筆が和紙を撫でた。
淡く黄の残る紙を、黒く文字で彩っていく。
髪飾りが風に揺れて擽ったい。
顔を上げれば、示し合わせたように庭へ魔女が降りてきた。
「…おはよう御座います。今日は晴れ時々魔女とは予想外でした」
「おぉ、すまないがちょっと匿ってくださいなっと」
そそくさと靴を脱いで縁側から上がってきた金髪白黒を前に、大きく溜め息を吐いた。
「お茶ぐらいは出します。匿うか否かはお話次第ですね」
「これぞまさに土産話ってか」
「置き土産にならないといいですね」
「勘弁してくれ」
眉を下げた魔女を対面に座らせ、墨を擦る。
この魔女に訊く事といえば、決まっていた。
「妖怪の情報はお持ちですか?」
「高くつくぜ?」
「ではこの話は無かったということで。その箒は逆さまにして玄関に立て掛けるので置いていってください」
「なんて酷いやつだ。最近だと…迷いの竹林の話になるか───」
●
「───以上。これでいいだろ?」
「ふむ、ありがとう御座いました」
後に幻想郷縁起に追記すべき項目を脳内で整理する。
筆を止めていれば、魔女が顔を覗き込んできた。
「そういや最近、幻想郷縁起のお陰で依頼が来たんだよ」
「…まあ、有事の際の相談先として貴女を載せていますからね。どうですか、人里で退魔師として働いてみては?」
「おいおい、冗談キツいぜ。肩身が狭くて潰れちまうよ。物理的にも精神的にもな」
人里で退魔師として働くならば、人々が入りやすい場所に活動拠点を置かねばならない。
そして人里で人が多い場所ともなれば、“古道具屋”などがあるものだ。
「しかし、魔法の森まで相談しに行ける人間なんていたんですね。時々博麗の巫女じゃ話にならんからって貴女に話を通せないかって言う人もいるんですよ」
「ほう、なんて返すんだ?」
「魔法の森に行けば会えますよ、と。大体がどうやって行けばいいんだと嘆いていましたけどね」
「それじゃあ私に依頼する資格が無かったって事だな。来世に期待しておこう」
やる気なさげに畳に寝転がる魔女を見下ろし、なんとも言えずに筆を止める。
博麗の巫女に依頼できない退魔師への相談と言えば、徹底的な排除や復讐、捕獲などだろう。
博麗は人の味方では無く、幻想郷の味方なのだ。余程必要だと感じない限り、彼女は動かない。
「そういや、幻想郷縁起が無くなったらどうなるんだ?」
「突然恐ろしいことを訊きますね。盗まないでくださいよ」
「盗まん盗まん。ただの興味だ」
そう言う魔女の目には、好奇心が見える。
魔女は、好奇心に勝てないものだ。
「そうですね…もし紛失では無く消滅した場合は、恐らく妖怪が力を増すでしょう」
「…封印書か何かか?最近退治したばかりだから言ってくれれば退治するぞ」
「小鈴には後で話を聞かなければいけませんね。…まず、幻想郷縁起は封印書ではなく、ただの記録です」
部屋隅の棚に置かれた幻想郷縁起を目で追う。
「妖怪は形がありません」
「あるだろ、形ぐらい」
「今はありますよ、幻想郷縁起がありますからね」
「…ひょっとして、“形を定めてる”のか?」
「おや、察しがいいですね。先程の私の言葉、わかりましたか?」
顔を痙攣らせた魔女が、目から好奇心を薄れさせた。
「妖怪はいます。しかし大半は現象や概念を具現化したものであり、名も、姿も、果てには存在すら大雑把にしか定まっていないんです」
「それを記録として残す事で、そうであると人に認識させて妖怪を“縛った”のか」
「それが幻想郷縁起の仕事の一つです。ですので、異変を起こしたり異変に与した人の形を保てる妖怪は記録しておくんですよ。わかりましたか?」
茶を啜る。
そういえば魔女に茶を出していないが、気にした様子はない。
「…化け狸は人に化けてるが?」
「化け狸は化けるものと共通認識されてしまって上書きできないんですよ。姿は縛れたようですが」
「じゃあ、最初から化けていたら?」
「それを防ぐ為に博麗の巫女や貴女に見せているんですよ」
顎に手を当て、考え込む魔女。
話す間に追記も纏め終えたので、筆を置いた。
「さて、妖怪の情報のお礼として幻想郷縁起についてお答えしました。匿っている対価はまだですか?」
「ちょっと待ってくれ、まさかさっきので情報分消費の計算か?」
「勿論です。さあ、他には無いですか?」
唸りながら頭を抱えた魔女を見ながら、にっこりと笑う。
「さあさあ、他には?」
「ぐぬぬ…」
箒が逆さまに立つのは時間の問題だった。
淡く黄の残る紙を、黒く文字で彩っていく。
髪飾りが風に揺れて擽ったい。
顔を上げれば、示し合わせたように庭へ魔女が降りてきた。
「…おはよう御座います。今日は晴れ時々魔女とは予想外でした」
「おぉ、すまないがちょっと匿ってくださいなっと」
そそくさと靴を脱いで縁側から上がってきた金髪白黒を前に、大きく溜め息を吐いた。
「お茶ぐらいは出します。匿うか否かはお話次第ですね」
「これぞまさに土産話ってか」
「置き土産にならないといいですね」
「勘弁してくれ」
眉を下げた魔女を対面に座らせ、墨を擦る。
この魔女に訊く事といえば、決まっていた。
「妖怪の情報はお持ちですか?」
「高くつくぜ?」
「ではこの話は無かったということで。その箒は逆さまにして玄関に立て掛けるので置いていってください」
「なんて酷いやつだ。最近だと…迷いの竹林の話になるか───」
●
「───以上。これでいいだろ?」
「ふむ、ありがとう御座いました」
後に幻想郷縁起に追記すべき項目を脳内で整理する。
筆を止めていれば、魔女が顔を覗き込んできた。
「そういや最近、幻想郷縁起のお陰で依頼が来たんだよ」
「…まあ、有事の際の相談先として貴女を載せていますからね。どうですか、人里で退魔師として働いてみては?」
「おいおい、冗談キツいぜ。肩身が狭くて潰れちまうよ。物理的にも精神的にもな」
人里で退魔師として働くならば、人々が入りやすい場所に活動拠点を置かねばならない。
そして人里で人が多い場所ともなれば、“古道具屋”などがあるものだ。
「しかし、魔法の森まで相談しに行ける人間なんていたんですね。時々博麗の巫女じゃ話にならんからって貴女に話を通せないかって言う人もいるんですよ」
「ほう、なんて返すんだ?」
「魔法の森に行けば会えますよ、と。大体がどうやって行けばいいんだと嘆いていましたけどね」
「それじゃあ私に依頼する資格が無かったって事だな。来世に期待しておこう」
やる気なさげに畳に寝転がる魔女を見下ろし、なんとも言えずに筆を止める。
博麗の巫女に依頼できない退魔師への相談と言えば、徹底的な排除や復讐、捕獲などだろう。
博麗は人の味方では無く、幻想郷の味方なのだ。余程必要だと感じない限り、彼女は動かない。
「そういや、幻想郷縁起が無くなったらどうなるんだ?」
「突然恐ろしいことを訊きますね。盗まないでくださいよ」
「盗まん盗まん。ただの興味だ」
そう言う魔女の目には、好奇心が見える。
魔女は、好奇心に勝てないものだ。
「そうですね…もし紛失では無く消滅した場合は、恐らく妖怪が力を増すでしょう」
「…封印書か何かか?最近退治したばかりだから言ってくれれば退治するぞ」
「小鈴には後で話を聞かなければいけませんね。…まず、幻想郷縁起は封印書ではなく、ただの記録です」
部屋隅の棚に置かれた幻想郷縁起を目で追う。
「妖怪は形がありません」
「あるだろ、形ぐらい」
「今はありますよ、幻想郷縁起がありますからね」
「…ひょっとして、“形を定めてる”のか?」
「おや、察しがいいですね。先程の私の言葉、わかりましたか?」
顔を痙攣らせた魔女が、目から好奇心を薄れさせた。
「妖怪はいます。しかし大半は現象や概念を具現化したものであり、名も、姿も、果てには存在すら大雑把にしか定まっていないんです」
「それを記録として残す事で、そうであると人に認識させて妖怪を“縛った”のか」
「それが幻想郷縁起の仕事の一つです。ですので、異変を起こしたり異変に与した人の形を保てる妖怪は記録しておくんですよ。わかりましたか?」
茶を啜る。
そういえば魔女に茶を出していないが、気にした様子はない。
「…化け狸は人に化けてるが?」
「化け狸は化けるものと共通認識されてしまって上書きできないんですよ。姿は縛れたようですが」
「じゃあ、最初から化けていたら?」
「それを防ぐ為に博麗の巫女や貴女に見せているんですよ」
顎に手を当て、考え込む魔女。
話す間に追記も纏め終えたので、筆を置いた。
「さて、妖怪の情報のお礼として幻想郷縁起についてお答えしました。匿っている対価はまだですか?」
「ちょっと待ってくれ、まさかさっきので情報分消費の計算か?」
「勿論です。さあ、他には無いですか?」
唸りながら頭を抱えた魔女を見ながら、にっこりと笑う。
「さあさあ、他には?」
「ぐぬぬ…」
箒が逆さまに立つのは時間の問題だった。
魔理沙を手玉に取る阿求がよかったです