Coolier - 新生・東方創想話

ASK FOR THE MOON

2010/03/20 17:50:02
最終更新
サイズ
13.36KB
ページ数
1
閲覧数
1384
評価数
5/21
POINT
1210
Rate
11.23

分類タグ


昔々、あるところに竹取の翁という老人がおりました。
翁がある日竹を切りに山に入ったところ、
根元が光る竹がありました。
ふしぎに思って近寄って見ると、
中に三寸ほどの人が入っていました。
翁は子どもがなかったので、
家に持ち帰り妻とともに育てることにしました。

その子を拾ってからというもの、
竹の中に黄金を見つけるようになり、
翁はしだいに裕福になりました。
三か月ほどでその子は一人前に成長し、
光り輝くように美しい娘になったので、
かぐや姫と名づけ、髪結いの儀を行い宴を催しました。
その姿を見た男たちは、どうにかして姫を娶りたいと昼も夜もなく
文をよこし、珍しい品を贈り、求婚するようになりました。



 私は屋敷の庭石に腰かけてためいきをついた。
 男たちの文にはほとほとうんざりする。返事なんか書きたくないけど、女房がしつこい。しかたないからはぐらかすような歌を返す。面倒なので今日来た文には全部同じ返事をしてやった。月の都の機械みたいに一斉送信できればいうことなしだが、ここ地上の文明はそこまで発達していなかった。
 目の前の垣根を見やる。竹を粗く編んでつくったもので、それを透かしてさかんな往来がうかがえる。もともとこの家はさほど裕福ではなく、翁も野山で竹をとっていた。それが今や屋敷をかまえ、竹垣をつくらせる身分だ。
 けれども、急に富を得て屋敷をかまえたものだから、女房はとうぜん新参者ばかり。私への忠誠心などあったものじゃない。私の得体が知れないせいもあるけど。だから男たちに金子やなんかをもらい、何とか文の返事をもらってこいと言われても逆らうはずがない。むしろ夜這いの手引きだってやりかねない。

 ――地上でも、なかなか思うようにはいかないものだ。

「父上」

 垣の向こうを、少女の手を引いて男が歩いていく。男は目立たない服装に身をやつしていたが、所作や話し方からしてそうとうの身分のようだ。少女は父と散歩に出るのがうれしいのか、さかんに男に話しかけていた。
 微笑ましく思っていると、男がこちらに気づいたらしく、歌を詠みかけてきた――垣を越える、つまり場の情景になぞらえてはいるけれども、求婚するものであることに気がついてぎょっとした。庭になんか出るんじゃなかった。少女は何が起きているのか分からないのだろう、きょとんとして男と私とを見くらべていた。

「何を突然……」
「突然ではありません。長いことあなたに懸想し、文をさしあげておりました」

 男は名乗った。藤原のナントカ、そういえばそんな感じの名前を見た覚えがあるような気がしなくもない。それから歯の浮くような口説き文句を並べたてる。
 そういうことか、と冷めた目で私は男を見た。この男は身分こそあっても自由にならない――たとえば妻に逆らえない――身の上で、だから子どもの散歩にかこつけ、この屋敷を訪れたのだろう。けれども、正妻の子なら従者もつけずに外出するようなことはない。あるいは愛人の子どもなのだろうか。



姫は誰にも嫁ぐつもりはなかったのですが、翁が
「自分は明日も知れぬ身だ。
どうか結婚して私を安心させてほしい」
と嘆くので、


 こんな男、私が月の人間じゃなく、何のしがらみもなかったとしても絶対に結婚するものか。でもばっさり断るわけにもいかない。今回はこれだ。

「……では、蓬莱の玉の枝を頂けたなら、あなたに嫁ぎましょう」

 断るための口実とはいえ皮肉だ。私はかつて、月の都でひとりの女性にこう懇願した。

 ――好き。永琳が、好き。永琳がいれば何もいらない。

 そういえばあの玉の枝――優曇華をつくったのは誰なのだろう。月の賢人の誰かだろうか、いつか聞いてみようと思ったきりそのままだった。もしかしたら彼女なのかもしれない。そんなことを考えていた私は、そのとき少女がどんな顔をしていたのか知るよしもなかった。



断るかわりにさまざまな珍しい品物を求め、
男たちが失敗したり偽物を用意したりを口実に、
結局誰に嫁ぐこともしませんでした。



――数年前、月の都。
 私は月の都の姫であり、八意永琳はその教育係だった。学校のようなものはなく、したがって他の生徒と競うような機会はあまりなかったからはっきりしないが、私はあまりいい生徒ではなかった。
 授業は私の部屋で行った。部屋は広く立派だったが、構造そのものはこの屋敷とそう変わらない。木の柱で屋根を支え、衝立や几帳を間仕切りにし、家のどこからでも池や緑のある庭が見えるというのはいいものだ。地上だと冬寒すぎるのがいただけないが。

「……つまり、力とは質量と加速度の積であり、全ての事象は完全に予測できるとするだけでは説明のつかない事態がいくつか発見されたのです。たとえば」

 永琳は図や式を書きながらよどみなく説明をしていく。私は式の意味はさっぱり分からなかったが、永琳が例としてあげる豆知識や歴史的ないきさつを聞くのは好きだった。たぶん永琳も私に関してはそれでいいと思っていたのだろう。

「星の色は温度に比例します。低いと赤、次が黄色、高くなると青白く。しかし、これを今までの考え方で説明することはできません」
「はーい、せんせー。地上ってそんなに熱いんですかー?」

 地上は青いらしい。写真でしか見たことないけど。

「……あれは惑星ですから、自分から光を出しているわけではありません。青く見えるのは海の色です。表面温度は平均して20度前後ですね」
「ふーん、じゃあ暮らせそうね」

 私はペン回しをしながら言った。この「平均」が曲者だと、のちに私は身をもって知ることになる。

「暮らせますよ、かつては私もいましたから。といっても、今は穢れが蔓延しているので蓬莱の薬なしでは無理でしょうけど」

 失敗してペンが床に落ちた。永琳がそれを拾おうとしてかがんだので、私はその手を押さえた。二人の手が重なる。

「……何してるんですか、姫様」

 永琳が冷静な口調で呟く。昔は動揺してたくせに。

「落ちたペンを拾おうとしただけよ」
「どう見てもわざとでしょう」
「ペン回しは本当に失敗したの。うまく行くって思ってたの」
「そっちじゃありません。というか授業中にペン回しをしないでください」

 永琳が手を引き抜こうとするので、手に力を入れて押さえつけた。

「――ねぇ永琳、私のこと好きでしょ?」

 返ってきたのは、呆れたようなためいきだけだった。じっさい呆れているのだろう、根も葉もないから、ではなくて飽きるほど言われているから。はじめにそう尋ねたとき、私はまだ正負の数を習っていた。

「ねぇ、ちがうの?」
「……ちがいますよ」

 話がすすまないからしかたなく、という感じの返事。

「へー、じゃあさ、教育係やめさせちゃってもかまわないよね?」

 好きなら離れたくないでしょう、と揺さぶりをかけても永琳は落ち着いたもので、

「いい稼ぎ口がなくなるのは、困りますね」

 予想はついていた。だってこんなの、二次関数を習っていたころから言われてる。でも今日はこれで終わりじゃない。

「そうね、だったらお給料を下げてもらおうかしら。大好きな私の傍にいたいって言うなら止めないけど、そうじゃないなら、辞めてもっといい口でも探したら?」
「考えておきましょう。そうなったら、ですが」

 永琳は艶然と微笑んだ。悔しい。何を言っても何をしても、永琳は本心を見せない。

「……ねぇ、私のこと好きだって、言ってよ」

 最後にはかけひきも何もなく、そう懇願する。

「――好き。永琳が、好き。永琳がいれば何もいらない。……だから」

 私を好きになってよ。私を好きだって言ってよ。私を、欲しがってよ。
 するときまって永琳は困ったように笑うのだ。見なれた表情だった――それこそ、正負の数を習っていたころからずっと。



「……ですから、電子は波としての性質も持っているのです」
「え、全然わかんない。けっきょく波なの?粒なの?」

 私を宥めたあと、永琳は授業を再開した。時計を見ると、時刻はもう夕刻――地上ふうに言えば――になっていた。月の日は昇ってから沈むまで一月かかるから、時刻を知る役には立たない。

「どっちでもない、というのが正しいでしょうね。波や粒子というのはマクロな事象ですから。たまたま電子の性質がそれに似ていたというだけで、むしろ電子の方が根本なわけですから」
「ふーん……」

 分かるような分からないような変な感じだ。正確にいえば、スケールのちがう私には理解できないということを理解した、というところか。

「そしてこの方程式を解くと――ある範囲に存在する電子の個数を求められるようになります。といっても整数になるとはかぎりません」
「……電子って分けられないんじゃなかったの?」
「分けられませんよ。ですから、たとえば0.5なら50%の確率でそこにある、という意味ですね。つまり確率しか分からない、事象の完全な予測は不可能であるということになります。それがこの分野でもっとも重要な事実です」

 事象の完全な予測は不可能、私はノートに書きこんだ。今日のノートはこれでおしまい、とぱたんと閉じる。永琳は何ともいえない顔をした。それはそうだ、一日説明して――中断はしたけれど――私が覚えるのがこの一文だけなのだから。でもこれさえ覚えないよりはいいと思うの。

「ねー、これって何の役に立つのー?」
「……量子的に物事を見た場合、起こりうる出来事はかならず起こります。これを利用すれば、たいていのことはできるのですよ」
「かならずって、たとえば明日目が覚めたら地上にいた、なんてことも?」
「もちろんです」

 永琳は微笑んだ。
 次の朝いつもの寝室で目を覚ましたとき、私はほんのすこしだけ落胆した。もちろん、誰にも言わなかったけど。



「姫様、もうすこし真剣に学問にとりくんでください」

 ある日のこと、永琳が私をたしなめた。たまにあることだ。数か月に一度くらい。

「えー…」
「月の民といえども、時間が無限にあるわけではないのですよ」
「私には永遠を操る能力があるから、いいんだもん」
「……一度でもそれに見合う使い方をしたことがありました?」

 そう言う永琳はたしかに、「あらゆる薬を作る程度の能力」を有効活用している。とはいえ、材料がなければ作れないとかそういう例外はあるらしいけど。
 例外――。その瞬間に魔がさした。その時の感覚としては、魔がさしたというよりも光がさしたという感じだったけれど。
 私ならできる。私にしかできない。やってみたい。それに――。

「――じゃあ、使ってみようかな」
「何をなさるおつもりです?」

 気のない返事だった。でも永琳はかならず乗ってくる、そういう確信があった。

「蓬莱の薬、作ってみたいの」

 永琳が息をのんだ。かすかにうわずった声で、

「……たしかに、あれを作るには姫の能力が必要不可欠ですが、姫には無理です」
「でも、永琳が手伝ってくれるでしょ?」
「……」

 永琳はそれほど抵抗しなかった。たぶん、化学者が劇薬を扱いはしても人に飲ませることはないように、永琳にとって、蓬莱の薬を作ることと服用することはかならずしも結びつかなかったのだろう。――計画は極秘に実行しても、薬は私に渡してしまうくらいに。
 薬は、コルクで栓をしたガラスの小瓶に入っていた。私は一人、部屋でそれをながめたあと、蓋をとって中身を口にした。そして、瓶に半分ほど残った薬を文机の引き出しにしまった。



 蓬莱の薬を服用したことはすぐに知れ、私は捕えられた。薬も証拠品として没収されたらしい。それから月の賢人たちの裁判にかけられ、処刑が決まった。
 関係者の永琳は裁判には参加できなかったので、あれから会っていない。ただ、手紙を一通受け取った。私の罪は全て自分の罪だ、あなたに償うためなら何でもする、そういう内容だった。永琳は悪くないのに。私が一番欲しいもの以外は惜しげもなく何だってくれる、そういう人だった。
 処刑された私は、罰として地上に転生した。体もそうだけれど、自分につながる人や物が全てなくなるというのはあんがい動揺するものだと初めて知った。自分で望んだことだし未練はないけれど、あの手紙は持ってきたかった。内容云々じゃなく、永琳がくれたものだから。



かぐや姫の噂は帝にも届きましたが、
ついに姫が首を縦にふることはありませんでした。

それから三年がすぎ、
姫は月を見るたび悲しそうな顔をするようになりました。
心配した翁が理由を尋ねると、
「今までだまっていましたが、私は月の都の人間です。
ある罪を犯したために地上に生まれ変わったのですが、
今月の十五日に迎えが来るのです」
翁は帝にわけを話し、帝は二千人の兵士を用意させました。

十五日の夜、武装した兵士たちが月の民を待ちかまえていると、
空が眩いほど明るくなり、屋形車と天人とが降りてきました。
やってきた月の民の軍勢に兵士はなすすべもなく敗れ、
姫は連れ去られ――



「永琳、それ、嫌……」

 車の中、私は月の羽衣を着せかけようとした永琳に言った。他の月人は外にいるので、ここには私と永琳しかいない。

「――姫様、地上を恋しく思し召しですか」

 懐かしい永琳の声は、昔と変わらず優しかった。

「うん……」
「分かっていたでしょう。薬を飲んで地上に流されても、いつかは戻らなければならない。そして月の都に戻っても、蓬莱の薬を飲んだ身ではまともな生活ができないと」
「……うん」
「これから、どうするおつもりですか」

 私は永琳を見あげた。けれども、永琳の感情を抑えた表情から考えを読み取ることはできなかった。

「こうなることは分かっていたでしょう。これから、どうするつもりだったのですか?」

 そう、分かっていた。そして私は――。

「……永琳、手を貸してほしいの。私はここに残りたい」
「では、能力をお使いください。私が自由に動けるように」

 私はうなずいた。何が起きるかは理解している。永琳は他の使者を殺すつもりだ。今逃げても追いつかれてしまう。だから今回の使者は全員殺してしまわなくてはならない。
 永琳が簾に手をかけた。

「……ごめん、ごめんなさい、永琳。嫌なら……」

 私は何を言っているんだろう。こんなの、嫌に決まっているのに。だから月の都に帰るから。まともに暮らせなくてもかまわないから。でもその言葉は喉を越さなかった。

「――そのつもりで参りました」

 永琳が懐から小瓶をとりだし、かるく振ってみせる。簾からさしこむ月の光を反射して表面のガラスがきらりと光った。――コルクで栓をしたその瓶の中には、何も入っていない。私は目をみひらいた。

「……永琳」

 永琳はかすかに笑った。



「――姫様」

 永琳が戻ってきた時には全てが終わっていた。全て――つまり使者の殺害と死体の処分が。私たちはひらけた空地にいた。近くに水があるのか湿った風が吹いていて、草が揺れてざわめくような音を立てた。

「身を隠すあてはあります」
「……どこ?」
「幻想郷です」

 幻想郷。地上の地名だろう。聞き覚えがあるような気はした。地上の生活で耳にしたのだろうか。

「どっかで聞いたような気はするんだけど」
「私が教えたんです。月面戦争を起こした妖怪の棲んでいる場所です」
「……ごめん」

 私は思わず謝った。それはひどく日常的な響きで、笑いだしそうになった。風が思いのほか冷たくて、私は季節が秋に変わっていたことに気がついた。八月十五日という日付は頭から離れなかったけれど、季節の変化に気を向ける余裕などなかった。――それは、月からの使者が訪れる日だったから。

「ごめんね……」

 永琳はしずかに首をふった。

「ねぇ永琳、私のこと、好き?」

 私は言った。言わずにいられなかった。

「好きですよ。この世界の他の全てを合わせたよりも」
「……これからは、ずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんですとも。――もう、離しません」

 私はこのとき初めて、永琳が私を愛していたことを悟った。
 好いていなかったんじゃない。そう告げなかっただけで、欲していなかったんじゃない。
 私が思っていたよりもずっと、好かれていた、求められていた。もしかしたら私以上に。
 ――嬉しかった。
 永琳の手が頬にふれる。近づく永琳の影の向こうに、満月が見えた。
 私はその光を厭うように目を閉じ、永琳の背中に手を回した。
 読んでくださってありがとうございました。
 前作のリベンジをしてみたくなったので投稿してみました。といっても全然ちがうキャラの話ですが。

 かぐや姫を使者のリーダーが攫って逃げる、っていう原作の設定はすごいと思います。
 あと、最初でちらっと出てきただけになってますけど、妹紅があれだけ輝夜を敵視するのはこんな感じの事情があったからかなと。ろくに会いに来てくれない父親が散歩に連れて行ってくれたと思ったら、別の女性に求婚するためで、その顛末があれという。
アルバトロス
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.730簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
いいえーてるでした。
文体もなかなか面白かった。
5.100名前が無い程度の能力削除
良いなぁ、こーゆーの!
ちなみに前作も素晴らしかったと思いますよW 完璧に掌の上で踊らされましたし!
新作お待ちしてました。
8.100名前が無い程度の能力削除
確かによく考えるとすごいドラマチックな設定だ
13.100名前が無い程度の能力削除
最後のところでギュっと来ました
15.80ずわいがに削除
えーてるは大好きよ。だってこんなり情熱的な恋って、ねぇ。
16.無評価アルバトロス削除
 コメント返信はいつごろが妥当なんでしょう。三日後くらいかな。
 遅くなりましたがこの場にて。

>3
 ありがとうございます。
 一人称をあまり書いたことがなかったんですが、すこし感じがつかめた気がします。

>5
 前作も読んでいただけたんですか!すごく嬉しいです。

>8
 ですよね!

>13
 ありがとうございます。
 二人の過去って明るいばかりでは全くないのですが、むしろそこに惹かれます。

>15
 私も好きです。永琳の執着の深さと、それを受け入れてしまえる輝夜の関係がたまりません。