注意:作品集85の「お気に入りだから」の設定を引き継いでいます。
平凡な日常を返してくれ。
見慣れた筈の香霖堂を前にして、白黒魔法使い――霧雨魔理沙はかつてないほどの緊張を強いられていた。
日常は日常であるからこそ価値があるのだ、非日常なんてまっぴらだと思うまでに、今の彼女は追い詰められている。
それは、香霖堂から漏れ出てきた誰とも知らぬ少女の声から始まった。
「店主さん、私を……ここにおいてくれないかな」
今にも消えてしまいそうな儚げな声に、扉に手をかけていた魔理沙は硬直する。
落ち着け、と深呼吸。
不意打ちに驚いてしまったがこれはあれだ、誰かが香霖堂で雇ってもらえないか頼んでいるだけだ。
早とちりだぜ、と乾いた笑いを上げようとして――。
「もうね、私疲れちゃったんだ」
凄まじい速さで、入口に耳を押し当てた。
ミニ八卦炉の調子を見てもらいに来たのだが、とんでもない場面に出くわしてしまった。
声はうら若き女性のもので、内容も穏やかとは言えない。
こんな辺鄙な古道具屋に来る奴がいたかと頭をフル回転させる。
霊夢は確かによく訪れるが、こんな守ってあげたくなるようなか弱い声は出さないだろう。
外の品があるため早苗も客として来ているらしいが、それとも違う。
スキマ妖怪かと思ったが、これはもっと年若い少女の声だ。
つまり、聞きなれた知り合いに該当者なし。
おそらく人里の誰かが、物好きにも一目惚れでもして追いかけてきたのだろう。
「お願いだよ」
思い詰めた声音に、ごくりと喉を鳴らす。
ドア越しでも、声の主が本気なのは伝わってくる。
ここにおいてくれないか――これは、やはり、そういう意味なんだろうか。
頬を紅潮させ、だが知らず眉間にしわを寄せて、聞き耳を続行。
「駄目……かな」
せつなげな少女の声に、可哀相にと同情する。
魔理沙の知っている森近霖之助という男は、客にこそ親切にするが、それ以外には冷たいところがある。
幼い頃から、その人となりを知っている彼女には、この後の展開が予測できた。
気持ちは有難いけど客じゃないならお帰りはあちらだよ、などと冷淡に断るのだろう。
少女には悪いとは思いつつも、心のどこかで安堵して――。
「君はそれでいいのかい?」
気遣いを感じさせる声音に、心臓が跳ねた。
店主は言ってしまえば色恋沙汰には興味がない朴念仁だ、それは小さい頃から傍にいた魔理沙が身を持って知っている。
今の会話のように、知り合って間もない女性を気にかけるなど異例もいいところだ。
まさか知らないところで、この声しか分からない少女とよろしくやっていたのだろうか。
「うん、ここで新しくやり直したいの」
「だったら止めはしないよ」
血の気が失せた顔を強張らせる。
朴念仁が服を着たような香霖が、女性を受け入れる?
いや、いやいやいや、ないだろうそれは。
別に香霖をどうこう思ってはいないし、好きとか愛してるだとかの浮ついた感情を持ち合わせていないのだが。
「ほんと!? よかったあ、断られたらどうしようかと思ってた」
それなのに――何故かいらいらする。
香霖が誰かと一緒になる。
たったそれだけの事が、魔理沙の心をざわつかせる。
有得ない話ではないのだ、たんに物心ついてからの十数年浮いた話がなかっただけだ。
香霖が幸せになるなら、ただの妹分は祝福してあげるべきだと、邪魔をしないよう黙って立ち去るべきだと、覚束ない足取りで後ずさるが。
「僕にとっても悪い話じゃないさ、今日からここにいるといい」
――やはり我慢出来そうにない。
今まで自分がいた居場所に、他の誰かが当たり前のようにおさまる。
それが、嫌で嫌でたまらなくて。
「香霖、いるか!」
気付いた時には、香霖堂の扉を感情の赴くままに開け放っていた。
店内は薄暗く、目が慣れるのに時間はかかったが、驚いたように魔理沙を見る二つの人影はすぐに見つけることが出来た。
どすどすと足音も荒く近寄る白黒魔法使い。
カウンターの向こうで椅子に座っているのは銀髪に眼鏡の青年――森近 霖之助。
もっとも、魔理沙は香霖と呼んでいるが。
「なんだ魔理沙か、そんな大声を出さなくても僕は逃げないよ」
「そりゃ悪かったぜ」
それよりも、と警戒しながら謎の人物に目をやる。
件の少女は、カウンターを挟んで店主と向かい合っていた。
小柄で青髪、綺麗というより可愛いという言葉が似合いそうな、小動物っぽい少女。
まじまじと観察する魔理沙を、不思議そうに見返す左右色違いの瞳に既視感を覚えたが、もやもやした感情がそれを打ち消す。
いや、店主のことなどなんとも思っていないのではあるが。
「そちらさんは初めましてかな、私は霧雨魔理沙、魔法使いだ。香霖とは幼馴染になる、いいか幼馴染だぜ」
「あれ、白黒にホウキっていえば……」
ぽっと出の少女に、知り合いを取られるのに抵抗があってか、つい強調してしまう。
僕は昔からこうだけど、そういうのも幼馴染というのかい、という苦情は黙殺した。
だが、少女は魔理沙の牽制を気にもせずに、思いもよらぬ答えを返す。
「初めてじゃないよ? ほら私だよ、唐傘お化けの多々良小傘」
そう言って、店主が手にしていた大きめの唐傘に手を伸ばす。
紫の唐傘、インパクトのある一つ目、ぺろんとした舌を見て魔理沙の記憶が蘇った。
そうだ、先日の化け傘少女だ、ということは。
クリアな答えを弾き出すと同時に、八卦炉を構えた。
「どいて香霖! そいつ妖か――」
「いいから落ち着け、それを言うなら僕だって半分妖怪だ」
「だってだって!」
「何があったか知らないが、彼女を傷つけるのは香霖堂店主として許さないよ」
「なんだって……!」
彼女は僕が護る、指一本触れさせないだと。
この2人がそんな深い関係だったなんて全然知らなかった、これじゃあ道化じゃないか。
「じゃあ、さっきのは聞き間違いじゃないんだな……」
「なんの話だ?」
「そいつが今日からここに住むって話だよ!」
店主は小傘と目を合わせると、気負いなく答える。
「なんだ聞いていたのかい、その通りだよ」
「ッ! ……いつからなんだ? いつからそんな関係に!」
「いや、いつからもなにも今日が初対面だけど」
「初対面でそこまで!?」
「こういうのは回数じゃないだろう」
恋に時間は関係ないとでも言うつもりか。
今まで積み上げてきた全てを否定された気がして、愕然となる。
誰よりも長く、誰よりも香霖の傍にいた事に優越感を持っていたのが馬鹿みたいだ。
繰り返し言うが、別に香霖のことなどなんとも思っていないのではあるが。
……いないのではあるが!
「は、ははは、なんだよ香霖、お前そんな趣味だったんだな、全然気がつかなかったぜ」
「どういう意味だい」
「だって犯罪だろ! そんな小さい奴が好きだったなんて知らなかったぜ!」
「犯罪とはなんだ犯罪とは、人それぞれ好みというものがあるし、こういうのは大きさで価値が決まるものではないよ、それに僕からしたらかなり大きく見えるんだが」
店主が困ったように、少女の傘に目を逸らすのを見て絶望する。
今の今まで気付かなかった自分を全力で殴ってやりたい。
小傘に目をやると、そこには一昔前の彼女と同じ程度のものがあった。
ああ、そうだ、思えば彼は実家に来ていた頃はもう少し優しかった。
それが成長して香霖堂を訪れるごとに、その目は冷ややかさを増してきた。
「そうだよな香霖、お前昔は優しかったもんな、育ってしまった私が悪いんだろう?」
「今更ではあるが、昔と今で対応が違うのは君に問題があると思うんだが、主にうちの売り物を勝手に持ち出したり」
「言い訳なんか聞きたくない!」
つまり、店主はそういう嗜好だったのだ。
自分に与えられたチャンスは、幼かったあの頃だけだったというのに、なぜ時間なんていくらでもあるなんて思ってしまったのだろう。
いや待て、このことを化け傘少女は知っているのだろうか?
はっと気付き、オッドアイに問いかける。
「おい小傘、お前はこんな奴でいいのか!? 本当にこんな変態と住むつもりなのか!?」
「魔理沙、君とは一度腰を据えて話し合う必要があると思うんだが」
「香霖は黙ってろ! なあどうなんだ小傘!」
ちょこんと首をかしげた唐傘妖怪だが、やがて得心がいったのか返事を返す。
「私からお願いしたんだから、いいも悪いもないよ」
「だから、それを考え直せって言ってるんだよ! 私も知らなかったがこいつ真性の変態だぞ!?」
硬くて鋭いものはあったかな、と棚を探し始める香霖を尻目に、小傘は悲しそうに笑う。
「もうね、疲れたんだよ」
「……どういうことだ?」
「私ね、前に捨てられたことがあるの」
魔道書の角で頭を殴打されたような衝撃が魔理沙に走る。
その凄まじさは、このあいだ図書館でレアな魔法書を借りるのに失敗して身に染みて理解させられた。
「捨てられた……だと!?」
「うん、だからこそ今の私があるんだけど、もう疲れちゃって」
なんだこいつは、と魔理沙の喉が渇いていく。
こんな幼いなりで彼氏持ちだっただと、私ですら彼氏いない暦イコール年齢だというのに。
その見かけで重い過去を持っているなんて反則だ、香霖もこのギャップにやられたというのか。
ちくしょう、自分だって可憐な容姿に男勝りな言動というギャップがあるのに、それじゃあ駄目なのか。
「魔理沙、本当にどうしたんだ、少しおかしいぞ?」
いや、と決意をこめて首を振る。
まだだ、まだ終わってはいない。
諦めたらそれまでだ、香霖を真人間に戻す方法はきっとあるはず、そのためにも――。
「香霖!」
「はいはい、なんだい」
「私も今日からここで働くぜ!」
「……なんだって?」
答えは信じられないものを見るような唖然とした表情だった。
「正気かい? 手伝いが必要な店かどうかは君だってよく知っているだろう、客なんてほとんど来ないぞ」
「じゃあそいつはなんだよ! 小傘はいいってのか!」
「小傘君は特別だろう」
「とく……っ!?」
ショックで揺れる頭で、こいつらを二人っきりにはしておけないと決意を新たにして。
「とにかくっ! 私も働くんだーー!!」
怒髪天をつく勢いで魔理沙が声を張り上げ、そういうことにあいなった。
~ 少女着替え中 ~
さて、勢いで乗り切ったのはいいものの、予想通りというか。香霖堂は現在進行形で閑古鳥が鳴いていた。
店主は我関せずと難しげな本を読みふけり、ほったらかしにされている従業員は暇を持て余している。
ちなみに専用の制服などあるはずもなく、着替えといっても白い前掛けをつけただけなので、外見は変わっていなかったりする。
「こーりーん、なんかやる事ないのか? すげー暇なんだけど」
「ないね、売り物を壊したり盗んだりしなければ何してても構わないよ」
奔放極まりない労働条件だが、さもありなん。
元々一人で十分だったところに人手が増えたとて、仕事が増えるわけでもない。
そもそも従業員といったところで、労働時間は魔理沙の気が済むまで、給金はなしで昼食夕食の現物支給と、普段入り浸っている時とさして変わらなかったりする。
小傘とも何か話し合っていたようだが、特別な仕事が与えられている様子もない。
開始早々やることがなくなった魔理沙は、なにやら熱心に唐傘の手入れをする小傘に目をやった。
「しかし、お前も物好きだよな、まさかお前が、そのなんだ、香霖とそんな関係とは思わなかったぜ」
「そういうって……ああ、ここにおかせてもらうこと?」
あっけらかんと答える小傘に、嫉妬のようなものを覚える。
これくらい素直だったら、ひょっとしたら香霖との関係も何か変わっていたのだろうか。
「実はある人が教えてくれたんだ、ここなら私の新しいご主人様が見つか……」
「ご、ごごご主人様!?」
聞き捨てならない台詞に引きつった叫びを上げると、香霖を睨む。
「香霖! お前こんな小さな子にご主人様とか言わせて悦んでるなんて、そこまで落ちたのか!!」
「魔理沙、騒ぐなら出て行ってくれ、あと濡れ衣だ」
視線すら合わせず、親指で外を指されて怯むが、ここは譲れないとばかりに、ふしゃーと猫のような威嚇音を立てる。
店主はそんな魔理沙を煩わしそうにあしらっていたが、何かに気付いたのか本から目を上げた。
「それよりお客さんだ、接客くらいしたらどうだい」
「なに?」
慌てて入り口を見るが人影はない。
騙されたかと思う魔理沙だが、微かな足音がその耳に聞こえてきた。
伊達に長年店を構えているわけではないらしい。
ややあってノックもなしに扉を開ける紅白の巫女が目に入る。
泣く子も黙る博麗の巫女――博麗霊夢だ。
「こんにちは霖之助さん、ずいぶん賑やかね」
「やあ霊夢、ツケを払いに来てくれたのかい、ありがとう」
「生憎手持ちがないのよね」
「手持ちがないのに買い物に来るのは、いい加減やめてもらいたいんだが」
半眼の店主が苦情をだす。
顎に手を当て考え込む霊夢だが、閃いたとばかりに笑顔になる。
「ほらよく言うじゃない、出世払いよ出世払い」
「巫女が出世して何になるのか興味深いよ」
「あら、どこぞの巫女は神になってたわよ、現人神だったかしら」
「是非ともその最終形になって、彼女のようにお金を払う立派なお客さんになってもらいたいね」
やれやれと首を振ると、店主は視線を本に戻した。
なんのかんの言いつつ霊夢や魔理沙を許しているのだから、彼も甘いのだろう。
ただし、ツケ帳はしっかりと頁を刻んでいるが。
「いいところに来た、ちょっと聞いてくれよ霊夢!」
「魔理沙、あんたの声外まで届いてたわよ、また何かやったの?」
「やったのは私じゃない香霖だ! こいつこんな子どもに御主人様なんて呼ばせて悦に浸ってるんだ!」
「何よそれ……ってあら、小傘じゃない」
「こんちは、霊夢」
知り合いかと視線で問う魔理沙に、ちょっとねと返す霊夢。
説明になっていないが、この巫女は大抵こんな感じだ。
「あんたが此処にいるってことは……」
「うん、霊夢に教えてもらったおかげで、私新しい居場所を見つけられるかもしれないよ、ありがとう!」
「あー…うん、良かったわね」
何故か気まずげに視線を逸らす霊夢を見て、ぴんと閃くものがあった。
「っておい、まさかこいつに香霖堂のこと教えたのって」
「私だけど」
「お前のせいかああああ!」
うるさいわねえと煩わしげに手を振る紅白の巫女。
「何をそんなに騒いでるのよ、別に魔理沙に迷惑かからないでしょ」
「め、迷惑っていうか、こいつここに住むっていうんだぜ!」
「住む? ……ああ、そういうことになるのかしら、それがどうしたの」
「なんでそんなに落ち着いてんだよ! け、結婚前の男女が一緒なんてそんなの、どどどど」
「どらやき?」
「同棲だろ!!」
顔を真っ赤にしてふーふーと荒い息を吐く魔理沙。
霊夢はぽかんとしていたが、ややあって俯いて肩を振るわせ始めた。
「……っ」
「っておいこら何笑ってんだよ!」
「いや、珍しいものが見れたというか。そうね、そうなったら魔理沙は困るんだ」
「ふぇ!? こ、困るってわけじゃない! だけどいきなりじゃないか、もっとこう交換日記からとか!?」
こらえきれず噴き出した霊夢が、我関せずと本に没頭する店主に声をかける。
「霖之助さーん、魔理沙はこう言ってるけど?」
「面倒事はそっちで片付けてくれ」
「あらつれない」
いっそ清々しいまでに関わる気がない霖之助。
「まあそんなに気にすることないわよ、あんたが思ってるような事にはならないから」
「なんの根拠があるんだよ!」
「いいから私を信じなさいって……それにしても魔理沙がねえ」
ぐ、と詰まる。
これ以上この話を続けるのはまずい気がする、弱み的な意味で。
悔しいが話題を変えることにした。
「それで! 今日は何しに来たんだ」
「そんなに怒らないでよ、ちょっと探し物があって――」
「これなんてどうかな! ほら他じゃ手に入らない唐傘だよ!」
待ってましたとばかりにばかりに身を乗り出して、店の品を勧める小傘。
やはり油断ならない小娘だ、こうやって仕事ぶりを店主にアピールするとは。
というかそれ、お前の唐傘じゃないのかと突っ込みたいところではあったが。
「人の話は最後まで聞きなさい、あんた意外とたくましいわね」
「まあね!」
褒めてないわよと苦笑する霊夢。
「悪いけど、今日は新しい湯呑みを探しにきたの、傘はいらないわ」
「そっかあ……」
しょぼんと項垂れるのを見かねたのか、言葉を続ける霊夢。
「代わりと言ったらなんだけど、香霖堂に新しい傘が入荷されたって知り合いに伝えておくわよ」
「ほんと!? その知り合いって誰?」
「あー…元々の発案者というか、まあ悪い奴じゃないから」
「? よくわかんないけどいいや、霊夢のこと信じるよ!」
それを聞いて苦虫を噛み潰したようになる霊夢。
「えーっと、あのね小傘」
「なに?」
「……強く生きるのよ?」
「なにその不安を煽る台詞!?」
なんでもないと首を振ると、誤魔化すように湯呑みを選び始める霊夢。
釈然としない様子の小傘をおいて、魔理沙は今度こそ自分の番だとばかりに接客に乗り出す。
「おい霊夢、これなんかどうだ、キノコ柄だぜ」
「誰がそんな趣味悪いの使うのよ」
「そうか? 私は似たようなの使ってるぜ」
「たまにあんたの趣味が分からなくなるわ、いえ予想通りというべきなのかしら」
ぶつくさ言いながらもあれやこれやと相談するうちに、小雨が降る林の絵柄がついたものに落ち着いた。
「これにしようかしら」
「ん、決まったのかい、それならツケ帳につけて……」
「おいくらかしら」
霊夢の問いかけに魔理沙が固まる。
そっとカウンターを見ると、店主が幽霊を見たような顔をしている、どうやら気持ちは同じらしい。
「どうしたの? いくらかって聞いてるんだけど」
「……君がお代を払うなんて随分と久しぶりだね」
「失礼ね、私じゃなくて他の人が使うものなんだから、ちゃんと払うわよ」
「ああ、そういう区別をしていたのかい、できれば毎回払ってほしいものだけど」
納得が言ったとばかりに頷くと、値段交渉を済ませ、割れ物用の包装を始める霖之助。
「それにしても、前のやつは割ってしまったのかい?」
「そんな粗末な使い方してないわよ、最近神社に来るようになった奴がいるから、そいつ用にね」
ちらりと小傘を見る霊夢。
「また知り合いが増えた時には、うちに寄ってくれ」
「あら、霖之助さんにしては親切ね」
「お客さんにはね」
したり顔で頷く店主に苦笑いをみせ、礼を言って立ち去ろうとする霊夢。
「それじゃあね、大事に使わせてもらうわ」
「あれ、霊夢もう帰っちゃうんだ?」
「なんだ、もっとゆっくりしていけばいいだろ」
「ちょっと用事が出来たからね、それにあんたとはいつも会ってるでしょうが」
またね、と言うと魔理沙と小傘にひらひらと手を振る。
用事とやらに興味はあったが、まさか従業員が着いていくわけにもいかず、小傘とニ人で並んで見送ることにした。
「またな~」
「またね~」
即席姉妹のように異口同音に手を振る小傘を横目に、魔理沙が嘆息する。
悪い奴じゃないんだよなあ、と悩む白黒魔法使いであった。
~ 少女店番中 ~
「……あれから誰も来ないね」
「……店員になってみると、こんなに客が来なくてやっていけるのか不安になるよな」
「そう思うならツケを払ってくれないか」
「前向きに検討だけしておくぜ」
霊夢が去ってはや数時間、新たな客を迎えることもないまま、既に日は傾きかけていた。
今日は閉店かと呟く魔理沙の耳に、こんこんという聞きなれない音が飛び込んでくる。
ノックをしてから扉を開けるという、香霖堂の常連とは思えないほどの礼儀正しさで来訪したのは、ヘビとカエルの髪飾りをつけた風祝だった。
「ごめんくださ~い。霖之助さん、まだお店やってますか?」
「おや、いらっしゃい、よく来たね早苗君」
いつになく丁寧な応対に、魔理沙が怪訝な表情を浮かべる。
「おい香霖、私や霊夢とは態度が違わないか?」
「彼女はしっかりとお代を払うお客様、君たちは来るたびに売り物が消えるトラブルメイカー、それ以上の理由が必要かい」
「……いや、なんでもないんだぜ」
嫌な汗を浮かべて視線を逸らすと、風祝に声をかける。
「こんな時間にどうしたんだ早苗、お前んとこの神様の夕飯の準備とかいいのか?」
「下ごしらえは済ませてきましたから大丈夫です、それより霊夢さんに聞いて慌てて来ちゃいました、なんでも珍しい傘が入ったとか」
そういえばそんな話してたっけか、と小傘を見ると。
「……なんでそんな複雑そうな顔してるんだ」
「え!? いやなんでもないよ!?」
そこには、商品棚に並べていたはずの唐傘を抱きかかえ、じりじりと後退りする小傘がいた。
そんな小傘に目をとめて早苗が驚きの声を上げる。
「あら小傘さん、こんな所で会うなんて奇遇ですね」
「そ、そうだね、偶然だね」
「ふふ、ほんとですね。たまたま傘が欲しいと思っていたら、たまたま霊夢さんが教えてくれて、たまたま小傘さんに会えるなんて」
「偶然だよね!?」
「ええ、小傘さんが香霖堂のことを聞いたのも偶然に決まってます」
「謀られたーーー!?」
「人聞きの悪いこと言わないでください、たまたまじゃないですか」
にこりと笑うと、前置きもなしに店主と商談に入る早苗。
「それで霖之助さん、その傘は何処に?」
「小傘君が持っているのがそうだよ、ほらおいで」
「ぅああああ」
何がなにやらという魔理沙をよそに会話は続く。
ひょいっと唐傘を手に取り品定めをする風祝。
「大きさは申し分ありませんが、紫の傘なんて流行らないんじゃないですか」
「おぅふっ」
「いやいや、紫ってのは外じゃ高貴な色として知られてるらしいよ」
「でも、こんな目玉と舌が付いていたら使いにくそうです」
「ぅぐぅ」
「まあまあ、セットで付いてくる小傘君にさしてもらえば両手があくから、買い物にも便利じゃないかな」
「霖之助さんもお上手ですねえ」
そのまま値段交渉になだれ込む店主たちを呆然と見ていた魔理沙だが、はっと我に返る。
「ちょ、ちょっと待てよ香霖!」
「なんだい魔理沙、今取り込み中だよ」
「そうじゃなくて、どういうことだよ、そいつを売るって、そいつは、小傘は――」
店主たちの視線が魔理沙に集中する。
それを前にして叫んだ。
「お前の恋人なんだろう!?」
場が固まった。
香霖と早苗は怪訝そうに、当の小傘に至ってはぽかんとしている。
何故黙るんだと困惑する魔理沙を一瞥して、香霖が心底呆れたとばかりに嘆息する。
「様子がおかしいから、まさかとは思っていたんだが……」
「なんだよ、だって小傘と一緒に暮らすんだろ!?」
「なんでそんな……っておい、落ち着け早苗君、スペルカードを持ち出すな!」
本気で焦っている店主の横で、えーと、と控えめに小傘が挙手する。
「新しい持ち主を探すために、道具屋さんにおかせてもらおうと思っただけなんだけど」
「僕は場所と機会を提供して、無事に売れたら一割もらう約束だ」
勘……違い……?
半信半疑のまま香霖との会話を思い出す。
「でも香霖って小さい子が好きな特殊な人なんだろ!? 小傘でも大きいぐらいだって言ってたじゃん!」
「誰がだ誰が! あれは唐傘のことを言ったんだ!」
ずささっと距離を取る風祝と化け傘に慌てたのか、珍しく必死に霖之助が弁解する。
「じゃ、じゃあご主人様ってのは」
「僕が知るはずないだろう、彼女は付喪神だから、持ち手のことをそう呼んだんじゃないか」
こくこくと頷く小傘を見て、それが正しいと分かる。
がくりと肩を落とし、手近の椅子に座り込む。
凄まじい脱力感が魔理沙を襲った。
「それならそうと早く言えよ……」
「勝手に勘違いしたのは君だろう」
これで話は終わりとばかりに、店主が交渉を再開する。
「さてお値段のほうだけど、こんなところでどうかな」
「うーん、そうですねえ……」
「ひぃぃぃ」
小傘の悲鳴を聞きながら、もう好きにしてくれと投げやりな魔理沙だった。
~ 少女ドナドナ中 ~
結局、小傘の持ち主は早苗になった。
ある晴れた昼下がり、悲しそうな瞳で売られていく小傘をハンカチを振って見送る。
一時とは言え同じ戦場に在った友だ、せめて幸せになってくれと投げやりに祈っておく。
まあ、あの風祝も小傘のことが嫌いなわけではないのだろう、もし悪意があれば霊夢が協力するはずがないし。
それに香霖堂に単身乗り込む行動力溢れる唐傘お化けのことだ、早々に脱走しそうな気もする。
深いため息をついて、カウンター脇の椅子に座り込む。
「なんか、すごい疲れたぜ……」
「君の場合、半分以上自業自得だろう」
「うるさいな」
カウンターの向こうで黙々と本を読みふける店主を睨む。
だが、いつもと変わらないその姿に毒気を抜かれて、こてんと卓上に頭を転がして香霖を見る。
黄昏の光がさしこむ店内は不思議な空間を作り出していた。
赤く染まる、どこか物悲しさを感じさせる空間に感化されたのか、柄にもなく心細くなってしまう。
「なあ香霖」
「なんだい」
「今日さ、あいつが香霖と一緒になると思った時、私……」
なんであんなに苛立ったのだろう。
その答えを探すと、認めたくない答えに辿りつきそうになってしまう。
霧雨魔理沙は森近霖之助の妹分で、それ以上でも以下でもないのに。
「やっぱ、なんでもないんだぜ」
「……そうかい」
部屋に沈黙が降りるが、別に居心地が悪いものでもない、そのままじっと店主を見つめる。
と、夕日を使い本を読んでいた香霖が、ふと顔を上げて視線を合わせる。
「魔理沙」
「うん?」
「人には、それぞれ居場所があるんだ」
それがどうしたんだろうか。
「小傘君が自分の居場所を探していたように、それは他人に決められるものじゃない、経過はどうあれ、最後に決めるのは自分自身だ」
「あいつに選択権あったっけか?」
「本当に嫌な相手なら断っていいという約束は最初にしたさ、当たり前だろう」
あの時話し合っていたのは、その件についてらしい。
無愛想に見えるくせに、なんのかんので人の事ちゃんと考えてるよな、と苦笑する。
「だから魔理沙、君だって居たいと望む場所にいればいい、難しく考えることはないさ」
「……それくらい、分かってるさ」
「だったらいいんだがね」
そうだ、そんなことは分かっているのだ。
けれど、居たい場所にいたからといって幸せになれるとは限らない。
一時はそれでよくても、今回みたいに、ぐずぐずしていて居場所がなくなってしまっては意味がない。
前に進むのが怖くて、でも今の関係を壊すのも怖くて。
店主はそんな魔理沙にちらりと視線をやると、ああそうだ、と独り言のように呟く。
言い慣れていないせいか、本当に言い辛そうに。
「君がどう思っているかは知らないが、ここにだって君の居場所はあるんだよ、焦る必要はないと思うけどね」
予想外の言葉に、思わずまじまじと店主を見返す。
その、たった一言で心が温かくなり、知らず笑みがこぼれた。
「にあわねー…」
「はいはい、悪かったね」
照れる香霖という、世にも珍しいものが見れたので今日は良しとする。
そうだ、今はこれでいい。
好きとか惚れたとかいうのは、まだ自分には良く分からない。
でもいつか、この想いに答えが出る時が来るはずだから。
いや、答えが出るじゃない、答えを出してみせるんだ。
――だって私は、恋色魔法使いなんだから――
ニヤニヤしている俺が
焼もち魔理沙ごちそうさまです。
幼馴染ってええよなあああああああああ
その理屈でいくと、我が家には10人以上小傘がいることになるw
は兎も角登場人物が可愛いすぎて生きてるのが辛い
美味しく食べられちゃうんですね、わかります。
売られてゆーくーよー♪
とてもキャラが生きていて楽しめました。
ドナドナーw
ここで臨界突破した
ビニール傘から成ったから透明な小傘がいるんだよっ!
>「どいて香霖、そいつ妖か――」
が
「どいて香霖、そいつ殺せ――」
に見えた俺は病院に逝くべきだろうか?
どいてお兄ちゃん、そいつ殺せな(ry
こうですか、分かりません
霖之助も含め、かわいい
すごく良い雰囲気ですよ
ニヤニヤしてしまった
>世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだよ。
名言をそんなことに使うなww
あと脱走に至る経緯を詳しくwww
ハーレム物は駄目な自分にはも、このくらいがちょうどいいです
不器用な優しさがまるでした
マリサは乙女だなぁ・・・
ああくそ、魔理沙可愛いなあ
何を言ってるかわからねえと思うが(ry
世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだよ。
お互い素直じゃない幼馴染っていいなぁ
スペカを取り出す早苗さんにもニヤニヤ
そして小傘ちゃんかわいい!
羨ましすぎだろ霖之助・・・
これはしばらく鏡を見れそうにない。
魔×霖はジャスティス!!