がどうかは分からないが、最低でも私は何も出来ないことは決定的だった。
「もし、外の世界ならば…」
『私は帰れるのか?』
口から零れそうになるのを堪えた。
もし言ってしまえば不安で押しつぶされてしまうだろう。
「理由があって戻ることになったのなら、それを解決すれば元に戻れるでしょう!」
もし異変だとしたら、私にできることは殆どない。
ならば、これが、現代に戻ってきたものだと仮定して、今やれることをやるべきだ。
「雲行きも怪しいことですし、とっとと帰りましょう!」
さて、今度は現代に戻ってきたと仮定して、状況を整理しましょう。
・何故戻ってきたのか?その答えは分からない。
・どうやって戻ってきたのか、もしくはどうすれば戻れるのか?それも不明だ。
・ならば、ここは現代のどこなのか?これは分かる。恐らく、私の故郷だ。見覚えのある場所がある。
・誰が戻ってきたのか?これは言うまでも無く私、東風谷早苗だ。
・今は、いつなのか?これは微妙だ。私が幻想郷へ移った直後の時間に戻ってきたのか、それとも幻想郷で過ごした時間を加味するのか、それともまた別の時間なのか。
「取り敢えず、私が今ハッキリと分かることは、ここの場所くらいですね」
でも、場所さえ分かれば、現代に守矢神社があった場所までは行ける。
そこに何か分かることくらいはあるだろう。
私は道を思い出しながら、神社へ向かって歩き出した。
次第に周囲の風景を懐かしむ余裕まで出てきた。
「割と簡単に幻想郷に戻れるかもですね」
鼻歌混じりに私は歩きなれた道を歩く。このままなら一時間もせずに守矢神社に戻れそうだ。
…しかし、そうは問屋が卸さなかった。
歩き始めて五分程、雨が降ってきたと思ったら、すぐに音を立ててコンクリートの地面と私の体を濡らしていく。
その時、不意に背中に違和感を覚えた。
前に進めない。まるで背中を見えない糸で引っ張られているようだ。
「…神社には行けない……?」
違和感のする背中の方を見てみると、女の子が一人見えた。
制服から見て、中学生のようだ。
顔はハッキリと私の方を向いている。が、急に霞みが掛かったようで、口元しか見えない。その口元も無表情だった。
が、誰もが私の事を認識しない世界の中で、彼女だけは私の事を見据えていた。
そう感じた。
「あなたは……?」
私が少女に語り掛けると、彼女は何処かへと『飛んで』行った。いや地面を滑って行ったと言った方がいいかもしれない。
気が付くと、私の髪の色も変わり始め、能力なども戻ろうとしていた。
「待って!」
私も少女の後を追うように飛行する。
少女は私に付いてこい、とでも言うようにスピードを調節しながら何処かへと向かっている。
自分の胸に何か迫るものを感じつつ全力でその少女を追いかけた。
数分後、私達は河川敷へと辿り着いた。
雨は雷雨となり、雨粒が私達の体を強く打つ。
「ここですね」
私は少女に語り掛ける。少女は何も答えない。
「正直、信じ難かったですけど、あなたの仕業なんでしょう?私をこの世界に呼び戻したのは」
「……」少女は答えない。でも私には感じるものがあった。昔自分が体験したことを、記憶など無くとも確実に忘れられないものが。
「その前にやることがありますね」
私は増水した川の方へと向き直り、水を割る。これも今までの私と同じように周りの人が気にすることは無いようだ。
割れた川の中に一人少女がいた。沈んでいたのが服を濡らし、息もしていない。その沈んでいた少女は目の前にいる私を案内した少女と服装どころか、顔すらも全く同じだった。
「これは、この死にかけている子は、あなたですよね?」
「……」
霞の掛かった少女の顔が晴れていく。
「そして、この少女は、あなたは私でもある」
私は川の中から現れた『私』を抱えて河原に寝かせる。
「思い出しました。私は昔、事故で川に落ちたことがありました。意識を失ったのに、誰かが助けてくれたのか、一命を取り留めました」
正直事故だったのか思い出せてはいない。
「瀕死に陥り、肉体と精神が分離したのですね。いわゆる幽体離脱というやつですかね?精神体のあなたこそが私をこの世界に呼び出した張本人でしょう?」
精神体の私は相変わらず口を閉ざしたままだ。
私が肉体だけの私に手を翳すと、その身体が光に包まれ始め、精神体の私が透けはじめる。
私は二人の私に声を掛ける。
「…大丈夫ですよ。今は苦しくても、未来の私はこんなにも幸せなのですから」
今度は私の視界に光が充満し、気が付くと私は幻想郷へと戻っていた。
「ただいま戻りました」
『おかえり~』守矢神社に着くと、諏訪子様と神奈子様が迎えてくれた。
「遅かったわね」
「げっ…紅白が何故ここに?」
「あんたが羊羹買ってくるのが遅いからでしょう?」こたつに入りながら霊夢さんが顔を出してきた。
「おう、今夜は鍋だぞ?」
「白黒まで…」
結局、合計三人と二柱で鍋を囲み、夕食が終ると紅白の巫女と白黒の魔法使いは帰って行った。
「早苗今日はどうしたの?いつもよりも疲れているみたいだけど」
食後、こたつで寛いでいると諏訪子様が声を掛けてきた。
「いえ、少し昔を振り返っていただけです…」
「早苗の昔かぁ…そういや一時期、相当‘あれ’な時期があったなぁ」
今度は神奈子様がこたつに入ってきた。
「今の私はとても幸せですが、現代にいた頃は稽古などに追われ、とても辛い時期もありました……」
「でも、急にある時からなんか穏やかになったよね」と諏訪子様。
「誰かに救われたと思っていたんですよ」
『誰か…?』お二方は声を揃える。
そんな二柱の様子を見て、私は話し出す。
「えぇ、そうです。実はですね……」
…私を救ったのは自分だったんです。
…少しだけズルな気もしますが、自分が思っている以上に、人間は自分を救えるのかもしれません………。
ふふっ、と笑みを零した私を見てお二方は目を見合わせていた。
こういうのは好きなので、とても楽しく読ませて貰いました