Coolier - 新生・東方創想話

ぺんぎん

2010/09/01 18:51:26
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猛暑。

昼間の熱気が抜けず、夜になっても気温は下がらない。
時折吹く風は妙に暖かく、涼しいどころか汗を誘う。
そんな日が続いていた。

ある日霊夢は、月明かりのまぶしい夜に目を覚ますと、気怠そうに上半身を起こして自分の姿を見た。
布団も敷かず装束をつけたまま眠っていたようで、服にはじっとりと汗がにじんでいる。
「あっつ…」
と呟き、装束の袖を脱いで、湯飲みを置きっぱなしのちゃぶ台へ袖を投げた。
眠そうな眼で辺りを見回すと、障子の向こうにいつもの縁側があり、その向こうに境内が広がっていた。

ああ、布団も敷かずに寝てしまったのか。
そう考えてから、霊無はふらりと立ち上がり、欠伸をしながら拝殿に移った。
拝殿の床に両手を付き、猫のようなポーズを取ると、そのまま床に寝そべった。ひんやりとした床板が気持ちいいはずだ、これで安眠できる、そう期待したのもつかの間、床板は霊夢の体を冷やすほど冷えていない。

「 あ つ い … 」

ふらふらと幽鬼のような表情で仰向けになり、うつぶせになり、仰向けになり、ごろごろと床の上を転がるが効果はない。
むしろ戸締まりされていた拝殿の方が庫裏より暑い気がする。
霊夢は気怠そうに起き上がると、拝殿を出て境内の竹林に足を進めた。

「………なんでこんなに暑いのよ」
竹林の中は多少涼しいが、まだ物足りない。
暑さにだらけていると、ふと、妖怪の山に越してきた神社のことを思い出した。
あの異変は秋の比較的涼しい時期に起こったが、秋でなくとも涼しそうな河童の住まう川、巨大な滝……
博麗神社の近くにも同じような環境があれば夏も涼しいのではないか…と、そこまで考えて自嘲気味に笑った。
川が近ければ水浴びがしたくなる、水浴びをすれば体は冷えるが、後で体が火照ってしまうだろう。
自分は後先考えずに水に飛び込んで、余計に気怠くなるに違いない。自分のだらしなさを知っている為それぐらいの予想は付く。

そこで霊無は、温泉が湧き出ているのを思い出した。
「冷たい水に入るから暑くなるのよ、熱い温泉に入ればちょっとは涼しく感じるはず」
自分に言い聞かせるように呟くと、ふらふらと竹林を出て温泉に向かった。





折りたたんだ着替えと手ぬぐいを抱えて温泉に向かう途中、そよ風に違和感を感じた。
「……?」
振り向いた先には見慣れない石畳があり、その先には石造りの何かが見えた。
「こんな物あったかしら」
頭に?を浮かべながら石畳の先を目指して歩いて行くと、やはり空気に違和感がある。空気の臭いが違うだけでなく、温度がほんの少し低い。
石造りのそれに近づいた霊夢は、その異様さに眉をひそめた。
幻想郷ではあまり見かけない西洋風の建物、大きさは神社の拝殿と同じぐらいだが、デザインは紅魔館と比べて大きなアーチ状の装飾が少ない。しかし細かな装飾が屋根あたりに多く彫り込まれており、素っ気ない中にも美麗さが意識されている。

「何、これ」
建物の入り口には、解りやすく二本の円柱が設えてあった、その奥をのぞき込んでみれば、石造りの空間があり、更に奥は地下に向かって階段が続いている。

「ちょっと何よこれ!」

霊夢は険しい表情で声を上げて、着替えを抱えたまま建物の中に飛び込んだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「おーい、霊夢、遊びに来た…ぜ?」

早朝、何か面白いことはないかと神社に遊びに来た魔理沙は、不可解な雰囲気を感じ取った。
「おーい」
拝殿の扉が半分だけ開いている。
「霊夢ー」
庫裏は開けっ放しでちゃぶ台の上に霊夢の装束が袖だけ置かれている。
「おい、霊夢…?」
着替えの入った引き出しが微妙に開いており、誰かが開けた形跡がある。
「霊夢!」
ちゃぶ台の上には湯飲みが置かれたまま、魔理沙が中を見ると、お茶欠片が乾いてこびりついている。
昨日から放置されたままなのか?いったい何があった?
魔理沙は箒に飛び乗ると、境内の上空へと飛び上がり、辺りを見回した。

『異変』はすぐに見つかった、神社から温泉へと続く道の途中から黒い石畳が延びて、その先に石造りの建物がある。
あんなものは昨日まで無かったはず、だとすれば異変か何かに違いない、異変となれば霊夢は黙っていないだろう。

魔理沙は、口元が楽しそうに歪むのを自覚した。霊夢が一晩かかって解決できない異変かもしれない、そう思うとワクワクしてしまう。

すーっと音もなく建物の前に降り立つと、入り口から中を覗き見る。
石造りの建物は、外から見れば小さいながらも立派な装飾が施されており、小さな神殿と言われれば幻想郷の住人は納得するだろう。
ただ、魔理沙のような、ある程度の力を持つ者達は違う。
そこに妖気や神性を感じ取れるか否かも判断基準になる、魔理沙はこの建物から何の力も感じられなかった。
「隠蔽されてる、って訳じゃなさそう、だよな…」

魔理沙は淡い光を身にまとった、魔法で作られた光は弾幕の応用で作られており、影を作りにくくいくつもの光源が周囲を照らしている。
「ボロボロだな」
壁面や天井を見ながら呟く。
魔理沙の言うとおり、壁に貼られていたであろうタイルは所々崩れ落ちており、天井も老朽化に伴うシミで変色している。
また、誰かのメッセージとも思える文字が壁に書かれており、その乱雑さがいっそう雰囲気を暗くしていた。
「紅魔館と比較するのが間違いかな…っと」
途中の踊り場で180度向きを変えつつ、階段を下りていくと、小さなテーブルと窓付きの小屋があった。
長らく放置されていたようで、小屋の中を覗いても堆積した埃ばかりが目に付く。

一つだけ目を引くものがあった、それは小屋にかけられた看板である。
「なんだこれ?」
魔理沙が看板を読もうとした時、不意に奥の方から人間の声が聞こえた。
「!」
魔理沙は懐に仕舞ったミニ八卦炉の重みを確かめつつ、スペルカードをいつでも取り出せるよう構えた。
ゆっくりと小さな机の間をすり抜け、奥へと足を進める。

「誰か、いるのか?」
小声で呟く…すると、また奥から音が聞こえてきた。
ごくごく小さな音だが、フシュー…という音がする。それはまるで動物の鼻息のようであり、魔理沙はいっそう注意深く周囲を見渡した。

不意に、きらりと光る”何か”が見えた。
「そこか!」
八卦炉を構え周囲の明かりを強くする、すると光の正体が露わになり、魔理沙を驚かせた。

「すぴー…」
「ちょっ、おい、霊夢!鼻提灯出して寝てるんじゃないぜ!」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


長い椅子で寝ていた霊夢を起こした魔理沙は、あきれた顔で霊夢を見下ろした。

「ふあ…なんだ魔理沙じゃない、こんな暗い内からどうしたのよ」
「暗いって、外はもう朝だぜ。霊夢こそ何でこんなところで寝てたんだ」
霊夢は両手を高く上げて背伸びをすると、ふうと息をついた。
「んーっ…ふう。 寝苦しかったから涼しいところを探したのよ、そしたらここにたどり着いたわ」
魔理沙は何ともいえない表情で、霊夢を見た。
「お前…ああ、いや、なんでもないぜ。まったく、袖は置きっぱなしで、湯飲みも出しっぱなし、何かあったのかと焦ったぜ」
「何かあったわよ。こんな地下空洞があったわ」
「いや、確かにそうなんだけど、そう言う意味じゃない」

霊夢は立ち上がると、魔理沙の明かりを頼りに服を見た。見ると埃で汚れている。
着替えとして持ってきた服も、枕にしていたせいか汚れてしまった。
「失敗したわ。ちゃんと掃除してから寝るべきだったようね」
「それもなんか違うと思うぜ」
「ま、いいわ。とりあえず朝風呂にでも入りましょ。昨日の汗も流したいし。あんたも入るでしょ」
霊夢はそう言うと、魔理沙の隣をすり抜けて地上へと登っていった。
「あー…まあいいか。探索は後だな。それにしても人騒がせな奴だぜ」
魔理沙はそう呟くと、先ほどとは違う安堵の笑みを浮かべ、霊夢の後を追った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


しばらくして、温泉で体と服を洗った二人は、さっぱりしたと言わんばかりの表情で神社に戻ってきた。
「あーっ、さっぱりしたわ!魔理沙の魔法もこういう時は便利よね」
「服を乾かすぐらい軽いだろ…って、霊夢だって出来るじゃないか」
「面倒」
「私はいいってか?酷いやつだぜ」
二人は庫裏に上がると、井戸から水をくんで一息ついた。
井戸水は夏は冷たく、冬は暖かい程度の温度で保たれている、水を入れた湯飲みがわずかに結露しているのがその証拠だろう。
「ちょうど良い冷たさだな」
「あの氷精がいたらもっと冷たくできるのにねー」
「おいおい、いくら猛暑が続いてるからって、チルノを利用するのは…」
そこまで言って魔理沙が考え込む。
「…いい手かもしれないぜ。あ、いや、あいつ寝ぼけて部屋を凍り漬けにしそうだ」

ははは、と二人で笑ったところで。少しの間心地良い沈黙が流れた。

沈黙を破ったのは、霊夢である。
「で、また行くんでしょう」
「もちろん」
「涼しいわね、あそこ」
「涼しいな」
「避暑にちょうど良いわね」
「まったくだ」
「うちの神様に聞いたんだけど、氷室神社ってのが外の世界にはあるらしいわ。こおりのむろって書くの」
「へえ、涼しそうな名前だ」
「冬に作った氷を、夏まで地下に保存しておく神社らしいわ」
「なるほど、じゃああの涼しさはそう言うことか。まったく涼しいはずだぜ」

二人はどちらともなく立ち上がり、庫裏を出ようとした。
あの涼しい空間をちょっと探索して、害がなさそうなら昼寝に使えるし、研究するのにもちょうど良い空間になる。
魔理沙と霊夢はそれぞれの思惑で地下を目指そうとしたが、そこに空間の亀裂が立ちはだかった。
何もない縁側の上に、一本の線が現れたかと思うと、眼を開くようにぱかっと裂けて、人一人が通れる大きさのスキマが広がった。
そこから姿を現したのは、ほかでもない、八雲紫である。

「こんにちは。二人とも」
「なによ紫、私はこれから昼寝で忙しいんだから邪魔しないでよね」
「そうも行かないわ。二人とも、あの建物の中に入ったんでしょう?」
「途中で引き返したけど、その通りだぜ。異変かもしれないからな、これから二人で探索するところだ」

それを聞いた紫は、いつもの含みのある笑みではなく、少し困ったような顔を見せた。
「それは困るわね。あれはまだ幻想郷にたどり着くはずのないもの…中も不安定だわ。外の世界との境界が曖昧になっているのよ」
「そうなの?危ない感じはしないけど」
と霊夢が言うと、魔理沙が口を挟んだ。
「危ない感じがしないからって、そんな所で眠れるのはお前ぐらいだぜ…」
「そう?」

二人のやりとりを見た紫は、手に持った扇子をぱたんと閉じた。
「百聞は一見にしかず…ね。二人とも、直接見てみましょう」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


霊夢、魔理沙、紫の三人は地下空洞に降りると、空洞の内部を見回した。
「しかし…目的の解らない空間だぜ」
「すぐに解るわ。ついてらっしゃい」
魔理沙の疑問に答えるように、紫が歩みを進めていく。
霊夢が寝ていた場所からさらに地下へと階段を下り、直角に曲がった通路を通って、反対側の階段を上がった。
階段を上がった先は、霊夢達が降りてきた場所の対岸とも言うべき位置にあり、その間は巨大な柱と溝で隔てられている。
宙を浮けば簡単に通り越せるのだが、紫は懐かしそうに壁のいたずら書きを見ながら歩いて行くものだから、二人もそれに習って後を付いて来ていた。
「ねえ紫、あんたこの空間が何か知ってるみたいだけど」
「知ってるわよ。ああ、あったわ。見てご覧なさい」
霊夢の疑問に答えるかのごとく、紫は壁を指さした。
そこには見たこともない青い何かの絵があった、無数の悪戯書きに汚されているが、絵の形は十分保たれている。

「何、これ」
「ペンギンよ。外の世界にいる動物ね」
魔理沙はその絵に近づくとなめ回すように見つめた。

「…ここは、ペンギンって奴を祭る神殿なのか?」
「そう言う訳じゃないわね、この上には動物園があるのよ、世界各地から集められた動物がそこで飼われているの。ペンギンはその一つよ」
「へえ」
魔理沙は物珍しそうに絵を見つめた。
「その一つって事は、ほかにも居るのか」
「沢山いるわよ、象とか…パンダが来たときは大変だったわね」
「パンダ?」
「機会があったら紅美鈴にでも聞いてみると良いわ。彼女ならよく知ってるわよ」

三人はそのまま通路の奥へと歩いて行った、階段を上りきったところに扉があるのだが、どうも様子がおかしい。
「…?」
「どうしたのよ」
ドアノブに手をかけたまま動かない魔理沙を見て、霊夢が声をかけた。
「これ、動かないぜ。というよりこの先の気配がおかしい、何処にも通じてないみたいだ」
ドアノブから手を離すと、紫が笑みを浮かべた。
「ご明察。そこから先はまだ境界線の向こうよ。外の世界と幻想郷とのスキマが広がっているわ」
じとっとした目つきで、霊夢が紫を見つめた。
「スキマが? ってことはこれはあんたの仕業なの?」
「私は幻想郷の結界と、外の世界のスキマに落ちかけたこの空間を安定させているだけよ。 ……それに、ここは外の世界に忘れ去られた訳じゃないもの」



二人は紫の言葉に?を浮かべながら、霊夢が寝ていた場所に戻ってきた。
ベンチの埃を払い落とすと、霊夢、紫、魔理沙の順で座る。

「いい加減、ここが何なのか教えなさいよ」
霊夢がそう詰め寄ると、紫は「すぐに解るわ」と言って黙ってしまった。

シュイン…

ガタン ガタン ピシューン…

「何の音かしら」
「近づいてくるぜ」
霊夢は懐から幣束を取り出し、魔理沙はミニ八卦炉を構えようとしたが、紫がそれを制止した。
「必要ないわ。あの溝を通り過ぎるだけだから、二人とも見てなさい」

紫の言葉に、渋々二人は従った。
まもなく音は大きくなり、轟音とともに眩しい何かが目の前を通り過ぎる。

ごぉーーっ、という大きな音と、がたん、がたんと何かがぶつかる音。
無数の人びとが閉じ込められた巨大な箱は、まるで昼間のように明るい光を放っていた。
時間にしてほんの数秒、目の前を通り過ぎた何かに驚き、霊夢と魔理沙は目を見開いていた。

「あれが電車よ、そして、この場所は駅」
「…駅?」
魔理沙が首をかしげる。駅と言えば、西洋魔法と歴史の中で登場する駅馬車ぐらいしか思い当たらない。もしかして目の前を通り過ぎた巨大な箱が馬車の代わりなのだろうか。

「デンシャか何か知らないけど、人が沢山入ってたわね。何よあれは」
「外の世界の人々が、移動に使っているものよ。人里でも荷車に人が乗っているじゃない、あれは何時しか大きくなって、馬が不要とされて、ああいう形になったの」
「ふうん…妖気も感じないし、妖怪ではないのね」
紫は霊夢の言葉に頷くと、ふっと立ち上がった。

「もう私たちの役目は終わりよ。この駅も明日には…早ければ今夜には神社から消えるわ」

そう言って立ち去ろうとする紫に、霊夢と魔理沙は腑に落ちないと言った顔でついて行く。
「せっかく涼しい場所を見つけたのに」
不満げに霊夢が呟くと、紫は口元を扇子で隠しつつ笑みを浮かべた。
「常冬の世界から冷気を運んであげましょうか?」
「余計なものまで連れてこないでしょうね」
「どうかしらね」

二人の会話に混ざる「常冬」の単語に、魔理沙が反応した。
「冬…ペンギン。ああ、思い出した。ほぼ一年中氷に包まれた大陸で暮らしている動物だろ?」
紫は、あら、と驚いた顔を見せた。
「よく知ってるわね」
「香霖堂で見たことがあるぜ、羊皮紙みたいな厚い紙の絵本に書いてあった。何で今まで忘れてたんだか」
そう言うと魔理沙はきびすを返し、階段を駆け下りていった。紫はすかさず力を込めて、階段の上と下の境界を操作した。
だだだだだ、と足音が上から聞こえてくると同時に、階段を下りたはずの魔理沙が階段の上から霊夢達の間をすり抜けていった。
「とっとっとっと…おい、紫何するんだ」
「ペンギンの絵を持って行っては 駄 目 で す わ 」
「…」
魔理沙は図星を突かれたのが不満なのか、ちぇ、と一言呟く。
階段を上って外に出るまで、魔理沙は名残惜しそうに地下空洞を振り返っていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



紫の言葉通り、あの建物『駅』は夜になると陽炎のように姿をゆがめていた。
朝になって霊夢が確認したときには、石畳も駅も完全に姿を消していた。


数日の後…博麗神社の庫裏では、竹箒を縁側に立てかけた霊夢が汗をぬぐっていた。

「うーん…昼はまだ暑いわね」
秋が近づいてきたせいか夜は多少涼しくなったが、昼の暑さは夏のままだ。少し掃除するだけで汗まみれになってしまう。
「やめやめ。もうちょっと涼しくなったら掃除しましょ」
「あら掃除はおしまい?ちょうど良いからお茶にしましょ」
霊夢が庫裏の奥に目をやると、襦袢の上に腰衣をかけただけの紫が現れた。いつの間に来ていたのか解らないが、彼女が唐突なのは毎度のことだと諦めた。
「勝手に上がり込んでるんじゃないわよ」
「つれないわね。アイスティーを持ってきてあげたのに。お菓子もあるわよ」
「……いただきます」
「めしあがれ」
向かい合って座る霊夢と紫、ちゃぶ台には神社にはない西洋風のティーセットが並べられ、よく冷やされたドライフルーツなるお菓子が慎ましやかに飾られている。

「美味しい…茄子の砂糖漬けとも、花びら餅のゴボウとも違うわね。不思議な甘さだわ」
「この手のお菓子は、幻想郷では紅魔館かマヨイガじゃないと出てこないわよ」
「うちにも定期的に奉納しなさいよ」
「良いわよ、その代わり…」
「あ、いいわ。やっぱり駄目」
「あら、どうして?」
「どんな対価を求められるか解らないもの」
「つれないわねえ。私がそんなに信用できない」
「紫の気まぐれなところ、私信用してるわよ」
「まあ」

二人は他愛ない話をしていたが、ふと霊夢が真剣な表情になり、紫を見つめた。

「ねえ。私があの『駅』に入り易いよう、入り口を境内に設置したのは貴方?」
「どうしてそう思ったのかしら。正解よ」
「あの時、”もう私たちの役目は終わりよ”って言ったじゃない。魔理沙は気にしてなかったけど、私は何かに利用された気がしていたわ」

紫は霊夢から支線を外し、境内を見た。

「…そうねえ。どこから話そうかしら。
あの建物は外の世界で忘れられたのではないわ、かといって外の世界では使われることもなく、ひっそりと佇んでいたのよ。
忘れ去られるわけでもなく、自分の役割を果たすこともできない状態でいるのが辛いから…ちょっと拗ねてみたのね」
「まるで子供じゃない」
「幼いまま悠久の時を過ごしている妖怪もいるわ、妖怪のほとんどは成長を捨て、決められた時間を過ごすのよ」
「子供はこどものまま、大人は大人のままって訳ね。で、その子供らしい付喪神はどうして消えたの」
「消えたのでは無いわ。外の世界で自分が必要とされていると気がついて帰って行ったのよ、境界線を片足だけ踏み越えたけど、結局は踏み越えず元の場所に戻った。それだけよ」
「ふうん。私たちがあの場所にいただけで、そうなったの?」

「ふふ…拗ねた子供が、機嫌を直した。今回はそう言うことにしましょう」
紫は笑みを浮かべると、ぱたんと音を立てて扇子を閉じた。
その音と同時にティーセットがスキマの中へと仕舞われて、紫もまた道教の導師を思わせる服装に変化する。

「それじゃ、次は涼しくなってから遊びに来るわね」
「別に良いけど、お茶と酒とお菓子は持参しなさいよ」
「強欲ですこと」
するりと空間の裂け目に身を投じ、紫は姿を消した。



ふわりと頬をなでる風は、まだ熱気を含んでいる。
霊夢は、あのひんやりした地下を思い出しつつ、ごろんと畳に寝転んだ。


「もう少し、幻想郷(ここ)に居ても良かったのに」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「よう香霖、遊びに来たぜ」
返事を待たずに、勝手知ったる香霖堂へ上がり込んだ魔理沙は、雑に積み重ねられている古本の前に座り込んだ。
背表紙を一つ一つ指さし確認しては、これも違うあれも違うと言って、積み重ねられた本をあさっている。

「魔理沙、遊びに来るのは良いけど本は貸さないよ」
カウンターを兼ねた机の向こう側から森近霖之助が声をかけた。
いつものように暇に任せて本を読んでいたらしく、手には小さな本を携えている。
「借りるつもりじゃないぜ、ちょっと確認したいだけだ」
「買いもしないなら冷やかしと一緒だね」
「枯れ木も山の賑わいって言うだろ?
「こういう時に使う言葉じゃないな」

本を散らかされてはたまらないので、霖之助は魔理沙の後ろを指さしつつ、声をかけた。
「魔理沙、散らかしたまま帰らないでくれよ。本の大きさ毎に分けて重ねてくれ」
「抜かりはないぜ」
魔理沙もそこは解っているのか、慣れた手つきで本を積み重ねていく。

不意に、これだ!と声を上げた。

「こーりん!この本だ、この本!」
「ん?」
魔理沙が探し出した本は、子供向けに作られた動物の本であった。
ペンギンやパンダなど、出版された当時人気があった動物が掲載されており、厚紙で作られたそれは十年以上経つ今でも板のように堅い。
「ああ、その本か」
「さっき紅魔館のパンダに聞いたんだぜ、中国には美鈴って言う」
「落ち着いて」
「ああ、ええと中国にはパンダって動物が居るんだ。白黒で可愛いけど、クマの親戚らしくてさ。美鈴も昔戦ったって言ってたぜ」
ぱらぱらとページをめくり、パンダの写真を見つける。
「うわっ、ホントに白黒なんだな!愛嬌があって可愛いぜ」
霖之助が椅子から立ち上がり魔理沙に近づく、本を覗き込むと、なるほど白黒のクマと言うべき動物の写真があった。
「それとこっちの…ペンギンだ。子供の背丈ほどあって、ヒレの力は凄いらしいぜ。この本で見ると可愛いんだけどなあ」

子供向けの本ではしゃぐ魔理沙を見ると、まるで子供に戻ったみたいだ、と思えた。
「そのパンダと、ペンギンがどうしたんだい。まさか幻想郷にやって来たとか?」
「来たわけじゃないぜ。ただ、一日だけ、ペンギンとパンダに通じる道があったんだ」
「ほう」

魔理沙は本を閉じると、箒を手に香霖堂から飛び出した。
「ちょっと霊夢にもこの本を見せてくるぜ!」。
止める間もなく空へ駆けていく魔理沙を見て、霖之助は苦笑しつつも、手に持った本に視線を移した。



それはごく最近、外の世界から紛れ込んだ小さな本。
忘れられていく怪談に代わって、よく使われるようになった『都市伝説』の本。
秋が近づくに従って、幻想郷にもこの手の本が紛れ込むことがある。だいたいは雨露に濡れてボロボロになってしまうが、この本は運良く綺麗なまま回収できた。

霖之助は思い出したように、気になっていたページを開いた。


『 恐怖!
 博物館動物園駅に佇む三人の女性の影!
 不自然な装束に身を包んだ三人と博物館の関係は…』


「やれやれ…。魔理沙には言わないでおくか」
鉄道の施設工事をしている友人から博物館動物園駅の様子を聞き、駅の存在を思い出した。
それまで存在を忘れていた駅は、どんな思いだったろう、そんな所から思いつきました。
房太郎
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コメント



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2.100名前が無い程度の能力削除
面白かった
こういう幻想入り一歩手前の廃墟寸前の場所が、現代にはいっぱいあるんでしょうね
11.60名前が無い程度の能力削除
魔理沙は常にかわいいね
23.80名前が無い程度の能力削除
取り壊されたのか、なくなったジャングルジムなんかも幻想入りしてるといいんだが。
面白かったです。
25.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
26.80竹者削除
よかったです
27.100名前が無い程度の能力削除
着眼点がよかったです! 面白かった!!
28.100南条削除
おもしろかったです
忘れられつつあった場所がまた現世に舞い戻るというテーマにグッときました
素晴らしかったです