Coolier - 新生・東方創想話

一人と独り

2017/05/27 12:55:03
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 わたしは案外好きなものが多くある。
 たとえば、パチュリーが貸してくれる本や、咲夜が持ってきてくれる紅茶や洋菓子、美鈴が見せてくれる色んな花、お姉様との会話、この館に関するものなら大抵のことは好きだ。
 この場所の温かい喧騒が気に入ってるのだと思う。皆がわたしを好いてくれる、そんな場所。わたしも、皆のことが何よりも好きだ。



 だから、わたしは閉じこもっていなくちゃいけない。



 わたしはものを壊すことが多かった。初めは、なんとなく壊れやすいな、くらいの認識だった。だから気にしていなかったし、そういうものなんだろうと思っていた。
 咲夜の持ってきてくれた食器を壊したことがある。咲夜はすぐに破片を片付けて、『お怪我はありませんか』、とわたしの心配をしてきた。食器のことは、なにも言わなかった。
 美鈴が育てていた花をダメにしたことがある。花瓶に刺さっていた花に触れようとして、潰してしまった。美鈴は、『妹様はお気に入りの花はありますか』、とわたしに気をつかってくれた。潰れた花のことは、なにも言わなかった。
 パチュリーのお気に入りの本を破ってしまったことがある。パチュリーはひどく嫌な顔をしたけれど、『……また来るといいわ』、と声を掛けてくれた。本のことは、なにも言わなかった。
 部屋に入ろうとすると、ドアの取ってが壊れた。空気を入れ替えようとして、窓ガラスが割れた。機嫌が悪い時に壁に八つ当たりをして、ヒビが入った。
 そうして、気づいたときには壊したものに囲まれていて、残骸の山がわたしのまわりには沢山出来ていた。わたしが気に入っていた花は潰れていたし、読もうと思っていた本はグチャグチャになっていて、ティーカップは粉々だった。
 それでも、『大丈夫ですか、妹様』、『ご無事ですか、妹様』、『気にすることないわよ、妹様』、と誰もがわたし
 のことばかり気にかけてきた。壊したことに関しては、なにも言われなかった。
 さすがにおかしい、気味が悪いと思った。
 だから、お姉様に聴きにいった。お姉様なら知っていると思った。わたしは、いったいどうなっているのか。わたしは、いったい何者なのか。答えが知りたかった。
 


「怪我はなかったのか、フラン」
「そんなことはいいのよ、わたしは。何がどうなっているのか聞きたいの」
「……なんの話だ」
「とぼけないでよ!なんでこんなに、わたしが触れたものばかり壊れていくの!」
「吸血鬼ゆえに力が強いのだろう。立派なことだ」
「お姉様は普通に生活してるじゃない。わたしとは違うわ」
 煮え切らない態度にイライラしていた。隠し事をされていることが不快だった。
「いったいなんなのよ、これは。わたしが関わったものばかり壊れてるじゃない。咲夜の食器も、美鈴の花も、パチュリーの本も、何もかも」
「誰だってものを壊すことくらいあるさ。それこそ、咲夜や美鈴、パチュリーに私でもな」
「バカにしてるの?はぐらかさないで」
「はぐらかしてなんかない。お前は普通だ。私と同じだよ」
「いい加減にしてよ………っ!」
 限界だった。聞くだけ無駄だと思った。だから、思わずカッとなってしまった。
 


 綺麗な紅だった。わたしの服はお姉様の血で紅に染まっていて、こんなにきれいな紅は見たことがないなぁ、なんてどこか他人事のように思った。お姉様の腹部は横半分ほどが抉れていて、わたしの腕がお姉様を貫いている。にもかかわらず、お姉様はわたしを抱きしめてきた。離してくれなかった。どうしてこんな状況になっているのか、わたしにはわからなかった。



「……なぁ、フラン。どうか聞いてくれ………」
「え?……なんで。なんで。なによこれ。なんでわたしは。わたしが。なにが。わたしは」
「フラン、落ち着け。だい、じょうぶだ。私は。だいじょうぶだから、な」
 どう見ても大丈夫じゃなかった。顔は血の気が無く真っ青で、目の焦点も合っていなかった。
「なぁ、フラン。私はおまえに……」
「わたしがやったの?わたしが?なんで。なんでこんな」
「フラン。なぁ、フラン。だいじょうぶ。おまえはだいじょうぶだ」
「なによ。なんなのよ。こんな、こんな」
「フラン。フランドール。いいからきけ。おまえはふつうだよ。ふつうのいもうとだ。わたしのふつうのいもうとだ」
 それだけ言うと、お姉様は意識を失った。
 そのあとのことは、ほとんど覚えていない。咲夜と美鈴が騒ぎを聞いて駆けつけてくれていなかったら、お姉様は本当に駄目だったかもしれない。パチュリーもびっくりした顔をして、飛んできた。余っている魔力と集めれるだけの血液でなんとかすると言っていた。なんとかなるなら、何でもよかった。
 このときになって初めてわたしは、自分がおかしいのだと知った。お姉様に聞くまでもなかった。もっと早く気づくべきだったのだ。それなら、お姉様が傷つくことはなかった。咲夜、美鈴、パチュリーに散々迷惑をかけることもなかったかもしれない。
 そこまで考えて、わたしも意識を手放した。これ以上考えていたくなかった。



 夢をみていた。わたしはお気に入りのおもちゃで遊んでいる。お姉様がプレゼントしてくれた人形で、わたしはそれを引きちぎって笑っていた。泣いていたかもしれない。これ以上小さくならないほどボロボロにして、それを投げ捨てた。そこで、ふと気づいた。わたしの後ろには、たくさんの人形の山があった。いくつ壊せばこれほど大きな山になるのか、わからないほど人形が積まれていた。首のない人形がいくつもこちらを向いてる気がして、目をそらした。目の前に新しい人形があった。わたしはそれを掴んで、思いっきり引きちぎった。足元に新しい人形があった。引きちぎった。上から新しい人形が落ちてきた。引きちぎった。人形があった。ちぎった。人形。ちぎる。人形。ちぎる。
  


 そこまでして目が覚めた。今までの自分を見せられてるようで気持ち悪かった。これからの自分を見せられているようで怖くなった。わたしはいつか、お姉様を傷つけたようにほかの人達も傷付けてしまうのかと、そんな考えばかりが頭のなかで大きくなるばかりだった。
 それからの行動は早かったと思う。誰にも相談せずに、部屋を地下に移した。お姉様の傷のことや自分が異常であることを気にしている余裕はすっかり消えていた。ただ、自分はみんなと居てはいけないという思いだけがあって、それだけをひたすら考えていた。咲夜を壊してしまったら?美鈴を傷つけてしまったら?考え出すととまらなかった。冷静でいられなくなって、平静でいられなくなって。ひとりになれば大丈夫じゃないか、と気づいた。 地下室でわたしひとりになれば、誰も傷つかない。なにも壊れない。わたしが好きな、パチュリーが貸してくれる本や咲夜が持ってきてくれる紅茶や洋菓子、美鈴が見せてくれる花、お姉様との会話、なにも失わなくていい。
 なにより、大好きなみんなを失わなくて済む。大好きなみんなを失うことが、一番怖かった。
 


 そうして、わたしはひとりになった。

 
 
***
 


 私はこの紅魔館が好きだ。賑やかな宴会や、うるさい位の派手な弾幕勝負も嫌いじゃない。でも、この館にはそれらとは違う、あたたかい喧騒がある。咲夜がいて、美鈴がいて、パチェがいる。こいつらがいる限り、私は退屈することは無いのだろう。咲夜が淹れる紅茶は飽きることがなく、美鈴の育てている花はとても綺麗で、パチェの研究は見ていて楽しい。この館の住人が、私は好きだ。
 そしてなにより、フランが好きだ。たったひとりの妹。私の唯一の家族。何よりも大切で、何物にも代え難くて、きっと自分以上に大切な存在なんだと思う。フランドールのことが、私は大好きなんだと思う。



 でも、フランドールは私の隣にはいない。いなくなってしまった。私が閉じ込めた。私のせいで閉じこもってしまった。



 フランは生まれつき力が強い子だった。単純な膂力もそうであるし、能力のこともそうだ。
 フランには、能力のことは話していなかった。自覚はしていないようであったし、理解したからと言ってどうにかなる
 ような能力でもない。咲夜や美鈴、パチェには能力のことについては触れないでくれ、と頼んだ。私にとって、フランは普通の妹であったし、特別扱いなんてしたくなかった。普通の姉妹でありたかった。
 それでも、結局フランは自分の力に気付いた。
 私はフランに聞かれたことについて、あまり答えたくなかった。お前の力は少し歪だ、なんて言えるわけがない。だから、その事実から目をそらしてはぐらかそうとした。私にとって、フランはどこまでも私の妹だった。
 そのときしっかりとフランと向き合っていれば、閉じこもることなんてなかったのかもしれない。私が閉じ込めたようなものだ。
 


 私の腹部には大きな傷が残っている。フランがつけた傷だ。さすがに腹を抉られるとは思っていなかったから、ちょっとびっくりした。姉妹喧嘩なんてあまりにも久しぶりで、懐かしいなぁなんて思ったりもした。情けないことに、攻撃された私は意識を失ってしまって、パチェ達に介抱されるはめになった。これでも吸血鬼の端くれだから、すぐに回復はしたし、数時間で目を覚ますことができた。そうして、フランが見当たらないことに気づいた。
 すぐに館の隅々まで探した。はやくフランと話がしたくて、謝りたくて、必死に走り回った。傷が開いて血が止まらなくなっていたけれど、そんなことはどうでもよかった。
 フランは地下にいた。重たそうな鉄の扉に内側から何重にも鍵をかけているようで、まるで入ってくるなと言っているみたいだった。



「なあ、フラン。聞こえているか」
「………」
「開けるぞ。いいな?」
「………やめて。こないで。かかわらないで」
「フラン、謝らせてくれ。私が悪かった」
「………やめて。やめてよ」
「すまなかった。私は―――」
「やめてって言ってるでしょ!なんでお姉様が謝るのよ!!わたしが悪いのに!!!」
「いや、私が悪いんだ。私のせいだ。本当にすまない」
「やめて、お願いだから………。もうやめて、やめてよお………!」



 フランは泣いていたと思う。結局、扉を開けてくれることはなかったから顔を直接見たわけじゃない。でも、確かに泣いていたと思う。聞いたこともないくらい悲しい声で、私を拒絶していた。何度も叫びながら、悲痛な声をあげながら、私を拒んでいた。そのまま私は、扉を開けることも忘れて呆然と立ち尽くしていた。フランが出てくることは、いつまで経っても無かった。
 


 今となっては、腹部の傷だけが私とフランの繋がりになっている。私が一方的に、フランとの繋がりを感じているだけなのだけど。
 傷はわざと残した。妖怪である以上、傷なんてものはすぐに治るのだが、この傷を消そうとは思わなかった。こうでもしないとフランの存在を感じることができなくなりそうで、怖かった。
 フランが閉じこもった理由は、なんとなくわかる。誰かを傷つけることが怖くなったのだろう。ああ見えてフランは優しい。それに賢い。ひとりで自分をなんとかしようとして、選んだ結果がこれなのだと思う。
 誰かを頼ってほしかった。私でなくていい。咲夜や美鈴、パチェを頼ってほしかった。けれどフランは賢いから、自分ひとりでどうにかしようとしたのだと思う。



 私がフランと向き合わなかった結果がこれだ。私にとってフランは、普通の妹だったし、普通の姉妹でありたかった。けれど、フランから目をそらして自分の都合を押し付けてしまったから、こうなってしまったのだろう。フランは、少なくとも自分と向き合っている。閉じこもるなんてことにはなっているが、自分で解決しようとしている。結局は、私が間違っていたんだろう。私がフランを閉じこめた。この事実は変わらない。無性にフランに会いたくなる時が何度もある。閉じこめておいてなんて自分勝手なことを言うのだろう、と自分が嫌になる。
 私はどうすればよかったのか。何回も、何十回も、何百回も考えた。けれども、答えはいくら考えても出てこないし、私が全部悪い、その考えに行きついてしまう。フランを地下から出してやろう、とも思った。思ったけれどすぐにやめた。その行動が正しいのか急に不安になって、私はまた間違うのか、と終わらない自己嫌悪に陥った。
 つまるところ、私にできることは何もないのかもしれない。私はなにもしないほうがいいのだろう。それだけをずっと考えながら、今日も私は地下室の扉を開けることができない。



 こうして、私はひとりになった。



***



「わたしは、咲夜が好き。美鈴が好き。パチュリーが好き」
「わたしは、お姉様が大好き」
「ひとりで居れば、咲夜にも美鈴にもパチュリーにも迷惑をかけなくて済む」
「お姉様を傷つけなくて済む」
「だから、わたしはここから出ない。出ちゃいけない」
「だから、わたしはここに閉じこもっていなくちゃならない」
「だから、わたしはここに――――」
「――――ここに、いつまでいればいいの?」
「わたしは、どうすればいいの?わたしは。わたしは」
「………助けて、助けてよ。咲夜、美鈴、パチュリー。助けてよ」
「………助けてよ、お姉様」



 フランドールが地下から出てくるまであと―――数百年。

 
 
 
暗い話は好きですけど、書くと疲れますね。

ヤマもオチも無い話が書きたい……。
ノノノ
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コメント



0.60簡易評価
2.無評価名前が無い程度の能力削除
ヤマもオチも無い話ならもう書いてるじゃないですか。これとか。
3.100名前が無い程度の能力削除
よかったですありがとうございます。
レミフラシリアスは定期的に摂取するとおいしい
4.90名前が無い程度の能力削除
何故百年…
5.90名前が無い程度の能力削除
子育てするときやら教師する時は、虚勢でもポジティブに相手の不安をなくすように振る舞わないといけないのがこの世の定石だから。それを400年も生きて学んでないとするとよっぽど器の小さいおぜうだと思った。そして、実際問題有り余る力があったらネガティブになるより自惚れる確率の方が高いだろうなぁと最近思ってる。こんな力を持ってる私は神だみたいな。身も蓋もない感想ですが。
6.80奇声を発する程度の能力削除
こういうシリアスも悪くないですね