あの日の夜は、ただ空気が澄んでいて、星が綺麗で、寒いのに、空高く飛んでみたくなるような、ありふれた冬の日だった。
冬は星が一番綺麗に見える季節だ。
明るい星が多いのも理由の一つだけれど、しんしんと積もった雪が、色んな音を掻き消してくれるのも、一つの要因だろう。
星を見ると言うのは、単に目が開いていれば良い訳でなく、まず意識を傾ける事が大事だ。
耳を澄ませば、星の音さえ聞こえてくるような――。
そんな集中力が大事なのだ。
――と言うと、いかにも堅苦しい感じだけれど、星に心を奪われてしまえば、然程難しく無い事が判る。
気になるのは、身を切るような寒さだけだ。
「う~、流石に寒いぜ……」
マフラーを巻いても、厚手の手袋をしても、まだまだ寒い。
箒に跨り、空を飛んでいる状況では、手持ちの火炉で暖をとる事も出来ない。
防寒の魔法があるなら、どれだけ便利だろう。
今度、研究してみようかな。
「……あ、しまった」
寒さに意識を囚われて、視界の端を掠める流星に気が付くのが遅れた。
ああ、これだから星を見るのは難しい。
私が一番見たい星。
そいつはどこからともなく現れて、どこへともなく消えて行く、夜空の主役、流れ星なのだ。
流れ星が多い日と言うのは、一年の間で大体決まっていて、その時期さえ知っていれば確実に見るのは難しく無い。
この日は、そんな時期ではなかったが、星が見たくなるような日だった。
普段、星を見るときは、屋根や木の上や、香霖堂や神社の縁側だとか、あるいは温泉に浸かりながらとか、もっと腰を据えて見る。
後で思い返してみると、やはり運が良かったんだろうな。
空を飛んでいたと言う状況もそうだし、飛んでいた方角も、時間も、地上に雪が積もっていた事も、何もかもがぴったりはまった結果なのだから。
そいつは突如として、私の前方に現れた光だった。
「あ!」
私は興奮で、胸が高鳴るのを感じた。
流れ星の中には、稀に長時間消えず、夜空を明るくするほど輝くものがある。
こいつはまさにそれで、火球と呼ぶものだ。
毎日のように空を眺めてはいるが、今までに火球を見たのは、ただの一度きり。
それも私が本当に幼い頃、まだ人里にいた頃の話だ。
けれども、あの時の光景は今も私の脳裏に焼きつき、離れない。
「こっちに……来る?」
火球は満月よりも明るく輝き、真っ直ぐに、こちらに向かう軌道で飛んでくるように見えた。
――いや、気のせいではない、間違いなくこちらに向かって飛んで来ている!
このままでは、自分にぶつかってしまうのではないだろうか。
そう錯覚させてしまうような、力強い輝きと速さ。
例え直撃しようとも、私は最後まで目を離す事が出来なかっただろう。
「わぁ……」
火球はやがて、輝きと勢いを失いつつ、右手の空を落ちていった。
「……隕石!」
私は小さな身体を全部を使って、思い切り右に旋回する。
姿勢が安定するまでの時間が、長く感じられるほど、私の神経は研ぎ澄まされていた。
思い切り前につんのめって、両手でしっかりと箒の柄を握りしめ、隕石の飛んでいった方向に向けて、飛び出す。
たなびくマフラーが邪魔で、つるつると滑る柄に合わぬ手袋が邪魔で、途中で脱ぎ捨てながら、全速力で飛び続ける。
危うく、お気に入りの帽子にまで手がかかり、はっとしたところで、少し落ち着きを取り戻す。
振り向いた時には、既に火球も尾も消え失せて、脳裏に焼き付いた軌跡だけが頼りだったのだが、自分でも驚くほど正確に落下地点を見極める事が出来た。
何の変哲も無い、雪の積もった草叢の中に落ちた流れ星は、辺りの雪を少しだけ吹き飛ばして、私を待っていた。
白菜のお新香に御飯、それに熱燗にした日本酒。
質素にして、贅沢な、夕食の時間である。
僕の身体は半分が妖怪であるため、生きるために食事は必要で無い。
だからどんなに質素でも、食事とは人間のそれより贅沢な行為であり、一口一口を噛み締めながら、ゆっくりと愉しまなければいけないものだ。
困った事に、そんな大切で、守られるべき時間を壊してくれる存在が居る。
突如として、バタンと言う、ドアを慌しく開く音が響き、僕は溜息を吐いた。
「香霖! 見てくれ、これを!」
「そんな大きな声出さなくたって判るよ、一体何事だい、魔理沙」
店先に出ると、寒さで耳を赤らめた魔理沙が、ドアも閉めないで、興奮した様子でたっていた。
よほど急いで来たのか、口を開けて、呼吸を荒げている。
「何事か判らないけど、せめてドアは閉めてくれないか。暖気が逃げてしまうよ」
「あ、ああ、うん、そうだな。冷えたからストーブ借りるぜ」
魔理沙は今思い出したかのように、ドアを閉めると、腕を組み、身体を縮こまらせて、ストーブの方へと向かう。
人間の身体は妖怪ほど頑丈ではないのだから、もう少し自重と言う言葉を覚えても良いだろう。
僕は一旦奥に戻り、熱燗にした酒を持っていってやった。
「ほら、これを呑んで温まりなさい」
「ん、ありがと。香霖もたまには気が利くな」
「それで、何を見てほしいんだ?」
魔理沙は御猪口に口をつけて、一口飲むと、満足そうに笑みを浮かべ、こっちを向く。
「さっきのあれ、見たか?」
「あれ、と言われても、何の事だかさっぱり判らないが……」
「なーんだ、見逃したのか。こんな店に引き篭もってるせいだな。たまには外に出るといいぜ」
「……こんな寒い日に、用もなく出歩くわけないだろう」
「ああ、本当に残念だ。香霖にも見せてやりたかったな。凄いものだったのに」
魔理沙は得意気な顔をして、へへっと軽く嫌味に笑う。
余程凄いものを見たのか、まだ酔ってもいないのに、やたら上機嫌な魔理沙に、僕は少しだけ悔しさを感じた。
「鱗を見たんだ」
「鱗?」
「いつか私に言ってただろう? 天龍の鱗だよ。夜空をさ、太陽みたいにばぁーっと明るく照らして、私の横を飛んで、なんと近くに落ちたんだ」
「なんだって!」
目を見開かずにはいられなかった。
地上に落ちてくる流星は極めて少ない。
ましてそれが近くに落ちるだなんて、一体どれだけ貴重な体験だろうか。
千年を生きた妖怪だって、そんな経験をしたものは少ないに違いない。
流星に憧れる魔法使い――魔理沙のもとへ落ちてきた事に、因縁めいたものを感じずにはいられない。
「そいつを拾ってきた。これで願い事も叶え放題だ」
「そう言うのは、一個につき一つまでだよ、魔理沙。じゃないと狡いじゃないか」
「初めて聞いたぜ、そんな事。子供みたいなルールを持ち出すなよ」
いかにも魔理沙らしい発想に、僕は苦笑する。
しかし確かに、願いが一つ叶ったに違いない。
でなければ、こんなに嬉しそうな魔理沙の顔は中々見れないだろう。
「ところで、僕にもそいつを見せてくれないか」
「ああ」
魔理沙はスカートの中をがさごそと探り、拳二つ程の大きさの、黒い石を取り出し、僕に手渡す。
隕石は、ダイヤのように輝いている訳でもないし、エメラルドのように美しい色をしている訳でもない。
殆どの人間、妖怪は、まさに落ちてきたところを見なければ、ただの黒い石として、見逃してしまうだろう。
僕も職業柄、何度か隕石を取り扱ったことがある。
だから表面の特徴等の、最低限の判別法は知っているが、こうした機会でもなければ、本物であると断言する事は出来無い。
何年か前に、妖精が鳥居の描かれた石を、隕石だと言って売りに来た事があった。
妖精は愚かでイタズラ好きではあるのだが、裏を返せば捻りがなく、凝った嘘は吐けないものである。
まぁ、もしも偽物だったとして、チョコレート一枚と交換したものなので悔しくもないが。
「落すなよ」
「落ちてきたものだろう?」
「そりゃそうだけど、私の大事な宝なんだからな」
「判ってるって」
うん、重さはずしりと重い――と思う。
石の黒い表面は、隕石は地表に落ちてくる際に、燃え上がり、焼け焦げたもの――らしい。
そしてこの黒ずんだ表面は、ほんの薄皮一枚程度の厚さ――らしいが、こいつは割れていないので判らない。
「ああ、やはり天龍の鱗なのだろうな」
「ん、何か見つけたのか?」
「いいや、何も無いよ。見た目はまるで石ころだ。だからこそ龍のものだとしか考えられないんだ」
「なんでだ?」
魔理沙は目をぱちくりとさせ、少し興味ありげな顔をする
「幻想郷の創造神が龍だって事は、知ってるね」
「実物を見たことないから、いまいちピンとこないけどな」
「龍は大地を作り、天を作り、天に雲を浮かべて、雨を降らせた。雨は大地を流れ、川と海を作る。そしてこの大地とは、元々龍の身体の一部だったんだよ」
「ふうん。だから天から降ってきた石は龍の一部、って言うわけか。だとすると龍って相当でかくないか……?」
「ああ、でかいだろうね」
魔理沙の言う通り、本当の龍の大きさと言うのは、一般に想像されているものよりも遥かに巨大である。
成長した龍は、この星を一口で飲み込んでしまうほどに巨大だろう。
魔理沙が拾ってきた天龍の鱗も、恐らくは鱗の極々一部に過ぎない。
「龍の身体、か。じゃあ龍は何のために大地を作るんだ?」
「まだ判らないのかい? 以前に話した事があっただろう? 龍が生まれるために必要な、三つの『アマ』を」
僕は商品棚から、地球儀と呼ばれる、この星のミニチュアを持ち出す。
三つの『アマ』とは、即ち『天』、『海』、『雨』。
雷雨の中、海で産まれ、天に昇る。
龍が生まれるために必要な三つの条件である。
「この大地、この星は龍が子供を産み、育むために作られた珠。龍の卵なんだ」
「香霖が大袈裟なのは、いつもの事だが、今まで聞いた中で一番サイズがでかいな」
「だから龍は、幻想郷に博麗大結界が張られた時に怒ったのさ。大地は身を削って作った、自分の大切な卵だからね」
僕は地球儀を棚に戻し、天龍の鱗を、魔理沙の手に返してやる。
魔理沙は、その鱗の重さを確かめるように、手を上下に揺すっていた。
「なぁ、香霖。一つ頼みがあるんだが」
「なんだい」
「この隕石さ、なんかのマジックアイテムに出来無いかな」
「そりゃ出来無いことは無いだろうけど、とって置かなくていいのかい? やけに頓着がないね」
「そうだな、こいつが輝いているところはもう見ちゃったからな。放って置いても、二度は輝かないだろう?」
「だろうね」
「うん。虹みたいに、色んな色で光ってた」
そう言って、魔理沙は穏やかに微笑む。
そんな魔理沙を見ていると、その石が輝いている瞬間を見逃してしまった事が、改めて悔しいと思う。
魔理沙の何倍も長生きしている僕ではあるが、夜空を明るくしてしまうような、大火球にはまだお目にかかれていない。
「あの力が少しでも残っているなら、きっと強いマジックアイテムになるに違いないぜ」
「蒐めるだけの魔理沙が、使い道を考えるなんて、少しは成長したみたいだね」
「偉そうに言う香霖だって、似たようなもんじゃないか。まぁ、どんなアイテムにするかは任せる」
「……考えていたのはそこまでか。まぁ、魔理沙のお気に召すよう、努力はしてみるよ」
魔理沙が隕石の加工を頼まれたのは意外だったが、頼まれなければ、僕が申し出るつもりだった。
そこには隕石に対する単純な知的好奇心もあったし、道具職人としての血が騒いだと言う事もある。
作るものも、頭の中ではもう決まっていた。
龍の形を象った、魔法のステッキ。
一振りすれば、箒が踊り、水が溢れ、火が灯る、そんな魔法使いのためのアイテムだ。
魔理沙のステレオタイプな衣装にも、ぴったり合う道具だろう。
元が天龍の鱗だから、龍の形であるのは少し安直かもしれないが、破壊魔法ばかりでなく、色々な魔法を創造して欲しいと言う、僕なりのメッセージのつもりである。
(了)
冬は星が一番綺麗に見える季節だ。
明るい星が多いのも理由の一つだけれど、しんしんと積もった雪が、色んな音を掻き消してくれるのも、一つの要因だろう。
星を見ると言うのは、単に目が開いていれば良い訳でなく、まず意識を傾ける事が大事だ。
耳を澄ませば、星の音さえ聞こえてくるような――。
そんな集中力が大事なのだ。
――と言うと、いかにも堅苦しい感じだけれど、星に心を奪われてしまえば、然程難しく無い事が判る。
気になるのは、身を切るような寒さだけだ。
「う~、流石に寒いぜ……」
マフラーを巻いても、厚手の手袋をしても、まだまだ寒い。
箒に跨り、空を飛んでいる状況では、手持ちの火炉で暖をとる事も出来ない。
防寒の魔法があるなら、どれだけ便利だろう。
今度、研究してみようかな。
「……あ、しまった」
寒さに意識を囚われて、視界の端を掠める流星に気が付くのが遅れた。
ああ、これだから星を見るのは難しい。
私が一番見たい星。
そいつはどこからともなく現れて、どこへともなく消えて行く、夜空の主役、流れ星なのだ。
流れ星が多い日と言うのは、一年の間で大体決まっていて、その時期さえ知っていれば確実に見るのは難しく無い。
この日は、そんな時期ではなかったが、星が見たくなるような日だった。
普段、星を見るときは、屋根や木の上や、香霖堂や神社の縁側だとか、あるいは温泉に浸かりながらとか、もっと腰を据えて見る。
後で思い返してみると、やはり運が良かったんだろうな。
空を飛んでいたと言う状況もそうだし、飛んでいた方角も、時間も、地上に雪が積もっていた事も、何もかもがぴったりはまった結果なのだから。
そいつは突如として、私の前方に現れた光だった。
「あ!」
私は興奮で、胸が高鳴るのを感じた。
流れ星の中には、稀に長時間消えず、夜空を明るくするほど輝くものがある。
こいつはまさにそれで、火球と呼ぶものだ。
毎日のように空を眺めてはいるが、今までに火球を見たのは、ただの一度きり。
それも私が本当に幼い頃、まだ人里にいた頃の話だ。
けれども、あの時の光景は今も私の脳裏に焼きつき、離れない。
「こっちに……来る?」
火球は満月よりも明るく輝き、真っ直ぐに、こちらに向かう軌道で飛んでくるように見えた。
――いや、気のせいではない、間違いなくこちらに向かって飛んで来ている!
このままでは、自分にぶつかってしまうのではないだろうか。
そう錯覚させてしまうような、力強い輝きと速さ。
例え直撃しようとも、私は最後まで目を離す事が出来なかっただろう。
「わぁ……」
火球はやがて、輝きと勢いを失いつつ、右手の空を落ちていった。
「……隕石!」
私は小さな身体を全部を使って、思い切り右に旋回する。
姿勢が安定するまでの時間が、長く感じられるほど、私の神経は研ぎ澄まされていた。
思い切り前につんのめって、両手でしっかりと箒の柄を握りしめ、隕石の飛んでいった方向に向けて、飛び出す。
たなびくマフラーが邪魔で、つるつると滑る柄に合わぬ手袋が邪魔で、途中で脱ぎ捨てながら、全速力で飛び続ける。
危うく、お気に入りの帽子にまで手がかかり、はっとしたところで、少し落ち着きを取り戻す。
振り向いた時には、既に火球も尾も消え失せて、脳裏に焼き付いた軌跡だけが頼りだったのだが、自分でも驚くほど正確に落下地点を見極める事が出来た。
何の変哲も無い、雪の積もった草叢の中に落ちた流れ星は、辺りの雪を少しだけ吹き飛ばして、私を待っていた。
白菜のお新香に御飯、それに熱燗にした日本酒。
質素にして、贅沢な、夕食の時間である。
僕の身体は半分が妖怪であるため、生きるために食事は必要で無い。
だからどんなに質素でも、食事とは人間のそれより贅沢な行為であり、一口一口を噛み締めながら、ゆっくりと愉しまなければいけないものだ。
困った事に、そんな大切で、守られるべき時間を壊してくれる存在が居る。
突如として、バタンと言う、ドアを慌しく開く音が響き、僕は溜息を吐いた。
「香霖! 見てくれ、これを!」
「そんな大きな声出さなくたって判るよ、一体何事だい、魔理沙」
店先に出ると、寒さで耳を赤らめた魔理沙が、ドアも閉めないで、興奮した様子でたっていた。
よほど急いで来たのか、口を開けて、呼吸を荒げている。
「何事か判らないけど、せめてドアは閉めてくれないか。暖気が逃げてしまうよ」
「あ、ああ、うん、そうだな。冷えたからストーブ借りるぜ」
魔理沙は今思い出したかのように、ドアを閉めると、腕を組み、身体を縮こまらせて、ストーブの方へと向かう。
人間の身体は妖怪ほど頑丈ではないのだから、もう少し自重と言う言葉を覚えても良いだろう。
僕は一旦奥に戻り、熱燗にした酒を持っていってやった。
「ほら、これを呑んで温まりなさい」
「ん、ありがと。香霖もたまには気が利くな」
「それで、何を見てほしいんだ?」
魔理沙は御猪口に口をつけて、一口飲むと、満足そうに笑みを浮かべ、こっちを向く。
「さっきのあれ、見たか?」
「あれ、と言われても、何の事だかさっぱり判らないが……」
「なーんだ、見逃したのか。こんな店に引き篭もってるせいだな。たまには外に出るといいぜ」
「……こんな寒い日に、用もなく出歩くわけないだろう」
「ああ、本当に残念だ。香霖にも見せてやりたかったな。凄いものだったのに」
魔理沙は得意気な顔をして、へへっと軽く嫌味に笑う。
余程凄いものを見たのか、まだ酔ってもいないのに、やたら上機嫌な魔理沙に、僕は少しだけ悔しさを感じた。
「鱗を見たんだ」
「鱗?」
「いつか私に言ってただろう? 天龍の鱗だよ。夜空をさ、太陽みたいにばぁーっと明るく照らして、私の横を飛んで、なんと近くに落ちたんだ」
「なんだって!」
目を見開かずにはいられなかった。
地上に落ちてくる流星は極めて少ない。
ましてそれが近くに落ちるだなんて、一体どれだけ貴重な体験だろうか。
千年を生きた妖怪だって、そんな経験をしたものは少ないに違いない。
流星に憧れる魔法使い――魔理沙のもとへ落ちてきた事に、因縁めいたものを感じずにはいられない。
「そいつを拾ってきた。これで願い事も叶え放題だ」
「そう言うのは、一個につき一つまでだよ、魔理沙。じゃないと狡いじゃないか」
「初めて聞いたぜ、そんな事。子供みたいなルールを持ち出すなよ」
いかにも魔理沙らしい発想に、僕は苦笑する。
しかし確かに、願いが一つ叶ったに違いない。
でなければ、こんなに嬉しそうな魔理沙の顔は中々見れないだろう。
「ところで、僕にもそいつを見せてくれないか」
「ああ」
魔理沙はスカートの中をがさごそと探り、拳二つ程の大きさの、黒い石を取り出し、僕に手渡す。
隕石は、ダイヤのように輝いている訳でもないし、エメラルドのように美しい色をしている訳でもない。
殆どの人間、妖怪は、まさに落ちてきたところを見なければ、ただの黒い石として、見逃してしまうだろう。
僕も職業柄、何度か隕石を取り扱ったことがある。
だから表面の特徴等の、最低限の判別法は知っているが、こうした機会でもなければ、本物であると断言する事は出来無い。
何年か前に、妖精が鳥居の描かれた石を、隕石だと言って売りに来た事があった。
妖精は愚かでイタズラ好きではあるのだが、裏を返せば捻りがなく、凝った嘘は吐けないものである。
まぁ、もしも偽物だったとして、チョコレート一枚と交換したものなので悔しくもないが。
「落すなよ」
「落ちてきたものだろう?」
「そりゃそうだけど、私の大事な宝なんだからな」
「判ってるって」
うん、重さはずしりと重い――と思う。
石の黒い表面は、隕石は地表に落ちてくる際に、燃え上がり、焼け焦げたもの――らしい。
そしてこの黒ずんだ表面は、ほんの薄皮一枚程度の厚さ――らしいが、こいつは割れていないので判らない。
「ああ、やはり天龍の鱗なのだろうな」
「ん、何か見つけたのか?」
「いいや、何も無いよ。見た目はまるで石ころだ。だからこそ龍のものだとしか考えられないんだ」
「なんでだ?」
魔理沙は目をぱちくりとさせ、少し興味ありげな顔をする
「幻想郷の創造神が龍だって事は、知ってるね」
「実物を見たことないから、いまいちピンとこないけどな」
「龍は大地を作り、天を作り、天に雲を浮かべて、雨を降らせた。雨は大地を流れ、川と海を作る。そしてこの大地とは、元々龍の身体の一部だったんだよ」
「ふうん。だから天から降ってきた石は龍の一部、って言うわけか。だとすると龍って相当でかくないか……?」
「ああ、でかいだろうね」
魔理沙の言う通り、本当の龍の大きさと言うのは、一般に想像されているものよりも遥かに巨大である。
成長した龍は、この星を一口で飲み込んでしまうほどに巨大だろう。
魔理沙が拾ってきた天龍の鱗も、恐らくは鱗の極々一部に過ぎない。
「龍の身体、か。じゃあ龍は何のために大地を作るんだ?」
「まだ判らないのかい? 以前に話した事があっただろう? 龍が生まれるために必要な、三つの『アマ』を」
僕は商品棚から、地球儀と呼ばれる、この星のミニチュアを持ち出す。
三つの『アマ』とは、即ち『天』、『海』、『雨』。
雷雨の中、海で産まれ、天に昇る。
龍が生まれるために必要な三つの条件である。
「この大地、この星は龍が子供を産み、育むために作られた珠。龍の卵なんだ」
「香霖が大袈裟なのは、いつもの事だが、今まで聞いた中で一番サイズがでかいな」
「だから龍は、幻想郷に博麗大結界が張られた時に怒ったのさ。大地は身を削って作った、自分の大切な卵だからね」
僕は地球儀を棚に戻し、天龍の鱗を、魔理沙の手に返してやる。
魔理沙は、その鱗の重さを確かめるように、手を上下に揺すっていた。
「なぁ、香霖。一つ頼みがあるんだが」
「なんだい」
「この隕石さ、なんかのマジックアイテムに出来無いかな」
「そりゃ出来無いことは無いだろうけど、とって置かなくていいのかい? やけに頓着がないね」
「そうだな、こいつが輝いているところはもう見ちゃったからな。放って置いても、二度は輝かないだろう?」
「だろうね」
「うん。虹みたいに、色んな色で光ってた」
そう言って、魔理沙は穏やかに微笑む。
そんな魔理沙を見ていると、その石が輝いている瞬間を見逃してしまった事が、改めて悔しいと思う。
魔理沙の何倍も長生きしている僕ではあるが、夜空を明るくしてしまうような、大火球にはまだお目にかかれていない。
「あの力が少しでも残っているなら、きっと強いマジックアイテムになるに違いないぜ」
「蒐めるだけの魔理沙が、使い道を考えるなんて、少しは成長したみたいだね」
「偉そうに言う香霖だって、似たようなもんじゃないか。まぁ、どんなアイテムにするかは任せる」
「……考えていたのはそこまでか。まぁ、魔理沙のお気に召すよう、努力はしてみるよ」
魔理沙が隕石の加工を頼まれたのは意外だったが、頼まれなければ、僕が申し出るつもりだった。
そこには隕石に対する単純な知的好奇心もあったし、道具職人としての血が騒いだと言う事もある。
作るものも、頭の中ではもう決まっていた。
龍の形を象った、魔法のステッキ。
一振りすれば、箒が踊り、水が溢れ、火が灯る、そんな魔法使いのためのアイテムだ。
魔理沙のステレオタイプな衣装にも、ぴったり合う道具だろう。
元が天龍の鱗だから、龍の形であるのは少し安直かもしれないが、破壊魔法ばかりでなく、色々な魔法を創造して欲しいと言う、僕なりのメッセージのつもりである。
(了)
地球の数十倍、数百倍の恒星がゴロゴロしてる大銀河超ヤバイ。
でも本当にヤバイのは霖之助さんと魔理沙の相性だと思います。
意外ですが、妙にしっくりくるというか。
流れ星を見たくなる作品でした。
オリオン座流星群を見逃したので、ふたご座流星群に期待したいところ。
実に読みやすくて且つ楽しかったです。
丁度月を見ながら帰ってきた所なので、読後感が何とも言えない……
原作っぽい蘊蓄の語り方が上手くて惚れ惚れしてしまいます。
>>5
落ちてきたところを見た魔理沙がいるのに判別する必要はあるのでしょうか?
>>5
隕石は道具じゃないっていうのは理由にならない?
化石はアウトみたいだけど。
地中にまでめり込んでいる状態だったならばその土地の所有者の物になります
魔理沙かわいいよ魔理沙
流れ星みてぇ