藤原妹紅が死んだのは、全ての命が燃えつき始める秋の終わりのことだった。
上白沢慧音は一人、自分の家の縁側で座っていた。沈み始めた紅い空が今日という一日の終わりを告げている。
そんな世界が紅に染まり始める中、彼女は横にある何かを虚ろなまなざしで見ている。
彼女の横には三つのものが置いてある。
一つ目は火葬された藤原妹紅の灰が入った壺。
二つ目は封筒。おそらく手紙が入っているのではないだろうか。
三つ目は、表紙に「遺書」と書かれた藤原妹紅の雑記帳。
ちなみにこれらは先ほど竹林に住む医師、八意永琳が彼女の元までわざわざ来て渡したものだ。永琳はそれを渡した後、何も言わずそこから去っていった。
そして今、彼女は生気の無い表情で藤原妹紅の遺書を見つめている。彼女の、里の知識人でも分からないこと、それは何故不老不死の妹紅が死んだのかということだ。そしてその理由はこの遺書に書いてある可能性が高い。なぜなら遺書というのはそれを書いた本人が死を意識し始めるからこそ書くものだからだ。つまり妹紅は不死であるのに死を予感していた。そして自分の死後の整理、遣り残したこと、自分の死後の願い、生前に言えなかったことをここに記したのだろう。
彼女は、ゆっくりと妹紅の遺書を手に取った。何も分からないまま置いていかれた彼女。せめて妹紅が何故死んだのか、また妹紅の死後の願いというものは何か。それだけは知りたいと彼女は思った。
彼女は、表紙をめくった。
これを読んでいるという事は、きっと私は死んでいるのだろう。
いや、一度言ってみたかったんだよねこれ。まぁ正確には言うじゃなく書くになってるけど。まぁそんなことはどうでもいいや。
先に私は遺書の書き方を知りません。今まで死ぬなんて考えたことも無かったし、しょうがない。だから私の好きに書かしてもらいます。あともう死まで時間も無いから走り書きでいきます。もしかしたら内容も少しまとまってないかも知れないし、少しグチャグチャになるかも知れないからそこは許してください。
それと、これは慧音に向けて書く遺書だから他の奴ら絶対読むなよ。とくにこれを預かる永琳、絶対に読むなよ絶対だぞ。もし読んだらお前のこと一生呪ってやるからな。
よし、じゃあ本格的に遺書を書こう、って何書けばいいんだろう。あ、まず私が死んだら私の持ってる物は全部慧音にあげます、碌なものは無いけど。とりあえず慧音が必要だと思うものは使ってくれればいいし、いらないと思ったものは捨ててください。
次に、葬式はぜひとも火葬でお願いします。今はそんなこと無いけど昔の私は毎日自分の力で自分を燃やしていました。ともかく死にたかったんです、死ねないのは分かっていたはずなのに。特に慧音に会うまでは何度も自分を燃やしていました。昔の私は死ぬのが夢だったから、昔の自分がやっていた方法で私を弔ってください。あ、今は勿論死にたくないですよ、むしろ生きたいと願うくらいです。
あとは、葬式はもうパァーっとやっちゃってください。悲しい感じでお別れよりも皆にドンチャン騒ぎでお別れしたほうがこっちも楽ですから。
うん、まぁこんな物かな。意外と書くことが少なかったな。まぁいいや。
じゃあ。最後に。私は慧音に告白されてとても嬉しかったです。あの時の慧音の手紙は今も持ってます。私達は女同士だけど、私は慧音のことをとても愛しています。正直言って私は死にたくありません。なぜなら、あなたと別れるのが辛いからです。
ですが、これは仕方の無いことなのです。慧音よりも先に死ぬ私を許してください。
それでは、さようなら。
「……え?」
彼女は驚きの余り無意識に声を出していた。
なんだこれは。いや遺書の出来を言っているのではない。
妹紅の死の理由が書いていない。妹紅の気持ちがはっきりと書いていない。こんな上っ面だけのものが妹紅の遺書なのか。
おかしい、おかしい。
彼女は残りのページをパラパラとめくっていった。
白紙、白紙、白紙、白紙、書き込みあり、白紙、白紙……。
あった、雑記帳の終わりの近くにまだ何か書いてある。
彼女はそのページまでめくりなおしてそこを見た。
いや、やっぱりこれを他の誰かが見る可能性とかあるじゃん。そうすると私の本当のことを書くと他の人にばれそうじゃん。やっぱりそれは恥ずかしいことでして。だからもうひとつ、今度こそ慧音にあてた遺書を書きました。ヒントとしては私達の関係の始まりの場所。そうあなたが手紙を渡してくれた場所にあります。
なんかめんどくさいことをしているように見えますが、これから話すことは誰にも見られたくないのです。だからどうか協力お願いします。
彼女はそれを読んで家の中に駆け込んだ。居間を通り抜け廊下を走る。そして廊下の突き当たり左にあるふすまを勢い良くあける。そこは妹紅の部屋だった。
彼女はそのまま近くにある本棚をガサガサと探し、ある本を見つける。
それは妹紅にプレゼントしたものだ。
その本真ん中あたりは、何かを挟んでいるかのように不恰好に膨らんでいる。
彼女は迷わずそのページを開く。
そこには表紙に「遺書」と書いてある小さなメモ帳のようなものがあった。
やはりここだったかと彼女は思った。そう、彼女が面と向かって告白する勇気が無いからと妹紅に渡すこの本の間に恋文を挟んで渡したのだ。
妹紅の部屋でそのまま読もうとしたが、いかんせん中が暗く読みづらかった。ろうそくの明かりを灯そうとしたが、あいにくと今はきらしている。
彼女は仕方なく最初座っていた縁側まで戻ってきた。外の日は暮れ始めているとはいえ、書斎の中よりも明るいのは確か。ろうそくはこの遺書を読み終えて、気持ちを整理したら買いに行こう。そう決めた彼女は妹紅の遺書を読む。今度こそ、彼女のことが分かると信じて。
これを読んでいるのは慧音だと信じて書きます。もし違う人が読んでいた場合、何も無かったことにして元の場所に戻してくれたら幸いです。
では、まず私は絶対に死にたくありません。今まで、そう慧音と出会うまではそんなこと一度も思ったことは無く、むしろ毎日死にたいと思っていました。しかし、慧音に会い、そして慧音の優しさに触れて仲の良い友人となった私は死にたいと思うことはなくなりました。私は慧音を一人の女性として愛しています。慧音を愛したら、私は死にたいでは無く生きたいと思いました。その意思はとても強いものです。
私が慧音のことを好きになるのは必然だったと思います。そう思う理由も、今までの私の人生を確認してくれれば分かってくれるでしょう。これから話すことは慧音も知っていることかもしれませんし、知らないことかもしれません。もしかしたら慧音は私の身の内話よりもどうして私が死ぬのかという事を知りたいのかもしれませんが、まずはどうか私の話を聞いてください。
私は、知ってのとおり数えるのをあきらめるくらいの長い時間を一人孤独に過ごしていました。蓬莱の薬を飲んでからは誰も彼も私を人間として見てくれなかったからです。
金持ちは私の体を大金で買おうとし、蓬莱人の私の内臓を食べようとしました。なんでも蓬莱人の内臓を食せばその食べた人も蓬莱人になるという話があったそうです。
普通の人から見たら私はただの死なない、老いない化け物にしか見られず石を投げられました。私を捕まえて金持ちに売ろうとする人も居ました。
貧しい人は私を何度も食べられる人肉と見て、私を捕まえ、殺そうとしてきました。私は蓬莱人と言ってもその当時はまだまだ術も何も覚えておらず、私のお得意の炎は出せませんでした。所詮この世は弱肉強食と言わんばかりに、私は蓬莱人であるのにも関わらず食物連鎖の最底辺でした。
人間には人間としてみてもらえない。ならば魑魅魍魎の者たちならどうかとそちらのほうにも行きましたが結果は同じでした。
そんな風に私は人間にも、妖怪にも爪弾きにされる存在でした。だから私はひっそりと身を潜めて生き続けました。そんな中で憶えていったのが今の炎などが出せる術ですが、この話は置いておきましょう。
私は、一人で転々と住む場所を変え生き続けました、いや生き続けなければいけなかったのです。この時ほど不老不死を呪ったことは無いと思います。自分の体を焼いても、焼いても死ねない。体が治り意識戻ったらまた誰も居ない孤独。恐らく蓬莱人でなく人間であのような孤独を味わっていたら私は狂っていたと思いました。そしてそんな生活の果てに、私はこの幻想郷に来ていました。
ここにはあの輝夜のバカが居たため、これまでよりも僅かに楽しい生活は送れたような気がしました。ですけど私の交流は、結局月の民の輝夜だけ。私の寂しさは結局変わりません。
そんな時でしょうか。慧音に出会ったのは。
慧音は私を気味悪く思うことも無く、また何かしらの道具とも見ずただ一人の少女と見てくれました。あの時、私が竹林で輝夜に負けてボロボロの状態で倒れていたとき、慧音は私を背負って慧音の家まで連れて行き治療をしてくれました。私が不老不死の体だから大丈夫だといっても慧音は、そんなことは関係ない、こんなにも傷ついている者を放っておけるか、と言って治療してくれました。
私が人のやさしさに触れたのは何百、いや何千年ぶりでしょうか。私は涙しました。
それから私と慧音の交流が始まりました。私は誰かと普通に居るということが余りにも久しぶりのことだったため、色々と慧音に迷惑をかけました。それなのに慧音は私と一緒に居てくれました。慧音は私にいつも笑いかけてくれて、私を支えてくれました。
慧音は私を人里に連れて行ってくれたり、バカみたいに強い奴らのところに連れて行って、私を孤独から救おうと行動してくれました。
慧音の尽力のおかげで、私は周りの人に気味悪がられず、仲良く話せるようになりました。里で普通に買い物が出来るし、人間とも世間話が出来る。妖怪達とも弾幕で遊んだりできるようになった。私はこのような普通(ちょっと違うかもしれないけど)が手に入って本当に嬉しかったです。
そして私なんかのために見返りも考えずたくさんのことをしてくれて、私と一緒に居てくれて、私にいつも笑いかけてくれて、そして温もりを与えてくれた慧音。そんな慧音をどうして好きにならないというのでしょうか。私が慧音を好きになるのは必然だったのです。
しかし、私が慧音のことをいくら好きだと言っても、慧音も私のことが好きだとは当然限らない。いやむしろ女性同士が両想いなどという可能性はほぼ無いに等しいでしょう。
私は告白することが怖かった。やっと手に入れた人のやさしさ、人のぬくもり、そして慧音の笑顔。それらが告白に失敗したら無くなってしまうかもしれない。そう思ったからです。
だから、私は今の親友のままの仲で良いと決めました。丁半博打をせずに今のままでよいと心の中で決めたのです。これは私の中の硬い決意でした。恐らく私が生き続ける限り貫き通すものだったでしょう。
そんな風に、慧音と恋仲になることをあきらめ、親友の仲で過ごしていたある日、慧音が私にプレゼントと本を買って私にくれました。私はそれだけでも嬉しく、そして家に帰ってそれを読もうとしました。あの時はまだ同棲していなかったから、いつも慧音の家から自分の家まで帰っていましが、その日はいつも以上に帰る時間が長く感じました。それで家に着いていざ本を読もうとしたら、本の中に手紙が入っているではありませんか。私はそれを読み、そしてお互いがお互いを愛し合っていると知ったときにはもうすでに慧音の家のほうに走っていました。
慧音の家まで走っていったら、慧音は家の前に立っていました。慧音の顔は夕日の紅に染まりいつも以上に綺麗に見えました。そんな慧音が私に気づき、そして目が合ったときです。私は無意識のうちに、好きです、と言っていました。慧音はその言葉を聞いてから瞳が潤み始めそして私の方へ駆け寄ってきて、私もです、と言いながら抱きしめてくれました。私もまたそんな慧音を抱きしめました。慧音の温もりをこんなに近くで感じられるなんて。慧音の涙を浮かべながらも幸せそうな表情をこんなに近くで見ることが出来るなんて。私はとてもとても嬉しかったです。そして人を愛することが出来るというのはこのように素晴らしいものなのだと思いました。
私は幸せの余り胸が、心が熱くなました。今までに無い経験でした。目からは涙がとめどなくあふれ出てきました。まるで私の中にたまっていた全てのものが流れ出るように。生きるということにこれほど感謝したのはこれが初めてかもしれません。
その後の慧音とのはじめての接吻は私を幸せにしました。これから、永遠というわけではないけれど、慧音との幸せな日々が過ごせると思うと、嬉しくて嬉しくて。そのせいで慧音を抱きしめている私の腕の力が余計に強くなってしまいました。
けど、案外幸せというものはもろいものでした。
慧音と恋人の仲になってから数ヶ月くらいでしょうか。体がやけに重く感じたのです。蓬莱人なのに風邪を引いたのかと思い、私は永琳の元に行き診断してもらいました。
そうしたら、永琳はなんと言ったと思いますか。蓬莱の薬の効果が切れ掛かっているって言ってきたのです。私は冗談か何かだろうと最初は思いました。
だから、適当に話を進めていけば、やがては冗談だったと言うだろうと思っていました。けれども月の頭脳と呼ばれた彼女がひどく驚き混乱しているのを見たのはあれが初めてだったかもしれません。その様子が私に、彼女は嘘や冗談を言っていないと分からせました。
私は、理由が分からないなら、あとどれくらい生きられるかと聞きました。永琳は、あと一ヶ月のうちに死ぬ、と言いました。私は目の前が真っ暗になりました。やっと幸せを掴んだのに、これからいつか慧音が死ぬまで幸せに暮らせると信じていたのに。
その後、私はただ永琳に生きたいという事と、どうしてこうなったかが分かったら教えてくれとだけ言った記憶があります。
私が永琳の元から帰ってきたら慧音はひどく心配した様子で、大丈夫だったの、と聞いてきました。私は心配させないように、勿論大丈夫だよ、と答えました。
そうしたら慧音はホッとした表情になり、私を抱きました。私も慧音を抱き返しました。とても暖かく幸せな気持ちになれました。この温もりも、あと僅かしか味わえないかもしれない。私はいつもよりも長く慧音を抱きしめました。
それから数日経ったある日。慧音が寺子屋に行って留守の間に永琳が来ました。その時の永琳の表情はとても暗かったという記憶は今でもあります。
永琳を居間に連れて行きそこで彼女に用件を聞きました。
永琳はまず、私はもう死からは逃れられないと言ってきました。私はどうしようもないとあきらめ……。いやそんな簡単にはあきらめられません。私は、慧音と恋人になってからようやく生きたいと思い始めていたのに、その矢先に。
私はどうしてだよと永琳の胸倉を掴んで、ふざけるなよ、お前は月の頭脳と呼ばれたほどの天才だろ、だから私くらい助けられるだろう。こう叫びたかった。けれどもそんなことをしても意味が無い。意味が無いのは知っているが私は血が出るくらいに強く強く手を握っていました。このままではいけない。少しでも自分の気持ちを変えるために私は、どうして私の薬の効果が切れ掛かっているのかと聞きました。と永琳に聞きました。
永琳は、後悔しない? と私に聞いてきました。私は勿論と答えました。
その後、永琳が色々と説明してくれました。
蓬莱の薬とは、心と魂を固めて、人間のように激しく動かさないようにさせるためのものだそうです。心と魂は密接につながりあっていて、心が全ての感情。魂が生きる力として動くそうです。人間は生きる為に心と魂をすり減らさなければいけないそうです。そして心、もしくは魂が完全になくなると人間は死ぬそうです。また病や怪我というものはこの心や魂を壊すもので、ある一定量、体が傷つくと心と魂も傷つき壊れてしまうそうです。
ややこしいことを言っているように見えますが、ともかく私を不老不死にした蓬莱の薬の効果は大きく二つです。
蓬莱の薬は生きていれば必ず起きる、心と魂の消費をなくします。そのために二つの働きを鈍くし、生きている間の心と魂の動きを減らし、そして無くします。
蓬莱の薬は心と魂が決して壊れないように、その二つを大事に大事に包み守ります。
勿論他にも蓬莱の薬には体をすぐに治すなどの効果もあります。しかし、体がいくら治っても心か魂が壊れてしまったら意味がありません。ですので、永琳は不老不死に必要な物は、心と魂を維持し続けること。そう言っていました。
ここまで前置きを言ってきた上で、永琳は私にこう聞いてきました。
もし心と魂が自らの意思で突然強く動き始めたらどうなるのか、と。
蓬莱の薬は基本効果が無くなることは無いそうです。けれども永遠に効果が切れないのかといわれると、あくまで前例が無いだけでもしかしたら効果が切れることがあるのかもしれないそうです。そしてその前例の無いことが私の身に起きたそうです。
先ほども言ったとおり、蓬莱の薬は心と魂を傷つくことから守り、そして生きていく上で避けることが出来ない心と魂の消費をなくすための薬です。そして心と魂の消費をなくすために、それらの反応を鈍くすることが必要と永琳は言いました。
心は、強く強く感情を表に出さないようにする。
魂は、強く強く生きたいと思わせないようにする。
このように蓬莱の薬は感情等を捨てることによって不老不死にするものなのです。
本来、蓬莱の薬は月の民のものです。月の民にはそもそも感情をなくすための羽衣というものがあり地上の人間よりも、もともと長生きが出来ます。しかしそれでも生きていればほんの僅かずつでも心を、魂をすり減らし、やがて死んでしまう。いや、もしかしたら心と魂が再起不能になるほど傷つき死んでしまうかもしれない。そんな可能性を潰すために蓬莱の薬を飲み、そして不老不死になるそうです。
分かりやすく言えば、あの不老不死の薬はあくまで元から感情等が希薄な月の民のためのものであり、地上の人間のためには作られていないということです。
そもそも人間というのは心がめまぐるしく動き、常に生きたいと願う存在です。そんな人間からこの二つを完全に捨て切れるでしょうか。もしかしたらあるきっかけで思い出してしまうかもしれません。
ここまできたらもう分かったかもしれません。ここ最近、私は強く強く心が動き、強く強く生きたいと願いました。そう、あなたに告白されて。それが蓬莱の薬によって止められていた私の心を、魂を動かし始めてしまったのです。
私が、どうして蓬莱の薬の効果が切れるか、そのことを理解したら永琳はそっと家から出て行きました。
私が死ぬのは、決して考えたくないことですが、あなたの恋文のためです。
私は幸せを掴んだと思ったそれは砂上の楼閣。少し時がたてばそこにはもう何も残らないようなものだったのです。
ですが私は後悔していません。あなたと少しの時間でも恋人として過ごすことが出来たのだから。私は幸せでした。
けれど、慧音はどう思うのでしょうか。私が先に死に慧音はこれから長い年月を一人で過ごすことになります。
私が生きているうちに慧音にこのことを伝えようとも思いましたが、もし私がこのことを慧音に告げ、そのせいで最後の一ヶ月、時々悲しい表情をする慧音と居るというのが、私にとってとても辛いものになると思いました。だからいつもの慧音と最後の時を過ごすために、何も言わずに逝きます。これは私の我侭です。
それと、我侭ついでにもうひとつお願いします。
どうか私のことを忘れてください。
これは私の思いすぎかもしれませんが、もし私が死んだために慧音が悲しんだまま生きていくことになってしまうなら、どうか忘れてください。
私は慧音の笑顔が好きです。喜ぶ顔が好きです。
慧音の悲しい表情を見るのは嫌です。辛い表情を見るのも嫌です。
だから、私はあなたに笑顔でこれからの人生を送って欲しいと思っています。
そのために私が足かせとなってしまうならば、どうか私を忘れてください。
忘れるために必要になるかと思い、慧音から貰った、大切な恋文を渡しておきます。
それでは、これで私の遺書を終わりにします。
さようなら、私の愛した人。
彼女は、妹紅の遺書を読み終えた。もう日は沈みかけ、紅い空が黒に染まり始めている。
彼女の手紙が、彼女の愛情が妹紅を殺した。彼女のせいで、彼女のせいで。
彼女は耐えられなかった。彼女が妹紅を殺した原因ということに。
彼女は耐えられないだろう。これから一人で長い時間行き続けることに。
自殺。彼女はそれを考える。
しかし、自殺をしても妹紅のところに行けるとは、里の知識人には到底思えなかった。
彼女は、涙でグシャグシャになった顔を上げ、空を見た。
紅の空はもうほとんど見えなくなり、ちらほらと星が見え始めてきている。
「妹紅のためなら、妹紅がそう願うなら、妹紅が好きなら」
彼女はブツブツと何かを呟きながら立ち上がる。
彼女の袖が乾く暇もないくらいの涙を流しながら。
その夜、上白沢慧音の家から何かを食べる音が聞こえ続けた。
むせび泣く声と共に。
数日たったある日のことだった。上白沢慧音は里で買い物をしていた。
そんな彼女の後ろから妖しい女性が一人。
「ねぇあなた、妹紅って子憶えてる?」
その女性は突然そう聞いてきた。妖しい女性は八雲紫。彼女がこう聞いたのは藤原妹紅が生前聞いてくれと頼んだからだ。
「紫は慧音の力を受けづらい。そのためもし私を恋人と知っていなかったら何もしなくて言い。私のことを恋人と覚えていて、そして辛そうにしていたら改めて私と慧音の関係を無かったことにしてくれと慧音を説得してくれ」
そう頼んだそうだ。
別にそんな手間にならないだろうと思った紫はそれを了承し、今に至る。
紫の言葉を聞いた彼女は、そちらの方を振り向いた。
その表情に影は無く、とても明るいものだった。
紫は、あぁ忘れたんだな。そう思った。
「はい。私の大事な、大事な人です」
彼女は微笑みながらそう答えた。
紫はそれを見てとても驚いた。それもそのはず、愛していた者がつい先日亡くなったはずなのにどうしてそのような表情をしているのかと。
「じゃあなんでそんな風にいられるの」
紫は質問した。
彼女は、悲しみも、苦しみも、辛さも、そのようなものを忘れたかのような満面の笑みを浮かべて、その場を去っていった。
あの笑顔は、妹紅の最も好きな表情だった。
上白沢慧音は一人、自分の家の縁側で座っていた。沈み始めた紅い空が今日という一日の終わりを告げている。
そんな世界が紅に染まり始める中、彼女は横にある何かを虚ろなまなざしで見ている。
彼女の横には三つのものが置いてある。
一つ目は火葬された藤原妹紅の灰が入った壺。
二つ目は封筒。おそらく手紙が入っているのではないだろうか。
三つ目は、表紙に「遺書」と書かれた藤原妹紅の雑記帳。
ちなみにこれらは先ほど竹林に住む医師、八意永琳が彼女の元までわざわざ来て渡したものだ。永琳はそれを渡した後、何も言わずそこから去っていった。
そして今、彼女は生気の無い表情で藤原妹紅の遺書を見つめている。彼女の、里の知識人でも分からないこと、それは何故不老不死の妹紅が死んだのかということだ。そしてその理由はこの遺書に書いてある可能性が高い。なぜなら遺書というのはそれを書いた本人が死を意識し始めるからこそ書くものだからだ。つまり妹紅は不死であるのに死を予感していた。そして自分の死後の整理、遣り残したこと、自分の死後の願い、生前に言えなかったことをここに記したのだろう。
彼女は、ゆっくりと妹紅の遺書を手に取った。何も分からないまま置いていかれた彼女。せめて妹紅が何故死んだのか、また妹紅の死後の願いというものは何か。それだけは知りたいと彼女は思った。
彼女は、表紙をめくった。
これを読んでいるという事は、きっと私は死んでいるのだろう。
いや、一度言ってみたかったんだよねこれ。まぁ正確には言うじゃなく書くになってるけど。まぁそんなことはどうでもいいや。
先に私は遺書の書き方を知りません。今まで死ぬなんて考えたことも無かったし、しょうがない。だから私の好きに書かしてもらいます。あともう死まで時間も無いから走り書きでいきます。もしかしたら内容も少しまとまってないかも知れないし、少しグチャグチャになるかも知れないからそこは許してください。
それと、これは慧音に向けて書く遺書だから他の奴ら絶対読むなよ。とくにこれを預かる永琳、絶対に読むなよ絶対だぞ。もし読んだらお前のこと一生呪ってやるからな。
よし、じゃあ本格的に遺書を書こう、って何書けばいいんだろう。あ、まず私が死んだら私の持ってる物は全部慧音にあげます、碌なものは無いけど。とりあえず慧音が必要だと思うものは使ってくれればいいし、いらないと思ったものは捨ててください。
次に、葬式はぜひとも火葬でお願いします。今はそんなこと無いけど昔の私は毎日自分の力で自分を燃やしていました。ともかく死にたかったんです、死ねないのは分かっていたはずなのに。特に慧音に会うまでは何度も自分を燃やしていました。昔の私は死ぬのが夢だったから、昔の自分がやっていた方法で私を弔ってください。あ、今は勿論死にたくないですよ、むしろ生きたいと願うくらいです。
あとは、葬式はもうパァーっとやっちゃってください。悲しい感じでお別れよりも皆にドンチャン騒ぎでお別れしたほうがこっちも楽ですから。
うん、まぁこんな物かな。意外と書くことが少なかったな。まぁいいや。
じゃあ。最後に。私は慧音に告白されてとても嬉しかったです。あの時の慧音の手紙は今も持ってます。私達は女同士だけど、私は慧音のことをとても愛しています。正直言って私は死にたくありません。なぜなら、あなたと別れるのが辛いからです。
ですが、これは仕方の無いことなのです。慧音よりも先に死ぬ私を許してください。
それでは、さようなら。
「……え?」
彼女は驚きの余り無意識に声を出していた。
なんだこれは。いや遺書の出来を言っているのではない。
妹紅の死の理由が書いていない。妹紅の気持ちがはっきりと書いていない。こんな上っ面だけのものが妹紅の遺書なのか。
おかしい、おかしい。
彼女は残りのページをパラパラとめくっていった。
白紙、白紙、白紙、白紙、書き込みあり、白紙、白紙……。
あった、雑記帳の終わりの近くにまだ何か書いてある。
彼女はそのページまでめくりなおしてそこを見た。
いや、やっぱりこれを他の誰かが見る可能性とかあるじゃん。そうすると私の本当のことを書くと他の人にばれそうじゃん。やっぱりそれは恥ずかしいことでして。だからもうひとつ、今度こそ慧音にあてた遺書を書きました。ヒントとしては私達の関係の始まりの場所。そうあなたが手紙を渡してくれた場所にあります。
なんかめんどくさいことをしているように見えますが、これから話すことは誰にも見られたくないのです。だからどうか協力お願いします。
彼女はそれを読んで家の中に駆け込んだ。居間を通り抜け廊下を走る。そして廊下の突き当たり左にあるふすまを勢い良くあける。そこは妹紅の部屋だった。
彼女はそのまま近くにある本棚をガサガサと探し、ある本を見つける。
それは妹紅にプレゼントしたものだ。
その本真ん中あたりは、何かを挟んでいるかのように不恰好に膨らんでいる。
彼女は迷わずそのページを開く。
そこには表紙に「遺書」と書いてある小さなメモ帳のようなものがあった。
やはりここだったかと彼女は思った。そう、彼女が面と向かって告白する勇気が無いからと妹紅に渡すこの本の間に恋文を挟んで渡したのだ。
妹紅の部屋でそのまま読もうとしたが、いかんせん中が暗く読みづらかった。ろうそくの明かりを灯そうとしたが、あいにくと今はきらしている。
彼女は仕方なく最初座っていた縁側まで戻ってきた。外の日は暮れ始めているとはいえ、書斎の中よりも明るいのは確か。ろうそくはこの遺書を読み終えて、気持ちを整理したら買いに行こう。そう決めた彼女は妹紅の遺書を読む。今度こそ、彼女のことが分かると信じて。
これを読んでいるのは慧音だと信じて書きます。もし違う人が読んでいた場合、何も無かったことにして元の場所に戻してくれたら幸いです。
では、まず私は絶対に死にたくありません。今まで、そう慧音と出会うまではそんなこと一度も思ったことは無く、むしろ毎日死にたいと思っていました。しかし、慧音に会い、そして慧音の優しさに触れて仲の良い友人となった私は死にたいと思うことはなくなりました。私は慧音を一人の女性として愛しています。慧音を愛したら、私は死にたいでは無く生きたいと思いました。その意思はとても強いものです。
私が慧音のことを好きになるのは必然だったと思います。そう思う理由も、今までの私の人生を確認してくれれば分かってくれるでしょう。これから話すことは慧音も知っていることかもしれませんし、知らないことかもしれません。もしかしたら慧音は私の身の内話よりもどうして私が死ぬのかという事を知りたいのかもしれませんが、まずはどうか私の話を聞いてください。
私は、知ってのとおり数えるのをあきらめるくらいの長い時間を一人孤独に過ごしていました。蓬莱の薬を飲んでからは誰も彼も私を人間として見てくれなかったからです。
金持ちは私の体を大金で買おうとし、蓬莱人の私の内臓を食べようとしました。なんでも蓬莱人の内臓を食せばその食べた人も蓬莱人になるという話があったそうです。
普通の人から見たら私はただの死なない、老いない化け物にしか見られず石を投げられました。私を捕まえて金持ちに売ろうとする人も居ました。
貧しい人は私を何度も食べられる人肉と見て、私を捕まえ、殺そうとしてきました。私は蓬莱人と言ってもその当時はまだまだ術も何も覚えておらず、私のお得意の炎は出せませんでした。所詮この世は弱肉強食と言わんばかりに、私は蓬莱人であるのにも関わらず食物連鎖の最底辺でした。
人間には人間としてみてもらえない。ならば魑魅魍魎の者たちならどうかとそちらのほうにも行きましたが結果は同じでした。
そんな風に私は人間にも、妖怪にも爪弾きにされる存在でした。だから私はひっそりと身を潜めて生き続けました。そんな中で憶えていったのが今の炎などが出せる術ですが、この話は置いておきましょう。
私は、一人で転々と住む場所を変え生き続けました、いや生き続けなければいけなかったのです。この時ほど不老不死を呪ったことは無いと思います。自分の体を焼いても、焼いても死ねない。体が治り意識戻ったらまた誰も居ない孤独。恐らく蓬莱人でなく人間であのような孤独を味わっていたら私は狂っていたと思いました。そしてそんな生活の果てに、私はこの幻想郷に来ていました。
ここにはあの輝夜のバカが居たため、これまでよりも僅かに楽しい生活は送れたような気がしました。ですけど私の交流は、結局月の民の輝夜だけ。私の寂しさは結局変わりません。
そんな時でしょうか。慧音に出会ったのは。
慧音は私を気味悪く思うことも無く、また何かしらの道具とも見ずただ一人の少女と見てくれました。あの時、私が竹林で輝夜に負けてボロボロの状態で倒れていたとき、慧音は私を背負って慧音の家まで連れて行き治療をしてくれました。私が不老不死の体だから大丈夫だといっても慧音は、そんなことは関係ない、こんなにも傷ついている者を放っておけるか、と言って治療してくれました。
私が人のやさしさに触れたのは何百、いや何千年ぶりでしょうか。私は涙しました。
それから私と慧音の交流が始まりました。私は誰かと普通に居るということが余りにも久しぶりのことだったため、色々と慧音に迷惑をかけました。それなのに慧音は私と一緒に居てくれました。慧音は私にいつも笑いかけてくれて、私を支えてくれました。
慧音は私を人里に連れて行ってくれたり、バカみたいに強い奴らのところに連れて行って、私を孤独から救おうと行動してくれました。
慧音の尽力のおかげで、私は周りの人に気味悪がられず、仲良く話せるようになりました。里で普通に買い物が出来るし、人間とも世間話が出来る。妖怪達とも弾幕で遊んだりできるようになった。私はこのような普通(ちょっと違うかもしれないけど)が手に入って本当に嬉しかったです。
そして私なんかのために見返りも考えずたくさんのことをしてくれて、私と一緒に居てくれて、私にいつも笑いかけてくれて、そして温もりを与えてくれた慧音。そんな慧音をどうして好きにならないというのでしょうか。私が慧音を好きになるのは必然だったのです。
しかし、私が慧音のことをいくら好きだと言っても、慧音も私のことが好きだとは当然限らない。いやむしろ女性同士が両想いなどという可能性はほぼ無いに等しいでしょう。
私は告白することが怖かった。やっと手に入れた人のやさしさ、人のぬくもり、そして慧音の笑顔。それらが告白に失敗したら無くなってしまうかもしれない。そう思ったからです。
だから、私は今の親友のままの仲で良いと決めました。丁半博打をせずに今のままでよいと心の中で決めたのです。これは私の中の硬い決意でした。恐らく私が生き続ける限り貫き通すものだったでしょう。
そんな風に、慧音と恋仲になることをあきらめ、親友の仲で過ごしていたある日、慧音が私にプレゼントと本を買って私にくれました。私はそれだけでも嬉しく、そして家に帰ってそれを読もうとしました。あの時はまだ同棲していなかったから、いつも慧音の家から自分の家まで帰っていましが、その日はいつも以上に帰る時間が長く感じました。それで家に着いていざ本を読もうとしたら、本の中に手紙が入っているではありませんか。私はそれを読み、そしてお互いがお互いを愛し合っていると知ったときにはもうすでに慧音の家のほうに走っていました。
慧音の家まで走っていったら、慧音は家の前に立っていました。慧音の顔は夕日の紅に染まりいつも以上に綺麗に見えました。そんな慧音が私に気づき、そして目が合ったときです。私は無意識のうちに、好きです、と言っていました。慧音はその言葉を聞いてから瞳が潤み始めそして私の方へ駆け寄ってきて、私もです、と言いながら抱きしめてくれました。私もまたそんな慧音を抱きしめました。慧音の温もりをこんなに近くで感じられるなんて。慧音の涙を浮かべながらも幸せそうな表情をこんなに近くで見ることが出来るなんて。私はとてもとても嬉しかったです。そして人を愛することが出来るというのはこのように素晴らしいものなのだと思いました。
私は幸せの余り胸が、心が熱くなました。今までに無い経験でした。目からは涙がとめどなくあふれ出てきました。まるで私の中にたまっていた全てのものが流れ出るように。生きるということにこれほど感謝したのはこれが初めてかもしれません。
その後の慧音とのはじめての接吻は私を幸せにしました。これから、永遠というわけではないけれど、慧音との幸せな日々が過ごせると思うと、嬉しくて嬉しくて。そのせいで慧音を抱きしめている私の腕の力が余計に強くなってしまいました。
けど、案外幸せというものはもろいものでした。
慧音と恋人の仲になってから数ヶ月くらいでしょうか。体がやけに重く感じたのです。蓬莱人なのに風邪を引いたのかと思い、私は永琳の元に行き診断してもらいました。
そうしたら、永琳はなんと言ったと思いますか。蓬莱の薬の効果が切れ掛かっているって言ってきたのです。私は冗談か何かだろうと最初は思いました。
だから、適当に話を進めていけば、やがては冗談だったと言うだろうと思っていました。けれども月の頭脳と呼ばれた彼女がひどく驚き混乱しているのを見たのはあれが初めてだったかもしれません。その様子が私に、彼女は嘘や冗談を言っていないと分からせました。
私は、理由が分からないなら、あとどれくらい生きられるかと聞きました。永琳は、あと一ヶ月のうちに死ぬ、と言いました。私は目の前が真っ暗になりました。やっと幸せを掴んだのに、これからいつか慧音が死ぬまで幸せに暮らせると信じていたのに。
その後、私はただ永琳に生きたいという事と、どうしてこうなったかが分かったら教えてくれとだけ言った記憶があります。
私が永琳の元から帰ってきたら慧音はひどく心配した様子で、大丈夫だったの、と聞いてきました。私は心配させないように、勿論大丈夫だよ、と答えました。
そうしたら慧音はホッとした表情になり、私を抱きました。私も慧音を抱き返しました。とても暖かく幸せな気持ちになれました。この温もりも、あと僅かしか味わえないかもしれない。私はいつもよりも長く慧音を抱きしめました。
それから数日経ったある日。慧音が寺子屋に行って留守の間に永琳が来ました。その時の永琳の表情はとても暗かったという記憶は今でもあります。
永琳を居間に連れて行きそこで彼女に用件を聞きました。
永琳はまず、私はもう死からは逃れられないと言ってきました。私はどうしようもないとあきらめ……。いやそんな簡単にはあきらめられません。私は、慧音と恋人になってからようやく生きたいと思い始めていたのに、その矢先に。
私はどうしてだよと永琳の胸倉を掴んで、ふざけるなよ、お前は月の頭脳と呼ばれたほどの天才だろ、だから私くらい助けられるだろう。こう叫びたかった。けれどもそんなことをしても意味が無い。意味が無いのは知っているが私は血が出るくらいに強く強く手を握っていました。このままではいけない。少しでも自分の気持ちを変えるために私は、どうして私の薬の効果が切れ掛かっているのかと聞きました。と永琳に聞きました。
永琳は、後悔しない? と私に聞いてきました。私は勿論と答えました。
その後、永琳が色々と説明してくれました。
蓬莱の薬とは、心と魂を固めて、人間のように激しく動かさないようにさせるためのものだそうです。心と魂は密接につながりあっていて、心が全ての感情。魂が生きる力として動くそうです。人間は生きる為に心と魂をすり減らさなければいけないそうです。そして心、もしくは魂が完全になくなると人間は死ぬそうです。また病や怪我というものはこの心や魂を壊すもので、ある一定量、体が傷つくと心と魂も傷つき壊れてしまうそうです。
ややこしいことを言っているように見えますが、ともかく私を不老不死にした蓬莱の薬の効果は大きく二つです。
蓬莱の薬は生きていれば必ず起きる、心と魂の消費をなくします。そのために二つの働きを鈍くし、生きている間の心と魂の動きを減らし、そして無くします。
蓬莱の薬は心と魂が決して壊れないように、その二つを大事に大事に包み守ります。
勿論他にも蓬莱の薬には体をすぐに治すなどの効果もあります。しかし、体がいくら治っても心か魂が壊れてしまったら意味がありません。ですので、永琳は不老不死に必要な物は、心と魂を維持し続けること。そう言っていました。
ここまで前置きを言ってきた上で、永琳は私にこう聞いてきました。
もし心と魂が自らの意思で突然強く動き始めたらどうなるのか、と。
蓬莱の薬は基本効果が無くなることは無いそうです。けれども永遠に効果が切れないのかといわれると、あくまで前例が無いだけでもしかしたら効果が切れることがあるのかもしれないそうです。そしてその前例の無いことが私の身に起きたそうです。
先ほども言ったとおり、蓬莱の薬は心と魂を傷つくことから守り、そして生きていく上で避けることが出来ない心と魂の消費をなくすための薬です。そして心と魂の消費をなくすために、それらの反応を鈍くすることが必要と永琳は言いました。
心は、強く強く感情を表に出さないようにする。
魂は、強く強く生きたいと思わせないようにする。
このように蓬莱の薬は感情等を捨てることによって不老不死にするものなのです。
本来、蓬莱の薬は月の民のものです。月の民にはそもそも感情をなくすための羽衣というものがあり地上の人間よりも、もともと長生きが出来ます。しかしそれでも生きていればほんの僅かずつでも心を、魂をすり減らし、やがて死んでしまう。いや、もしかしたら心と魂が再起不能になるほど傷つき死んでしまうかもしれない。そんな可能性を潰すために蓬莱の薬を飲み、そして不老不死になるそうです。
分かりやすく言えば、あの不老不死の薬はあくまで元から感情等が希薄な月の民のためのものであり、地上の人間のためには作られていないということです。
そもそも人間というのは心がめまぐるしく動き、常に生きたいと願う存在です。そんな人間からこの二つを完全に捨て切れるでしょうか。もしかしたらあるきっかけで思い出してしまうかもしれません。
ここまできたらもう分かったかもしれません。ここ最近、私は強く強く心が動き、強く強く生きたいと願いました。そう、あなたに告白されて。それが蓬莱の薬によって止められていた私の心を、魂を動かし始めてしまったのです。
私が、どうして蓬莱の薬の効果が切れるか、そのことを理解したら永琳はそっと家から出て行きました。
私が死ぬのは、決して考えたくないことですが、あなたの恋文のためです。
私は幸せを掴んだと思ったそれは砂上の楼閣。少し時がたてばそこにはもう何も残らないようなものだったのです。
ですが私は後悔していません。あなたと少しの時間でも恋人として過ごすことが出来たのだから。私は幸せでした。
けれど、慧音はどう思うのでしょうか。私が先に死に慧音はこれから長い年月を一人で過ごすことになります。
私が生きているうちに慧音にこのことを伝えようとも思いましたが、もし私がこのことを慧音に告げ、そのせいで最後の一ヶ月、時々悲しい表情をする慧音と居るというのが、私にとってとても辛いものになると思いました。だからいつもの慧音と最後の時を過ごすために、何も言わずに逝きます。これは私の我侭です。
それと、我侭ついでにもうひとつお願いします。
どうか私のことを忘れてください。
これは私の思いすぎかもしれませんが、もし私が死んだために慧音が悲しんだまま生きていくことになってしまうなら、どうか忘れてください。
私は慧音の笑顔が好きです。喜ぶ顔が好きです。
慧音の悲しい表情を見るのは嫌です。辛い表情を見るのも嫌です。
だから、私はあなたに笑顔でこれからの人生を送って欲しいと思っています。
そのために私が足かせとなってしまうならば、どうか私を忘れてください。
忘れるために必要になるかと思い、慧音から貰った、大切な恋文を渡しておきます。
それでは、これで私の遺書を終わりにします。
さようなら、私の愛した人。
彼女は、妹紅の遺書を読み終えた。もう日は沈みかけ、紅い空が黒に染まり始めている。
彼女の手紙が、彼女の愛情が妹紅を殺した。彼女のせいで、彼女のせいで。
彼女は耐えられなかった。彼女が妹紅を殺した原因ということに。
彼女は耐えられないだろう。これから一人で長い時間行き続けることに。
自殺。彼女はそれを考える。
しかし、自殺をしても妹紅のところに行けるとは、里の知識人には到底思えなかった。
彼女は、涙でグシャグシャになった顔を上げ、空を見た。
紅の空はもうほとんど見えなくなり、ちらほらと星が見え始めてきている。
「妹紅のためなら、妹紅がそう願うなら、妹紅が好きなら」
彼女はブツブツと何かを呟きながら立ち上がる。
彼女の袖が乾く暇もないくらいの涙を流しながら。
その夜、上白沢慧音の家から何かを食べる音が聞こえ続けた。
むせび泣く声と共に。
数日たったある日のことだった。上白沢慧音は里で買い物をしていた。
そんな彼女の後ろから妖しい女性が一人。
「ねぇあなた、妹紅って子憶えてる?」
その女性は突然そう聞いてきた。妖しい女性は八雲紫。彼女がこう聞いたのは藤原妹紅が生前聞いてくれと頼んだからだ。
「紫は慧音の力を受けづらい。そのためもし私を恋人と知っていなかったら何もしなくて言い。私のことを恋人と覚えていて、そして辛そうにしていたら改めて私と慧音の関係を無かったことにしてくれと慧音を説得してくれ」
そう頼んだそうだ。
別にそんな手間にならないだろうと思った紫はそれを了承し、今に至る。
紫の言葉を聞いた彼女は、そちらの方を振り向いた。
その表情に影は無く、とても明るいものだった。
紫は、あぁ忘れたんだな。そう思った。
「はい。私の大事な、大事な人です」
彼女は微笑みながらそう答えた。
紫はそれを見てとても驚いた。それもそのはず、愛していた者がつい先日亡くなったはずなのにどうしてそのような表情をしているのかと。
「じゃあなんでそんな風にいられるの」
紫は質問した。
彼女は、悲しみも、苦しみも、辛さも、そのようなものを忘れたかのような満面の笑みを浮かべて、その場を去っていった。
あの笑顔は、妹紅の最も好きな表情だった。
慧音が置いて行かれるというのは中々新鮮ではありますね。
もこたんinしてよ!(泣
しかし、切ない…
タイトルは慧音か妹紅関連のほうがよかったかも
GJ
しかし最後の慧音は…苦しみや悲しみや辛さを食べたってことなのか…?
自分の読解力の無さが辛い
ただ貧しい人が減らない人肉として妹紅を監禁したりはしないだろう……などの若干の荒が目立ちました
ですがタイトルは人目を惹く良いものでした
設定解釈など光るものがあるので、次回の作品を心待ちにしています
久しぶりに慧音が置いてかれる話を読んだ
大抵は逆だからね
あと、輝夜にもなにか遺してもいいような気がするなあ、なんだかんだいいながらも