―春―
きぃこ。きぃこ。
うららかな陽気の日だった。
この日、私は初めて彼女と出会った。
ブロンドの髪をなびかせて、ブランコを漕ぐ少女。
その姿はまるで一輪の花のように美しく、そして可憐だった。
振り子時計のように、乱れることなく。彼女は天と地の狭間を行き来する。
きぃこ、きぃこ、と。錆びついた鎖の音だけが響き渡る。その姿に見惚れていた。
10分くらい経っただろうか。彼女は突然、漕ぐのをやめてしまった。
すく、と立ち上がる少女。私は気づかれないよう身を隠した。
だが少女は私の存在を見透かして、くすりと笑う。
視線が合う。それだけで私の心は奪われた。
熱に浮かされたように、熱く蕩けた瞳。
それだけが、少し不気味だった。
―夏―
あの春の日のあと、再び少女と出会うことがあった。
今日は雨がしとしとと降る、肌に汗がにじむ蒸し暑い日であった。
公園にいた。ずぶ濡れの合羽を羽織って、ブランコに座る彼女の姿があった。
彼女はブランコを小さく揺らし続けている。私は遠くから、その姿を眺めていた。
止まってしまいそうなほどに弱弱しく。だが、絶えることなく前後する少女とブランコ。
私はその姿に何か心打たれるものを感じた。彼女は、なぜ熱心にブランコを漕ぐのだろう。
そこになにか大切なことがある気がしてならなかった。それほどまでに幻想的であった。
そして十分経つと、彼女は漕ぐのをやめてしまう。とても満ち足りた表情を浮かべて。
私はその幻想的な姿に見惚れて、雨など忘れただ茫然とその場に立ち尽くしていた。
「ねぇ、貴女。この前もわたしのこと見ていた人でしょう。気づいてるんだからね」
気付かぬうちに近付いていた彼女はにこやかに告げ、そして雨の中に消えてしまう。
突然の出来事に心臓が高鳴っている。私は結局、彼女に何も言えなかった。
帰ったあとも、少女の姿があのブランコのように脳内を反芻する。
なぜこれほど、彼女の姿に私の心は惹かれるのだろう。
夜が明ける。なんだか今日は夜が短い気がした。
―秋―
きぃ。きぃ。
彼女はブランコを漕いでいる。
わたしが観察をはじめてから、毎日である。
滝のような雨の日も、うだるような暑い日も。
無言でブランコに座り、ひたすらに漕ぎ、途端にやめる。
気付いたことが一つある。夏の日に比べ勢いが増しているのだ。
初めは気のせいかと思った。だが、次第にそれは確信へと変わった。
少しずつ、刻むように。しかし間違いなく地面を蹴る脚に力がこもっていく。
そしてついに今日、ブランコは春の日と同じくらいまで、勢いを取り戻したのだった!
「貴女も変わってるわね。毎日見ていても別に面白くないと思うけど?」
「貴女を見てたら、応援したくなっただけよ。はい、これお水」
「応援、ね。もう一人居れば完璧なのだけど。名前は?」
「……?私は宇佐見蓮子。貴女は何て呼べばいい?」
「わたしは、ま……いえ、メリー。そう呼んで」
差し出される手。陶器を扱うように握り返す。
夕焼けの中、私たちは初めてお互いに触れた。
紅葉が揺れ、清々しい秋の風が吹いた。
―冬―
かつてない大雪の日だった。
私は固唾をのんでメリーを見守る。
ブランコを見つめるメリーの目には少しの躊躇。
「大丈夫、貴女は今日まで頑張ってきた。私が保証するわ」
まっすぐと瞳を見つめ、彼女を鼓舞する。その瞳に決意が宿る。
メリーは私を振り返って頷く。その表情にもう迷いは微塵もなかった。
覚悟を決め、ブランコに座る。否、メリーは立ったままブランコに乗った。
メリーが立ち漕ぎをするのは初めてだ。それほどまでに彼女は本気であった。
意を決し、漕ぎ始める。膝を曲げ、伸ばす。それだけでブランコは勢いを増す。
だが、まだ足りない。メリーはその両足に力を溜めていく。まだ加速は止まらない。
5分が経ち、7分が経ち。今や、その高さは天を衝くほどまで達していた。
だが、ここで思わぬ事態が起こった。みしり、という異音が響いたのだ。
慌ててブランコを確認する。そこで私は、衝撃の事実を知ることになる。
「まずいわメリー。この遊具、対象年齢が6歳までって書いてある!」
メリーは一言も発しなかったが、その表情は間違いなく焦っていた。
だが、私たちはこんなところで終わるわけにはいかなかった。
「メリー、あと少しだから!お願い、最後まで頑張って!」
祈りのような声援が、白銀に染まる公園に響き渡る。
ついにその時が訪れた。軋みは限界に達していた。
「あと、5秒、4秒、3、2……メリー!」
メリーは、その最後の力を振り絞って。
高く、そして大きく、跳び上がった。
宙に美しく弧を描き、そして落下。
「メリー、大丈夫なの!?」
メリーは顔から雪に突っ伏したまま動かない。
声を掛けても反応がない。不思議と涙が溢れた。
「お願いだから!メリー、返事をして!ねぇってば!」
「ぷはぁ、死ぬかと思った! ……蓮子、なんで泣いてるの?」
不意に起き上がるメリー。その表情は憑き物が落ちたようにすっきりとしている。
「大丈夫ならさっさと返事してよ、バカメリー!私、心配して損したじゃない!」
べしべしと、メリーの肩を叩く。メリーは困った顔をしていたが、優しく私を抱きしめてくれた。なぜか分からないけど、ようやく本当のメリーに会えた気がして、涙が止まらなかった。
そして私たちは、初めて夜を共にした。公園以外で会うことは無かったから、お互いのことなんてほとんど知らなかった。それがおかしくって、互いに笑いあった。きゃらきゃらと笑うメリーは年頃の少女そのもので、これが本当の彼女なのだと思い知らされた。
これまで私は、ブランコを漕ぐ彼女しか知らなかった。だけど、これからは本当の彼女を知っていける。
心が躍った。今日は夜がとても永い気がした。
―春―
春の陽気に誘われ、大学のベンチでうつらうつらとしていたとき。大慌てのメリーが、息を切らせて私に駆け寄ってきた。
「れ、蓮子。どうしよう……!」
その様子は尋常のものではなく、蒼白の顔で私に訴えかけてくる。
「メリー!?どうしたのよ!」
「ブランコが……ブランコが壊されちゃう!」
全速力で公園に向かう。そこにはブランコに立ち入り禁止のテープを巻く大人の姿。私は思わず大人に怒りを込めて詰め寄った。
「なんでそんなことをするんですか!このブランコを楽しみにしてる人もいるのに!」
「そんなこと言われてもね、老朽化がひどいって苦情が入ったからさ。おおかた近隣の大学生が無茶して遊んだりしたんだろ。迷惑な話だよねぇ」
なにも、言い返せなかった。
私はメリーを担いで、公園を後にした。その間もメリーは虚ろな表情で何かを呟いていた。彼女の家に運び込むと、
「ごめん、しばらく一人で考えさせて」
とだけ残して、家の中に引っ込んでしまった。
余程ショックだったのだろう。彼女の一年間の努力が、最後の最後に阻まれてしまったのだ。その絶望は言葉で言い表せないだろう。彼女の一番近くで応援してきた私も、その虚しさで心が苦しくなった。
気分が落ち込んで、その日は部屋に籠ってどうすればメリーを元気づけられるか、ずっと考えていた。何時間も、彼女のことだけを考えていた。
差し込む陽射しに目を細める。いつの間にか寝てしまっていたようだ。
どれだけ寝ていたのだろう。昼間では星が見えない。仕方なく携帯端末を確認する。
『22時13分』
不思議なことに、その日は一日中太陽が沈まなかった。
次の日、私はメリーを迎えに行った。あの様子では塞ぎこんで、家から出てこないんじゃないかと思ったのだ。
だが、予想に反してメリーはいなかった。不安が頭をよぎった。
「メリー、どこに行っちゃったの……!」
必死に走り回った。大学、行きつけのカフェ、メリーの行きそうな場所は全部探した。だが、彼女の影はどこにも無い。もう手掛かりはないかと思い始めたとき、いつも彼女がいたあの場所を思い出した。
「あ、蓮子。遅かったわね」
メリーは公園にいた。昨日のことなど嘘のように、けろりとした表情を浮かべている。
「探したのよ、メリー。こんなところでなにやってるの?」
「なにって……蹴鞠だけど?」
「けまり……」
この少女は一体何を考えているのだろう。
バレーボール大のゴム毬を器用に蹴り上げて、それを片足で受け取るのをひたすらに繰り返している。
「やってみたけど、一人でやるのは結構難しいの。ねぇ、蓮子もやってみない?」
きらきらとした目で訴えられると、私も強く出られない。渦巻いていた感情が、空気を抜かれたように萎んでしまった。私は渋々と、メリーに同意する。
「じゃあいくよ?」
ひたすらにメリーの蹴り上げた毬を私が受けるのを繰り返した。はじめは明後日の方向に飛んでいたものも、次第にメリーの方へと飛んでいくようになる。そして、いつしか何度もラリーが続くようになっていた。
「けっこう楽しいかも」
「でしょ?」
同じ力で蹴られた毬は、規則的な弧を描いて、わたしたちの足元へと落ちてくる。
地に留まることなく、しかし天に浮かび上がることもない。
蹴り上げられた毬は、天と地の狭間を跳ね踊る。
奇妙な時間はしばらく続いた。
「今日はこんなものかしら」
「……え?あ、うん。そうね」
メリーの言葉で目が醒める。憑りつかれたように熱中していて、時間が経つのを忘れていた。
メリーは転がる毬を拾い上げて、言った。
「よし、これが基準だからね。今日から一年間、頑張ろうね、蓮子!」
虚ろな瞳で満面の笑みを浮かべるメリー。
なんだか、嫌な予感がした。
きぃこ。きぃこ。
うららかな陽気の日だった。
この日、私は初めて彼女と出会った。
ブロンドの髪をなびかせて、ブランコを漕ぐ少女。
その姿はまるで一輪の花のように美しく、そして可憐だった。
振り子時計のように、乱れることなく。彼女は天と地の狭間を行き来する。
きぃこ、きぃこ、と。錆びついた鎖の音だけが響き渡る。その姿に見惚れていた。
10分くらい経っただろうか。彼女は突然、漕ぐのをやめてしまった。
すく、と立ち上がる少女。私は気づかれないよう身を隠した。
だが少女は私の存在を見透かして、くすりと笑う。
視線が合う。それだけで私の心は奪われた。
熱に浮かされたように、熱く蕩けた瞳。
それだけが、少し不気味だった。
―夏―
あの春の日のあと、再び少女と出会うことがあった。
今日は雨がしとしとと降る、肌に汗がにじむ蒸し暑い日であった。
公園にいた。ずぶ濡れの合羽を羽織って、ブランコに座る彼女の姿があった。
彼女はブランコを小さく揺らし続けている。私は遠くから、その姿を眺めていた。
止まってしまいそうなほどに弱弱しく。だが、絶えることなく前後する少女とブランコ。
私はその姿に何か心打たれるものを感じた。彼女は、なぜ熱心にブランコを漕ぐのだろう。
そこになにか大切なことがある気がしてならなかった。それほどまでに幻想的であった。
そして十分経つと、彼女は漕ぐのをやめてしまう。とても満ち足りた表情を浮かべて。
私はその幻想的な姿に見惚れて、雨など忘れただ茫然とその場に立ち尽くしていた。
「ねぇ、貴女。この前もわたしのこと見ていた人でしょう。気づいてるんだからね」
気付かぬうちに近付いていた彼女はにこやかに告げ、そして雨の中に消えてしまう。
突然の出来事に心臓が高鳴っている。私は結局、彼女に何も言えなかった。
帰ったあとも、少女の姿があのブランコのように脳内を反芻する。
なぜこれほど、彼女の姿に私の心は惹かれるのだろう。
夜が明ける。なんだか今日は夜が短い気がした。
―秋―
きぃ。きぃ。
彼女はブランコを漕いでいる。
わたしが観察をはじめてから、毎日である。
滝のような雨の日も、うだるような暑い日も。
無言でブランコに座り、ひたすらに漕ぎ、途端にやめる。
気付いたことが一つある。夏の日に比べ勢いが増しているのだ。
初めは気のせいかと思った。だが、次第にそれは確信へと変わった。
少しずつ、刻むように。しかし間違いなく地面を蹴る脚に力がこもっていく。
そしてついに今日、ブランコは春の日と同じくらいまで、勢いを取り戻したのだった!
「貴女も変わってるわね。毎日見ていても別に面白くないと思うけど?」
「貴女を見てたら、応援したくなっただけよ。はい、これお水」
「応援、ね。もう一人居れば完璧なのだけど。名前は?」
「……?私は宇佐見蓮子。貴女は何て呼べばいい?」
「わたしは、ま……いえ、メリー。そう呼んで」
差し出される手。陶器を扱うように握り返す。
夕焼けの中、私たちは初めてお互いに触れた。
紅葉が揺れ、清々しい秋の風が吹いた。
―冬―
かつてない大雪の日だった。
私は固唾をのんでメリーを見守る。
ブランコを見つめるメリーの目には少しの躊躇。
「大丈夫、貴女は今日まで頑張ってきた。私が保証するわ」
まっすぐと瞳を見つめ、彼女を鼓舞する。その瞳に決意が宿る。
メリーは私を振り返って頷く。その表情にもう迷いは微塵もなかった。
覚悟を決め、ブランコに座る。否、メリーは立ったままブランコに乗った。
メリーが立ち漕ぎをするのは初めてだ。それほどまでに彼女は本気であった。
意を決し、漕ぎ始める。膝を曲げ、伸ばす。それだけでブランコは勢いを増す。
だが、まだ足りない。メリーはその両足に力を溜めていく。まだ加速は止まらない。
5分が経ち、7分が経ち。今や、その高さは天を衝くほどまで達していた。
だが、ここで思わぬ事態が起こった。みしり、という異音が響いたのだ。
慌ててブランコを確認する。そこで私は、衝撃の事実を知ることになる。
「まずいわメリー。この遊具、対象年齢が6歳までって書いてある!」
メリーは一言も発しなかったが、その表情は間違いなく焦っていた。
だが、私たちはこんなところで終わるわけにはいかなかった。
「メリー、あと少しだから!お願い、最後まで頑張って!」
祈りのような声援が、白銀に染まる公園に響き渡る。
ついにその時が訪れた。軋みは限界に達していた。
「あと、5秒、4秒、3、2……メリー!」
メリーは、その最後の力を振り絞って。
高く、そして大きく、跳び上がった。
宙に美しく弧を描き、そして落下。
「メリー、大丈夫なの!?」
メリーは顔から雪に突っ伏したまま動かない。
声を掛けても反応がない。不思議と涙が溢れた。
「お願いだから!メリー、返事をして!ねぇってば!」
「ぷはぁ、死ぬかと思った! ……蓮子、なんで泣いてるの?」
不意に起き上がるメリー。その表情は憑き物が落ちたようにすっきりとしている。
「大丈夫ならさっさと返事してよ、バカメリー!私、心配して損したじゃない!」
べしべしと、メリーの肩を叩く。メリーは困った顔をしていたが、優しく私を抱きしめてくれた。なぜか分からないけど、ようやく本当のメリーに会えた気がして、涙が止まらなかった。
そして私たちは、初めて夜を共にした。公園以外で会うことは無かったから、お互いのことなんてほとんど知らなかった。それがおかしくって、互いに笑いあった。きゃらきゃらと笑うメリーは年頃の少女そのもので、これが本当の彼女なのだと思い知らされた。
これまで私は、ブランコを漕ぐ彼女しか知らなかった。だけど、これからは本当の彼女を知っていける。
心が躍った。今日は夜がとても永い気がした。
―春―
春の陽気に誘われ、大学のベンチでうつらうつらとしていたとき。大慌てのメリーが、息を切らせて私に駆け寄ってきた。
「れ、蓮子。どうしよう……!」
その様子は尋常のものではなく、蒼白の顔で私に訴えかけてくる。
「メリー!?どうしたのよ!」
「ブランコが……ブランコが壊されちゃう!」
全速力で公園に向かう。そこにはブランコに立ち入り禁止のテープを巻く大人の姿。私は思わず大人に怒りを込めて詰め寄った。
「なんでそんなことをするんですか!このブランコを楽しみにしてる人もいるのに!」
「そんなこと言われてもね、老朽化がひどいって苦情が入ったからさ。おおかた近隣の大学生が無茶して遊んだりしたんだろ。迷惑な話だよねぇ」
なにも、言い返せなかった。
私はメリーを担いで、公園を後にした。その間もメリーは虚ろな表情で何かを呟いていた。彼女の家に運び込むと、
「ごめん、しばらく一人で考えさせて」
とだけ残して、家の中に引っ込んでしまった。
余程ショックだったのだろう。彼女の一年間の努力が、最後の最後に阻まれてしまったのだ。その絶望は言葉で言い表せないだろう。彼女の一番近くで応援してきた私も、その虚しさで心が苦しくなった。
気分が落ち込んで、その日は部屋に籠ってどうすればメリーを元気づけられるか、ずっと考えていた。何時間も、彼女のことだけを考えていた。
差し込む陽射しに目を細める。いつの間にか寝てしまっていたようだ。
どれだけ寝ていたのだろう。昼間では星が見えない。仕方なく携帯端末を確認する。
『22時13分』
不思議なことに、その日は一日中太陽が沈まなかった。
次の日、私はメリーを迎えに行った。あの様子では塞ぎこんで、家から出てこないんじゃないかと思ったのだ。
だが、予想に反してメリーはいなかった。不安が頭をよぎった。
「メリー、どこに行っちゃったの……!」
必死に走り回った。大学、行きつけのカフェ、メリーの行きそうな場所は全部探した。だが、彼女の影はどこにも無い。もう手掛かりはないかと思い始めたとき、いつも彼女がいたあの場所を思い出した。
「あ、蓮子。遅かったわね」
メリーは公園にいた。昨日のことなど嘘のように、けろりとした表情を浮かべている。
「探したのよ、メリー。こんなところでなにやってるの?」
「なにって……蹴鞠だけど?」
「けまり……」
この少女は一体何を考えているのだろう。
バレーボール大のゴム毬を器用に蹴り上げて、それを片足で受け取るのをひたすらに繰り返している。
「やってみたけど、一人でやるのは結構難しいの。ねぇ、蓮子もやってみない?」
きらきらとした目で訴えられると、私も強く出られない。渦巻いていた感情が、空気を抜かれたように萎んでしまった。私は渋々と、メリーに同意する。
「じゃあいくよ?」
ひたすらにメリーの蹴り上げた毬を私が受けるのを繰り返した。はじめは明後日の方向に飛んでいたものも、次第にメリーの方へと飛んでいくようになる。そして、いつしか何度もラリーが続くようになっていた。
「けっこう楽しいかも」
「でしょ?」
同じ力で蹴られた毬は、規則的な弧を描いて、わたしたちの足元へと落ちてくる。
地に留まることなく、しかし天に浮かび上がることもない。
蹴り上げられた毬は、天と地の狭間を跳ね踊る。
奇妙な時間はしばらく続いた。
「今日はこんなものかしら」
「……え?あ、うん。そうね」
メリーの言葉で目が醒める。憑りつかれたように熱中していて、時間が経つのを忘れていた。
メリーは転がる毬を拾い上げて、言った。
「よし、これが基準だからね。今日から一年間、頑張ろうね、蓮子!」
虚ろな瞳で満面の笑みを浮かべるメリー。
なんだか、嫌な予感がした。