Coolier - 新生・東方創想話

妹紅消失のミステリイ

2009/06/17 00:43:16
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 『妹紅消失のミステリイ』



 皆様! また幻想郷で、事件が起きたようですよ!

 幻想郷の住人たちと一緒に、その事件について考えてみませんか?

   ◇ ◇ ◇

 日はもう落ちて、外は墨汁みたいに暗かった。何故かといえば、この場所が竹林の奥深くにあるからで、たとえ昼間であろうと涼しげな影を作る場所であるからだ。

 そう、ここは永遠亭。竹林の中のオアシスみたいな場所である。竹林は人を迷わせ、妖怪をも迷わせる。迷ってしまった者は、永遠亭に辿り着くことになるだろう。そんな人達に、永遠亭の者は緑茶の一杯でも淹れてくれるだろうし、怪我をしていれば薬をもらうことだってできるのだ。

 鈴仙・優曇華院・イナバは師匠の顔をチラと見た。その師匠、八意永琳は苛立たしいような――それでいてまた、子を心配する親のような表情をしていた。蓬莱山輝夜が夕食の時間になっても帰ってこないのである。食卓には食事が湯気をたてて並んでいる。しかし永遠亭では食事は揃って食べるというのが習慣であるために、全員揃うまでは白米一粒食べることができないのである。

「遅いですね、姫様……」

 永琳は何も言わなかった。鈴仙は息苦しくなり、ちょっと永琳から離れた。

 ちなみに、永遠亭の住人は皆、輝夜のことを「姫」と呼ぶ。輝夜と永琳は幻想郷にやってくるまで、月に住んでいた。輝夜は月の姫であって、その名残で永琳は今でも輝夜を「姫」と呼ぶのだ。

「鈴仙。もう八時だよ」

「そうね。今日も妹紅さんと殺し合いをしてるんでしょう」

 因幡てゐはゆっくりとうなずいた。輝夜、永琳、鈴仙、てゐの四人が永遠亭の住人である。輝夜、永琳、鈴仙の間には主従関係が成り立っているが、てゐについてはそのような関係がなく、したがって彼女は割と拘束の少ない幻想郷ライフを送っていた。しかし自由という点で言えば博麗の巫女の右に出る者がないことは言うまでもない。

 ――玄関の扉が大きな音をたてた。姫のお帰りである。だが、姫の出迎えに行き、声を掛けるような気分の者は誰一人いなかった。

「ただいまぁ。いや、疲れたわ」

 輝夜は服を泥だらけにして帰宅した。食事ができていなかったら、確実に風呂に入るように言うだろう。そう鈴仙は思った。

「はい。食事ができています。温かいうちに食べましょう」

 永琳は笑ってそう言った。しかし鈴仙は見逃さなかった。笑顔を作る前に一瞬だけ見せた、恐ろしい顔を。永琳が怒っていることは、鈴仙から見れば明白だった。

 ――鈴仙は塩焼きの魚の骨を除いていた。永琳を聞き手に、輝夜はペラペラと喋っていた。輝夜の話が途切れたところで、永琳は言った。

「姫。今度、妹紅を私の部屋に連れてきていただけませんか?」

「え? どういうこと? まさか――」

「いや、姫。何か誤解されてますか? ――不老不死といえど、健康診断は必要です。もし感染病などを持っていたら、幻想郷は大変なことになりますし」

 輝夜の顔が、驚きから安堵の表情に変わった。

「何で私が――。ま、いいわ。何時がいいのかしら?」

 永琳は、健康診断の日と時間を輝夜に伝えた。

「――それと、診療所の入口の辺りに花を咲かそうと思うのよ。花の美しさは、病人の心に良い影響を与えるわ。鈴仙――いや、てゐにお願いしようかしら。花のタネが届いたら、すぐに埋めてちょうだい」

 それは名案だと鈴仙は思った。診療所の前に花が咲くことを想像すると、鈴仙の心は躍るようだった。

 てゐは永琳を見て、頷いた。

   ◇ ◇ ◇

 藤原妹紅は永遠亭に向かっていた。永琳が健康診断をするらしく、不死なのだから健康診断など必要ないと思ったが、上白沢慧音が行ってこい、行ってこいと激しく言うものだから、仕方なく来ているのである。もちろん、永遠亭には輝夜がいる。妹紅が来ていると知れば、殺しに来るに決まっているのだ。妹紅は今、敵陣に攻め入る武将のような気持ちになっていた。

 ここで二点、説明を入れる。

 まず、輝夜と妹紅の関係について。昔の話ではあるが、妹紅はある理由から、輝夜に恨みを抱いていた。しかし、お互いに死ぬことがないために、もはや殺し合いが習慣となってしまったのだ。長い時が経ってもその関係に変化はなく、まさしく犬猿の仲なのである。

 それから、慧音について。簡単に言えば、慧音は妹紅の親友である。作った料理を持っていったり、話し相手になったりしている。そう、要するに世話焼きなのだ。妹紅も、慧音の真っ直ぐな性格が好きであったから、困った時は素直に慧音を頼っていた。

 話は永遠亭に戻る。妹紅は竹林を抜けて、永遠亭に到着した。鈴仙が永遠亭の前で妹紅の到着を待っていた。

「妹紅さん、こんにちわ。――では、診療所までご案内致します」

「ああ、頼む」

 永琳の診療所は、鈴仙たちが普段生活をしている場所とは若干異なった位置にある。「別館」というイメージだ。そんな造りになっているのは、患者と住人が一緒になるのがやはりよろしくないからである。

 鈴仙は扉を開けた。その扉は、嫌な音を出した。扉の先には長い廊下が伸びていて、その廊下を真っ直ぐ進むと、また扉にぶつかることになる。その扉を開けると、そこに永琳診療所があるのだ。鈴仙は廊下を指さして言った。

「この廊下の先が診療所です。廊下は真っ直ぐで、分かれ道もありませんので、たとえ妖精でも迷うことはありません。――それと、扉は強くノックして下さいね。師匠は集中しているとノックが耳に入りませんから」

「おう、ありがとう」

 鈴仙は、妹紅の後ろ姿を見送った。白銀の長い髪は、妹紅が歩く度に左右に揺れた。鈴仙は目の前の扉を閉めた。

「わっ、姫様! いらっしゃったのですか」

 輝夜がいきなり、建物の陰から現れたのだ。どうやら妹紅を見に来たようだ。犬猿の仲といえど、相手が現れたらその様子を見に来たりする。鈴仙には、そんな輝夜がかわいらしく思えた。

「ちょっと敵の様子を見に来たのよ。汝の敵を知れ、ってね。――健康診断は一時間かかるらしいわよ。まったく、長いわね」

「師匠から聞いたのですか?」

「そうよ。――あ、妹紅の迎えは、私がするから要らないわよ?」

 もし二人が、恨みなどなく、不老不死などでなく、普通の少女として出会っていたならば――。そう思うと、鈴仙はいつも残念に感じる。しかしそれを考えたところで、どうにもならないことは明白だ。

「わかりました。では、よろしくお願いしますね」

「任せなさい。じゃ、私は一時間ほど、ウォーミングアップしてくるわ」

 輝夜は肩をグルグル回しながら、自分の部屋に戻っていった。鈴仙は、輝夜を見つめていた。

 この一時間後、輝夜と妹紅の死闘が繰り広げられる――はずだったのだ。

   ◇ ◇ ◇

 輝夜は建物の陰に潜みながら、診療所の扉を見つめていた。妹紅が診療所に入ってから、すでに一時間と二十分が過ぎている。妹紅がもう帰ってしまった、という可能性はほとんどないのだ。何故なら、輝夜は用心に用心を重ねて、例の時間の二十分前からここにいるのだ。つまり、彼女はここに約四十分間立っていたことになる。そこまでできるのも、いかに妹紅を敗北させるかが彼女の関心事であるからだ。ちなみに輝夜には、妹紅を見逃していないと、自信を持って言い切ることができた。

「んん、おかしいわね。遅すぎないかしら?」

 これは輝夜の独り言であり、誰かが一緒にいるわけではない。輝夜は、診療所に向かう廊下の扉を開けた。扉は嫌な音を立てる。輝夜は、診療所の扉の前まで行って、耳を澄ましてみることにした。何故なら――想像してみることだ。永琳と妹紅が健康診断をしているところにいきなり入っていけば、どうなるか。「遅いわよ! 何分待ったと思ってるの!」とは、もちろん言えるわけがないのだ。

 長い廊下を進むと、扉が一つ。輝夜は音をたてないように注意しながら、診療所の扉に耳を近付けた。
 ――しかし診療所の中から話し声はない。この中で診断が行われているとは、どうにも思えない。輝夜は診療所の扉を開けた。

「姫、どうされました。そんなに真面目な顔なさって――」

 永琳はびっくりしたという表情で、輝夜を見た。誰でも、ノックなしに部屋に入られたら、そういった表情をすることだろう。しかし輝夜には、そのようなことを考える余裕はなかった。

「永琳。妹紅はいつ帰ったのよ?」

 永琳は輝夜の顔を見つめた。輝夜は、いつになく真剣な表情であった。

「およそニ十分前です。妹紅がここに来てから、ちょうど一時間後です。――そう言いませんでしたか? 姫が待っているだろうと思い、ちょうど一時間で終わらせたのですが――もしかして会えませんでしたか?」

 輝夜は自分の顔が引きつるのを感じた。彼女は反射的に診療所を見回した。診療所はきれいに片付いており、人が隠れるような場所はほとんどなかった。

「そう、会わなかったのよ! おかしいわ。わたしはその時間の前後二十分間、ずっと診療所に続く扉を見張っていたのよ。会わないはずがないわ」

 輝夜はこの部屋の中に妹紅がいると確信し、探し回った。永琳が妹紅を隠す理由がわからなかったが、とにかく探した。ベッドの下、棚の中、デスクの下――。この部屋は広くなかったため、すぐに部屋にいないことがわかった。ならば外か? 輝夜は、この部屋に一つだけある小窓を見た。小窓は、扉に向かい合って付いていた。開けることは可能だが、ここから人が出るのは、まず不可能と思われた。大きさはサッカーボールが通るか通らないか、ぐらいの大きさの小窓だ。永琳が口を開いた。

「姫。私はちょうど一時間で診断を終え、妹紅がこの部屋を出るのを見送りましたよ。ですから、いくら探しても妹紅が出てくることはあり得ません」

 輝夜は信じられなかった。彼女の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。

「じゃあ、どういうことよ――」

 輝夜の声はかすれていた。

「――妹紅は、そこの廊下で消えてしまったとでも言うの?」

   ◇ ◇ ◇

 妹紅が消えてから三日が経った。しかし、まだ妹紅は姿を見せなかった。輝夜は妹紅のことを心配していた。言っておくが、輝夜が妹紅の心配をするなんて、これほど珍しいことはないのである。

 永琳は、輝夜が妹紅を見逃した、という結論を出して、輝夜の言うことを信じなかった。それがやはり、ごく一般的な反応と言えるのだ。だが輝夜は、神か何かに誓ってもいいが、妹紅を見逃していないと、ない胸を張って言えるのだ。(「ない」は余計よ!)

 鈴仙やてゐにも、妹紅を見ていないかと訊ねたのだが、期待したような答えは返ってこなかった。

 まったく不思議である。あの廊下には、人が隠れるようなスペースはないし、もちろん秘密の通路のようなものもない。秘密の通路みたいなものについては、診療所の中についても同じことが言える。そして念のために言っておくが、妹紅はあいにく「廊下で消える程度の能力」を持ち合わせていないのだ。(それを持っていたら苦労はない)

 輝夜は永遠亭を出て、竹林の中に入っていった。そう、妹紅の住んでいる場所を訪れるつもりなのである。そこにもいなかったら、慧音を訪れようと思っていた。

 時間は流れ――そして今、輝夜は慧音の住居の前にいる。つまり、まだ妹紅は発見できていないのだ。輝夜は扉をノックした。

「慧音、いるかしら?」

 慧音は扉を開けて、客人の顔を見ると、その珍しい顔に驚いた。

「輝夜か、久しぶりだな。竹林まで来るとは珍しい」

 今日は槍でも降るんじゃないかと思うほどである。

「どうした。私に何か、用事があるのか?」

「――ここに、妹紅は来ていないわよね?」

「来ていないぞ。何かあったのか?」

 妹紅がいなくなったことを告げるべきか、輝夜は迷った。だがやはり、慧音は妹紅の消失とは無関係であると思われたし、何より慧音を刺激して面倒なことになるのも避けたかった。

「いや、いないならいいの。ありがとう」

 輝夜は、慧音の住居を離れた。だが永遠亭に戻る気にもなれず、輝夜はある場所に向かうことにした。不思議――異変と言えば、やはり頼りになるのは彼女である。

 輝夜はふと、何故自分はこんなことをしているのかと疑問に思った。だが、その答えはすぐに見つかった。自分がこれほど必死になれるのは、自分が妹紅のことをなくてはならない存在と認めているからなのだ。

 そして思った。なくして初めて、感謝し得るものがあるのだな、と――。

   ◇ ◇ ◇

 博麗神社はいつも平和である。ゆっくりとした時間が流れ、人々もその時間に身を任せる。そんな感覚である。

「永夜の月姫――これは珍しいわね! 私が生きている間に来てくれて嬉しいわ。どうしたのかしら?」
 霊夢は輝夜の訪問を歓迎した。霊夢が淹れてくれた緑茶を飲み、喉を潤すと、輝夜は溜まっていたものを吐き出すかのような勢いで話し始めた。

「三日前のことよ。まったく不可解なことが起きて――」

 霊夢は静かに、輝夜の話に耳を傾けていた。輝夜が詳細まで丁寧に説明するので、霊夢は質問をほとんど挟まなかった。

「――なるほどね。話は理解したわ。」

 霊夢は緑茶を飲み、煎餅を一枚食べると、それを緑茶で流し込んだ。彼女の動作はゆっくりとしたものであったが、彼女の脳細胞は活発に動いていた。霊夢は言った。

「妹紅は――」

 輝夜は霊夢を見つめ、喉をごくりと鳴らした。霊夢は、この不思議な出来事の中に解答を見つけ出したというのか。

「煙になったのよ。――診療所を出た妹紅は、あなたが扉の外で待ち伏せしているという可能性を考えた。その可能性は十分に高かったし、実際にあなたは待ち伏せていたのだから、妹紅の考えは当たっていたことになるわね。そうした理由は――わかるわね? あなたを困らすためよ。現にあなたは、私を頼るまでに困っている」

「煙? 妹紅が煙になれるなんて、知らないわ!」

「火を使うことができるなら、煙になることぐらいできそうなものよ。――廊下には煙が充満し、あなたが扉を開けた瞬間に、外に飛び出る。つまり、妹紅はあなたのすぐ横を通っていたのよ」
「でも! 煙の臭いなんてしなかったわ!」

「妹紅が診療所から出てこないことにより、あの時のあなたは少なからず動揺していた。そして、まだ妹紅が中にいるかもしれないから、中の音を聴くために、あなたは聴力に集中をしていた。そんな状況において、煙の臭いがしなかったと、自信を持って言い切れるかしら?」

「それは――そうね。煙の臭いはしていたのかもしれない――」

 輝夜の心には余裕があった。何故ならば、もし妹紅が自分の意思で消えたならば、すぐに現れるだろうから。

「だけど、良かったわ。本当に消えちゃったら、今までの仕返しができなくなってしまうものね」

 輝夜は神社で初めて笑いを見せた。しかし、それに対する霊夢の反応は厳しく、治りかけた傷を再びえぐるようなものだった。

「帰ってくればいいわね。これはあくまでも私の想像だけれど――おそらく妹紅は、自分が煙になれるかどうか、確信を持ってはいなかったと思うの。日常生活において煙になる必要なんて全くないでしょう? あの時、おそらく煙になったのは初めての試みじゃないかしら。よって、冷静に考えれば、戻ってこないという可能性もあり得るわ。扉から外に出た煙は、空気に混じってしまうでしょう? もちろん、妹紅には自信があったのだと思うけど」

「そんな――」

「そして、妹紅は三日間帰ってきていない。これは、どういうことかしらね? ――妹紅は、あなたを驚かせたかったのよ。ただそれだけ――」

 輝夜は霊夢に感謝の言葉を言い、博麗神社を出た。泣きそうになったから、急いで出てきてしまった。

 信じたくなかった。しかし、霊夢の話は、ちゃんと筋の通った話であった。輝夜は様々なことに思いめぐらし、涙を流した。

 ――その日の夜、博麗の巫女は星々の下を飛んだ。方向は、永遠亭を向いている。

   ◇ ◇ ◇

「姫様。お茶が入りました」

「ありがとう。入っていいわよ」

 鈴仙は輝夜の部屋に入った。輝夜は何をしていたというわけでもなく、ただどこか一点を見つめていた。その視点の先に、何があるというわけでもないのだが。

 それも仕方のないことなのかもしれない。妹紅がいなくなってから、すでに一週間が経っているのだ。鈴仙は、輝夜を見ているのが辛かった。「いつか、絶対に帰ってきますよ」とも言えなかった。そういった根拠のない言葉は、時に残酷である。

 ――廊下をバタバタと走ってくる音がする。その音からして、多分てゐだ。ここへ向かってくる。
「姫様! 妹紅さんが、帰ってきましたよ!」

 輝夜はものすごい勢いで立ち上がった。そして部屋を出て、廊下を走っていった。鈴仙、てゐもそれに続いた。

「妹紅!」

 妹紅は永遠亭の庭に立っていた。輝夜は笑って、妹紅に飛びついた。

「うお! 何だ!」

「戻って来たのね。ああ、良かったわ! これから会えなくなっちゃうかと思ったら、悲しくて悲しくて。もう、こんなことしないでちょうだい。――そうよ、憎しみ合って生きるなんて、辛いだけだわ。」

 鈴仙は二人を見て、泣きそうになった。今まで二人の死闘を見てきただけに、これほど嬉しい光景はないのだ。てゐも、鈴仙の横で、満足そうに頷いていた。鈴仙は辺りを見渡した。ああ、やっぱりいた。鈴仙は、嬉しそうに笑う永琳を見つけた。

 ――だが、妹紅は、意味がわからなかった。さっぱりだ! しかし、この幸せな雰囲気の中で言葉を発することはできなかった。その口から、あまりにも空気を読まない言葉が出てきそうであったから。妹紅は黙って、輝夜と寄り添っていた。

 輝夜は泣いていた。笑いながら、泣いていた――。

   ◇ ◇ ◇

 その日の夜である。

 博麗神社はいつも平和――なはずであるが、ここ最近、珍しい客が多いのだ。もちろん、珍しい客があったところで、博麗神社はおかまいなしに平和なのだが。

「永琳ね。待ってたわよ」

「霊夢、先日はありがとう。とてもいい結果になったわ」

 永琳が笑顔でそう言うので、霊夢もつられて笑顔になった。他人の嬉しい顔を見るのは、幸せなものである。

「ということは、二人の関係は良くなったのね。殺し合いはなくなったかしら?」

「いや、完全にとは言えないわね。だけど、多少はしてくれないと、逆に心配というものよ」

 霊夢は頷いた。永琳は満足げである。

「さて、そろそろ詳細を教えてほしいわ。もちろん、教えてくれるわよね?」

「あなたはもう、わかっているんじゃない? あなたの推理を、聞かせて欲しいわね」

「いいわ。永琳、あなたは、輝夜と妹紅の関係を良くするために、ある計画を考えだした。それは、妹紅を消失させ、妹紅の存在について輝夜に考えさせることが目的だった」

「そう。――輝夜と妹紅の関係について、補足をしておくわ。最初は妹紅の恨みから、殺し合いは始まった。だけど今は、妹紅は輝夜のことをとっくに許している。これは妹紅を見れば、容易にわかることだわ。しかし、習慣化された殺し合いは止まることを知らず、今はむしろ輝夜の方が好戦的だったのよ。――私は、輝夜さえ変わってくれれば、殺し合いはなくなると思ったわ。それで考えた結果が、今回の妹紅消失というわけね」

「あなた、『推理を聞かせてくれ』と言ったのに良く喋るわね。ま、いいけど」

 霊夢は不満げだったが、再び話し始めた。

「あなたは妹紅を、健康診断という理由で診療所に呼び出した。そして診断が一時間で終わることを輝夜に告げた。そうすることで、輝夜が一時間後、妹紅を待ち伏せしに来ると思ったのでしょう?」

「そうね。私は長年、姫と一緒にいるものだから、姫の性格は自分のことのように知っているのよ。姫が妹紅を待ち伏せすることは、まず確実と言えたわ」

 今回の計画は、この性格の把握なしには不可能だった。ある程度の行動パターンが読めたからこそ成功したのである。

「一つ質問があるの。診断が始まってから四十分の間――輝夜が待ち伏せを開始するまで――診療所の入口を見ていた者が、誰かがいたのかしら?」

「なるほど、それは輝夜から聞いていないのね。情報がなければ、推理はできない。しかしそのことが、妹紅消失と関係しているとは、姫は夢にも思わなかったのね。――いたわ。てゐが、花のタネを埋めていたのよ」

 ちなみに、てゐがちょうどこの時間に花のタネを埋めていたのは必然的なことであった。診断が始まる前に、タネが届いたと言ってあらかじめ用意していたタネを渡せばいいのである。

 永琳は、霊夢を見た。霊夢の眼が、輝いたように見えた。

「これで、私は一つの推理に辿り着いたわ! ――輝夜が神社に来た時、私は煙の推理を彼女に話したわ。しかし、真実はそうじゃない。診療所に来た妹紅は、注射をされた。その注射は麻酔であり、彼女は意識を失ったわ。そしてあなたは妹紅の体を解体し、布などでいくつかにまとめた上で、小窓から外に出したのよ。小窓はサッカーボールが通るか通らないかの大きさだと聞いているわ。サッカーボールが通るなら、人の頭は通ったでしょうね! 一時間という時間は、健康診断にかかる時間ではなく、妹紅の解体などにかかる時間だったの! あと、この計画には協力者がいたと思うのよ。それがおそらく慧音だわ。しばらくの間、妹紅を隠す必要があったじゃない? 永遠亭では誰かに発見される可能性が高いから、あなたは慧音を頼ることにした。例の二人の仲を良くしたい、という共通の目的を、慧音は持っていたからじゃないかしら」

 話はここで終わりそうになったが、言い忘れたことがあったようで、霊夢はさらに続けた。

「神社で輝夜の話を聞いた時、二つの可能性が考えられたわ。一つは今言ったこと。もう一つが、輝夜が待ち伏せを始める前に、妹紅が入口を通ったという可能性よ。しかし、これはてゐが花のタネを埋めていたことにより、潰れる可能性ね。ちなみにこのことは、神社では訊けなかったわ。理由はもちろん、煙の解決を目指していたからよ」

 永琳は霊夢をしっかりと見つめていた。霊夢はここで、話を終えた。

「私の推理は、こんな感じね」

「素晴らしいわ! ほとんど事実と違いないわね。――妹紅の解体だけれど、ああするしか方法がなかったの。麻酔がしてあったし、外に出した後、完全に死亡すると、ちゃんと生き返ったわ。生き返った妹紅に、後で状況を説明するからそこで待っているように言ったのよ。小窓は扉と向かい合う位置にあって、だから妹紅がいたのは永遠亭の裏。誰かがそこに来ることは、まずなかったわ」

「で、輝夜が部屋を調べた後、妹紅を慧音のところへ連れて行ったのね」

「そう――もちろん、姫が小窓から首を出しても見つからない場所に、妹紅はいたのよ? ――あなたが素晴らしかったのは、姫から話を聞いて推理をしただけでなく、その背景までを考えて、あえて間違った推理を姫に話したことよ。もし計画が姫に話されていたらと思うとゾッとするわね」

 そう言って、永琳はちょっと笑った。それから続けた。

「それと、その日の夜に私の部屋まで来て、そのことを話してくれたのも助かったわ。あなたには本当に感謝しているわ。ありがとう」

 霊夢は礼を言われ、若干照れたようであった。彼女は少し考えた後、こう言った。

「妹紅は、この計画を知っているの?」

「私は教えていないわ。だけど、慧音が伝えたかもしれないわね。もしくは自分で気づいたか。――でも妹紅はおそらく、その計画について知ったとしても、輝夜に話したりはしないわよ。何故なら、この結末を誰よりも望んだのは、妹紅であるに違いないからよ。私はそう思っているわ」
 
 読んでいただき、ありがとうございます。
 楽しんでもらえたでしょうか?

 私は一人でも多くの人が、かぐもこを好きになってくれることを願うばかりです。
丸ひ
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コメント



0.610簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
蓬莱人ならではの仕掛けですね
まあ何はともあれ関係改善出来てよかった
9.70名前が無い程度の能力削除
まあ小さい窓と書かれた時点で「バラしたか」とは思いました。
そこから仲直りまで持っていった着眼点は素晴らしいと思います。

ただけーねが生き返るとはいえ、むざむざ親友を見殺しにするのかという疑問があります。
13.100名前が無い程度の能力削除
かぐもこは大好きです。
推理小説も大好きです。

二人に必要なのはきっかけだけですよね。この話だと霊夢がいい味出してると思います。