さわさわさわ……。
春の心地良い風を感じながら、神社の縁側で博麗の巫女はお茶を啜っていた。
腋丸出しのその姿は、一見不届きで不真面目に見えるかもしれないが、風が一度吹くと彼女の綺麗な黒い髪がたなびき、腋を出すことによったなめかしさも相まって、見た者は誰でもその美しさに心惹かれ見とれてしまうことだろう。
そんな彼女、博麗霊夢にとって、掃き掃除の休憩時間は心休まる至福の時間だった。
そして、春の陽気のせいか眠気でうとうとし始めたとき、
「霊夢ー」
と、神社の上空から声が掛かった。
霊夢は気だるそうに顔を向けると、そこには箒に乗った黒白の少女が一人。言うまでもなく魔理沙である。
魔理沙は、よっと地面に降り立つと、縁側へと足を向ける。
「よっ!遊びに来てやったぜ」
「折角来てもらって悪いけど、私は眠いから寝させてもらうわ」
「おおっ!霊夢の寝顔を見放題って事だな」
「あんたねぇ……」
折角いい気分で眠れそうだったのに、こんな騒がしいやつが隣にいたんじゃ眠れるものも眠れない。
霊夢は寝ている時に急に起こされたときのような苛立ちを感じながら、魔理沙のお茶を用意する。
「はい、お茶」
「サンキュー、不機嫌でもしっかりお茶は入れてくれるんだな」
「来るもの拒まず、よ」
「さっきまで眠いとか言って人を追い返そうとしていたやつが良く言うぜ」
そう言ってお茶を受け取った魔理沙は、霊夢の隣に腰を下ろしてお茶を一口啜った。
「うむ、相変わらずお前のお茶は旨いな」
「おだてても何も出ないわよ」
「じゃあ、まずい。もう一杯!」
「何よそれ」
「冗談だぜ」
そう言って魔理沙が微笑む。いつも通りの光景だった。
「今日も平和だな」
「そうね、これで誰かがお賽銭を入れてくれたら文句無しなんだけど」
「そりゃ無理ってもんだ」
そんな事は天地が引っくり返ってもありえない、といった顔で言う魔理沙の頭を霊夢はグーで軽く小突く。これもいつもの光景。
そして、けらけらと笑う魔理沙を傍らに、霊夢は立ち上がった。
「さてと、そろそろ掃除の続きをするとしましょうか」
「おいおい、親友が来ている時くらいゆっくりしたらどうだ」
「かれこれ休憩して3時間くらいになるから。そろそろ再開しないと巫女の名が泣くわ」
「……掃除を終わらせてから休もうという考えには至らないものなのか?」
魔理沙のそんな問いを霊夢は無視し、さっさと箒を持って境内に足を運ぶ。魔理沙は軽く溜息を吐いて立ち上がる。
「仕方ない、私はちょっくら大図書館まで行ってくるぜ。丁度借りたい本もあったしな」
「盗むの間違いでしょ?」
「死ぬまで借りるだけだぜ。じゃあな霊夢」
そう言って魔理沙は愛用の箒に跨ってさっさと飛んで行った。
霊夢はヤレヤレとでも言いたげに、ふうっと溜息を吐くと、掃除を再開した。
風が吹き抜ける。さっきまで魔理沙がいたのが嘘かのように静けさが生まれる。
あるのはさわさわと揺れる木の葉の音と、鳥や虫の鳴き声のみ。
嵐の前の静けさ、いや嵐の後の静けさとはまさにこの事であり、春の爽やかな陽気を純粋に感じられた。
そんな空気を楽しみながら、霊夢はゆっくりと箒を動かす。
「今日はこのくらいかな」
四半刻くらい経ったであろうか。
霊夢はふぅっと一息吐くと掃除した場所を見渡す。
まだ境内の半分くらいしか終わってなかった。何せ神社は広いし、のんびりと掃除をしているため当然かもしれない。
「まぁ続きは明日ね」
何事ものんびりが一番。そう考えている霊夢はさっさとゴミを片づけて箒をしまいに行こうとする。
しかし、それは神社の階段を上る何かの気配を感じたことで遮られた。
もしかしたら参拝客かもしれないと期待するが、それとは裏腹にまた面倒な妖怪か何かだろうと思う。
いや、実際その可能性のほうが高い。
博麗神社は人里から少し離れていることと、しょっちゅう強い力を持つ妖怪が訪れるため、人間は好んで近付こうとはしないのだ。
さっき魔理沙は博麗神社にお賽銭が入ることは無理だと言ったが、そう言われるのも仕方がないことかもしれない。
徐々に強くなる気配を感じながら、霊夢はその人物を待っていると次第に姿が見えてくる。
やけに背が小さかった。
「え?子供?」
少々長い階段を上りきり、肩で息をするその姿は、どこからどうみても小さな女の子だった。
霊夢は苦虫をかみつぶしたような顔をする。
もう半刻もすれば太陽が沈みかかり、危険な妖怪がたむろする時間帯である。
妖怪は、以前に比べて不用意に人間を食べなくなったのだとしても、子供一人でここまで来るのはとても危険なことであった。
理解のある親ならまずそんなことはさせないだろう。
ということは一人でここまで来なければいけない理由が何かあるはずだった。
霊夢は面倒に思いつつも、片付けようとしていた箒を縁側に掛けて、未だ肩で息をしている女の子に歩み寄る。
そして近づいてみて驚いた。
「ちょっと!あなた顔が真っ赤じゃない!」
言うよりも早く女の子は地面に倒れ伏せた。
驚いた霊夢はその子の体を起こすと、どうやらひどい熱のようで、急いでその子を抱き抱えて母屋へと運び込んだ。
母屋に入るとすぐに布団を敷き、そこに女の子を寝かせる。
女の子は苦しそうな寝息をたてている。どうしようかと思い悩んでいると、ふとこの前
永遠亭の薬師から薬をたくさん貰っていたことを思い出す。
すぐに薬箱を持ってくると、風邪薬と書かれたビンを開け、その中から一粒錠剤を取り出して女の子に飲ませた。
次第に顔色は良くなっていき、静かに眠り始めた。
さすがは永琳印の風邪薬。効果は抜群のようだ。
「この様子なら永遠亭に連れていかなくても大丈夫そうね」
霊夢は珍しい出来事に少し疲れたのか、ふぅっと安堵の息を吐く。
ふと気づけばもう陽は落ちていた。お腹も空いてきたので、女の子のお粥を作りがてら簡単な夕食を作ることにした。
~少女料理中~
お粥が完成してもまだ女の子が起きる気配は無かった。
別に起きなくても、明日の朝にでも自分が食べればいいだけなので問題は無い、と思った。
ちなみに霊夢の夕食もお粥。
お粥と自分用の食事の両方を作るのが面倒だった事と、神社の経済状況が好ましくないのでなるべく節約したいという事からだ。
実際後者の理由のほうが大きいかもしれない。
もう慣れたことなのでお粥だけで物足りないとは思ったりはしない。
梅干しとお茶があるだけマシだった。
「いただきます」
律儀に手を合わせて、少々煮すぎてしまったお粥を食べ始めた。
「ぅおーす!れいむいるぅ?」
食事が終ってのんびりお茶を飲んでいると、不意に神社に威勢のいい(というか酔っぱらった)声が響いた。
「おっ、いたいた」
「そりゃいるわよ」
目の前に現れた声の主は小さな百鬼夜行、つまり萃香だった。
相当酔っているのか、足取りもふらふらで、どこか口調も怪しかった。
まぁいつもの事だが。
「何か用?」
「相変わらず釣れないなぁ。一緒に飲もうと思ってこうして来てやったんだよぉ」
「あなた十分酔ってるじゃない」
「こんなもんまだまださ。鬼を嘗めちゃいけないよ!それに今日はつまみもあるんだ」
そう言って懐から箱を一つ取り出す。萃香はそれを開けると中には八つ目鰻の蒲焼きが入っていた。
「さっきまで夜雀の屋台で紫と飲んでたんだけどさぁ。何か用事があるとかで中途半端に解散になっちゃったから、こうしてここで二次会に来たわけだよ」
「大歓迎よ」
霊夢は八つ目鰻を見た途端に目を輝かせた。
基本的に食べ物を持ってきてくれる人は大歓迎なのだ。人じゃないけど。
「それとさっきから気になってるんだけど」
「ん?」
萃香が霊夢の後ろを指さす。
「あれ何?」
指さした先には、少し襖が少し開いた隙間から女の子が顔を覗かせていた。
しかし、彼女は見られたことに驚いてすぐに襖を閉じてしまう。
「あぁ、起きたのね」
霊夢は閉じられた襖を開けると、彼女は電気が点けられてない暗い部屋の角で震えながら体操座りしている。
「……何で震えてるのよ。というか起きて大丈夫なの?」
そう言って女の子に歩み寄る。しかし彼女は部屋の反対側の角で走り出した。
霊夢は面倒くさそうに息を吐くと、反対側の角でまたもや震えている彼女に足を延ばす。
しかし、彼女は逃げる。
「一体何なのよ……」
霊夢が近付こうとして逃げる。また近付こうとして逃げる。いつの間にか鬼ごっこ状態で部屋中を駆け回っていた。
しかし小さな女の子と霊夢では体力に圧倒的な差がある。とうとう霊夢は彼女を追い詰めた。
「……はぁはぁ、どうやらここまでのようね。というか、あなた風邪引いてるくせに元気あるわね……」
恐るべきは永琳印の風邪薬である。
不老不死の薬を作ってしまうくらいなのだから、この程度のことは当然なのかもしれないが。
女の子は観念したのか、その場に座り込んだ。霊夢もしゃがんで彼女と目線を合わせる。
「あなた名前は?」
「…………」
彼女も霊夢に目線を合わせたが何も喋らなかった。
「話してくれないと何も分からないじゃない」
「…………」
「口が開けないわけじゃないでしょ?」
「…………」
「まさか本当に口が開けないの?」
「…………」
やはり何も喋らない。
霊夢は女の子の頬を引っ張ってびろ~んとしてみたり、目の前で変な顔をしたり、博麗神社町内会音戸を踊ったりしたが、 表情一つ変えない。
彼女を一言で言い表すとしたら、まるで人形であるかのようだ。
しかし、彼女は普通の人間であることは間違いない。
霊夢は巫女の勘か、或いは妖怪特有の妖気を感じないからか、目の前の人物が人間か人外なのか一瞬で判断出来るのだ。
では、どうして話すことはおろか表情すら変えないのだろか。何かそういう病気なのか、まさか永琳の薬の副作用なのか。
何にしろ、何か異常な事が発生しているに違いなかった。
「れいむー、なにしてるのー?」
いろいろと考えを巡らせていると、ふと後ろから萃香の声が掛かる。正直忘れていた。
萃香の相手もしないといけないので、霊夢はもう一度布団に入って眠るよう女の子に促すが、彼女はそうしようとしなかった。
「はぁ……じゃあこっち来なさい」
そう言って霊夢は萃香のいる居間へと向かう。彼女は後ろからしっかりとついてきていた。
「それでその子はだれ?まさかれいむの子供?にゃははは。そんなわけないよねぇ」
こっちへ戻ってきて早々に言葉をまくしたてられる。
というか、どう考えれば霊夢の子供だと勘違いするのだろうか。第一、顔も髪型も全然似ていない。
そう思って、霊夢は改めて女の子の顔を見てみると、やはり無表情。
しかし、暗かったさっきの部屋では良く分からなかったが、顔に、というか体中に処置されたばかりの傷痕がたくさんあることに気づく。
「どうしたのよ、その顔の傷」
「…………」
無言。無表情。
これはいよいよ持って事件の予感がした。
「んん?この子何も喋らないねぇ。というか、本当にだれ?」
「私にも分からないのよ」
萃香は首をかしげる。霊夢は女の子を一瞥すると、部屋の隅っこに置かれている結界の張られた大きな箱の中から退魔針やらお札やらスペルカードやらを取り出して懐にしまう。
「萃香、ちょっとこの子見ていてくれない?」
「ん?どこか行くの?」
「ちょっと人里の半獣のところにね」
「私に人間を任すなんてことしていいのかい?これ見えても私は鬼。人を攫うのはお手の物だよ」
「もしそんなことしたら、私のきつ~いお仕置きが待っているわよ?」
「ははは……それは洒落じゃすまなそうだねぇ。まぁ安心しなよ。私も最近は落ち着いたものさ」
霊夢は、にゃははと笑う萃香を見て若干不安に思いつつ、外へ飛び出した。
霊夢が慧音の家に着いたときは、時間で言えば子の刻(PM11:00)。
もう外を歩いている人は一人といなかった。
慧音の家のドアを開けて、声を上げる。
「慧音いるー?」
返事がない。外から見た時、家の中はまだ明かりが点いていたので、もう寝てしまったということは無いだろう。
ということは来客に気づいてないだけということになる。
「勝手に入らせてもらうわよー」
そう言って玄関に一歩踏み込んだとき、ふと近くの部屋から一人の少女が顔を出した。
「慧音なら部屋で歴史の編纂をしているよ」
その少女の髪には多くのリボンが結ばれ、そして赤いモンペを穿いたその姿は、蓬莱の人の形、藤原妹紅だった。
「歴史の編纂?」
「今日は満月だろ?慧音はハクタクとなって一気に歴史を整理しているのさ」
「そういえばそんな話を聞いたことがあるような気がするわ」
「分かったらさっさと帰った帰った」
妹紅は手のひらをぶらぶらさせて、霊夢を帰るように促す。
だが、霊夢はそんなこともお構いなしに家の中に入り込んだ。
「お邪魔します」
妹紅は驚いて、部屋から飛び出る。
「ここを通らせるわけにはいかないよ。慧音から誰が来ても追い返すように言われているんだ」
「異変とまでは言わないけど、人間の里にも関係してる事件が起きているのよ。私だってそうでもなきゃこんなところに来ないわ」
しかし妹紅は一歩も引かない。顔には若干焦りが見える。
「ハクタク時の慧音は少し気が立っているんだ。もし私が人を通したとなっては、必殺の頭突きが飛んでくるんでね」
慧音の頭突きはそれほどまでに痛いのか。必至になって食い止めようとする妹紅を見て、霊夢は面倒くさそうに懐に手を入れ、3枚のお札を取り出す。
「はぁ……人間の里ではあまり暴れたくなかったんだけどね」
「弾幕ごっこか。負けた方が勝った方の言うことを聞くってことね」
「私が勝ったらそこを退いてもらうわよ」
そう言って外を飛び立とうとした、だがその途端、奥の部屋のドアが開いた。
そこには普段の青色の服とは違い、緑の服を着て頭に2本の角を生やした慧音の姿があった。
「うるさいぞお前ら」
慧音は二人を睨みつける。
「け、慧音……」
「あら、手間が省けたわね」
霊夢は弾幕ごっこをしなくても慧音に会うことが出来たのでラッキーだと思ったが、妹紅にとってはそうも言ってられない。
いつ来るか分からない頭突きの恐怖に震えだす。
「そんなに慧音の頭突きは痛いの?」
「痛いってもんじゃない!私は死ぬことがないから、普通の人間だったら死んでしまうくらいの勢いでやってくるんだ。それに今日は満月だから威力は2倍さ」
そんなにも威力があるのなら反動で慧音も痛いだろうに、と霊夢は思った。
慧音は一歩一歩妹紅に歩み寄るたびに、妹紅は一歩一歩後ろへ下がる。
「ま、まぁまぁ慧音落ち着いて!」
「問答無用!!」
ドキューーーーン!!!!
いや、それ頭突きっていうレベルの音じゃないから。
妹紅は、ひらはれほろとその場に倒れ伏せた。
慧音は今度は霊夢の方を向くが、その顔には先ほどのような睨みは無かった。
「私には頭突きしないの?」
「妹紅だけで十分気が済んだ。それにお前にやるといろいろ面倒な事になるだろう」
慧音は霊夢に頭突きをしようとしても、逆に痛いしっぺ返しが来るだけだということを良く分かっていた。
霊夢の勘や反射神経は半端無い。頭突きをする素振りを見せた瞬間に夢想封印されて終わるかもしれない。
「それで何のようだ?」
「ここ最近人里で何か変わったことなかった?」
「変わったこと?特には無いと思うが……」
慧音は顎に手を乗せて考える。
「例えば誰か妖怪に食われたりしなかった?」
「ああ、それなら一件あるな」
「その話聞かせてくれない?」
慧音は顔を曇らせる。
人里の守護神である守護者である彼女にとっては、とても辛い出来事であった。
「とても悲しく、辛い事件さ。出来れば口にしたくないが……せめてそれを聞きたい理由くらい教えてくれないか?」
「ちょっとね。もしかしたら、その話に関係がある子が今神社に来ているのかもしれないのよ」
「ま、まさか!」
慧音はぎょっとする。
そして、どうしようかと思い悩みながら重い口を開いた。
「……3日前の事だったか。ある家族が一家で、つまり両親と娘一人でピクニックに出かけたんだ。とてもいい天気で、笑みを絶やすこと無くうきうきして出かけて行ったよ」
慧音の顔が更に曇る。
「しかし現実とは非情なものだ……。家族がピクニックに行った場所は妖怪が出没することも滅多に無いとても安全な場所だったんだが、運が悪かった。幻想入りしたばかりの低級妖怪に出くわしてしまったんだ」
慧音は悔しそうに歯を噛み締める。
「……私は本当に悔しい。あんなに楽しそうに、そしていつも幸せそうで、とても明るい家庭だったのに、ただ運が悪かっただけであんなことに!」
慧音は感情を収め切れずに叫んだ。拳は強く握り締めている。
昔よりかは危険では無くなった幻想郷でも、このような話は良くある話。
しかし、幻想郷で数少ない良心である彼女にとってはとても辛く、そしてそのような事件がある度に心を痛めているのだ。
「慧音、あなたは悪くないんだから、少しは落ち着いて。ほら深呼吸」
慧音は深呼吸をすると、少し落ち着きを取り戻す。
「……すまない。少し取り乱してしまったようだな」
「気にしないでいいわよ」
「ああ……それで3人は妖怪に襲われたわけだが、両親は自警団の人間だったため武器を携帯していたんだ。それで何とか娘一人を逃がすことには成功し、彼女は私にそのことを伝えに来てくれて、すぐに現場に向かった。……しかし、既に両親は見るも無残な姿だった。心の底から娘を人里に置いてきて正解だと思ったよ」
霊夢はふと神社にいる女の子を思う。彼女は喋らなかった。表情が何一つ見えなかった。
あれは絶望感か、或いは失意の内からあらゆる感情を忘れてしまったのかもしれない。
「娘はその事を知っても涙を見せなかった。どうしてかは分からないが……。そして彼女は叔父に引き取られることになった。叔父が頑張って慰めてはいるが、彼女は少しも外に出ようとはしなくなった。心の傷が癒えるまでどれくらいの時間が掛かるだろうか……」
慧音は話に一区切りが着いたので、ふぅと息を撫で下ろす。
「よく分かったわ。話から察するに、その娘は今私の神社にいる子で間違いないようね」
「待て!そんなはずは無い。彼女は家から少しも出なくなったと言ったはずだろう?」
「だけど、そうとしか思えない」
「慧音様~!!」
不意に玄関の方から声が響いた。
そこには人柄の良さそうな大人の男性がいた。
慧音はぎょっとする。その男性こそさっきの話に出ていた叔父だったからだ。
「あの子が……あの子がいなくなりました!」
「何だと!?」
「やっぱりね」
慧音は驚きを隠せないが、霊夢は予想通りだったためか、特に取り乱さなかった。
男性は霊夢の方を向く。
「……もしや、あなたは博麗神社の巫女様ですか?やっぱりとは、あの子について何か知っているのですか?」
「ええ、何ならあなた達二人、私に着いてきなさい」
そして、3人は博麗神社へと向かった。
その頃神社では。
「萃香必殺!大江山爆笑で皆殺し!!」
萃香はこの世のものとは思えないほど変な顔をする。
「…………」
「……なんで笑ってくれないのさ」
萃香が奮闘していた。
3人が博麗神社に着いたとき、笑わすことに諦めたのか、萃香は不貞腐れたように酒を飲み続けたいた。
女の子の姿は見えない。
萃香が3人に気づくと、ほっとしたように顔を綻ばせる。
「おお!戻ってきた」
「何よ、その待ちくたびれたような顔は」
「あの子何も喋らないからつまらなかったんだよ。今は奥の部屋で眠ってるよ」
「今からもあなたに構ってる暇は無いわよ」
「えー、ちゃんと留守番してたのに」
「そう、ありがとう。じゃあ帰っていいわよ」
萃香は口を尖らせて、霊夢のばかー、鬼ーと叫んで、どこかへ飛んで行ってしまった。
というか、鬼はお前だろ。
霊夢は、今のはちょっとひどかったかな?と少し思ったが、それ以上に八つ目鰻を食べ逃してしまったことを悔しく思いつつ、神社の中へ入った。
連ねて慧音と叔父も入った。
3人が女の子が寝ている部屋に入ると、彼女は目を覚ました。
すると彼女は、叔父と慧音がいることに気がつき、小走りで部屋の角に走り出すと、そこに座った。
その姿は何かに脅えるようだった。
「ほら、帰るよ」
叔父が優しい口調でそう言った。
しかし、彼女は動こうとしなかった。
「どうしたんだ?ずっと心配してたんだぞ。急にいなくなったりして……」
そう言って女の子の手を掴むが、彼女はそれを払いのけた。
さすがにそれにはびっくりしたのか、叔父は驚愕とも悲愴とも取れる表情を浮かべた。
唖然としてる叔父を後ろに、今度は慧音が彼女に手を差し伸べる。
「……あれは非情に悲しい出来事だった。私も胸が痛いよ。だけど、人間はいつでも前を向いて進んでいかなければいけない。……時間は掛かるかもしれないけど。こんなところにいつまでも居ても何もならない」
しかし、女の子はその差し伸べた手にも無視し、どうしたものかと思い悩んでいる霊夢の後ろへ回ると、霊夢のスカートに纏わりついた。
3人は本当にどうしたものか、と思う。
彼女は喋らないので、帰りたくない理由が分からないし、そもそも何故博麗神社まで来たのかも分からない。
八方塞がりとはこの事だった。
霊夢は彼女の顔を見る。まだ彼女はとても幼い。
こういう子がこんな無表情な顔をしていてはいけないと思う。
子供はいつも元気に無邪気に笑っているのが一番だと思った。
ふと、女の子の顔を眺めていた霊夢は何か違和感を感じた。
「この子、どこかで会ったことがあるような気がする……」
霊夢はどこだっけなぁと考えるが出てこない。しかし、必ず似たような顔に見覚えがあった。
そもそも人里の人間自体、あまり知った顔は無い。
顔に見覚えがあるとしたら、いつも値段を安くしてくれる八百屋のおっちゃんか、もしくは妖怪退治の時に助けた人間か。
しかし、どれもこれも違うような気がした。ただの勘だが。
ふと、慧音の話で、両親は人里の自警団だと言っていたことを思い出す。
自警団の中で知っている人と言えば先ほどの蓬莱人くらいなもので、他は名前も顔も全く知らない、と、
そこで霊夢は、あっと思う。
ぐちゃぐちゃだった頭なパズルが解けていく。
そう、確か彼女は……。
「霊夢、私たちは帰らせてもらうよ」
霊夢は考えを巡らせていた頭を、そんな慧音の言葉で我に帰った。
慧音はちらっと女の子を見る。
「本人の気持ちを無視して無理やりに帰らせることは出来ないし、どうやらその子はお前に懐いているようなのでな。とりあえずは様子見と言うことで」
「はぁ……私の気持ちはどうなのよ?」
「そう邪見に言うな。すまないとは思うが、私も仕事の途中でここまで来たんでな。満月の内に終わらせておかなければいけないし」
「巫女様、お手数をお掛けしますが、どうかあの子を宜しくお願い致します」
叔父も同意見のようだ。
霊夢は本日何度目か分からない溜息を吐き、しぶしぶ了承した。
「じゃあ、明日また来る」
そう言って、二人は神社をあとにした。
霊夢は二人を見送ると、女の子へと視線を向ける。
そして、2、3年くらい前の出来事を思い出す。
あの日は、ちょうど秋の中頃だっただろうか。いつもように、霊夢は神社の縁側でお茶を飲んでいた。
だが、いつもと違ったのは、珍しいことに人里から参拝客が来ていることだった。
その参拝客は二人の夫婦だった。新婚の夫婦。
一人子供もいるらしかったが、まだ幼いということで家に留守番をまかせているらしい。
二人は丁寧に格式通りの参拝をし、とても良い印象が受けられた。
そんな珍しいことに、どのようなお願いをしているのか気になった霊夢は、少し失礼かなと思いつつも、二人に聞いてみた。
「大したことではないですよ」
それでも霊夢は知りたがった。
何故なら、参拝をしている二人はとても幸せそうな笑みを浮かべていたから……。
「我が子がいい子に育ちますように、そうお願いしているのです」
霊夢は率直に、この家族は素晴らしい家族なんだな、と思った。
人間が好んで近寄ろうとしない博麗神社に、子供がいい子に育ってもらいたい、ただそれだけの願いでここまで来たというのだ。
霊夢は心持ち感動し、二人の願いが無事に叶うように特製のお札を上げた。
そして、そのお礼にお饅頭を一つくれた。
その後、3人で世間話をした。
その時の霊夢は、饅頭がとてもおいしかったので気分が良く、普段よりも能弁だったことを覚えている。
ここ最近起きた異変のことや、博麗神社の巫女としての仕事、そして夫婦二人の出会った時の話まで、いろいろな話をした。
それに二人は自警団の人間だったので、妖怪について良く知っている霊夢とは前から話がしたかったのかもしれない。
霊夢が話す妖怪について度々驚かれたり、異変を解決したときの話をしたら感服されたり、特に興味を持たれたのは、妖怪を退治して人間を救った時の話であった。
確か二人は感動のあまり泣いてたような気もする。
話一つ一つに凄く関心を示してくれるその夫婦は、霊夢にとっても気持ちの良いものだった。
そして夫婦は、妖怪が現れる危ない時間になる前に帰って行った。
そう、確かこんな出来事が、確かにあったのだ。
霊夢は現実に戻ると、今霊夢にぴったりくっついてる女の子が、その夫婦の、特に女性の方に似ていることを再確認する。
「やっぱり、間違いない」
そして、彼女が博麗神社に来た理由。
それは両親から霊夢の事を聞いていたに違いない。
どのように聞かれているのかは分からないが、あれほど感動していたのだ。
もしかしたら、何か本当に困ったことがあったら博麗神社を訪ねるように言われていたのかもしれない。当然危なくない時間、という条件付きであろうが。
女の子は両親の死を知ったとき、泣かなかったと慧音が言っていた。
彼女は悲しさよりも、まだ現実を理解することが出来なくて、その反動であらゆる感情を忘れてしまったのかもしれない。
霊夢は途端に悲しくなった。
あの幸せそうだった夫婦の顔が思い浮かぶ。
そして、目の前の感情一つ表情に現れない子供を見る。
そのギャップが激しすぎて、幸せから絶望に一気に落ちてしまったこの家族の事を思って、本当に悲しくなった。
霊夢は、らしくないなと思う。
ここは妖怪も幽霊も鬼も天狗も何もかも受け入れる幻想郷。
このような事態は普通に起こり得ることであり、一々悲しんでいたらきりがない事だった。
それなのに、それが分かっているのに霊夢はやっぱり悲しかった。
そして、霊夢は優しく女の子を抱いた。
彼女を救ってあげることが出来ない悲しさもあるし、何よりも彼女がとても可哀そうで、いてもたってもいられなくなった。
霊夢は涙を零す。
そして、その事に気づいた霊夢は、本当にらしくないと思った。
だけど、霊夢は優しく口を開く。
「……私でもあなたの心は救ってあげることが出来ないと思う。……でも、泣いていいよ?辛い時は全てを吐きださないと駄目。私もこうして泣いて上げるから、一緒に泣こう」
女の子はそれでも無表情のままだった。
「……あなたのお父さんとお母さんの事は良く知ってる。とてもいい人達だったわ。だけど彼らはもういなくなってしまった。……悲しみは中々癒えないかもしれない。それでも私が糧になってあげる。あなたの不安も悩みも全部聞いてあげる。だから、我慢しないで泣こう……」
そして、彼女は、
泣いた。
彼女は泣いた。
全ての悲しみを吐き出すように泣いた。
そして霊夢も泣き続ける。
明日へ繋がる涙となるように。
そして、天国に昇ろうとしているあの日に出会った夫婦を弔うために。
彼女達は、泣き続けた。
二人の様子を、紫が隙間から覗いていた。
紫は幻想郷の管理者として思う。
悲しい事件が頻繁に起こる幻想郷と言えど、外の世界の犯罪率と比べたらそう大差あるものではない。
ひどい差別も無しに全てを受け入れる幻想郷は、やはり楽園であるのだ、と。
そして、紫は一人の少女として思う。
そんな楽園を守る彼女、博麗霊夢は、素敵な巫女なのだと。
そう、彼女は『楽園の素敵な巫女』なのだと。
後いくら妖怪が居る幻想郷だとしても人が食われたりしたら十分変わったことだと…。
霊夢はアツい物を持った子だと思います。
霊夢がとっても良かったです。
話の内容としても物足りないと思います。
内容ではなく文章に装飾が不十分なのがそう感じる原因かと思います。
比喩や置換を工夫するなどして文章に表情を持たせればもっと良くなると思います。
個人的には好感触。
今後も期待しております。
その面では導入部分にすぎない時点で、事情説明だけで締めてしまったように感じられ物足りませんでした。
また、話に全く絡まない魔理沙を使った導入部分は、不要というか「いつもの日常」の一言で十分でしょう。
お話としては悪くないので、読み手を楽しませるという視点を取り入れるとよいと思います。
あと
>あなたのお父さんとお母さんの事は良く知ってる
一回世間話したくらいでよく知ってるというのはオカシイかと思います
ちょっとまt(スキマ送り